異世界創造NOSYUYO トビラ

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番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の5後半 恐怖の行方『その針は左右に振れる』

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■書の5後半■恐怖の行方 The where about of fear 

「こうなったら君は、真っ先に門を使って跳ぶだろう事は想定出来たよ」
 僕が集めた仲間たちは……全く、揃いもそろって曲者ぞろいですねぇ。
 ワイドビヨン川を超える為にもカルケード首都、フェイアーン郊外にある月白城の薔薇の庭に出る転位門を……潜ったつもりが見知らぬオアシスの外れに出た事で、僕は漸く事態を把握したのでした。
 全く、これは笑わずにはいられません。
「追手が僕だと気が付いていた訳ですね?」
「やり方がどうにも回りくどかったからね、これは本気で僕らを追い落としに掛かって来ていないと判断するのは容易いと思うよ」

 流石は第二軍師、彼を仲間に招いたのは、もしかすれば失敗だったのかもしれません。

「しかし、ハクガイコウ代理が召喚魔法に通じているとは想定外も良い所ですね」
「ハクガイコウ職は暇でねぇ、出来る事は何でも手を出してみる性質なんだよ」
 白っぽい羽を広げ、ここから先は通さない……と云う様に、僕の転位門を捻じ曲げて強制的に着地点を変えて来たのは、天使教神官のナッツさんです。
 転位門はこういう行先の逆探知や使用探知が容易いという意味で……便利な魔法ではあるのですがこういう時、扱い辛いものになってしまいます。
 いや、そもそもナッツさんが転位門に干渉出来る魔導式をご存じだったというのが完全に虚を突かれた形ですね。
 理論的には、召喚の魔法は扉を開く魔法に極めて近い。ともすれば、相互行き来の為に橋を掛けた状況である門の魔法に干渉し、行先を強引に捻じ曲げる事くらいはさほど技術力のいる事ではありません……か。
 驚く事では無かったですね……この可能性を絞り切れていなかった僕の方がよっぽど先を急いで焦っていたのかもしれません。

 僕を、月白城に行かせないつもりですか。

 恐らくはアベルさんを先に行かせたのでしょうけれど、彼女は壮絶な方向音痴だったと思いましたが……さて、どういう技を駆使したものか。
「ヤトを転位門で送ったね、彼は無事だったのか?」
「それを早急に確かめに行きたい所なのですが」
「君でなければいけない事か?僕らには務まらない事なのか」
 僕が容易く裏切る事を一番想定してくれているのはナッツさんでしょう。だからこそ、僕の計画を邪魔する事でイニシアチブを握るつもりでしょうか。
「アベルを走らせた」
「彼女は無事にファルザットにたどり着けるんですか?」
「それはまぁ、微妙な所だけど。彼女は行くって答えたんだ。僕は彼女を信じるよ」
「……」
「さぁ、お付き合い戴こうかな。現状を説明して欲しいのだけれども、難しい事だろうか?」
「貴方が……どこまで僕を信じてくれるか、なんとも読みがたいと思って居ましてね」
「僕は嘘は付かないよ、不都合なら……口を閉ざしているだけさ。鳥も鳴かずば撃たれまい、って奴だよ」
 ナッツさんは……僕の計画には乗ってくれないでしょうねぇ。
 魔王八逆星のやろうとしている事を説明すれば理解は示してくれるとして、だからと云ってナドゥのやり方に賛同してくれるとは思えません。彼は……ハクガイコウ代理、かつて天使教の頂点に居た神官です。ともすれば、口を閉ざしているだけで魔王八逆星がどこから現れた、どういった集団であるのか、勿論ある程度分かっているのでしょう。
 第一次魔王討伐隊が集められたのはファマメント国レズミオです、天使教の本部も例外なくレズミオにあるのだから、ナッツさんは最初から全部分かっていて僕らに近づいてきている可能性だってあります。
 魔王討伐を名目として、僕はヤト達三人、いや、正しくはその時アインさんも居たので三人と一匹を仲間として誘い入れたのです。そうして魔王討伐隊を集めているというイシュタル国の首都、レイダーカに向かう道中、正しくはレイダーカに向かう船の中ですね。目的が一緒みたいだから僕を仲間に加えてくれないかと、ナッツさんとその護衛、マツナギさんが合流しました。
 リコレクトするに、ナッツさんは魔王討伐に対する知識や、ファマメント国の状勢に詳しかったので魔王討伐に興味がある事は疑いが無かった。ただ、テリーさんがやや難色を示していましたね……それはようするに、彼がハクガイコウだと知っていたからでしょう。自分の出自がバレるのを察しての事でしょうが、すでにその時彼は船酔いでマトモではありませんでしたので、彼はナッツさんが仲間になる事に対し反論をしている暇が無く、体調不良で寝込んでいる間に話がトントンと決まってしまったんですよ。
 しかし、ふたを開けてみるとどうやらナッツさんは、注視している対象が僕に近い。
 エズ三人組と括る事の多い、ヤト、テリー、アベルの三人に向けて、どうにも関心がある様だ。
 最初はテリーさんが目的なのかと思いましたが、そうかと思えばアベルさんに気を揉んでいるし、そうした動作の向こう側にヤトを見ている気配もする。
「貴方がそうやって口を閉ざして鳴かずにいる事が、僕からすればある意味不審だと言ったら?」
「心外だねぇ、鳴いた方が不審がられる事だってあるんだよ」
 舌戦は、多分このままだと平行線です。ナドゥよりも厄介な相手と察します。
 何処まで実力があるのか見えないのが不安ですが、ここは力でねじ伏せるしかないと判断、妥協はしません、アーティフィカル・ゴーストを起動。
 ハクガイコウ代理の行動制限を左指を差し示して魔法を放つも、すでに張られていた強固な盾が、僕の魔導式を拒絶して跳ね返す。
 原初の盾で跳ね返された魔法はそっくりそのまま僕に作用しようとしますが……これを強引にキャンセル。魔法盾展開範囲をスキャン、アトリビュートの解析と中和魔導式の構築を同時に開始、再び行動制限を発動、広げられた羽が物理的に凍り付き始めたのを見てナッツは、盾の強度を上げたのを確認……中和が追いつかない、アーティフィカル・ゴーストを起動していてもこの強度とは、やはり……魔導師はどうしても原初魔法対応には後手になります。
 原初盾魔法に囲われてしまいましたね、願いを元に魔力を固定する、原初魔法というのは願いによって相手の意思をねじ伏せない限り解除出来ないのです。

