異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

文字の大きさ
上 下
295 / 362
番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の5前半 恐怖の行方『その針は左右に振れる』

しおりを挟む
■書の5前半■恐怖の行方 The where about of fear 

 リコレクト・コマンドをすれば、するだけ『僕』の意識はレッド・レブナントに馴染んで行く。他はどう思って居るか分かりません、あるいは……異様な願いを持ってしまった僕だけなのかもしれませんが……。

 思い出すのが少し怖いと感じ始めていると思います。

 思い出して『僕』が、僕に取って代わられてしまう気がする。
 僕はレッド・レブナントを演じる事が出来ているのでしょうか?あるいは、すでにレッドに主導権を握り込まれてただ、彼の意識に乗っかっているだけではないのか……と。

 そんな、一種恐怖感があったりするのですが、どうでしょう。




 初回ログインの終わり際は、中々大変な事になってしまいましたね。
 リアルに戻ってグランドセーブが終わり次第、仮称次世代ゲーム機MFCで記録の見直し、すなわちR・リコレクトが出来るんですが、強制ログアウト待ちをしたためでしょうか、僕は最後に自分がどう振る舞ったのかの結末がよく分からないままでした。ただ、トビラの中におけるレッド・レブナントがどういう願望を持って行動しているのかは分かっています。
 ともすれば、R・リコレクト出来なくともまぁ展開は大体読めますね。
 僕は恐らくナドゥから手を差し出され、その手を握り返していた事でしょう。魔王八逆星側への寝返りを働いている可能性が高いです。
 心配には及びません、僕がそういう事をするキャラクターである事位、皆さんよく分かっているでしょう。それでも『思い』は、その現実を否定するのかもしれませんが……。
 どうでしょうね、とにかく僕の方からそういう、次のログインで陥っているだろう展開予測について、予測にすぎない事をあーだこーだ話すのは良く無い事は心得ています。そういうのはネタバレと云われていまして、ゲーマーにとって忌み嫌われる行為ですよ。
 なので、実はある程度予測はしていた訳です……十中八九ヤトの展開が酷いのは察しているのです。……あ、察していたのは僕だけでは無いですよ?
 バグっていると分かったゲームの、強制リセットは選ばずにゲームを続行。
 ゲーム内からのデバックを試みる茨の道を選ぶ事になりましたね。

 大体、ヤトのアレは完全に自業自得でしょう。

 自分のキャラクター設定だって自己責任ですよ。魔力値異常なんて、経験値余ったからそこに無意味に全振りしといたとかそんな事をするからあーいう事になるのです。
 まぁ……人の事は言えないんですけどね、僕も。

 レッドという、とても面倒でリスクの高いキャラクターを作ってしまったのだって結局の所、性別を偽って選び取った僕の、自業自得です。

 でも、ブルーフラグを立てた仲間だから完全に裏切らないなんて安心は、与えませんよ?
 そんな中途半端に振る舞うなんて、ゲーマーを名乗る以上は出来ませんからね。全力でレッド・レブナントの限界までを演じてみせましょう。



 と、その様にリアルでは無駄に意気込んでいたものですが、実際ログインしてみると自分の背負っている展開にうんざりしているんですよね……。
 この気持ちは『僕』のものではなくレッド・レブナントの『思い』なのでしょう。
 全く、良く出来ているゲームですよ、これは。
 そう思いながら、苦いため息しか漏れない位にはゲームの出来に打ちのめされています。

