異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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番外編 EX EDITION

◆トビラ番外編 EX EDITION『そしてこれで君を殴る』

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◆トビラ番外編 EX EDITION『そしてこれで君を殴る』

※何時でも読める セリフ多めの真面目な話※
 作者の人の割とリアルな意見的な話なので
 あんまりおもしろい話では 無いです
 この話に限った事ではありませんが、
 合わないと思ったらスルーしてください ※


 あーあー……あー……マイクアウトのテスト中~

 ………ええと、どうしてもこうなっちゃうらしいな。
 アインさんもそーゆってた。どんなに余裕持ってはじめても結局ギリギリまで時間があればあるだけクオリティ(手間)を込めて最終的には真っ白になるのだってゆってた。

 曰く『満足の行く作品』というのはごくごく刹那的なもので、完成したその瞬間からどうしたって劣化が始まって……永久の反省会に突入して次はこーしよう、次はあーしよう、って意見でいっぱいになるもんらしい。

 絵も文章も校正し始めたらキリが無いんだと。アインさんは字専だかんな。
 だから、完全な納得など出来ていないけれど世に送り出さねばならない。
 そうしなければ何も生まれはしない。
 何かを生み出すために『〆切り』というものは存在する、とかなんか悟った瞳を遠くに投げながら言ってました。
 同時に完璧なモノは一生かかっても作れないって悟れば、何かを生む恐れは少なくなるんじゃないかしら?とか。

 いやさ、俺は別に何も生んだりはしないから関係ねーんだけど。ほら、男だし。

 え?今日はどうしたって?いやな、この駄文日記ブログの前後で察して欲しい訳だが某Rさんという人が今、色々と真っ白く燃え尽きているわけですよ。

 ※ 趣味の漫画描きで一作品脱稿したんだけど 以下略 的な状況……かな ※

 で、替わりににまた俺が引っ張り出されてきたと。脳みその端ん所にある作業領域から。
 確かに、本編終わってる=デフラグが終わっている という具合にきれいに整理された領域に俺はいるのかもしれんな。これから俺達は別の話を紡ぐ予定ではないのでCPUはヘタに割かないし、メモリはきれいに整理されすっかりと形を定められた時間軸(データ領域)の中で存在しうる姿を保っているだけでいい。

 物語を完全に吐き出す、という事は某Rさんにとってそういう事らしい。

 というかまぁ、後付けツールであるパソコンシステムに人間の仕様を例えるのも本末転倒だが、とか苦笑いしてますよ。苦笑いしながらぶっ倒れてます。

 ……とりあえず寝かせておくか。寝かせると美味くなるかもしれん。
 そうそう、発酵食品みたいに。

 とりあえずリブート作業中だと。復活の呪文を四苦八苦して入れてます。
 暫くアップデート作業も放置だったので完全リブートには少し時間が掛るかも、とかゆーてます。
 てか、俺、まだ残ってる作業があるんだ……とかフラグをブツブツ呟いてるみたいだけど……

 あ、立ちあがった。ノロノロとパソコンの前に……次の下準備を始めたようだ……
 ……というわけで暫くこんな具合が続くようです。


 *** *** ***


 伝えたい事メモが残されているのでまずはこっちから説明するか。
 ええと?何がしたくて他人語りなのかって言うと……このブログは稀にガチ話をしてガス抜きの為に設立されているにもかかわらず、最近ガチな話をやってるヒマが無くて辛い……と。

 ふぅん?

 で、ガチ話をするときは大抵こうやってふざけた調子でやる事にしている……。悪かったよ、俺はどうせふざけ担当だよ。

 なぜ自分の口で言わずにこのように、他人の口を使った口調にするのか、というと……
 恐らく照れのようなものがあるのではないか、あるいは逃げ道を作っているのではないかという意識はあるらしい。しかし一番このスタイルをウザい口調になる事も承知でやるのは、

 ようするにニホンサブカルチャーの手法が極めて効率的だ、

 という認識によるのではないか、とか分析するのだそうだ。
 え?何、今日はその話なのか。

 というわけで以下始まるのはですね……ニホンサブカルチャーの手法、
 いわゆる マンガの手法 についてぐだぐだと俺が語ります。

 あえてだな『なかのひと』とか『作者』とかいうものをスクリーンの後ろに置き見えない様にして、俺がスクリーンの前面に映し出された状況で俺が、この話をする、というのがようするに『それ』の事ではないのかと言いたいようです。

