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12章 望むが侭に 『果たして世界は誰の為』
書の4後半 望むは一つ『懐かしい方へ』
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■書の4後半■ 望むは一つ This is One
転移門を潜り抜けるにおっと、薄暗い?すでにあっちこっち行ったり来たりで現在時刻的なものが把握できていないんだが、八精霊大陸とは経度?って奴が違うのかもしれん。一応……この世界の基礎概念として『第八期の八精霊大陸は丸い』って事になっていて、その辺りは辛うじて戦士ヤトの知識としてあるようだ。第八期の、と付いている訳なので、こう……詳しい事はよくわからんが、昔は丸く無かったっぽい。
飛行機みたいなスーパー移動手段は無いが、転位門っていう某チートドア魔法があるから、転位した距離によっては時差が発生する事は『解明されている』のな。
与太話だが、そうすると転位門っていうのは時空間を縮める事になって、僅かながらウラシマ効果とか俗に言われる感じの恩恵を受ける事が可能か?っていうと、そういうのは無いらしい。なんだろう、何故かリコレクトしたのでレッドのめんどくさい話を聞いてスキップでもしてたんだろうか。
運動量……いや、移動量?それに比例して、移動量が多いものほど時間の経過が遅くなる、って奴だよ。
残念ながら、転位門や扉というのはこう、ガチャリと扉を開けて向こう側とタイムラグ無しで行き来するものではない、とのレッドの話だ。実際、転位門系の魔法を跨いでも、瞬間的に向こう側に到着してるわけでは無く、よくわからん空間を潜り抜けた先に転出先が開けているしな。
与太話は以上。
どうにも、夜だ。しかし……光を感じる。
その、転位門特有の識の混濁が収まって来て状況が分かって来る。
太陽じゃない、人工的な光が頭上から降り注いでいる。揺れる影を見て頭上を見上げると……
まだそれ程大きくはない、ドリュアートの木が……燃えている。
夜に、炎を宿した巨大な木が聳え立っていた。
「これは……!」
「ふあーっ!来てくれたか!」
「うぎゃ!」
何かが俺の顔に張り付いてきたのを慌てて引き剥がす。
なんとなくそうだろうな、とは思ったが小さな蛇のマーダーさんだ。尻尾を摘んで状況を尋ねよう。
「なんだ、どうして燃えてる!」
「尻尾は止めてぇ、そこ持たないで~」
ずんぐりむっくりな小さな蛇が懸命に体を揺らして抵抗する。
「もはや不要だからな」
マーダーさんではない、冷たい声がどこからか、返って来た方を振り返る。
俺はマーダーさんを無言でナッツに預け……ちょ、剣を抜こうとしたら剣がない。ついでに鎧も籠手もない!待て、これじゃぁ俺、戦えないじゃん!急いでやって来たのはいいが、俺ってば武器防具全部置いてきたー!?
1人うろたえている隣でアベルとテリーが構えた。
「成る程、在庫一斉処分セールってわけだな」
俺は仕方がないので格好だけ構えてみたりする。剣がない剣士なんて!一応組み手も嗜んでるから多少は戦えるかもしれん、最悪その辺りから頑丈そうな木の枝でもなんでも拾って応戦するしかねぇか。
新生魔王軍を数個隊引き連れて、赤い旗を頭上に持たないナドゥが少し、離れた所に立っているのが薄暗い中ぼんやりと確認出来る。実際、俺には奴の顔の判別は暗すぎて無理だ。暗視持ちははっきり見えているんだろうが、あのおっさん常に白衣っぽいの羽織ってるからな。それがぼんやり浮かび上がる様に俺には見える、こんな森の中で白衣来て現れるはナドゥくらいなもんだろう。
思い出している。本当についさっき見た夢の中で。
……いや、現実として在った、夢の中で。
俺は間違いなくナドゥを斬った。
目の前で黒く溶けていったのを見送った。
恐らくは同じ顔で今、目の前に立っているナドゥ、しかしこいつには赤い旗がついていない。
俺が倒したナドゥとは別って事か。
奴は無防備にこっちに歩いて来た、段々とその顔が炎の光に照らされてはっきり見えて来る。
右手でモノクルでも弄って、ナドゥは何時にも増して厳しい顔をこちらに向けていた。あんな厳つい顔してるのはあんまり、記憶にないな……頭上から降り注ぐ炎の光の具合もあるのかもしれない。
「君達に助力を仰いだのは、間違っていた」
「何言ってやがる、元よりお前に荷担するつもりなんか無ぇよ」
「……望む所は同じではなかったと言う事に少し、失望もしている。同時にそれを見抜け無かった私自身についても、な」
俺は、武器がないけど強気に一歩前に出た。他力本願だが俺の仲間達が強いから寄りかかってしまうぞ!