 二回目のログインを果たした時、僕はフェイアーンに居ました。
 ログインしてリコレクトしない限りは、前回の続きが始まるものだと思って居る訳です。僕はR・リコレクト出来た限界からしてまだタトラメルツで魔王八逆星と腹の探り合いをしている所だろうと思っていたのですが……どうにも明らかに、場所が違う。
 即座リコレクト・コマンドして……ここはすでに国境を越えてカルケード国側のフェイアーンである事を思い出せました。なぜ今ここに居るのか、リコレクトする記憶のボリュームを上げて行けば……ここに至るまで、自分が何をしてきたのかが分かる。
 何故そうしたのかと云う理論と、理屈が整然と並べられて僕の目の前に積み重なっています。その所業に『僕』はある意味自分のキャラクターの道理にかなった行動を喜んでしかるべきなのに、なぜかレッドとしては気持ちが重い。
 何故でしょう、何も間違っていないのに。
 何に気落ちしているんですか、レッド・レブナント。
 貴方は何も悪くない、貴方は至極まっとうに、自分が進むべき道を歩んでここに居るんです。なぜ心を痛める必要が在るのですか?
 貴方は容易く人を裏切る事が出来る、そもそも全て裏切る為に嘘も辞さない、そういう風にしてここまで来たんじゃありませんか。
 何故今更それに躊躇するのでしょう?
 そもそも、何故こんなに自分がやってきた行為、すなわち仲間を裏切っている展開に気を重くしているのか。その理由さえ良く分からないでいる様です。
 ええ、よくわかりません。レッドがどうしてそこまで気落ちしているのか『僕』にもさっぱり分からないのです。分からないけれど気持ちはどうにもどん底で、こんな展開にしてしまって良かったか、本当にこれで僕は自分が望む『舞台』を築く事が出来るのか。
 不安、なのでしょうかね。
 あるいは一種恐怖の様な感覚さえ感じているのです。
 このまま真っ直ぐ、選んだ道を歩いて行って良いのか、……崖から落ちて転落するような、あの時感じた絶望をまた味わう事は本当に無いのか。
 一度覚えてしまった痛みや恐怖は、いつまでも尾を引いて苦しめるものなのでしょう。
 レッドは自分の計画がすでに二度、いえ、ヤトを暴走させてしまった事も含めれば三度でしょうか。予測しつつも決定的な破たんを迎えた事にすでに足が竦んでいる状況なのかもしれません。元々臆病で、石橋を叩いて渡る性格なので自分のやり方がこれで間違っていないのか、すでに自信が無くて不安で仕方が無いという訳ですか。

 深く、ため息を漏らして一旦気鬱を忘れて、目の前の状況を整理しましょう。

 そもそも今、気が重いのは……今回もやはり想定外が少なからずあって今まさにその一つと対面しているからです。
 よもや、ログイン妨害をした時にテリーさんが『こうなる』とは、誰が予測出来ますか。いや、これは彼の経歴を詳しく洗っておかなかった僕のミスなのでしょう。
 ファマメント公国の高官が一家、ウィン家の次男で、次男でありながら家督を継ぐ事を嫌って逃亡中。西方人、にしては確かに高すぎる戦闘能力を持っているとは思いましたが、まさかそこにこんな落とし穴がある事は、現段階では知り得る事はほぼ不可能だったのかもしれません。
 しつこくナッツさんに問いただせばヒントは得られていたかもしれませんが、とにかく……今はこのミスを挽回しておかなければ。

 さて、どうしたものか。
 リコレクトしてここに至った状況を思い出しましょう。

 魔導師元来である信頼の無さから来る都合、ナドゥから『毒』を貰ってしまった僕は、彼の命令通りに一旦、仲間達をタトラメルツから遠ざける為の行動を起している最中です。
 ヤトはカルケードに送った訳ですが、より確実にタトラメルツから彼らを追い払うために僕は、姿を隠して彼らへの攻撃して追い立てている状況の様ですね。
 方法は任せる、との事でした。
 ヤト以外は必要としていないと断言されています。

 つまり……殺す方法で排除して行っても良い、という事です。

 しかし、僕は『殺せません』

 僕にはそもそも、無理なのです。
 そういう事は自分でやる必要が無いと弁えて、マイナスアビリティを取得する事で得られる経験値を目的とし『殺生が出来ない』という特徴を得ています。『僕』が望んで、そういう特徴を取得しているんですよ。
 これ、後に皆さんにも暴露するんですが……ぶっちゃけて師を殺して扉を閉じた時にですね、かなり致命的なトラウマを得てしまっている、そういう背景で、どうにも殺生が絡む問題で思考がフリーズしてしまう形でレッド・レブナントの行動を制限してしまう。
 多分……頑張れば克服出来るんでしょうけど、そんな事頑張らなくたっていいじゃないですか。
 僕が抹殺したいのは自分自身なんです。自分殺しは殺生禁止よりもハードルが高く、元来出来ないとするなら、殺生が出来ない特徴は備えていても何も僕の行動を制限しないのです。