 これは例の、ヤトが僕らと魔王八逆星を遮った魔法盾です。

 封じられていた魔法を開放する形で、ヤトはタトラメルツに強固な壁を作りました
 使い方によっては強力な、祈願系と呼ばれる原初魔法盾は元々ナッツさんが所持していた魔法であり封印が解かれた形で元の持ち主に戻っているのです。彼は、ヤトがタトラメルツでこの強力な盾魔法の封を解いた為に再び展開が可能になった訳ですね。

 アーティフィカル・ゴーストを一旦終了、この状態で行動制限魔法を使い続けたら僕にも影響が出かねない。
 互いに、一息ついてから状況が膠着状態である事から、対応策を一つずつ確認しつつあえて舌戦の続きを挑むとしますか。
「どうにも貴方は障害になるような気がします」
「そうかい?じゃぁここで始末をつけるかい?」
「出来れば穏便に済ませたいのですがねぇ……僕は殺生は嫌いなんです」
 にっこりと微笑んで、本当の事を言った所で半分しか伝わらないのなら、嘘を付いた事と変わりはありません。
「僕も職業柄、そういう荒事は門外漢だよ」
「ではこのまま足止めが目的、と云う事ですね」
「そうだね、そしてできればこのまま僕とのおしゃべりに付き合ってもら…」
 と、彼が言った所から音を消してやりました。
 会話が無駄と知り、ハクガイコウ代理は口を閉ざして困った顔を僕に向ける。
『意思伝達魔法 得意 は 無い』
 困った天使教の神官ですね、レズミオでは魔法使いはご法度に近いと聞きましたが、そのトップだった者がここまで多彩に魔法を使いこなすのは、ゆゆしき問題では無いんですかね?
 凍結魔法は、どうにも届かない様です。
 ヘタを撃てば自爆するように、極めて狭い範囲の原初盾魔法を内側に向けて囲い込まれています。自分に向けても問題の無い魔法で彼を追い詰めるしかない。故に今、狭い範囲で音を奪う魔法を行使しました。当然僕もこの魔法範囲に居るので耳が聞こえなくなっています。
 大変に厄介な相手に足をすくわれてしまった様だ。
 ここは腹をくくるしかありません……ヤトとの合流は、取敢えずアベルさんに任せるしかない様ですねぇ。
 願わくば余計な問題が起きていない事を祈りましょうか。僕の計画の上では問題無く、ヤトは目を覚ますでしょう。

