異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の5後半 現実になる夢『致命的なバグの主要』

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■書の5後半■ 現実になる夢 Take a risk

「ナドゥ!」
 頭に蜘蛛の巣を引っ掛けるのも気にせず、俺は姿を隠していた薮から立ち上がる。
「……なんだね」
 俺は、ヤト・ガザミとして奴に言った。
「お前は俺に言ったよな?……夢の中で。行け、何をするのか見届けたい、とか何とか」
 ナドゥ、振り返っていた所顔を少し前に戻して小声で、俺の言葉を反復して答える。
「そうだな、……夢の中で」
「そうだ、夢の中で、かもしれない。でもお前はその夢を憶えている訳だ」
「君もか?」
 リコレクトした。
 今しがた、だ。

 俺は、おかしな夢の連続の中に生きている。全部全部、目の前のナドゥがそのように俺に施した分裂の所為。
 見た夢を現実として信じ、騙されるならそう云う事になる。
 でも、俺は選んだ。
 逃げたりしない。
 全ては、俺にとっては現実だ!

「お前はこの世界の狂いを直したいと願った、そういう事か?」
 ナドゥは答えない。背中を向けられてしまう。
「お前のやっている事は世界が狂う事を防ぐ事だ。そうする事で『秩序』が守られる。それが守られてこそ『平和』があるはずだ……あるいは、それが『平和』への近道だ。そういう信仰があるわけだよな?」
「……らしいな」
 他人事のように答え、明らかなため息を交える。
 そんな奴に俺は強気に言ってやる。
「はっきり言え、そうならそうと言え」
 逃げたような答えを出してんじゃねぇ!
「そのような意見は『私』の中ではすでに死んでいる。わからんかね、だからこうやって隔離幽閉されている。殺さないのは有事に備えての事だ。問題ない、君が何を心配しているのかはよくわからんが……私が改めて殺される事はないだろう。私はすでに死んでいる」

 ナドゥは殺した、と言った。
 誰、と言うなれば……自分の『原本』となるものを、だ。
 実験的に分裂させられた事を妬み、奴らはオリジナルであるリュステル・シーサイドを殺してしまった。
 俺も同じような事になっているし、実際やってしまった事があるのでそうしたい、という気持ちは分からんでも無い。
 でも、それでもやっちゃいけんだろうとも思う。それこそが偽物の存在意義と知っていても。
 いや、やらないとするのが王道でやっちゃうのが非王道なのか。俺の好みの問題で言えばナドゥの状況は喜ばしいのか?バカバカしい。それは俺の価値観じゃない。
 切り捨てる。
 そうする事でいずれ、自らが本物だという称号を得られる『可能性』を得る。
 違う、ニセモノは何をしたって偽物だろう。
 親殺しのパラドックスみたいなものだ。
 ニセモノというのは本物があるからこそ、そういう価値観になっているんだ。ホンモノがいてくれなきゃニセモノだって、存在する意味が無いじゃねぇか。
 憎しみでもって執着する、愛と憎、ランドールには区別がつかなかったという事もある通りそれは些細な違いしかないのかもしれない。それでも違うんだ。愛と憎は違う。
 混ぜちゃいけない。
 履き違えるな。

 お前達が抱いてんのは憎じゃない。
 そうありたいと願う、単なる愛だ。

「しかし私は、君を生かそうと思う」
「……お前は、俺の敵だろう?」
「魔王八逆星か、心外だ。私はそんなものではない」
 ナドゥは確かにそのように答えた事が何度かあるな。
「だが、味方であると認識される必要は無かろう。君が敵としたいのならそれでいい。だから、次に会う時は遠慮無く剣を向けて問題ない。君もそのつもりだと答えたではないか」
 その言葉に嘘はない。だが、何となく納得出来ないのは何でだろう?何でだヤト・ガザミ?
 思い出す、リコレクトするぞ。
 あの腹黒い笑みの魔導師の顔を思い出して思い至る。
 憎しみがあるなら剣を向けろ、殺してください?
 歪んだ望みを叶えるために整えられた舞台を思い出して反吐が出る。
「……そうだ、分かった」
 もはや振り返る事がないナドゥに俺は、苦々しく吐き捨てる。
「お前がそうやって憎しみを売ろうとするのがウザったいんだ。何でもかんでも分かっていて死を覚悟し望む。お前はやっぱり魔王八逆星だ……死ね、死ぬなら一人で死ねよ……ド阿呆ッ!」
 背中に向かって罵倒してやった。
「誰にも迷惑掛けずに一人でやれ!どうして周りを巻き込むんだ、どうして世界を巻き込むんだ!世界の所為だとか言い訳すんな!小せぇんだよ!」

