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完結後推奨 番外編 妄想仮想代替恋愛
◆トビラ後日談 A SEQUEL『妄想仮想代替恋愛 -11-』
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◆トビラ後日談 A SEQUEL『妄想仮想代替恋愛 -11-』
※本編終了後閲覧推奨、古谷愛ことアインさんメインの後日談です※
というわけで、テリオスさんは自らの手で鉄格子をねじ切り、閉じこめられていたあたしを外に出してくれるのでした。
うわぁあん!
思わず泣きついてテリオスさんの胸に飛び込んじゃうあたし。
「……何をしてるんだお前達は」
ウィン家使用人達は、当主が自らの手で鉄格子をぶち破った事に完全に度肝を抜かれているっぽいね。
「ヴォル、もう一度聞く。……鍵はどこだ?」
執事筆頭の初老の男は身を正し、引きつった笑みを浮かべた。
「ええと……その、……ぼっちゃんが」
「誰がこいつをここに入れた?」
「………」
「あ、あのそれはね……」
テリオスさんが殺気立ったのにあたしは、執事のヴォルさんがいたたまれなくなって口を開こうとした時。
勢いよく廊下へ続く扉が開いて、御歳4歳のテリオス・ジュニアがこの修羅場に飛び込んできた。
「父上!」
確かにジュニアが鍵を持っていた。リボンを結んだそれを手にぶら下げている。しかし、その彼の満面の笑みに……テリオスさんは一瞬きょとんとした顔になる。
「お帰りなさい!あの、ええと……」
その後、お待ちください坊ちゃんとかいう慌ただしく掛けつける女中の声が聞えてくる。
……おねむの所、思わず父上様をお出迎えに来ちゃったのねぇ。
確かにもう結構遅い時間だ。連休明けで仕事がたまっていたのか、テリオスさんの帰宅はちょっと遅かった。
いつもなら奥さんはもう寝る支度の時間みたい。そういう『命令』になっていたのだけど、どうしてか今日は奥さん、その命令を無視するつもりでジュニアを寝かしつけた後、旦那さんの帰りを待ってたみたい。
というのは、今そこに奥さんも立っているから、なんだけど。
テリオスさんは一旦怒りを収め、あたしを胸に抱き留めたまましゃがみ込んだ。そしてジュニアを手招く。
「ただいま、こんな時間に起きているなんて……どうした?」
注意してるけど……全然咎めてないわねぇ。
その雰囲気を察したようで、怒られると身構えていたジュニア、嬉しそうに鍵をテリオスさんに見せる。
「僕、それをそこに入れたんだよ」
これは……褒めて、という雰囲気……かな。
ああなる程、そう云う事かとテリオスさんは状況を正しく把握したみたい。
鍵をジュニアから受け取り、極めて優しく檻の方を示す。
「わ!」
その檻が見事に破壊されているのをようやく見つけて、ジュニアは素直な驚いた声を上げた。
「それが壊しちゃったの?」
それ、というのはどうやら、あたしの事ね。
近距離にいる通り、ジュニアはあたしを怖がってはいない。
お昼までは一緒に取っ組み合って遊んでたくらいだもの。でも、名前で呼んでくれないのは……誰かさんの態度を見習っての事なんだ。
あたしを怖がっているのは……。
魔物に対する偏見の行き届いた大人達の方だ。
「それ、じゃない。アインだ、ちゃんと名前で呼びなさい」
「……はい」
良い子よねぇ、でも……矛盾があるのに気が付いていて少し戸惑っている。
お母さんが『それ』と呼び、近づく事を禁じて……檻に入れておかなくてはと言ったはずなのにね。
母親の言っている事と父親の言っている事、何故それが相違しているのか。四歳児にして賢いジュニアはその矛盾に気が付いている。この場の雰囲気を、飛び込んできた時に一瞬察して戸惑ったものね。
テリオスさんはにっこり微笑んだまま立ち上がり、あたしを床に置いて……腰を低く身構えた。
……まさか。
右手を静かに背後に引き、極めてゆっくりと前へ一歩踏み出すと同時に右の腕を真っ直ぐに突く。
女中、執事一同、奥さんのエレンさん。ウィン家を取り巻く人達に状況をしっかりと見せつけるように。
でその状況、ってのはつまり。
テリオスさん自らの手で、物置小屋の奥に設置された立派な檻を粉々に粉砕してしまうのを、だ。
テリオスさん、大きく息をついて姿勢を元に戻す。集めた気を静かに放ち、状況にあっけにとられている一同を振り返った。
「アインは、私の管理下にあると言っただろう?」
丁重な口調を突然、止めた。極めて乱暴に、吐き捨てる様に言う。
「だが、お前達に管理出来るような代物じゃぁねぇ」
殺気が圧力となり大人達に向けて吹き付けた。ジュニアは……まだ背が低いので気が付いてないわね。殺気の飛ばし方、上手いのはいいけど……ここで怒号を飛ばすのはどうなのテリオスさん!
「アインは俺の客だ、失礼の無いように扱えって言ってンのがお前らには理解出来んのか?あ?」
ジュニア、きょとんとしている。あまりにも粗雑な言葉すぎて多分……父上が何言ってるか理解出来てないっぽいぞ……!
それはともかくテリオスさんがキレてる!?まずい、こんなのお子様に見せるのは教育上よろしくないわよ!
「と、とりあえずあたし、ジュニアちゃん寝かしてくるね」
あたしは慌てて『臨時教育係』として必死に大人たちの事情に首を突っ込んだ。この事情、大人たちには『ジュニアの愛玩生物』と置き換えがなされたらしい。
……テリオスさんとしてはそうじゃないって事だ。
あたしは……ぶっちゃけ、その扱いでも構わないんだけどな……。
行こうテリーちゃんとあたしが誘うに、ジュニアは嬉しそうについてくる。すっかりお気に入りされちゃったんだ。……あと、まだこの状況よくわかってないわね、よしよし、あくび漏らしてる。おねんねの時間だぞー!