「お前の望みは何だっていうんだ!」
「一言で言える事ではない」
「誤魔化すな」
俺の責めにナドゥは一瞬視線を地面に投げる。少し考えてから奴は、言った。
「……言うなれば、世界平和を目指している、だろうな」
「アンタのやってる事のドコが世界平和になんのよ」
「その為になら何をやっても良いってもんじゃないよ?」
「そんな事は分かっている」
アベルとマツナギの言葉にナドゥは、少し語気を強めて答え俺達を黙らせる。
「君達も知っているはずだ、世界平和なんてものはどんなに力を得ていても実現するのは絵空事。それでも、その理想を望んではいけないと云う事はあるまい」
……ナドゥも、何か望んだと言う事か?
魔王ギガースに何かを願い、そして……叶った……?
「だが力が無ければささやかな平和さえ叶わない。私は力が欲しかった。流転する世界に安定を願う為に『私』は力を願い、そうしたばかりに『私』に消されてしまった」
何故か、ナドゥはそこで笑う。
よくわからない、前にここでナドゥに会った時も同じく、不思議な所で笑うこいつらの態度がよく分からないと感じていた事を思い出している。
「貴方は、自分自身を分裂させた……?」
レッドの問いにナドゥは小さく首を横に振る。
「自らに安易に試す程の度胸は私には無い。だから私は代替を育て、西方に現れた『緑国の鬼』の手段を模倣しこれを、分裂させた」
緑国の鬼、ナッツ曰くそれは魔王八逆星のギルだって話だったな。
夢の中にあった俺の、確かな現実の出来事でもナドゥは……同じような事を言っていたのをリコレクト出来る。
自分達も、魔王八逆星も全てギルの『劣化複写』だとナドゥは言っていたはずだ。
「影との分離か、別々の人格を有する」
ナッツの低い呟きにナドゥは笑った。俺にはその分裂だか複写だかの理論がいまいちよくわからんのだが軍師連中には話が通じているなら別に、俺が理解しなくてもいいんだろう。
とにかく確かにそういう事は起るって事だ。
レッドとナッツが何やら厳しい顔になっている。だから、その技法は間違いなく『忌むべき』事なんだろう。禁忌って事だ。
それだけ分かれば十分だぜ。
忌々しさは俺自身でもよく分かっている。俺も、同じような技法で多数分裂されている訳だしな。
「彼らが『私』ではないとすれば、では『私達』は『私』に向けてどんな思いを抱くだろう?……答えは簡単だ」
ナドゥの合図で背後に控えていた新生魔王軍が武器を構えて一歩ずつ前に出てくる。
「『私』の原本、すなわち……リュステル・シーサイドは死んだ。せめてどれが本物であるのか迷う余地があった方が救いがある。私達はそのように判断し、私達は『私』を殺した」
「……救いがある、だと?」
リュステルは死んだ、殺されている……?
奴の言葉を信じるとすれば、ナドゥはリュステルじゃないって事だよな。リュステルの、劣化複製品がナドゥ。じゃぁ、シーミリオン国でリュステルの帰りを待っている、ユーステルやキリュウの思いは……届かないってのか……!
「お前に救いがあってもしょうがないだろう!」
「君がなぜ怒るのか私には理解出来ないな。君は『君』を目の前にして何を選んだのかもはや、忘れている訳ではあるまい」
しっかり痛い所をついてきやがる、憎たらしい。
言い返してやりたいが、上手い事出てこない。その様に歯ぎしりしている横で、魔導師が一歩前に出る。
「彼にとって、何が本物かというのは愚問です」
レッドが静かに言った。
「僕らにとって今隣にいる彼こそが紛れもない『本物』」
全部事情を知っているのにレッド、きっぱりと言い切った。
……いや、でもそれは嘘だ。
こいつが得意な嘘の言葉だ。
でも、それでも、これほどに嘘が嬉しい事はない。
そしてその嘘に遠慮無く騙されて、俺の『仲間』達は同意の言葉で俺の存在を守ってくれる。
俺を『俺』だと言い切る連中の自信がどこから出てくるのか。きっとナドゥは理解出来ないのだろう。
俺が分裂している事態にもっと混乱してしかるべきだと信じている。それなのになぜここまで愚かにも俺を本物だと言い切ってくるのか、ナドゥはそのあたりを読み違えている。
答えはある。
ナドゥに見えてない、青い旗が俺の頭上にあるからだよ。
俺達の頭上に旗があるって事をナドゥは理解できない。だから、奴には俺達の行動を読み切れない。
この世界において理解されない事は、一種のバグだったりもする。
フラグシステム。
色に限らず全て、一種のバグだと随分昔にメージンからそのように聞いている。
本当は言い切っちゃ行けないんだぜ。
俺をヤト・ガザミの本物、だなんて。
青い旗でもって保証されているのは戦士ヤト・ガザミじゃない。そこに付随してこの世界を夢見ているサトウーハヤトの方であったりする。
そして俺の仲間達はヤト・ガザミではなく、サトウーハヤトを見つけて『これが俺達の仲間だ』と保証しているに過ぎないんだ。
決してヤト・ガザミの本物を指さしてるんじゃない。
履き違えられている。
本当は違えちゃいけないのにな。
ゲームプレイヤーとしての『現実』、それによって保証されている『仮想』のヤト・ガザミ。
ヤト、戦士な俺。お前だったらこの状況はどうなんだ?
