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本編後推奨あとがきとオマケの章
番外編短編-7『仕合せの反転』
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■12 ほのぼの路線 ■ から分岐しました
番外編短編-7『仕合せの反転』
魔導式、フォーミュラに穴はない。
論理的には……間違ってないはずだ。
それでも予測された結果にならない場合、問題なのはどこなのだろう。
失敗の前に何度も確認して原因をつきつめ、リュステルは短く吐息を吐いた。
手にあるのは小さな羊皮紙のかけら。そこに刻まれている至高の理論。
分かっている、これは禁忌の理論だ。単純かつ明快なフォーミュラであるにもかかわらずこの魔導式は発動しない。
論理的にまちがっていないにも関わらず、理論通りにはならない現象、それが禁忌というもの。
分かっている、ようするに……それが禁忌。
自分が開いたものが禁忌の扉である事は知っている。
それでも多くの先祖達が何食わぬ顔でこの扉を開き、禁忌と封じられた術をほんの少しちぎり取っては我がものとして世界にもたらしてきた。
父も例外ではない。
錬鉱術師として名を知られる父もこの禁忌の扉を開く事によって名声を得たとリュステルに告げた。
これはそれだけ重いものだと忠告されながら、リュステルはこの禁忌の書物を手渡されたのだ。
魔導師に属さず魔導の一旦を担う特殊な家系シーサイド家の『秘宝』。
シーサイドは古代語に隠されるその名前の通り、元来は宮廷医師として海たる国家シーミリオンに仕えていたと家系だ。先代王の時代に縁を結んで王家に数えられるようになったという。
父が死去するにあたりリュステルに手渡されたシーサイド家の秘宝は『8の書』と言われているらしい。
祖父からこの書物を継承するにあたり、海の近い環境の為かすっかりボロボロになっていたようだが、8の書はそれでも大事なものとして扱われ中を読むには問題はなかった。
しかし、これではいずれ失われる。
それを危惧したリュステルの父は8の書の禁忌を読み解き『錆びない金属』を作り出したのだという。
リュステルが父から8の書を受け取るに、ボロボロの表紙に替わりその錆びない金属で保護されていた。
扉には大きな8の文字。
伝承によると永久紋章だという。確かに、捻じれた輪に見えなくもない。
父曰く、永久の名を冠する割に貧弱な作りだという事だった。
よって、リュステルは8の書の、本来の表紙を見たことが無い。
そこに、この書の重要な事が書いてあったのだがそれは、リュステルの父に書が渡った頃にはすでに永久に失われていたのだった。
積み上げられていく歴史は時に嘘が混じる。
劣化して、腐り落ちていく。
そうやって消えていくものが多い中で技術だけはそうではない。
かつてそのように技術の永久性を予言した者が、長い時を超えてその永久性を唱えるように因縁として紡がれている事を、リュステルは知らない。
彼は父からの警告を頭の隅に置いた上で禁忌を開き、多く禁忌として制限されが技術が主であるという事をまず確認した。
これは確認の行為である。もし、禁忌でなかったらばと思えば背筋が凍りつくような魔導式。そういうものがこの書物の中には溢れている。
重かった。
ヘタに扱えば身を滅ぼすという父の言葉は間違っていないと理解はしつつも……
彼は、この禁忌によって身を滅ぼすに一歩踏み出し始めてしまうのだ。
だから、失敗は彼に致命的な傷を与えた。
許されない事をした、という致命傷だ。
他人からはよく見えない傷である。
見えないという事は……理解されないという事でもあった。
そして、もう二度とまともに生きる事は許されないのだと……全ての物事に諦めがついたのかもしれない。
*** *** ***
海中に没した国、シーミリオン。
国土を失い路頭に迷う国民の為に、この大事件が起こった八精霊大陸期6期後半。魔王と伝えられるルースルーズ王は禁忌を犯し、悪魔との取引によって国民を救ったという。
