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番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の4後半 生かす為の時間を『それは、僕であるべきだ』

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■書の4後半■生かす為の時間を I`ll buy you some time 

 とりあえずは、魔王八逆星に従いましょう。彼らの提案を色々と聞いておくのは悪い話ではありません。彼らとの会話を成立させるには……信用を得る必要がありますね。
 しかし恐らくは、ナドゥから僕の『願い』は見透かされている事でしょう。
 もう少し詰めた話をしなくては。
 何とか息を整えて、僕は白い砂地に足を踏ん張り、体を起こす。

「大陸座を倒す事は容易な事ではありません。恐らくは……それもある程度察しているものと思われますが」
「……そうだな」
 これ以上、あまり多く話すつもりは無い、という雰囲気が感じられますねぇ。
 ここからが僕の仕事です、後ろに手を廻していたのを表に持ってくる間に一つの石を生成、これ見よがしに……彼らに差し出す。
「これが何であるのかもご存じなのですかね?」
「……」
 どうせ、彼らにフラグは見えていない、僕が大事に握り込んでいた透明な石の真偽など、分かるはずが在りません。しかしある程度は欺く必要があるし、交渉の道具とするなら仕込むべきものが何であるのかは承知している。
 差し出した石をナドゥは素直に受け取って、両手でさする様にしてしばらく眺めた後こちらを振り返る。
「ナーイアストの気配を感じる」
 そうでしょうね、砂粒程度を削り取ってそれを元に生成した偽物の石ですが、極めて微量ではありますがナーイアストのアトリビュートは含んでいる事でしょう。問題はその量や濃度と言えますが……案の定、あまり追及はせずにナドゥは、預かっておこうと言って白衣の様な服のポケットに無造作に仕舞い込んでしまった。
「僕がここに居る事は、僕の仲間たちも承知している事です。僕だけでは無く、彼もここに居る限り……彼らは諦めませんよ、必ずまたここに来る」
「それを、追い払う仕事を君に頼む事は可能、と云う事かな?」
「それについては、少しくらいは説明戴きたい所ですねぇ」
 僕は、何時もの様に笑っている事でしょう。
「ここから人払いをする必要がある、その理由は何なのですか?ここに何が在るのかご説明はしていただけないのでしょうか」
「察していると思ったが」
「僕は事実を知りたいだけです。可能性があるだけでは事実ではありませんので」
 ナドゥはため息を漏らし、ギルを見やって……ギルからなんで俺を見る、という様な視線を受けて僕を振り返る。
「君が察している通りだ。我々は、ここにギガースを封じていた」
 ここで驚くような動作は嘘が過ぎるので、ほんの少しテンポを遅らせた程度で会話を淀みなく続けた方が、魔導師である僕の会話としては自然でしょう。
「ギガース……やはり、倒す事は出来なかったという事ですね」
「君が言った通りだ。大陸座級の存在を倒す、すなわち消滅に追いやる事は容易な事では無い」
 一つずつ、物事を確定に変えていきましょう。こちらが大凡察していると諦めてナドゥは話を続けてくれました。
「ともすれば、とりあえず今は封じて置くしかない」
「最も、奴はそんな大層にして置かなくても逃げはしねぇと思うがな」
「……ギル、少し黙っていてくれないか」
 すでにフェーズは情報戦に入っていますがそれを、この見た目からして頭が悪そうな大男は理解しているのでしょうかね?場合によっては使える存在であるのか、今の内に見極めて置くのも悪くありませんが……。