受け入れがたいのか、悔しいのか、悲しいのか?
それとも嬉しいか?
……微妙、と言うかもしれない。
俺は俺の感性でもってそんな風に思う。
難しい事俺、わかんねぇから別にいーよそんな事。
だから俺がここにいて、それで俺の周りが悲嘆に暮れて無いならそれでいいんだ。
な、それだけ分かれば十分だろう?
……そうやって、強がって笑うに決まってる。
「……確かに彼なら、いきなり自分と同じ顔の敵を目の前にしたとしても、遠慮無く感情的になって剣を突きつけているのかも知れません。思いの外小心みたいですし。後悔するのが終わった後、という事も少なくないようです」
ふっとレッドが俺を横目で見ながら言った。
なんだよ、悪いかよ、何が言いたいんだよ。
「それと同じ、だというのなら」
ナドゥに視線を戻してレッドは腹黒く笑った。
「貴方も感情論で自分を排除したわけですか?」
これは、痛いトコ抉ったと見えるぞ。
ナドゥ、視線を細めて口だけで笑った。視線はレッドを睨み付けている。
「……間違い、とは言い難い。もしかすればそうかもしれない。私達はそういうある意味幼稚な意見でもってこの、過酷な運命から逃れたかったのだ」
「何が過酷な運命だ。お前が、お前で望んだ事だろう」
「そうか?本当に私が望む事だろうか?世界平和とかいう絵空事を」
ナドゥは自分の『望み』を鼻で笑う。
「絵空事と分かっているのに。私の望みとは本当にそれなのか?何の為にそんな事を叶えなければいけない。平和など理想だ、理想と知っていて心に飼う似すぎない幻想だ。違う、リュステルが本当にやりたかった事はそんな事ではない」
ナドゥはそのように言い切って右手を握り込む。
「私達はその本心を暴くのだ。そしてそれを叶える。その過程、もしかすれば理想郷が垣間見えるのかもしれない。だがそれは副産物に過ぎないのだ」
便宜上シーミリオン国の女王であるユーステル。でもその中身は実は、リュステル・シーサイドの妹であるキリュウだ。
彼女は俺に忠告したと思う。
兄は、リュステルは……国や世界を救う事、魔王八逆星というものを傘にしてもっと別の事、もっと世間的にはどうでもいい事を画策している可能性があるってな。
南国に攫われた時、便宜上ユーステル女王だった彼女はナドゥに会ったという。そして確かに兄の顔をしているこの人物を見て、違和感を感じたと言っていた。
それは当たりだユーステル。
すでに、あの時リュステル・シーサイドという人物はこの世に存在しない。お前が顔合わせたのはリュステル兄貴じゃない。
それはナドゥ・DS。劣化複写された別の存在。違和感は、あってしかるべきだろう。
「何はともあれ、もはや君も、君達も。不要だ」
だから始末するってか。
甘く見んなよ俺を、いや、俺今回は戦えないかもしれないので俺達を!
「いずれ神も、全てがこの世界を去っていく。管理者を欠いた世界がどうなるのか、君達には想像出来ないものかね?」
方位神も大陸座も『神』じゃないらしい。管理者という言い方の方が当たりに近い。『開発者レイヤー』って所にいるわけだからな。ナドゥは神というものをシステムとして理解している。だから……神の事を管理者と言ったな。
見えない触れ得ない階層が『理解不能』であるこの世界の全ては、その階層にあるものを便宜上『神』と呼ぶ。
神と呼ぶよりない『システム』、ようするに大陸座や方位神をこの世界から退避させる運動を俺達が起こしている事をナドゥは……察している。
そして、それが相容れないと言っているようだ。魔王八逆星は、大陸座を排除する為に動いていたと思ったんだが……本当の所はそうではないのか?
