異世界創造NOSYUYO トビラ

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番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の1後半 軌道修正・別視点『あの時の僕側の事情について』

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■書の1後半■ 軌道修正・別視点 
orbital modification from a different perspective
 
「唯一の懸念はそれだ、」
 声に驚いて振り返った先、腕を組んだ白衣の男が立っていました。……二人の破壊者の戦いを真っ直ぐに見据えている。何時の間にそこに居たのか、あの身も竦む様な破壊を、平然と眺めている様子に一時呆気に取られてしまう。
「やはり持っていたな……君達なら必ず我々の所へ、それを持って来るだろうと思っていた」
 視線だけ投げて言われて、僕は男の、ナドゥの言葉を考える必要が有りました。僕が今取り出して握りしめた石の存在に気が付いている……彼は、この『神のツール』の存在を……知っていたという事でしょうか?……予測していた?それはすなわち、大陸座の介入を察していたと云う事でもあります。魔王八逆星は、やはりある程度僕らの先を歩いて居る存在なのでしょう。
 今後はそう疑って物事を考える必要がありそうです。

 ともすれば、彼らの願いは……恐らく、僕のソレと大差無いのでしょう。

「……魔王、貴方達はなぜ魔王などと名乗るのです?」
「言ったと思ったがね。私はそんなものとは無関係だと」
「しかし貴方達の事を……世界がそう呼ぶ」
 ナドゥが無表情を止めてどこか素直な笑みを浮かべた様に見える。
「そうだな、世界は我々をそう呼ぶのだろう。だから連中も悪ふざけが過ぎて……自ら魔王を名乗る。私はそう云うユーモアは好きではない。そうだと私は、名乗るつもりは無い。肩書きとは自らが名乗るものではなく、それを世界の中に見出す第三者が定める」
「それは、方位神の説話ですね」

 この男は、多分……僕よりもずっと『まとも』なのだろう。

 そう思うと思わず、笑いたくなるのです、ですがそうやってこの男に僕の、ろくでも無さを悟られるのは得策では無い。

「……貴方は、世界を破壊するのは『大陸座』の方だと思っているのですか」
「ふッ……流石は高位をまとう者よ、そこまで考えをまとめていたとは正直に関心するな」
 ナドゥは苦笑して、僕の推論について否定はしなかった。
 そして、邪悪な手を伸ばす。少なくとも彼にとってはそう在るつもりだろう。
 なんとも不毛で、なんとも空しい。そうだと知っているからこそ、僕は、これを邪悪な手と認知する必要に迫られている。
「……ならば、君こそ何故、そこにいる」
 この手を取って、その先に……僕が振る舞うべき未来を考えている。
「……僕にどうしろと」
「言葉にしてもらいたいのか?」
 ナドゥは目を細め、差し出した手を少し開いた。

 この手からは、きっと逃れられない。
 この手が嘯く希望から目をそらす事が出来ない。
 それは予測ではなく直感。予測を超えた、超自然的な、もっと原始的な理論でしか動かす事の出来ない物事。それを理論にはめ込んで、解明して、言葉にする為に切開してずたずたに切り刻んでみてもきっと正しい事は一つも見当たらない。
 残されるのは無残にバラされた被写体のみ……なんでしょうね。

