異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の7後半 指さす先『彼女の望む、世界の果てに』

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■書の7後半■ 指さす先 No sense of direction Pointed to your desire

 大きな鳥籠の中にドアノブのついた鉄の扉。
 中央の椅子に座る男は……黙って、俺が預けた木桶を両手で抱えている。

 この閉じている谷は広くはない……けど、そんな狭くもない。幸いな事にGMが暴走した所からは少し離れている。奴自身、逃げようとして谷の反対側端まで行ってたからな。

 レッドは少し離れた所で飛行魔法を解いて立ち止まり、ギガースの入っている籠を物珍しそうに見ていた。
「……遠東方に置いてある空の籠と……これは空間的に繋がっているようですね」
「そういや、エズのあの扉潜ったらここには出なかったぞ?」
「らしいですね、そもそも扉を開けた先ギガースは見えなかったじゃないですか」

 イシュタル国エズで、中央大陸に俺達が先に乗り込む事になった時の事だ。
 ギガースがどうにも扉を逆行してくる。みたいな懸念があったのでそれを防ぐために、扉の一方通行を規制する魔法を使って俺達はそれを潜った。
 俺は、勿論その仕組みはよく分かっていません。魔導師連中にブン投げたからな。
 その魔法を使った上で、がちゃりと扉を開けるに……その向こうには目も眩むような光があるだけでいつぞや、俺が覗いた時みたいにギガースが座っている椅子は見えなかったんである。

 あの時はもう、扉開けちゃった手間戸惑っている場合じゃなかったのでさっさと潜っちゃったけど。

 そうしたらなんか変な森に出て、俺はシステム的な不具合につきぶっ倒れちまったんだ。中央大陸にプレイヤーが入れないという都合だな。
 システム不具合で『俺』が青い旗ごと剥がれてしまうと途端、俺の体は暴走してしまう。
 最悪さっきのGMみたいな状況になってしまうはずだ。その暴走を防ぐにデバイスツールが必要だったりする。
 ……中央大陸で俺が不具合に倒れた時、側にいたらしいイン・テラールの勧めで……デバイスツールは『俺』で、持って行っちゃたんだけどなぁ。
 不具合解消して中央大陸のヤト・ガザミに戻ってみたら暴走した形跡はなかった。北神が俺に宣言した通り俺の暴走を止めてくれてたのかもしれない。
 あの人は、いい人なのか意地が悪いのか、本当によくわからん奴だ。天の邪鬼ってああいうのを言うのだろう。

 ギルの下に封印され、エズで姿を顕にしたのは例の大きな鉄の鳥籠だ。
 うっすら記憶するに、魔王連中にタトラメルツでとっ捕まった時、開けさせられたものと同じだと思う。
 そしてその中には……何もなかった。

 ただ外側に向け、ドアノブのついた鉄扉があるだけ。
 確か、扉を開けた後再びエズに再封印するか、もし中央大陸に行く手立てが他に見あたらなかったらもう一度使うという事にしてワイズが管理する事になったはず。

「……もう一方はエズにおきっぱなんだよな」
「ええ、……なるほど、内側に出口である扉があるわけですね」
 その間、ギガースは無言で初めて見るであろう魔導師を物珍しそうに見ている。
 外見の観察を終え、ようやくレッドも中身に目を向けた。
「それで……彼が」
「ああ、ギガースだ」
 すっかり親しげな雰囲気を察してレッドは俺を呆れた様子で伺った。
「確かに白い旗はついているんですが……ヤト、」
「ん?」
「貴方、見てないでしょ」
 そう言ってレッドが指さすので俺は、その先を見た。
 レッドが指さしている方へ……目を瞬く。間違いない。
 籠の中には椅子があり、やっぱりギガースが座っている。
 灰色の長い髪を持つ、やせ細った男だ。若いようには見えないが年老いた風にも見えない。
 それが、両手で木桶を持ったまま椅子から立ち上がって鉄格子ごしにこちらの対応を待っていてくれている。
 ギガースの頭上には……やっぱり、白い旗があった。
 だが不思議なのはさらに頭上。

 大きな籠の上に、見た事がないものがはためいているのだ。
 今まで思い出すにあんなのは無かったぞ?

