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本編後推奨あとがきとオマケの章
番外編短編-8『願い連鎖』
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□13 えろぐろ路線 □から分岐しました
番外編短編-8『願い連鎖』
鏡を見るとため息しか出てこなくて、そうやって吐息を吐く度に幸福は逃げて行くのだと笑われる。
もうどうでもいい。
パラリアルは去年から急激に増え始めた白髪を摘んでもう一つため息を漏らした。
幸せなんか願わない。願ったところで叶いはしないのだ。
奇跡でも起きない限りそんなもの、自分には無い。
諦めたとたん急激に老けこんできたのがよく分かった。
でも、いい。
女として生きる意味がなくなった今、生きるも面倒だし死ぬも怖い。
それでも明日は来る、息を吸って吐くだけの日々が続くだけだ。
雪の降る寒い夜、それでも明日朝が来て、目的もないのに餓えるのが怖くて、食べるものを買うために辛いと思いつつ働く日々。
こんな不毛な生き方をしているのはきっと自分だけだろうなと、三度目のため息を漏らす。
奇跡でも起きない限り自分はこれからずうっとこうなんだ。
鏡の向こうの老けて、疲れ果てた女を見てパラリアルは小さく、世界に向けて呪詛を唱えていた。
それでもやっぱり生きるのが辛くて、それから数週間後、雪が降り注ぐ夜に突発的に死のうと思い立ったのだろう。
「何が、不満だ?」
問われ、パラリアルはた寒くてガタガタと震えている事しかできなかった。
失敗したのだ。
寒い中必死にロープを掛けて、この苦しみももうすぐ終わると信じた彼女は台を飛んだが幸か不幸か、準備が不完全で降り積もっている雪の中に落ちただけに終わった。
失敗したと思い、パラリアルはその場で悲しくてたまらなくなって泣き出して、動けなくなって……ずぶぬれになっていたのをしばらくたってから通り掛った人によって発見されたのであった。
自殺は罪が重い。
神は自ら命を絶ってはならないと説く、だから彼女は長らく自殺という方法を思いつかず、どん底に合って初めてその存在に気がついても思いとどまっていたのだ。
それでもふっと魔が差したように首を括ろうとして、そして、失敗してしまった。
彼女の働き口である主人が、何というだろう。
自殺をするような女をもう二度と、屋敷には呼ばないだろう。
死ねなかったばかりか職も失い、住む場所も失い、神の教えに背いたとして罰せられるかもしれない。
ああ、でもそれで命を取られるならそれでもいい。
とにかく寒かった。
毛布に包まって、死ぬ気ならどうでもいい事を考えていたところ、やってきたのは……。
使える屋敷に大主人、テレジア・ウィンであった。
普段見る事はあっても近づく事も出来ない雲の上の人だ。そんな人が自分の前に現れるとは、それほどに自分は罰当たりな事をしたのだと思いパラリアルは……笑った。
立場はどうあれ目の前にいるのも自分と同じ女。
そう思えば、この手の届かない女に自分は、傷を与えてやれるのだという事に少しだけ、パラリアルの絶望は和らいだのだった。
そのように暗い気持ちにパラリアルが囚われ、寒さに震えている間、パラリアルを雇った直接の主人が蒼白な顔ですっ飛んできた。
下女としてパラリアルは彼の元、働いていた。
その下女をまとめているのが今蒼白な顔でテレジアの前に傅いた男だ。
何やら二人で話をしているが、キンと耳鳴りを聞いているパラリアルにはよく聞き取れない。
間違いない、自分は何か『良くないこと』をしてやったのだ。
呪われてしまえ、
神に背き命を断とうとしたけれど、それを思いとどまらせたのはきっと悪魔に違いない。
名に表すも忌まわしいとされる存在に遠慮なく礼を云っていた、もはや神から見放されたに違いない。