 世界、ってのはデカく言い過ぎたかもしれない。
 でもな、世界って広いようで案外狭いんだぜ。
 自分の目で見て、足で歩いた訳でもない場所はどこまでも仮想世界だ。
 地図の上、あると知るだけの世界などどこまでも幻。
 検索先生のどんなに完璧な3D地図だって現実にあるものではなくどこまでもバーチャルだろう。
 参考とされた実物の写真映像だって現実じゃない。過去として失われたもはや仮想だ。
 過去が未来に再び現れることなんてない。なら、現実じゃない。
 行った事がある場所、普段顔を合わせるもの、声を交わす人々。それらの間にだけ現実の世界はあるんだ。それ以外なんて全部全部仮想だ、嘘だ、まやかしだ。

 仮想をさも現実のように語るな!

 狭い、手の届く周辺が本当の『世界』だ。
 人それぞれにある唯一の、自分がいるからこそ認識出来ている『世界』なんだろう? 
 世界なんて仮想の、大きいと仮定する幻の上に俺達は立っているんじゃない。
 俺達が実際知り得た空間こそが俺達にとっては世界だ。
 それでも世界が大きくて、俺達には認識しきれない何か得体の知れないものに思えるというのならそれは、その感覚の通りなのだろう。
 神と呼んでもいい。どう認識するかは勝手だ。
 でも、それを神と呼ぶにしろ世界と言うにしろ、よくわけのわからないものと呼ぶにしろ、だ。
 自分で知り得ないもの、仮想の中に在るものを現実に持ち込み混同するのは愚かだ。
 仮想と現実を比較し、そうやって神や世界に責任を転嫁したがる。
 人間は途方もなく小さい。

 俺の罵倒を受けてナドゥは答える。
「……もちろん、分かっている」
 だったらなんでそんなアホな事をする。
 分かってるからやっていいって問題じゃねぇんだぞ!?頭いい奴に限って、どうして自分論理でワケの分からない事をする!

 他人には迷惑を掛けない。
 超絶に基本的な事だろうがッ!

