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番外編・後日談 A SEQUEL
◆トビラ後日談 A SEQUEL 『記憶の楔』
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◆トビラ後日談 A SEQUEL 『記憶の楔』
※本編終了後閲覧推奨、完全なる後日談です※
自分の名前って何だろうなって事、考えた事あるか?
うん、変な事聞いてるって自覚はある。
というか、質問の仕方が悪かったか……?
ようするに俺が聞きたいのは……自分の名前の由来とか、どういう意味だとか、どうしてそうなったかとか。
どこかをピックアップしたいわけじゃない。そういう事ひっくるめて全部について問い掛けている。
自分を形容する名前とは何だろう。
それがあると便利だから付いているのか、どういう理由があったのか。名前に左右された運命はあったか……他人にとってはどうなのか。そして、俺にとってはどういうものか。
俺は自分の名前に興味があるかというと、割とそうでもないと言える。
自分の名前にそんなに愛着は持ってなかった方だと思う。誰から名付けられたのかもわからん状況だしな……ましてや自分で決めた名前でもない。そんなもんに執着はできねぇだろ?俺には両親と呼べる相手の記憶になくて、一体誰から『ヤト』なんて名前を貰ったのかさっぱりわからんのだ。
で、今さらそれを知りたくっても、知っていただろう俺の育ての親はすでに亡い訳で。
確かな答えと云うべきものが絶対に知れないと解っている。
追い求めたって無駄だ。
別に何かしら答えを求める訳ではない、だからこそ、極めてどうでもいいと云う結論が俺の中で出てしまう。
長らくその名前を忘れていた経緯もあるしな。
いや、ホント、マジで忘れてたんだってば。
名前を変えて、以前の俺を辞めて……すっかり別のものになった気でいたんだ。そうでは無いとは言い切れない。
だからふっと、そういう幼稚な事は止めようと思った時にだな。
忘れていたかつての、自分の名前ってのは……ふいと思い出せる物なのかもしれない。
そう言う意味ではやっぱり俺は……『ヤト・ガザミ』なのかもしれないな。
それ以外の何ものでもない。
誰から与えられた名だとかそんなんは関係なく、さ。
一番古い記憶で認識されていた『名前』はそれだから、俺の名前はヤトでいいのかもしれない。
で、今さらそれをどうしたかって?
じゃぁ……改めて聞こう。
自分の名前って何だろうなって事、考えた事あるか?
ふつうはそんな事さほど悩むものじゃぁないだろう。所が今、俺にとってはそれが一番の悩みの種になりつつある。
名前というのは何故当然のように存在し、時に俺という存在以上に『俺』を語るのか。
*** *** ***
世界のどこかで誰かが死ぬと、その死んだ奴の記憶が誰かに統合されるとしよう。
ふつーは起きない事だが、ある、と仮定してくれ。
というかその前に確認しておくが……普通、死ねば記憶なんて脳内幻想はそこでジ、エンドだぞ。記憶は、脳という外部ネットワークを接続しないオフライン物件に閉じ込められているモノだからな。
オフライン物件が物理的にお陀仏すればそこに格納されていた電子情報もクラッシュアウトする。
ところが……だ。そこに何かしらの外部ネットワークが形成されていたとしよう。しかも有線じゃなくて割と最新型に無線式で。
その為に普通は持ち主の死で消えるはずの記憶が、外部ネットワークを通じて外に出て、誰かの生きている記憶媒体すなわち脳へと持ちこされてしまう……。
そう言う事が起きる、としよう。
こういう事は普通起こらないものと想定するべきであり、起きたとするなら怪奇現象もいいところでホラーを通り越してただの電波と捉えられていまうべき事だと云う事は俺も解っている。
理解したうえで、起きてしまう、という事をまずガッテンしてくれ。
ガッテンしたうえで次に進む。
そのように死んだ者の記憶が次々と持ちこされ一か所に集まってくる仕様になったら……その、集まって来られてしまった人の記憶ってものはどうなるのか。
極めてカオスだよな。
自分が誰で何処の何であるのかという記憶が入り乱れ、自分が何者であるのかも見失う事だろう。
すなわち、そんな事が起きたらまず自我崩壊が起きてしまっているからマトモであるはずがない。
うん、マトモであるはずがない。
俺は、いつものマッタリモードで珈琲を啜った。
実に長閑な昼だ、一仕事終えて昼寝越しの珈琲はたまらん。もう少し陽が傾いたらもう一仕事して、夕餉の支度にとりかかる。んで、あと少し細かい仕事をやったら寝るだけだ。
そして、再び太陽が昇ったら起きる。
朝一番の雑務をこなし、朝飯食って野良仕事して昼寝して3時の珈琲堪能してから仕事して夜喰ってそしてまた寝る。
その単調な繰り返しの日々を送っている俺であるが、実はその極めてマトモではない精神状態がこの森でこの生活を始めてからずっと続いていたりする。
べ、別に精神安定の為に珈琲入れてんじゃねぇぞ!?珈琲は元から好きなんだからな!?