テリオスさんの殺気に当てられて身動き出来ないここの大人全員をこっそり振り返る。
ああ……やっぱり、あたしがトラブル招いたようなものよね……これ。
ちょっとがっかりしてしまう。
お子様なのはあたしもだけど、顛末が気になったからジュニアを部屋に寝かしつけて後ロビーでみんなが出てくるのを待ってたの。
半地下の物置小屋から大人たちが出てきたのはもう、夜もずいぶん更けてから。こってり絞られたみたい。皆、青色吐息だ。
あたしが居るのに気が付いて、みんなびくって肩震わせてそそくさと持ち場に戻っていく。
最後にテリオスさんと奥さんが出てきた。
「アイン、悪い事をしたな。大丈夫だったか?」
口調は元に戻ったね。というか、こんな穏やかな会話も出来るんだねぇ。テリオスさんは家に帰ると……基本的にはあの乱暴な口調がどこかに引っ込んじゃうみたい。
「大丈夫だよ、慣れてる事だよ」
あたしは笑って……うつむいてる奥さんを窺う。
あんなに大声で叱っちゃって、大丈夫だったのかな?
「話は聞いた、お前は何も悪い事はしていない……全面的に悪いのは私の家の者たちのようだ、すまない」
軽く頭を下げて謝罪されたけど、なんか、その口調で言われると芝居じみてる感じがするんだけどな……。
「でー……あたしはどこで寝ればいい?」
一応、気になるので聞いてみる。
案内された寝床はさ……テリオスさんに木端微塵にされちゃったわけで。
「もちろん、ジュニアの所でいいだろうと思っているが」
……即座奥さんが非難めいた視線をテリオスさんに送っている。
「本当にジュニアはお前に、あんな所で寝るように言ったのか?」
テリオスさんはあたしに合わせ、片膝ついて尋ねらて来たけど、本当に調子が狂うんだけどなぁ……ふぅ。確かにこれはめんどくさいね。
あたしは奥さんのエレンさんに少し視線を投げた。見事にこっちを見ていない。でも、あたしは奥さんの味方だよ!……テリオスさんを応援する為に来たけれど、あたしは……奥さんの味方でいたいと思ってる。
嫌われてるのは態度で分かる。だからこそ、あたしの事分かって欲しいよ。
好きになってもらいたい。だから、あたしは奥さんの事、嫌いにはならないでおきたい。
「うん、ジュニアの提案だったよ」
だから、その前に誰がそそのかしたかは言わないでおく。
テリオスさんは少し怪訝な顔をする。もう、分かって無いなぁ……。
「じゃぁ今晩は私の所で休んでくれ」
「うん、そうする」
って事は奥さんと一緒の部屋かな?……と思ったけど。
この屋敷広い、広すぎる!
……奥さんとは寝所は別なんですって。え?これが普通なの?
なんか、家庭内別居みたい。
そんで次の日、状況を察した兄のテニーさんが血相変えて屋敷にやって来たみたい。今日の執務は取りやめて、家族会議でもしてろというお達しが来て……あたしを含め、奥さんと執事とテリオスさんが広間に集められている。
「一体どういうつもりだ、お前は」
テニーさんはテリオスさん以上に老けた感じがするなー。弟がこんな具合ですものねぇ、気苦労も堪えないんだろう。
「ああ、忘れてた」
ふっと、テリオスさんは額を抑えて……乱暴な口調で続けた。
「兄貴、俺家では勝手にする事にしたんだわ」
何を言い出すのだ、と顔をしかめるテリオスさん以外全員。あ、あたしもね。
突然口調が崩れた、さっきまで昨日の丁寧な口調だったのに。
で、乱暴な口調のまま、態度も横柄になってソファにふんぞり返ってテリオスさんは言った。
「どうもこうもねぇよ、俺にだってガキの教育権利はあるだろ?」
あたし、ジュニアちゃんの教育係としてここに赴任って事になってる。何って事はない、遊び相手になってやれって事みたいなんだけどね。
「非常識ですわ」
「おう、非常識結構」
蒼白な顔の奥さん、エレンさんにテリオスさんは乱暴に答える。
「あんたは俺がどういう経歴なのか分かっててここに嫁いできたんだろう?この家がどんなものか、分かって俺の所に来たんだ。違うか?」
「……勿論です、全て覚悟の上で」
「いつまでそうやって殻に閉じこもってるんだ」
「……閉じこもる?」
「兄貴、俺、もう我慢の限界だ」
困った様子のテニーさんに少し低く頭を下げたままテリオスさんは言った。
「家でくらい自由にさせてくれ、ウィン家の品位は下げないと約束するから」
「そうは言うが、今回の事は」
……あたしの事、よね。テニーさんの視線にあたしは小さくうつむく。
「簡単だ、ドラゴンがウチに居る事をウチの連中が全員黙ってればいい事だ。そうだろう?」
「………」
そんな難しい事か?とテリオスさん、なぜか執事を睨む。
「俺はてっきりエレンが全て悪いと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ」
悪いと言われ、そう言われてしまう事に何か心当たりが有るようにエレンさんは無言だ。
「俺に信のない奴らなんか手元には居て欲しくない、ウィン家にとって邪魔なだけだ」
そういって、テリオスさんの敵意は……ふいと執事のヴォルさんに向いた。
「そうは言いますが旦那様、」
「ウィン家はお前のものじゃねぇぞ?」
ヴォルさんは脂汗を掻いて俯いている。
「どういう事だ、ヴォル」
テニーさんから静かに問われ、ハンカチを取り出し吹き出す汗を拭いながら執事は口を濁らせた。
「いえ……その。私はただウィン家を思って……」
「兄貴に告げ口するのがウィン家の為なのか?」
不機嫌なテリオスさんの言葉に、テニーさんは小さくため息を漏らして腕を組む。そして、暫く考えてから口を開いた。
「この屋敷を頼むと、お前に信を置いての事だったが……見込み違いだったようだな……ヴォル」
「て、テニー様!」
「未だに当主が誰なのかも分からぬ愚か者など、ウィン家には要らぬ」
うわぁ、結構厳しい物言いをするのね。
あたしは黙って、お家騒動を見守るより無い。奥方のエレンさんを伺うに蒼白な顔のままだ。
「お、お許しくださいっ」
ヴォルさんは立っていた所から絨毯の外まで逸れ、壁まで下がってそこで膝を突く。
「わ、わたくしは幼少のみぎりよりウィン家の為に使える事を天命とし、ウィン家の為だけに生きて参りました!今後もその意気は変わりません!」
額を地につけ、許しを請う姿にエレンさんは不安な視線をウィン家の兄弟に向けているけど……。それをテリオスさんってばガン無視してる。
「では改めて問う、お前のするべき事は何か」
テニーさんは静かに問いかけた。
すると、額を地につけたままヴォルさんは答える。
「私のするべき事は、当主を信じる事にございます!」
「………」
疑うような視線を投げたままのテリオスさんに、ついに奥さんは声を上げた。
「待って貴方、なぜ彼ばかりそこまで責めるの?貴方は何を怒っているのか、わたくしには分かりません」
「分からんだろうな、アンタは理解を投げてるんだ」
テリオスさんはエレンさんの方は見ずにぶっきらぼうに言った。
「奥方には何も、何も罪はございません!全て私が勝手に!」
「ヴォル、」
奥さんが声を詰まらせ、何か言おうとしたのを遮ってテリオスさんは強い口調で問う。
「俺に、信を置くと誓うか?」
「勿論にございます!」
「じゃ、アインは客人として丁重に扱う事。大事な息子の教育係だが、これはウィン家特有の事だ。他にはバラすな、真似されちゃ困る」
「真似出来るような事ではあるまいよ」
テニーさん、苦笑を洩らして……出されているお茶をすすった。
…………?
