異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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番外編 補完記録13章  『腹黒魔導師の冒険』

書の7前半 海を統べる船『最短ルートをぶっとばせ』

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■書の7前半■海を統べる船 The ship ruler of the eight sea


「分かった」
 ミスト王はそう言って少し頭を下げて、手に持つティーカップを皿に戻す。
「ありがとう、俺の我儘に応えてもらって。勿論だがこの事は、俺の胸に秘めて置くとしよう。思う事はある、しかし迷う事が許されていないというのなら新生魔王軍は君達が勧める通り、遠慮なく討伐する方向で動くから……安心してくれ」
「こちらも、そう信じておりますよ」
「それで、ヤト君は……自分と戦う為にタトラメルツに向かったのか」
「あ?ちげーよな、奴に向けては完全に騙し討ちだよな?」
 テリーさん、そうと分かっていたのにヤトには何も言わないで居てくれた訳ですか。
「ええ、どうにもこうにも、自分の事なのにここまでヒントがあって全く分かっていない様でしたのでノーヒントで送り出したところです」
「……大丈夫なのか?」
「それは、分かりませんがなんとなく、大丈夫にするのだと思います。それは彼が自分でそうしなければならない問題で……ここに今残った僕らは、そうやって問題を解決してくる彼を信じています」
「でもやっぱり正しくは、泣きつかれたくないので強引に谷底に突き落とした、に近いけどね」
 ナッツさんが目を逸らして呟きました。
「ああ……じゃぁ皆さんで確信犯って事ですか」
 マース君の言葉に、僕らはそうとも云う、という風に言葉を濁すしか無いですねぇ。

 自分と戦うっていうのはですね、僕に言わせれば王道路線まっしぐらなんですよ。
 そこはやはり、一騎打ちをして然るべきなのです。
 容易く手を貸してしまう様な『優しい』僕らは、その時彼の傍に居ない方が良い。その意見に賛同出来る三人がこっちに残った、それだけですよ。

 ミスト王はようやく席を立とうとしてふいと留まり、少し考えてから……顔を上げた。
「君達にそこまで覚悟が在るというのなら、俺の方でも出来る事があるのではないか」
「と、申されますと?」
「ミストラーデ国王としては、君たちの事など知らぬ存ぜぬで通すよりは、事情を知って尚魔王八逆星との関係性を払拭できない立場にある君達に、もっと強い力で迫る事が出来る筈だな」
「……ミスト王、」
 彼が、何を思いついたのか分からない僕らではありません。
 流石にそこまではお願い出来ないので黙って出て行こうと思っていたのです。つまり『そういう』事をお願いする方向での調整も想定はしていた事実があります。最終的には詳しい魔王についての情報を開示する必要性が出て来るとして見送ったのですが……。
 王の方で考え至ってしまった、しかもそうする事が一番最善だと理解されてしまったからには……大国カルケードの現国王の言葉を留める力など僕らにはありません。
「出立は、明日早朝としたまえ」
「……」
 ミスト王は、威厳を持って席を立ちあがる。
「私は今、一つの疑いを持ってお前達を月白城に拘束したものとする」


 というわけで、僕らは旅支度のままそのまま屋敷に留め置かれ、とはいえこれから起こる事は分かっているのでそのまま休息を取って……。

 早朝、朝日が昇ろうかという時刻にヒュンス隊長が率いるカルケード軍が改めてやって来たのに素直に囲まれたまま、僕らは登城する事となりました。

 そしてそこで罪状を申し渡され、信頼を損ねたとして叱責され、不服があるならばこの世界に今だ蔓延る魔王八逆星を見事打ち果たしてくる様にと……励まされて。

 カルケード国より追放、という形となりましたね。

 罪状は、魔王討伐隊でありながらその一人が今魔王八逆星側に在るのではないかという疑い、およびその疑惑となった人物を無断で国外に逃がした事です。
 そう、本来はもっとそうやって僕らの事は疑って、怪しいと思って厳しく接するべきなのですよミストラーデ国王陛下。
 あの方は本当に人が好い。
 だから、そういう風に僕らを疑って追放する様にお願いしても我が国はどこまでもお前達を信じる、などと言い出すのではないかと思っていました。実際、その通りではあったのですが、だからこそ自分がどう振る舞うべきなのか……自らで気が付いて即座実行に移して来ましたね。
 頼りになる王様です、多分この世界に在るどこの国の有力者より、僕ら魔王討伐隊を一番を信用してくれているのはミストラーデ国王なのでしょう。
 僕は、エルークを強引に押し付けた件を引き合いにやや強引な交渉をカルケードに迫る事も考えていたんですよ。でもそのカードを切らないで置いたからこその信頼、なのですよね。