精神的にまともじゃない事は十も承知だ。
だから……普段は自分の事はあんまり考えない事にしている。
自分の事を覗き込むと訳が分からなくなる、意識しないようにしていても、ふいとそうやって自分の事を考えてしまう事があって困ったなぁ、となっているわけですよ。
つまり、それが名前の事だ。
自分の名前って、何だろうなって考えてしまう。
俺は……自分がヤト・ガザミである事を多分、忘れつつあるな。
忘れてるというよりは……埋もれている、かもしれない。
自分の事を考えないと云う事は、自分が『何』であるかという事を意識しないと云う事だ。
自分の過去も、それに向ける思いやらも無に帰し、ただ今だけを生きている。
本当の事を言えば生きていたい訳ではないんだけどな。けどま、生きる事になってしまったのだからしょうがない。
というよりは……こういう混沌とした生はもはや、生きているとは言い難いような気もしないでもない。
そう云う事には悩まない事にしてる。
考え出して悩みそうになったら畑の事を考える事にして、鬱憤が溜まったら木を切って畑を開墾する事にしている。
なぁに、一面どこまでも森で、開拓しても一年ほおっておいたらすぐ森から呑まれてしまうような所だ。
珈琲を飲む事だけを楽しみに野良仕事に明け暮れ、その糧で生きて行く事に夢中になれてしまえばもう永遠とこの繰り返しだけで何も疑問なく生きていける。
……というのは、ちょっと嘘かな。
永遠と繰り返すのは良いが実は俺もそれなりに歳を取る。
ずっと若いように言われるがそんな事は無い、ちゃんと歳を取って最終的には病気やら老衰やらで死ぬ。
そして、その記憶は次の体に引き継がれる。
単調な生活を続けていたいが為に、俺は一定の年齢の肉体だけで生きる事にしている。幼すぎてもダメ、歳取りすぎてもダメ。畑耕せねぇんじゃやってらんねぇからな。
多数存在する『俺』の体に、例の無線ネットワークで任意乗り換えが可能になっているがただし、そこに一つだけリスクがあって……。
体を変える時、どうしても俺は深い眠りに落ちなければいけない。
深い眠りの癖に何か夢を見てるな、多分。
今まで経験した全ての俺を追体験するように、嫌が応にも統合された過去の全てを思い出す様な、変な夢を見ている気がする。
新しい体で目を覚ました時、大抵気分がよくないのは多分、その所為だろう。
普段は忘却の彼方に仕舞い込んだ沢山の自分という記憶を一通り眺めなければいけないんだ。で、自分って何だっけとか考えるきっかけが出来てんだよ。
大抵、真っ先に一つ疑問が浮かぶからな。
それが自分の名前って何だろうなって事だよ。
仕方が無く一番古い記憶を目掛けて辿っていくわけだ。
自分の名前がナニなのか解らないから、どうしても自分の事を考えなくちゃいけない。自分が何者であるのかを理解するに、俺は一番古い俺の名前、ヤト・ガザミというものまでたどり着く必要がある。
フツーの人はそんな事しなくてもいいし、そもそも自分が多数あってそれを渡り歩けるとか、そんな芸当はしないわけだけどさ。
在る日ふっと気が付いて思った。
俺は、ヤト・ガザミで居る必要性はあるのか?ってな。
大事な事、例えば……俺がこの森に引きこもっている理由とか、フツーの人はしない生態系を成している事とか、そういう事を理解するんであればヤト・ガザミまで記憶を戻す必要はないよな、って今さらだが気が付いてしまった。
もはや何回目だから分からない、そのうちに統合された俺の記憶は莫大なものになっていて、体を変える度に極めて深い眠りに落ちてしまう。
システムリブートすんのに手間取ってんだろうな。
3日間くらいならまぁ、畑は放っておいてもなんとかリカバー出来るが……1週間とか超え始めたらさすがにダメだ、困る、俺が困る。
ようするに、混沌極まりない俺がマトモであるはずが無い精神状態を脱してマトモであればいいんだろう。
よし、決めた。
ヤト・ガザミはもうやめよう。
名前の事で悩むのはもうやめだ。記憶は、適当に思い出したらもうそこで終わりにしよう。
俺の名前なんて、もうなんだっていいじゃないか。
*** *** ***
そう決心して色々試したが……いやぁこれが上手くいかない。
ダメなんだ、どうしても……今の自分の状況ってのを上手くつじつま合わせが出来ない。自分の存在について納得がいくのはいつだって……自分がヤト・ガザミである事を思い出してからだ。
おいおい俺、ヤトまで遡らないと『マトモ』になれないってどういう事だ?