 そんな俺の大疑問に、レッドはちゃんと答えなかったよな。奴は泣きに入りやがった。奴は奴自身が言った通り卑怯だ。
「……君は自分が小さい、と言う事を認められるようだね」
「ああ?」
「私もそれは認めてもいい。だが、時に自分が小さい事など到底認められないという価値観を持つ者もいるのだろう。怖いのだ、挫折するのが」
 俺の人生はぶっちゃけて、挫折の連続だった。
 故に挫折に耐性がついているとでもいうのか!?
 ……いや、そうかもしれん。故にドMなのかもしれんな、もしかすると。
「君は恐らく知っているだろう、私はこれでずいぶんと『臆病』でね」
 そうだな、そう思う。
 ウズラから突かれるのが怖いとかおま、大人の癖になんだその度胸の無さはと呆れる事しかりだ。
「小さいとするなら……誰かに踏み潰されるのが怖いと思う。その感情は理解出来ないか?」
 ……恐怖か。
 割と、俺には欠落していると思える感情。
 小心で臆病ではあるけど俺は、どうやら恐怖に立ち向かえる強さとやらを持っているらしい。
 俺は強いのだ、と誰かが言ってたな。魔導都市のアベノ・アダモスさんだっけか。
 そんなんすげぇ意外で、心外に思った事を思い出す。
 怖いのか?思えば、レッドが瓦解したきっかけもそれに似ていたかもしれない。
 あいつは俺の前についに、自分が『小さい』事を認めた。
 卑怯で卑劣で、愚かな魔導師だってな。俺には未だに奴が心に抱えている『卑怯』で『卑劣』な魔導師としての側面は分からない。分からないが……どうにも、師匠との間で一悶着あったのは間違いないだろう。
 奴にとってそれはすげぇ致命的な傷になってて、コンプレックスになってて、傷がある事を認めてしまうのが怖くて怖くて溜まらなかったのかもしれない。
 その真実を言うくらいなら死にたい、実にアホな理論で自滅を願いやがったんだ。
 俺には理解出来ない。
 ……俺は自分が小さいのを知ってる。ダメな子なの知ってる。イタい勇者なの分かってる。
 ヤト・ガザミは何も怖くなんかない。死でさえ、恐怖するに値しない。
 怖いのは世界が壊れる事だ。
 世界は他人だから関係ないとは言えない。俺が俺の周りに他人を見出し、そうする事で世界を認識出来ているのなら俺以外こそが世界の実態だ。
 俺は俺が傷つく事は怖くない。たぶんそれをずっと昔に、どっかに落っことしてきたんだと思う。
 何かのはずみで無くしちゃったのかもしれない。
 俺は世界に一人きりは嫌だ。俺一人の世界は嫌だ。俺がいる世界には、俺を認識してくれる誰かがいて欲しい。それだけは切実に思うからこそ俺には、俺より世界の方が大事なんだ。
 だから俺が嫌なのは俺の知りうる『世界』が破壊に晒されて悲しむ事。
 それだけが俺を怯ませ、痛みを与え、傷口を抉る。
 ナドゥ、レッド、ギルやストア、……クオレ。
 価値観が違う。あまりにも違いすぎる。
 俺が正しいと思ってる事は、奴らにとっては正しくないんだろう。
 それなのに都度俺の価値観が勝ってきた。それはすなわち俺の方が正しいという事じゃねぇのか?
 そうやって小さい者を踏み潰しながら俺は勇者やってんだ。俺だって分かってる。俺は、だからイタい勇者様なんだぜ!?

「私はこの、私の死んでいる理論を私に返そうと思う」
 背中越しにナドゥは呟いた。
「切り離し、捨てる事など許すべきではないのだ」
 何を言っているのか俺にはさっぱりだ。
 だが……
 その背中を止めるべきなのだろうか。
 自分が持つ強さとは何の為にあるんだろう。もっとも俺自身は自分が強いとか、デカいとか本気で思ってる訳じゃないんだ。
 俺は……自分が小さいと割と、信じている。
 その小さいものが大きいはずのものを踏み潰すという、本来であれば起るはずがない事が起きていて俺は、正直あれこれ混乱もしているんだろう。
 俺は強い、俺はデカい。
 そのようにもっと自信を持っていいって事か?でも結局誰もそうだとは俺に言ってくれないんだぜ。
 だからこそ、つけあがらずに済んでいるって事?
 いや、もっと自分自身を信じるべきなんだよな。ランドールみたいに、自分の意見こそが真理であるときっかりがっちり『自分の意見』を信じれば良いんだ。それが出来れば……。
 いや……『俺』には出来ない、出来そうにない、か。
 つまり、それが俺の小ささだと思う。

 海は青いだろ?
 そうだ、あれは海でありそしてあの色は青なのだ!

 俺が言い切れば目に見える湖は海で、その色は青になるかもしれない。
 俺の意見に周りが前倣えするかもしれない。そうやって他人を統率しちゃうのは気持ちいい事かもしれないが『俺』は実は……そうは思わない。
 それよりも怖かったりするんだ。
 いや、違うよあれ湖だよ。
 色も青じゃない。緑だよ。
 そう隣の人から反論されるのが怖くて堪らない。
 水を差されて、その意見を振り払う事が俺には出来ない。
 嘘を言って、その責任背負わされるのが溜まらなく嫌だ。
 強気に違うあれは俺にとっては海で、あの色は青なのだと言い切れない。
 俺は誰かを従わせたいのではなく、安易に誰かの意見に寄りかかりたい方だって事なのかな。
 楽したいんだよ出来れば。
 苦労なんかクソ食らえなんだ!