 無惨なものです。
 そして、原型が何であったのかさえ、誰もわからないし誰も、理解出来ない。

 強く目を閉じて、そしてその暗闇の中で先を見る。出来るだけ先の未来を予測しようと努めました。
  あの常に最悪な答えを弾きだす彼を出し抜く為には、……そうですね。
 もっと最悪な未来を用意して待ち構えるしかないのかもしれません。
 多分彼は……地団太を踏んで酷い茶番だと僕を罵る事でしょうが、仕方がありません、これも僕のキャラクターという奴ですから。
 僕はその役を演じ切るべきなんですよ、きっと、彼が邪悪だと形容する微笑みを湛えて。
 そうして僕はナドゥの手を取りました。
 しかし、どうにも先ほどから視界がおかしいですね、チラチラとノイズが走る様な違和感が現れ始めました。その違和感を悟られないように彼の手を握り返してやったのですが、瞬間対するナドゥの表情が少し、引きつったのを僕は見逃しませんでしたね。
 途端、その変化を隠すように彼は手を引っ込め、そのまま目元のモノクルを弄った。
 今のほんの一瞬の違和感は、何でしょうか?何か想定外が起きて驚いた様にも思えましたが……。
「やれやれ、彼も君程に物分かりが良ければね」
「無駄ですよ、彼はあまり物分かりが良くありません。難しい事を要求したのではないですか?」
「……彼には難しかったかね」
 どうやら強制ログアウトが近いのでしょう、僕はこのまま強制ログアウトを待つしかなさそうですね……出来れば、現状の展開を正しくセーブしたい所ではあるのですが。セーブするには休息が、睡眠が必要です。意識の喪失もセーブポイントになるようですが、さて……狙うとすればそれしかありませんか。

 ふいと僕らは、破壊する者と破壊する者がぶつかり合う様を眺めやる。

 酷い戦いです、互いに体が砕け散るのもお構いなしに殴り合う様な破壊の嵐が、あの二人の間に吹き荒れている。
 あの戦いを放置する訳にも行きません。見届けなければならない、この重要な時にログイン要領が足りないなんて、全く酷いテストプレイになったものですね。
 少しでも展開を巻いて行くしかない、僕はナドゥに話を振りました。
「それで、彼にどうして欲しかったのですか」
「出来れば殺したくは無いのだ、あれはどうにも特別だ、そこに君も目を付けているものだと思うが」
 特別、彼が?
 さて、一体ヤトは彼らにどこで目を付けられたものか。シーミリオンで会った時から?あの時、ギルが指さしたのは……僕はナッツさんだと思っていましたが、違ったのでしょうか?
 一先ず話を合わせておくとしましょう。
「そうですね、大変特殊な素体です、僕としても貴方達に奪われるのは惜しい」
「その気持ちは分からんでもないが、君が想像している以上に彼は『異常』だぞ。ギガースの力には屈した様だが、我々の干渉を受け付けないなんてこの世界に存在する者として理論的には在りえない事だ」
 やはり、魔王八逆星と呼ばれる連中には何か『からくり』がある様ですね、赤い旗を灯していないとはいえナドゥもあの異常な破壊者、ギルと同じく異様な何らかの力を有しているに違いない。それで、どうやら彼に何かしら仕掛けた様ですが悉く上手く行かなかったのでしょう。
 開発者が完全なバグと言い切った赤い旗、恐らくかなり根本的な所から存在を変えてしまう……改竄してしまう『何か』だと僕は推測するのですが……どこまで真実に近づけるでしょう?
 青い旗が、プレイヤーを強固に守った、という事は……彼らが用いたのは相当に裏技めいた、まさしくバグ技と呼ぶに相応しい『何か』ではないか。『この世界』にとっての禁忌に抵触したか、あるいはレッドフラグの仕様と同じく、プレイヤーを根本的に守るブルーフラグという『不条理』が発動する程のチート技なのか。

 ……いや、実際『それ』は禁忌スレスレの危険な術なのです。
 その事を、さて……どうやって切り出して行くべきか。

 ギガース、ナドゥはその名前を口に出しましたね。
 いまいちどういう話なのかはよくわかりませんが……魔王ギガースはイシュタル国で正式に討伐を依頼された存在であり、魔王八逆星が跋扈する前から存在の仄めかされていました。大々的な事ではなく極めて内密にですが、ペランストラメールからも無色魔導師エルドロウが差し向けられましたからねぇ。

 今やそれが魔王八逆星側に居る。

 ……それは、姿形が変わろうとも魔導師の僕からすれば疑い様の無い事です。
 そもそも、すでに無色魔導師エルドロウには『肉体』が無い。無い物を得た場合、どんな形をしているかなど分かったものではありません。故に、エルドロウに関してはその『存在』そのもので少なくとも僕には、それが、それだと分かっているだです。あの7匹の魔王八逆星と思える一団の中に、エルドロウが居たという事実だけを把握しているにすぎません。

 もっともその事実について僕は、僕が背負う背景の都合黙っているしか無い状況ですがね……。

 とにかく、エルドロウが魔王八逆星側に居る事を懸念するに、彼ら『魔王八逆星』の目的は、第一次魔王討伐隊の頃と変わらず……ギガースの討伐でしょうか?