ところがその行為を神にとがめられ、王は首を落とした。
しかし魔王の流した血はなおも海に溺れる国を守ったと伝えらている。
海中に空気を保ち、海に暮らす事が出来ない人間たちの生活を守ったのである。
遡るに7期、隣国のシェイディ国でも同じく地下が全て海にのまれる危機が訪れた。
これはシーミリオン国の魔王、ルースルーズが国を守るのと同じ手法で危機を免れたという。
さて第8期。
永久ではない魔王ルースルーズの加護が、ついに途切れる危機を迎えたシーミリオン国。
すでに長い時間を猶予として魔王に与えられていたが、それでも全てではない。
安寧は一時と約束されていたにもかかわらず、未来の事を案じる者が居なかった。
わが身を案ずる者は多く、時の王も抗えない。
国王の治世は、上手く行かなかったのだ。
海に適応する魔種化に優劣が出て、多くの下層民が犠牲になる危機が訪れていた。
ところが王宮はこれをあえて見て見ぬふりをしようとしていた。自分たちの暮らしが下層からの支えによってある事を見失っている上位層は、弱い立場にあるものを救うのを怠った。
もちろんそんな事をすれば国が傾く事を察知した聡い人間もいる。
しかしすでに、その時シーミリオン国は傾き崩壊を始めていたと言えるだろう。
海中に適していない者達を、崩壊する海中の大都市リターンから地上に移す方策も間に合わず、崩壊をただ待つばかりとなっていたのだ。
何が悪いのだろう。
時の王は憂いて、自分に力が無い事を嘆いた。
自分には自分を犠牲にしてまで国民を救うような、魔王ルースルーズのような勇気も実行力もない。
多くと一緒に没しようとする国の玉座にただ座っているだけだ。
強いものが王になればいいのに、自分のような弱いものが玉座にいるのが間違っている。
そのような転嫁の果てに、せめて世継には崩壊にも負けない強い王をと望むようになり、後宮が生まれ王宮は……荒れに荒れる。
国が崩れる、それはすなわち国に身をよせている自分の安定の崩壊でもある。
この時、父の跡を継いでシーミリオン国に元来であった医者として仕えていたシーサイド家当主リュステルは、『自分の世界』の安定を願うに……手段を持ちうる事を忘れてはいない。
禁忌の扉には8の文字。
永久を示す、捻じれた輪。
リュステルは緊急に『魔種化』を進める技術をこの書物から引っ張り上げた。
強制的に海中でも生きられるように、改造を施す技術を開発するに少しばかりの犠牲はいたしかたないと王はリュステルの、少々乱暴な実験を許した。
そして、リュステルは少しの乱暴な実験の犠牲者を出すだけで多くの人民を救った英雄となった。
しかしもちろん、少しの乱暴な実験について上げ足を取る人も少なくない。
それは、リュステルの栄光と英雄化を快く思わない者達によって齎された。
いたしかたない、リュステルは大人しく王宮を去って早々と隠居を決めるに、王宮は危機を安易に脱した為にますます……心の引き締めを失っていた。
まだまともだった王宮関係者は、リターンの消失を期に静かに国を閉ざすように根を回し、シーミリオン国は……外交を閉ざしますます腐っていくことになっていったのだった。
これでよかったものだろうか。
隠居したリュステルは決して錆びない禁忌の書物を前に置き、自分が欲しかったものが一体何だったのだろうと自問する。
そんなとき、ついに治世に狂った王が、隠居したはずの彼を呼び出して狂った命令を下す事になる。
王を作るのだ。
決して腐らず、滅ばない、強き王。
それさえあれば国民は路頭に迷う事はない、明るく輝き世界を統治する王を作れ。
不可能と思われた事を可能とした、お前なら出来るはずだ。
シーミリオン国にこだわる必要はない。
世界の為に、民の為に。
全てが平和である為に。
狂った王は仮想と現実をないまぜにしているとリュステルは素直に軽蔑したが、ちょうど隠居した事もあり少しヒマを持て余していた。
そして、王宮からの嫌がらせに辟易して逃げ出したとはいえ、自分が成した行為の為に調子ついてもいた。
