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番外編 補完記録13章 『腹黒魔導師の冒険』
書の6後半 仕様改変の事『合流対決そして迷子の件』
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■書の6後半■仕様改変の事 Specification change of integrates all
南国に新生魔王軍を連れて来たのは、仮面で顔を隠した魔王八逆星のクオレでした。
彼の絡んだ問題などもあり、月白城で情報交換や今後の事を調整するのにあまり時間をかけている場合でもなかった。
ある程度の方向性が固まって、僕は即座ヤトを捕まえて部屋の一つに招きました。
僕らは月白城のすぐそばに在る迎賓館の様な館に居を移していまして、そこで新生魔王軍を叩くべく待機している状況でしたが……新生魔王軍撃退は、僕らの仕事ではないのですよ。
ヤトをテーブルのある部屋の椅子に座らせて、僕も席に着くなり突然に口を開く。
「我々はこの国を出ませんか?」
「……はぁ?」
まぁ、そういう返事になるでしょうね。僕は懐から一枚の紙を取り出してテーブルの上に広げました。怪訝な顔でヤトはそれを覗きこみ、テーブルに手を付き、それをじっと睨みつける。これは……人相書きですよ、今南国で緊急手配している、新生魔王軍についての情報提供を求める為のチラシです。
これが、誰の顔であるのか理解出来ない程彼もバカではないでしょう。
「あまり答えを求めて迷っている場合では無いかも知れません、昨晩城の方に情報屋とリオさんを連れて、ヒュンスさんと話し合いを行ってきましたが……結論が変化しませんでした。むしろ確定に変った気配がしまして」
ヒュンスさんはカルケードの隠密部隊の隊長さんです。何時も唐突に行動する僕らの為に、国王陛下との間に入って緩衝してくださっています。
ヤトは、僕の言葉の意味を良く取れなかった様で顔を上げ、怪訝な顔のまま首をかしげる。
「何のだよ?」
「……南国が西国から攻め込まれるだろう、というクオレの言葉があったでしょう?あれ……強ち虚言ではなさそうなんですよ」
意味が分からない、という風にさらに眉を潜めるので僕は言葉続ける。
「本当の事を言うと僕は当初からミストラーデ王を頼るのはどうだろう、とも思っていました。こうなるかもしれない事を懸念は、していたのです。しかし、ランドールから南国におびき寄せられている事もある。最終的にご助力願う事にしたのはカルケードが比較的大きな国だからです。多少の陰謀に巻き込まれても容易く揺るがないだろうという打算から……結果今の状況に舵を切りました」
こういう時は、笑いはしませんよ。今回は打算も裏の計画も無いのです。
僕は極めて真面目に言いました。
「僕らはこのままでは、南国にとって大変なお荷物になってしまう可能性があります」
ヤトは、暫く考え込むように視線をテーブルの上に落として黙っていましたね。
頭は回らないと自負している彼ですが、それでも色々考える事はあるようです。テーブルの上に出していた手を、ふいと強く握りしめて何かを堪えるようなそぶりになる。
「戦いましょう?」
突然掛けられた声にヤトは驚いた様に顔を上げた。
ええ、実はここリオさんの部屋なんですよ。リオさんの部屋に招いて先に状況説明をしているのですが、リオさんは最初から窓際で腕を組み、静かこちらを伺っていたんです。
「貴方はその、タトラメルツを破壊してしまったという事実から逃げて居る訳じゃないでしょ。認めてしまうだけじゃ戦う事を放棄しているのと同じだわ。貴方に降り掛かる可能性がある悪意は、貴方に振られた戦いでもある。……受けて立って欲しいと私は思っているわ」
「……それは、どういう」
不安そうですねぇ、僕はそういう彼の為に手を差し伸べてゆく道を示す役と心得ていますから、こういう時は何故か笑ってしまうんですよね。
「勿論、僕らは全力で手を貸しますよ。貴方一人では戦えない、そいう相手と貴方は『戦う』のです。ですから、一人で自分の所為だなんて背負うのは辞めてくださいと、そう言っているんです」
それを聞いてヤトは苦笑を漏らしてテーブルの上の似顔絵付きのチラシを乱暴に掴んで握りつぶす。
「で、俺はどう戦えばいいんだ?」
腹は括ったようですね。僕は小さく頷いて話を続けました。
「推測で動くのもどうだろうと思っていたのですが……猶予に構えている場合でもないと説得されまして」
僕は石橋を叩いて渡る、ナッツさん曰く心配性、ですからね。どうしたってあれこれ色々と受け身で物事を考えてしまう所はある様です。
「ワイズの意識だって戻ってないだろう。奴はどうするんだ?」
「ええ、それで。部隊を分けようかと、考えています」
僕は手を組み……思わず、ため息を漏らした。
ここから話す事が今回、彼一人この部屋に呼んだ理由なんです。
「正直、推測で物事を説明したくないのですよね」
「外れていたら痛ぇからな」
また回りくどい魔導師の話が始まったぞ、という風な目でヤトから見られています。
「当っていたとしても、外れていても、です。推測で物事を語ってしまったらまるで、それが予言のように未来を蝕むような気がして」
僕はそこでふいと視線を逸らしてみせます。
「何か、俺に話したくない事情でもあるのか」
そうなんです、ぶっちゃけ話したくはないという雰囲気がちゃんと伝わったようで安心しました。計画通りです。
「何を迷っているの?そういうヒマがないのは理解したと貴方、言ったわ」
痺れを切らしたようにリオさんが僕の隣のソファにやってきて、腰を下ろす。リオさんには先にナッツさんと話し合った通り……全ての事情を話してはいない。まだ迷っているのか、と僕を責めている風ですがその様に彼女が焚きつけて来る事も計算済みですよ。
僕は無意識で眼鏡のブリッジを押し上げてしまいましたね。リオさんに、これがある意味芝居である事がバレないようにふいと心にもない事を交える……失態を嘘で覆い隠すのは僕の常です。
「リオさん、人間というものは些細な言葉で傷を負うものなのです。あなた達のリーダーだったランドールさんと同じように、ウチのリーダーに接する事はしない方が良い。僕が言うのも何ですが、この人はこれで結構打たれ弱いのです」
ナッツさんに漏らした事とは全く逆方向のセリフをこの通りに吐いている訳ですが、僕のセリフなんて大体のがこんな具合に嘘だったり煽ったりしているだけですので、その辺りはもういい加減、皆さん慣れて下さいね。
「上手いだけです」
「何が」
ヤトと、リオさんが同時に訊ねて来たのに僕は……手を組んで視線を隠しながら言った。
「この人は、頼るべき人が周りにいると途端演技が上手くなる。痛くないと笑うのが上手なだけです」
痛い所、付いてますよね?ヤトは案の定顔を逸らしています。それを見てリオさんもそういう所あるわよねぇ、という風に顔を逸らしたヤトを見ている。
「僕は多分、貴方を傷つける様な事をしたくないのでしょう。だから推論で物事を進めるのが気に入らない。出来れば全て分かった上で、差し支えない嘘でもって貴方を傷つけないように綺麗に騙せたら良いなぁと思っている訳です」
「……てか、それを俺に明言しちゃうのもどうかと思うが」
嘘は本当を混ぜ込んで使う事が重要です。僕は微笑んで改めて彼に向けて顔を上げる。
「ヤト、僕は南国カルケードに残ります。いえ……残らせてください。とてもじゃないが貴方の側についてはいけない」
「どういう意味だそりゃ」