 殺しても良いと言われたって……僕にはそうするつもりは毛頭ありませんよ。

 一番足が速いであろう、マツナギさんがタトラメルツの難民避難に付き合って一番最後までとどまっている事態を見て……すでに、僕が結成した魔王討伐隊は現時点、解散しているのだという事を知りました。恐らくマツナギさんはカルケードに転位門が働いた事を察知したナッツさんの提案を蹴ったのでしょう。何らかの彼女の『都合』から、難民達を見て見ぬふりが出来ずに留まる方向になっている。
 さて、彼女は放っておいても問題無いのか?いや、そういう油断がいけないのです。僕は、そう即座に思って彼女に近づいて……僕の安否を知って安堵したであろうところ、訳無く記憶の凍結を行いました。

 いずれここに戻ってくるのです、ヤトを連れて……ね。

 その時には難なくその魔法は解けるように、解除方法は……そうですね、彼との接触にしておきましょう。記憶を失ってもなお、マツナギさんはタトラメルツ領主の元で難民を世話する事を選んだ様なので、彼女の献身は、背負う背景に付随するものなのかもしれません。
 記憶を凍結するとどうなるのか、恐らく……マツナギさんは次のログインに失敗する可能性があります。いや、間違いなくログイン出来なくなるでしょう。
 時間を稼ぐという意味では、仲間たちがブルーフラグを得て、僕の性格を的確に察知して動くのを阻止する事が一番手っ取り早いと『レッド・レブナント』は判断したようです。
 『彼』は『僕』の記憶も認識しています。
 自分達がブルーフラグという特別な手段で、魔王八逆星に強い立場に立てる存在である事を『知っている』。
 しかし、自分が何時ブルーフラグを得て動いているのかは分かっていない。何しろ、自分に立っている旗は見えない、という確固としたルールがありますからねぇ。
 僕らがこの世界に居るキャラクターにログインするには、ログインする記憶、データベースとそれに接続すべき鍵が合致する必要があるはずです。ログアウトした時のデータベースの形状が鍵となって存在し、次回ログインの時にそのデータベースが存在する事を認証キーしている……では、ログインを妨害する為に、データベースを改変した場合はどうなるのか。
 データベースは記憶の積み重なりであり、消去は出来ないが改変は可能です。
 その場合でも、データはひたすら積み上げるものであり、積み直す事は出来ない。
 しかし、その一部データのアクセスを制限すればどうなるのか。凍結させたデータベースが反応しないとなれば当然、鍵の形も一致しない事になるでしょう。
 非常に簡単な方法です、簡単であるが故に、これは開発者側で簡単に解除出来る可能性がありますが……とはいえ、この方法を試したのは僕が初めてになるのでしょうから、初回はある程度時間を稼げるはずです。
 これは『僕』が出来る一種デバックの一つと云えるでしょう。
 データベース参照型のアクセスキーを用いる場合はこういう不具合も想定すべきだ、という開発者に向けた問題提起ですよ。
 勿論、記憶を凍結させる、だなんて魔法を使える者の方が限られている訳ですから想定から漏れているだけの事でしょうけれども。

 その想定外に僕が気が付いたのは……要するに、ナドゥの謎の能力です。

 『経験値の取得』と、彼が称しているらしい謎の能力の事を考えていて思い立った様です。
 ログインの時にデータを経験値だとして、この値が狂っていた場合はどうなるのか、という考察をついでだからするに至った訳です。