なら、悪魔であろうと何であろうと構うものか。
パラリアルは本格的に……悪しき方向へ落ちていた。
しかしふいと、テレジアは震えるパラリアルの手を握った。
温めるように包みながら笑う。
「……私の元で働きなさい」
もちろん、何を言われているのかさっぱりパラリアルには分からない。
完全に予測の外にあった言葉だった。
「まだ分からんだろう?全て諦めるには早い。良い医者を知っている、案内しよう」
呆けた顔で美しい女主人を見上げるしかない。
「同じ女として、お前の悲嘆は痛いほどに分かる」
同じ女として。
……理解されてたまるかと思っているのに、それでも目からはぼろぼろと涙がこぼれおちる。
雪に濡れそぼった体をテレジアは遠慮なく抱きとめ、慰める。
パラリアルは……神を呪いった事を酷く恥じてその温もりに大人しく寄り掛かるのだった。
病気によって死産した末、二度と子供を産めない体になった、それだけに限らず嫁いだ家からも追い出されたパラリアル・ストア。
彼女はこのように、テレジア・ウィンの世話周りとして収まる事になったのだった。
*** *** ***
しかし、結局パラリアルの身体は良くはならなかった。
ならば養子をとればいい、家も用意するとの主人の好意をパラリアルは柔らかく断っている。
あの時、理解を示して抱きしめてくれただけで十分だと彼女は、下女だった自分を懸命に気を掛けてくれるテレジアに、これ以上どうやって感謝の意を伝えればいのか分かなかったのだ。
ただ傍に置いてもらえるだけで満足だ。
神を呪い、悪魔に魂を売り渡そうとした自分をきっと、神はお救いになったのだと信じていた。
奇跡が起こったんだ。
奇跡はちゃんとある。
元々敬虔な天使教徒であるウィン家に倣い、パラリアルはより一層神に祈りをささげた。
奇跡でも起きない限り二度と、女には戻れない。
でも願い続ける限りきっと良い事はある。
そう信じれば、鏡の向こうの顔には艶が戻り、白髪はなりをひそめるようになった。
子は成せぬは聖女も同じと、テレジアはパラリアルを懸命に慰めてくれる。
天使教の聖女たる翼の御使いは幼子であり、夭死でもある。
母にならず天に還ったとされる。
その説話を重ねられ、お前は我が家に降りた天使だとパラリアルの神への献身を褒めてくれた。
望んでいた幸せとは少しだけ違う、出来れば子供をなして、旦那と一緒にこの一時を過ごせたらばよいのにとパラリアルは思ったが、思うだけにするのだった。
ところが、目先の仕合せに囚われたパラリアルは、その時ウィン家が抱えていた問題をよく把握はしていなかった。
当時、ウィン家良くない風評を立てられて当主交代の手続きに入っていたのである。
テレジアはウィン家当主の座を追われるのだという。
次期当主がまだ幼いと聞いているから、しばらくは実質テレジアの手腕になるのだろうと言われているが。……少しきな臭い噂も、パラリアルはさほど気にしていなかった。
風評は、上の方で吹き荒れているもの。
下に居る者にはよくわからないのだ。
しばらくテレジアに献身的に仕えていたパラリアルは……しかし、わずかな違和感を知る事になる。
家から人がいなくなる。
どうにも人払いをしているようだと噂を聞くに、自分はどうなるのだろうと不安に思っていた矢先のことだった。
「……少し、遠き地に赴かなければならなくなった」
「館を移転なされるのですか」
「いや、そうではない」
テレジアはそっと、パラリアルの手を握って言いにくそうに切り出した。
「この地、この世界に魔王なるものが蔓延ろうとしている」
魔王、聞きなれない言葉だ。
ようするに世界を乱す存在であるらしく、天使教を上げてこれの討伐を行う事になったのだという。
そして、その旅団の指揮をテレジアが取る事になったというのだ。