それで、どうやら執事さんはおとがめ無しで退室となったみたい。
……ううん?
なんか……芝居がかってないかな?
これがレズミオ流って奴なのかしら?
テニーさんはため息を漏らし、未だ湯気を立てるお茶のカップをソーサーに戻す。
「全く、朝から何が起きたかと来てみれば……皆お前のやり方には慣れていないのだ。前もって客人が特殊である事を伝えておけばよいものを」
「昨日急遽決まった事だったからな、」
「エレンもさぞかし驚いたことだろう」
「え、ええ」
テニーさんから同情の言葉を掛けられ、少し茫然としていた奥さんは慌てて返事を返している。
エレンさん、多分……内心酷く驚いてるのかも。
奥さん的にはテニーさんはさ、今回の騒動に関しテリオスさんを叱ってくれると思っていたんじゃないのかな。
「慣れんだろうがこれが、こいつのやり方だ……彼がウィン家なのだ。迷惑ばかり掛けるが」
「いえ、そんな事は」
そう答えるのがレズミオ淑女って事?
ふとあたしはテリオスさんを見た。
あ、一瞬笑ってるのを見たよ、あたし。
って事はもしかして……これ、全部……?
テニーさんは仕事があるから先に行く、お前はこの問題をきっちり片付けてから来るように……と言って部屋を退出して行った。
というわけでテリオスさんとエレンさん、そんであたしが残されてしまった。
「……言ったろ、俺は勝手にやるってな」
「本当ですね」
エレンさんは……少し微笑んで応じた。
「驚きました、ドラゴンの友人が居るというのは本当だったんですね」
「俺はお前に嘘なんか言った憶えはない」
「そうなんですか」
そう言って……エレンさんは恐る恐る、というようにあたしに視線を投げる。あたしは、それに気が付いてエレンさんを見上げた。
すると慌てて目を逸らす奥さん。
「怖いのか」
その様子を見ていてテリオスさんは言った。
「いえ……その、怖いと言う感情はないのですけど……」
「ぶっちゃけ、可愛いだろ?」
ちょっと砕けた調子の声にエレンさんは少し驚いている。そして、
「……ええ」
漸く素直に認めたように、ようやくあたしを直視してくれるのだった。
そっか、昨日一日あたしを見ないように務めていたのは……魔物を可愛いなんて認めたくないという淑女のプライドだったんだね。
……認めちゃってふっきれたのか、あたしの事ガン見してる奥さん。
「はじめは、あなたが良くできた人形を持ってきたのかと思いました」
動いて本物と知ってフツーに悲鳴あげたものね。
「こいつ、見た目通りガキでな。イッチョマエに話すけどパパママ恋しい年頃みたいだ。……かわいがってやってくれ」
「な、なによぅ、そこまでお子様なつもりはないわよ?」
「そういう所がお子様なんだよ、お前は」
デコピンされて、あたしは首を引っ込め小さな手でなんとか額を抑える。
「ここ叩いちゃらめぇっ!」
「ガキだが聞き分けはいい。悪さしたら俺に言え、とっちめてやる」
「……本当に大丈夫なんですか?」
「なんだ、まだ俺を疑うのか?」
テリオスさんの言葉にエレンさんはちょっと俯いた。
さっきの執事さんのやり取りを思い出しているのだろう。
そして、聡明でよく出来た淑女と噂のエレンさんは……さっきのやり取りの意味についてはよく分かってるんだと思うな。
「わたくし、少し恥ずかしいです」
「………」
「テニー様まで連れてきて、わたくしの為に……すみません」
そうやって小さく頭を下げたのにテリオスさんは小さくため息を漏らし、笑った。
「大人げないのはお互い様だ。俺なんか一人で解決するのを諦めてこんな小道具まで持ち出してきてるんだぞ」
大人げないのはこっちだと苦笑してる。
「あたしの事、道具とか言うな」
「悪かったよ、いいもん喰わせてやるから大人しくジュニアと遊んでこい」
「た、食べ物で釣られたみたいな事言わないでよ!奥さん、この人ケンカしちゃったぁ!とかあたし達に泣きついてきたんですよ!」
「だぁっ!お前のその余計に廻る口が!」
そんなあたし達のやり取りにエレンさん、少し笑った。
でも、その彼女がちょっと涙ぐんでるのを見てあたしとテリオスさんは同時に固まってしまう。
ちょっと、泣かない奥さんじゃぁなかったの!?