「貴方は管理されたいのですか?」
「管理無くして秩序など、有り得ようか。平和とは自由ではない、平和とは、秩序だ」
ナドゥは神がこの世界を去っていくのを嘆くのか。神の退避は秩序の崩壊だと、そういいたのかよ。
「ようやく吐き出しましたね、貴方の本音」
レッドは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「秩序に守られていれば平和と云う事ではないのです。貴方は平和を幻想と言い切る癖になぜそこまで平和に拘るのですか?」
ナドゥが右手を軽く振った。新生魔王軍、一気にこちらに向けて流れ込んで来る。
これ以上の会話を望まないという事かもしれない。
前線担当のアベルとテリーが対応する。
う、剣相手に俺のへっぽこな組み手はちょっと役不足だなぁ。そのように困っていたら、
「ヤト、」
マツナギから曲刀、ようするにカナタを投げ渡された。
「使いな、あたしは弓だけで戦うから」
「お、ありがたい!」
鞘から引き抜く、独特の撓りに刃が鳴った。左手に鞘を握り前に出ようとしたら肩を掴まれていてつんのめる。
「だめ、お前はここから動くな」
「なんだよ、ナッツ!」
振り返ったらちょっと驚く。
さり気なくカオスの奴もついてきてやがって、奴は俺らには構わず燃えている木の上の方を伺っている。
「前はテリーに任せておけ、お前はいつまた動けなくなるか分からないんだぞ?」
確かに、今俺が動けるのはファーステクっていうおっさんがくれた薬のおかげだ。あまり長くは持たない、と言われている。
「レッド、火を消さないと」
「……そうですね」
レッド、まだナドゥに向けて言いたい事があったみたいだが、乱戦が始まってしまい会話を諦めてこちらを振り返った。
新生魔王軍が襲いかかってきたのをテリーとアベルが迎え撃つ。数はそれほど多くはないが、魔王軍よりも俺の代替え品は数倍に厄介な相手だろう。
「僕らは作業に集中する、ヤト、」
「分かった、ここで……」
早速アベルとテリーの包囲網を潜り、アインとマツナギの攻撃をかいくぐってきた1人を俺は切り伏せて背中を踏み付け、遠慮無く鉄仮面の隙間から首にカタナを突き入れた。
「お前らを守ってりゃ良いんだろ!」
数にして……薄暗いのでよく分からないが……3ダースいないだろう。新生魔王軍、鉄仮面の下にある、俺と同じ顔。
一々確かめてみるような事はしねぇぞ?気分良いもんじゃねぇと思うし。
たかが3ダース、されど3ダース。
火消し作業はレッドとカオスでやっているようだ。すでにテリーが相手にしているのと同じ数、俺の周りに群がっていたりする。
流石バージョンアップ、そして流石俺。一筋縄ではいかない。何より、中途半端にダメージを与えても鎧に掛けられている再生光によって起き上がってくる。
これのどっかに統率隊がいるはずなんだよな!?
南国にトんだ時、こいつらに入り込んだ時得た記憶が新生魔王軍の仕様だとするなら、『スイッチ』になっている奴がいるはずだ。具体的に説明すると、新生魔王軍はネズミ算で増えるんだよ。ともすればとんでもない数になりそうなもんなんだが、簡単に言えば一世代前の命令を聞くっていう制約みたいなモンがあってだな、……詳しく色々面倒臭いルールが在る様だが……とにかく、命令系統としては世代が上の方が権限が強く、増やせる世代の限度があるっぽい。
所でネズミって、一年の間に何匹子供を産むか知ってるか?
リアルというよりは田舎育ち戦士ヤトの知識として、環境にもよるのだが奴らの寿命は約3年、平均6匹を年5回程度産む様になるまで3か月。つまり?計算してみろ?一代が年30匹出産すると仮定すると、3世代目が子供を産み終わったとき総数何匹になってると思う?
つがいで繁殖すると考えれば……あと、雌雄比率が等しいと仮定しても7740匹だ。ねずみは3年、生きるからな。現実的にはもっと悲惨な数になるだろう。
新生魔王軍は怪物であり単体から推定30体に留まらない数増殖出来る。まぁ、仮にねずみと同じで30体複製が限度と考えてみよう。番う必要は無いが一回しか増殖出来ないとしても3世代で27000体の大台突破だ。
これ、あくまで低く見積もった数だからな?複製世代限度が在ったのが救いだよな……。
だから、一世代前の強い個体が群れの中に必ずいて、それがこの無秩序な大群を制御しているんだ。
そんな事を考えながら、そういう計算は出来るんですねって余計な心配だっつーの!