そんで、何時も世話になってるあの魔導師の人に相談して別の方法を取る事になった。
曰く、ヤトという記憶を別に取り出し、都度経過記憶をスキップしてヤトという記憶だけ取り出せれば良いのでは?と言われた。
よくわからん、具体的には?
すると……例えばこの剣です、と……俺が愛用していた銘のない剣を指さして言った。
本当はこれも誰かにくれてしまおうと思ったんだが……なんか愛着があって手元に残っている。
鎧や、槍などはランドールっていう奴にくれちまったみたいだ。もはやどういう理由でそいつに譲ったのか等の記憶は曖昧で、今さらそれを掘り起こす気にはなれない。
これはサガラ工房のリメイク作、というちょっと変な曰くのある剣だ。
サガラ工房の正式な剣であればそういう銘が入っているのだが、これは正式な工房作品としては数えられていないらしい。そもそも作ったのはサガラ工房なのだが、曰くありで正規の剣扱いされてなかった様だ。
そういう曰く付きで、でめったに手に入るものではないサガラの剣をヤトは手に入れたのだが……都合、一度壊してしまった。……みたいだな。
で、それを鍛えなおしたものが今の剣なんだってさ。
……すでにその経緯を俺は、俺自身で上手く思い出せなくなりつつある。
だからこれは魔導師の人がそうらしい、と俺に聞かせてくれた話だったりする。
それでああ、そうかと思い出す事がある。
そういや……こいつには銘がない。名前がないんだ。
それなりの名剣には名前はついてしかるべきだと云う。だが……この剣にはそれが無い。
どうしてこいつは無銘のままなんだっけ?
自分が愛用していたとは知ってるけれど、何故そうなったかを忘れてしまった俺には勿論、その理由など探り当てられる訳もない。
*** *** ***
そうして、無銘の剣を久しぶりに両手に収め、茫然とみていたら魔導師の人が言ったのだ。
「それに、名を与えてみてはいかがですか」
「俺が?」
「他に誰が付けますが。貴方の剣ですよ?」
「……ふむ」
なるほど、魔導師の言っている意味がなんとなくわかってきたな。
「こいつに……俺の名前をくれてやれと言いたいわけだな」
名前は、時に人の都合で与えられる。
この剣に俺の都合で名を与え、名のある意味を与える。
名前を付けると云う行為は意味を付加する事なのかもしれない。俺が、ヤト・ガザミである事を思い出す時、なぜ俺がヤトであるのかという事も自然と思いだせるように。
「ええ。他に、縁あるものなさそうですし」
俺の剣に、俺の一番古い記憶を埋め込んでおくんだ。
そうして俺は……この剣を手にするたび思いだすだろう。
自分が何者であったかてのを極めて……観客的に。
「じゃ、あとで刻んでおいてくれ」
魔導師に事を伝え、俺は何度目かの深い眠りにつく。
大丈夫、次はそんなに長く眠らない。覚えておく事は……この剣を手にする事だけでいい。
慣れた手つきで剣を返し、サガラ工房の技術で極めて頑丈で錆びつきもしないその剣を自らの胸へと刺し入れる。
「俺の名前をくれてやろう、八界に戸を開き続ける者の名前だ、」
肺を突き抜けた剣は名を与えられても変った事もなく……冷たく、俺の血を浴びるだけ。そっけないもんだ、いくら俺に近くてもそれは俺ではない。俺の魂が宿るはずもないし、モノである剣が生物的な記憶を留めるはずもない。
それでも強引にバイパスを繋ぐ。
一方通行の扉。
そうだ、トビラを開く者にはそういう関係の方が相に在っている。
痛みの記憶なんてとっくの昔に解らなくなった。