「面倒臭ぇなお前らは、わーったよ、じゃ俺の仕事はこれで終わりか?」
「この魔導師が私が望む働きをしてくれる、というのならここでのお前の仕事は終わりだ、引き続き拠点破壊を……少し急いだ方が良いな、横やりが入ると面倒だ」
「……あれは俺の仕事なのかよ?」
「喜んだではないか」
 推測するに、シーミリオン国首都ラストウォーターは魔王八逆星ギルによって占拠されている、という話でしたからそちらに戻れとナドゥは言っている様ですね。しかし、ギルがやや難色を示している様ですが、この辺りの情報も引き出せるものでしょうか。
 そう思ってギルを注視していたらふいと視線が投げ寄越されて思わず、目を逸らす訳にも行かず僕は無意識に緊張していました。殺気を向けられたわけでは無いのですが、少なからずこちらの『知ろう』としている視線に気が付かれてしまった形です。
「で、お前はどーすんだ、コイツの手先になるつもりなのか?」
 何だろうと身構えた僕に、ギルは率直な疑問を投げてよこしてきました。ナドゥがやや苦い顔でため息を漏らしていますよ、僕はどっちかって云うとナドゥと同じタイプなので彼の苦悩は理解できますね。
 そんなド直球に聞かれたら、返答に困るのです。ええ、困るんですよ。
「……そういう貴方は、どういう立場にあるのですか?」
 なので、その様に質問に質問で返してはぐらかして返してしまう訳ですが、ギルは鼻で笑ってナドゥの肩を乱暴に叩く。
「はッ、どういう立場?どういう御関係ですかってか?魔導師の癖に、それを俺に聞くのかよ?お笑い種だぜ!それとも俺が魔導師連中への理解って奴を間違ってるのか?」
「彼は私よりずっと用心深いだけだろう。容易く自分の憶測を信じない、流石は紫魔導師だと褒めても良い所だと私は思うがね」
「ホント面倒臭ぇ!そりゃただ臆病なだけじゃねーのかよ。ああ、だからお前らまだ互いに腹の探り合いしてる訳か、ああ面倒だ、俺ぁ知らねぇ帰るわ」
 そう言って……背を向けて……歩き去って行ってしまったギルを僕らは暫らく見ていました……辺り一面砂と瓦礫なので、ひたすら遠ざかっていく大男の背中が在る。
 と、そのギルが突然振り返って叫んだ。
「もう面倒だからテメェから頼まれたあの仕事、さっさと終わらせて来るからな!」
「そうしてくれ」
「そんで、勇者様御一行に踏み込まれたくないから撤収で、いいんだよな!?」
「は?」
 と、ナドゥが嫌な顔をしましたね、……ぶっちゃけ弱視の僕にはもはや大男がまだ見える、程度くらいしか見えてないのですが……。
「よっしゃ、じゃぁその方向で決まりだ」
 もしかすると彼は今、嗜虐的に笑っているのかもしれません。
 文句を言うかと思いましたが、苦い顔のまま、ナドゥはギルを見送ってしまった様ですね。
 深いため息をついて、ナドゥがギルを見送るのに飽きて顔を戻しました。
「というわけで何が何でも君に、この場は何とかしてもらうしか無いようだが、いつまでもこんな調子では話も続かない、私は君と違ってそれ程石橋を叩く方では無いんだ」
 そう言いつつ……随分いろんなものが出て来るポケットです、丸めた黄土色のモノを指の中で捏ねて無造作に、親指の腹で広げて平らにする。
「ギルのセリフを借りるとしよう、君は本当に我々に協力するつもりはあるのか?」
「在りますよ、その方が僕の目的にも都合がいいですから。しかし、手先という表現はどうなのでしょうね?あのギルと云う男は、貴方の手先、と云う訳ではなさそうです」
「そうだな、思うほど、自由に動かせる『手』ではない」
「僕も貴方が思うほど、自由に動かされるつもりはありませんよ。僕は僕の意思で利害一致の都合から、貴方達に協力は出来る」