「すみません」
「あ……いや」
で、完全にテリオスさんもうろたえている。
……あ、泣かないってのは、本当なのかもね。だから今対処に困ってるんだ。
「わたくし、勝手と言われましても何をすればいいのか分かりませんの」
「……エレン」
「貴方に嫁ぐに色々覚悟はしていました。でも、まさかここまで非常識な方だったとは」
そう言われ、やっぱりテリオスさんは嬉しそうなのよね。
なんでだろう。
「お前がそう言ってくれたのは今日が初めてだ」
「だって、それでは……貴方を拒絶しているようなものでしょう?わたくしは貴方を受け入れるべくここに嫁いできたんですよ?……思っていても……言えませんわ」
レズミオ淑女、だからかな?
「俺は、言って欲しかった」
「そうと気付けなかった、わたくしは……」
「いいんだ。分からない事は分からないと言え、思った事に素直になればいい。体裁を気にするな、ほら」
あたしを抱きかかえ、奥さんに押しつける。
「モンスターが可愛いとおもったら素直に可愛いと抱きしめればいい。それが、勝手って奴だ」
恐る恐ると手を伸ばし、エレンさんは……初めてあたしに触れてくれた。驚かせちゃ行けないからあたし、じっとしてるね。
「俺は子供には、勝手に生きて欲しいんだ」
「勝手に?」
「俺のガキなんだぞ?ヘタに押さえつけたりなんかしたら反発して出て行っちまうだろ」
それ、説得力あるわぁ。
そういう遍歴がテリオスさんにある事を知っているエレンさんは少しだけ上品に笑う。あたしをテリオスさんから受け取りって……結構重いのねと膝の上に載せながら……不安そうな顔を隠さない。
「少しだけ怖いの。この家に、私が見合わないと言われてしまうのが怖くって……」
「何を怖がる、お前はウィン家の妻なんだぜ。俺には勿体ないくらいだ、そう言いたいし、言わせてやりてぇ」
誰に言わせてやりたいのか、あたしにはよく分かって嬉しくなった。
「俺についてこいよ」
ハッピーエンドなのかな。
エレンさん、嬉しそうに頷いてる。
「少し、分かった事があるのだけれどそれを、言っても良い?」
「勿論だ、」
「貴方はそうやって『勝手』に話していた方が……似合ってる」
それ、どういう意味だろう。
テリオスさんは苦笑して頭を掻いている。
「昨日から無理に乱暴な口調になっているのかと思ったけれど……それが本当の貴方なのだってようやく分かったわ」
「……家だけにするけどな、外ではいつも通りにするさ」
あの丁寧な口調の事かな?そんな成れない事してたらストレスも溜まるに決まってる。やだ、テリオスさんたらもしかしてこの4年間ずーっとそうやってこの屋敷で話してたの?
「着いていくわ、貴方」
あたしは自主的にエレンさんの膝から床に飛び降り、二人が立上がって手を取るのを後にする。
飛び上がってドアノブを押して部屋を出た。
お邪魔虫は退散するわねっ!
廊下の向こうに執事のヴォルさんが立っていてにこやかに笑ってる。やっぱり、全部お芝居だったんだ。
あたしは、上手く行ったわよとウインクを飛ばしてみた。それを見てヴォルさんは深々と、あたしに頭を下げる。
「昨日は申し訳ありませんでした」
「いいのよ、全然!」
結果良ければ全て良し、だよ!
「噂にはお聞きしておりましたが……正直申し上げれば驚いております。屋敷の者も皆が皆、全て理解するには今少し時間が掛かるとは思いますが……」
「そんなに長居はしないよ、あたしの事、隠しておくとか負担には変わりないと思うし」
それに、一人にしておきたくない人も居るしね。
「しかしぼっちゃまは甚く貴方の事をお気に召しているようですよ。先ほどから随分探しておいでです」
「そっか、……お別れの時には泣かれちゃうかな」
お別れに、泣いちゃうような子にはならないようにあたしがしっかり教育してやらなきゃいけないって事ね。
テリオスさんとあのエレンさんの子だもん。
きっと、強い子だよ。
ジュニアを捜して廊下を歩いていると、居たーと大声を上げて彼が走ってくる姿を見つける。
「おっはようテリーちゃん」
この子、正式にテリオス・セカンド・ウィンって名前なのよ。面白いのね、同じ名前とかフツーにつける風習があるんですって。
だからあたしはテリーちゃんって呼ぶ事にしたの。
「お前、何処行ってたんだ?」
「テリーちゃん、朝は?」
「……あ、おはようございます」
「あと、あたしはアインだよ」
「……アインさん。おはようございます」
うむよろしい、基礎教育しっかりしてますね、ちゃんと最初から言いなおしましたよこの子!
教育係って事はこの辺り、おろそかにはしては行けないのだとあたしは思う。
挨拶を済ませるとジュニア、ひっしとあたしに抱きついてきた。
「父上も母上も居ないんだ……昨日、父上……怒ってたよね」
ああ……やっぱりそれは分かってたか。
「別にテリーちゃんの事を怒ってたんじゃないわよ」
「じゃ、母上のことかな?」
両親が不仲なのって、子供にとってこれ以上にないってくらい不安な事なのよね。
あたしにはその気持ちが良く分る。
うちのパパとママはガチで殴り合う程仲いいけどね。
それが分っているから……心が離れていると知ると悲しいのは、分るんだ。
「大丈夫」
あたしは羽で彼の背中を叩いて宥める。
「さっき仲直りのチューしてたの見たよ」
「仲直りのチューって何?」
「こう」
あたしはジュニアの額を軽く突く。突かれた額を抑え、ジュニアは不思議そうな顔をして見せた。
「……仲直りのチュー?」
「おまじないだよ。こうするとね、次には仲良く抱き合う事が出来るのよー」
そう言ってあたしは、ジュニアをぎゅっと羽で包んで抱きしめてあげた。
「……ね」
「うん」
うーん、これをうちのパパとママもすればいいのに。
というような事を考えるに……殴り合うので我慢しようよ、フルヤさん、と言う気持ちにもなる。
複雑だなぁ。
ずっと仲良くしていて欲しいけど、どうしてそれで満足できないのか。
お子様のあたしにはよくわかんないなっ てへっ!