自分の実力ではなく、8の書の力である事を一時、任意で忘れてしまう事にした。
王は狂っている。
頂の狂ったこの国はもうダメだ。
ダメと諦めるのは簡単だが、立て直す事が出来れば『自分の世界』の平穏は保たれる。
リュステルはそのように辻褄をこじつけて再び8の書をめくってしまったのだ。
*** *** ***
深いため息をついて部屋を出て、たまらず頭を掻いた。
紫色の伸ばしっぱなしの髪を盛大に掻きむしった後もう一度深いため息を漏らす。
「兄さま、もう終わったんですか」
出迎えいらないと言ったのに、長い髪を背に垂れ流してローブに身を包むキリュウが控えているのを見つけてもう一度ため息。
「もう金輪際ここになんか来ないぞ」
「そう言わないでください、ほら」
遠くから聞こえる声にリュステルは素直に口を曲げた。
「……帰るぞ」
そそくさと歩き出した兄に、キリュウは慌てる。
「待ってくださいってば!兄さま!」
「リュステル!」
背後から抱きつかれ4度目のため息。
「もう、来たならちゃんと顔見せてください」
キリュウの身長の半分しかない、背の低い幼子を腰にぶら下げたままリュステルはげんなりと首を折った。
「なんで教えてしまうんだ、お前は」
呼び出されて聞いた話も気分を最悪に貶めるものだった。
……事もあろうか、リュステルに向けての縁談話だったのだ。
シーサイド家を取り潰すつもりかと、親せき筋にあたるシールーズ家に呼びされ説教をされてよやく開放された所なのである。問題ありません、キリュウが居ますと言ったがシールーズ家にはそれでは通じない。キリュウはいずれ嫁に出て行くだろうと言われ、そんなの古いと思ったりする。
かといって。
世話になってはいるが、シールーズ家にも本当の事など話せそうにない。
いつかこの心にある真実を告げなければいけないのは分かっているが、まだ時期を計れずにいる。
もっと重要な事を言えずにいる。
……そっちの方が先だ。
リュステルは家を潰したい。
父から託された8の書を、もう誰にも手渡したくない。
自分が犯した失敗を、もう二度と繰り返させたくない。
その思いを理解されるに苦労が必要なのは分かっている。
すべて、すべて明かさなければいけない。
自分が英雄として取り扱われることになった実績も、父の威光も、シーサイド家の全てが崩れ去るだろう。
それは、重い事だ。
少しだけ整理の時間が欲しいとリュステルはすっかり、ひきこもっていた。
しかし何より。
この館で警戒すべきはこの、隠された王の卵だ。
まともに顔を合わせるのさえ辛いというのに、どんなに無愛想をやってもどうにも、シールーズ家の方で余計な事を吹聴しているらしくすっかり、懐かれてしまっている。
リュステルを見つけて遠くから名を呼び、飛びついて来たこの幼子は……
いずれシールーズの当主となり、遠縁ながらも王位継承権を持つユーステル・シールーズ王子。
同い年という事で、キリュウはずいぶん仲良くやっているらしい。
宿命だ、とリュステルは思うがそれは、まだ言えない。
キリュウとユーステルが同い年とは、外見ではそうだと判別つけられないだろう。キリュウの方はすっかり15を数え大きく育ったが、対するユーステルの外見は未だに幼子のままである。
それは王家としての血統の差だとキリュウには説明している。
実際、カルケード王族は一般よりも成熟が遅いという実例もあるのでなんとか騙している状況だ。
「私がユーステル様を苦手にしてるの、分かっているだろう」
「だって、兄さまに会いたがっておられたし……」
「リュステル、レレの調子が悪いんだ。ちょっと見てくれないか」
「レレ?なんだねそれ」
「ああ、ユースが飼っているお魚の名前だよ」
「あのね、私は獣医じゃないんだが」
「でもみんなを救ったお医者様なんだろう?」
それは、一応事実だ。
色々歪んではいるものの……と、いたしかたなくユーステルを振り返り見て、歪みそうになる口を必死に抑えた。
「……しかし、育っとらんな」
ぽん、と頭をなでるというより叩いてやると、どうにも中身も幼いままのようでユーステルはぷくっと頬を膨らませる。