よく切れる刀で、魔王軍の鎧ごと胸板を叩き斬り背後に蹴り飛ばす。
そのまま低く振り払って首をはじき飛ばす事でようやく、奴らは活動を止める。心臓狙いでさえ致命傷にならない。唯一の弱点は首、頭を体を引き剥がす事で初めて活動を停止する。
3匹、突撃してきたのをナッツがやや反応遅れで風の魔法で追い返した。
「まだ火は消えないのかよ!」
「ただの火じゃないのかな?」
ナッツ、頭上を少し見上げて答えた。
「統率体がいるはずだぞ、こいつらのボスになってる奴」
「へぇ、そうなのかい?」
ナッツ、突っ込んできた一体を風で追い返して俺に寄越しやがったな。斬り結んで下段に押し返しそのまま返しで切り払う。マツナギのカタナ、良い仕事モノだ。何よりリーチが長いのがいい。マツナギって俺より背が高いのもあって太刀クラスの刀を帯刀してたんだ。
俺がどんな武器でも上手く使えるのは元剣闘士である唯一の強みだな。
「あのさヤト。思うんだけど、本当にそういう統率体がいるなら、こういう乱戦には加わってないと思わない?」
何時の間にやら背後に回り込んでいたものの攻撃を弾く、剣を振り回して牽制、巨大な木ドリュアートの幹を壁にして俺達は取り囲んできた3人に構えた。
「どっかで状況を見ている……!?」
くそ、俺は人間だ。今夜だから見通しは利かない。これは実はナッツもそうである。だから奴は今、あんまり戦力になってない。
なんでかって、奴は鳥目なんだよ!有翼族全員が持っている特性ではないそうだが、昼間目が良い分マイナスアビリティとして夜間著しく視力が下がりやがるんだ。
「誰か木の側にいるよ」
目の見えてないナッツを補佐しているのは実は、大陸座ドリュアートのマーダーさんだったりする。
もっとも、奴も目が見えてる訳じゃねぇんだよなぁ……熱感知が大きいらしい。だから、誰なのかは分からないのな。
俺はナッツと素早く、立ち位置を変える。そして目の前の新生魔王軍と斬り結び、なんとか力業で背後にふっとばし、連撃でもって背後に追いつめた。
新生魔王軍の中身は俺とはいえ、全部が全部俺の技能を取得している訳ではないようだ。あくまでポテンシャルが同じというだけであるように思える。
それでも確かに太刀筋や癖は……俺かもしれないな。果たしてどうやってその個性は、植え付けたんだろう?経験の複写って可能なんだろうか?
その様な疑問を感じはするが、俺一人で答えが出せる話ではない。薄暗いドリュアートの木を回り込む、マーダーさんが警告した人物は……やっぱりナドゥだ!
「何してる!」
つばぜり合いをしながらもナドゥに気が付いて俺はそちらを伺う。
「私は、君の始末をしに来ている」
その作業に俺らもまんまと使われている訳だよな、こん畜生!
「この……っ!」
力で若干俺が勝っている、はじき飛ばした新生魔王軍の腕を俺は、回し蹴りを見舞って吹っ飛ばした。こうやって蹴りを交えるのは俺の癖だが、新生魔王軍クソ重い鎧を着ている分足技までは交えてこない。
回転した体を無理に立て直さず俺は、そのまま剣も振り回し横からの一撃を叩き込む。ヒットする事によってようやく俺の勢いが止まったのを良い事に左手に握る鞘を遠慮無く突き出し鉄仮面のフェイスガートを叩き割った。
それを支点として右手のカタナを突き入れる。首狙い、相手から逃げられないようにしないとなかなか首斬りなんてできねぇもんなんだよ。
ようやく始末をつけてナドゥの所に向かおうと思ったが、その前に……
どこから現れた?
何時の間にやら別の一体が回り込んできている。
そいつは手に、松明を持ってた。しかしそれを今足下に投げ捨てて武器を手に取る。
コイツ、木の上にいて、火をつけていた奴か……!?
落とした松明を遠慮無く踏み付けながらこちらに向かってくる新生魔王軍の向こうで、ナドゥがドリュアートの大樹に向けて……何をしようとしている?奴は魔法は使わないらしい、と聞いたが……。
行動を監視しようとしたが、目の前に怪物が襲いかかってくる。なんというか、なんか威圧感が他とは違う気がする。
斬り結ぶに、む、少し……斬撃が重いか……!?
「気をつけてくださいヤト!」
頭上から降ってくるのはレッドの声。
「ナドゥを止めろ!何かしようとしてる!」
鋭い殺気を感じて身を屈める。頭上ぎりぎりを鋭い音を立てて跳んでいくのは回し蹴りだ。相手は鋼の具足を履いている訳だから破壊力は棍棒による一撃にも匹敵する。
引き続き叩き付けられた剣をカタナで受止め、俺はあえてふっとばされて距離を取る事を選んだ。
正直、カタナは攻撃をを受けるのにはあんまり向いていない武器である事を知っている。鋼の性質上、弱い側面があるんだ、武器を折られるのはマズい。もし目の前の俺が『それ』を知っていれば、遠慮無く武器を折る事を選択して仕掛けてくるだろう。
「もぅ遅い」
視界の先で、ナドゥがそのように言ったのが間違いなく聞えた。だいぶ収まった頭上の炎のおかげであたりを支配している闇に紛れてしまったのが見える。
「レッド!何してる!」
ほんの一瞬よそ見をした間に新生魔王軍、距離を完全に詰めてきている。斬り結ぶ、やっぱり……他のよりちょっと強いぞコイツ!