 実際漫画じゃない……ようするに画がない……この文字だけのブログでも可能なんじゃないのか?という事をこうやって、俺というキャラクターを使う事で考察してみるって事だな。


 *** *** ***


「具体的な例が出ましたね、実は具体的な例をすでに目撃しているようです」

 あー、やっぱりお前もセットなのね。

「貴方一人で無事に勧められるとは思えませんので。……さて、今回漫才は置いておきましてチャキチャキ話を進めますよ」

 はいはいはい。

「某Rさんはヒラサワススム氏、というアーティストにだいぶ倒錯してますね」

 ファンだ、という事はようするに倒錯だよな。ファンっつっても一般的なファンとかマニア、なレベルじゃないんだよな……別に何でもかんでも飛び付くわけでもないし、ムラムラ来るわけでもない。

「その例えは分かりにくいですね、理論的にすれば要するに人間が持ちうる欲求、生理的欲求を満たす為に倒錯をしているのではない、という所でしょうか。むしろ逆で、生理的欲求を制限するために逆に信奉じみた事をしている。好きだ、というベクトルの方向が一般的な波とは違う方向を向いている」

 一方的、ってのは詭弁だが……まぁいい、それをやるとまた明後日の方向に話が向く。
ようするにだ、Rって奴は……ええと、

「良い言葉が開発されていますよ、ようするに、こういうのは『信者』って言われます」

 そう、それだ。
 信者だな。熱狂者じゃない。熱狂はしない。
 なぜならライブに行ってもキャーキャーは言わない。むしろライブで使われた歌とかセトリに目頭を押さえるタイプ。淡々と作品を閲覧して見えないサインズとかいう奴の直撃を受けてはジワジワと影響力を勝手に『創造』して、その実は自分で作った虚構の影響力に長らく縛られるんだな。
 自分で自分を縛るようなもんだ。

「ちなみに、貴方も似たようなものですよね」

 …………え?
 すげぇ寝耳に水なんだけど……そーか?

「そうですよ、もしかしたら某Rさんも気が付いてなくて今気が付いているのかもしれませんが、根本にある『マイ神』を祀る作法は似ているように僕は思いますね。
 さて、その話はとりあえず置いておきまして……某Rさんはそのアーティストの信者みたいなものです。悪い意味でも使われますが、否定のしようが無いときっと苦笑いをするでしょう。実際、ご本尊に向けて信者ですと言う事すら出来ないので厳密には違う、とか裏から言っています。信者ではあるけれどご本尊は神でも仏でもない、影響力を良く受けてしまう……それをサインズとか用語使ってるわけですが……イチ・アーティストであるというスタンスを貫きたいようです。そこは重要だ、とか必死です」

 必死だな、そんでその話から何をお前は説明したいのだ?

「ようやくこのモードにも慣れてきましたね、軌道修正乙。
 その某アーティストさん、ある時のライブからご本人はステージ上にはあがるのだけれど観客と完全対面はしないようになり始めたのです。映像との融合の都合、そしてウェブという仮想世界のフィルターを再現するかのようにモニタースクリーンの後ろに陣取ってそこで歌う」

 今じゃそれがややデフォルトらしい。しかも何だ、氏はいずれ自身が舞台に上がる必要が無くなるのではないのかという事もそれとなくほのめかしている。

「ええ、某Rさんは前回のライブ『点呼する惑星』はその第一弾だったのではないか、とひそかに感じていたりもするのだそうです。あ、別に危惧するわけではないようです。それはそれでヒラサワならば全然アリだ、というかそれが必要だと言うのならそうなる動きをリスナーごときは止める事は出来ないしする資格もないだろう、と思っているようですね。ふむ、正確ではないですね」

 ……俺にはもうそろそろ良くわからない話になりつつあるのだが。

「リスナーはヒラサワ氏を一切動かす事が出来ないのではなく、ヒラサワ氏を動かす作法は確実に存在するのだがそれは、一般的な作法で、とはならないだろうという認識をしているようです」

 ええと、俺にも分かりやすく。

「……ブログ炎上、とかいうのをご存知ですか?あれと似たような事象に例えるに、ようするに『個人』が『他人』によって操作されてしまう手法がネット社会となった今、存在するのです。匿名に身をやつし、発言の責任を背負わずに『個人』に意見を投げる。今、多くの『個人』は誰が言ったかもわからない、嘘か本当かもわからないこの発言に……そうですね『踊らされる』という悪質な表現があますが。多くの『個人』はこうやって『他人』に踊らされる、ようするに動かされてしまったりする。これは有名人も非有名人も関係ありません」

 んー……俺が把握する限りそのヒラサワ氏?
 すでにその手の耐性はつきまくっていてオーディエンスの要求に対して斜め上対応をする事に慣れきっているというイメージがあるが……

「そうですね、ようするにそういう事です」

 うわー、お前の笑みは相変わらず黒いなぁ……了解、なんとなく把握しておく。
 それで?某Rはスクリーンの後ろに後退し、いずれ舞台の上から『退場』するかもし
れないアーティストの在り方に……何かインスパイアされたわけだよな?