「それで、人払いを」
「すまない、」
「問題ありません、その旅団、世話係も必要なのでしょう?私もぜひ……連れて行ってください」
そう言うであろう事を分かっていたようにテレジアは苦い顔を強める。
「館で働くのとは勝手が違うのだよ?」
「構いません、私の命はもはや貴方様と貴方様と同じく敬う神のもの。魔王討伐が神のご意思なら、私も!」
それは、テレジアの元を離れるのを嫌がったパラリアルの綺麗な言葉だった。
信仰はある。しかも、魔王討伐などという恐ろしい行事参加への恐怖はそれに勝る。
だがもっともっと怖い事は自分を受け入れてくれたテレジアを失う事であり、その加護が無くなる事だったのだ。
「……パラリアル、お前には正直に告げよう。きっと、私は戻ってこれない」
「ならば、尚更!」
綺麗な言葉を打ち捨てて、パラリアルはテレジアに縋った。
「お傍にいたいのです!私を、おいていかないで……!」
「死ぬかもしれないのだよ?」
問題はない、自分は死んだようなものだった。
女であるのに女でなければ、死んだようなものだ。
奇跡が起きてそうである事が復刻しないなら、自分はもはやいないも同然。
パラリアルの意志は固く、魔王討伐第一陣に彼女は、テレジアの付き人として同行が許されたのであった。
馬車に乗り、進む先を恐れ泣く兵士達をパラリアルは信仰で慰めたが、それほど恐ろしい所に行くのかと聞けば……二度と戻ってくる事が出来ない処にいくのだという。
「二度と戻ってこれない所とは、どんなところでしょう」
テレジアの金の長い髪を梳きながら恐る恐る尋ねるに、彼女は力強くこう答えた。
「……神の国だ」
「神?……魔王というものは、神の領域におるのですか?」
「そもそも魔王を察知し、討伐しろと言いだしたのは神だ。後に神の国から下り、我々の世界八精霊大陸にも溢れると予期しての出兵」
「……名誉ある闘いです」
「だが、戻れない。神の領域だ、我々はもう二度と戻ってこれない」
そこが中央大陸、目指したが最後二度と八精霊大陸に戻ってくる事が出来ない恐ろしい土地である事を、テレジアは上手く、綺麗に言っただけだった。
無用に恐怖を煽れば逃げてしまうだろうと、そう思ったからでもある。
テレジア・ウィンだって怖い。
ともに居てくれる人が欲しかった。それは、パラリアルだけの話ではない。
家が揺れている中、女というだけで軽んじられる風潮に疲れている中、彼女が信じられるのは男ではなく女だった。女としてを守りたかった望みがパラリアルを救い、彼女の存在を傍に欲した。
そして、それが圧倒的な魔王のもたらす破壊の中で決壊し、溢れ出る。
魔王の腕のひと振りで大地が裂けて、人が木の葉のように舞い散った。
駄々をこねるような動作で訳の分からない事を喚く邪悪な存在に歯が立たず、テレジアは……必死にパラレアルを逃がそうとした。
どこに逃げられる場所がある。
もう二度と国には戻れない、この得体のしれない土地でどこにいけばいいのですかと泣くパラリアルに、もはやテレジアはごめんなさいと繰り返すしかできない。
ここまで圧倒的な敗北を帰すとは思っていなかったこともある。完全に、常に毅然とした態度を取る彼女の許容範囲を超える出来事がおこってしまったのだ。
巻き込んだ、私の都合でお前をここに連れてきた、寂しかったんだ。
ずっとそばに居てくれる、私は……そういうものが欲しかった。
お前だけは生きてくれ。
ついに吐き出された本音の前にパラリアルは……強いと思っていたものの弱さを知る。
それを受け止める強さ。
かつてテレジアがパラリアルに行った行為の逆は……
無い。
*** *** ***
そして再び奇跡は起こった。
奇跡だ、とその光景を見てパラリアルは思った。
あらゆる物事に絶望を見出し途方に暮れた時、再び神は……いや、神なのだろうか?
