異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の6後半 最後の崖『勇者が勇者たる所以』

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■書の6後半■ 最後の崖 Final Fight

 そのまま地面に取り落とした武器を拾い上げ、長くべとついた髪を払いのけて起き上がる。
 笑顔は完全に狂い、ウィートは低く笑い出す。
 それを見て、ついにアービスは武器を構えた。

 次の瞬間二人は走り出し、ぶつかり合い、力一杯剣を剣に叩き付けてその音が谷に響き渡り木霊する。
 はじき返した剣に従い背後に退いて、二人は再び斬りかかる。
 アービス、ウィート、互いに遠慮無く相手の首を狙う一撃が交差してお互いが弾き飛んだ。
 アービスは俺達の前まで吹き飛んで来て地面に叩き付けられ、反対でウィートも吹っ飛ばされて木の一部に激突して薮の中に倒れている。
「おい、大丈夫か!」
 俺が駆け寄ったのをアービスは払いのけ、立ち上がった。
「手を出すな、あれは……俺が殺す!」
 生かす方向では救えない、生かしておいてはいけない。

 アービスはそう判断したという事か!

「待てよ!お前はそれで……」
「それでその後俺も死ぬ」
 ああ、だから!安易に死ぬとか言うなよバカ!
 俺はアービスの左手を遠慮無く掴み、まだ薮から抜け出せないでいるウィートに遠慮無く斬りかかっていこうとしていたのを止めていた。
 途端激しく睨まれ、そして遠慮無く剣を振り上げて俺を牽制してくる。
 俺が手を放すつもりがないと知り寸前で剣を止めてくれた。
 完全に血が頭に上がっていたんだろうけどそれで、冷静さを取り戻したようでいつものバカ丁寧な口調に戻って言った。
「邪魔しないでくれ。……これは君との約束だ、そうだろう」
「らしいな」
 俺はその様に惚けてアービスを見据える。
「けど出来るならもっと、マシな決着が付いた方が良いと思っている」
 いつもは鉄仮面に隠されているアービスの顔が今は露わになっているからな、苦悩の表情を隠せていない。
「何がマシな決着だというんだ……どうすれば、何をすれば……ッ!」
「事情をちゃんと話せ、理解を示してくれるかもしれないだろ?」
「無理だ、俺は……もうウィートの兄じゃない」
 その間、薮から立ち上がったウィートの様子を俺は確認しそちらを視線で牽制。
「名前の件だけなのか?他にも弟にだけ分かるような話があるはずだろ、兄としてさ」
「……ヤト君」
 アービスは唇を噛みしめて少し項垂れ、呻いた。
「理解された所で私は、どうやって弟達に詫びれば良いんだ。どうやって、弟を救える。失ったものをどうやって弟に与えてやれるのだろう。何もない、家も親も、兄弟も。たった一人残されたウィートに私は、……俺は、何が出来ると言うんだ!」
 奇声を上げて襲いかかってきたウィートを状況を把握してくれているテリーが拳で応対、アベルもこれに答え、追い払おうとして剣を交えている。
 あのアベルと力が拮抗するとはどういう事だろう。
 匂いを嗅ぐような動作の果て、ウィートが囁いた言葉にアベルはようやく遠慮無く、昔助けた元少年を蹴り飛ばした。
 俺にもそれは、こっそり聞えた。
 ……奴は、おいしそうだと言ったのだ。
「あたしったら、なんであんなの助けちゃったのかしら」
 完全に嫌悪の様子でアベルが言う。
「姿形で油断するのはお前の悪い癖だろ」
 テリーから言われ、言い返す言葉が無い様でアベルはそっぽを向いている。
 そう、アベルさん小さい子に弱い。子供のお願いとか基本的に断れない。自分より弱いと判断した者を無条件に守ろうとしてしまうらしい。奴の家庭の事情の問題だろうなぁ。俺はそういう奴の弱点を知っている。
 昔、魔導都市を目指す道中これで散々無駄足踏んだりしたのを憶えている。
「やめろ、手を出すな!お前の敵は俺だ、お前が憎むべきなのは俺だ!」
 アービスが暴れるのを俺は、マツナギに手伝って貰って抑えた。
「待てってば!そんなお前の都合、ウィートは理解しないだろ?お前をその酷い兄貴と認識してねぇんだから」
「だから!」
 だから剣を向けるのか。
 殺意を向ける事で相手の殺意を引き出すのか。
 どいつもこいつも、考える事は一緒でイライラする。
 この俺のイライラを、アービスにも味わって貰いたいと思ってしまうぞホント。
「俺は、もうお前を殺す事を確約なんかしないからな」