「カルケード追放って話だったが、そんで行先はどこにする?」
 兵士に囲まれたまま月白城を出て、一番近くの港があるファイアーズに移送されまして……待ち構えていた船の船長が白い歯を覗かせて笑っています。
「それ、僕らで決めても構わないのでしょうかね?」
「俺が国から請け負った仕事はあんたらを確実に、国外に出す事ダケだからな」
 ここは、代表して僕が彼との握手に応じましょう。
 世界一速い最強の船を所持している情報屋、AWLの船長ミンジャンに案内されてすぐさま船へと……乗り込むとしましょうか。
 本当は彼らに頼る事も良しとはしていない僕らですが、こうなってしまっては乗船を拒否出来ません。
「流石は王様、粋な事をするもんだぜ。これでお前らは俺らの船に乗らざるを得ない」
「そうですね、」
「こうなったらエイオールにとことんのお付き合いを願おうか、ねぇレッド」
 ナッツさんの楽天的な言葉に僕はため息を漏らし、是非そうするべきだと笑うミンジャン船長を振り返る。
「大丈夫さ、俺ら海の上に居る限り逃げ足だけは誰にも負けねぇ。お前らは色々心配しすぎて大事な情報を出し渋っている様だが」
 と、いつぞや見た現カルケード王、ミスト・ルーンザードの蝋印が押された手紙をひらひらと僕に見せながら彼は言いました。……情報屋として口が堅い事を信用し、どうやらミストラーデ国王は現時点においての僕の推論について、国外追放業務を任せるにあたりAWLに最新のものとして情報を渡した様です。
 肩に込めていた力を抜くと、その肩を誰かからしっかりと掴まれる。
「よぉ、てめぇ段々アイツに似て来たんじゃねぇのか?」
 テリーさんから誰に似て来たと言われているのか、分からない僕ではありませんよ。
「それは、心外ですね」
「分かっているなら俺が言いたい事も分かるよな、魔導師殿」
 掴んでいた僕の肩を、数度軽く叩いてテリーさん、船内にグランソール氏を運ぶ為に行ってしまいましたね。

 やっぱり彼、おバカトリオに数えるのは失礼なのではないでしょうか。

 テリーさんが僕に言いたい事ですか?
 ……一人で何でも抱え込むな、自分だけで問題を解決しようとするな、そんなところではないでしょうか。
 力になりたいと言ってくれる、大切な人を……もっと信じろ。
 そう伝える為に彼は僕の肩を叩いたのだと思います。



 当面、僕らが『デバッカー』として成さねばならない事は……大陸座をこの世界から退避させる事です。
 具体的に言えばデバイスツールと呼べる、世界の改変も可能となるだろう力を秘めている道具を大陸座から受け取る事。そうする事で、大陸座はホワイトフラグという開発者権限が弱体化し、開発者レイヤーに退避する。そこに移動した大陸座は世界から切り離され、存在が居ないも同じになるのです。デバイスツールを取り上げる事は、大陸座を殺す事と同意では無く、無力化させてかつ隔離するにすぎません。
 大陸座は殺せない。厳密には、命を奪っても条件転生してしまうので殺し切れない。
 では、大陸座の存在を『消す』事は?世界を創造している開発者権限として存在を抹消する事は出来ないのか?それも難しい状況にありますね、安易に消去すれば、この世界にすでに根付いている大陸座という存在に紐づけされたあらゆるデータの破損に繋がってしまう。
 だから、僕ら『デバッカー』は大陸座を倒して回っているのではなく、彼らの能力を奪う様に調整されたデバイスツールを受け取って、彼らを一旦干渉出来ない階層に追いやっている。
 そうして、完全に『概念』と化した大陸座を開発者レイヤーごと消去してしまえば……世界の崩壊は回避できる。