「エルドロウの事は知っているはずだな、紫の」
 思考を読まれたのかと一瞬驚くも、何事も無かったかのように僕は、微笑んでこれに応えました。
「直接会った事はありませんが、」
 滑らかに二枚舌が回る。
「奴の専攻魔導の事は?」
 ……知っていますね。
 エルドロウの事は、よく、知っている『存在』です。
 彼は、時間を操る魔法の禁忌を『外す』為に更なる禁忌を冒して、色を剥奪された魔導師。本来ならば邪術師と呼ばれて然るべきながら、その圧倒的な魔導センスを認められて無色、肉体を奪われて尚、幽体として世に留められた罪深き魔導師ですよ。
 その罪人は、速やかに追放するべきとして魔王討伐に差し向けられた訳ですからね。
 詭弁的に言って直接会った事は在りません。恐らくは……タトラメルツの魔王の城で『初めて会った』のでしょう、あの面子の中に居たはずです。具体的にどれがエルドロウなのか、はっきり名指しできる状況にはありませんが、あの場に居た事だけははっきりと知っています。

 本当の事を言うとすれば――僕はその魔導師を良く知っているのです。

 もちろん嘘吐き基本設定の僕は本当の事なんて誰にも語る必要が無い。

「エルドロウが専攻している魔導ですか?確か時間を、先に送る魔法、でしたかね」
 曖昧にして答えておきましょう、よもやエルドロウの方で僕の事を覚えているはずはありません。