※本編終了後閲覧推奨、古谷愛ことアインさんメインの後日談です※
というわけで、テリオスさんは自らの手で鉄格子をねじ切り、閉じこめられていたあたしを外に出してくれるのでした。
うわぁあん!
思わず泣きついてテリオスさんの胸に飛び込んじゃうあたし。
「……何をしてるんだお前達は」
ウィン家使用人達は、当主が自らの手で鉄格子をぶち破った事に完全に度肝を抜かれているっぽいね。
「ヴォル、もう一度聞く。……鍵はどこだ?」
執事筆頭の初老の男は身を正し、引きつった笑みを浮かべた。
「ええと……その、……ぼっちゃんが」
「誰がこいつをここに入れた?」
「………」
「あ、あのそれはね……」
テリオスさんが殺気立ったのにあたしは、執事のヴォルさんがいたたまれなくなって口を開こうとした時。
勢いよく廊下へ続く扉が開いて、御歳4歳のテリオス・ジュニアがこの修羅場に飛び込んできた。
「父上!」
確かにジュニアが鍵を持っていた。リボンを結んだそれを手にぶら下げている。しかし、その彼の満面の笑みに……テリオスさんは一瞬きょとんとした顔になる。
「お帰りなさい!あの、ええと……」
その後、お待ちください坊ちゃんとかいう慌ただしく掛けつける女中の声が聞えてくる。
……おねむの所、思わず父上様をお出迎えに来ちゃったのねぇ。
確かにもう結構遅い時間だ。連休明けで仕事がたまっていたのか、テリオスさんの帰宅はちょっと遅かった。
いつもなら奥さんはもう寝る支度の時間みたい。そういう『命令』になっていたのだけど、どうしてか今日は奥さん、その命令を無視するつもりでジュニアを寝かしつけた後、旦那さんの帰りを待ってたみたい。
というのは、今そこに奥さんも立っているから、なんだけど。
テリオスさんは一旦怒りを収め、あたしを胸に抱き留めたまましゃがみ込んだ。そしてジュニアを手招く。
「ただいま、こんな時間に起きているなんて……どうした?」
注意してるけど……全然咎めてないわねぇ。
その雰囲気を察したようで、怒られると身構えていたジュニア、嬉しそうに鍵をテリオスさんに見せる。
「僕、それをそこに入れたんだよ」
これは……褒めて、という雰囲気……かな。
ああなる程、そう云う事かとテリオスさんは状況を正しく把握したみたい。
鍵をジュニアから受け取り、極めて優しく檻の方を示す。
「わ!」
その檻が見事に破壊されているのをようやく見つけて、ジュニアは素直な驚いた声を上げた。
「それが壊しちゃったの?」
それ、というのはどうやら、あたしの事ね。
近距離にいる通り、ジュニアはあたしを怖がってはいない。
お昼までは一緒に取っ組み合って遊んでたくらいだもの。でも、名前で呼んでくれないのは……誰かさんの態度を見習っての事なんだ。
あたしを怖がっているのは……。
魔物に対する偏見の行き届いた大人達の方だ。
「それ、じゃない。アインだ、ちゃんと名前で呼びなさい」
「……はい」
良い子よねぇ、でも……矛盾があるのに気が付いていて少し戸惑っている。
お母さんが『それ』と呼び、近づく事を禁じて……檻に入れておかなくてはと言ったはずなのにね。
母親の言っている事と父親の言っている事、何故それが相違しているのか。四歳児にして賢いジュニアはその矛盾に気が付いている。この場の雰囲気を、飛び込んできた時に一瞬察して戸惑ったものね。
テリオスさんはにっこり微笑んだまま立ち上がり、あたしを床に置いて……腰を低く身構えた。
……まさか。
右手を静かに背後に引き、極めてゆっくりと前へ一歩踏み出すと同時に右の腕を真っ直ぐに突く。
女中、執事一同、奥さんのエレンさん。ウィン家を取り巻く人達に状況をしっかりと見せつけるように。
でその状況、ってのはつまり。
テリオスさん自らの手で、物置小屋の奥に設置された立派な檻を粉々に粉砕してしまうのを、だ。
テリオスさん、大きく息をついて姿勢を元に戻す。集めた気を静かに放ち、状況にあっけにとられている一同を振り返った。
「アインは、私の管理下にあると言っただろう?」
丁重な口調を突然、止めた。極めて乱暴に、吐き捨てる様に言う。
「だが、お前達に管理出来るような代物じゃぁねぇ」
殺気が圧力となり大人達に向けて吹き付けた。ジュニアは……まだ背が低いので気が付いてないわね。殺気の飛ばし方、上手いのはいいけど……ここで怒号を飛ばすのはどうなのテリオスさん!
「アインは俺の客だ、失礼の無いように扱えって言ってンのがお前らには理解出来んのか?あ?」
ジュニア、きょとんとしている。あまりにも粗雑な言葉すぎて多分……父上が何言ってるか理解出来てないっぽいぞ……!
それはともかくテリオスさんがキレてる!?まずい、こんなのお子様に見せるのは教育上よろしくないわよ!
「と、とりあえずあたし、ジュニアちゃん寝かしてくるね」
あたしは慌てて『臨時教育係』として必死に大人たちの事情に首を突っ込んだ。この事情、大人たちには『ジュニアの愛玩生物』と置き換えがなされたらしい。
……テリオスさんとしてはそうじゃないって事だ。
あたしは……ぶっちゃけ、その扱いでも構わないんだけどな……。
行こうテリーちゃんとあたしが誘うに、ジュニアは嬉しそうについてくる。すっかりお気に入りされちゃったんだ。……あと、まだこの状況よくわかってないわね、よしよし、あくび漏らしてる。おねんねの時間だぞー!