「私は、魔導師と共同戦線が張れるという楽天的な考えは持ち合わせていないのだがね」
 ふぅむ、嫌われたものですねぇ。ナドゥは、魔導師というよりもやはり西方に居る『錬金術師』に近いのかもしれません。魔法技術を否定する魔導技術者という、魔導師からしてみれば矛盾極まりない存在が錬金術師ですからね、稀な存在なので、僕はもしかすれば今初めてその錬金術師を目の当たりにしているのかもしれません。
「率直にいうがね、これ以上自由にならない駒を手元に集めるつもりは無い」
「……では、どうするつもりでしょう」
「君の先ほどの魔導は見せてもらったし、新規での発動が起きないように封じられている事は分かった。しかし、残存する魔導の再起動は可能であり、改変もまた然り」
「そうですね、そうでしょう」
 アーティフィカル・ゴーストの事を言っているのは、分かります。そう、この魔導式は新規で発動させることは出来なくなっていますが改変は出来る。それは、アーティフィカル・ゴーストを解除する魔導式の開発をする様にと促された都合と云えるでしょう。完全な動作停止までは禁じられていないのです。
「君は生粋の魔導師だ、魔導師とは息をするのと同じように嘘を吐くというのが定説であると自らでも承知しているものと聞いているが、本当かね?」
 僕は、多分笑っていると思います。こういう時にっこり笑ってしまう癖があるんだと思いますね……要するに、警戒への裏返しなんでしょうけれど。
「本当だと思いますよ。度合いは人それぞれですが」
「……君のアーティフィカル・ゴーストに条件を加える」
 そう言って、ナドゥは手の中で捏ねていた粘土を、そしてそれを親指の上で平らに伸ばした物を僕に差し向ける。
「……さて、どうやって?」
「出来ないと侮っているなら結構な事だ、是非とも私の挑発を受け取ってくれたまえ」
 目の前に差し出された小さな粘土板に、ナドゥは爪でいくつか溝を掘る。その形や形状に何らかの意味は見出せませんね、エンシャントタングルを使わず独自言語、独自簡略化記号を用いられてしまえば見た目だけでの魔導解析は不可能です。ましてや、ナドゥは、魔導師ではない。
 少なくとも魔導師協会には属していない。……この話も長くなりますね……とにかく魔導師では無い、そう断言する理屈があるんですがこれは割愛します。
 彼が魔導師では無いからこそ、今何か魔法を動作させている気配は感じられない。
「紫の位なのだから、魔法で火を熾す事など造作も無い事だな?私は、君の魔法にこの粘土板で干渉する。君の炎でこれを受け取る事が、私が君を信用する為の条件だ」
 さてはて……どういった仕組みであるのか。これは、その粘土板に触れて見ない事には分かりませんね。じっくり調べれば触れずに解析する事も可能ですが……そういう時間があるわけでもない。
 ましてや魔導師に、魔導師では無い者が『干渉』すると云うのです。挑発行為以外の何者でもない。拒否するなんて、僕の臆病な性格を盾に断っても良い所ですがそれではこれ以上、彼らの方へ踏み込む事が出来ない。拒否すれば交渉は決裂、ヤトをこの場において離脱するしかなくなるでしょう。
 ギルは去って行きましたが……恐らく、姿は見えませんがインティが傍に居るはずです。
 僕一人でヤトを守って、無事に逃げおおせる事が出来る可能性は低い。僕一人ならまぁ、逃げ出す事は出来ると思いますが意識が無く、起きたら暴走する可能性のある彼と一緒は難易度が高すぎます。
 大体僕は、彼らに協力するとすでに手を取っているんですからね。例え足元を見られているとはいえ、魔導師が信用ならないというのはどうしようもない世間一般的な常識……。