「……なんだあれは」
「見える通りだな」
 すぐ隣で声が掛かって驚いて飛び退いてしまう。
「おま、その登場やめろ!」
 振り返るとカオス・カルマが立っていやがるんだよいつの間にか!
「……驚き過ぎですよ」
 レッドが呆れているが、誰だってこんないきなり現れたらビビるだろ!
「カオス、お前、そういや……どこにいやがった?」
 リコレクトするにコウリーリスで別れるまで一緒に行動していたはずだろう。
 その後、奴はレッドらと一緒に俺を燃えるドリュアートの木に置いて中央大陸に……戻ったよな?
 ……よく憶えてない。
 相変わらずローブに埋もれた悪魔はすっと前に出てきて俺を水色の瞳で見上げる。
「私の契約相手はお前なのだから、お前の側にいるのは当然だろう」
「おいおい、じゃぁ……ずっと……ん?いやまて?」
 なんだろうこの違和感。
 少し考えるに理解する。
 ずっと俺のそばにいる?
「……なんで俺が……俺だとわかる?」

 俺はまだ分裂しているんだぞ。

 俺と言えるものが今の所俺だけじゃない。今、完全に暴走しちゃってるけどGMも俺だ。
 それなのにどうして俺が『俺』だと分かる?

 不穏な言葉を聞いた気がして俺は、剣の柄に手を置きカオスと少し距離を取りながら身構えた。

「簡単な事だ。私にも旗が見える」
 そういってカオス、目を閉じて手を僅かに差し出し何かを振り払う仕草をした。
「これで理解出来るだろう」

 空の悪魔第三位、カオス・カルマの頭上に……青い旗が現れた。
 目を擦る。
 間違いない、見える。
 青い旗が見える。

 レッドを振り返ってみた。うん、奴の頭上にも同じ旗がある。

「……え?」
「と、言う事は。やっぱりメージンですかね」
「うえェッ!?」
 レッド、かなりあっさり言いやがった所……何か感づいてたって事?
「ど、どーいう?え?メージン?……まさか!だって、……あ?」
「バックアップオペレーターとして随分前から8人目にカウントされてた訳ですし、この所エントランス不在の時も多かったように思えます。もしメージンがログインしていたら誰だろうなと考えると……いつでしたかね。ええと、貴方とタトラメルツで別れた後でしたか。マツナギさんがそういう事を一度疑った事がありました」
 流石だマツナギ、精霊使いの勘はマジで当たる……!
「そうならそうと一言、言ってくれればいいのに!」
 心臓に悪いぞ!俺は、今までカオスに抱いていた感情から後ろめたくなってそのようにグチってしまう。カオスは……正体を露わにしたものの何時もの様に黙って突っ立っているだけだ。
「必要な事だったのでしょう、正体を隠す事が。多く経験値を取得し、特殊な背景で……重い存在。僕らの前を行き来するに様々な制約を受けるのは彼も同じです」
 しかしカオスはレッドの推理に小さなため息を漏らし、これらに冷淡に、何時も通りに返答してくるのだった。
「……関係はない」
「関係ないって!だって、」
「私はここではカオス・カルマ」
 そうだろう?水色の瞳で無感情に語られ……俺は、慌てた自分を落ち着かせる。