 この、ログイン障害に成り得る記憶の凍結を、僕は次々と仲間達に放った。

 国境付近でようやくしんがり、テリーさんとアインさんに追いつきましたが、不用意に近づけば即座アインさんは、姿を隠して迫る追っ手が僕である事を見抜いてしまうでしょう。
 彼女は匂いで世界を認識していますからね。
 しかし……素直に自分が受け取った情報を信じるものでしょうか?
 アインさんは匂いで認知する世界をどこまで正しく、正確だと信じているのか。
 ともすれば、答えを知って、答え合わせをせずには居られないのではないかと思います。
 追う者が僕であると知ったなら、僕に何か事情が在ってそうしていると思うでしょう。会話が出来ると思うはずです。そしてそのリスクに、テリーさんを巻き込むでしょうか?
 案の定アインさんは一人で僕に向かってきましたね。
 相手はドラゴンの幼生、もとより魔導師をトラウマにしているアインさんにしてみれば、紫魔導師を相手取るのはどだい無理というものですよ。

 記憶の凍結により、アインさんは神竜種である設定との乖離を起しました。
 ドラゴンという破格の存在でありながら、重ねた年齢が10歳前後でしかない。この世界に在る記録が少なすぎたとも言えるし、僕が彼女の記憶を凍結し過ぎたのかもしれません。
 彼女は、自分がアインである事は忘れてしまった様ですが、一匹のドラゴンとしての存在は出来る様です。暫らく野生に戻っていてもらいましょう。こちらも、仲間達との接触で凍結が解ける様にしてあります。

 そして、国境を越えて……フェイアーンへ。そこでテリーさんに追いついて同じく記憶の凍結を放った訳ですが……その結果が、これです。

 ちなみにここまで来るのに、僕も飛行魔法を使いっぱなしというわけにはいかない、ナッツさん達もテリーさんに合わせて南国を目指している状況、フェイアーンまで一週間強掛かっています。元々はファルザットからタトラメルツまで移動だけに費やして一週間でなんとかした訳ですがその時とは状況が違う。
 すでに諸々の戦闘があった後で、状況がよく分からず僕から逃走妨害を受けつつの逃避行ですからね。先回りして騒動を起こしたり……具体的には僕は死霊召喚が出来るのでそれを使って道々で国境を守る軍隊を突いて置けば行動制限するのは難しくありません。それで町や主要道路を避けて通れば当然回り道になります。

 フェイアーンで、どうやらテリーさんはナッツさんたちを先に行かせることを選んだ様です。
 ナッツさんとアベルさんだけだとすれば、機動力は一気に上がってしまう。さっさとテリーさんをフェイアーンに食い止めて、残り二人の後を追おうとした状況に僕は―――ログインして来ている様です。
 そして、ログイン妨害は間違いなく成立した……というのは分かるとして何故か、テリーさんのキャラクター自体が暴走を始めてしまったのを目の当たりにしている。
 西方人にしては強すぎると思っていた訳ですが、これは明らかに西方人のポテンシャルではないです。
 僕が二回目のログインをしたと同タイミングで、テリーさんもログインしているはず。
 しかし僕の、すでに記憶の凍結が『入っている』。
 具体的にどこまで記憶を封じているかと云えば、ヤトを起点として元に戻る様に術を構築している都合、ヤトに繋がるデータベースを凍結させています。
 テリーさんは自分が今、何をしているのか理解出来なくて呆然と立ち尽くしたところまで『リコレクト』出来ます。
 そう、そこまではリコレクト。
 ログインして『僕』の目の前でテリーさんは、何かの記憶を辿るように頭を押さえて……突然暴れ出したのです。
 拳を、無造作に振り払う。
 その動作でフェイアーンの町が吹き飛んだのに、何が起きたのかと野次馬していた人々が悲鳴を上げた。地団太を踏む様に足を踏み鳴らすだけで地面の石畳が跳ね上がって踊り、頭痛があるようで、それを抑えてのたうつような動作と共に辺りの家が衝撃で吹き崩れる。