違うな、キリュウが早熟過ぎたのだと……きりっとした外見とは裏腹に女性として初潮を8年前に迎えている……都合上妹を見やる。
ユーステルが幼子であるのは実は都合が良い事でもある。
今、王宮内は病に伏せた国王があって後継者問題に骨肉の争いが続いていた。暗殺も横行しているという話だ。シールーズ家はそういう流れにオロオロしていて、家を守るにどうすればいいかと心配していたが、家よりももっと守るべきことがあるだろうとリュステルは、思い出してため息を漏らす。
国内戦争にならない分、国民に迷惑は……かけていない方か。
だから放っておけばいいのだと心配症のシールーズ家には言ってある。
今まで通りユーステルは女として通し、王子である事を隠していればいずれこのくだらない嵐は収まる。
それが終わってからだな、とリュステルはユーステルが引っ張るのを無視して、帰るために廊下を歩き出した。
「リュステル!レレが死にそうなんだよ!診てよ」
「……キリュウ、そのレレとやらを隔離して、連れて来い」
「はい、わかりました」
その言葉にようやくユーステルはリュステルの裾を離した。
急いでレレとやらを連れてくる為にキリュウを引っ張り、替わりの籠を用意しなくちゃなどと廊下を走って行く。
それを見送り、リュステルは目を細めた。
「悪くなった患部は切り取るのが一番だ」
微笑ましいと笑えない。
どうしても、笑えない。
楽しそうに笑う姿を見ているのが辛くてたまらなくなり、目を閉じて胸を抑えていた。
「……すまない」
自分が出来る事は何だろう。
真実を明かす事なのか?……このまま嘘をつき通した方がいいのではないか。
そして、二人が二人として笑うにふさわしい世界を整える。
もしかすればそれが最良で、それが……一番仕合せかもしれない。
その為に自分は何をすべきなのか。
そんな事を考えながらリュステルは……海の底に届いてくる太陽の光を眺めていた。
END
*** *** *** 分岐 *** *** ***
ここで行き止まりだったので、
表のおまけ04.ネ申からのアドバイスに飛ぶ仕組みになっていました。
番外編短編-7『仕合せの反転』
魔導式、フォーミュラに穴はない。
論理的には……間違ってないはずだ。
それでも予測された結果にならない場合、問題なのはどこなのだろう。
失敗の前に何度も確認して原因をつきつめ、リュステルは短く吐息を吐いた。
手にあるのは小さな羊皮紙のかけら。そこに刻まれている至高の理論。
分かっている、これは禁忌の理論だ。単純かつ明快なフォーミュラであるにもかかわらずこの魔導式は発動しない。
論理的にまちがっていないにも関わらず、理論通りにはならない現象、それが禁忌というもの。
分かっている、ようするに……それが禁忌。
自分が開いたものが禁忌の扉である事は知っている。
それでも多くの先祖達が何食わぬ顔でこの扉を開き、禁忌と封じられた術をほんの少しちぎり取っては我がものとして世界にもたらしてきた。
父も例外ではない。
錬鉱術師として名を知られる父もこの禁忌の扉を開く事によって名声を得たとリュステルに告げた。
これはそれだけ重いものだと忠告されながら、リュステルはこの禁忌の書物を手渡されたのだ。
魔導師に属さず魔導の一旦を担う特殊な家系シーサイド家の『秘宝』。
シーサイドは古代語に隠されるその名前の通り、元来は宮廷医師として海たる国家シーミリオンに仕えていたと家系だ。先代王の時代に縁を結んで王家に数えられるようになったという。
父が死去するにあたりリュステルに手渡されたシーサイド家の秘宝は『8の書』と言われているらしい。
祖父からこの書物を継承するにあたり、海の近い環境の為かすっかりボロボロになっていたようだが、8の書はそれでも大事なものとして扱われ中を読むには問題はなかった。
しかし、これではいずれ失われる。
それを危惧したリュステルの父は8の書の禁忌を読み解き『錆びない金属』を作り出したのだという。
リュステルが父から8の書を受け取るに、ボロボロの表紙に替わりその錆びない金属で保護されていた。