「何?」
 振り返り睨まれたのを睨み返してやる。
「約束は破棄する……俺はお前を倒さない。いいじゃねぇか、存在破綻していても、例え元の姿を保ってなくても、お前はお前でちゃんと今この世界に生きている」
「……生きてなんかいない」
「あれの責任を背負いたいなら」
 テリーとアベルがウィートの気を引いているのを俺は目で示してアービスに視線を戻す。
「殺す事で責任とらないで、奴が自身で幸せと言えるように生きる努力するべきじゃないのか?」
「……それが出来ないから私は、途方に暮れているんだ」
「出来ないんじゃないだろ、お前はする努力をしてないんだ」
 アービスは戸惑った瞳で俺への反撃を探している。
 そして、低く唸るように俺に言った。
「クオレは彼の望み通りに、殺したじゃないか」
 幼稚な反撃とアービスは自分で分かっているのかもしれない。
 だがそれは……俺の中では間違いない失敗として刻み込まれている。
 ミスト王はそれでいいって言ってくれたけど、本心そうじゃないのはちゃんと受け取ってきた。
 俺は、余計にヒトを殺しすぎている。
 死んで償えるものなら死んでもいい、何度かそんな事を覚悟した。けど、本当に死んで償えるのかよ?
 沢山の過ちの上に後悔を繰返し、それでも多く苦しく痛い、恥ずかしい傷を抱えて俺は、生きる事を選ぼうと思う。
 責任ってのはそうやって、苦労する事で果たせるものじゃないのか?ホントの事言えばそんな面倒な責任なんて背負いたくなんかねぇ。誰だってそうだろう。そんなもの、好き好んで背負う奴はバカに決まっている。
 でもバカやって周りに迷惑掛けたと反省するなら、俺もバカやって同じだけ周りの責任を背負うしかないだろ?それでバランスが取れるか分からないけどさ。
 俺には他に償える方法が思いつかないんだ。
 どうせ俺はバカだ、バカはバカなりに精一杯バカやるしかねぇんだ!
「ウィートに事情を話せ」
 俺は、強くアービスに諭す。
「自分が犯した間違いを認めてそれを、ウィートに話せ」
 アービスの蒼い瞳が怯んでいる。
 自分が、何をしないで避けてきているのか、きっとアービスは気が付いているんだろうな。苦しみに顔を歪めた。
「お前の所為じゃないかもしれない、お前の言う通りナドゥの所為だろう。なら……ちゃんとナドゥに責任取って貰えよ。自分を責めるな、恨むな!お前一人で全部背負えばいいってもんじゃねぇだろうが。……お兄ちゃんが間違ってましたって、お前を残して行ってしまってごめんなさいって、それウィートに言ってからでも遅くないだろ?そう思わないのか!」
 アービスは喉を振るわせ、唇を恐る恐るというように開く。
「……怖い」
 拒否されるかもしれないという恐怖に負けて、アービスは左手で俺の胸ぐらを掴んでくる。
「もちろん、認めてくれるなら……そうしたいと思っている、けど!」
「勇気を出せアービス!俺達にはちゃんと言えただろうが、それで満足するな、俺は、俺達からは言わないからな。お前の口からちゃんと言え。逃げてんじゃねぇ、死んで事情から逃げんな……!」
「……!」
 と、隣でマツナギが鋭く顔を上げた。
「どうした?」
「……何か来る?」
 パン、という軽い破裂音にレッドとナッツが警戒して辺りを見回した。
「勢揃イ、だナ」
 発音がおかしい声が降り注いで来たので顔を上げると……。真上に、いつぞやと同じく逆向きに空に向かって立っているのは馬の頭二つをくっつけた異頭の魔王八逆星、魔導師、エルドロウ!
「騒がシいから来てみれば……」 
 エルドロウが巨大な腕を差し上げたのと、レッドが構えたのは同時だった。瞬間空気圧が変化するような耳鳴りがして上空でラップ音が響き、何かが閉じた。
「僕とした事が、魔導式に気が付かないとは」
 レッドが空へ振り上げた手が何かにはじき飛ばされる。
「反応と対応速度は、流石が紫魔導と言った所ダ」
 逆向きに立っていたエルドロウの巨体が回転し……俺達の頭上にあるらしい見えない壁の上に緩やかに着地する。
 ……結界を張られた!?そういう事か!
「ちょっと、これ何よ!」
 アベルの声に振り返ると、見えない壁に阻まれて手を付いている姿が見える。分断されたわけではない。アベルは、こちら側から見えない壁を押している。
 分断されたのはウィートの方。
 アービスがついに俺を振り払い、頭上にいるエルドロウに叫ぶ。
「何をするんだ!」
「要らヌものを全テ、撤去するといウ話だ。手順もあロう……こうも大勢では彼もやりにくイだろうからナ」