「……推論を受け入れたくない。すなわちどんなに可能性が高くても僕は、今鑑みられている事実を信じたくないのです。正直逃げています。推論が当っているかどうかを確かめに行くのがぶっちゃけて嫌なのです」
怪訝な顔を返されましたね、そうでしょう……そう簡単にこの僕の『思い』は、理解されるべきでは無い。
「お前がそんな事言うと俺も不安になるじゃねぇか。怖い事言うなよ。しかも『俺もここに残るぅー』はダメなんだろ?俺は南国から離れなきゃいけねぇわけだろ。つまり俺はそれを確かめに南国から出て行かなきゃいけねぇって事じゃんか」
「よくご理解頂けていますね」
「要するにお前は俺に向けて何かを説明するつもりが無いって事か?とにかく指示するからちょっと『どこそこ』に行ってらっしゃい……と」
「おっしゃる通り」
彼はまじまじと僕の顔を見てから、何時もの様に諦めたようなため息を漏らす。
「それで、俺は何処に行けばいい。それで……誰と戦ってくりゃいいんだよ」
「それを僕から申し上げる事が出来ないのです」
「貴方が知りたい事があったら私が答えるわ」
そう言ってリオさんが立ち上がりましたね。そう、そういう段取りでおります。
「私が道案内を引き受ける。今の所トライアンが怪しいと思っているの。とりあえずそこに行こうと思う。何しろ例の謎の魔王軍が出現した場所になるわけでしょう?ルドランからもそれ程離れてはいないし……ただ国境を越えられるかどうか、というのが不安だけれど……」
「何の話だ」
「……色々、道中説明するわ」
その後、カルケード国王ミストラーデに出国を伝えずに国を出ようとした所、すったもんだあってヤト達のトライアン行きに、魔王八逆星のクオレが加わる形になりました。
流石にそれは、僕も全く予想していない展開でしたねぇ。
クオレが、エルーク・ルーンザード・カルケードである可能性については察していたのですが、ミスト王がそれにどうやって気づくものかと、双子の絆を侮っていました。
家族、兄弟、思い人、など。
強く繋がれた関係性の間に在る、絆、などという理論的では無い不思議な繋がりと、不条理な感応。そういう事があるという前例は把握していても、どういう場面でどのように働くのか、外部にある僕らには察知しようがない。
理論的では無い事に、魔導師はどうしたって対応が遅れる。たまにこういう勘のようなものを理論より先に立たせて物事を考える魔導師も居ますが、かなり稀です。
ヤトをトライアンへ旅立たせるに、道案内をするのはリオさん。アベルさんはヤトから離れる事を良しとしませんし、離す説得が出来そうにないとナッツさんも匙を投げましたからね、自動的に一緒に行く方向で調整するしかない。そんな二人のお目付け役としてアインさん、それからマツナギさんが同行するのに……アービスは元よりトライアンへの道案内をする予定でしたがさらに、クオレも加わった形になりました。
ナッツさんとテリーさんが着いて行かないのは、グランソール氏の傍に居る事を選んだからです。こちらに居た方が、ランドールやテニーさんと遭遇する率が高いとテリーさんは考えている様ですね、彼もどちらかと云えばヤトを支えてしまう方の人間なので策を弄さずともこちらに残ってくれたのはありがたい。
マースさんが残ったのは、アービスを団長と慕う自分を律した都合、との事です。
ところで、クオレとの騒動のお蔭で、ミストラーデ国王に黙って国を出る事は出来なくなりました。
というのも先にヤト達は旅立させて、僕らは意識が戻らないワイズをどうするか、という事でまごついていて今回もミスト王の方から推し掛けられてしまったのです。
「また、君たちは俺に黙って国を出て行くのか」
最終的にワイズ氏をテリーさんが背負って行く事になり、ようやく荷物を纏めて夜中にこっそり月白城を出ようとした所、ですね。
外舘の入り口で待ち構えていたミストラーデ国王の姿が、月光が白壁に反射して明るい外から影になって立ちはだかっている。
「ヒュンス隊長は……」
「今回ばかりは私も黙って行かせるつもりはないぞ、そういう段取りだとしても、だ」
ミスト王の背後から、背の低い地下族が顔を見せる。ヒュンス・バラード隊長もご一緒でしたか。
一応、国は出るという方向で話は纏まっていて、ヒュンス隊長に了承を得ていた形なんですけどねぇ……また国王に直接報告しないで出て行く気だと、流石に何度も同じ手は食わないとばかりに今回は、御目付役隊長公認らしい。
「どうしていつも俺に黙って行くんだ?」
「それは……何も聞かず、黙って見送ってくれる方では無いと把握しての事、と云った所でしょうか」
「俺に事情は話せないのか」
国王として僕らと話すつもりは無い様で、まだ王子だった頃の様な我儘を言う風で詰め寄って来る。ヒュンス隊長は、あえて黙っている様ですね。珍しくナッツさんが前に出て来てくれました。
「貴方の耳に入れておいては為らない話も僕らは抱えています。王様は色々お知りになりたい様ですが、王であるからこそ耳を塞いでいなければならない事もあるのでは?」
「それは弁えているつもりだ」
そう言った王の背後、奥の暗がりであの堅物のヒュンス隊長が肩をすくめて見せている。
「どーすんだ、強引に突破するのか?」
と、ワイズを籠に入れて背負っているテリーさんが拳を合わせるのをナッツさんは抑える。
「それ程火急の事でもないし。しょうがない、少しだけ話をしようか」
館を世話する人達は、僕らが夜中に出て行く事情を組んでいたからまだ起きていてくれました。既に状況は察していたとばかりに、即座お茶が出てきたことに僕は苦笑するしかありませんよ。
国王が突然こんな城外れの館に単独でやってきた事にむけて、にさほど驚かないのは国民性でしょうかね。元来カルケード国王というのは何時の世でも、比較的自由に国中を歩き回る様な親しい存在の様です。いや、流石に国王ともなると自由自在と云うわけでは無いと思うのですが……少なくとも、国民の多くが国王となった人を実際に見知っている。
エイオール船の船長、ミンジャンも然り。
一先ずテーブルについた僕らに向けて匂い立つ発酵茶に甘い御茶請けが出され、ミスト王はそれを遠慮なく啜りながら言いました。
「隊を二つに分ける、一方はヤト君や……クオレで、でそれがすでに旅立った事はヒュンスから聞いた」
「それで、この様な夜更けに城を飛び出して来たというのですか」
「そんなところだよ」
僕らがその、夜中にも出立するだろう事は……学習されてしまった訳ですね。
「君達が、我が国……いや、カルケードに負担となる事を避けて出て行くという事情は理解しているつもりだ。別に止めたくて来た訳では無い事は……勿論分かってくれている事だと思う」
「僕らが出国するのは、あくまで僕らの自発的な運動であり、展開によっては僕らがカルケードに滞在していた事実を隠蔽する方向で動かねばなりません」
「……承知している」
王の隣で、寡黙な忠臣も無言で頷いた。そこは特に強く説明してあって、そういう都合僕らがまたしても黙って国を出て行く事は王もすでに承知の上だと無言で言っていますね。
それでも、黙って行かせたくなかった。
王は、僕らの事は関知しないでいる事が一番なのです。
エルーク、もとい魔王八逆星クオレの事も同じく、彼が実の弟である事や、新生魔王軍の元になってしまっているだろうヤトという『魔王討伐隊の一人』の事など、知らない事にしておいた方が都合がいい。
仮にも国王なのだから、他国と情報戦をやり合う時に不安定に振る舞うカードは持つべきでは無い。勿論、国の代表であるからして、事実と実際の手札が一致している必要はありませんが……ジョーカーは、切り札にもなりますがゲームによっては持っている事で不利にもなるカードなのです。ババ抜きなんてまさしくそうでしょう?