扉には大きな8の文字。
伝承によると永久紋章だという。確かに、捻じれた輪に見えなくもない。
父曰く、永久の名を冠する割に貧弱な作りだという事だった。
よって、リュステルは8の書の、本来の表紙を見たことが無い。
そこに、この書の重要な事が書いてあったのだがそれは、リュステルの父に書が渡った頃にはすでに永久に失われていたのだった。
積み上げられていく歴史は時に嘘が混じる。
劣化して、腐り落ちていく。
そうやって消えていくものが多い中で技術だけはそうではない。
かつてそのように技術の永久性を予言した者が、長い時を超えてその永久性を唱えるように因縁として紡がれている事を、リュステルは知らない。
彼は父からの警告を頭の隅に置いた上で禁忌を開き、多く禁忌として制限されが技術が主であるという事をまず確認した。
これは確認の行為である。もし、禁忌でなかったらばと思えば背筋が凍りつくような魔導式。そういうものがこの書物の中には溢れている。
重かった。
ヘタに扱えば身を滅ぼすという父の言葉は間違っていないと理解はしつつも……
彼は、この禁忌によって身を滅ぼすに一歩踏み出し始めてしまうのだ。
だから、失敗は彼に致命的な傷を与えた。
許されない事をした、という致命傷だ。
他人からはよく見えない傷である。
見えないという事は……理解されないという事でもあった。
そして、もう二度とまともに生きる事は許されないのだと……全ての物事に諦めがついたのかもしれない。
*** *** ***
海中に没した国、シーミリオン。
国土を失い路頭に迷う国民の為に、この大事件が起こった八精霊大陸期6期後半。魔王と伝えられるルースルーズ王は禁忌を犯し、悪魔との取引によって国民を救ったという。
ところがその行為を神にとがめられ、王は首を落とした。
しかし魔王の流した血はなおも海に溺れる国を守ったと伝えらている。
海中に空気を保ち、海に暮らす事が出来ない人間たちの生活を守ったのである。
遡るに7期、隣国のシェイディ国でも同じく地下が全て海にのまれる危機が訪れた。
これはシーミリオン国の魔王、ルースルーズが国を守るのと同じ手法で危機を免れたという。
さて第8期。
永久ではない魔王ルースルーズの加護が、ついに途切れる危機を迎えたシーミリオン国。
すでに長い時間を猶予として魔王に与えられていたが、それでも全てではない。
安寧は一時と約束されていたにもかかわらず、未来の事を案じる者が居なかった。
わが身を案ずる者は多く、時の王も抗えない。
国王の治世は、上手く行かなかったのだ。
海に適応する魔種化に優劣が出て、多くの下層民が犠牲になる危機が訪れていた。
ところが王宮はこれをあえて見て見ぬふりをしようとしていた。自分たちの暮らしが下層からの支えによってある事を見失っている上位層は、弱い立場にあるものを救うのを怠った。
もちろんそんな事をすれば国が傾く事を察知した聡い人間もいる。
しかしすでに、その時シーミリオン国は傾き崩壊を始めていたと言えるだろう。
海中に適していない者達を、崩壊する海中の大都市リターンから地上に移す方策も間に合わず、崩壊をただ待つばかりとなっていたのだ。
何が悪いのだろう。
時の王は憂いて、自分に力が無い事を嘆いた。
自分には自分を犠牲にしてまで国民を救うような、魔王ルースルーズのような勇気も実行力もない。
多くと一緒に没しようとする国の玉座にただ座っているだけだ。
強いものが王になればいいのに、自分のような弱いものが玉座にいるのが間違っている。
そのような転嫁の果てに、せめて世継には崩壊にも負けない強い王をと望むようになり、後宮が生まれ王宮は……荒れに荒れる。
国が崩れる、それはすなわち国に身をよせている自分の安定の崩壊でもある。
この時、父の跡を継いでシーミリオン国に元来であった医者として仕えていたシーサイド家当主リュステルは、『自分の世界』の安定を願うに……手段を持ちうる事を忘れてはいない。
禁忌の扉には8の文字。
永久を示す、捻じれた輪。