薄れゆく意識の中で俺は多分、笑っている。
解っている、俺はとっくにまともじゃぁないんだ。
お前は自分の名が何である事を考えるか?って、剣がモノを考えるはずもないか。
それでもお前が覚えておいてくれ、全部思いだす事を放棄した俺の為に。
一つ網から外れたオフラインに永久と、俺の名を。
*** おわり ***
*** *** ***
名もなき剣に銘が刻まれましたと云う話ですが、あんまりこの剣は世に出回った形跡もない都合……その銘といい剣といい、そんなに知られている訳ではない。
はちのへでもいいが。
それだとギャグだ。
『八刀』ですな。
もともとヤトはハヤト、から来ているけれど八精霊大陸でトビラだから八つの戸、すなわちはちのへ(青森県)
……というような意味合いもあったような。
一応読み的にはヤトノカミあたりも噛んでいるような。
別に鬱終わりというわけではないです。
多数自分が居る都合、いらないものは畑の肥やしにするように自分へと還元しているので魔王八逆星はタブー『自分殺し』を犯しまくりです。そうすることで世界のより深みにはまる事は重々承知していて、むしろわざとそうしている所もあったりします。
役職の都合、というのもあるし他には……?どうかな。
以後の話はGM8です。
*** 蛇足もおわり ***
※本編終了後閲覧推奨、完全なる後日談です※
自分の名前って何だろうなって事、考えた事あるか?
うん、変な事聞いてるって自覚はある。
というか、質問の仕方が悪かったか……?
ようするに俺が聞きたいのは……自分の名前の由来とか、どういう意味だとか、どうしてそうなったかとか。
どこかをピックアップしたいわけじゃない。そういう事ひっくるめて全部について問い掛けている。
自分を形容する名前とは何だろう。
それがあると便利だから付いているのか、どういう理由があったのか。名前に左右された運命はあったか……他人にとってはどうなのか。そして、俺にとってはどういうものか。
俺は自分の名前に興味があるかというと、割とそうでもないと言える。
自分の名前にそんなに愛着は持ってなかった方だと思う。誰から名付けられたのかもわからん状況だしな……ましてや自分で決めた名前でもない。そんなもんに執着はできねぇだろ?俺には両親と呼べる相手の記憶になくて、一体誰から『ヤト』なんて名前を貰ったのかさっぱりわからんのだ。
で、今さらそれを知りたくっても、知っていただろう俺の育ての親はすでに亡い訳で。
確かな答えと云うべきものが絶対に知れないと解っている。
追い求めたって無駄だ。
別に何かしら答えを求める訳ではない、だからこそ、極めてどうでもいいと云う結論が俺の中で出てしまう。
長らくその名前を忘れていた経緯もあるしな。
いや、ホント、マジで忘れてたんだってば。
名前を変えて、以前の俺を辞めて……すっかり別のものになった気でいたんだ。そうでは無いとは言い切れない。
だからふっと、そういう幼稚な事は止めようと思った時にだな。
忘れていたかつての、自分の名前ってのは……ふいと思い出せる物なのかもしれない。
そう言う意味ではやっぱり俺は……『ヤト・ガザミ』なのかもしれないな。
それ以外の何ものでもない。
誰から与えられた名だとかそんなんは関係なく、さ。
一番古い記憶で認識されていた『名前』はそれだから、俺の名前はヤトでいいのかもしれない。
で、今さらそれをどうしたかって?
じゃぁ……改めて聞こう。
自分の名前って何だろうなって事、考えた事あるか?