 ここは、その挑発めいた信頼の証を受け取るしか無いでしょう。

 右手を差し広げ、その上に……物理的な火を呼び出す。

 僕位の魔導師ともなれば詠唱やら魔導式の構築やらは極限に短縮させて、不要くらいまでに簡略化できるものです。逆に言えば、一般的な魔導師というのは詠唱、動作、あるいは魔導式構築と呼ぶ図形や文字による魔法干渉が必要ですよ。僕は両手に何も持たない魔法使いですが、一般的と呼べる赤位クラスなら筆か、杖か、そういった魔法を使う為の媒体は持って居る事が多いでしょう。
 ぶっちゃけてネタをばらしてしまえば、衣服や魔導マント、体に直接、あるいは体の中に特殊な方法で魔導式を忍ばせて置くんです。発動させるプロトコルを決めて事前に用意しておく。どれだけの魔導式をモジュール化して仕込んでおけるかは魔導技術の見せ所ですよ。

「さぁ、どうぞ」
 掌に広げた炎の中に、ナドゥは親指の上の粘土を弾き入れた。
 水分の含有量の有無により、粘土であれば下手をすれば砕け散る所ですが……見た目通りのものでは無いようですね。火を浴びる事で青白く燃えて含有物が即座蒸発、僕の掌の上で若干の収縮をする。
 掌に触れた、そこから……この物質が何であるのか、意識を向ける程度に探ろうとしてそれこそが狙いだと気が付きましたが、遅すぎましたね。
 直接触れて、それが何かと魔力の是非に触れようとした途端硬化した粘土板が溶けて、僕の手の中に溶け消えた。

 火を熾して見せろ、魔法に干渉する……彼は何一つ嘘を付く事無く見事に僕を欺い訳です。

 その途端手の中から炎の柱が吹き出すのを、僕は制御出来ず左手で手首を抑えるも、どうにも無駄だと悟りその右手を、ナドゥに向けてやりました。
 すると即座炎が収まる。

「仕組みは大凡分かった事だろう」
「そうですね、」
 これは完全に、一本取られました。
「君位ともなれば、当然回路は『中』に仕込んでいるものだろう、多くの魔導師はそれが一番安全だと思って居る様だが、その回路を書き換えられる危険性を完全には排除できているわけでは無い。その予測が出来るはずが無い、その傲慢さにはいい薬だ」
 恐らくは、何か特別な重金属による魔導式への干渉ですね……鈍い感覚が右掌から、段々と腕を伝って体の奥を目指そうとする流れを感じる。勿論排除は試みていますが魔導式を簡略化している体内モジュールがそれによって狂わされている現状、上手く魔法を発動させる自信が無い。
「これは、そこの男がどうにも言う事を聞かないので考えた方法なのだがね……見事に拒否されてしまった。受け付けはするのだが反応が返ってこない。魔力が在れば結合反応はする様に調整したのだが、その男は本当に魔力しかないからな」
「いわば……大海に毒を一滴垂らすようなものですか」
 だから逆に僕の様に魔力を細く、見えない血管の様に体中に張り巡らせて魔導式を簡略化するような術式回路を組んでいる人間には吸収されやすい訳ですか。
「あまり体に良いものでは無いのでね、今の量以上を導入する事は考えていない。安心したまえ。使いものにならないのでは元も子も無い」
「言ってくれます……ね」
 辛うじて分かる事は、これは紛れも無い毒だという事。
 例えるなら水銀の様な何らかの重金属、それが複雑な反応で魔力に浸食してきている。魔導技術とは何か違う、もっと科学的に働きかけて来る物質が右手からすでに肩まで浸食してきているのが分かる。もしこれが、脊髄や脳まで到達すればたちまち生命維持器官が冒されてしまうでしょう。排出には、時間が掛かる。事も在ろうかこの毒は体の脂質に結びついているし無毒化させるには同じくらいの毒を用いる必要がありそうです。とにかく肉体にも依存するのでこのままでは全身に回ってしまう。血流に乗ってしまうのも時間の問題です。
 即座にこれ以上拡散しない為の魔導式を組みましたが、浸食速度が速すぎる。僕は胸まで広がろうとするその毒を押しとどめましたが……すでに腕一本完全に浸食されてしまいました。
 これは、恐らくナドゥの思惑通りです。
「そうだ、抵抗しなければそれは、即座脳まで行くぞ」
「……っ」
「あとは説明などしなくても、状況は分かってくれると思うがね、魔導師殿」
 いや、考え方を変えましょう。
 これは、これで……もしかすれば好都合なのかもしれません。
 そう思えれば自然と笑みも零れるというものです。毒との均衡を保つために必死になっている僕が笑った事に、ナドゥは嫌そうに顔をしかめた。
「諦めるつもりかな」
「いえ……諦めるつもりはありませんよ。ちょっと今……流石に余裕が無いものですから本心が漏れただけでしょう」
「……」
「酷い仕打ちですねぇ、この状態で僕は、かつての仲間達を追い払えと云うのですか?」
「勿論、排除の方向で動いてもらっても構わないのだがそこまでを強要はすまい」
「お優しい事ですね、」
「我々はあらゆる可能性を加味している段階だ、一先ず彼の可能性を今しばらく見たい」
 彼とは、ヤト……ですよね。
「ならば、様子を見るという意味で暫らく僕らに彼を預けるというのはどうでしょうか?どうせ貴方達の所に居たって言う事なんか聞かないのでしょうし」
 ナドゥはため息を漏らした。それは、諦めの吐息に思えますね。結局の所自分では手に負えないで暴走させてしまった事は認めている雰囲気です。
「君らの所に戻って、それで彼は正気に戻るのか?」
「魔導師である僕から率直に申し上げれば、いささか理解出来ない事が多いのは事実です。例えば……何故か彼の暴走した力が僕らを避ける」
「その動作は、確かにこちらでも確認している」
 顎を擦ってナドゥは小さく頷いた。
「どういう理由で『僕ら』を認識しているのかさっぱり分かりませんが、少なくとも仲間を認識出来ているというのは間違いないでしょう。しかし、その理屈が魔導師の僕には理解出来ない域にあります。落ち着かせるという意味でも、今しばらく彼については時間をいただけないものか、と」
「……どうするのだね」
 段々と魔導回路に広がる毒の御し方が分かって来て、毒の浸食を自動的に食い止める魔導式の構築にめどが立ってきました。これで一安心という訳ではありません、何かの拍子で魔導式が破たんすれば毒は全身に回ってしまう、これを輩出する為の時間も稼ぐ必要がありそうですが……場合によっては、この毒を使うのも手です。