リュステルは緊急に『魔種化』を進める技術をこの書物から引っ張り上げた。
強制的に海中でも生きられるように、改造を施す技術を開発するに少しばかりの犠牲はいたしかたないと王はリュステルの、少々乱暴な実験を許した。
そして、リュステルは少しの乱暴な実験の犠牲者を出すだけで多くの人民を救った英雄となった。
しかしもちろん、少しの乱暴な実験について上げ足を取る人も少なくない。
それは、リュステルの栄光と英雄化を快く思わない者達によって齎された。
いたしかたない、リュステルは大人しく王宮を去って早々と隠居を決めるに、王宮は危機を安易に脱した為にますます……心の引き締めを失っていた。
まだまともだった王宮関係者は、リターンの消失を期に静かに国を閉ざすように根を回し、シーミリオン国は……外交を閉ざしますます腐っていくことになっていったのだった。
これでよかったものだろうか。
隠居したリュステルは決して錆びない禁忌の書物を前に置き、自分が欲しかったものが一体何だったのだろうと自問する。
そんなとき、ついに治世に狂った王が、隠居したはずの彼を呼び出して狂った命令を下す事になる。
王を作るのだ。
決して腐らず、滅ばない、強き王。
それさえあれば国民は路頭に迷う事はない、明るく輝き世界を統治する王を作れ。
不可能と思われた事を可能とした、お前なら出来るはずだ。
シーミリオン国にこだわる必要はない。
世界の為に、民の為に。
全てが平和である為に。
狂った王は仮想と現実をないまぜにしているとリュステルは素直に軽蔑したが、ちょうど隠居した事もあり少しヒマを持て余していた。
そして、王宮からの嫌がらせに辟易して逃げ出したとはいえ、自分が成した行為の為に調子ついてもいた。
自分の実力ではなく、8の書の力である事を一時、任意で忘れてしまう事にした。
王は狂っている。
頂の狂ったこの国はもうダメだ。
ダメと諦めるのは簡単だが、立て直す事が出来れば『自分の世界』の平穏は保たれる。
リュステルはそのように辻褄をこじつけて再び8の書をめくってしまったのだ。
*** *** ***
深いため息をついて部屋を出て、たまらず頭を掻いた。
紫色の伸ばしっぱなしの髪を盛大に掻きむしった後もう一度深いため息を漏らす。
「兄さま、もう終わったんですか」
出迎えいらないと言ったのに、長い髪を背に垂れ流してローブに身を包むキリュウが控えているのを見つけてもう一度ため息。
「もう金輪際ここになんか来ないぞ」
「そう言わないでください、ほら」
遠くから聞こえる声にリュステルは素直に口を曲げた。
「……帰るぞ」
そそくさと歩き出した兄に、キリュウは慌てる。
「待ってくださいってば!兄さま!」
「リュステル!」
背後から抱きつかれ4度目のため息。
「もう、来たならちゃんと顔見せてください」
キリュウの身長の半分しかない、背の低い幼子を腰にぶら下げたままリュステルはげんなりと首を折った。
「なんで教えてしまうんだ、お前は」
呼び出されて聞いた話も気分を最悪に貶めるものだった。
……事もあろうか、リュステルに向けての縁談話だったのだ。
シーサイド家を取り潰すつもりかと、親せき筋にあたるシールーズ家に呼びされ説教をされてよやく開放された所なのである。問題ありません、キリュウが居ますと言ったがシールーズ家にはそれでは通じない。キリュウはいずれ嫁に出て行くだろうと言われ、そんなの古いと思ったりする。
かといって。
世話になってはいるが、シールーズ家にも本当の事など話せそうにない。
いつかこの心にある真実を告げなければいけないのは分かっているが、まだ時期を計れずにいる。
もっと重要な事を言えずにいる。
……そっちの方が先だ。
リュステルは家を潰したい。
父から託された8の書を、もう誰にも手渡したくない。
自分が犯した失敗を、もう二度と繰り返させたくない。
その思いを理解されるに苦労が必要なのは分かっている。
すべて、すべて明かさなければいけない。
自分が英雄として取り扱われることになった実績も、父の威光も、シーサイド家の全てが崩れ去るだろう。