 冒険の書を消す可能性のある行為、リセットボタンを押さなくても良く成るだろう。

 これが、外における開発者達のデバック計画です。
 それについて僕らは『僕ら』からそうだという情報を共有されているし、それは大陸座も同じであるはずです。


「大陸座、という名前ですからね……単純に考えて、八つの大陸それぞれに彼らは在るものだと思います」

 ナーイアストは北西、シーミリオンに居て一番最初に退避済みであり、彼女から受け取ったデバイスツールはヤトの暴走を抑える事に向けてほぼ使い切ってしまいました。
 オレイアデントは北、シェイディに居て二番目に退避、このデバイスツールも僕の中に居る暴走を抑えられなくなったアーティフィカル・ゴーストを抜き出す為に使ってしまいましたね。
 ジーンウイントは北東、ペランストラメールの学士の城に居ました。敵味方含めて色々な事を仕掛けていた様ですが、直接会って来たナッツさんの話では状況解決に一番素直に理解を示していた様で、特に何も言わずにデバイスツールを手放し退避した様です。それは今、ナッツさんに預けてあります。
 ドリュアートは東、コウリーリスに居ましたが……『世界の真ん中に在った木』でもあるとても古い植物と強引に縁を結ばされてしまったヤトとの都合レッドフラグ化し、これを抑える名目で留め置かれています。
 イーフリートは南、カルケードよりはるか南の果て、死熱の海を越えた『死国』に居て……退避済みです。ここで預かったデバイスツールはアインさんに持たせていましたが、チビドラゴンがどこかで無くすのが怖いと泣きついて来たので今は僕が預かっていますよ。
 ヤトに持たせておいた方が色々安心は出来るのですが、そうしておいてナドゥ側に奪われるリスクを考えると……安易に持たせる訳にも行かないのですよねぇ。

 残るデバイスツールは3つです。
 一つはファマメント、これはナッツさんから詳しい話を聞いています、西国ファマメントのレズミオに居るそうです。何処に居て、何時会えるのかはっきりしている様ですので頃合いを見て取りに伺いましょう。
 一つはイシュタルト……ですが、これは単純に考えて遠東方イシュタル国に居るのでしょうねぇ。そこの出身者、並びに長く住んでいたエズ三人組に心当たりは無いか聞きましたが、さっぱりらしいのでここは最後になるかと思います。
 そして最後の一つはユピテルト。恐らくは、ですが……この大陸座は開発者チーフであるタカマツ-ミヤビさんではないかと思います。八精霊にも一応序列みたいなものがありまして、それで言うと一番最初として数えられるのは光と影の精霊、ユピテルトですからね。
 消去法で行くところユピテルトは、開発者の中で一番若いというササキーリョウさんでは無いだろうと僕は思うのです。

 以上の事は、デバイスツールという存在について適切な言葉を選べない都合、ナッツさんとだけ打ち合わせている話です。
 デバッガーとしての仕事はまだ終わっていない、ならば……引き続き大陸座の隔離作業は行うべきでしょう。


「ディアス国に向かってください」
 僕の指示に、何も疑問を抱かずミンジャン船長はアイアイサーと答えましたね。というか、そういう言い回しはなぜかこっちでも使われたりしていて、なんとも不思議な感覚で油断するとリアル用語を混ぜそうになって危ないですね……。
 それをどこからか聞きつけたのか、船内の廊下を早足で戻って来たのは重鎧を着たマース君。
「ディアスに?何故です、僕はそれだと力になれない」
「ご安心ください、多分荒事になるので貴方が心配する様な事にはなりません」
 重騎士であるマース君の心配を先回して僕は笑って答えました。
 彼は、元々は南西ディアス国の騎士だそうですねぇ。色々後ろ暗い事情があってディアス国から追い出されている背景をお持ちの様です。せっかく苦渋の決断の上アービスと別れてこちらについて来たのに、行先がディアスだなんて聞いていないよ!と行った感じでしょうか。鉄仮面で表情は見えませんが。
「というか、その恰好だと誰も貴方がマース君だと気が付かないのでは?」
 騎士時代も重鎧で体全体を隠していたそうですが、まさか四方騎士鎧を今も使っている訳がありませんよね。
「そ、……そうかもしれないけど……」
「それとも、貴方が持つ様な嗅覚に優れた騎士が他にもいるのでしょうか?」
 すると、ふいと頭を垂れて暫く黙ってから……それが出来る同僚はもういないよ、と小さく呟いたのが鉄仮面から漏れ聞こえてきました。
 話は聞いています。
 北魔槍は、ほぼ全部隊が魔王軍、すなわち混沌の怪物になっていてこれをランドールが撃退しています。北魔槍を魔王軍化したのは自白によればアービスだそうですが、僕は少し疑わしいと思っていますよ。あのお人よしの元魔王八逆星は、何でもかんでも自分の所為だと背負い込む所があります。そんなところまで彼に似て居なくても良いのに。
 アービスは、どうにも魔王八逆星としては『中途半端』な出来である事は自身で認めていましたね。もちろん彼はレッドフラグのホストとして機能しているのでしょうが、全員漏れなく魔王軍化という仕業の裏にはナドゥが居たのではないかと思っています。
 ならば、アービスはその件も含めてナドゥを憎んでいれば良いのです。それなのに、至る経緯に自分にも落ち度はあった、そうする事を許してしまったと、でも思い込んでいるのでしょうね……。
 アービスは……ディアス国の四方騎士、北魔槍の団長としてナドゥから作られた存在だそうです。
 彼も常に鉄仮面で顔を隠している、それは元々の『アービス団長』がそうやって、顔を隠していたからです。それが伝統になっているらしく、北魔槍騎士団はそうやって誰が誰なのかよくわからない魑魅魍魎とした軍団になりつつあったのだそうです。何時からそういう風になったのか、アービスはあまり詳しくない様でしたが……僕は伝え聞いた記憶をリコレクト出来ますよ。