「そうです、ようするにですね、他人をぶん殴るのに自分の拳を振るう必要はないのだと言う事です」

 ……またよくわけのわからん事をお前は言う。

 *** *** ***

 しかし、某Rさんは直接格闘も大好物だろう。サシ勝負とか、ストリートファイトとか、かなり戦いモノ大好きだぞ?

「そうですね、しかしそれは現実でしょうか?」

 あ?

「某Rさんが好きなのは全部非現実、ゲームの中やマンガの中の世界です。ようするに、スクリーンの後ろに退いたアーティストの作法を見て、自分が何か影響を受けている直接的なモノは、実はそのライブというリアルではなくそこで展開されているバーチャルなのではないかと気がついた訳です」

 ……マンガも映画も何もかもが仮想現実だとしても、受け取っているのは紛れもないリアルな自分だろ?

「しかし、受け取るにあたり悪いとは思いつつパソコンの例を出しますが……ドライバーが必要なんですよ。その扉を開ける為のカギ、という概念でもよろしい。仮想現実と現実は直接結びついてはいない。仮想現実を受け取る為には、現実の自分の中に仮想現実を受け止める為のドライバーをインストールするわけです。そのドライバーが適切ではないと仮想現実を現実として受け止める事が出来ないのではないのかと考えたわけですね。入力された仮想現実を受け取る為のドライバーは、ようするにリアルという自分の中に作った仮想現実であるわけです」

 俺は『俺』でありながら、仮想世界の経験を受け取る為にヤト氏がいるみたいな?

「そうですね、その話を広く例に出せれば説明は楽なのですが」

 でも、仮想は仮想、現実は現実だろ。

「それでも履きちがえるのが常なわけでしょう」

 キモチワルイからブラックに微笑みながら言うな!ええと、つまり……

 現実と仮想は直接接続はしない、その間には例えてドライバーみたいな概念がある。
 ドライバーが合致してなきゃ、直面した仮想現実、この場合ゲームや映画や漫画とか、そういうのだよな?その仮想現実を適切に自分の中に取り込むことが出来ない。
 逆に適切なドライバーを使った場合…………ああ、なるほど。

 現実と仮想を取り違えるのは自分自身って事か。

 仮想現実がよく出来てるんじゃない。そいつを受け取るドライバーがよく出来てるって話だな。
 そしてそのドライバーは基本的には外部からインポートしてくるもんじゃねぇんだ。
 自分自身で作ってる。

「そういう事ですね。しかし今の世の中、安易にドライバーをインポートしてくる事も可能だし、適切な接続をしてもらう為に仮想現実配信元が一般ドライバーをばらまいている場合もあります」

 自分自身で外界世界の認識をするための努力を怠る訳だ。ドライバーの作成を他人任せにすると他人の都合でしか仮想世界を認識できなくなるのにな。

「よくわかってるじゃないですか」

 そりゃなー?こればっかりは切実にわかるぞ、俺。
 しかし……仮想現実認識ドライバーのインポート可能ってのは現実においてはえげつねぇんじゃねぇのか?

「時に人間をパソコンに例えるように、極めてエラーの無い平均的な社会を実現しようとすればおのずとそういう側面を帯びるものですよ。仮想現実にも色々ありますが、今世の中にはびこる『仮想現実配信元』はですね、自分たちが作った仮想現実、ようするに『作品』を多角的に捉えられる事を避けようとしているのですよ。それがドライバーの配布という形で表れているわけです」

 ああ、それなんかわかるな、不都合な批評は受けたくないって話にも直結してるよな、それ?