 僕が求める『結末』に向けた、舞台の装置として使えるかもしれません。

 慣れて来た、というのを示す為に僕は深く深呼吸をしてナドゥを真っ直ぐ見据える。
 あえて、聞いてみましょうか、分かっていないのは事実なのでトボけてみましょう。
「いまいち……良く分からないのですが……恐らくは、彼の時間も巻き戻したのですよね?」
「……それについては君に話せる段階では無いな」
「そうですか、とにかく彼は『記憶の混乱が起きている』という状況で間違いは無い?」
「それも、時間が解決すると?」
「意識の混乱、記憶の整理をさせる為に有効なのは……睡眠です、質の良い眠りですよ。意識が正常に戻るまで眠らせておくのが良いと思いますね。ついでに、ここではないどこか別の所に移動させてそれを周知させれば、タトラメルツから彼らの足を遠ざける事は容易いでしょう」
 ナドゥは僕の意見に反論は無い、という風に頷いてから言いました。
「一番良い事は、我々を追う事を諦めて貰う事なのだがね」
「ギガース討伐に、余計な手出しは不要だと?」
「それを望む我々に協力出来ないというのなら、これ以上の被害者を出さないという意味でも関知しないでもらいたいものだ。だが……恐らくそれは無理な話なのだろう」

 進もうとする道が違う。

 ナドゥは、誰にともなく呟いて視線を、体を、僕から逸らした。
「君は今、私達に協力せざるを得ない状況になった」
「そうですね」
「我々は犠牲も非道も厭わない道を選んでいる、それが何故だか君には分かるだろう?」
 そうですね、僕には……そういう道をあえて選ぶ彼の理論が分からないでもないですね。
「君は、彼を仕上げる事だ。正気に戻して……もう一度ここに連れてきたまえ」
「……この、タトラメルツに?」
「そしてそれまでに彼を、説得する事だ。彼以外は特に求めていない、どうするかは君に任せるよ。勿論方法は問わない。魔導師の君には容易い事だろう」
「どうでしょうね、彼は」
 今だ、意識なく横たわっているヤトを見やって僕は苦笑いを浮かべた。
「魔法との相性が最悪すぎて、なかなか思い通りにするには骨が折れるんですよ」
「全くだ」