 ディアス国は身分や差別が今現在においても一番まかり通っている国です。
 当然と男尊女卑の思想があり、政治や軍隊に女性は入る隙間が無い。しかし、いつの時代かははっきりとしないのですが……北魔槍騎士団の長に女性が就任した事があるのだそうです。
 彼女に掛かる重圧は相当なものだったでしょう。務め上げるに相当な苦労があったでしょうし、騎士を纏める事でさえ、彼女には容易い事では無かったはずです。
 彼女が行った偏見からの対策の一つとして、重鎧で身を包み外見から女性らしさを消したという伝承があります。
 彼女は差別や身分の違いと必死に戦い、有能でありながらも混血等のの都合から騎士になれない者達を自分の味方にしていったのです。
 純血に拘るディアス国は、魔種等との混血による有能種を、血統による差別主義によって退けていた都合、四方騎士とは名ばかりの存在で実際戦える兵士では無かったそうですよ。人間と魔種が一騎打ちしたら圧倒的に魔種が強いのは世の習いなのですが、それを頑なに認めなかったのがディアス国という所です。
 以後、女性が団長を務めた履歴が残った北魔槍には、能力はあれど純西方人では無い、そういう者達が集められて一番実戦的な所を担う『前線の盾』としての役割が大きくなったそうです。
 マース君が重鎧戦士なのは……北魔槍が四方騎士の所謂『タンク』、攻撃を一気に引き受けてダメージを他に与えない為の盾役である都合であるのでしょう。

「しっかりしてください、僕は貴方をあてにしているんですから」
「僕にディアス国の案内をさせるつもりなのか」
 くぐもった声を聞き僕は眉を潜めますね。ここまでディアス国行きを嫌がられるのはやや想定外です。マース君の場合は精神的な問題が大いにあると思いますのでなんとか、背中を押してやる言葉を送って差し上げるべきですね。
「自国に戻る事は、それほどに苦痛ですか?」
 優しい声音で、無理させる訳にはいきません的な雰囲気を演出してみましょう。
「……いや、うん……ごめんなさい、聞いていなかった話でちょっと驚いて、慌ててしまっただけです。少し……考える時間をください」
 ……大丈夫そう、ですね。
 リオさんが言っていましたよ、マース君はアービス団長なんかよりずっとしっかりしているって。思考回路は短めの様ですが、流石は能力的な意味で言ってまともな『盾』。一度決めた事、覚悟した事にはどっしりと構えて動かせない、頑強さを感じさせます。


 カルケード国からディアス国へ、もしかすると陸路の方が早いのではと、地図を見て誰もが思う事でしょう。
 ワイドビヨン川を渡って西方大陸に上陸、タトラメルツを東に抜けてコウリーリス国境経由した方が早く着くでしょうねぇ……正規ルートを行くのであれば。
 何しろ、カルケード国のある南方大陸を南下し、死熱の海を超えて黒竜海に抜けるルートに普通の船は走っていない。航路として不可能というわけでは無いのですが、補給地が無いので難しい様です。
 エイオール船はそこを、超高速で走り抜けられるので補給地は不要、無茶な航路も難なく走破してみせるそうですが……今回はもっと近道を使う、との事ですね。