 金属が擦れる音がする。

 何かを沢山引きずる音。……鎖の音だ。
 風を切りウィートの背後の闇から飛び出したのは長い鎖、そいつがウィートに絡みついている。突然背後から掴まれた事にもがくウィートだが、
「やめろ……!」
 アービスの叫びとほぼ同時、首に絡みついた鎖が遠慮無く背後に引かれ……ウィートの首が後ろに折れた。
 抵抗した一瞬を狙っての凶撃。
 手足に絡みついていた鎖は抵抗をやめた体を遠慮無く、鎧ごと四肢バラバラにを引きちぎる。
 鮮血が舞い、中空で黒くなって煙を上げた。

 長い鎖をたぐるように現れた……男の顔に俺は、口元が自然に引きつってしまう。

 あわよくば俺がやろうと思っていた事を、やっぱり俺が……叶えてしまっという事かよ……!

 ……あまりにもアービスが主張するのがテンプレートでイライラしていたのは認める。
 いっそ俺があのウィートを殺してやろうかとも一瞬考えてしまったんだ。
 そうすれば、アービスには救いがあるのかもしれない。
 素直に暴露するがアホな事に、俺は一瞬そう考えていたのだ。
 どうしようもない状況を打開するに、第三者が介入する事で折り合いを付けられるものだろうか。俺は、そんな解決はすべきじゃないと今アービスに言ったのに。俺は弟を殺したアービスを殺したりしないぞ、そうやってお前らの事情を俺は背負ったりしたくないと今、拒否したのに。
 二人の事なら二人で解決しろよと、そう言ったというのに。
 ついミストとクオレの結末を思い出し、ミストラーデ王のあの必死の言葉を思い出して……なら俺が第三者として介入してやろうかと、そんな事を考えてしまったんだ。

「よかったな、アービス」
 両手につけた枷から引きずる長い鎖を右腕の一振りで払い、こびり付いた血肉を払って周辺の木々の枝に絡ませる。
「これで俺に剣を向ける理由ができただろ?」
 ……俺の顔で笑うな。
 新生魔王軍の鎧は纏わず、いたってラフな格好で剣も帯びず現れた、それは……俺だ。
 『俺』がここにいなければあっちにいたかもしれない。どういう都合であちら側にもいるのかは分からないが……なんとなく察する。
 俺が、青い旗でもって『俺』と認識されているのが俺だからあいつは、今あっちにいる。
 例外なく赤い旗を立てている、向こうの俺は目を細めた。
「こういう場合、何って名乗れば良いんだろうな」
 低く身構え、長い鎖を巻いた左腕を上げて頭を掻き、わざとらしく空を見上げて……少しだけ俺より髪が長い……かもしれない。
 その長い前髪に隠れ気味の目が笑う。
「ややこしいし、グリーンモンスターで、いいよな?」
「!」
 アベルの肩が怒る。強く、見えない壁を手で叩いた。
「昔の俺の名前だ。GM、それでいいよな。なぁ、アベル」
 あえて俺じゃなくてアベルに同意を求める所……性格がかなり悪そうに思える。俺、そんな性格悪いか?
「……良くないわよ!」
「それだと俺を憎めないから、か?」
 気が付いたら俺は息を止めてた。吐き出す、そして空気を吸うに……肺が痛い。