 だから、俺は隣人に問う。

 あれって海だよな?あの色って青いよな?

 うん、あれは海だ。確かに青い。

 返ってきた答え、共有した価値観によって初めて俺は世界を認識している。


 北神イン・テラールは言った。
 世界の上に俺達がいるのではなく、俺達一人一人の意識の先に世界はあるのだ、と。そうやって自分で世界というものを認識しなきゃいけないのだろう。
 けれど、俺は一人は怖い。俺に限った話じゃないだろう。
 人間は、自分一人と世界一つじゃ嫌なんだ。
 世界を共用したい。同じ世界に生きていたい。だから世界を情報に置き換えてこれを交換し、平均化し、同期し。
 他人の世界を認識する事によって自分の世界を見いだすんだ。

 夢は本来一人で見るもの。
 誰かと共有する事は出来ない。

 だけど今それが叶っている。そうやって共有した夢はもはや夢、幻じゃない。

 俺達、共有した者達にとっての紛れもない現実になっている。


 ナドゥは恐らく知っているな。
 自分が見た夢、それが夢ではなくて現実である事に気が付いている。
 俺もだ、俺もようやくその事実を思い出している。
 ナドゥは何かの確信でもって動いている。奴は……ナドゥ・DSとしてではなく……今ここにいた一人の自分として『自分』に立ち向かう事を選んだって事なのか?

 俺は何をすべきだ?
 ……今、薮の中に消えていこうとするナドゥを止める事じゃない。奴の善意に甘える事でもない。
 俺も奴の世界を、俺の世界でもって認識する事だ。
 大人しくもう一度しゃがみ込み、言われた通りに姿を隠す。
 夢の中で、現実として奴に言い切った事を思い出している。奴はそれを見てみたいと俺に言った。
 憶えている。

 今多くの事を俺はリコレクトしている。
 俺は俺だ。ヤト・ガザミだ。
 あれからずっとここで何となく生き繋いできたけどその間、俺は様々な事をやらかしていたらしい。
 それを全て思い出していた。
 俺の肉体においてはそのような『現実』は無いんだけどな。
 長い長い夢の中で起った出来事。それが今、現実となって間違いなく俺の『脳の中』にある。
 そんな事はやってないはずなのに、俺がやった事になっている。そのように俺の脳が騙されている。
 騙されて良いんだ、もう迷わない。
 否定した所で何も進展しない。受け入れて、そして……志しなかばで死んでいってしまった多くのログを俺が引き継ぐ。
 その為に俺は今ここにいるんだから。

 ついでに、ここがドコなのかようやく把握できてきた。

 ここは南方じゃない、中央大陸だ……!

 そのように状況を整理しながら拳を握るに、誰かの話し声が聞えたような気がして、俺は耳を澄ませた。が……だめだ、こう云う時に限って風が入ってきて、草の音に邪魔されてよく聞えない。ナドゥだと思うが……。

 ざわざわと草が揺れる音と一緒になんだか嫌な空気が漂ってくる。……なんだろう、背筋が寒くなる、変な感覚だ。
 それと同時に何かがこちらに近づいてくる気配がする。

 ナイフの柄を握る手に力が籠もる。もちろん、襲い掛かってきたら精一杯抵抗はするつもりだが……正直ワケの分からん気配に心中、ちょっと恐怖が勝ってきた。
 俺一人で戦えるのか?こんな貧弱な装備で、俺は本当に戦い抜けるのか。