それなのに、こっそり逃げ出す僕らを捕まえて何をしているのか。
勿論、僕らはカルケード王に正式謁見して『僕らはこれから逃げますね』などと形式ばってやっている場合では無い。
それなのに、この若きカルケード国王は一言挨拶が欲しいと我儘を言っている様なものです。
理論的ではない、全く持って無駄な要求ですよ。
でも……今は、彼がそう願う気持ちが分からないでもないですね。僕も段々その、理解出来ないと思っていた事を理解できるようなっているのかもしれません。
いかんともしがたい感情が引き起こす理不尽に、何故か僕らは振り回される。
それは『思い』であって『重い』となって僕らの足や手を一瞬、留めるのです。
しばらく、ミストラーデ国王は……いえ。
この場に居るのは一人の青年ミスト・ルーンザード、でしょうか。
しばらくじっと、無言で何かを考える様に口を閉ざしました。
彼は見た目は若いとはいえ、実年齢的にはヤトの倍は生きているはずです。血脈的にはフレイムトライブの祖となる一族なのがカルケード王朝ルーンザードですから、人間の倍から数倍は長生きするはずですよ。ただ……成熟する速さはその分遅いのかもしれませんが。
僕らは彼が、何を言いたくてここに僕らを留めたのか。……こちら側のパーティが比較的我慢強い人が残っている都合、誰も口を出さずに待ちました。
「彼の……ヤトの状況を、未だ推論とは聞いている。それでもいいから俺に、教えてくれないか」
「何故ですか?」
出来れば推論の域の事など不用意に洩らしたくない僕は即座、そう切り返してしまいましたね。ふいと僕の目の前の席に座るテリーさんから見られているのを知り、ふいと目が合う。
「ああ、俺もそれ、出来れば知りたいと思ってたりするけどな」
「聞かなかったじゃないですか」
「聞き出そうとしたっててめぇは魔導師だ、まともな答えを言わねぇだろうが。タイミングって奴が大事なんだよ」
流石テリーさん、聞き上手ですね。元々は人の上に立つ人間として教育されていただけあって戦闘シーンに突入しない限りは極めて冷静です。
「うちのリオさんが最後までグチっていたよ、どうにもレッドは何か大事な事を私に言わないつもりみたいだ、って」
竜鱗鬼で重鎧に身を隠すマースからの言葉に僕は、小さなため息を漏らした。
「では無事リオさんを送り出したので……説明、しますか」
「レッド、」
ナッツさんから少し嬉しそうな声を貰って僕は、メガネのブリッジを無意識に押し上げながら言った。
「前置きしますが本当に、あくまで推測ですよ。想定している最悪な状況としてお聞きください」
するとテリーも小さくため息を漏らしつつ小指で耳をいじりながら言った。
「あの新生魔王軍って奴ら、あれヤトじゃねぇのか?」
「え?」
この場で、それを完全に想定していなかったのは……ミスト王とマースさんだけですね。
「やはり、貴方はそうだと察していましたか」
「こちとら伊達に好敵手やってねぇんだよ。あいつの手癖は剣を振る動作で分かる程度には、ずっとあいつの戦い方を見て来たからな。拳交えちまえば……なぁ」
という感覚は、魔法使いである僕らにはよくわからないのですが。
「ではアベルさんも察しているのでしょうか?」
「いや、あいつには分からんだろ、俺らみたいな戦闘バカじゃねぇし……お前と同じだ」
「……僕と?」
思っていたよりもずっと、内面を覗き見られている事に気が付いて僕はちょっと……焦っていますね。
「分かったとしても、暫くはそんなはずはねぇって自分で否定して無かった事するだろうよ」
「……」
「だから、お前あいつに着いて行きたくなかったんだろ」
「……そこまで見抜かれているとは思いませんでした」
「ここでお前らが一旦『奴』を手放すってんだ、どういう事情なんだと訝しむだろうが」
テリーさんの言葉にナッツさんも苦笑いで頭を掻いています。
「流石ウィン家、鋭いねぇ」
「そういうのは止めろ、そんで……なんで奴は新生魔王軍になってる。そもそもあいつ、自分が生きてる事にめちゃくちゃ不安がってるだろうが。それを知らない訳じゃねぇんだろ?」
「貴方、死国の際で随分励ましておりましたね」
「……見てたのかよ」
「聞いていました」
と、僕は主導権を取られるのが嫌なのでにっこり笑って言っておきますよ。
「今は、梯が外されて前よりは声が遠いんですが……もうそれに不安は抱いていません」
「あ、探査の糸付けてる訳じゃないんだ?」
意外、という風にナッツさんから言われましたが、そもそもアーティフィカル・ゴースト関連で繋がって居ない限り、どうにもあの男との魔法的な相性は最悪なんですよ、僕は。
「というか、どうにも彼に縁付け魔法が付加出来ないのですけど……ナッツさんはどうですか」
「確かにすごい苦労したな、無意識的な魔法防御が高いとか、そんな感じでは無いよねぇ、あれは何なんだろうか、とにかく今はなんとか辛うじて探査の糸を着けてる感じだけど」
「そうですか、まぁこのようにナッツさんが監視してくれているので……今は僕の方でヤトの事はほぼ見聞き出来ていません」
魔導師というのは『知りたい』という欲求の為に、息を吸って吐く様な自然さで諜報活動はするものなのです。
「近くに居る限りは同行は常に注視しておりました。しかし……注意していたにも関わらずシエンタで攫われていった事があったでしょう?あれでね、僕は悟ったのです」
テリーさんは魔導師というモノについて再確認して居る様な微妙な顔をしていますね。
「本人が警戒していなければ、周りがどんなに警戒しようがどうしようもないのだと」
そりゃそーだろーな、というように一同苦笑いを浮かべるのに向けて僕は例によって微笑んだまま続けました。
「そう考えれば現状はヤトの自業自得です。リオさんのおっしゃる通り、三界接合という禁忌技術で肉体的な複製が行われていましたが、これは旧来の魔王軍でも使用されていた事だろうと思います。今、それが彼の複製体に切替わった可能性が高い。それは……魔王軍化しても黒い混沌の怪物に変わる事がなく、場合によってはある程度の意識を保ったままという特性を見出されてしまったからだと推測します」
「じゃ、あの鎧の連中は魔王八逆星に屈してるって事だよな?複製とはいえ……」
「いや、リオさんの話では三界接合術というのを使ってもね、人間の完全な複製は作れないんだよ」
ナッツさんの言葉にテリーさんは比較的即座、その意味を察しましたね。
「……そうか、中身が奴じゃねぇのか……?あれか、大蜘蛛が連れてたガキみたいな感じで技能は奴だがどうにも……中身が違う」
テリーさんはそう推測する間にかなり険悪な顔になりましたね。
自然とランドールの事を思い出したのかもしれません。
王の器、入れ物、ランドールの中に何か違うモノが入ってしまって変異している事、その辺りに何か思う所がある様です。
まず、その前に推測される新生魔王軍の作り方を解説しましょうか。
「新生魔王軍を構成するのに必要な『材料』は、四つですよ」
「そういうテンションで説明するからお前、奴から毛嫌いされてるんじゃねーのかよ」
若干某料理教室のノリで入った事は認めますが、何をしようが好かれる事は無いと思うので今更機嫌を取る様な事をする、意味が分かりませんねとテリーさんに向けて笑って答える。
「まずは、複製する人物の……細胞が必要です」
ナッツさんとテリーさんだけなら、大人しくリアル用語の体細胞とか染色体とか遺伝情報とか云う言葉を使って説明する所なんですが、こっちの世界だとそれはまだ魔導師一部の専門用語に過ぎない上に、ゲノムまで正確に理解して生物改造を施している者などは現在『シンク』しています。それらの技術とは、すなわち三界接合術なので禁忌に触れてしまうからですね。
それなのにある程度リアルからの知識を得て理解している僕は禁忌に触れていないのかって?だから、それは魔導師的な詭弁上、知っているだけでは罪に問われないという奴ですよ。
「サイボウ、というのは」
ミスト王の質問に、そう、まさしくそういう反応が欲しかったのですと僕は思わず頷いてざっくりとこれに応えましょう。
「死んでいない肉、と考えて頂ければ。形状の都合、体液の類が好ましいです」
「……てことは何か、トライアンに居るのはその、死んでない肉か」
テリーさん、三馬鹿エズ組などと括られている事が多いですが、この人実は……バカじゃないのでは?