 あれは俺が成りたくなかった姿だ。

 あんな風に成りたくないと忌避した俺。
 鎧の下に顔を隠さず、何も纏わず、心に飼っている凶悪な本性を顕にしてそれは、ついに俺の目の前に現れちまった。

「今更アンタの存在なんか……認めないわ」
 アベルのトーンの低い拒絶の言葉。
「でも、俺はお前を忘れた事はない」
 どういう意味か奴の言葉にアベルは戸惑っている。ああ、もぅ、完全に相手のペースにはまってるぞアベル。
 ……GMだと憎めない、図星なんだろう。
 未だに消えずに抱いている感情の前に、アベルの思考は立ち止まり、動けないでいる。
 俺は、ちゃんとお前の……ええと背後にいるのに。
 それを今、完全に忘れてしまって目の前の男から目を離せないでいる。
「やっぱりその手で来やがったか」
 テリーの呟きに、そうか。こうなる懸念はあったのかと今更理解する俺がいる。
 こうなるだろうからアベルには、ちゃんとGMは死んだか、あるいは今の俺なのだと決着はつけた方が良いだろうと……レッドが言ったんだな。
 いや、その決着はついたんじゃないのか。ついたのにそれでも、アベルはその卑劣な罠の前に戸惑ってしまう現実があると云う事か。

 ……奴の希望だ、あえてあれをGMとしよう。

「……お前らは全滅したはずだろう」
 ドリュアートの大樹は枯れたはずだ。すでに赤い旗が灯り、存在破綻していたあの木の状況を維持していたデバイスツールは引き抜かれ、あの木に連なる存在は全部、枯れ果てて燃えたはずだ。
 つまり、俺の分裂状態は終わったはずである。
 じゃぁここにいる俺は何だって?だから、それは難しい問題じゃない。
 残機インフィニティが終わったはずの今、他にはどういう理由で『俺』が存在出来る?
 ドリュアートに括られた俺の残機が消えただけだ。すでに俺はそこからの分裂状態の一つではない。バグってもいない。ようするに俺は一種……『正規』なのだ。
 そうして、まだ居たって事だ、連環しない『俺』が確保されていたんだ。
 あの赤い旗さえあればどうとでもなるってのかよ。
「全滅?」
「新生魔王軍の事だろウ」
 頭上でエルドロウが答えたのにGMはああ、と小さく頷く。
「あの出来損ないか、もう不要だから全部燃やしたという」
「……自分はそうじゃない、みたいな言い方だな」
 俺の問いにGMは腕の鎖を引きずって腰に手を当てる。
「何を言うんだ、お前だってそう思うだろ?ヘタに群れるだけで考えた方も一方通行、破滅だけを願うようなアレの存在をお前は認められるのか?お前は、ああなりたかったのか?」
 GMはまだ状況に整理がついてない、一番見たくない自分というものを突きつけられて戸惑っている俺にずけずけと言う。
「俺はあんなのはゴメンだ。あれは、奴らがそう思いこんでいる通りただの模造品だろう」
 そうだな、俺ってば結構ずけずけ言っちゃう子だったかもしれないと今更ながら理解した。
 奴の頭上を見るに赤い旗が灯っている。まだ俺が重複しているのはやはり、あれの所為と言うしかないのか。あの旗を発生させたのがギガースだというのなら、大陸座バルトアンデルトの力があの怪物の存在を望み、この世界がそれを許している。
 望んだのは……多分、俺なんだろう。
 レッドフラグは、バルトアンデルトが適えた望みの先に灯る。
 本来居ては為らないモノ、存在し得ないモノ。
 あれは、それをこの世界に望み、許してしまう印なんだ。
「これももう用済みだとよ」
 黒く溶け行くウィートをわざとらしく踏みつぶし、GMは薄く笑う。
 アービスが俺の隣で歯ぎしりし、剣を握る拳が震えているのが見える。