 暫くそのように警戒を長く続けていたが……なんでかよくわからんが、気配は近くまで来るんだけどすぐそこで足を止めるのな。
 俺は薮の中で、闇よりも暗い影を確実に感じて息を殺している。
 ……気配を出来るだけに消し、じっとこちらを伺っては姿を消し、暫くして再び姿を現す謎の怪物に戦々恐々。
 暗くてどういう姿なのかは分からない。が、確実に俺にとっては敵になるものが存在しているのはわかる。
 なんでかって、赤い旗が漆黒の中で目映く場違いに見えてしまうからだな。
 そういえばあの赤い旗つけてる連中、なぜなのかよく分からんがギガースを恐れているようだった。
 唯一何でも無さそうな雰囲気だったのはギルと、さっきまでここにいたナドゥくらいだろう。
 平気なのではなく、出来れば会いたくないとかギルは言ってたかもしれない。
 しかし他はそういうレベルじゃない。アービスなんかおっかなくて正直手が震えるって正直に暴露したし、その通りのリアクションをしていたようの思う。
 生理的な忌避。
 俺も、トビラを開いて奴を覗き込んだ時なんだかよく分からない嫌悪感で奴を、間違いなく恐怖した。

 ……今はそうでもない。無駄に喰うだけの、ガリガリに不健康そうな檻の中で座ってるだけの人、むしろダメ大魔王という認識になっている。
 大魔王とは言うが特に力があるようにも思えない。強いなら牢屋くらい一人でぶち破るだろうに、それも出来ずに閉じこめられている訳だしな。……どこぞの破壊神を召喚する戦闘力ゼロ魔王かよ。

 闇の中にちらちらと行ったり来たりを繰返す、赤い旗。
 俺達やギガースや大陸座、青や白よりもっともっと致命的な『異端』を示す印。
 いい加減諦めてどっかに行けばいいのに、ギガースに近づきたくないらしいくせにさっきから何度も何度もコッチを伺っている。
 複数ではないな。こっちに近づいてくるのが一匹なのは間違いない。ようやくこれを確信に変え、俺は精神を高ぶらせないように気をつけながら今後を考える。
 一匹なら倒せるかもしれない。
 明るくなったら決着をつけた方が良いかもな。……もっとも、本当に一人なのかは分からないけど。
 ナドゥのおっさんは戻ってこない、どこにいったのやら。替わりにこの閉じた谷にあの怪物が置き去りにされたというのなら……共存するか、あるいは存在をかけて戦って居場所を勝ち取るまでだ。


 緊張していると眠気はないが、かなりこれはキツい。長期的な緊張は得意じゃないんだよな俺。
 多分相手もそんなに夜目が利く訳じゃないと思い、俺は奴が一瞬姿を見せなくなった間に静かに薮を迂回、状況を黙って見守っているギガースの籠の所まで戻った。
 状況が分かってない大魔王、何があったんだとのほほんと小声で聞いてくるが俺は静かにとジェスチャーし、良い具合に死角になって隠れられる鉄扉の影に身をよせた。
 あの怪物がここに近づけないならここで、俺は大人しく朝日が差込んでくるのを待とう。
 拳大もある大きな種が沈んでいる木桶はちゃんと手に持っていたりする。それをそっと隣に置く。

 かえせ、か。
 それは『返せ』か、『帰せ』か、それとも『孵せ』なのか?

 あの4日目にして枯れてしまった木。ナドゥは夢で見た事があると言っていたな。俺はどうだろう……ううん?木といって思い出すものがいっぱいあっていまいち絞り込めないな。
 怪しいと言えばあれか?……『世界の真ん中にあった木』……?
 しかし俺の死体から生えたっぽいあの木、数日で枯れたもんな、特徴を把握するまでもなくて、同じものだったのかどうか俺にはよく思い出せない。


 長い夜になる。朝焼けはそれ程遠くない……が。
 この谷が明るくなるにはまだまだ時間がありそうだ。




 囁き声に飛び起きた。
 う、緊張はどうしたのだ俺。しっかり寝てしまっているじゃないか。
「……大丈夫だ、何度かこっちを伺っているが君には気がついてない」
 俺を起こしたのはギガースだったりする。こいつ、一応状況は把握しているらしい。
 一応俺、その事情をこいつから聞いているよな……と、リコレクト。