「奔放な『理解』は、時に創造主の思惑とは違った世界の側面を生み出す事になる。仮想現実配信元、いわゆる『創造主』はそうやって改編されていく『自分の世界』が許せない。独占欲とでもいいましょうか、業の深い問題です。時にそうやって世界の乗っ取りがなされてしまう可能性がある限り、自分が作ったはずの世界は綺麗なまま守りたいという感情を完全否定する事は……感情論である以上難しい事です」

 ものはいずれ壊れるんだぜ。絵画だって、時代を経てしまえば劣化するんだ。ずっと綺麗なままなんてありえねぇのに。

「冒頭にあったアインさんの話の通りです。完璧は無い、完璧と思ったものはその瞬間から劣化を始める、それが残念ながら現実です。綺麗のまま、完璧のままと願うのは人間のわがままで、同時にそうあればいいという『思い』はあくまで感情論なのですよね。この理詰めには出来ない感情があるから人は、矛盾に満ちていて、不完全で、そしてそれが『人間らしさ』として評価されているのだと思います」

 結局解決しないもんな。

 いずれ壊れる、劣化する、そんなのは分かっているけどそうならなければいいのにっていう感情があるから物事はややこしくなるってのに……同時にそれは人間として大事だ、とか言われたら、もうそこで理論としてオワタ!みたいなもんだろ。

「ということでぼうアーティストさんは作品(世界)を作るに、それを理解する為のドライバーを一切配信していない。その作品が持つ独自な世界とも言うべきその『仮想現実』を理解するためのドライバーは、自分自身で組み立てなければならない。
 それは理論ではなく作法である。
 故に、作法を守るかどうかは個人の自由だ。他人に理解をさせる為に、某Rさんが作ったドライバーが適切である可能性は微塵も存在ない。そういうトコまで某Rさんは理解したうえで……せめて、出会いの場くらいは提供出来るはずだと信者をなさっているわけです」

 うわー、すっげー分かりにくいツンデレ信者やってるんだなー

「しかたないじゃないですか、相手もすごいツンデレなんですから。
 とにかくですね、この仮想現実を自分の中に取り込む為の手段をドライバーとしたわけですがこのまま、ドライバーとしてご説明しますよ?
 ドライバーを勝手にオートでインストールさせるような世の中には辟易しているわけです」

 んー……で、それと他人を殴る事とかにどう関係あるわけ?

「影響力、という事をそのように例えているわけです。言葉や行動には限りません、影響力の発揮の仕方は様々です。分かりやすいモデルとするに、先のように『仮想現実』として自分の作品(世界)を作り、配信(公開)するという事もそうでしょう。作品を作り公開し、他人の目に晒される事によって他人に少なからず影響を与えてしまう。強弱は関係ありません、他人に何らかの変化を与えている以上作品には影響力があるわけです。そうやって変化を与える事を『殴る』という、少し大げさな表現で表しているのですよ」

 なるほどな……あれか、某の本編でデータ入力云々で説明した話だな……

「某Rさんは長らく、人を殴ってはいけないというスタンスでした」

 ああでも、最近殴ってもいいんだ、に変わったんだったな。でも実は結構前から殴っちゃいけねぇとか思いながら殴ってたかもしれないと。

「ええ、だからもう俺は殴らないよ、と宣言するのは不毛だから辞める事にしたようですね」

 基本的に競いたくないという願いがあるらしいからなぁ……一番になりたくない、一番目指して一番に成れなかったら嫌だろ?みたいな負け犬精神が染みついているとも言う。
 うッ、俺人の事言えないからなぁ……
 底辺の方が落ち着くんだよな。だって、上だけ見てりゃいいんだもん。そこが楽な事を知ってるんだろうなぁ……俺みたいに。

「とかいって、貴方は一応天辺にいるんですけどね」

 しらねー、俺は少なくともそうは思ってねぇぞ。

「きっと同じですよ、競いたくないのではなく『順位など認識したくない』が正しいのです。そも、戦いが不毛だとは某Rさん、思っていませんしね。同時に戦う事を避けて通る事は出来ない、存在する限り何かと戦い続けなければいけないものかと悟ったともいえるかもしれません。もちろん、戦わずを貫く事も出来るのかもしれませんが少なくとも……仮想現実でまぎれもなく戦いが好きなRさん、戦わずを貫く自信はなかったわけです。ともすれば戦うときは戦うしかない」

 何か作らずにはいられない性格だし、その作品を公開する事で自己満足を得ると同時に他人を殴ってしまうかもしれない現実を受け入れ、俺、たまに殴るかもしれないよ?としているわけだ。

「さて……本題に戻りましょうか。某Rさんは他人を殴る事を是とし、殴る手段として直接自分の拳を突き出しているかというと……そうではない事に気がついたわけです」

 殴るべく手段、自分の世界、自分の……作品の事だな。自分の手で作ったものであってもそれは自分自身のコピーじゃねぇ。決して上手く自分を投影出来ているとは限らない、時に姿を偽って都合よく作られた『作品』だ。この場合小説やマンガだな。