目の前の歪な光景にパラリアルは神への猜疑を深めてしまう。
死んだはずの男が現れて、奇跡的に魔王を……殺した。
そしてその後、男は屍として横たわる仲間達を見渡し、自らが傅いていた者、テレジアを抱き起こし血を流した唇に気紛れな接吻をした、その後の事だ。
……酷く歪な姿で彼女が起き上がった。
美しい金の髪は銀に替わり、肌には得体のしれない模様が浮き出している。死斑とは違うがまるでそうであるように不気味である。
奇跡ではあったが得体が知れなかった。
かろうじて生き残った兵や、馬引きや、戦闘力にはならない多くの世話役達はその奇跡的ながらも恐ろしい光景から逃げるに逃げだせずにいる。
逃げようにも、残されたものにはもはや指揮をする者がいない。指揮が無ければ動けないような者達ばかりが残ってしまっている。
逃げる場所が無い事も知っている。
その中にパラリアルは例外なくいた。
「……私は、どうなったのだ」
呆然と成り行きが理解できないテレジアに、不気味だと思いつつもついに奇跡の素晴らしさを理解するのが勝りパラリアルは走りだした。
「奇跡です、神が勝利を齎すにお与えくださった……」
不気味と思ったがテレジアの前、迷いなくパラリアルは神の奇跡と唱えてみる。
奇跡、奇跡が起きれば元に戻れる。
あさましくも彼女の望む事を察したテレジアは、同時に自分がどういう歪な望みで彼女をここに連れてきたのかを思い知ってもいた。
誰がこの彼女の、女を取り戻したいという望みを笑えるだろう。
パラリアルの肩を抱き、どうやら奇跡的によみがえったらしい事を認識し、その奇跡をおこした男をテレジアは振り返る。
「……貴様は、何をしたのだ」
「俺は」
男は自分の両手をただじっと見つめていて、それをぎゅっと握り、歯を食いしばる。
「ちッ……余計な事を願っちまった」
「私にも、わたくしにも……奇跡を……!」
パラリアルが手を伸ばすのを見て男は一瞥し、もうやらんと歩き出す。
「お待ちください、ああ、お救いください!」
「落ち着いてパラリアル……お前には、私が奇跡を与えてやるから」
そうする事で彼女は完全に自分のものになる。彼女にとっての神は、己になる。
浅はかな望みの連鎖が紡がれていくのをただじっと見つめる目があるのにも気が付かず、テレジアは男がそうしたように自分の力を与えようと……落ちていた剣を取ってストアの首に付き入れた。
生暖かい血を吹き上げるパラリアルは、悲鳴と嗚咽の混じった音を喉の奥から絞り出す。
そして血の溢れる彼女の唇を塞ぎ、
それが、女として終わったパラリアルの最期であり。
再び女として蘇った彼女の最初となるのだった。
END
*** *** *** 分岐 *** *** ***
えろぐろを選んだ貴方の為に、『まだ突き進みますよね?』という選択がありまして
おまけ裏05、へのリンクがありました。
裏ページの難題かつ、たどり着くのがここからのみ、というレアページへどうぞ
番外編短編-8『願い連鎖』
鏡を見るとため息しか出てこなくて、そうやって吐息を吐く度に幸福は逃げて行くのだと笑われる。
もうどうでもいい。
パラリアルは去年から急激に増え始めた白髪を摘んでもう一つため息を漏らした。
幸せなんか願わない。願ったところで叶いはしないのだ。
奇跡でも起きない限りそんなもの、自分には無い。
諦めたとたん急激に老けこんできたのがよく分かった。
でも、いい。
女として生きる意味がなくなった今、生きるも面倒だし死ぬも怖い。
それでも明日は来る、息を吸って吐くだけの日々が続くだけだ。
雪の降る寒い夜、それでも明日朝が来て、目的もないのに餓えるのが怖くて、食べるものを買うために辛いと思いつつ働く日々。
こんな不毛な生き方をしているのはきっと自分だけだろうなと、三度目のため息を漏らす。
奇跡でも起きない限り自分はこれからずうっとこうなんだ。
鏡の向こうの老けて、疲れ果てた女を見てパラリアルは小さく、世界に向けて呪詛を唱えていた。
それでもやっぱり生きるのが辛くて、それから数週間後、雪が降り注ぐ夜に突発的に死のうと思い立ったのだろう。
「何が、不満だ?」
問われ、パラリアルはた寒くてガタガタと震えている事しかできなかった。
失敗したのだ。