「ぶっちゃけ超秘密ルートなんだ、よっぽどの事が無い限り使わない事になってるルートを使って明後日の夕方までには黒竜海に抜けて見せよう」
「そりゃありがたいぜ、俺としてはさっさと船から降りてぇ所だからな」
 ファイアーズを出港してまだ一時間と立たないというのに、船酔いしてしまうテリーさんはすでに具合が悪そうですねぇ、ナッツさんが調合した薬湯を呑んでいますが、明らかに顔色が悪い。
 僕は地図を眺めながら、秘密ルートについて可能性を考えてしまいますね。謎解きするのは魔導師にとって楽しい時間なのです。
「もしかすると……サンデルトを抜けるルート、ですか?」
「おお、酷ぇな魔導師殿!アタリだよ。古くティラパティスが東側の海に通じていて、そもそもは川ではなかったという説話をご存じだったか?」
「カルケード国内でも伝説的な話だったと思いましたが、魔導師的な知識ではありません。これは、僕が南国人であるから知っていた伝承ですね」
「ああ、紫殿はサウターだったっけな」
 ミンジャンは人を面白い呼び方しますねぇ、情報屋という職業柄、相手の名前を上客であれ渾名呼びをする癖があるのかもしれません。紫と呼ばれたのは、僕が紫色の魔導師マントを羽織っている稀有な魔導師だからでしょう。十分にそれだけで僕を差す名称として成り立っていますしね。
「南国の子供向けのおとぎ話に色々ありましたよね……西国との間に生じた巨大な亀裂の話、大きな鳥と大きな木の話、嘘が吐けない竜の話、雨を降らす神様の話に、眠っている聖剣士の話……こういうおとぎ話は過去の事実を穿っているものも多い様です」
「サンデルト?というと、南国大陸の東方にある山岳地帯麓の町だね、」
 ナッツさんの言葉に僕は頷いて答えましょう。
「死熱の海と黒竜海の境界に開けた、山から港の方まで自治している所です。山と森と海が揃っていて、とても豊かな所ですよ。元々は一つの国だったそうですが、豊かな物資の輸出先としてカルケード国と交流している内に管理下に下った所で更に温和な人が多い。おかげで近年史においてはディアス国から植民地化を目論んだ社会的な圧力があったり、軍事的介入があわや、という事も度々起きている様です」
「さっすが、詳しいねぇ魔導師殿。そう、そのサンデルトはティラパティス川の源流点の一つなんだが、それにしては海が近すぎる。どうした事か山の水が西に向かっていて殆ど東の黒竜海に注いでないんだな。しかし……」
「季節によって、川の水が黒く濁る」
 南国にあるおとぎ話の一つ。
 子供たちが聞いて育つ童話において、サンデルトの黒い龍の話があるのです。
 決まった季節に悪い龍がティラパティスに現れるのでその時期は川に近づいてはいけない、的な教訓話だったと思います。
「……地下水脈で黒竜海に繋がっている、って事か」
 ナッツさんの推察の通りです。
 名前の通り、森林の多いコウリーリスからタンニンが多い水が大量に流れ込んでいるディアス本島を取り囲む黒竜海は、黒い海として有名です。
 この黒い海はとてもミネラル豊富なので、豊かな海が約束された様なものなのですよ。その因果関係までこの世界の識者がどこまで理解しているかは不明ですが……。ワイドビヨン川は中々に良質な漁場としても有名です、そうなった理由の一つに、実はサンデルト近辺で地下から黒竜海の海水が流れ込んでいる事情があるのかもしれません。
 流れている水も淡水ではなく、やや海水に近い様ですしね……。
「だとしても、川は海に繋がっていない訳でしょう?どうやって向こう側に抜けるんですか?」
「まさかシーミリオン国の船みたいに海に潜るとか言い出すんじゃねぇよな」
 マース君とテリーさんの言葉に僕は、にっこり笑って船長を振り返りました。
「何しろ七期から滅ばない伝説の船ですからねぇ、何でもやってのけそうですが」
 ミンジャンは困ったように笑う。
「流石魔王討伐隊、何でもお見通しじゃねぇか。勿論なんでもやっちまうスゲェ船だよ、その通り、エイオール船は実は海中潜航も出来ちまうんだが……これ、超極秘事項だからな、そこんところよろしく頼むぜ」
「おいマジかよ」
「足が速いったって、流石にだだっ広い平面を自由自在に走れてもな、時に多くの船から追いかけられるハメになって追い込まれる事は少なくねぇのよ。何しろ味方の船が居るわけじゃねぇしこっちには攻撃手段が在る訳でもない」
「そういう意味では、砲台くらい積んでおいた方が良い気もしますが……」
「後付けで装備が継ぎ足せないのがこの船の弱点だ、建造構想的に争い事には使えない様な作りになっているっぽいな。創始者らの意図なんだろう」
 シーミリオン国で潜水船が多く普及している世界なのですから、それくらいはやってのけるだろうとは思っていましたが……流石は伝説の船です。装備が後付け出来ないという事は、建設当時から潜航能力を有していたという事ですよね。