 僕が知るエルドロウは、アーティフィカル・ゴースト……すなわち、概念でしかなかった。
 そもそもアーティフィカル・ゴーストが受肉する事自体が驚きですよ。

「奴は別件ですでにここには居ないが、魔法手段はいくつか預かっている」
 と、雄たけびの様な怒号が聞こえて、その瞬間吹き荒れていた嵐が止み……風が、吹き抜けて舞い上がっていた砂埃を広範囲に渡って払う。
 少し目を離した隙に、あの酷い破壊合いに決着がついてしまったようです。
 よもや双方消滅までぶつかり合うのかとも思って居たのですが、残念ながら力の均衡は等しく無かった様ですね。
「おぅ、畜生、なんて野郎だ!」
 体があちこち抉れたように肉体的に欠けた巨漢が、何かをつかみ上げて吠えている。
「おい、ナドゥ、やっぱり俺には無理な話だったんだ!」
 その声を聞きつけるより先にナドゥが走り出したので、僕は慌てて後を追う。
「死んだろ、これ絶対ェ死んだ」
 ナドゥは素早く白衣を脱いで細かい砂の上に広げた。乱暴に掴んでいる彼の、残骸……をナドゥは血まみれになりながら受け取って……そこに横たえる。
 僕は……何故か、衝撃を受けていて動けて居ません。
 人が一人死にそうになっている位で何を驚いているのか、その様に心の中で叱咤するも、逡巡ばかりして思わず息も止めている。
 僕は、それを見て驚愕を顔に出さないようにするのに必死でした。
「インティ、」
「はいはい、いますよここに」
 足元の砂場から、突然少年が飛び出してきた……とはいっても、砂をまき散らす訳でもなく、ヘタなCGの様にするりと地面から抜け出して来た様な異様な登場です。それが自分の倍以上ある荷物を抱えていて、ナドゥの白衣の隣に降ろした時、初めてそこに存在したかのように影が生まれ、砂が少し飛び散る。
 彼も、どこか異様ですね。
 ……この少年にはどうにも肉体的な物を感じられない。存在的には極めて破綻しており、死霊の気配に近いもの感じる。
「お兄ちゃん、大丈夫?ヤバくない?」
「まだ息はある、血液を保持し、生命維持器官を最低限に確保」
 インティが一緒に持ってきた荷物に替えの白衣があったのか、それを即座羽織りながらナドゥが指示を出す。
「うーん、じゃぁまず零れないようにしなくっちゃ」
 死んでいません。
 彼は……下半身がすでにズタズタで原型を留めていない状況ですが間違いなくまだ、生きていて……事も在ろうか、その頭上にチラチラと青い旗が点滅している。
 僕はそれを必死になって見守っているのですが、その様子は彼の措置に掛かりっきりでナドゥからは見られずに済んでいる様です。
 彼が、ヤトが、まだその体に……戻ろうとしている。
 いや、ダメです……そのままでは間違いなく彼は、死ぬ。かといってその体から『彼』を追い出せば、それもまた確実に彼の死を定めてしまう。
 ナドゥは、しかし彼を殺したくはない、と言った。
 インティが手を差し伸べ、空気中に膜の様な物を作ってそれで彼を包み込む。零れ落ちる血や、崩れた臓物などがすべてそこに収められ、中空に浮かぶシャボンの中で破壊された重要な血管などの強引なバイパスが作られてショートカットされて繋がれていく。
「頭は大丈夫っぽいけどこれ脊椎ダメでしょ、」
「手足は最低限で構わん、」
「んー……ヤバいねぇ、これヤバいでしょ、大人しく巻き戻したら?」
「それはダメだ、あの危険な暴走状態初期に戻すだけだろう。『こちら』を元の状態に戻す必要は無いが、とりあえず生かせ」
 巻き戻す?……エルドロウが禁忌をついに外し、時間の先送りに留まらず巻き戻しも可能としたのでしょうか?確かに、そうであっても不思議ではない、とはいえ今ここにそのエルドロウは居ないはずなのですが……どうするつもりなのでしょう。彼の魔法手段を『預かって』いると言っていましたね?
 もしかして、魔法の摘出封入という現在の魔導都市における最先端技術も使いこなすのでしょうか?
 そう思いながらも、実際僕はヤトが強引な蘇生処置を成されていく状況から目が離せないでいます。
 僕は、こういった外科手術的な技術が要求される治癒魔法も一通り収めた方なので、インティが的確ながらもかなり強引に気道や血管の修繕魔法を行使するのをやや関心気味に見ていました。
 彼は戦士としてはもはや死んでいますが、命だけは繋がれている、なんという酷い有様か。

 ここからどうやって、彼を救えばいいのか。

 そのように、ぼんやり考えていた事にすらこの時僕は、僕自身で気が付いていないのですよ。

 ふいとその隣で、異様な魔法行使の気配を感じて振り返るに、同じ様に体のあちこちが欠けているギルの体が……元に戻っていくのを目の当たりする。
 はじけ飛んだ鎧なども元通りになった、まさしく逆再生の画像を見る様に……失われた肉を取り戻して行く。
 この……『再生』理論は存在します、けれども禁忌という制約があって、容易く行使できるはずが無い。
 在りえない、時間を巻き戻す魔法を今、この目に見ている。
 間違いなく無色魔導、エルドロウが禁忌を突破して再現した魔法でしょう、それを……一体どうやって彼が居ないのに行使したのか、僕はその瞬間を見逃してしまった事に内心舌打ちし、もはや死人にも等しい様な彼の様子に意識を奪われていた自分自身に呆れるしかありませんでした。

 物事を知り、把握する為の優先順位も忘れる程に、僕は彼の事が心配なのでしょうか?
 もう、彼は……こうなったら穏やかに『殺す』事が最善であるというのに。

 時間の逆再生魔法、恐らく道具に封じてそれを開放したのだとは思うのですが……確信はありません。魔法の摘出封入というものは、当然高度な魔法であるほど難易度が高くなります。エルドロウがその技術に強かったかどうか、少し怪しいですが……では、摘出封入はまた別の誰かの仕業でしょうか。
 いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
 必死に逃避しようとする自分の意識を、元に戻そうとするも……どうやら僕は目の前の展開にちゃんと着いて行けて無いのかもしれません。
「あまり手の内を見せたくは無いのだがね」
 と、前置いてから、それでも隠すつもりは無いらしくナドゥが僕に目配せをする。
 少年が、砂の中から持ち出してきたもの、布袋に覆われたそれを無造作に裂いて中身を露わにしながら話を続けるのに、一瞬僕の耳から彼の言葉がすり抜けて行きました。