 そうだ、この世界。
 演じるが真実。本性は偽りだ。

 俺が、ヤトとは同じであってもサトウハーヤトとは別人であるのと同じく、タカハシーラン事メージンは、この世界にいる限り……俺が知っている人格と一致するとは限らない。

 いけすかないワケの分からん悪魔だという人外。
 カオス・カルマ。
 ……神がこっちでは悪魔なのか!なんという、なんというお約束!
 流石メージン、心の中でエラく関心してしまう俺である。いや、これは呆れなのか?
「それでも、だったらそうだと何で言わない!なんだよ、旗見えなくするとか余計な事して!」
「見えて私と気が付いたら、きっとお前達は私に余計な事を期待しただろう」
 カオスは冷たく突き放すような口調で言葉を重ねる。
「私は悪魔だ、そういう自らの基準でしか動けない。必ずしもお前達に良いように動けるとは限らない」
 だから、むしろ正体を隠したというのか。
 ううむ、メージンが言っていると思ったらヘタに説得力在るわ。うわ、レッドが言うより全然信じられる。
「でも、旗は……」
「場合によっては旗を任意で隠す事が出来る事情か?最初にログインした時はリコレクトコマンドを封じていただろう。その状況から考えるに……不可能ではない事くらい予測出来るはずだ」
 メージンとは違って容赦なく突っ込まれてしまう。
 う、そう言われてみるとそうなのですね。
 MMOだって頭上の表示を切り替える事くらい出来る。詮索出来ないようにロックする事だって……可能だよなぁ。そんくらいは仕込むよなぁシステム的に。
 あ、一応解説入れ置くとエムエムオーというのは『マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン』の略で縦書きにすれば『大規模多人数同時参加型』の事だ。略したが、正しくはMMOゲーム、という意味で俺は使ったという訳だ。
 俺は項垂れた。
 だからって今このタイミングでなぜ正体を現すんだよお前は。
 それなら最後まで騙し通せばいいのに。
「よりにもよって……」
「悠長に話をしているヒマはあるのか?」
 容赦なく言葉で突き放され俺は、そうでしたと背後を振り返る。
 ばきばきと森が侵食される音が近くなってきた。
「……では、カオス」
 レッドは改めてこちらの世界の名前で呼びかけて……籠の上の謎の存在を見上げる。
「あれは何なのですか。僕らはあれについてはまだ、何も説明を受けていなかったと思いますが」
 カオス、無表情をローブの下に隠して頷いた。
「……あれは見ての通りの旗だ。……緑色の旗の終着点に点灯する」

 あの、鳥籠の上にはためく紫色の旗は……到着点の証か。

 もしかするとそれを説明する為に正体明かしたんだろか?カオスとしてログインするにエントランスからコメントは投げられない?いや、そうじゃないよな。そういう事も過去あった。
 ……いや、コメントはエントランスにいるから投げ込めるものじゃない、とかレッドが言ってたな。
 コメントは、トビラの外、エントランスの外にあって覚醒している時にシステムで挟みこめるものだ、とか何とか。
 ええい、この世界の俺では難しい思考はどうにも無理だ!
「じゃ、あれ取り除けばクエストクリアか」
「どうやって取り除くか、というのが問題ですけど」
 そう言ってレッド、静かに籠に近づいて……ギガースを見上げた。
「この籠を根本的に壊すのは難しそうです。空間的に浮いている」
「でも、手とか入るぞ」
 そう言って隙間から腕を入れ、俺はギガースのボロボロになっている裾の長いズボンに触れてみる。
 うん、お触り可能。
「貴方に詳細を説明している時間はありませんが、……壊すのが無理なのは籠です。籠を物理的に壊す事が可能であれば一緒にこの捻れた空間も壊れてしまいます。そういう逆説理論で保護されているのです。ギガースの存在が空間的に別時空に浮いている訳ではない……ともかく、予定通りここから……」
 詳細俺に納得させるの諦めたなお前。
 と、背後から迫ってくる殺気に俺とカオスが振り返る。