 その間、GMは右腕を引いて木に絡みつかせていた鎖でもって撓りを利用し、空中に飛び上がった。そして……俺達の頭上の見えない障壁の上に立っているエルドロウの前に着地する。
 見えない天井の上に奴も乗っかったという具合だ。
「結局アレだろ?お前も死にたくないとすりゃ、最後に生き残ったもの以外は全て不要という意味だろ」
 意味が分からん、エルドロウとGMの間での話か?
「……私にも刃を向けル、という事かネ」
 エルドロウとGM、結託している訳ではないのか。
「私を倒してしまってハこの結界も解けルぞ。折角彼らトの戦いを回避させテやったというのニ……」
「頼んでねぇよそんな事」
「やれやレ、もう少し賢いかと思っていタが」
 うるせぇよ、どうせ俺はバカですよ。きっとGMだってバカだろうよ!
「俺は俺で自由に生きる」
 GMの言葉にエルドロウ、鼻でため息を吐く。
「お前は俺と同じだろ?」
 同意を求められ、エルドロウは腕を組んで二つの頭を少しかしげた。
「だかラ君は愚かト言っていル。この運命からハ逃げられるものデは無いのダ」
「そういうアンタも別段全部の命令に素直に従っている訳じゃねぇだろ?いい加減うんざりじゃねぇのか?あいつの言いなりは」
 あいつ、とやらが誰の事か。
 何となく想像つくな。ナドゥの事だろう。
 エルドロウ、馬の顔双方が……下にいる俺達を見た。
「私は逆らエぬ身でな、立ち位置が、他ニ無イのダ」
「プライドは無ぇのかよ」
「そんなものニ拘るのはくだらナい行為と認識すルがね?」
 低く笑い、そうかもしれないと同調してGMは俺達を見下ろす。
「じゃ、どーすんだ」
 一体何の相談なのか、閉じこめられている手前ヘタに動けず俺達は頭上のやり取りを見守っている。いや、レッドとナッツは魔法を破れないかどうかを魔法壁に手を付いてなにやらやっているな。
「とりあえず、自らが生き残ルに可能性を絞るベキと思うガ?」
「その為にお前、俺を使う気だろ?」
「私は実戦向きでハ無いのだがネ、下でこそこそと結界を破ろうと抵抗もされてイる」
 レッド、構わず魔法壁を強制キャンセルする魔導式を組み立てようと地面に何やら計算式を描き始めた。
 GMはエルドロウの言葉を鼻で笑って目を細めた。
「俺は他人に利用されるのはもう沢山だ」
「だかラ、逃げようと言うのかネ」
「めんどくさいのが嫌なだけだけどな」
 エルドロウはもう一度俺達を見やった。
「彼の理想は魔王ぎがーすヲ滅ぼす、だ」
 恐らくエルドロウは……俺達に向けて言っている。
 彼、とは。
 GMの事じゃないな。
 ナドゥ・DSの事を差しているのだろう。
「建前上はそうであり、最終的にはもっト自由にナる『王』を欲してイる。ギルも、それを元に作られた我々も、全て彼にとっては失敗だ。成功例があるとスれば、今の君トいう事になるのかもしれない」
 そう言って……エルドロウはGMを見やった。
「バカ言うな、」
 GMは笑う。
「反抗意識がある奴が自由になるかよ。俺は奴から望まれちゃいねぇし、望まれたってそんな役割はゴメンだ」
 薄ら笑いが引きつり、犬歯をむき出しにして吠える。見えない境界に黒い酸化安定した鋼の鎖を引き摺り鳴らしながら両手を握る。
「俺は怪物だ、」
 そうだと自分を認めるのは痛ぇんだよ。
 俺は、GMの言葉が正直辛くて目を眇めた。
「もう我慢なんかしねぇ、感情に素直に欲しいものを手に入れ鎖で縛り、いらないものは遠慮無くぶち殺す。自由になったらそうすると決めていたんだ。折角奴に足下見られてヘタな約束させられる前に自由になったんだ、奴の元からは、今のうちに逃げるに決まってるだろう、一隅のチャンスなんだからな」