 その中から現れた物を見て、僕は……何が起きているのか即座に理解出来ず息をのむ。

 いや、これ以上意識を奪われて放心するべきでは無い、僕は自分の意識を叱咤し、理解出来ない自分を理解して即座、理解に努める。
 これは、ようするに……実現するに必要なのは……時間の操作か、つまり……これは―――。

 現れたのは……彼の、完全な『複製体』……です。

 ただし、察するにこれは世界数が足りていない、つまり……考えられるとすれば時間操作と同じく禁忌とされる『三界接合』技術を応用した……肉体のコピー!
 魔王八逆星、彼らはどれだけの禁忌を突破出来るのか!?
 禁忌魔法には世界的な制限と呼べる天井が設けられていて、何故かその蓋を取り外すことが出来ないものなのです。分かりやすく言えば行使は出来るが必ずファンブルする、一説に方位神という高次の存在が、それらの理論を容易く使えない様に制限をしているとされています。
 ですが、魔導師的な詭弁で語れば禁忌魔法とは、使う事は出来ないが可能性を論じる事までは厳密に言って禁じられているわけでは無い。ただ、危険思想には変わりが無いので魔導師協会側で倫理的に禁じている。
 そういう場合、表沙汰にしなければ空想するのは個人の勝手です。
 故に、三界接合および時間操作の禁忌魔法を絡めて使えば、一体何が可能になるのか……という魔導師的愉快な空想は、魔導師ならば誰もが通る道と言えます。
 故に僕には、これが彼の肉体と幽体を再構築して、適正な時間まで早送する事で比較的短時間に精製出来てしまった『複製体』である事を理解するに至ったのでした。
 ……一瞬理解を放棄した脳でしたが、いや、今思えば何故理解したくないと思ったのか。
 時にこの『思い』が、よくわからない。
「経験値はかろうじて取れた」
「あれ、取れない~取れない~って、言ってなかった?」
「良く分からんが、今、取れた」
「あー、めちゃくちゃ弱ってるから?」
「かもしれんな」
 すり抜けて行こうとした声を必死にとどめる。
 今、ナドゥは何と言った?まだ僕は、目の前の展開に追いついていない、平静を装い切ることが出来ずに、思わず彼を凝視してしまいました。
 経験値、を……取った?と、言ったのか?
「まぁ、問題はまだある、これを受け取るかどうかもまた別問題だ」
 そういってナドゥは、彼の複製体を起き上がらせるべく腕を差し入れて……半分抱きかかえる。

 そうして、彼が、『彼』が、弾け飛ぶ様に身を硬直させて何らかの恐怖に顔を歪ませ、叫び出したのを僕は……顔を引きつらせて見ていたのだと思います。

 ナドゥを弾き飛ばし、その場を逃げ出そうとした所即座ギルに、地面に抑え込まれている。

 何を恐れているのか、何に身を強張らせているのか、ギルに抑え込まれながらも必死に抵抗し、しかし何に抗っているのかも自身で分かっていない様に体を捻り叫び続けている。

 痛い、痛い、嫌だ、イヤダ、止めろ、止めて、嫌だ嫌だ、

 かえりたい、帰りたい、帰りたい!