 藪の隙間から……静かに怪しい影が伸びて来ていた。

 鎖の鳴る音、黒い腕に填められた枷から伸びる鎖が引きずられる音が近づいてくる。
 藪を超えて……真っ二つにされた体をなんとか蔦でつなぎ止めたGMがこちらに、ゆっくり歩いてくるのが見え隠れする。
「……本体が移動もアリだった」
 本体は非常にゆっくりだが影の方はそうではない。目標を見つけたとばかりにこちらに向かって伸びてくるのが見える。
「まずいぞ、レッド、ささっと転移させろ!」
「流石に一瞬という訳には参りません、時間稼ぎよろしく」
「うえ、そんな事出来るも……」
 その間にも影が一斉に飛びかかって来る。木々を切り裂き、藪を払いのけて平面的な黒いものが襲いかかって来た。
 ダメで元々切り伏せようとしたが、その前にカオスが何かの障壁で影の侵入を跳ね返した。
「感情は私には通用しない」
 よくわからんが、GMが伸ばしてくる影は感情理論の攻撃って事だな!
 ギルの時のアレと同じく、無心のカオスには通用しない、流石は悪魔だ。存在理論が俺達とは根本的に異なる、悪魔様々だぜ!もぅ正体知っちゃったら疑う必要性も無い、俺はカオスにおんぶにだっこしちゃうもんね!
 俺は素直にカオスの背後に隠れた。
「……離せ」
 GMが低く呟く声が聞こえる。……様子がおかしいな、よく見るとなんとか形を保っているGMの背後に何か、しがみついているのが見える。
「……?」
 瞬間それが力を取り戻したように手を伸ばし、GMの首に取り付き、締め付ける。
 黒い鎧の腕……アービスか!

「最期の、手助けになってしまうな」
 すでに右半身が存在しない、左半身だけ、左腕だけでGMの首にしがみついているアービスを確認し、俺は息を呑んだ。

 奴がかなりギリギリな状況で意識を保っているのがわかる。

「来るな、ヤト」
 つい前に出ようとした俺を言葉で止め、アービスは左腕だけでGMの首を締め付けている。
 すでにGMの腕は機能していない。重そうに鎖によって地面に貼り付けられたようにだらしなく垂れている。
 その代わり、黒い蔦が必死にアービスを剥がそうとしているが……黒い鎧がこれを阻んでいるように……俺には見える。
 黒い鎧が辛うじてアービスを守っている。
「俺はやはり死ぬ……な」
「アービス……!」
「……弟を救えても、救えなくても。もはや俺にはこの世界にいる理由がないんだ」
 だから、せめて俺の思いを遂げる。
 そういってアービスは左腕でGMの首をさらに締め上げた。

 奴は……弟のウィートを殺したGMを殺す事で、関係と責任を被ろうとしている。
 分かるけど、分かるけどでも俺は……!

 出来るならもう誰も殺したくないし死なせたくない。
 破綻していてもいい。
 生物としてマトモじゃなくてもいい。
 生きていてくれ、存在していてくれ。

 それで、頼むから幸せだと笑ってくれ。

 半分消えかけた顔でアービスは、そんな俺の気持ちを見透かしたみたいに笑う。
 まさか、あの天然お兄さんが俺の気持ちなんか、察する筈ねぇじゃんか!
 でも幻じゃない、現実だ。俺にはちゃんと見える。