 一瞬、その破壊に僕は……タトラメルツで目の当たりにしたヤトを思い出したのでしょう。

 僕は想定外が起きた事に身を硬め、またしても予測していなかった被害を出した事に心底うんざりしているという訳です。

 それで、溜息を付きつつも暴走するテリーさんを魔法で押さえつけた訳ですが、これは容易ではありませんね……行動を封じる魔法は間違いなく入りましたが、事も在ろうかそれも振り払らわれてしまいそうな抵抗を感じます。
 魔法を振り払う?
 魔法はモノじゃないんですよ、普通なら出来るはずが無い。
 魔法を打ち破るのなら手段は魔法でなければいけません。物理は物理で、理力は理力で、そうやって拮抗するのは基礎中の基礎なのです。
 つまり、テリーさんもまた背負う背景の都合、これがよく分からないのですが……魔法の類も打ち破ってしまう何らかの『能力』を得ている存在と分かります。ともすれば、あの異常な強さにも納得はいきますね。
 彼は見た目相応の西方人ではない、ファマメント国の、ウィン家という柵の中に在る……もっと混沌とした怪物と呼ぶにふさわしい存在だったわけですか。
 そうですね、そういえばあのランドール・アースドと、兄であるテニーさんを介して因縁がある様な素振りもしていました。
 これはもしかして……あのランドールと『同規格』という奴でしょうか?

「手伝おうか」

 と、突然に横に人影が立っているのに僕は、動揺しないようにするので精いっぱいでしたね。思わずその名を呼んでしまいましたよ。
「カオス!」
「まだ先があるのだろう。止めたい者が居るのだろう」
 強引にねじ伏せられそうになる、行動制限魔法を働かせるのに僕は手一杯です。あとはアーティフィカル・ゴーストを起動させてこちらも強引にねじ伏せるしかないか、と思っていた所でした。そこに、何故かタトラメルツの領主に仕えていたあの悪魔が現れたのです。
「……貴方は僕に借りを作らせるつもりですか?」
「いいや。すでに貸している状況にあると認識している」
 無感情に隣に立っている『悪魔』に向けて、僕は必死に状況を整理しました。
「それにしたって、僕に加担していいのですか?」
 無感情な悪魔、カオス・カルマの瞳が僕を覗きこんで来る。
「現状を正せるのは私でも、お前でも無い」
 全く、御見通しですか。
 何しろ『これ』は、正真正銘空の第三位悪魔ですからね……魔導師に例えれば紫衣に匹敵するか、あるいはそれを超える存在です。そうそうエイトエレメンタティスに許されて良い存在ではありません。得体の知れないこの悪魔が、僕の近辺をうろつくのは……そうですか、貸しがあったからでしたか。悪魔は縁を辿って存在する……ですからね。
 そんな会話の間にも行動凍結の魔法を……テリーさんは破りつつあります。
 咆哮を上げ、抑え込まれた両手を天高く引き上げたその動作一つで辺りの家が再び崩壊、すでに崩壊していた家の柱が吹き飛んだのを見て即座決断。
「あの男を抑えてください、これ以上街を破壊させるわけにはいきません」
 被害を出したくない、人を死なせたくない、それは僕の備える特徴から自然と望んでいる事でした。
「承知した」
 カオスが手を差し出して……体中に巻き付けている包帯を緩々と伸ばす。それがテリーさんの腕に巻き付いたと思った瞬間、途端に僕の負担が消えました。
 テリーさんの異常な破壊行動が抑えられ、か細い布きれ一枚、振り払おうとするも出来ず、破れそうで破れない事に苛立つ声ならない唸り声を上げて抵抗している。
「さて……僕は貴方にどんな貸しをしていたものやら」
「私をこの世界に戻してくれただろう?」
 その言葉に、僕は……笑うしかありません。
「それはあまり公言しないでいただきたいですね、一応僕は扉を閉じた事になっていますので」
「承知している。契約も結べず、か細い縁でなんとかやっている……が、その程度がむしろ良いのかもしれない」
「……」
「余計な命令も無く、比較的自由に振る舞える。とはいえ原初の誓いからは逃れられないのだが……私もまた現状を計っているのだ」
 悪魔にしては随分と人に上手く擬態している、とは思っていましたが成る程、能力が限られてしまっているからこそだと言うのですか。悪魔という存在や、それがこの世界に在る為の作法が在るのですが……これも、とりあえずここで解説するのは止めましょう。行数がいくらあっても足りません。
 とにかく、理解した事にはカオス・カルマは自分の原初の誓いの為に……今は僕らと共闘できる立場である事を伝えたい様ですね。そしてそれは魔王八逆星側か、あるいは魔王討伐隊側か、どちらがより自分の都合に見合っているかを計っている。
 原初の誓い?それは、本編で一応説明した事なのでここでは割愛しますよ。ヤトが説明した事なのでそういう呼び方をしていなかったかもしれませんがね。
「しかし、貴方は悪魔だ。僕が人の命を出来るだけ奪いたくないという、その願いに同調出来ているとは思えません」
「心象、というものを悪くしないでおくのが大事なのだろう?私はカオス、無心ではあるが心情というものを理解出来ないというわけでは無い」
「……そうなんですか」
 悪魔とこうやって会話する事自体、極めて貴重な体験ですからね……ましてや相手は第三位。初耳なのは当然として、存外人らしく振る舞う様子が意外と言うよりありません。
「では、お言葉に甘えましょうか。……貴方がどこまで僕の手の内を見ているのか分かりませんが、僕の邪魔をすると云う訳では無いのですよね?」
「すでに言った言葉だ、復唱はしない」
 現状を計っている、でしたね。まだどちらに肩入れするかは決めかねている、といった所でしょうか。