テリオスさんの殺気に当てられて身動き出来ないここの大人全員をこっそり振り返る。
ああ……やっぱり、あたしがトラブル招いたようなものよね……これ。
ちょっとがっかりしてしまう。
お子様なのはあたしもだけど、顛末が気になったからジュニアを部屋に寝かしつけて後ロビーでみんなが出てくるのを待ってたの。
半地下の物置小屋から大人たちが出てきたのはもう、夜もずいぶん更けてから。こってり絞られたみたい。皆、青色吐息だ。
あたしが居るのに気が付いて、みんなびくって肩震わせてそそくさと持ち場に戻っていく。
最後にテリオスさんと奥さんが出てきた。
「アイン、悪い事をしたな。大丈夫だったか?」
口調は元に戻ったね。というか、こんな穏やかな会話も出来るんだねぇ。テリオスさんは家に帰ると……基本的にはあの乱暴な口調がどこかに引っ込んじゃうみたい。
「大丈夫だよ、慣れてる事だよ」
あたしは笑って……うつむいてる奥さんを窺う。
あんなに大声で叱っちゃって、大丈夫だったのかな?
「話は聞いた、お前は何も悪い事はしていない……全面的に悪いのは私の家の者たちのようだ、すまない」
軽く頭を下げて謝罪されたけど、なんか、その口調で言われると芝居じみてる感じがするんだけどな……。
「でー……あたしはどこで寝ればいい?」
一応、気になるので聞いてみる。
案内された寝床はさ……テリオスさんに木端微塵にされちゃったわけで。
「もちろん、ジュニアの所でいいだろうと思っているが」
……即座奥さんが非難めいた視線をテリオスさんに送っている。
「本当にジュニアはお前に、あんな所で寝るように言ったのか?」
テリオスさんはあたしに合わせ、片膝ついて尋ねらて来たけど、本当に調子が狂うんだけどなぁ……ふぅ。確かにこれはめんどくさいね。
あたしは奥さんのエレンさんに少し視線を投げた。見事にこっちを見ていない。でも、あたしは奥さんの味方だよ!……テリオスさんを応援する為に来たけれど、あたしは……奥さんの味方でいたいと思ってる。
嫌われてるのは態度で分かる。だからこそ、あたしの事分かって欲しいよ。
好きになってもらいたい。だから、あたしは奥さんの事、嫌いにはならないでおきたい。
「うん、ジュニアの提案だったよ」
だから、その前に誰がそそのかしたかは言わないでおく。
テリオスさんは少し怪訝な顔をする。もう、分かって無いなぁ……。
「じゃぁ今晩は私の所で休んでくれ」
「うん、そうする」
って事は奥さんと一緒の部屋かな?……と思ったけど。
この屋敷広い、広すぎる!
……奥さんとは寝所は別なんですって。え?これが普通なの?
なんか、家庭内別居みたい。
そんで次の日、状況を察した兄のテニーさんが血相変えて屋敷にやって来たみたい。今日の執務は取りやめて、家族会議でもしてろというお達しが来て……あたしを含め、奥さんと執事とテリオスさんが広間に集められている。
「一体どういうつもりだ、お前は」
テニーさんはテリオスさん以上に老けた感じがするなー。弟がこんな具合ですものねぇ、気苦労も堪えないんだろう。
「ああ、忘れてた」
ふっと、テリオスさんは額を抑えて……乱暴な口調で続けた。
「兄貴、俺家では勝手にする事にしたんだわ」
何を言い出すのだ、と顔をしかめるテリオスさん以外全員。あ、あたしもね。
突然口調が崩れた、さっきまで昨日の丁寧な口調だったのに。
で、乱暴な口調のまま、態度も横柄になってソファにふんぞり返ってテリオスさんは言った。
「どうもこうもねぇよ、俺にだってガキの教育権利はあるだろ?」
あたし、ジュニアちゃんの教育係としてここに赴任って事になってる。何って事はない、遊び相手になってやれって事みたいなんだけどね。
「非常識ですわ」
「おう、非常識結構」
蒼白な顔の奥さん、エレンさんにテリオスさんは乱暴に答える。
「あんたは俺がどういう経歴なのか分かっててここに嫁いできたんだろう?この家がどんなものか、分かって俺の所に来たんだ。違うか?」
「……勿論です、全て覚悟の上で」
「いつまでそうやって殻に閉じこもってるんだ」
「……閉じこもる?」
「兄貴、俺、もう我慢の限界だ」
困った様子のテニーさんに少し低く頭を下げたままテリオスさんは言った。
「家でくらい自由にさせてくれ、ウィン家の品位は下げないと約束するから」
「そうは言うが、今回の事は」
……あたしの事、よね。テニーさんの視線にあたしは小さくうつむく。
「簡単だ、ドラゴンがウチに居る事をウチの連中が全員黙ってればいい事だ。そうだろう?」
「………」
そんな難しい事か?とテリオスさん、なぜか執事を睨む。
「俺はてっきりエレンが全て悪いと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ」
悪いと言われ、そう言われてしまう事に何か心当たりが有るようにエレンさんは無言だ。
「俺に信のない奴らなんか手元には居て欲しくない、ウィン家にとって邪魔なだけだ」
そういって、テリオスさんの敵意は……ふいと執事のヴォルさんに向いた。
「そうは言いますが旦那様、」
「ウィン家はお前のものじゃねぇぞ?」
ヴォルさんは脂汗を掻いて俯いている。
「どういう事だ、ヴォル」
テニーさんから静かに問われ、ハンカチを取り出し吹き出す汗を拭いながら執事は口を濁らせた。
「いえ……その。私はただウィン家を思って……」
「兄貴に告げ口するのがウィン家の為なのか?」
不機嫌なテリオスさんの言葉に、テニーさんは小さくため息を漏らして腕を組む。そして、暫く考えてから口を開いた。
「この屋敷を頼むと、お前に信を置いての事だったが……見込み違いだったようだな……ヴォル」
「て、テニー様!」
「未だに当主が誰なのかも分からぬ愚か者など、ウィン家には要らぬ」
うわぁ、結構厳しい物言いをするのね。
あたしは黙って、お家騒動を見守るより無い。奥方のエレンさんを伺うに蒼白な顔のままだ。
「お、お許しくださいっ」
ヴォルさんは立っていた所から絨毯の外まで逸れ、壁まで下がってそこで膝を突く。
「わ、わたくしは幼少のみぎりよりウィン家の為に使える事を天命とし、ウィン家の為だけに生きて参りました!今後もその意気は変わりません!」
額を地につけ、許しを請う姿にエレンさんは不安な視線をウィン家の兄弟に向けているけど……。それをテリオスさんってばガン無視してる。
「では改めて問う、お前のするべき事は何か」
テニーさんは静かに問いかけた。
すると、額を地につけたままヴォルさんは答える。
「私のするべき事は、当主を信じる事にございます!」
「………」
疑うような視線を投げたままのテリオスさんに、ついに奥さんは声を上げた。
「待って貴方、なぜ彼ばかりそこまで責めるの?貴方は何を怒っているのか、わたくしには分かりません」
「分からんだろうな、アンタは理解を投げてるんだ」
テリオスさんはエレンさんの方は見ずにぶっきらぼうに言った。
「奥方には何も、何も罪はございません!全て私が勝手に!」
「ヴォル、」
奥さんが声を詰まらせ、何か言おうとしたのを遮ってテリオスさんは強い口調で問う。
「俺に、信を置くと誓うか?」
「勿論にございます!」
「じゃ、アインは客人として丁重に扱う事。大事な息子の教育係だが、これはウィン家特有の事だ。他にはバラすな、真似されちゃ困る」
「真似出来るような事ではあるまいよ」
テニーさん、苦笑を洩らして……出されているお茶をすすった。
…………?