 だから、逃げようぜ。

 GMの言葉にようやく状況を察する。
 ……多分、何らかの事情で今ナドゥは動けない。で、その間今頭上にいる二人に向けナドゥは何かを命じた。いらないものを全て撤去する事、かもしれない。しかしGMはその命令を素直に聞く気はない。
 この隙に逃げよう。
 逃げるに、エルドロウに協力を求めている……そんなトコか?
 いや、あるいは……GMはあの引き摺る鎖が物語る様にどこかに捕らわれてたのだろうか。何かあって自由になり、逃げる為に……エルドロウを引き抜きにやってきた。
 ……アービスの弟ウィートはすでに不要のもの?
 協力する気が無いのになんで、ウィートを殺した?!
 殺したいから殺したのか。いらないものは遠慮なく?
「……くそ……」
 アービスが隣で膝を落とし、悪態を付いたのを見る。
 ……自由になる、……そういえばアービスは『俺』に裏切られて崖に突き落とされたって言ってたな。
 アービスを突き落とし、ランドールと分断させたのは……こいつか!そしてあの俺を、GMを……恐らく何かに拘束されていた奴を自由にしてしまったのはアービス、そういう事か?!
「……私には、判別なんかつかないッ!」
 GMはそのように低く唸ったアービスに向けて言った。
「感謝してるぜ、ありがとうついでにお前は生かしておいてやったんだ。お前も俺に感謝しろよ」
 頭上でGMが傲慢に言い放ちアービスの、甘い性格を笑う。
 そうだなぁ、上手い事言いくるめたらきっと……鎖に繋がれていたのをこいつは容易く自由にしちゃうんだろう。俺もこのお兄さんなら丸め込む自信、ちょっとあります。
 アービスは、こことは別の崖に突き落とされてランドールとはぐれたらしい。……じゃぁ、ランドールはどうした?
 GMはランドールの行方を知っているかもしれない。それを問いかけようとした俺だがその前に、アービスは声を絞りだすようにしてようやく問いかける。
「……なぜウィートを殺した!」
「分かんないか?」
 鎖を鳴らし、頭上でGMはしゃがみ込んでアービスを見下す。
「そうして欲しいとお前の心が叫んでいるからだ」
「ばかな……!」
「助ける方法なんて見当が付かなくて途方に暮れてるとか何とか、お前は俺にそう言ったじゃないか。本当は殺したくないって。殺さずに済む方法は無いのだろうかって、」
「黙れ」
 俺だと勘違いしてGMを自由にしてしまって、その時にでもアービスはてっきりコイツが俺だと思って色々弱音を吐いてしまったのだろう。それ程油断をしていたという事で、それだけに、裏切られた時反動も強かった。
 そういう事か。
「俺はそれを聞いてああ、成る程って思ったんだ」
「願ってなどいない……!」
「つまり自分ではなく、誰かが殺してくれればいいのに……そう云う事かと思ったが、違うのか?」
 ……GM、えげつねぇな。
 黙れと絶叫するアービスになおも追い打ちコマンドを入れながら笑っている。
「本当は自分の手なんか汚したくないんだろ。その性根が汚いってのにな。どいつもこいつも、自分が痛い事は認めない、触れない、やりたくない。そうやってやっかいごとを他人に擦り付けやがって……もう沢山だ」
 吐き捨てて、GMは立ち上がる。

 俺は。
 もう沢山だと言ってしまう奴の心情が……わかる。

「俺は生きたいように生きる」

 あれは、俺が一人きりのまま取り残された結果たどり着く姿なんだ。

「一人で生きる」

 アベルを見下し、戦友と認めたテリーを突き放し。

 誰も自分をヤト・ガザミだとは認めてくれないから、仕方が無く怪物に戻り、そして……怪物として生きる事で必死に自分を守っている。
 そうしないと壊れてしまうんだ。ちっさい心が、ちっさい自分が押し潰されてしまう。それが怖くて、あいつは怪物の毛皮を被って孤独を演出するんだ。周りから置いて行かれたのではなく、自分で一人を選んだ事にしたいんだ。
 そういう詭弁で自分というものだけを必死に守ってる。

 俺はかつてそうやって、自分を守る為に自分を捨てた。
 抜け殻になった俺には名前が無く、そんで……へんな名前がついてしまった。
 構わなかった。名前なんて。立場なんて。
 自分が保たれていればただ、それだけで。

「……テリー」
 俺は今だ苦しい肺で必死に息を繰り返し、隣に立ってやはり頭上を厳しい顔で見上げている奴の名前を呼ぶ。
「なんだ」
「……ありがとよ」
「なんだ、唐突に」
「……お前がいなかったら俺は多分今も、間違いなくああいう生き方をしている」
 もしかすれば自分の事ながら……あいつの生き方が悲しくて、虚しくて。
 あいつの替わりに俺が、涙を流したっていいよな?
「……ヤト」
「お前が俺を俺だと認めてくれなかったら俺は、きっとああやって最期まで一人を貫く。永久に誰にも心を開かなかっただろう。俺はもっと最悪な形でアベルを奪っていた。心を開かないまま、体だけ、関係だけ、内側からエトオノをかき乱し、もっと最悪な形で二つの闘技場をツブしていたんだろう」
 最悪な人生だった。良い事なんか何一つ無い。
 そう信じていたけど今、もっと最悪な可能性を前に比較して、俺は最高の人生を送ってきたのかもしれないと思える。

 酷ぇや、何かと比較しなきゃどっちが良いかも分からないのかよ。
 自分のよりもっと悲しい出来事が目の前で起らなきゃ、自分が不幸である事から脱出出来ないのか。
 だから人の不幸を見たいのか?比較して、もっと酷い人を見る事で、些細な自分の幸せを確認するというのか。
 それは比べてみなきゃ分かんねぇのかよ……!