 アービスは苦笑混じりに微笑んで俺に語りかけている。

 俺はこれでいいんだ、と。

 気がつけば俺は静かに背後に下がり……籠にぶつかって止まる。
「すみません、まだかかります、」
「……こんな奴守って何になる」
「ヤト、」
「ギガース、答えろ!お前が引き起こしたこの状況を、お前はどうやって責任取るんだ!」
 再び椅子に座り、きっと状況がよく分かっていない大魔王は木桶を抱えたまま小さく首をかしげた。
「……私が起こした?」
「お前が、かえりたいと願った結果だ!」
 ギガースは無感情に答える。
「私は自分が出来る事をしただけだよ」
「お前が叶えた望みが世界を変えるんだ」
 ギガースは俺から視線を外し、遠くに視線を投げて呟いた。
「そうとも、望むに世界は変わるんだよ」
 望んだのはギガースだけじゃない。
 奴の元に訪れた全てのものが些細な事を願い、夢であるものが現実になり、その事に戸惑い、履き違え、路頭に迷う。
 手に入れた夢を現実に『かえる』力に戸惑わない奴はいない。
 俺達だってこのあまりにリアルな幻想にどれだけ最初驚かされたか。
 この状況に慣れるに、どれだけの時間を有したか。
 俺と『俺』で折り合い付けるに、一体何話消費したか!
 ……って、それは言ってはいけないか事かもしれないが。
「それが、彼女がこの世界に約束した事」
「……彼女?」
 ギガースは何という事は無いように答える。
「この世界の事だよ」
 ……よくわかんねぇ。世界に彼も彼女もあるのか?
「お前は誰に、何を願った?」
 世界は何も望まないし叶えはしないと北神は言ってたな。願いは常に矛盾しているから結局プラスマイナスゼロになって何も叶いはしないのだ、と。
「かえる事だ。知っている。憶えている」
 死ねば、かえれる。
 こっちの世界から、あっちの世界に強制的に送り返される。
 ギガースはそれをまるで本能のように知っているというのか。
 そうやって消滅を望みギルから吹っ飛ばされた……のに、ギガースは滅びなかった。
 奴は大陸座で、そういうシステム上、今はデバイスツールに準ずる『力』を手放す事が出来ていない都合、自動的に転生が発動しこの世界に戻ってきてしまったはずだ。

 しかし、そんな事したってギガース、お前は帰る事なんて出来ないんだ。

 お前はもうトビラを潜る事が出来ない。
 なぜなら、あっちに、俺達が現実と呼ぶ世界に、お前を受け入れる存在がすでに無い。

 もしかすれば、そういう事情でかえる事も許されず戻って来てしまうのかもしれない。

「ギガース、……お前、憶えてないかも知れないけど……よーく聞け」
 まだ背後でカオスとアービスが頑張ってくれてる事に寄りかかって俺は、鉄格子を掴んでギガースを見上げた。
「……お前はあっちではモギーカズマっていう奴なんだ」
「モギ、カズマ」
 ふむ、懐かしい響きだ。
 恐らく理解していないがギガースはそのように呟いて俺に身を乗り出してくる。
「でもな、モギーカズマはすでに死んじまってるんだ。だからお前は……帰れない」
「…………」
 状況を把握出来ないようにギガースは、灰色の瞳を瞬いた。
「……帰れないんだ」
「ヤト、しかし」
 レッドが何を言いのか分かってる。勿論分かっているさ。
「でもお前は、戻る事は出来る」


 トビラは開かれたんだろ。


 よくわかんねぇけど、こっちからあっちに行くべきトビラが開いたんだろ?
 ミツクビリュウとかいうのがそれ、オッケー出したんだろ?

 それで、この世界の外へ輪廻する事が許されたんだと、方位神が言ったの俺は、ちゃんと憶えてる。
 それがどういう事なのかは、具体的に説明しろと言われてもわかんねぇけど。

「お前は帰るんじゃない。お前は……戻るんだ」
 少し驚いて状況を理解しようと必死なギガースに俺は、かみ砕くように問う。
「俺がお前にしてやれるのはお前を帰す事じゃない。元の世界に戻す事だけだ。それでも、いいか?」

 ギガースはしゃがみ込み、両手に持っていた木桶を……鉄格子の隙間からなんとか通して俺に、渡そうとする。

「かえすのともどすのと、どう違いがあるというのだい?」
「さぁな……俺は、同じようなもんだと思うが」
 俺は木桶を覗き込む、水の上には種が浮いている。
 が、ちょっと様子がおかしい。

 硬い皮が割れ、小さな根っ子が飛び出していた。

 ギガースはにっこり笑う。
「かえしておいたよ」


 その微笑み瞬間見とれていたら突然に、ギガースの背後にあるトビラが開く。
 明るい光がそこから差し込み、長い手がドアノブを恐る恐る押し込んできている。

 全く突然の状況で俺と、レッドも驚いて口を開けてしまった。

「……おや?」
「あ」
「どぅも」

 恐る恐るトビラを覗き込んできたのは……緑色に染めた髪の背の高い男、グランソール・ワイズである。
 籠の中を不思議そうに覗き込み、奴は灰色長髪の見慣れない男を確認し、もう一度ぺこりと頭を下げる。
 ……状況分かってないな、あの男。