「その可能性が極めて高い……と、推測しています。それがルドランに在ったのであれば、現状カルケードに新生魔王軍が押し寄せる事になっていないはずだと思っています。ランドールが壊滅させたはずですからね」
「……そんで、それがどうしてどーなってあーなるんだ」
「ええ次に必要なのは『死んでいない肉』から取り出したものを、三界接合術の応用で、増やす事です」
「サンカイセツゴウ、という魔法技術とは、ようするに一つから多数を取り出せる技術という事か?西方にある錬金術が志す思想に似ていると思うのだが」
ミスト王は勤勉であられますね、南国は魔法に対する知識が圧倒的に低いという認識ですが、その分知識の層は広いとお見受けします。
「よくご存じですね、正しくそれに近い技術に応用が効きます。だからこそ逸脱した事を多く引き起こすとして魔導師協会では禁忌とされているのです」
「成る程……それで、魔王軍という多数系を成すのだな」
「魔王軍は……人から成る事はすでに国王陛下には御申告している通り。西方では魔王八逆星による町の占拠、破壊行動など多くの蛮行がありましたが、それでもいなくなった人の数と魔王軍の数がどうにも一致しない。魔王軍の方が、圧倒的に多い」
「リオさんもそれで魔王軍には三界接合術が使われているのではって、疑ってたよ」
マースさんも僕の話について来れるようですね、結構。
「では次に、必要とされる要素は……順番が前後しますがとりあえずは……増やした肉の早期育成に必要な、時間です」
「禁忌のオンパレードだねぇ」
ナッツさんが相変わらず緊張感無く呟いた。
「新生魔王軍が、肉体を切っても中々死なないあの仕様は……」
「魔導都市に出たエルドロウの魔法の所為だな」
正しくは、学士の城に現れた魔王八逆星エルドロウ、ですけども。
「魔王八逆星の中に高位魔導師が一人いる様です。彼は時間の魔法という禁忌を犯して封じられて、魔王討伐送りにされたのですが……魔王八逆星として戻ってきている様なのであのような異常な事態を引き起こす魔法が付加されている」
ナッツさんはその辺りを正す事なく、ミスト王に向けて『時間』という要素を司るであろうエルドロウの説明をしてくれました。僕は……出来ればその魔導師についてはあまり、語りたくはないというのが正直な所です。そもそもエルドロウが魔王討伐に向けられたのは、彼を元にアーティフィカル・ゴーストを作った僕の所為なのですから。
特に説明しておかなかったと思いますし、今後も仲間たちに向けて詳しい事を話すつもりはありませんが……要するに、第一次討伐隊に向かったエルドロウというのは、首の無い僕の師匠、アルベルト・レブナントの方なんです。
どうやって魔王討伐に向かわせたのかは知りませんが、まぁ死霊使いの魔導を用いれば首が無い死体くらい魔法でどうにでもなる事は分かっているので、ジーンウイントが何か小細工をして送り出したのでしょう。
そんなエルドロウがどうして今、馬の頭を二つ付けた異形の姿になっているのか、勿論よくわかりませんけれども……少なくともそれが、師のアルベルトでは無い事だけは確かな事です。
エルドロウの所作は師らしい鱗片が伺えない。そもそもアルベルトの意識は確実に僕が刈り取り、消去したのです。彼が自分を『エルドロウ』だと認識する通り、あれはアーティフィカル・ゴーストとして概念で呼び出した死霊、エルドロウ。
その方が、僕としても都合が良いですし……ね。
ミスト王に留まらず、魔王八逆星について詳しい話を僕らは、あまり外部に話してはいません。情報屋であるミンジャンにだって、魔王八逆星について僕らが知っている全ての事を情報共有させているわけでは無い。
たとえそれが一つの国であっても、事実を知ってヘタな攻撃対象になっては困ります。エイオール船はすでに攻撃対象に入っている可能性もあるのですから、彼らに渡している情報には細心の注意を払っている。
今回は、ミスト王とヒュンス隊長に向けて特別に事情を説明するしかないとナッツさんも腹を据えた様です、僕も……もっと自分以外を信頼し、時に責任を任せていく様にしなければなりません。
「魔王討伐送り……それは第一次魔王討伐隊、という事だな。……叔父のアイジャンもそうだったが、魔王討伐として魔王に近づくものは、どうしても魔王という存在に近づいてしまうものなのか」
「……」
ある意味、そうなのかもしれません。
震源地が魔王である限り……それに近づく者も近い存在に成り下がっていってしまう。第一次魔王討伐隊からしてもそうですが、今第二次としてヤトと、ランドールの存在がそちら側に傾き始めている。
「よくわかんねぇな……時間を早送りして、それで全部が全部元になった奴と同じに……ええと、成るか?」
と、テリーさんは恐らくリアルの知識による横やりがあって、その様に疑問を呈している様ですね。事を訊ねるに言葉を選んでいる。
テリーさんが疑問を呈しているのは、魔法なら何でも在り、とはいえ……三界接合で複製するのはあくまで肉体のみ。その肉体を極めて短期に育てられる方法があるとして、例えて試験管の中に入りっぱなしで適正な筋肉を生成出来るのか?
という問題でしょう。
筋肉というのは経験の結果に身に付くものです。要するに、体を動かし負荷を掛けない事には発達しない。電気によるショックを使えば筋肉は育つという考え方もありますが、イガラシ-ミギワのいる『現実』でも完全に認められてはいない技術が、こちらで細かくコントロールして肉体生育に応用できるレベルに在るかは疑問です。
それに……全く同じ肉体として複製された二つの存在が、その後必ず同じ人生を送るとは限らない。
問題なのは経験です、経験を選ぶ精体、すなわち精神というものが在るかどうか。
「というわけで最後に四つ目として、何と説明しましょうかね……そうですね……言うなれば記憶情報の植え付けが必要になります」
「データのコピペ……か」
口の中で、思わず呟かずにはいられなかったのでしょう。
この場では取得している経験値を削る可能性のあるNGワードをテリーさんは口にしましたね。しかし、それをマースさんやミスト王はほぼ聞かずに何か考えている。最初に口を開いたのはマースさんです。
「その、記憶の植え付けをするのがナドゥという人ですよね?」
推理は、ここまでくれば容易い事なのでしょう。
そもそもナドゥからしてそうやって、分裂して多数になっている可能性が極めて高いイレギュラーである事はこの段階ですでに暴かれつつある事です。どうやってそんな事を実現したのか、そもそも実現させるにナドゥは記録の付け替え、すなわち『経験値の取得』という特殊能力を持つ事を仮定出来るなら……全ての原因は彼に集約するのは分かり切っている。
「アービス団長は……自分は、作られたんだって言ってました。アービス団長は元来は北魔槍の団長でもなんでもない、でもどうしてもディアスの四方騎士、北魔槍のアービス団長が必要でその都合あの人は、そこに『作られた』んだって」
「ならば、北魔槍団長アービスというのも第一次魔王討伐隊に居たという事か?」
「それは、ご推察の通りです」
ミスト王は、そういう事かと低く呻いて深い息を吐く。
「一次討伐隊が全て、魔王八逆星として反転し世に在るわけでは無い様です。あくまで一部がそのように自称して世界に戻ってきて……そして、事も在ろうか彼らはこの世界に起きた不正を正そうとしている」
「世界に起きた不正、とは?」
繰り返されて問いただされて僕は、ミスト王が分かる言葉を探してこれに応えました。
「大陸座の排斥です」
「……」
「カルケードではあまりなじみの無い問題かと思いますが、他はそうでは無い。少なからず大陸座という存在のおかげで狂ってしまった物事があるのです」
「ファマメント国では偶像崇拝は禁じられていて、信仰の対象である神の言葉を替わりに遣わす、神の使いとして白皚皓という役職が在る訳ですが……これが、神そのものになったとしたら?宗教としては致命傷なんですよね、教義が全く伴わなくなる」
ハクガイコウ代理であったナッツさんは自分が所属する宗教団体を守りたい訳では無く、別段大陸座が現れた事に天使教としての危機感は実際、持って居ない様ではありますが……。天使教幹部の言葉とするなら、説得力はあるでしょうね。
「多くの国で、大陸座は魔王ギガースを倒す為に『大陸座』として力を振るった。それは魔王ギガースの行いと大差無い事である……と、悟ったのが魔王八逆星です」