 そう叫ぶ様を見て、間違いなく彼は『彼』だと僕は思う。
 頭上に灯り始めた青い旗を見るまでも無い。
 かえりたい、一体何処に帰る場所があるというのだろう。
 僕らは、僕らプレイヤーには……逃げて、帰る場所がある事を思い出す。
 ある意味逃げるようにあの現実からこの世界へ来ているはずなのに。勿論全員がそうだとは限らないにせよ僕には、そういう側面が強いから……彼の叫びが異様に生々しく感じられたのかもしれません。
「うっせぇなオイ!おい、ナドゥ、何とかしろコイツ!」
「恐らくは『経験値』が馴染んでいないか、取った時の経験のぶり返しだろうが、」
 経験値を取った、その意味を考えなければいけません、レッド・レブナント。早急に、です。現状に惑ってばかりではいけない。

 ナドゥと云う男は、とんでもない事を『出来る』様になっているのではないのか?

 三界接合、という禁忌魔法は……要するに、生命を構築する『肉体』『幽体』『精体』を任意で接着させるものです。
 とすると、一体どの様な事が可能になると思いますか?色々可能性が広がる技術ではあるのですが、一番最初にこの技術が使われた経緯は『合成獣』の作成であった……と、云われます。もっとも、この三界接合の歴史を知る事も若干禁忌に触れるのであくまで伝承程度の事しか分からない、と一応言っておきましょうか。
 最終的に、三界が崩れたものを元に戻す事も出来ると『予測』されています。
 三界が崩れたものとは、つまり……死んだものと云う事です。簡潔に言えば三界接合は死者を生者に戻しうる技術。極めて簡潔に言えば蘇生魔法の事なのです。
 それに連なる、様々な事を実現しうる魔導です。
 死んだ者は生き返る事は無い、死霊化する事があってもこれが再び肉を得る事は無い。
 そういう世界の理を、事も在ろうか覆す可能性があるのがジーンウイントが約束した自由の理論、魔法というもの。
 あまりにも根底理論を覆してしまうので、三界接合という技術は禁忌とされました。
 僕が作った技術であるアーティフィカル・ゴーストというものは禁忌スレスレも良い所の際どいモノなのですが、受肉出来ないという仕様だったからこそ、禁忌に触れずに居たはず。
 理由は分かりませんが今それが、覆ってエルドロウに肉体が存在している様です。
 ……だから、僕は彼の事は『知らない』とお得意の嘘を付き通すしかないのですが、そう云う事は僕にとって常なので問題は無い。まずは、その事は良いのです。

 問題なのは禁忌三界接合ですが……これは、最終的に死者を還すと云われるものの、恐らく……完全に元の通りに戻す事は出来ないものだ、と思います。それは、散会した三界を正しく集めて接合する事が極めて難しいからです。
 肉体と、幽体までは何とかなるでしょう。
 ですが精体、一般的には精神と呼ばれるモノは維持が難しい。三界が壊れるとは即ち器が壊れる事、穴の開いた器から精神は漏れ出して元には戻せなくなる水の様なものです。覆水盆に戻らず、ですね。
 死霊となって精神と幽体が残る場合もありますが、これらは三界が壊れた後器を無くし、それでも存在するに魔法的な歪みを利用する為にか、基本的には著しく変質してしまうのが定説です。

 その精神というものは……言うなれば、経験値の事なんですよね。

 でもそれは僕ら、イガラシ-ミギワの世界として出来る認識であるはず。
 この世界がゲームであり、ゲームの仕様として精神と呼べるものはすなわちデータベース、積み上げられた経験値であるという事は……こちらの世界のCOM、こちらの世界にオリジナルとして存在する者が理解できる事ではない。理解させるべきでもない、あるいは……理解させようとすれば出来てしまうものでしょうか?
 ナドゥは……どこまで理解しているのでしょう?
 もしかすれば自分の思考で、かなり核心に近い所まで推理して自分が出来る事を分析し、それを『経験値』と呼んだに過ぎないのでしょう?
 その手の内はなるべく明かしたくなかった、と彼は言いましたね。
 僕に、理解されてしまう事を察しておきながら隠し通す事は出来ないと判断したからかもしれません。