ふつうはそんな事さほど悩むものじゃぁないだろう。所が今、俺にとってはそれが一番の悩みの種になりつつある。
名前というのは何故当然のように存在し、時に俺という存在以上に『俺』を語るのか。
*** *** ***
世界のどこかで誰かが死ぬと、その死んだ奴の記憶が誰かに統合されるとしよう。
ふつーは起きない事だが、ある、と仮定してくれ。
というかその前に確認しておくが……普通、死ねば記憶なんて脳内幻想はそこでジ、エンドだぞ。記憶は、脳という外部ネットワークを接続しないオフライン物件に閉じ込められているモノだからな。
オフライン物件が物理的にお陀仏すればそこに格納されていた電子情報もクラッシュアウトする。
ところが……だ。そこに何かしらの外部ネットワークが形成されていたとしよう。しかも有線じゃなくて割と最新型に無線式で。
その為に普通は持ち主の死で消えるはずの記憶が、外部ネットワークを通じて外に出て、誰かの生きている記憶媒体すなわち脳へと持ちこされてしまう……。
そう言う事が起きる、としよう。
こういう事は普通起こらないものと想定するべきであり、起きたとするなら怪奇現象もいいところでホラーを通り越してただの電波と捉えられていまうべき事だと云う事は俺も解っている。
理解したうえで、起きてしまう、という事をまずガッテンしてくれ。
ガッテンしたうえで次に進む。
そのように死んだ者の記憶が次々と持ちこされ一か所に集まってくる仕様になったら……その、集まって来られてしまった人の記憶ってものはどうなるのか。
極めてカオスだよな。
自分が誰で何処の何であるのかという記憶が入り乱れ、自分が何者であるのかも見失う事だろう。
すなわち、そんな事が起きたらまず自我崩壊が起きてしまっているからマトモであるはずがない。
うん、マトモであるはずがない。
俺は、いつものマッタリモードで珈琲を啜った。
実に長閑な昼だ、一仕事終えて昼寝越しの珈琲はたまらん。もう少し陽が傾いたらもう一仕事して、夕餉の支度にとりかかる。んで、あと少し細かい仕事をやったら寝るだけだ。
そして、再び太陽が昇ったら起きる。
朝一番の雑務をこなし、朝飯食って野良仕事して昼寝して3時の珈琲堪能してから仕事して夜喰ってそしてまた寝る。
その単調な繰り返しの日々を送っている俺であるが、実はその極めてマトモではない精神状態がこの森でこの生活を始めてからずっと続いていたりする。
べ、別に精神安定の為に珈琲入れてんじゃねぇぞ!?珈琲は元から好きなんだからな!?
精神的にまともじゃない事は十も承知だ。
だから……普段は自分の事はあんまり考えない事にしている。
自分の事を覗き込むと訳が分からなくなる、意識しないようにしていても、ふいとそうやって自分の事を考えてしまう事があって困ったなぁ、となっているわけですよ。
つまり、それが名前の事だ。
自分の名前って、何だろうなって考えてしまう。
俺は……自分がヤト・ガザミである事を多分、忘れつつあるな。
忘れてるというよりは……埋もれている、かもしれない。
自分の事を考えないと云う事は、自分が『何』であるかという事を意識しないと云う事だ。
自分の過去も、それに向ける思いやらも無に帰し、ただ今だけを生きている。
本当の事を言えば生きていたい訳ではないんだけどな。けどま、生きる事になってしまったのだからしょうがない。
というよりは……こういう混沌とした生はもはや、生きているとは言い難いような気もしないでもない。
そう云う事には悩まない事にしてる。
考え出して悩みそうになったら畑の事を考える事にして、鬱憤が溜まったら木を切って畑を開墾する事にしている。
なぁに、一面どこまでも森で、開拓しても一年ほおっておいたらすぐ森から呑まれてしまうような所だ。
珈琲を飲む事だけを楽しみに野良仕事に明け暮れ、その糧で生きて行く事に夢中になれてしまえばもう永遠とこの繰り返しだけで何も疑問なく生きていける。
……というのは、ちょっと嘘かな。
永遠と繰り返すのは良いが実は俺もそれなりに歳を取る。
ずっと若いように言われるがそんな事は無い、ちゃんと歳を取って最終的には病気やら老衰やらで死ぬ。
そして、その記憶は次の体に引き継がれる。
単調な生活を続けていたいが為に、俺は一定の年齢の肉体だけで生きる事にしている。幼すぎてもダメ、歳取りすぎてもダメ。畑耕せねぇんじゃやってらんねぇからな。