 見た目の上では破壊されつくした様ですが、タトラメルツにあった魔王八逆星が拠点とする基地は、どうにもあの館の地下だったようです。
 勿論、地下施設にも被害は在るようですが地上程ではない様ですね。未だ研究遺物が埋まった施設の中に残っていて、今それをインティらが運び出している最中との事です。
 具体的にどんなものか、など……すでに聞き出せる状況ではないので僕が把握できたのはそれくらいですね。

 ひとまず、ヤトは遠くに逃がしましょう。僕らに預けて様子を見る案をナドゥは受け入れてくれました。記憶を落ち着かせるために、記録の制御が必要です。一旦彼が暴走したくだりのログに魔法的に隠ぺいする事は……僕のアーティフィカル・ゴーストを奪って『橋』の掛かっている彼には難しい事では無い。
 勿論ナドゥには思い通りには行かなくて苦労する、なんて話をしましたが、実は『あの時』から僕と彼との魔法的な相性は『最高』に切替わってるんですよ。
 勿論本当の事を彼らに説明してやる義理などありませんからね、僕にも出来ないんですよくらいで誤魔化しましたが。
 やろうと思えば多分ヤトに向けては簡単に、どんな魔法も効くでしょう。記憶の改竄も例外ではありません。何故それをしないかって?記憶の改竄というのは、なかなか難しいものなんですよ。前後の記憶の整合性が保てなければ容易く破綻するのです。
 記憶、というのは『僕』達からしてみれば『記録』です。データなのです、今僕たちはリセットしてクエストをやり直す事が出来ないゲームをしている。すでに積み上げられてセーブされてしまったデータ、すなわち、記憶というものは……消去出来ないものです。

 要するに記憶を消す、と云う事は魔法でも出来ないと言っています。

 忘れさせる、は可能です。記憶の捏造も、ある程度は可能です。完全に無かった事を挟み込む事は出来ませんが、別の人の記憶を捏造して挟み込む事は出来るでしょう。
 とにかく『在った』データでなければ加工の仕様も無く、まして積み上げてしまったのならばそれを途中から引き抜く事は出来ない、それが『記憶』なのです。

 蛇足をすれば、この記憶の完全消去が出来る、一種神のような存在が在ったという話もあります。一種説話として漏れ聞こえる程度で、あるいは禁忌の一種として失伝している様な気もします。最も本当にそういう存在が居たのなら、我々からそんな自分の存在記録を抜き出して無かった事にする事も出来るわけですからねぇ。何とでも言えますよ。

 ナーイアストの石を密かに潜り込ませ、記憶の一部封印を施して、僕は彼をカルケード国に送りつけた事は御周知の通りです。

 外部からの余計な接触を避ける、という意味でついでに氷漬けにしておきました。きっとこの展開に彼は喜んでくれる事でしょう。僕の仕業だという事にも、うっすら気が付いてくれる事を期待しましょうか。

 ナドゥはやはり、魔導師ではないですね。今一つ致命的な事でその様に僕は再度確信します。
 僕が魔法を行使しているのを彼は、全く察知していない。
 ヤトの記憶を一部封じて暴走に備える小細工を施している事にも気が付かなかった様です。エルドロウやインティが傍に居れば察知されてしまったでしょうが、幸い彼らは『引っ越し』に忙しかった様でその後姿を見せませんでした。