 大魔王ギガースは第一次魔王討伐隊を一度蹴散らした、条件反射的に相対してしまったらしい。瀕死となった第一次魔王討伐隊に、何か願う事があって来たのかとギガースは、彼らの願いをある程度、叶えたのだ。
 ……が、その後『願い通り』に怪物として復活したギルに吹っ飛ばされた事情は……前にギルから聞いた通りだ。
 しかし物理的に殴ってもギガースは死ななかった。この辺りはよくわからんのだが……多分、大陸座であるから条件転生的なものが発動したのかもしれないな。とにかく殺し切れず捉えて封印する事になったのだろう。
 ギガースは自分が悪い事をしているという意識はない。だから、いきなり自分の所に殴りかかってきた者達に対しても本来、返り討ちにしてやるわ!みたいな意識があった訳ではないらしい。
 単純に能力の差が致命的で、ギガースは自分の身を守るに第一次魔王討伐隊を吹っ飛ばしてしまっただけなのな。
 一応、戦闘能力があったわけだ。過去系だけど。

 ギガースの望みは単純だ。
 ギガースは……帰りたいだけなんだ。

 俺もタトラメルツでとっつかまった時ギガースに対面してその、根本的な願望を聞いているのだが……あまりにその望みが強烈すぎて俺はそれに飲まれてしまった。
 本来居ては行けない、消えているはずの9人目の開発者人格。9人目の、大陸座バルトアンデルト。
 不具合で開発者レイヤーに取り残されたモギーカズマのキャラクターは、大陸座という一斉設定に伴い自動的にデバイスツールという強大な力を取得してしまった。
 幽霊、死霊として漂う概念が肉を纏い、帰りたいという望みの前に……世界を歪ませる。
 帰りたい場所、ギガースはそれがどこなのか分からない。
 ただひたすら懐かしい方を目指すだけ。
 その行為の果てにトビラは開かれる。
 開けてはいけない方向へのトビラ。
 それを開ける為だけに何をすればいいのか、方法論も分からずギガースはこの世界の人達にはよくわからない事を喚き散らすんだ。

 俺もまったく理解できなかったが今はわかる。
 ギガースが帰りたいのはたぶん……アッチの世界。

 でもな、もうお前はあっちに帰れないんだよ。
 だって、あっちにおけるお前がもう……いないんだからさ。

 この世界にギガースは居てはいけないとするなら奴は、もうどこにも居場所がない。
 俺は、置いてあった木桶を拾い上げる。

 かえせ。

 私をかえせ。

「……帰らなくたってよくねぇか?」
 ギガースは檻の中で、無言で首を横に振った。
「私は知っている。私の居場所はここに無い事くらい」
「そんな事ない、だって、今お前ここにちゃんといるじゃねぇか」
 俺と同じ釜のメシ喰えるし、幻じゃないし、ちゃんと実体持ってここに在るじゃねぇか。
「それでも私はかえりたい」
 ギガースは立ち上がり、いつもの通り椅子の上に座る。
「ナドゥは私を『かえす』と言った。……待とう、私にとって時間は無いに等しい」
「なんであんな奴の言葉を信じるんだ?」
「あんな奴?」
 ああ、そっか。
 ギガースったら酷い世間知らずなのだ。こいつは大陸座として、存在が消えかかったログの残滓から生まれ出た。自分が何者なのかもよく分かっていない。分かっているならそも『こんな事』にはなってないよな。
 それでも無理に帰りたい場所があるなら、もっとギガース本人が魔王らしく振舞ってただろう。
 高松さん達が消去し損ねて残ってしまったものだ。
 疑うと云う事を多分、知らないんだな。