「ど、どうしたんだよワイズ!」
 このタイミングでまさかトビラが開くとは思わず、いやむしろ間抜けだ、激しく間抜けだ!
 なんだ?なんで今なんだ!
「ああ、ええと、ギガースは?」
 一応用心しているらしい。トビラの向こうにギガースがいるらしいと、奴も把握している事だ。
 それだけに一応警戒はしている訳だが……。
 俺は、ワイズの目の前にいる男を指さす。
「それだ」
「うえ!」

 あっさりワイズ、トビラを閉めて退散した。

「……何なんだ」
「何か、あちらでトラブルがあったのではないでしょうか」
「トラブルって、たとえば何だよ」
 俺にはこの状況が全くよく分からない。分からないぞ!
 と、思っていたらもう一度ゆっくりトビラが開く。
「……あのぅ……」
「いいから、そいつ結構無害だから、何だ。どうした」
 本当に無害、かどうかはわからんけどとりあえずそのように保証し、俺はワイズを手招く。
 首だけ突き出し、ワイズは困った顔で目の前の灰色の男を警戒しながらレッドに言った。
「こちら、現在、魔王八逆星のインティから攻撃されてて困ってます」
「インティが!?……エズに攻撃をしてる?」
「この転移扉を回収しにきたみたいなんです、どうしましょう、渡しても良いですかね?」
 バカ!死守しろよお前ら!頼りねぇなぁ。
 多分……レッドらだけで中央大陸に来たって事は、ランドールパーティ側は大人しくエズで留守番してるって事だよな。シリアさんやエース爺さん、マースはイシュタル国エズに居て……この突然の災厄に対処してくれているのだろう。
 あるいはエズへの本格的な攻撃はこれからか?エズを攻撃するぞと脅しを掛けられている状況かもしれない。
 町の平和と秤に掛けるにダメで元々、エズに残った連中はトビラを開いてみる事にしたのかもしれないな。
 俺は……もう一度ギガースを見上げた。
「とりあえず、この檻から出しちまうか」
「本当に無害なんですか?」
 レッドは疑わしそうだな。まぁ、俺もそこは少しだけ不安が残ってたりするんだけど。
「おいギガース、お前、その扉から外に一旦出てろ」
「出て良いのかい?」
「……出たくないのか?」
 そんな事はない、というように慌てて首を横に振るギガース。
 そうだな、共同生活してた時にもうこんな狭い所にいるのは飽き飽きだ、早く出たいと言う本音をグチってたなとリコレクト出来る。
 ただ、一応立場的に囚われて閉じこめられている事は分かっているらしい。だから、出て良いのかと不安に思ったんだろう。

 俺が、ヤト・ガザミが、本来大魔王ギガースを『倒す』方であるのはすでに説明してある。

 本来だったらお前なんかぶっとばしてやるんだからな!とか言いながら、朝夕ごはんを恵んでやっていたとご理解ください。

「俺達が帰るまで大人しく待ってろよ、何もするな」
「大丈夫だ、もう大した事は出来ない」
 ギガースは苦笑気味に手に持った木桶を持ち直す。
「前に君と顔を合わせた時、ほとんど力は使い果たした。だから私はここに閉じ込められたナドゥの願いは殆ど叶えてやれなかったし、この種も眠っている所起してやるのが限界みたいだね」
「……どういう意味ですか」
 レッドがちょっと呆れている。
「私は、力を手放したかった」
 力、とはデバイスツールの事だろう。
 ただ、デバイスツールという概念は最初っからこの世界にあったものじゃない。俺達が2回目にログインしてから作られたもので、そのタイミングから大陸座は、任意で自分の持つ力を何らかの形で手放す事が可能になっている。
 いや、正確には力を他人に渡す事は前っから出来たんだ。でも、デバイスツールという概念が出来るまでは能力の譲渡は『してはいけない』事だったんだよな。大陸座の間の約束事で。
 でもその約束を守らない大陸座ってのがいたりした。
 ファマメントのトーナさんや、イシュタルトのキリさんだ。
 奴らは神に準じる世界の管理者、その為に与えられた力、すなわち『権限』は……約束として安易に他人に力を与えないという項目があったとして、所謂所詮約束でしかなかったのだろう。ぶっちゃけて、能力の譲渡は可能だったのだ。
 それでも完全な譲渡は出来ていなかった。だから、大陸座はデバイスツールという概念が登場するまで大陸座という立場を放棄する事が出来なかった。トーナさんなんかすでにほとんど力を手放していたのに大陸座という立場から逃げられなくて、閉じこもる事になった。