鉄仮面の下、闇の中。
目が見えてしまった。
真っ直ぐ俺を見下す、俺が『憎んだ』緑色の瞳。
明らかな殺意を孕んだそれが瞬間、驚愕の色を見せた。途端に俺を圧倒しようとする力が緩む。勿論この隙を見逃す俺ではない。
鞘に剣を添えて交差させ、つばぜり合いを耐えていた所鞘を振り払って怪物を押し返し、遠慮無く刀を突き刺した。
だがその切っ先を怪物め、左腕を盾にして防いでいる。
……胸の前で止まっている切っ先、……鎧まで到達していないはずなのにすでに、怪物の胸から血が流れているのに俺は漸く気が付いた。
暗いので何が起きているのかよく分からない。
突き入れていたカタナを引き抜く。
怪物はすでに胸に受けていた傷の為に倒れそうになり、剣を支えに何とかこれを耐えた。
おかげさまで何が起っているのか理解。
奴の背中から胸に向けて、氷の槍が貫通してやがったのだ。
「大丈夫ですか、ヤト」
こちらに魔法を放ったのが誰なのか、説明するまでもないがレッドだ。
「……ああ」
怪物にとどめを刺す事が出来るのに、俺はそれが出来ずに惚けて、ようやく応答を返した。
目の前で蹲る、傷を塞ごうにも氷の槍という異物によってそれが妨げられ苦しんでいるものが……どういう気持ちであろうかとふっと、想像が出来てしまって俺は嫌な気分に陥ってしまったのだ。
いや、仕方がない事だよな。
少なくとも俺はそういう覚悟が出来ている。
でも、それは『俺は』だ。
こいつらが全員そうだとは限らない訳で。
「……レッド、」
ふいと呼びかけたのは俺じゃない、今お前を呼んだの俺じゃないよ?
首を振ってそれを主張してみる。
「俺とこいつと……何が違う……」
目の前で呟かれた呪詛に俺は、一歩背後に逃げた。
俺の声でそれを言うな。
言われたくない、言わないでくれ。
足は背後に逃げているのに、腕はカタナを上段に構える。
距離を測っているんだこれは、逃げているんじゃない。
「………っ」
怪物が再び口を開こうと息を吸い込んだ瞬間、俺はそれの首を叩き落とす。
転がり落ちた首が俺の隣に落ち、そしてゆっくり蹲っていた体が崩れ落ちた。
痛みが戻ってくる。
胸の苦しみが、胸を押さえなんとか前に歩く。
足の力が抜けてきた。なんとか怪物の隣を通り過ぎ、枯れ行く大樹にたどり着いて手を付く。
腕の感覚もなくなってきている。
これ、限界じゃね!?ちょ、早いよファーステクのおっさん!一応そのように悪態をつくけど、これ以上の延命を望まなかったのは俺の意志だ。
苦笑してタイムリミットを理解する。
「……火は、表面上は沈静化していますが……」
レッドの声のトーンから残念な結果を予測する。
「ダメだったか」
「何か強い可燃性の薬物によって火種が浸透、木の内側から燃えています。……火種は完全に消す事は難しそうです」
俺は、苦しくて胸をかきむしる。
静寂が戻って来た。
大凡片づいたんだ。そして……やっぱりナドゥからは逃げられた。でも奴の事だ。
邪魔だ、不要だと判断した俺の前に何度でも立ち塞がるだろう。卑劣な罠を引いて、何度でも俺をうちひしぐつもりだろう。
「しゃーねぇ、……諦めよう」
俺は苦しいのを我慢して顔を上げた。
「………」
そうするしかないのは分かってんだろ。そんな辛気くさい顔すんな。集まってきた全員の顔を見渡して俺は率先して辛気くさい顔をやめ、努めて笑った。
「マーダー、デバイスツールを取れ。どうせこの木、赤旗立ってるんだろ。怪物化する前に……アイン、燃やしちまえ」
「ヤト!あたしにばっかりそんな事言わないでよ!そんな事嫌よあたしは、傷つくんだから!」
そうか、そういえば燃やせって、つまり『俺を殺せ』って言っているようなもんなんだもんな。
俺は今更、願っている事の意味を悟って慌てた。
「ごめん、アインさん」
「……大丈夫、また、どっかで」
「でも……それってあんまり嬉しい事じゃねぇよな」
素直に気持ちを伝え、俺は木の幹に寄りかかって座り込んだ。
「……俺はここに残る。こんな具合でお前らについていってもどうしようもねぇし」
アベルが何かを言おうとして口ごもって顔を伏せてしまった。ようやく奴も素直になったな。
良い事だ。
俺は笑って目を閉じる。
「……何が違うって言われちまったぜ」
「……ヤト」
「全くだ、何も違わねぇ」
同じだ。
俺もまた、あそこらへんゴロゴロしている鎧の中身、最終的には溶けて無くなる怪物と同じだ。
「最期までクエストに付き合えない、なんてな。……悪い、あとはお前らだけでなんとかしてくれ。俺が次、どこに現れるかなんて分からん状況だ、そうだろう?」
「……お前はそれで良いのか」
テリーの静かな問いに勿論だと、笑って答えた。
……沈黙すんなお前ら、重っ苦しいんだよ!