それで、どうやら執事さんはおとがめ無しで退室となったみたい。
……ううん?
なんか……芝居がかってないかな?
これがレズミオ流って奴なのかしら?
テニーさんはため息を漏らし、未だ湯気を立てるお茶のカップをソーサーに戻す。
「全く、朝から何が起きたかと来てみれば……皆お前のやり方には慣れていないのだ。前もって客人が特殊である事を伝えておけばよいものを」
「昨日急遽決まった事だったからな、」
「エレンもさぞかし驚いたことだろう」
「え、ええ」
テニーさんから同情の言葉を掛けられ、少し茫然としていた奥さんは慌てて返事を返している。
エレンさん、多分……内心酷く驚いてるのかも。
奥さん的にはテニーさんはさ、今回の騒動に関しテリオスさんを叱ってくれると思っていたんじゃないのかな。
「慣れんだろうがこれが、こいつのやり方だ……彼がウィン家なのだ。迷惑ばかり掛けるが」
「いえ、そんな事は」
そう答えるのがレズミオ淑女って事?
ふとあたしはテリオスさんを見た。
あ、一瞬笑ってるのを見たよ、あたし。
って事はもしかして……これ、全部……?
テニーさんは仕事があるから先に行く、お前はこの問題をきっちり片付けてから来るように……と言って部屋を退出して行った。
というわけでテリオスさんとエレンさん、そんであたしが残されてしまった。
「……言ったろ、俺は勝手にやるってな」
「本当ですね」
エレンさんは……少し微笑んで応じた。
「驚きました、ドラゴンの友人が居るというのは本当だったんですね」
「俺はお前に嘘なんか言った憶えはない」
「そうなんですか」
そう言って……エレンさんは恐る恐る、というようにあたしに視線を投げる。あたしは、それに気が付いてエレンさんを見上げた。
すると慌てて目を逸らす奥さん。
「怖いのか」
その様子を見ていてテリオスさんは言った。
「いえ……その、怖いと言う感情はないのですけど……」
「ぶっちゃけ、可愛いだろ?」
ちょっと砕けた調子の声にエレンさんは少し驚いている。そして、
「……ええ」
漸く素直に認めたように、ようやくあたしを直視してくれるのだった。
そっか、昨日一日あたしを見ないように務めていたのは……魔物を可愛いなんて認めたくないという淑女のプライドだったんだね。
……認めちゃってふっきれたのか、あたしの事ガン見してる奥さん。
「はじめは、あなたが良くできた人形を持ってきたのかと思いました」
動いて本物と知ってフツーに悲鳴あげたものね。
「こいつ、見た目通りガキでな。イッチョマエに話すけどパパママ恋しい年頃みたいだ。……かわいがってやってくれ」
「な、なによぅ、そこまでお子様なつもりはないわよ?」
「そういう所がお子様なんだよ、お前は」
デコピンされて、あたしは首を引っ込め小さな手でなんとか額を抑える。
「ここ叩いちゃらめぇっ!」
「ガキだが聞き分けはいい。悪さしたら俺に言え、とっちめてやる」
「……本当に大丈夫なんですか?」
「なんだ、まだ俺を疑うのか?」
テリオスさんの言葉にエレンさんはちょっと俯いた。
さっきの執事さんのやり取りを思い出しているのだろう。
そして、聡明でよく出来た淑女と噂のエレンさんは……さっきのやり取りの意味についてはよく分かってるんだと思うな。
「わたくし、少し恥ずかしいです」
「………」
「テニー様まで連れてきて、わたくしの為に……すみません」
そうやって小さく頭を下げたのにテリオスさんは小さくため息を漏らし、笑った。
「大人げないのはお互い様だ。俺なんか一人で解決するのを諦めてこんな小道具まで持ち出してきてるんだぞ」
大人げないのはこっちだと苦笑してる。
「あたしの事、道具とか言うな」
「悪かったよ、いいもん喰わせてやるから大人しくジュニアと遊んでこい」
「た、食べ物で釣られたみたいな事言わないでよ!奥さん、この人ケンカしちゃったぁ!とかあたし達に泣きついてきたんですよ!」
「だぁっ!お前のその余計に廻る口が!」
そんなあたし達のやり取りにエレンさん、少し笑った。
でも、その彼女がちょっと涙ぐんでるのを見てあたしとテリオスさんは同時に固まってしまう。
ちょっと、泣かない奥さんじゃぁなかったの!?