「……確かにそれは、おいそれと暴かれてよい部類の話では無いな」
それで、とミスト王は顔を上げる。
「君たちはそれでも魔王八逆星と戦ってくれるのか」
「勿論だ、正当性がどうあろうがやり方が気に食わねぇ」
テリーさんが好戦的に言った言葉の通りです、と僕とナッツさんは小さく頷く。勿論、この世界のキャラクターが把握できないシステム上の問題、レッドフラグというバグの所為だとは……言えませんからね。
「実の事を言えば、少し君たちの事を疑っていたのだ」
「そうですね、本来であれば僕らの事はもう少し怪しんで慎重になって頂きたい所ですので、それを聞いて安心しました」
君は王様に向けても遠慮しないねぇ、という風にナッツさんから呆れた顔をされましたが、いやいや……ミストラーデ国王に向けてはこれが正解なんですよ。少なからず天然ボケな所はあるように見受けられますが、それでもウチの人柱勇者なんかよりずっと頭が回る、正しく王として苦悩を極めるであろう苦労人なんですから。
辛辣になったとしても、本音だと分かる事を伝えた方がきっと……心は休まるのです。
「そこまで深くこの世界の行く末を見通して戦う事を選んでいるのなら、きっと君達の選択はどこまでも正しいのだろう」
今は、その様に信じてくれる人が居る、それだけで多分……僕らはこの路線で戦えるのです。ヤトが居るならそんな様な事を言うでしょう。僕も彼の『思い』が理解出来る様になってきたのかもしれません。実に非合理的だとは思いますけれどね。
もっとも、今は魔王八逆星側が絶対的に合理的だとは考えてはいません。
大陸座という存在がホワイトフラグを立てたシステム的に優位な異端である、それをより理解しているのはナドゥ達ではない、どう足掻いても僕達の方です。
魔王八逆星には残念な話なのですが、やっぱり魔王ギガースの問題を解決するのは彼らではなく彼ら曰く『勇者』たる……僕達の方なんですよ。
でもそれを魔王八逆星に説明する術が無い。
それが、不幸である様にも今は思いますね。
南国に新生魔王軍を連れて来たのは、仮面で顔を隠した魔王八逆星のクオレでした。
彼の絡んだ問題などもあり、月白城で情報交換や今後の事を調整するのにあまり時間をかけている場合でもなかった。
ある程度の方向性が固まって、僕は即座ヤトを捕まえて部屋の一つに招きました。
僕らは月白城のすぐそばに在る迎賓館の様な館に居を移していまして、そこで新生魔王軍を叩くべく待機している状況でしたが……新生魔王軍撃退は、僕らの仕事ではないのですよ。
ヤトをテーブルのある部屋の椅子に座らせて、僕も席に着くなり突然に口を開く。
「我々はこの国を出ませんか?」
「……はぁ?」
まぁ、そういう返事になるでしょうね。僕は懐から一枚の紙を取り出してテーブルの上に広げました。怪訝な顔でヤトはそれを覗きこみ、テーブルに手を付き、それをじっと睨みつける。これは……人相書きですよ、今南国で緊急手配している、新生魔王軍についての情報提供を求める為のチラシです。
これが、誰の顔であるのか理解出来ない程彼もバカではないでしょう。
「あまり答えを求めて迷っている場合では無いかも知れません、昨晩城の方に情報屋とリオさんを連れて、ヒュンスさんと話し合いを行ってきましたが……結論が変化しませんでした。むしろ確定に変った気配がしまして」
ヒュンスさんはカルケードの隠密部隊の隊長さんです。何時も唐突に行動する僕らの為に、国王陛下との間に入って緩衝してくださっています。
ヤトは、僕の言葉の意味を良く取れなかった様で顔を上げ、怪訝な顔のまま首をかしげる。
「何のだよ?」
「……南国が西国から攻め込まれるだろう、というクオレの言葉があったでしょう?あれ……強ち虚言ではなさそうなんですよ」
意味が分からない、という風にさらに眉を潜めるので僕は言葉続ける。
「本当の事を言うと僕は当初からミストラーデ王を頼るのはどうだろう、とも思っていました。こうなるかもしれない事を懸念は、していたのです。しかし、ランドールから南国におびき寄せられている事もある。最終的にご助力願う事にしたのはカルケードが比較的大きな国だからです。多少の陰謀に巻き込まれても容易く揺るがないだろうという打算から……結果今の状況に舵を切りました」
こういう時は、笑いはしませんよ。今回は打算も裏の計画も無いのです。
僕は極めて真面目に言いました。
「僕らはこのままでは、南国にとって大変なお荷物になってしまう可能性があります」
ヤトは、暫く考え込むように視線をテーブルの上に落として黙っていましたね。
頭は回らないと自負している彼ですが、それでも色々考える事はあるようです。テーブルの上に出していた手を、ふいと強く握りしめて何かを堪えるようなそぶりになる。
「戦いましょう?」
突然掛けられた声にヤトは驚いた様に顔を上げた。
ええ、実はここリオさんの部屋なんですよ。リオさんの部屋に招いて先に状況説明をしているのですが、リオさんは最初から窓際で腕を組み、静かこちらを伺っていたんです。
「貴方はその、タトラメルツを破壊してしまったという事実から逃げて居る訳じゃないでしょ。認めてしまうだけじゃ戦う事を放棄しているのと同じだわ。貴方に降り掛かる可能性がある悪意は、貴方に振られた戦いでもある。……受けて立って欲しいと私は思っているわ」
「……それは、どういう」
不安そうですねぇ、僕はそういう彼の為に手を差し伸べてゆく道を示す役と心得ていますから、こういう時は何故か笑ってしまうんですよね。
「勿論、僕らは全力で手を貸しますよ。貴方一人では戦えない、そいう相手と貴方は『戦う』のです。ですから、一人で自分の所為だなんて背負うのは辞めてくださいと、そう言っているんです」
それを聞いてヤトは苦笑を漏らしてテーブルの上の似顔絵付きのチラシを乱暴に掴んで握りつぶす。
「で、俺はどう戦えばいいんだ?」
腹は括ったようですね。僕は小さく頷いて話を続けました。
「推測で動くのもどうだろうと思っていたのですが……猶予に構えている場合でもないと説得されまして」
僕は石橋を叩いて渡る、ナッツさん曰く心配性、ですからね。どうしたってあれこれ色々と受け身で物事を考えてしまう所はある様です。
「ワイズの意識だって戻ってないだろう。奴はどうするんだ?」
「ええ、それで。部隊を分けようかと、考えています」
僕は手を組み……思わず、ため息を漏らした。
ここから話す事が今回、彼一人この部屋に呼んだ理由なんです。
「正直、推測で物事を説明したくないのですよね」
「外れていたら痛ぇからな」
また回りくどい魔導師の話が始まったぞ、という風な目でヤトから見られています。
「当っていたとしても、外れていても、です。推測で物事を語ってしまったらまるで、それが予言のように未来を蝕むような気がして」
僕はそこでふいと視線を逸らしてみせます。
「何か、俺に話したくない事情でもあるのか」
そうなんです、ぶっちゃけ話したくはないという雰囲気がちゃんと伝わったようで安心しました。計画通りです。
「何を迷っているの?そういうヒマがないのは理解したと貴方、言ったわ」
痺れを切らしたようにリオさんが僕の隣のソファにやってきて、腰を下ろす。リオさんには先にナッツさんと話し合った通り……全ての事情を話してはいない。まだ迷っているのか、と僕を責めている風ですがその様に彼女が焚きつけて来る事も計算済みですよ。
僕は無意識で眼鏡のブリッジを押し上げてしまいましたね。リオさんに、これがある意味芝居である事がバレないようにふいと心にもない事を交える……失態を嘘で覆い隠すのは僕の常です。
「リオさん、人間というものは些細な言葉で傷を負うものなのです。あなた達のリーダーだったランドールさんと同じように、ウチのリーダーに接する事はしない方が良い。僕が言うのも何ですが、この人はこれで結構打たれ弱いのです」
ナッツさんに漏らした事とは全く逆方向のセリフをこの通りに吐いている訳ですが、僕のセリフなんて大体のがこんな具合に嘘だったり煽ったりしているだけですので、その辺りはもういい加減、皆さん慣れて下さいね。
「上手いだけです」
「何が」
ヤトと、リオさんが同時に訊ねて来たのに僕は……手を組んで視線を隠しながら言った。
「この人は、頼るべき人が周りにいると途端演技が上手くなる。痛くないと笑うのが上手なだけです」