多数存在する『俺』の体に、例の無線ネットワークで任意乗り換えが可能になっているがただし、そこに一つだけリスクがあって……。
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深い眠りの癖に何か夢を見てるな、多分。
今まで経験した全ての俺を追体験するように、嫌が応にも統合された過去の全てを思い出す様な、変な夢を見ている気がする。
新しい体で目を覚ました時、大抵気分がよくないのは多分、その所為だろう。
普段は忘却の彼方に仕舞い込んだ沢山の自分という記憶を一通り眺めなければいけないんだ。で、自分って何だっけとか考えるきっかけが出来てんだよ。
大抵、真っ先に一つ疑問が浮かぶからな。
それが自分の名前って何だろうなって事だよ。
仕方が無く一番古い記憶を目掛けて辿っていくわけだ。
自分の名前がナニなのか解らないから、どうしても自分の事を考えなくちゃいけない。自分が何者であるのかを理解するに、俺は一番古い俺の名前、ヤト・ガザミというものまでたどり着く必要がある。
フツーの人はそんな事しなくてもいいし、そもそも自分が多数あってそれを渡り歩けるとか、そんな芸当はしないわけだけどさ。
在る日ふっと気が付いて思った。
俺は、ヤト・ガザミで居る必要性はあるのか?ってな。
大事な事、例えば……俺がこの森に引きこもっている理由とか、フツーの人はしない生態系を成している事とか、そういう事を理解するんであればヤト・ガザミまで記憶を戻す必要はないよな、って今さらだが気が付いてしまった。
もはや何回目だから分からない、そのうちに統合された俺の記憶は莫大なものになっていて、体を変える度に極めて深い眠りに落ちてしまう。
システムリブートすんのに手間取ってんだろうな。
3日間くらいならまぁ、畑は放っておいてもなんとかリカバー出来るが……1週間とか超え始めたらさすがにダメだ、困る、俺が困る。
ようするに、混沌極まりない俺がマトモであるはずが無い精神状態を脱してマトモであればいいんだろう。
よし、決めた。
ヤト・ガザミはもうやめよう。
名前の事で悩むのはもうやめだ。記憶は、適当に思い出したらもうそこで終わりにしよう。
俺の名前なんて、もうなんだっていいじゃないか。
*** *** ***
そう決心して色々試したが……いやぁこれが上手くいかない。
ダメなんだ、どうしても……今の自分の状況ってのを上手くつじつま合わせが出来ない。自分の存在について納得がいくのはいつだって……自分がヤト・ガザミである事を思い出してからだ。
おいおい俺、ヤトまで遡らないと『マトモ』になれないってどういう事だ?
そんで、何時も世話になってるあの魔導師の人に相談して別の方法を取る事になった。
曰く、ヤトという記憶を別に取り出し、都度経過記憶をスキップしてヤトという記憶だけ取り出せれば良いのでは?と言われた。
よくわからん、具体的には?
すると……例えばこの剣です、と……俺が愛用していた銘のない剣を指さして言った。
本当はこれも誰かにくれてしまおうと思ったんだが……なんか愛着があって手元に残っている。
鎧や、槍などはランドールっていう奴にくれちまったみたいだ。もはやどういう理由でそいつに譲ったのか等の記憶は曖昧で、今さらそれを掘り起こす気にはなれない。
これはサガラ工房のリメイク作、というちょっと変な曰くのある剣だ。
サガラ工房の正式な剣であればそういう銘が入っているのだが、これは正式な工房作品としては数えられていないらしい。そもそも作ったのはサガラ工房なのだが、曰くありで正規の剣扱いされてなかった様だ。
そういう曰く付きで、でめったに手に入るものではないサガラの剣をヤトは手に入れたのだが……都合、一度壊してしまった。……みたいだな。
で、それを鍛えなおしたものが今の剣なんだってさ。
……すでにその経緯を俺は、俺自身で上手く思い出せなくなりつつある。
だからこれは魔導師の人がそうらしい、と俺に聞かせてくれた話だったりする。
それでああ、そうかと思い出す事がある。
そういや……こいつには銘がない。名前がないんだ。
それなりの名剣には名前はついてしかるべきだと云う。だが……この剣にはそれが無い。
どうしてこいつは無銘のままなんだっけ?