 僕はフェイアーンをカオス・カルマに任せ、残る二人、ナッツさんとアベルさんを追いかけてワイドビヨン川を渡る事にしました。

 繰り返しますがこれ、すでに二回目のログイン後の話です。
 つまり、次に追いかけている二人はすでにログインしてしまっている。流石にログインしたブルーフラグキャラに向けて記憶凍結は難しいかもしれませんね、記憶の凍結が出来たとしても、ログインされてしまったのならブルーフラグを追い払う事は出来ないでしょう。僕らの頭上に在るだろうこの旗は、強く僕らの存在を守っているのです。ログインに支障をきたすと判断されれば、記憶操作に関する魔法はシャットアウトされる可能性もある。
 ところで、何故僕は残りの二人を追いかけているのか。
 それはもちろん、ヤトと合流させない為ですね、というよりは……最初に接触すべきは僕でなければいけない。ヤトの暴走が収まっているという確証が無い、というのも一つ。
 ヤトが、無事にあの代替えにログイン出来ているかどうかを確かめる為にも真っ先に彼の元に駆け付けなければと思って居ます。道中足止めしたのが僕である事は、マツナギさん、アインさん、テリーさんにおいては記憶の凍結が溶ければ分かる事ですが、そこはそうせざるを得なかった事情が在りました、とかなんとか適当に嘘で誤魔化せば良い話です。
 必要とされた足止めは終わりました。
 あとは、ナッツさんとアベルさんより先にファルザットを目指す事を最優先に……転位門で跳べばいいんです。先にヤトを『懐柔』してしまえば、ナッツさんとアベルさんの諸々の意見を封じる事は容易い。
 僕が言い出した魔王討伐ですが、曲がりなりにもパーティーリーダーは彼なのです。僕がそう望み、そう願っていて……周りもその方向で認めつつある。ナッツさんがこの旅に付き添う意図は未だよくわかりませんが、どうにもヤトの意見にはあまり反対しない事は把握していますよ。アベルさんは、言わずもがなです。

 テリーさんがフェイアーンに居たタイミングからして、まだギリギリ先手を打てるでしょう。有翼族で空を飛べるナッツさんとはいえカルケード首都までは一日以上は掛かるはずです。
 
 しかし、ここでも想定外が置きましてね……何が起きたと思います?

 事も在ろうか、転位門強制召喚を張られていたんですよ。

しおりを挟む

処理中です...