 三界接合技術で肉体を複製出来ても、そこに精神は伴わない。

 ただの器でしかないものに、彼が戻って来てしまった。
 ましてやブルーフラグが点灯した、いえ、消えかかっていますか、強制ログアウトが近いのですからもうどこで接続が切れるのか分かったものではない。
 でも間違いなく……禁忌となった経緯の通り、三界接合が人を……『還し』てしまったのを僕は今、目の前にしているのではないのか。無いはずの精神を、ナドゥはあの空っぽの肉体に『帰した』―――

 ふいと、彼は電池が切れたように暴れるのを止めて白い砂の上に突っ伏しました。
 その瞬間、彼の頭上の旗が青から赤に切替わったのを、僕は内心の動揺が出ないように見守っていました。

 生きてはいる、赤い旗が灯ってはいるがまだ、体は生きている。
 この体が在れば『彼』は、……戻って来れる、のでしょうか。
 この世界に再び、ログインする事が可能であるのか……?

 しかしそうなった、という事はつまり……。

 ギルが安堵して抑えていた足をどけ、ため息をついて立ち上がろうとした瞬間、黒い影が一瞬で……ギルの脚を貫く様にそそり立ったのを見ました。そうなる事は、僕には予測出来ていてすでに走り出している。
 ギルは、避けていましたね、いや避けていて助かりましたよ。あの男は攻撃に対し攻撃で返す癖があります、無意識にそうしてしまうのでしょう。ヤトのあの一撃がギルにヒットしていたら、もう次の瞬間にはギルは彼の体を踏み拉いていてもおかしくは無い、極めて反射的に……ね。
「うお、なんだこれ」
 笑っていますねあの男、状況を楽しんでいる様です、その瞳に好戦的な意欲を感じ取って僕は、とっさにヤトに縋りつこうと走っている。
「やはりそのままでは状況は変わらんのか……」
 ナドゥの言葉の意味が僕は、分かっていました。
「どうする、ナドゥ」
「一旦廃棄だ、危険すぎる」
 次の瞬間にはギルは剣を振り上げている。このままでは間に合いそうにない、本当に一呼吸の距離なのに!
 黒い蔦の様なもので、強引に体を引き上げた彼もまた無意識のうちにギルの無造作な一撃を受け止める。その拮抗に競り負けたのはギルの剣の方でした。どうやら手加減をしていたようですね、助かりました。

 これで、少しはコマを進められる。

 二人の間になんとか体を滑り込ませ、ヤトをかばう形で覆いかぶさる。
「お、」
 途端、攻撃的な黒い、影の様な物が逃げる様に引っ込んで行ったのも予測通り。やはりその仕様には変わりがない様ですね。
 白い砂に手を付いて……異様な感触に目をやるとそこには血だまりが在った。僕の……血ではない。彼の血だ、ギルの一撃を武器と一緒に跳ね飛ばしていたと思いましたが、防ぎ切れていなかったのでしょう。
 あの時、シーミリオン国で初めて出会ってしまった時のように、斬撃が彼に届いていて、腹が……裂けていた。
 僕は素早く傷の様子を見る様に手を翳し、その隙に……ナーイアストの石を彼の腹に埋める。次の瞬間には傷塞ぎの魔法で治癒し、攻撃をしないように片方の手を上げてギルに訴えました。
「この暴走は僕がなんとかします、」
「おぅ、マジでなんとかしたぜコイツ。どうなってんだ?」
「これは、アーティフィカル・ゴーストです」
 ナドゥが興味を示したようにモノクルのズレを直し、小さく頷く。この男はどうやら、魔導に詳しい様ですね、間違いない。アーティフィカル・ゴーストの事も少なからず知っていると見えます。
「彼の特異な体質ゆえに、定着はしなかったと安堵していたものですがどうやら……隠れていただけの様ですね。本人は無自覚の様ですが、彼は……」
「君のゴーストを奪っていたのか」
「……」
 エルドロウを知っているのだから、やはりそれは御見通し、ですか。
 僕は苦笑してヤトの治癒を終え、立ち上がってから覚悟を決めるべくため息を漏らす。
「君はその魔導式の開発者といった所か、成る程」

 ……少しだけ、そうですね……ちょっとばかり話としては長くなるのですが。

 僕の、10年程前の話をするとしましょうか。

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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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