 ナドゥに入れられた毒は、今なんとか右腕一本で浸食を抑えました。これで右手が使えないという訳ではないですが、右手に在った魔導回路を上手く動かす自信は無いですね。毒の所為で狂って作動する気配がありますから、手としては問題無く使えるとして、右手を使っての魔法の発動は控えた方がよさそうです。
 ナドゥは分かっているだろう、と言って答えを口に出しませんでしたから詳しい事を説明しますが彼は、僕の魔法を暴発させる手段を毒として仕込んできたんですよ。
 ナドゥはアーティフィカル・ゴーストの改変は可能だ、と言いました。僕も肯定した通りです。すでに在るアーティフィカル・ゴーストを改変出来るからこそ、除去魔法を構築出来るのです。
 ナドゥは、簡単に言えば僕の中のアーティフィカル・ゴーストを、僕の意思に関係無く起動できるようにしてしまったのです。毒の浸食を右の掌だけに抑えていても、この状況は変えられません。魔導式を簡略化する為にモジュール化し体内に忍ばせた物を魔導回路と呼ぶとして、それは体の中に入れるという表現の通り体が繋がっている限り切り離す事が出来ない。
 右掌だけを浸食されているなら、例えば僕が右掌を切り落とせば……ナドゥの毒の呪縛から逃れる事は出来たでしょう。
 しかし、現実としては右腕全て、やや右胸側まで浸食されている現状物理的に切除は出来ない状況に在ります。

 でもいいんです、これはこれで……使いようが在る。

 ヤトを魔王側に説得してタトラメルツに連れて来るなんて、出来るはずないんですから。
 理論的に正しいと説明したって無駄です。ええ、無理ですよ僕には。
 魔王八逆星がやっている事を是とするはずがないのです、彼は……最終的に魔王八逆星と同じ境地に至ったとしても、絶対に違う道を行くでしょう。ナドゥが言っていた通りです。
 ヤトを説得できなければ僕は、アーティフィカル・ゴーストを起動させられて、自分でそれを止める事が出来なくなる。そうして死ぬ、いいでしょう、最悪そういう方向性でもこの際構いはしません。問題なのはそれまでに、どれだけ『僕』としての仕事が出来るかどうか、です。
 レッドフラグというバグ取りにどこまで貢献できるか、あるいは……道筋をつけられるか。
 殆ど出来ないかもしれませんね、その時は……仕方が在りません。
 レッド・レブナントというキャラクターはそこで限界を迎えるだけでしょう。僕はこのゲームからリタイアする事になってしまいますが、何しろ困った事にそれこそが中における僕の目的なのだから諦めるしかない。
 次が許されるなら、もっとまともなキャラクターを立てて真面目にデバッカーをすると誓いますよ。

 でも……出来ればそうではなくて、彼が僕を殺してくれればいいのに。

 そうやって彼の記録に傷をつけたい、僕を殺したという傷跡を深く、残せたら良いと思う……この感情は何なんでしょうね?
 正直気味が悪いとは思うのですが、そうしたいと願うのは止められない。そうなったら素晴らしい事だと本気でレッドは思って居ますよ、それが……『僕』にはまだ、分かる。

 カルケードに転位門を開き、ヤトを送った魔法はきっとナッツさんに探知される事でしょう。
 彼は不思議と強く、ヤトの安否を気にしている所があります。どうにも一種監視めいた気配さえ感じる事が在りますね。あの、魔法的な相性から大変に結びにくい探査の糸を付けている気配がします、第三者には見えずらい魔法ですが、極めて細くつながりを持って居る様に思えますね。
 
 さて……もう、『僕』には視界が大分狭いのですよ。
 ログアウト限界ギリギリで、すでに世界は遠ざかっている。視界も、聞こえてくる声や情報も途切れ途切れなのですが、一応はセーブ出来た様でその後リコレクト出来ているのです。

 どこで切れるのでしょうか、どこで切れても……これから僕が振る舞うべき行動ははっきりと決めておかなければいけません。

 どこで僕のログアウトが途切れたのか。そして、再びログインしたのがどこからなのか。

 巧妙なもので、実は……良く分からないのですよね。
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