 ただし時限は長く取ってあるので実は、あと二週間強は氷結魔法が解けません。

 僕がまだ余裕なのは、アベルさんには僕が使ったあの氷結封印を解く手段が無いからです。ハクガイコウ代理だったらこうはいきません。祈願魔法を使って来るところ、僕の魔法を解除する可能性は十二分にある。

 二週間、その間にこの困った天使教の神官を沈黙させればいい。
  
 殺生出来ないというのは、こういう時に面倒ですねぇ。でも僕は、ナッツさんを殺したいとは思って居ない。殺さない方向でどうにか屈服させるしかない、そう考えている……そう、純粋にそういう思いしかない。だからこそ僕には本当に、殺生が出来ないという特徴が在ると裏付けているのですが、容易く他人が理解してくれる事ではないのですよね。

『我慢比べと行きましょうか』
『……』
 意思伝達魔法は、本当に不得意の様で反応が遅いですね。
『一つずつ、感覚を切っていきますよ』

 聴覚はすでに、切りました。
 その後、幻術を交えた狭い空間で五感……視覚や触覚……味覚と嗅覚はあまり関係無いでしょうから無視しますか、あとは平衡感覚の切り離しや催眠魔法などを放ってお互いに我慢比べをしたんですがいやはや、手強い。
 僕もこれで結構こういう我慢比べは強い方だと思って仕掛けたんですが、ナッツさんも伊達に組織のトップに座っていただけあります。外圧には強いと見えますね。
 ちょっと、この我慢比べに夢中になってたところはあったと思います。
 最後に……時間感覚を切るのは危険だとは承知していたんですが、一応……最悪氷結封印が解ける前には意識を取り戻せる様に設定を施して、時間感覚を切った所までは……覚えています。
 これを切り離したら、もうどれくらい時間が経ったのかが認識できなくなり、下手をすれば誰かから解除されたり互いのどちらかが倒れるまで……睨みあいっぱなしになります。

 限界時間が過ぎた事を知らせる、アラームの様な感覚に意識が一瞬正気に戻る。

 リコレクト、今僕がすべきことを即座に思い出す。
 切っていた感覚をすべて一度に解放、その一瞬こそが勝負です。そのタイミングを計れるのはこちらだけなのですから、どうしたってナッツさんは対応に遅れるはず。
 一気に戻って来た全ての感覚に、押しつぶされるような重圧を感じた事でしょう。平衡感覚が狂わされている状況でいきなり重力を感じれば、体の揺らぎは抑えようが無い。僕はそれを切る前に片膝をついていましたが……流石はハクガイコウ代理ですね、同じく膝をついて備えていましたか。既にその時、視覚が切れているので互いの状況を確認出来てないんですよ。
 やはり、僕の覚醒の方が早い。
 アーティフィカル・ゴーストの起動と共に原初盾の中和、破壊……原初魔法の盾を破る……しかし、息が出来ない、理解、これは肺が酸素を拾えない様に空気構成が変えられている。
 正常な空気の生成、そのワンテンポの隙に、ナッツさんは復帰して何かを放ったのが見えました。

「……凝りませんね」
「お互いさま、さ」

 またしても、原初魔法盾を発動させましたね。芸が無い、しかし……確かにこれはやっかいだ。と、視線を逸らした先に、白い幽鬼の様な影があるのを見て振り返る。
「!?」
「随分な根競べをしているものだ」
 カオス、と、その存在に驚いたナッツさんの言葉を僕は、再び音を閉ざして消す。
 一週間立ったぞ、と……その唇が動いて、紡ぐのを視界を消して閉ざそうとしましたが、間に合わなかった気がしますね……。
『時間 稼ぎ』
 断片的なハクガイコウ代理に意思伝達が僕へと届く。
『あと一週間』
 
 いやはや、どうしてそう思ったものか。

 僕の瞬間的な焦りを、音も視界も閉ざしたはずなのに相手に筒抜けになっている様な気がして……何とも嫌な予感がします。

『匂い 消さない 失敗』

 即座丁重に、嗅覚と味覚を切ってはみたものの……もはや遅いのでしょうね。

 時間感覚も切られた事をナッツさんは理解しているでしょう、ともすれば……僕と同じで対策が取れる。
 あと一週間の猶予、という僕の焦った内心を残された感覚を頼りに彼は正解だと受け取ってしまった。僕ならば、そんな不安定な情報を信じる事はしませんが……ナッツさんはどうでしょう?方向音痴のアベルさんが、ちゃんとヤトにたどり着くと『信じる』と言った、彼は……僕の中に在る真実を嗅ぎ分けて、その情報を信じる事が出来るのではないか。