それは、重い事だ。
少しだけ整理の時間が欲しいとリュステルはすっかり、ひきこもっていた。
しかし何より。
この館で警戒すべきはこの、隠された王の卵だ。
まともに顔を合わせるのさえ辛いというのに、どんなに無愛想をやってもどうにも、シールーズ家の方で余計な事を吹聴しているらしくすっかり、懐かれてしまっている。
リュステルを見つけて遠くから名を呼び、飛びついて来たこの幼子は……
いずれシールーズの当主となり、遠縁ながらも王位継承権を持つユーステル・シールーズ王子。
同い年という事で、キリュウはずいぶん仲良くやっているらしい。
宿命だ、とリュステルは思うがそれは、まだ言えない。
キリュウとユーステルが同い年とは、外見ではそうだと判別つけられないだろう。キリュウの方はすっかり15を数え大きく育ったが、対するユーステルの外見は未だに幼子のままである。
それは王家としての血統の差だとキリュウには説明している。
実際、カルケード王族は一般よりも成熟が遅いという実例もあるのでなんとか騙している状況だ。
「私がユーステル様を苦手にしてるの、分かっているだろう」
「だって、兄さまに会いたがっておられたし……」
「リュステル、レレの調子が悪いんだ。ちょっと見てくれないか」
「レレ?なんだねそれ」
「ああ、ユースが飼っているお魚の名前だよ」
「あのね、私は獣医じゃないんだが」
「でもみんなを救ったお医者様なんだろう?」
それは、一応事実だ。
色々歪んではいるものの……と、いたしかたなくユーステルを振り返り見て、歪みそうになる口を必死に抑えた。
「……しかし、育っとらんな」
ぽん、と頭をなでるというより叩いてやると、どうにも中身も幼いままのようでユーステルはぷくっと頬を膨らませる。
違うな、キリュウが早熟過ぎたのだと……きりっとした外見とは裏腹に女性として初潮を8年前に迎えている……都合上妹を見やる。
ユーステルが幼子であるのは実は都合が良い事でもある。
今、王宮内は病に伏せた国王があって後継者問題に骨肉の争いが続いていた。暗殺も横行しているという話だ。シールーズ家はそういう流れにオロオロしていて、家を守るにどうすればいいかと心配していたが、家よりももっと守るべきことがあるだろうとリュステルは、思い出してため息を漏らす。
国内戦争にならない分、国民に迷惑は……かけていない方か。
だから放っておけばいいのだと心配症のシールーズ家には言ってある。
今まで通りユーステルは女として通し、王子である事を隠していればいずれこのくだらない嵐は収まる。
それが終わってからだな、とリュステルはユーステルが引っ張るのを無視して、帰るために廊下を歩き出した。
「リュステル!レレが死にそうなんだよ!診てよ」
「……キリュウ、そのレレとやらを隔離して、連れて来い」
「はい、わかりました」
その言葉にようやくユーステルはリュステルの裾を離した。
急いでレレとやらを連れてくる為にキリュウを引っ張り、替わりの籠を用意しなくちゃなどと廊下を走って行く。
それを見送り、リュステルは目を細めた。
「悪くなった患部は切り取るのが一番だ」
微笑ましいと笑えない。
どうしても、笑えない。
楽しそうに笑う姿を見ているのが辛くてたまらなくなり、目を閉じて胸を抑えていた。
「……すまない」
自分が出来る事は何だろう。
真実を明かす事なのか?……このまま嘘をつき通した方がいいのではないか。
そして、二人が二人として笑うにふさわしい世界を整える。
もしかすればそれが最良で、それが……一番仕合せかもしれない。
その為に自分は何をすべきなのか。
そんな事を考えながらリュステルは……海の底に届いてくる太陽の光を眺めていた。
END
*** *** *** 分岐 *** *** ***
ここで行き止まりだったので、
表のおまけ04.ネ申からのアドバイスに飛ぶ仕組みになっていました。
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