「あれと俺のどこが違う、なんて言われたら、」
痛みを快楽に脳内で切り替えられたらいいのにな。ドMと自称する俺だが流石にその域まではイけて無い。
顰めそうになる顔を引きつらせ、俺はきっと必死に笑おうとしている。
「俺は、お前らと一緒にいる仕合わせ……独占しちゃいけんだろう」
しばらくの沈黙ののち、レッドが俺の隣に跪く。
「……幸せなのですか?」
レッドの問いに伏せていた顔を上げる。
笑うぞ、俺はドコまでも笑ってやる。
「ああ、……幸せだ」
世界の真ん中にあった木、ドリュアートの大樹は死ぬ。枯れる。燃えて炭になる。
その木の根本に掘られている転移紋もじきに消え去る。
ちんたらしてねぇでさっさと行けよと、言葉にするでもなく、状況は把握して。
仲間達は最後の俺の願いを叶えてくれた。
俺をここに残して行ってくれたんだ。
冷えるなぁ。
ぼんやりと発光する大樹の上に、漆黒の空と星々が見える。……それらが瞬いていた。
俺は樹に寄り添い空を見上げている。
もう二度とこんな僻地に足踏み入れるんじゃねぇぞおまえら。
そう心の中で言って仲間たちを見送った、俺はようやく何も我慢しなくてよくなって静かに、身を横たえる。
このまま綺麗に死ねたらいいのに。困ったな。
……永い眠りの後、俺はまた俺としてどこかで目を覚ます、だなんて。
笑って死にたいのに全然笑えない。
一人になって、俺の顔からは途端、笑みは消えてしまっていると思う。
もしこのままゲームオーバーなら、これ以上のグッドエンディグが俺にあるか?
主人公が死ぬのはグッドじゃない?そうかな?
でも、人間いつか死ぬんだぞ。
物語の中の人間だって物語という枠の外で、フツーの歳喰ってボケ入って足腰自由に動かせなくなって死ぬんだからな?
そうやってベッドの上で死ぬとは限らんのだぞ。
もっと間抜けな理由で死ぬ事だってある。
英雄譚が終わり、更なる冒険を求めた先で現地の病にあっけなく倒れるだなんて事もあるかもしれない。
崖から落ちて死ぬかもしれない。
川に落ちて溺れるかもしれない。
もっと悲惨な場合もあるぞ。
大人気な勇者の存在を疎ましく思った誰かに貶められ、捕えられたり、追われたり、獄中死んだり首刎ねられたり。
そういう波瀾万丈な続きがないとも限らないんだぞ。
とにかく、方法はどうあれ人は必ず死ぬんだ。
語られていない限りそれらは無効だって?
じゃぁ何か。俺の最期は語らなければいいのか?物語の中で。
そう云う話だろ?そういう話だ。
……死にてぇな。
物語に以後続きがないなら俺はこんなに今、幸せなのに。
幸せだと、そう言ってその思いを理解してもらえて。それであいつらを一応笑いながら見送る事が出来た。
もう我慢しねぇ。
死にてぇよ。
心の中で唱えながら目を閉じてみる。
それは一体……誰の望みだ……?
本当にそれでいいのかよ俺。それがお前が望む事か?
お前だけ笑ってたってしょうがねぇだろう。
夜で、俺はすでに肉体的な限界が近くって。仲間達がどんな顔をしていたのか……見えなかったんだよなぁ。
懐かしい方へ、ひたすら懐かしい方へ。
それがどこなのか分からない、どうした事か憶えていない。
気が付いた時俺は、目を閉じてそこにいた。静かに意識を覚ます。
……漆黒のトビラを目の前にしている。
黒い空間にいるのに、今目の前にさらに暗い長方形が存在しているのを俺は、知っている。
自分の手を見た。……見えない。自分の姿が見えない。
振り返ると背後には、まばゆく輝く白い長方形のトビラがある。
いつか、ここに行こうとして追い返された感覚を覚えている。
今はそういう威圧感はない。むしろ光が逆に俺を引き寄せる。
歩いていく。一歩ずつ、足は見えないけど俺は白いトビラの向かって歩いて行った。
近づくにつれて光に晒されてその中に、俺の姿を見つけ出す。
皮の具足をつけた足、手は泥にまみれ、明らかに『俺』の手じゃない。
『俺』というのはアレだ。サトウーハヤトだ。
日々部屋に閉じこもりゲームをして、陳列棚整理のアルバイトくらいしか肉体労働をやらん現代人の俺の腕ではない。バランスの取れた筋肉に、小さな傷跡がほんのりと確認される……ごつごつとしたマメにまみれた掌を眺める。
顔上げる。
白いトビラがまだ、俺を呼んでいる。
なぜだか懐かしい気がしたりする。
漂ってくる森の匂いを嗅いでそんな風に俺は思う。
……ログアウトするにまだ早い。
まだだ、まだ死ねんよ!