痛い所、付いてますよね?ヤトは案の定顔を逸らしています。それを見てリオさんもそういう所あるわよねぇ、という風に顔を逸らしたヤトを見ている。
「僕は多分、貴方を傷つける様な事をしたくないのでしょう。だから推論で物事を進めるのが気に入らない。出来れば全て分かった上で、差し支えない嘘でもって貴方を傷つけないように綺麗に騙せたら良いなぁと思っている訳です」
「……てか、それを俺に明言しちゃうのもどうかと思うが」
嘘は本当を混ぜ込んで使う事が重要です。僕は微笑んで改めて彼に向けて顔を上げる。
「ヤト、僕は南国カルケードに残ります。いえ……残らせてください。とてもじゃないが貴方の側についてはいけない」
「どういう意味だそりゃ」
「……推論を受け入れたくない。すなわちどんなに可能性が高くても僕は、今鑑みられている事実を信じたくないのです。正直逃げています。推論が当っているかどうかを確かめに行くのがぶっちゃけて嫌なのです」
怪訝な顔を返されましたね、そうでしょう……そう簡単にこの僕の『思い』は、理解されるべきでは無い。
「お前がそんな事言うと俺も不安になるじゃねぇか。怖い事言うなよ。しかも『俺もここに残るぅー』はダメなんだろ?俺は南国から離れなきゃいけねぇわけだろ。つまり俺はそれを確かめに南国から出て行かなきゃいけねぇって事じゃんか」
「よくご理解頂けていますね」
「要するにお前は俺に向けて何かを説明するつもりが無いって事か?とにかく指示するからちょっと『どこそこ』に行ってらっしゃい……と」
「おっしゃる通り」
彼はまじまじと僕の顔を見てから、何時もの様に諦めたようなため息を漏らす。
「それで、俺は何処に行けばいい。それで……誰と戦ってくりゃいいんだよ」
「それを僕から申し上げる事が出来ないのです」
「貴方が知りたい事があったら私が答えるわ」
そう言ってリオさんが立ち上がりましたね。そう、そういう段取りでおります。
「私が道案内を引き受ける。今の所トライアンが怪しいと思っているの。とりあえずそこに行こうと思う。何しろ例の謎の魔王軍が出現した場所になるわけでしょう?ルドランからもそれ程離れてはいないし……ただ国境を越えられるかどうか、というのが不安だけれど……」
「何の話だ」
「……色々、道中説明するわ」
その後、カルケード国王ミストラーデに出国を伝えずに国を出ようとした所、すったもんだあってヤト達のトライアン行きに、魔王八逆星のクオレが加わる形になりました。
流石にそれは、僕も全く予想していない展開でしたねぇ。
クオレが、エルーク・ルーンザード・カルケードである可能性については察していたのですが、ミスト王がそれにどうやって気づくものかと、双子の絆を侮っていました。
家族、兄弟、思い人、など。
強く繋がれた関係性の間に在る、絆、などという理論的では無い不思議な繋がりと、不条理な感応。そういう事があるという前例は把握していても、どういう場面でどのように働くのか、外部にある僕らには察知しようがない。
理論的では無い事に、魔導師はどうしたって対応が遅れる。たまにこういう勘のようなものを理論より先に立たせて物事を考える魔導師も居ますが、かなり稀です。
ヤトをトライアンへ旅立たせるに、道案内をするのはリオさん。アベルさんはヤトから離れる事を良しとしませんし、離す説得が出来そうにないとナッツさんも匙を投げましたからね、自動的に一緒に行く方向で調整するしかない。そんな二人のお目付け役としてアインさん、それからマツナギさんが同行するのに……アービスは元よりトライアンへの道案内をする予定でしたがさらに、クオレも加わった形になりました。
ナッツさんとテリーさんが着いて行かないのは、グランソール氏の傍に居る事を選んだからです。こちらに居た方が、ランドールやテニーさんと遭遇する率が高いとテリーさんは考えている様ですね、彼もどちらかと云えばヤトを支えてしまう方の人間なので策を弄さずともこちらに残ってくれたのはありがたい。
マースさんが残ったのは、アービスを団長と慕う自分を律した都合、との事です。
ところで、クオレとの騒動のお蔭で、ミストラーデ国王に黙って国を出る事は出来なくなりました。
というのも先にヤト達は旅立させて、僕らは意識が戻らないワイズをどうするか、という事でまごついていて今回もミスト王の方から推し掛けられてしまったのです。
「また、君たちは俺に黙って国を出て行くのか」
最終的にワイズ氏をテリーさんが背負って行く事になり、ようやく荷物を纏めて夜中にこっそり月白城を出ようとした所、ですね。
外舘の入り口で待ち構えていたミストラーデ国王の姿が、月光が白壁に反射して明るい外から影になって立ちはだかっている。
「ヒュンス隊長は……」
「今回ばかりは私も黙って行かせるつもりはないぞ、そういう段取りだとしても、だ」
ミスト王の背後から、背の低い地下族が顔を見せる。ヒュンス・バラード隊長もご一緒でしたか。
一応、国は出るという方向で話は纏まっていて、ヒュンス隊長に了承を得ていた形なんですけどねぇ……また国王に直接報告しないで出て行く気だと、流石に何度も同じ手は食わないとばかりに今回は、御目付役隊長公認らしい。
「どうしていつも俺に黙って行くんだ?」
「それは……何も聞かず、黙って見送ってくれる方では無いと把握しての事、と云った所でしょうか」
「俺に事情は話せないのか」
国王として僕らと話すつもりは無い様で、まだ王子だった頃の様な我儘を言う風で詰め寄って来る。ヒュンス隊長は、あえて黙っている様ですね。珍しくナッツさんが前に出て来てくれました。
「貴方の耳に入れておいては為らない話も僕らは抱えています。王様は色々お知りになりたい様ですが、王であるからこそ耳を塞いでいなければならない事もあるのでは?」
「それは弁えているつもりだ」
そう言った王の背後、奥の暗がりであの堅物のヒュンス隊長が肩をすくめて見せている。
「どーすんだ、強引に突破するのか?」
と、ワイズを籠に入れて背負っているテリーさんが拳を合わせるのをナッツさんは抑える。
「それ程火急の事でもないし。しょうがない、少しだけ話をしようか」
館を世話する人達は、僕らが夜中に出て行く事情を組んでいたからまだ起きていてくれました。既に状況は察していたとばかりに、即座お茶が出てきたことに僕は苦笑するしかありませんよ。
国王が突然こんな城外れの館に単独でやってきた事にむけて、にさほど驚かないのは国民性でしょうかね。元来カルケード国王というのは何時の世でも、比較的自由に国中を歩き回る様な親しい存在の様です。いや、流石に国王ともなると自由自在と云うわけでは無いと思うのですが……少なくとも、国民の多くが国王となった人を実際に見知っている。
エイオール船の船長、ミンジャンも然り。
一先ずテーブルについた僕らに向けて匂い立つ発酵茶に甘い御茶請けが出され、ミスト王はそれを遠慮なく啜りながら言いました。
「隊を二つに分ける、一方はヤト君や……クオレで、でそれがすでに旅立った事はヒュンスから聞いた」
「それで、この様な夜更けに城を飛び出して来たというのですか」
「そんなところだよ」
僕らがその、夜中にも出立するだろう事は……学習されてしまった訳ですね。
「君達が、我が国……いや、カルケードに負担となる事を避けて出て行くという事情は理解しているつもりだ。別に止めたくて来た訳では無い事は……勿論分かってくれている事だと思う」
「僕らが出国するのは、あくまで僕らの自発的な運動であり、展開によっては僕らがカルケードに滞在していた事実を隠蔽する方向で動かねばなりません」
「……承知している」
王の隣で、寡黙な忠臣も無言で頷いた。そこは特に強く説明してあって、そういう都合僕らがまたしても黙って国を出て行く事は王もすでに承知の上だと無言で言っていますね。
それでも、黙って行かせたくなかった。
王は、僕らの事は関知しないでいる事が一番なのです。
エルーク、もとい魔王八逆星クオレの事も同じく、彼が実の弟である事や、新生魔王軍の元になってしまっているだろうヤトという『魔王討伐隊の一人』の事など、知らない事にしておいた方が都合がいい。
仮にも国王なのだから、他国と情報戦をやり合う時に不安定に振る舞うカードは持つべきでは無い。勿論、国の代表であるからして、事実と実際の手札が一致している必要はありませんが……ジョーカーは、切り札にもなりますがゲームによっては持っている事で不利にもなるカードなのです。ババ抜きなんてまさしくそうでしょう?