 胸が痛い、俺はこの下らない涙を拭い胸を押さえた。

「エルドロウ、この結界を解け」
 強く言い放つ。ええと、まだ涙が乾いてないのでちょっとうつむき加減な俺ですが。
「……ふム、何か取引してくれるのカ、な?」
 エルドロウ、馬顔だけど奴の肩書きは魔導師だ。口先三寸で状況を打破するのは得意だろう、何言いやがる。
 お前はそれを俺達に望んで色々事情を説明してくれてんだろうが!
 掌で涙を拭き、俺はつい涙腺が緩んだ自分を笑いながらようやく顔を上げた。
「俺がお前を守ってやるよ」
「……ほほぅ、それは正気カね?」
 わざとらしい言い方だな、俺も意地悪してやりたくなる。
「守るじゃ不服か?」
 俺は頭上のエルドロウに再び強く宣言する。
「じゃぁ、俺がお前を救ってやる」
「…………」
 エルドロウ、無言を返して来た。
 だが、なぜ俺がそんな事を言ったのか。おおよそ見当は付いているだろう。

 前に学士の城、とかいうのがあると云う丘に現れた時、エルドロウは俺に言ったんだ。
 後に新生魔王軍の鎧に仕込まれる事になる再生光を放ち、倒れても起き上がる魔王軍、黒い怪物をけしかけながら……俺達を試しているのだと言っていた。
 そして最期に呟いた事を俺は、忘れていない。
『少なくともお前は、救う方では無いという事だな』
 あの独特の発音で、主語をはっきりさせず、お前らを全部滅ぼすと宣言した俺に向けてエルドロウは確かにそう言った。