寒い中必死にロープを掛けて、この苦しみももうすぐ終わると信じた彼女は台を飛んだが幸か不幸か、準備が不完全で降り積もっている雪の中に落ちただけに終わった。
失敗したと思い、パラリアルはその場で悲しくてたまらなくなって泣き出して、動けなくなって……ずぶぬれになっていたのをしばらくたってから通り掛った人によって発見されたのであった。
自殺は罪が重い。
神は自ら命を絶ってはならないと説く、だから彼女は長らく自殺という方法を思いつかず、どん底に合って初めてその存在に気がついても思いとどまっていたのだ。
それでもふっと魔が差したように首を括ろうとして、そして、失敗してしまった。
彼女の働き口である主人が、何というだろう。
自殺をするような女をもう二度と、屋敷には呼ばないだろう。
死ねなかったばかりか職も失い、住む場所も失い、神の教えに背いたとして罰せられるかもしれない。
ああ、でもそれで命を取られるならそれでもいい。
とにかく寒かった。
毛布に包まって、死ぬ気ならどうでもいい事を考えていたところ、やってきたのは……。
使える屋敷に大主人、テレジア・ウィンであった。
普段見る事はあっても近づく事も出来ない雲の上の人だ。そんな人が自分の前に現れるとは、それほどに自分は罰当たりな事をしたのだと思いパラリアルは……笑った。
立場はどうあれ目の前にいるのも自分と同じ女。
そう思えば、この手の届かない女に自分は、傷を与えてやれるのだという事に少しだけ、パラリアルの絶望は和らいだのだった。
そのように暗い気持ちにパラリアルが囚われ、寒さに震えている間、パラリアルを雇った直接の主人が蒼白な顔ですっ飛んできた。
下女としてパラリアルは彼の元、働いていた。
その下女をまとめているのが今蒼白な顔でテレジアの前に傅いた男だ。
何やら二人で話をしているが、キンと耳鳴りを聞いているパラリアルにはよく聞き取れない。
間違いない、自分は何か『良くないこと』をしてやったのだ。
呪われてしまえ、
神に背き命を断とうとしたけれど、それを思いとどまらせたのはきっと悪魔に違いない。
名に表すも忌まわしいとされる存在に遠慮なく礼を云っていた、もはや神から見放されたに違いない。
なら、悪魔であろうと何であろうと構うものか。
パラリアルは本格的に……悪しき方向へ落ちていた。
しかしふいと、テレジアは震えるパラリアルの手を握った。
温めるように包みながら笑う。
「……私の元で働きなさい」
もちろん、何を言われているのかさっぱりパラリアルには分からない。
完全に予測の外にあった言葉だった。
「まだ分からんだろう?全て諦めるには早い。良い医者を知っている、案内しよう」
呆けた顔で美しい女主人を見上げるしかない。
「同じ女として、お前の悲嘆は痛いほどに分かる」
同じ女として。
……理解されてたまるかと思っているのに、それでも目からはぼろぼろと涙がこぼれおちる。
雪に濡れそぼった体をテレジアは遠慮なく抱きとめ、慰める。
パラリアルは……神を呪いった事を酷く恥じてその温もりに大人しく寄り掛かるのだった。
病気によって死産した末、二度と子供を産めない体になった、それだけに限らず嫁いだ家からも追い出されたパラリアル・ストア。
彼女はこのように、テレジア・ウィンの世話周りとして収まる事になったのだった。
*** *** ***
しかし、結局パラリアルの身体は良くはならなかった。
ならば養子をとればいい、家も用意するとの主人の好意をパラリアルは柔らかく断っている。
あの時、理解を示して抱きしめてくれただけで十分だと彼女は、下女だった自分を懸命に気を掛けてくれるテレジアに、これ以上どうやって感謝の意を伝えればいのか分かなかったのだ。
ただ傍に置いてもらえるだけで満足だ。
神を呪い、悪魔に魂を売り渡そうとした自分をきっと、神はお救いになったのだと信じていた。
奇跡が起こったんだ。
奇跡はちゃんとある。
元々敬虔な天使教徒であるウィン家に倣い、パラリアルはより一層神に祈りをささげた。
奇跡でも起きない限り二度と、女には戻れない。
でも願い続ける限りきっと良い事はある。
そう信じれば、鏡の向こうの顔には艶が戻り、白髪はなりをひそめるようになった。
子は成せぬは聖女も同じと、テレジアはパラリアルを懸命に慰めてくれる。