『どうして』

 と、ナッツさんの遅い意思伝達が届くのに、僕の意識がこの先の展開を予測。アーティフィカル・ゴーストを起動させたままだったのが幸いでした。
 即座に全ての『感覚』を切り離し、相手の行動を制限、ですがやはりこれは後手です。
 触覚も、痛覚も切ったのにそれに連なる大元の感覚が僕を叩き起こす。

 今、致命的な危機にさらされている、という感覚が僕を叩き起こしました。

 全ての感覚を元に戻して、その途端襲い掛かって来た痛みを押さえつける。
 右の二の腕辺りが、ぱっくりと斬れている。
 その事実を目の当たりにして僕は、必要以上に驚いている事を知覚しますね。
 これは、なんという盲点でしょう。

「どうして君は僕に攻撃しないんだろうね?」
 そう言って、ナッツさんは真空の刃を僕に投げ寄越したんですよ。そう、このままだと僕は攻撃を受けると察して居ながら、何故こうやって自身が傷を負う展開に驚いているのか。
 簡単ですよ、僕は殺傷出来ない、出来るはずが無いという意識の反対側に、いつしか自然と相手も同様に僕を殺傷するはずがないという思い込みが発生していたからです。
 彼は、多分下手をすれば僕を殺してしまうかもしれない致命傷を与える事になる事も覚悟して……攻撃をしたはずです。放った真空の刃がもう少し左にずれていれば、僕の首が飛んでいたでしょう。全ての感覚を切っていたのですから、ナッツさんからは僕の姿も何もかも認識出来なかったはずです。
 しかし、状況を変えるにもはや、それしかなかった。

 僕とは違い、彼は……僕を殺すことが出来る。

「はは……そうでしたね、そうでした……そういう……」
 終わり方も在る。
 望みが目の前に在る事に一瞬高揚しましたが、それでもやはり僕は、殺されるならヤトの手に掛かりたいと願っている事をはっきりと意識出来ます。

 ここで彼に攻撃を加えておかなければ、僕の嘘は成立しません。

 同じく真空を発生させ、乱暴に放つ。原初の盾に跳ね返って来たものは強引にキャンセルすればいい。ハクガイコウ代理の羽が狭い魔法盾に閉ざされた空間に舞い、血の匂いがより強く充満する。
 右腕の傷は、さほどではありませんが何しろこちらはナドゥから受けている毒が回っている。毒を受けている事を察知されるわけにはいきません、それに加え、浸食を抑えている関係で僅かな均衡のズレがやや致命的です。案の定、毒の浸食を中和する魔導式に破綻が見られる。

 今の僕には致命傷、なのです。

 僕の攻撃は、ナッツさんに少なからず傷を負わせてしまった。この程度の攻撃防ぐかと思いましたが……僕が攻撃に転じる事は無いと、すでに高を括っていたのでしょうかね?
 おかげで原初の盾が途切れました、同時に……ナッツさんは砂地に倒れ込む。
 命までは取っていない、致命傷は与えてしまったかもしれませんがそれは、こちらだって状況は同じだ。彼は、治癒魔法に特化しているのだから恐らく……大丈夫です。大丈夫、死にはしません。

 師の首を刎ねた、あの瞬間が無抵抗にフラッシュバックして、僕が如何に殺生が出来ない制約に縛られているか思い知らされています。

 自分が負った傷に対してよりもずっとずっと、相手を傷つけた事に対して血圧が上がっているのが分かる。油断をすれば意識を混濁させてしまいそうで、僕は必死にナッツさんは無事だと自分に言い聞かせる必要に迫られている位です。
 後ずさりし、視線を上げた先に……まだそこにカオスは居ました。
「貴方は……どちらの味方なんですか」
「言った言葉だ。復唱はしない」
 無慈悲な、無感情な声に僕は微かに笑う。
「……手伝ってもらえませんかね」
「何を?」
 脈打つ心臓を抑える様にして、僕はいつしか息が上がっていて……一息つきながらも喘ぐ。
「……ちょっと今、冷静を保てなくて困っています……僕を、タトラメルツに戻してくれませんか?」
 
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