それなのに、こっそり逃げ出す僕らを捕まえて何をしているのか。
勿論、僕らはカルケード王に正式謁見して『僕らはこれから逃げますね』などと形式ばってやっている場合では無い。
それなのに、この若きカルケード国王は一言挨拶が欲しいと我儘を言っている様なものです。
理論的ではない、全く持って無駄な要求ですよ。
でも……今は、彼がそう願う気持ちが分からないでもないですね。僕も段々その、理解出来ないと思っていた事を理解できるようなっているのかもしれません。
いかんともしがたい感情が引き起こす理不尽に、何故か僕らは振り回される。
それは『思い』であって『重い』となって僕らの足や手を一瞬、留めるのです。
しばらく、ミストラーデ国王は……いえ。
この場に居るのは一人の青年ミスト・ルーンザード、でしょうか。
しばらくじっと、無言で何かを考える様に口を閉ざしました。
彼は見た目は若いとはいえ、実年齢的にはヤトの倍は生きているはずです。血脈的にはフレイムトライブの祖となる一族なのがカルケード王朝ルーンザードですから、人間の倍から数倍は長生きするはずですよ。ただ……成熟する速さはその分遅いのかもしれませんが。
僕らは彼が、何を言いたくてここに僕らを留めたのか。……こちら側のパーティが比較的我慢強い人が残っている都合、誰も口を出さずに待ちました。
「彼の……ヤトの状況を、未だ推論とは聞いている。それでもいいから俺に、教えてくれないか」
「何故ですか?」
出来れば推論の域の事など不用意に洩らしたくない僕は即座、そう切り返してしまいましたね。ふいと僕の目の前の席に座るテリーさんから見られているのを知り、ふいと目が合う。
「ああ、俺もそれ、出来れば知りたいと思ってたりするけどな」
「聞かなかったじゃないですか」
「聞き出そうとしたっててめぇは魔導師だ、まともな答えを言わねぇだろうが。タイミングって奴が大事なんだよ」
流石テリーさん、聞き上手ですね。元々は人の上に立つ人間として教育されていただけあって戦闘シーンに突入しない限りは極めて冷静です。
「うちのリオさんが最後までグチっていたよ、どうにもレッドは何か大事な事を私に言わないつもりみたいだ、って」
竜鱗鬼で重鎧に身を隠すマースからの言葉に僕は、小さなため息を漏らした。
「では無事リオさんを送り出したので……説明、しますか」
「レッド、」
ナッツさんから少し嬉しそうな声を貰って僕は、メガネのブリッジを無意識に押し上げながら言った。
「前置きしますが本当に、あくまで推測ですよ。想定している最悪な状況としてお聞きください」
するとテリーも小さくため息を漏らしつつ小指で耳をいじりながら言った。
「あの新生魔王軍って奴ら、あれヤトじゃねぇのか?」
「え?」
この場で、それを完全に想定していなかったのは……ミスト王とマースさんだけですね。
「やはり、貴方はそうだと察していましたか」
「こちとら伊達に好敵手やってねぇんだよ。あいつの手癖は剣を振る動作で分かる程度には、ずっとあいつの戦い方を見て来たからな。拳交えちまえば……なぁ」
という感覚は、魔法使いである僕らにはよくわからないのですが。
「ではアベルさんも察しているのでしょうか?」
「いや、あいつには分からんだろ、俺らみたいな戦闘バカじゃねぇし……お前と同じだ」
「……僕と?」
思っていたよりもずっと、内面を覗き見られている事に気が付いて僕はちょっと……焦っていますね。
「分かったとしても、暫くはそんなはずはねぇって自分で否定して無かった事するだろうよ」
「……」
「だから、お前あいつに着いて行きたくなかったんだろ」
「……そこまで見抜かれているとは思いませんでした」
「ここでお前らが一旦『奴』を手放すってんだ、どういう事情なんだと訝しむだろうが」
テリーさんの言葉にナッツさんも苦笑いで頭を掻いています。
「流石ウィン家、鋭いねぇ」
「そういうのは止めろ、そんで……なんで奴は新生魔王軍になってる。そもそもあいつ、自分が生きてる事にめちゃくちゃ不安がってるだろうが。それを知らない訳じゃねぇんだろ?」
「貴方、死国の際で随分励ましておりましたね」
「……見てたのかよ」
「聞いていました」
と、僕は主導権を取られるのが嫌なのでにっこり笑って言っておきますよ。
「今は、梯が外されて前よりは声が遠いんですが……もうそれに不安は抱いていません」
「あ、探査の糸付けてる訳じゃないんだ?」
意外、という風にナッツさんから言われましたが、そもそもアーティフィカル・ゴースト関連で繋がって居ない限り、どうにもあの男との魔法的な相性は最悪なんですよ、僕は。
「というか、どうにも彼に縁付け魔法が付加出来ないのですけど……ナッツさんはどうですか」
「確かにすごい苦労したな、無意識的な魔法防御が高いとか、そんな感じでは無いよねぇ、あれは何なんだろうか、とにかく今はなんとか辛うじて探査の糸を着けてる感じだけど」
「そうですか、まぁこのようにナッツさんが監視してくれているので……今は僕の方でヤトの事はほぼ見聞き出来ていません」
魔導師というのは『知りたい』という欲求の為に、息を吸って吐く様な自然さで諜報活動はするものなのです。
「近くに居る限りは同行は常に注視しておりました。しかし……注意していたにも関わらずシエンタで攫われていった事があったでしょう?あれでね、僕は悟ったのです」
テリーさんは魔導師というモノについて再確認して居る様な微妙な顔をしていますね。
「本人が警戒していなければ、周りがどんなに警戒しようがどうしようもないのだと」
そりゃそーだろーな、というように一同苦笑いを浮かべるのに向けて僕は例によって微笑んだまま続けました。
「そう考えれば現状はヤトの自業自得です。リオさんのおっしゃる通り、三界接合という禁忌技術で肉体的な複製が行われていましたが、これは旧来の魔王軍でも使用されていた事だろうと思います。今、それが彼の複製体に切替わった可能性が高い。それは……魔王軍化しても黒い混沌の怪物に変わる事がなく、場合によってはある程度の意識を保ったままという特性を見出されてしまったからだと推測します」
「じゃ、あの鎧の連中は魔王八逆星に屈してるって事だよな?複製とはいえ……」
「いや、リオさんの話では三界接合術というのを使ってもね、人間の完全な複製は作れないんだよ」
ナッツさんの言葉にテリーさんは比較的即座、その意味を察しましたね。
「……そうか、中身が奴じゃねぇのか……?あれか、大蜘蛛が連れてたガキみたいな感じで技能は奴だがどうにも……中身が違う」
テリーさんはそう推測する間にかなり険悪な顔になりましたね。
自然とランドールの事を思い出したのかもしれません。
王の器、入れ物、ランドールの中に何か違うモノが入ってしまって変異している事、その辺りに何か思う所がある様です。
まず、その前に推測される新生魔王軍の作り方を解説しましょうか。
「新生魔王軍を構成するのに必要な『材料』は、四つですよ」
「そういうテンションで説明するからお前、奴から毛嫌いされてるんじゃねーのかよ」
若干某料理教室のノリで入った事は認めますが、何をしようが好かれる事は無いと思うので今更機嫌を取る様な事をする、意味が分かりませんねとテリーさんに向けて笑って答える。
「まずは、複製する人物の……細胞が必要です」
ナッツさんとテリーさんだけなら、大人しくリアル用語の体細胞とか染色体とか遺伝情報とか云う言葉を使って説明する所なんですが、こっちの世界だとそれはまだ魔導師一部の専門用語に過ぎない上に、ゲノムまで正確に理解して生物改造を施している者などは現在『シンク』しています。それらの技術とは、すなわち三界接合術なので禁忌に触れてしまうからですね。
それなのにある程度リアルからの知識を得て理解している僕は禁忌に触れていないのかって?だから、それは魔導師的な詭弁上、知っているだけでは罪に問われないという奴ですよ。
「サイボウ、というのは」
ミスト王の質問に、そう、まさしくそういう反応が欲しかったのですと僕は思わず頷いてざっくりとこれに応えましょう。
「死んでいない肉、と考えて頂ければ。形状の都合、体液の類が好ましいです」
「……てことは何か、トライアンに居るのはその、死んでない肉か」
テリーさん、三馬鹿エズ組などと括られている事が多いですが、この人実は……バカじゃないのでは?