天使教の聖女たる翼の御使いは幼子であり、夭死でもある。
母にならず天に還ったとされる。
その説話を重ねられ、お前は我が家に降りた天使だとパラリアルの神への献身を褒めてくれた。
望んでいた幸せとは少しだけ違う、出来れば子供をなして、旦那と一緒にこの一時を過ごせたらばよいのにとパラリアルは思ったが、思うだけにするのだった。
ところが、目先の仕合せに囚われたパラリアルは、その時ウィン家が抱えていた問題をよく把握はしていなかった。
当時、ウィン家良くない風評を立てられて当主交代の手続きに入っていたのである。
テレジアはウィン家当主の座を追われるのだという。
次期当主がまだ幼いと聞いているから、しばらくは実質テレジアの手腕になるのだろうと言われているが。……少しきな臭い噂も、パラリアルはさほど気にしていなかった。
風評は、上の方で吹き荒れているもの。
下に居る者にはよくわからないのだ。
しばらくテレジアに献身的に仕えていたパラリアルは……しかし、わずかな違和感を知る事になる。
家から人がいなくなる。
どうにも人払いをしているようだと噂を聞くに、自分はどうなるのだろうと不安に思っていた矢先のことだった。
「……少し、遠き地に赴かなければならなくなった」
「館を移転なされるのですか」
「いや、そうではない」
テレジアはそっと、パラリアルの手を握って言いにくそうに切り出した。
「この地、この世界に魔王なるものが蔓延ろうとしている」
魔王、聞きなれない言葉だ。
ようするに世界を乱す存在であるらしく、天使教を上げてこれの討伐を行う事になったのだという。
そして、その旅団の指揮をテレジアが取る事になったというのだ。
「それで、人払いを」
「すまない、」
「問題ありません、その旅団、世話係も必要なのでしょう?私もぜひ……連れて行ってください」
そう言うであろう事を分かっていたようにテレジアは苦い顔を強める。
「館で働くのとは勝手が違うのだよ?」
「構いません、私の命はもはや貴方様と貴方様と同じく敬う神のもの。魔王討伐が神のご意思なら、私も!」
それは、テレジアの元を離れるのを嫌がったパラリアルの綺麗な言葉だった。
信仰はある。しかも、魔王討伐などという恐ろしい行事参加への恐怖はそれに勝る。
だがもっともっと怖い事は自分を受け入れてくれたテレジアを失う事であり、その加護が無くなる事だったのだ。
「……パラリアル、お前には正直に告げよう。きっと、私は戻ってこれない」
「ならば、尚更!」
綺麗な言葉を打ち捨てて、パラリアルはテレジアに縋った。
「お傍にいたいのです!私を、おいていかないで……!」
「死ぬかもしれないのだよ?」
問題はない、自分は死んだようなものだった。
女であるのに女でなければ、死んだようなものだ。
奇跡が起きてそうである事が復刻しないなら、自分はもはやいないも同然。
パラリアルの意志は固く、魔王討伐第一陣に彼女は、テレジアの付き人として同行が許されたのであった。
馬車に乗り、進む先を恐れ泣く兵士達をパラリアルは信仰で慰めたが、それほど恐ろしい所に行くのかと聞けば……二度と戻ってくる事が出来ない処にいくのだという。
「二度と戻ってこれない所とは、どんなところでしょう」
テレジアの金の長い髪を梳きながら恐る恐る尋ねるに、彼女は力強くこう答えた。
「……神の国だ」
「神?……魔王というものは、神の領域におるのですか?」
「そもそも魔王を察知し、討伐しろと言いだしたのは神だ。後に神の国から下り、我々の世界八精霊大陸にも溢れると予期しての出兵」
「……名誉ある闘いです」
「だが、戻れない。神の領域だ、我々はもう二度と戻ってこれない」
そこが中央大陸、目指したが最後二度と八精霊大陸に戻ってくる事が出来ない恐ろしい土地である事を、テレジアは上手く、綺麗に言っただけだった。
無用に恐怖を煽れば逃げてしまうだろうと、そう思ったからでもある。
テレジア・ウィンだって怖い。
ともに居てくれる人が欲しかった。それは、パラリアルだけの話ではない。
家が揺れている中、女というだけで軽んじられる風潮に疲れている中、彼女が信じられるのは男ではなく女だった。女としてを守りたかった望みがパラリアルを救い、彼女の存在を傍に欲した。