 本能でただ懐かしい方へ、帰りたいと願うだけ。

 そして、ナドゥはギガースにあえて多くを教えていない。
 利用しようと考えている訳で、協力的な姿勢を打ち出しているだけなんだしな。賢くなられちゃ困るだろう。

 俺は種の浮いている木桶を……鉄格子の間を通るか試してみる。おお、ギリギリ通った。
「これ持ったまま戦えないし、お前これ預かっておけよ」
「……食べれるのか?」
「阿呆食べるな、多分まずい」
 受け取った木桶の中を覗き込み、灰色の長い髪を持つ男は朴訥に水に浮かぶ丸くて大きな種に魅入っている。
「珍しいのか?」
「……生きている。君はこれを生かしたいのかな」
「さぁな、かえせ、と言われた。つまりそれは……そう云う事になるのか?水から出すなよ、その種類の種は干からびると死ぬんだ」
 田舎人のヤトの知識がそう言っている。
 ギガースは無言で頷いた。
「ありがとよ、じゃ、頼むぜ」
 大魔王に礼を言うのも何だが。
 俺は、日が差し込んで来て明るくなって緑色の植物が判別出来るようになった谷を振り返る。
「……勝負つけて来ようと思う」
「ずっとここに隠れてればどうだい?」
「バカ言うな、このままじゃメシも作れないだろ?」
 微妙に尿意なんかももよおしているんですからッ!……今のうちに済ませておこう。
 そうやって奥の方に隠れてごそごそやるに、ふいとギガースは顎を上げた。
 鳥籠のようにも思えるこの檻は、数段高くなっていてそこに質素な椅子が置いてある。ギガースは木桶を抱えたままそこに座っている訳だが、頭を上げて呟いた。
「懐かしい匂いが強くなってきたな」
 ……風向き的に変なにおい嗅いでねぇよな?
「その、懐かしい匂いって……」
 俺の言葉はそこで止まった。あんまり良い方ではない耳が、しかし実に懐かしい音を拾ったからだ。
 誰かが……俺を呼んでいる。

 一歩、崖下のくぼみから外へ踏み出した。
 声は聞こえる。幻聴じゃない。怪物がいるという恐怖がふっとぶ。

 怪物がいるって事、それを忘れた訳じゃないが頭じゃなくて戦士的な勘で俺の体が動いている。


 崖が少し内側に抉れた洞窟から飛び出し、上に向けて叫んでいた。
 怪物に知られてもいい。


 俺の名前が呼ばれている。懐かしい声……!


「アイン!ここだ!俺はここにいる!」
「ヤト!いた!やっぱりいた!」
 瞬間背後から何かが覆い被さってくるような感覚を察知し、ナイフを抜いて振り返り……背後に逃げる。
 暗闇が覆い被さってくる。
 剣が真上から襲いかかってくるのを避けきれない。ナイフの鞘を左手で引っ張り抜き交差させてこれを、なんとか受止めたが衝撃を全て受止められない。
 こういう場合、ヘタに拮抗するとナイフが折れて力負けする。じゃぁどうすればいいのかというと、体全体を緩衝材にして相手の力を逃がせばいい。
 軟らかい土の上に押し倒される事で相手の勢いを削ぐ。ようやく怪物の正体を把握した。こいつか、昨日谷にやってきてウロウロ不振な気配をばらまいていたのは……!
 ……誰だと思いますか皆さん。
 覚えのある鎧を纏っている、新生魔王軍?と言いたい所だがフェイスガードの隙間から覗く目が『俺じゃない』。
 だが……これはどこかで見た事がある。
 リコレクト。
「放しなさい!」
 俺の顔を写し込む黒い瞳が声に驚いて飛び退いた。おかげでようやく俺は起き上がれる。そうして転がる様に俺との距離を取って身構える。その前に立ちふさがったのは……。
 あの崖、お前……飛び降りてきたわけ?
 流石有能種だなぁ。

 そんな呆れ顔で赤髪のアベルを見てしまった。

 そう、アベルだ。
 赤い髪に赤い目を持つ、遠東方人の先祖返り有能種。

 自然の緑や灰色の色彩の中、異端に輝くその色彩に目が眩む。
 懐かしかった。
 ずっと長い間目にしていない気がして……たった数日前にも会っているはずなのに、もう何ヶ月も離ればなれになっていたような錯覚に俺は混乱している。