自分が愛用していたとは知ってるけれど、何故そうなったかを忘れてしまった俺には勿論、その理由など探り当てられる訳もない。
*** *** ***
そうして、無銘の剣を久しぶりに両手に収め、茫然とみていたら魔導師の人が言ったのだ。
「それに、名を与えてみてはいかがですか」
「俺が?」
「他に誰が付けますが。貴方の剣ですよ?」
「……ふむ」
なるほど、魔導師の言っている意味がなんとなくわかってきたな。
「こいつに……俺の名前をくれてやれと言いたいわけだな」
名前は、時に人の都合で与えられる。
この剣に俺の都合で名を与え、名のある意味を与える。
名前を付けると云う行為は意味を付加する事なのかもしれない。俺が、ヤト・ガザミである事を思い出す時、なぜ俺がヤトであるのかという事も自然と思いだせるように。
「ええ。他に、縁あるものなさそうですし」
俺の剣に、俺の一番古い記憶を埋め込んでおくんだ。
そうして俺は……この剣を手にするたび思いだすだろう。
自分が何者であったかてのを極めて……観客的に。
「じゃ、あとで刻んでおいてくれ」
魔導師に事を伝え、俺は何度目かの深い眠りにつく。
大丈夫、次はそんなに長く眠らない。覚えておく事は……この剣を手にする事だけでいい。
慣れた手つきで剣を返し、サガラ工房の技術で極めて頑丈で錆びつきもしないその剣を自らの胸へと刺し入れる。
「俺の名前をくれてやろう、八界に戸を開き続ける者の名前だ、」
肺を突き抜けた剣は名を与えられても変った事もなく……冷たく、俺の血を浴びるだけ。そっけないもんだ、いくら俺に近くてもそれは俺ではない。俺の魂が宿るはずもないし、モノである剣が生物的な記憶を留めるはずもない。
それでも強引にバイパスを繋ぐ。
一方通行の扉。
そうだ、トビラを開く者にはそういう関係の方が相に在っている。
痛みの記憶なんてとっくの昔に解らなくなった。
薄れゆく意識の中で俺は多分、笑っている。
解っている、俺はとっくにまともじゃぁないんだ。
お前は自分の名が何である事を考えるか?って、剣がモノを考えるはずもないか。
それでもお前が覚えておいてくれ、全部思いだす事を放棄した俺の為に。
一つ網から外れたオフラインに永久と、俺の名を。
*** おわり ***
*** *** ***
名もなき剣に銘が刻まれましたと云う話ですが、あんまりこの剣は世に出回った形跡もない都合……その銘といい剣といい、そんなに知られている訳ではない。
はちのへでもいいが。
それだとギャグだ。
『八刀』ですな。
もともとヤトはハヤト、から来ているけれど八精霊大陸でトビラだから八つの戸、すなわちはちのへ(青森県)
……というような意味合いもあったような。
一応読み的にはヤトノカミあたりも噛んでいるような。
別に鬱終わりというわけではないです。
多数自分が居る都合、いらないものは畑の肥やしにするように自分へと還元しているので魔王八逆星はタブー『自分殺し』を犯しまくりです。そうすることで世界のより深みにはまる事は重々承知していて、むしろわざとそうしている所もあったりします。
役職の都合、というのもあるし他には……?どうかな。
以後の話はGM8です。
*** 蛇足もおわり ***
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隠された出生の秘密、母の遺した力、そして待ち受ける新たな試練。
追放された令嬢の、真の冒険が今、始まる!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
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【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
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その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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兄の料理の腕におばさん軍団から優しくしてもらったり、姉の外見でおっさんたちから優遇してもらったり、小次郎がうっかりワイバーン討伐しちゃったり。
え? 私の「手芸創作」ってそんなことができちゃうの?
そんな橘一家のドタバタ異世界道中記です。
※更新は不定期です
※「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています
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