そして、それが圧倒的な魔王のもたらす破壊の中で決壊し、溢れ出る。
魔王の腕のひと振りで大地が裂けて、人が木の葉のように舞い散った。
駄々をこねるような動作で訳の分からない事を喚く邪悪な存在に歯が立たず、テレジアは……必死にパラレアルを逃がそうとした。
どこに逃げられる場所がある。
もう二度と国には戻れない、この得体のしれない土地でどこにいけばいいのですかと泣くパラリアルに、もはやテレジアはごめんなさいと繰り返すしかできない。
ここまで圧倒的な敗北を帰すとは思っていなかったこともある。完全に、常に毅然とした態度を取る彼女の許容範囲を超える出来事がおこってしまったのだ。
巻き込んだ、私の都合でお前をここに連れてきた、寂しかったんだ。
ずっとそばに居てくれる、私は……そういうものが欲しかった。
お前だけは生きてくれ。
ついに吐き出された本音の前にパラリアルは……強いと思っていたものの弱さを知る。
それを受け止める強さ。
かつてテレジアがパラリアルに行った行為の逆は……
無い。
*** *** ***
そして再び奇跡は起こった。
奇跡だ、とその光景を見てパラリアルは思った。
あらゆる物事に絶望を見出し途方に暮れた時、再び神は……いや、神なのだろうか?
目の前の歪な光景にパラリアルは神への猜疑を深めてしまう。
死んだはずの男が現れて、奇跡的に魔王を……殺した。
そしてその後、男は屍として横たわる仲間達を見渡し、自らが傅いていた者、テレジアを抱き起こし血を流した唇に気紛れな接吻をした、その後の事だ。
……酷く歪な姿で彼女が起き上がった。
美しい金の髪は銀に替わり、肌には得体のしれない模様が浮き出している。死斑とは違うがまるでそうであるように不気味である。
奇跡ではあったが得体が知れなかった。
かろうじて生き残った兵や、馬引きや、戦闘力にはならない多くの世話役達はその奇跡的ながらも恐ろしい光景から逃げるに逃げだせずにいる。
逃げようにも、残されたものにはもはや指揮をする者がいない。指揮が無ければ動けないような者達ばかりが残ってしまっている。
逃げる場所が無い事も知っている。
その中にパラリアルは例外なくいた。
「……私は、どうなったのだ」
呆然と成り行きが理解できないテレジアに、不気味だと思いつつもついに奇跡の素晴らしさを理解するのが勝りパラリアルは走りだした。
「奇跡です、神が勝利を齎すにお与えくださった……」
不気味と思ったがテレジアの前、迷いなくパラリアルは神の奇跡と唱えてみる。
奇跡、奇跡が起きれば元に戻れる。
あさましくも彼女の望む事を察したテレジアは、同時に自分がどういう歪な望みで彼女をここに連れてきたのかを思い知ってもいた。
誰がこの彼女の、女を取り戻したいという望みを笑えるだろう。
パラリアルの肩を抱き、どうやら奇跡的によみがえったらしい事を認識し、その奇跡をおこした男をテレジアは振り返る。
「……貴様は、何をしたのだ」
「俺は」
男は自分の両手をただじっと見つめていて、それをぎゅっと握り、歯を食いしばる。
「ちッ……余計な事を願っちまった」
「私にも、わたくしにも……奇跡を……!」
パラリアルが手を伸ばすのを見て男は一瞥し、もうやらんと歩き出す。
「お待ちください、ああ、お救いください!」
「落ち着いてパラリアル……お前には、私が奇跡を与えてやるから」
そうする事で彼女は完全に自分のものになる。彼女にとっての神は、己になる。
浅はかな望みの連鎖が紡がれていくのをただじっと見つめる目があるのにも気が付かず、テレジアは男がそうしたように自分の力を与えようと……落ちていた剣を取ってストアの首に付き入れた。
生暖かい血を吹き上げるパラリアルは、悲鳴と嗚咽の混じった音を喉の奥から絞り出す。
そして血の溢れる彼女の唇を塞ぎ、
それが、女として終わったパラリアルの最期であり。
再び女として蘇った彼女の最初となるのだった。
END
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これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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