 青魔導師の長兄が作ったという伝説は伊達ではありませんね……。

 勿論ミンジャンは建設者の事をご存じでしょうが、僕からその事について尋ねるわけにはいきませんよ。何故なら魔導都市を作ったとされる青魔導師の説話は、魔導都市で禁忌に指定されている事だからです。
 その致命的な禁忌に触れると、具体的には雷が落ちて即死するそうです。
 噂話をする程度なら良いのですが、実際に青魔導士について論議を交わし、夢中になって白熱した所で天候が急に嵐に変わり、雷がめちゃくちゃ落ちて来てみんな黙り込んだ――という様な実話がいっぱい残っているので割とガチめの禁忌だと認識されています。

「海中潜航はエイオール船の最終手段だ、それを使うに値する荷物を積んでいると俺は思ってるぜ」
「ありがとうございます、ミンジャン」


 ファイアーズからほどなくして西国領バセリオンに接地した地区入ります。
 魔王軍とのいざこざは新生魔王軍が跋扈し始めた事、および西国でランドールを旗印に結成された対魔王軍組織、ランドール・ブレイブが倒すべき敵を求めて南国に向かっているという話でしたからね……勿論、ここを通り抜けるのは難しい問題です。かつてはこの辺りがワイドビヨンを遡れる限界であると、エイオールが僕らをここで船から降ろした通り。
 根回しをして、許可が出ればフェイアーンまで船を進める事も出来るそうですが船長は急いでくれる、との事でした。
 カルケード国追放が一応僕らの罪状なので……一旦バセリオンで錨を下ろし夜になるのを待ちます。その間僕らは改めて必要な物資を調達したり、相変わらず目を覚まさないワイズの治療を色々試したり、ですね。
 当然テリーさんは一旦船を降りました。泊まっていても、船の上では気持ち的に安らぎが無いそうです。
 問題を起さないようにマース君にお守りを任せました、彼一人ならさほど問題は起こさないのだと……思いたいのですが。

 昼過ぎに、なんだかよく分からい状況で二人が港に戻って来たましたね。しかもバセリオンの兵士たちがそれを取り囲んでいるんですよ、見てぎょっとしました。すぐさまナッツさんが様子を見てくると飛んでいき、ほどなくして誤解を解いたのか人だかりは解散、釈然としない顔のテリーさんと少し憤った様子のマース君が船に戻って来ました。
 正しくは、乗船しないで船着き場でテリーさんが立ち往生しました。
 仕方が無く僕も船を降りて状況を聞きましょう。
「どうしたんですか」
 テリーさんより先にマース君が頭を下げて来る始末ですよ。
「ごめんなさい、変に騒ぎを起こす事になってしまって……なんか、いきなりテリーが隣町にひとっ走り行って来るとか言い出して……止める為にちょっと、」
 殴り合った、という感じでは無いですね。
 マース君は時に力技でランドールを止めたりしてましたが……ランドールと違ってテリーさんは誰でも彼でも殴ったりはしません。
「まさかこの俺が振り切れないとはな、流石アイツを抑え込む役なだけあるぜ」
「それにしたって大変なんだから!こっちは必死なんだから!もう、最初は掴みそこなって追い掛けるハメになったよ。けどフェイアーンとは国境があるからそこを通ろうとして、兵士ともめてる所をなんとか捕まえてね、」
 それで、あの騒動ですか。どうにかテリーさんを押し込めて取敢えず船に戻って来たのですね。
「……全く、何を考えているんだ」
 ナッツさんもご立腹ですよ、最も僕らはそうしようとしたテリーさんの意図は何となく、察しては居るのですけどね。
 僕は腕を組み、そっぽを向いているテリーさんに提案。
「フェイアーンに寄りましょうか」 
「いや、わざわざ寄る必要はねぇよ」
「だからってここからちょっとひとっ走りで行ける町ではないんですよ」
「……みてぇだな」

 前言撤回ですね、この人やっぱり三馬鹿に数えて間違いなさそうです。
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