「その可能性が極めて高い……と、推測しています。それがルドランに在ったのであれば、現状カルケードに新生魔王軍が押し寄せる事になっていないはずだと思っています。ランドールが壊滅させたはずですからね」
「……そんで、それがどうしてどーなってあーなるんだ」
「ええ次に必要なのは『死んでいない肉』から取り出したものを、三界接合術の応用で、増やす事です」
「サンカイセツゴウ、という魔法技術とは、ようするに一つから多数を取り出せる技術という事か?西方にある錬金術が志す思想に似ていると思うのだが」
ミスト王は勤勉であられますね、南国は魔法に対する知識が圧倒的に低いという認識ですが、その分知識の層は広いとお見受けします。
「よくご存じですね、正しくそれに近い技術に応用が効きます。だからこそ逸脱した事を多く引き起こすとして魔導師協会では禁忌とされているのです」
「成る程……それで、魔王軍という多数系を成すのだな」
「魔王軍は……人から成る事はすでに国王陛下には御申告している通り。西方では魔王八逆星による町の占拠、破壊行動など多くの蛮行がありましたが、それでもいなくなった人の数と魔王軍の数がどうにも一致しない。魔王軍の方が、圧倒的に多い」
「リオさんもそれで魔王軍には三界接合術が使われているのではって、疑ってたよ」
マースさんも僕の話について来れるようですね、結構。
「では次に、必要とされる要素は……順番が前後しますがとりあえずは……増やした肉の早期育成に必要な、時間です」
「禁忌のオンパレードだねぇ」
ナッツさんが相変わらず緊張感無く呟いた。
「新生魔王軍が、肉体を切っても中々死なないあの仕様は……」
「魔導都市に出たエルドロウの魔法の所為だな」
正しくは、学士の城に現れた魔王八逆星エルドロウ、ですけども。
「魔王八逆星の中に高位魔導師が一人いる様です。彼は時間の魔法という禁忌を犯して封じられて、魔王討伐送りにされたのですが……魔王八逆星として戻ってきている様なのであのような異常な事態を引き起こす魔法が付加されている」
ナッツさんはその辺りを正す事なく、ミスト王に向けて『時間』という要素を司るであろうエルドロウの説明をしてくれました。僕は……出来ればその魔導師についてはあまり、語りたくはないというのが正直な所です。そもそもエルドロウが魔王討伐に向けられたのは、彼を元にアーティフィカル・ゴーストを作った僕の所為なのですから。
特に説明しておかなかったと思いますし、今後も仲間たちに向けて詳しい事を話すつもりはありませんが……要するに、第一次討伐隊に向かったエルドロウというのは、首の無い僕の師匠、アルベルト・レブナントの方なんです。
どうやって魔王討伐に向かわせたのかは知りませんが、まぁ死霊使いの魔導を用いれば首が無い死体くらい魔法でどうにでもなる事は分かっているので、ジーンウイントが何か小細工をして送り出したのでしょう。
そんなエルドロウがどうして今、馬の頭を二つ付けた異形の姿になっているのか、勿論よくわかりませんけれども……少なくともそれが、師のアルベルトでは無い事だけは確かな事です。
エルドロウの所作は師らしい鱗片が伺えない。そもそもアルベルトの意識は確実に僕が刈り取り、消去したのです。彼が自分を『エルドロウ』だと認識する通り、あれはアーティフィカル・ゴーストとして概念で呼び出した死霊、エルドロウ。
その方が、僕としても都合が良いですし……ね。
ミスト王に留まらず、魔王八逆星について詳しい話を僕らは、あまり外部に話してはいません。情報屋であるミンジャンにだって、魔王八逆星について僕らが知っている全ての事を情報共有させているわけでは無い。
たとえそれが一つの国であっても、事実を知ってヘタな攻撃対象になっては困ります。エイオール船はすでに攻撃対象に入っている可能性もあるのですから、彼らに渡している情報には細心の注意を払っている。
今回は、ミスト王とヒュンス隊長に向けて特別に事情を説明するしかないとナッツさんも腹を据えた様です、僕も……もっと自分以外を信頼し、時に責任を任せていく様にしなければなりません。
「魔王討伐送り……それは第一次魔王討伐隊、という事だな。……叔父のアイジャンもそうだったが、魔王討伐として魔王に近づくものは、どうしても魔王という存在に近づいてしまうものなのか」
「……」
ある意味、そうなのかもしれません。
震源地が魔王である限り……それに近づく者も近い存在に成り下がっていってしまう。第一次魔王討伐隊からしてもそうですが、今第二次としてヤトと、ランドールの存在がそちら側に傾き始めている。
「よくわかんねぇな……時間を早送りして、それで全部が全部元になった奴と同じに……ええと、成るか?」
と、テリーさんは恐らくリアルの知識による横やりがあって、その様に疑問を呈している様ですね。事を訊ねるに言葉を選んでいる。
テリーさんが疑問を呈しているのは、魔法なら何でも在り、とはいえ……三界接合で複製するのはあくまで肉体のみ。その肉体を極めて短期に育てられる方法があるとして、例えて試験管の中に入りっぱなしで適正な筋肉を生成出来るのか?
という問題でしょう。
筋肉というのは経験の結果に身に付くものです。要するに、体を動かし負荷を掛けない事には発達しない。電気によるショックを使えば筋肉は育つという考え方もありますが、イガラシ-ミギワのいる『現実』でも完全に認められてはいない技術が、こちらで細かくコントロールして肉体生育に応用できるレベルに在るかは疑問です。
それに……全く同じ肉体として複製された二つの存在が、その後必ず同じ人生を送るとは限らない。
問題なのは経験です、経験を選ぶ精体、すなわち精神というものが在るかどうか。
「というわけで最後に四つ目として、何と説明しましょうかね……そうですね……言うなれば記憶情報の植え付けが必要になります」
「データのコピペ……か」
口の中で、思わず呟かずにはいられなかったのでしょう。
この場では取得している経験値を削る可能性のあるNGワードをテリーさんは口にしましたね。しかし、それをマースさんやミスト王はほぼ聞かずに何か考えている。最初に口を開いたのはマースさんです。
「その、記憶の植え付けをするのがナドゥという人ですよね?」
推理は、ここまでくれば容易い事なのでしょう。
そもそもナドゥからしてそうやって、分裂して多数になっている可能性が極めて高いイレギュラーである事はこの段階ですでに暴かれつつある事です。どうやってそんな事を実現したのか、そもそも実現させるにナドゥは記録の付け替え、すなわち『経験値の取得』という特殊能力を持つ事を仮定出来るなら……全ての原因は彼に集約するのは分かり切っている。
「アービス団長は……自分は、作られたんだって言ってました。アービス団長は元来は北魔槍の団長でもなんでもない、でもどうしてもディアスの四方騎士、北魔槍のアービス団長が必要でその都合あの人は、そこに『作られた』んだって」
「ならば、北魔槍団長アービスというのも第一次魔王討伐隊に居たという事か?」
「それは、ご推察の通りです」
ミスト王は、そういう事かと低く呻いて深い息を吐く。
「一次討伐隊が全て、魔王八逆星として反転し世に在るわけでは無い様です。あくまで一部がそのように自称して世界に戻ってきて……そして、事も在ろうか彼らはこの世界に起きた不正を正そうとしている」
「世界に起きた不正、とは?」
繰り返されて問いただされて僕は、ミスト王が分かる言葉を探してこれに応えました。
「大陸座の排斥です」
「……」
「カルケードではあまりなじみの無い問題かと思いますが、他はそうでは無い。少なからず大陸座という存在のおかげで狂ってしまった物事があるのです」
「ファマメント国では偶像崇拝は禁じられていて、信仰の対象である神の言葉を替わりに遣わす、神の使いとして白皚皓という役職が在る訳ですが……これが、神そのものになったとしたら?宗教としては致命傷なんですよね、教義が全く伴わなくなる」
ハクガイコウ代理であったナッツさんは自分が所属する宗教団体を守りたい訳では無く、別段大陸座が現れた事に天使教としての危機感は実際、持って居ない様ではありますが……。天使教幹部の言葉とするなら、説得力はあるでしょうね。
「多くの国で、大陸座は魔王ギガースを倒す為に『大陸座』として力を振るった。それは魔王ギガースの行いと大差無い事である……と、悟ったのが魔王八逆星です」
「……確かにそれは、おいそれと暴かれてよい部類の話では無いな」
それで、とミスト王は顔を上げる。
「君たちはそれでも魔王八逆星と戦ってくれるのか」
「勿論だ、正当性がどうあろうがやり方が気に食わねぇ」
テリーさんが好戦的に言った言葉の通りです、と僕とナッツさんは小さく頷く。勿論、この世界のキャラクターが把握できないシステム上の問題、レッドフラグというバグの所為だとは……言えませんからね。
「実の事を言えば、少し君たちの事を疑っていたのだ」
「そうですね、本来であれば僕らの事はもう少し怪しんで慎重になって頂きたい所ですので、それを聞いて安心しました」
君は王様に向けても遠慮しないねぇ、という風にナッツさんから呆れた顔をされましたが、いやいや……ミストラーデ国王に向けてはこれが正解なんですよ。少なからず天然ボケな所はあるように見受けられますが、それでもウチの人柱勇者なんかよりずっと頭が回る、正しく王として苦悩を極めるであろう苦労人なんですから。
辛辣になったとしても、本音だと分かる事を伝えた方がきっと……心は休まるのです。
「そこまで深くこの世界の行く末を見通して戦う事を選んでいるのなら、きっと君達の選択はどこまでも正しいのだろう」
今は、その様に信じてくれる人が居る、それだけで多分……僕らはこの路線で戦えるのです。ヤトが居るならそんな様な事を言うでしょう。僕も彼の『思い』が理解出来る様になってきたのかもしれません。実に非合理的だとは思いますけれどね。
もっとも、今は魔王八逆星側が絶対的に合理的だとは考えてはいません。
大陸座という存在がホワイトフラグを立てたシステム的に優位な異端である、それをより理解しているのはナドゥ達ではない、どう足掻いても僕達の方です。
魔王八逆星には残念な話なのですが、やっぱり魔王ギガースの問題を解決するのは彼らではなく彼ら曰く『勇者』たる……僕達の方なんですよ。
でもそれを魔王八逆星に説明する術が無い。
それが、不幸である様にも今は思いますね。
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