「救う……か。それで、具体的な方法が……あルとでモ言うのかな?」
「いや、ぶっちゃけ何もない」
 何かあるか?とレッドに尋ねるもレッド、無関係を装うようにそっぽを向きやがった。
 考えるのがお前の仕事だろ、職務放棄すんな!
「お前が求める『救い』ってな、何だ?言ってみろ、まさかギルとかと同じだってんじゃねぇよな?」
「……同じ、と云う概念は魔導師ガ特に嫌う事を君ハ、知らんのだろウな」
 それはつまり自らの滅びじゃねぇって事だ。
 流石魔導師、捻くれてるぜ。
 エルドロウ、目の前に立つGMを少し見やって……組んでいた腕を解く。
「私の望みハ存在する事。滅びなど、願いハしなイ。存在し、魔導を極める事こそ我が天命。例えそれが魔導師の中で異端であろうと構わない。手段など、どうデも良いノだ」
「魔導師という異端にあって更に異端を極めた、流石は無色魔導ですね」
 イヤミかそれ?結界破るの諦めて、俺の隣に戻って来たレッドの言葉に俺は口を歪ませる。
「お前ハ私の存在を許すのカ?」
「レッド、エルドロウは一体、魔導都市で何をしたんだ」
 うっすらと何か悪い事をやったという話を聞いたと思う。リコレクト、悪魔召還したとか言う話しだったな。
「空の第二位悪魔、プルトスを召還しようとして失敗したのです」
 失敗を暴露され、エルドロウ、怒るかと思ったが馬の顔で歯をむき出しにして笑う。
 笑うとフツーにヒヒーンなんだな。ひとしきり笑った後に笑いながら答えた。
「ぷるとすヲこちらニ呼び戻すトビラを……開ききレなかったのダ!」
 レッドは笑って失敗を認めたエルドロウを見上げ、目を細めた。
「第二位悪魔がこちらに存在するだけの器を用意しきれず、エルドロウは反動により肉体が消滅。その上……扉は完全には閉じずに残ってしまったので」
 眼鏡のブリッジを押し上げてレッドは事もなげに言いやがった。
「僕がそこから一つ下の位である第三位悪魔を呼び出す事で極めて詭弁的にトビラを閉じました」
「……それってつまり、お前も悪魔召還したって事でいいんだよな?」
「問題在りません」
 俺の記憶間違いでなければ悪魔召還というのは、魔導師にしてみりゃ禁忌も禁忌でやっちゃうと、位剥奪で魔導協会追い出されるんじゃなかったっけか?
「正規の呼び出しではないのですけどね。……今更言い訳をするつもりはありません。ただ、正規ではないので僕が扉を開けた事にはなっていない。僕は、扉を閉じた事になっている」
 小さくため息を漏らし、レッドはエルドロウをもう一度見上げる。
「色々ありまして貴方が得るべき位を僕が引き継ぐ事になった」
 そうやってレッドは紫という事実上魔導師としての最高位を手に入れた、って事か?
 ……どうしてそうなったのか、俺には魔導師協会の仕組みが分かってないのでさっぱりだが……。
 解説出来ないが確かに、ちょっとだけズルい方法のようにも思えたりする。
 いや、レッドの言う『いろいろあって』の所が問題で、きっと……奴曰く、どす黒いんだろう。
「……それは、迷惑を掛けタな」
「心にもない事を言う必要はありませんよ」
 エルドロウの言葉にレッドは笑って言った。
「それに、おかげさまで僕の望みも色々叶いました」
 微笑みは途端に真っ黒くなる。
「もはや紫の位に拘る必要もない、その為に、今貴方が纏う無色の称号を再び奪ってしまうのも悪くないですね」
「おいおい」
「肉体が無くなったのに、どうやって第一次魔王討伐隊に参加したんだい?」
 マツナギの問いに、ナッツは頭を掻いた。
「ようするにエルドロウは最初っから死んでるんだ」
「……え?」
 マツナギ、理解不能で惚けたが俺も同意。最初から死んでるって、何?
 レッドが言葉を続ける。
「遺恨があれば死霊として留まりますからね。魔導師はそういう風に死んでも死にきれずに研究を続ける者が多いと信じられている。そういう魔導師の事を『学士の城に招致された』と言うのです……。学士の城とは魔導師達の死後の世界を差しているのですよ。そういう隠語なのです」
 魔導師連中なんでそれを……教えてくれないんだよ!
 つまり、エルドロウは魔王討伐隊第一陣に参加した時点で……死んでいるはずだから参加出来ているなら死霊って事か!?
 魔導師連中は最初から、エルドロウが纏っていた属性を把握してやがる。
 普段は見えない触れ得ない、当然青旗立ててる俺達にも見えない世界。そこに、学士の城とやらはあるんだろう。
 レッドとナッツは自分達、青い旗を立てた存在は死後の世界という破綻したレイヤーにも干渉できるものと予測したが、結局どうにも仕様が違うようで簡単には学士の城に入れなかった。
 最終的にはナッツとアインだけが学士の城に居たらしい大陸座のジーンウイントと接触し、デバイスツールを受け取ってきたけど……。リコレクトするに、一瞬青いものが空に見えた。俺達が学士の城とやらには入れないから、ジーンウイントが外に出てきてくれたのかもしれない。
「エルドロウは最初から死霊だ。びっくりしたねぇ、まさか死霊調伏に特化している天使教のお膝元に死霊を受け入れるハメになるとは思わなかったよ。死霊って言ったら大抵生前の縁にしがみついているだけで余計な事を考えらないはずなのに……考えたら自分の存在の矛盾に気付いちゃうからね。しっかり自意識保った死霊なんて初めて見た。幽霊だと殆どが気が付かなかったくらいだよ」
 エルドロウは赤旗が頭上に立つ前から死んでる。死霊……って、事でいいんだな。
 死にたくない。消滅したくない。
 エルドロウは最初からそうやって存在する事にしがみついている。その望みは未だ変わらず、って事かよ。
 その為に自分が何をするのもお構いなし。魔王八逆星としてナドゥの思惑に遠慮無く手を貸すも厭わない?
 俺の無限増殖がなぜ実現したか。あり得ないという事はあり得ない。魔法という手段の前には何でもあり得る。この世界はそういう法則が生きている。
 エルドロウがどうにも、時間を操るという異端魔導師だとは聞いていた。つまり、奴は時間を早送りする事も可能だって事だろ?時間加速が出来るなら……20年必要な時間をなんとかして短縮するという荒技も、実現させてしまうんじゃないのか。
 だからあり得ない事と、俺は自分の分裂を否定出来なかった。
 起きてしまったのならあり得ると認めるしかないんだ、このなんでもアリの世界では。
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