 ようするにこの世界から消える事が出来ない。

 大陸座には『死』がなかった。死んでもすぐに条件転生する。

 それは、こっちの世界からあっちの世界に『帰れない』という事を意味してたりする。
 まぁ、帰らなくても良いんだけどな。
 大陸座のキャラクターはプレイヤーが作ったものだけど、すでにプレイヤーからは独立するように特殊な力を与えられている存在で完全にこっちの存在なんだから。
 でも、大陸座バルトアンデルトのギガースだけは自分の立場も自分のキャラクターも中途半端に失っていて、そういう都合が分かってない。だから願っちまったんだ。

 懐かしい方へ、帰りたい、と。

「力を手放す事で私は帰る事が出来るはず」
「それで、貴方は力を与えたと言う訳ですか。魔王八逆星と呼ばれる彼らに……ヤトにも」
「不思議な事に全部渡せてしまったんだ」
 俺がギガースと顔合わせた瞬間、正確には俺の代替の方だけど。
 青い旗が立っているものをギガースは本能で『懐かしい』と言うらしい。
 その時青い旗が立っていた俺に、ギガースは力を全部譲渡した。
 出来てしまったのは、あの時世界のシステム的に『デバイスツールの設置』が始まっていたからだろう。
「じゃぁ早く『かえせ』となぜナドゥに言わない。お前を閉じこめているのはナドゥだろ?」
「言ったよ、でもここにいたナドゥは出来ないと言っていた……私の力によって存在出来ているものにそんな事が出来る筈がないだろう、とか」
 ……確かに、俺とギガースと一緒にここにいたナドゥの頭上には赤い旗があったな。
 ナドゥは本当に力を手放すつもりがあるのか?この赤い旗がもたらす力、もっともナドゥらにはそうとは見えていないわけだが、それを利用して何かやろうと目論みに、力を与えている存在を消す事は出来ない。
 そういう理屈か?
 俺は、地面を睨む。
 ギガースやっつけたら赤い旗が消える?じゃぁエルドロウみたいな赤い旗でもって存在が許されているものを俺は、どのように守ってやれば良いんだ。
 ギガースか、ギガースによって存在破たんが許された存在か。
 どっちか片方しか救ってやれない、これはよくある究極の選択じゃねぇか!
「……代替として交換できるはずです」
「え?」
 レッドは、そう言って……懐から歪な形の緑色の宝石を取り出した。歪に見えたがそれは角度の問題だったようだ。それは……中央に穴が開いた歪んだ輪の形をしたものだと思ったが多分、形からすると『メビウスの輪』だな。
「……それは?」
「ドリュアートのデバイスツールですよ。貴方の事です、エルドロウやランドールの心配でもしたのでしょう?赤い旗の正体がバルトアンデルトのデバイスツールなら、これらで代替も利くはずです」
 俺が考える事なんてずっと前に、頭のいい軍師連中は考えていたりする。その上で、今俺が何を考えているのか見事に見抜いてきやがる。
「……心配は要らないのですよ。貴方がやるといった事、不可能であれば僕が先に止めます。貴方は難しい事など考える必要はないのです。どうせ無理なのですから」
 ……その最後の一言が余計だッ!
「じゃぁ、待ってろギガース」
 俺はようやく顔を上げた。
「その扉の外で待ってろ。……必ずお前を俺達が『戻す』から」
「僕達、と僕たちを括るのは勝手ですが。貴方が、と言い切って僕らを安心させてはくださらないのですね」
「うるせぇよ、細かい事に拘るなよ!おいワイズ」
「はいはい、」
「そいつスゲェ無害だからそっちに連れてって保護しとけ」
「で、こっちの問題はどうすればいいのです?」
 インティから籠渡せと攻撃されている問題だな。
「インティはソイツを見たら間違いなく逃げ出すはずだ。その前に伝えろ、お前の願いは俺達が叶えるって」
 ホントですか?という具合にワイズ、わざとらしく口を曲げる。
 レッドが眼鏡のブリッジを押し上げてワイズに言った。
「ようするに大魔王が魔王を追っ払ってくれると云う事ですよ」
 はたしてそれで理解出来るのか微妙なフォローに明らかにワイズは脱力した。
 ようするに、追い払えばいいのかな?という具合にギガースは小首をかしげている。
「やってみりゃわかる、とにかく……重要人物だ、ちゃんと確保しとくんだぞ!」