「すみません」
「あ……いや」
で、完全にテリオスさんもうろたえている。
……あ、泣かないってのは、本当なのかもね。だから今対処に困ってるんだ。
「わたくし、勝手と言われましても何をすればいいのか分かりませんの」
「……エレン」
「貴方に嫁ぐに色々覚悟はしていました。でも、まさかここまで非常識な方だったとは」
そう言われ、やっぱりテリオスさんは嬉しそうなのよね。
なんでだろう。
「お前がそう言ってくれたのは今日が初めてだ」
「だって、それでは……貴方を拒絶しているようなものでしょう?わたくしは貴方を受け入れるべくここに嫁いできたんですよ?……思っていても……言えませんわ」
レズミオ淑女、だからかな?
「俺は、言って欲しかった」
「そうと気付けなかった、わたくしは……」
「いいんだ。分からない事は分からないと言え、思った事に素直になればいい。体裁を気にするな、ほら」
あたしを抱きかかえ、奥さんに押しつける。
「モンスターが可愛いとおもったら素直に可愛いと抱きしめればいい。それが、勝手って奴だ」
恐る恐ると手を伸ばし、エレンさんは……初めてあたしに触れてくれた。驚かせちゃ行けないからあたし、じっとしてるね。
「俺は子供には、勝手に生きて欲しいんだ」
「勝手に?」
「俺のガキなんだぞ?ヘタに押さえつけたりなんかしたら反発して出て行っちまうだろ」
それ、説得力あるわぁ。
そういう遍歴がテリオスさんにある事を知っているエレンさんは少しだけ上品に笑う。あたしをテリオスさんから受け取りって……結構重いのねと膝の上に載せながら……不安そうな顔を隠さない。
「少しだけ怖いの。この家に、私が見合わないと言われてしまうのが怖くって……」
「何を怖がる、お前はウィン家の妻なんだぜ。俺には勿体ないくらいだ、そう言いたいし、言わせてやりてぇ」
誰に言わせてやりたいのか、あたしにはよく分かって嬉しくなった。
「俺についてこいよ」
ハッピーエンドなのかな。
エレンさん、嬉しそうに頷いてる。
「少し、分かった事があるのだけれどそれを、言っても良い?」
「勿論だ、」
「貴方はそうやって『勝手』に話していた方が……似合ってる」
それ、どういう意味だろう。
テリオスさんは苦笑して頭を掻いている。
「昨日から無理に乱暴な口調になっているのかと思ったけれど……それが本当の貴方なのだってようやく分かったわ」
「……家だけにするけどな、外ではいつも通りにするさ」
あの丁寧な口調の事かな?そんな成れない事してたらストレスも溜まるに決まってる。やだ、テリオスさんたらもしかしてこの4年間ずーっとそうやってこの屋敷で話してたの?
「着いていくわ、貴方」
あたしは自主的にエレンさんの膝から床に飛び降り、二人が立上がって手を取るのを後にする。
飛び上がってドアノブを押して部屋を出た。
お邪魔虫は退散するわねっ!
廊下の向こうに執事のヴォルさんが立っていてにこやかに笑ってる。やっぱり、全部お芝居だったんだ。
あたしは、上手く行ったわよとウインクを飛ばしてみた。それを見てヴォルさんは深々と、あたしに頭を下げる。
「昨日は申し訳ありませんでした」
「いいのよ、全然!」
結果良ければ全て良し、だよ!
「噂にはお聞きしておりましたが……正直申し上げれば驚いております。屋敷の者も皆が皆、全て理解するには今少し時間が掛かるとは思いますが……」
「そんなに長居はしないよ、あたしの事、隠しておくとか負担には変わりないと思うし」
それに、一人にしておきたくない人も居るしね。
「しかしぼっちゃまは甚く貴方の事をお気に召しているようですよ。先ほどから随分探しておいでです」
「そっか、……お別れの時には泣かれちゃうかな」
お別れに、泣いちゃうような子にはならないようにあたしがしっかり教育してやらなきゃいけないって事ね。
テリオスさんとあのエレンさんの子だもん。
きっと、強い子だよ。
ジュニアを捜して廊下を歩いていると、居たーと大声を上げて彼が走ってくる姿を見つける。
「おっはようテリーちゃん」
この子、正式にテリオス・セカンド・ウィンって名前なのよ。面白いのね、同じ名前とかフツーにつける風習があるんですって。
だからあたしはテリーちゃんって呼ぶ事にしたの。
「お前、何処行ってたんだ?」
「テリーちゃん、朝は?」
「……あ、おはようございます」
「あと、あたしはアインだよ」
「……アインさん。おはようございます」
うむよろしい、基礎教育しっかりしてますね、ちゃんと最初から言いなおしましたよこの子!
教育係って事はこの辺り、おろそかにはしては行けないのだとあたしは思う。
挨拶を済ませるとジュニア、ひっしとあたしに抱きついてきた。
「父上も母上も居ないんだ……昨日、父上……怒ってたよね」
ああ……やっぱりそれは分かってたか。
「別にテリーちゃんの事を怒ってたんじゃないわよ」
「じゃ、母上のことかな?」
両親が不仲なのって、子供にとってこれ以上にないってくらい不安な事なのよね。
あたしにはその気持ちが良く分る。
うちのパパとママはガチで殴り合う程仲いいけどね。
それが分っているから……心が離れていると知ると悲しいのは、分るんだ。
「大丈夫」
あたしは羽で彼の背中を叩いて宥める。
「さっき仲直りのチューしてたの見たよ」
「仲直りのチューって何?」
「こう」
あたしはジュニアの額を軽く突く。突かれた額を抑え、ジュニアは不思議そうな顔をして見せた。
「……仲直りのチュー?」
「おまじないだよ。こうするとね、次には仲良く抱き合う事が出来るのよー」
そう言ってあたしは、ジュニアをぎゅっと羽で包んで抱きしめてあげた。
「……ね」
「うん」
うーん、これをうちのパパとママもすればいいのに。
というような事を考えるに……殴り合うので我慢しようよ、フルヤさん、と言う気持ちにもなる。
複雑だなぁ。
ずっと仲良くしていて欲しいけど、どうしてそれで満足できないのか。
お子様のあたしにはよくわかんないなっ てへっ!
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