「……何よ、お礼くらい言ったら?」
 俺がその様に惚けているのを察することなく、いつもの通りの不遜な態度に気圧される。
「ん?ああ。ありがとう助かった」
 やけに素直ですね俺。
 礼を言ってから俺も、奇妙な事をしたかもしれないと気が付いて改めてアベルを伺うに、アベルも奇妙な顔をしていた。
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「お前らはいっつもそれだよな、おかげさまで『お前』だと疑う余地がないというのはいいが」
「何言ってるの、青旗ついてるもん。間違いないわよね!」
 やっぱりすげぇ久しぶりに感じる。
 それは、この谷に閉じこめられていた俺での感覚だ。俺は頭の上に乗っかってきたアインに苦笑ぎみに『俺』として言った。
「久しぶりだな」
「?」
 全員から少し不思議な目で見られ、それから。
 なんとなくなぜ俺がそう思って口に出したのか、察したように微笑みが返ってくる。
 テリーが背中を叩き、肩をナッツが叩く。アベルが俺の、泥まみれの手を拾い上げた。
「寂しかったりした?」
「バカ言うな」
 たとえ寂しくても俺、男の子だからそんな事言わないんだぜ?

 俺がここでどれだけ待ったか。
 そしてこの瞬間が、心の底からどんだけ……嬉しいか。
 ずっとずっと、信じて待ち続けた俺の記憶もまた間違ったものじゃない。
 先日まで一緒にいたという記憶もあるけど、今俺はここにある体にある記憶でもって、仲間達を懐かしく思う。
 泣かないぞ、泣かないんだから!

 青い旗で認識されている『俺』。それに、違和感を感じない訳ではない。
 でも、やっぱり手段はどうあれちゃんと『俺』だって気が付いてくれるのは嬉しい。
 と、同時にもし俺と認めて貰えないのならそれはすげぇ辛い事だと俺は知っている。
 今その気持ちも俺は把握している、だから切実にわかる。
 そうだろう、なんて半端な理解じゃない。

 辛い、どうやって生きればいいのか分からなくなる程に辛い。じゃぁ死ねばいいじゃんと前の俺なら安易にこき下ろしたかもしれないが、死ぬのだって勇気いるんだ。簡単じゃない。
 他人の為に死ぬのは楽だ。少なくとも俺にはそっちの方が楽だったりする。自分を正当化する理由を考えなくてもいいんだ。
 人間誰しも自分が可愛いと言うがそうであれば尚更に、自分の為に自分を殺すなんて事は出来ない。
 様々な『俺』を経過した俺は考えてしまう。
 追い詰められて尚、レッドにも出来なかったんだ。だから他人にやらせようとした訳だろう?自分の死の正当性を自分以外に見いだそうとした。
 レッドは他人の為に命を捨てられるような『性格じゃない』。奴が一番大事に思っているのは自分の事だろう。間違いない。実に理論的じゃないので、理論第一の奴には選択しようとしても出来ない事に思える。感情で動く事を理解できない、と奴は言いきったからな。
 しかしそれでもどうしてか死にたいと願った時……自分の為に自分を殺すという矛盾した行為を成さなきゃ行けない。
 魔王側に走って悪意を買おうとしたのは、この矛盾を解消するために奴が取り得た唯一の手段、いや。
 俺に言わせりゃただの『お膳立て』か。

「もう会えないものかと思っていたよ」
 ナッツの言葉に俺は鼻で笑った。
「そりゃ、どういう意味でだよ」
「ここが僕らの最終到達地ですからね」
 最後にマツナギと黒い鎧のお兄さんを浮遊魔法で崖下に運びながら降りてくるのはレッドだ。
 レッドのその言葉の意味を考える。
 そうか、そうだな。
 ここには目下俺達が緑色の旗灯す『クエスト』の果てになる大魔王ギガースがいる。
 イシュタル国レイダーカで受けたイベントの終点だ。

 さて……レッドがつれてきた黒い鎧、誰かはもう皆さんお分かりでしょう。
 浮遊魔法が切れると同時に地面を蹴り、俺達より前に躍り出る。

 そして、この谷を昨日から徘徊している怪物に向けて遠慮無く剣を抜き、構えた。
 元魔王八逆星が一人、アービスだ。
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