 そんな訳で転移扉で籠を持っていくのは諦め、俺達だけ脱出する事になった。
 トビラをくぐり、ギガースが籠を出て行くのを見送る。
 見送って……俺は黒い鎧だけになってGMにしがみついているアービスへ振り返った。

 そんな俺にレッドはあきれた声を出す。
「まさか、彼らもどうにかしたいと言うのですか?」
「……そんなん、アービスは望んでないのは分かってる。でも、あいつはどうすればいいんだろう」
 目の前で黒い鎧が崩壊したのを見てしまった。
 途端黒い液体が溢れ、白い煙とともにGMに降りかかる。

 溶けていくアービスがGMを道連れにしようとしている。
 それでも黒い手を伸ばし、明らかに消滅に対する拒絶の呻きを上げてGMがじりじりとこちらに迫ってくる。

 いやだ、いやだ、死にたくない。
 生きる、何をしても生きる、何を奪ってでも生きる。

 例え一人でも生きてやる。

 生きたいんだという呻きが、俺達に……届くんだよ。

「救うなら、与えてやればいい」
 カオスが無感情に言った。
 何をって、多分、デバイスツールだろうな。

 アービスの必死の抵抗にすでに、GMからの伸びる影は小さくなっていて最初の勢いは無くなってる。
 力は無限じゃない、ひたすらに自分を消費するのだという事を俺は知っている。
 本格的に暴走を始めたら……自力で元には戻れない。
 あとは自分を消費しきるだけ。
 それは一度といわずこうなった事がある俺には分かっている。ウリッグもそう言っていた。
 止められるのは……デバイスツールだけだ。

 カオスは、救うつもりなら代替を与えてやれと言っている。レッドは救うつもりですかと俺に呆れているわけだけど。

 俺はレッドを横目で縛り、少しだけ前に出る。
 しゃがみ込み、地面を這う黒い影に囁いた。
「……ジム、ムカつくかもしれねぇけど聞いてくれ」
 嘘は、ヘタなんだぞ俺。だから、嘘なんかつけねぇんだから。
「俺がお前の替わりにちゃんと、生きるから」
 本当は……こんな約束したくないんだけどな。
 ……言ったら、約束守らなきゃいけねぇじゃんか。
「お前の事ちゃんと受け入れて、俺が……生きる」
 俺はそう言って、触れると危険なのは分かってるんだけど……地面を這ってじりじりとこちらに進もうとする黒い蔦に触れようとした。

 すると、触れられるのを恐れるように蔦が逃げる。

 そうだな、俺に同情されるのはお前の望む所じゃないんだろう。
 全く、素直じゃねぇよ俺。


 俺は苦笑して肩をすくめ、立ち上がりレッドとカオスに振り返っていた。
 同意を求めるみたいに、さ。
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