「そう、そして時にこの駄文ブログがあるわけです」

 しかも自分の口調を使わない。

「僕らを使い、他人事のように自分を観客的に。いえ、これでも直接的な方でしょう。某Rさんは前々より作品でもって他人を殴ってきたのです。小説やマンガには、某Rさんの趣味的なものもふんだんにふくまれているとはいえ『そのもの』ではない、都合よく演じられた仮想現実世界というスクリーンの後ろに自分自身は完全に隠している」

 なるほどなー……で?

「自分の影響力を世に放つ方法としてサブカルチャーがあり、ニホンにおいてそれは一つの手段としてマンガであるという事ですね。もちろん漫画以外にもありますよ、ドラマや映画や小説も同じです。ニホンのマンガは啓蒙の前にエンターテイメント性がデフォルトとして備わっているわけですが、極めて非現実な世界の展開を2Dに縛るにあたり自由に行えるが為に、相手を殴るべく攻撃手段を極めて的確に搭載することが可能なのです」

 ニホン人、マンガと慣れ親しんでるからマンガ読みの為のドライバー搭載率は高いしな。しかも結構自分オリジナルな奴。

「映画、マンガなどの場合ドライバーは強制的に搭載されている事が多いのですよ。絵、音、動きなどはドライバーみたいなものでしょう」

 じゃ、文字オンリーはどうなんだ?

「そうです、それが本題ですよ」

 *** *** ***

 文字オンリーの媒体はどうなのか。

「ようするに文字の場合は手段が最重要なのです。手段、というのはマンガや映画でも使われています。
 いいですか、もし今回の駄文ブログがカチカチの論文口調だったらどうですか」

 そりゃ、即BACKって奴だ。
 おお、そうか。即バックすなわち、読む気を失わせない為にこのヒドい観客口調が使われているわけだな。

「必ずしもそうなるわけではありませんがね、世の中にはこういう軽い文章が許せなくて、堅い必要最低限な事だけで構成された論文口調しか受け付けない人だっているでしょう。ようするに、時代において適切なドライバーに合わせた『世界』を配信する事も出来ると言う事ですかね。
 こうやってふざけた会話調にしておくともしかすれば、普段こんなかたっ苦しい文章など読まない人にも読んでいただけるかもしれない」

 ようするに、そうやって殴れるわけだな。

「自分の拳、ようするに自分の考えを広げるのではなく目の前にスクリーンを広げ自分を完全に隠し、観客的に演出し……相手を殴るべく『道具』を作る。その『道具』で、殴って良し」

 でもそれってさ、卑怯だよな。
 殴るにあたり自分の手は痛くないんだぜ、道具使ってるんだもん。

「そういうメリットもありますね、という話です。大体相手が丸腰だとは限らないじゃないですか、殴るという事は相手と戦うという事。殴る相手が完全武装していて分厚い装甲を有していたり、事もあろうかトゲトゲがついていて逆にこっちがダメージを受ける事もままあるのです。
 作品は往々にして他人を殴ってしまうものだと知れば、出来れば相手にダメージ通したいとか思うのが戦いを容認した者の感情じゃないですか。理論じゃぁないです、どこまでも感情の問題。
 だから、戦いは道具を使ったものとなったのでしょう?必然だったという事です」

 必然だったのに……あれ、もしかしてそれに気付くのが遅かったって事か?

「ええ、どうやらそうみたいですね。こうやって殴るべく道具(作品)として構築してみる。
 こうやってこの駄文が、今現在他人を殴っている可能性だってあるんですよ。
 某Rさんはそうするべく、でもやっぱり自己満足で作品を作り続けるのでしょう」

 ふむ……なるほどなぁ。

 で、この話はもうこれで終わりなんだけど、昔だったらこの終わりに余計な一文がついてたんだよな。

 『願わくば、この言葉が貴方の心に届かずにいるように』

 ↑こういう意味の文章が最後についてたんだよ。もちろん今は殴っちゃう事は承知しているけれど……長らく貫いてきたスタンス的にはこれだからな。
 実はこれ、

 テメェ殴られっぱなしじゃなくてしっかりカウンター決めくれよ?

 みたいな挑発だったって事じゃねーの?

 ……ツンデレを師事しているとツンデレになるもんかなー……。
 ということで


 おわりだぞ。
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