懐かしいと感じると同時に色々諦めかけた心に灯がともる。
大丈夫だ……!人間、いつか死ぬんだ。
待っていろ戦士ヤト。いつかお前にも死ぬ時が来るんだから。
だから、もう少しだけこの冒険に付き合ってくれ。
頼む。
……忘れちゃいけねぇ、ここが、ぶっちゃけてる所だって事。
いや、何。
俺は一時でもその事情を忘れていたから、なんだけど。
状況を確認しよう。
俺は、何時にもまして働き者のそれである自分の両手をじっと見ていた。
何か違和感があるぞ?言って置くが戦士の手なんて綺麗なもんじゃねぇ。細かい傷と、何度も潰れたマメにまみれた俺の掌は戦士らしく非常に無骨なものであるハズだ。
それが今、土にまみれた白いモノになってて……?
うん、いや、そうだ。
エズでの暴走の一件で、確か蔦模様がついて取れなくなっていた筈では……?
そもそもエズでの暴走って何だ?
おいおいちょっと待て、接続切り替わるたんびにこうやって俺は状況に混乱せねばならんのか!
メージン!助けて!この状況が俺にはよく分からない!
ところが天の声は聞えない、メージンも手一杯なんだろうか?
俺は夢を見ていた?
その夢を、今になって思い出したのか?
上手く自分の状況が理解できず動作を止めてまじまじと自分の手を見つめている……と、
「おおい、どうした?」
のんきな声が聞えて俺はそちらを振り返る。
見た事があるようで……いや、当たり前だ。毎日のように顔会わせているおっさんなんだから見た事があるのは当然だ。
ええっと、俺ってば何してるんだっけ?
リコレクトするに、野菜を確保しに来たんだろ、と心の中で俺自身が答える。
そうなんだよな、そうそう。夕飯の……夕飯って何だ!?
「君、手伝ってくれんか!」
頭は色々と混乱しているのに口からは自然に言葉が出てきてしまう。
「トリ一匹捕まえられねぇのかよ!……って、逃がすなよ!ああああ!」
折角作った木の囲いから、ここまでなんとか増やした野生のウズラが逃げようとしているのを見つけて俺は、走り出してとっさに捕まえる。胸に抱くように地面に飛びつき、腕の中に捕らえるんだよ!
そんで首を掴むんだよ!でなきゃ足!つつかれる?大丈夫だ、ちょっと痛いだけだから!
「もぅいい!俺がやる!お前に任せた俺がバカだった!」
こうやって共同生活する事になって……はたして何日過ぎた事だろう。
俺は思わずため息を漏らす。
場面、スキップ。
俺、状況はよく分からないが現状ははっきり把握している。リコレクトして状況を把握してきた。
そうだ、飯だ。
経費削減のため2食に絞っている。昔俺が住んでいた森と違って、ここにある資源は非常に限られているもんでな。
本来ならばこうやって……連中と同じ釜のメシを喰うはずがない展開なのだが、かといって同じ境遇にいるのに放置が出来なかった、全て俺の甘さだ。
そのように苦く思いながら煮込んですっかり甘くなった蕪の一種を咀嚼している。
「塩加減が少なくないか?」
「文句言うな、言う奴は喰うな」
俺のキツい言葉に、本日の雑炊についていちゃもんつけた奴はしゅんとなって肩をすくめる。
奴は……檻の中にいる。ただメシ食い野郎の癖に生意気な。
ぶっちゃけてるなぁ、俺はそう思って。
はて?何がぶっちゃけてるんだっけと首をかしげてしまう。
日はとっぷり暮れた。ただでさえここ、日照時間が非常に短い。
すっかり暗い中質素な夕飯が終わり、俺は動けるうちに少し働いてあとは寝るだけ。明日明るくなったら再び作業して、飯つくって作業して……繰り返し。
ただ、生きるためだけの作業。
でも、これが生活するって事なんだ。
昔俺はこれが嫌で、俺剣士になるー、とか訳の分からん望みを抱き、そして……真っ当な人生から転落した。
俺、今こうやって生きているだけでも幸せなのかもしれん。
すっかり暗くなっているが、俺は火が残っている間に自作の罠の微調整をしながらそう思った。
今の生活、充実はしている。……多少な。
完璧とは言い難い。なぜなら……。
俺、いや、俺達。
あまり広いとは言い難い谷底に閉じこめられ、こっから出られないからだ。
状況は無人島に閉じ込められているのと同じな、谷底からの脱出が絶望的な現在、誰かの救出の手があるのを待つばかりなんである。
はぅ、ため息が出ます。
せめて1人なら……いや、1人だと逆に気が滅入ってたんだろうか?よくわからん。
とにかく、俺がここに来た時にはすでに、先客がいた。
それが……薬品を石台の上で挽きつぶす作業に没頭しているあのおっさんと、全く働かないダメな大魔王。
……ようするに、ナドゥとギガースである。
転移門を潜り抜けるにおっと、薄暗い?すでにあっちこっち行ったり来たりで現在時刻的なものが把握できていないんだが、八精霊大陸とは経度?って奴が違うのかもしれん。一応……この世界の基礎概念として『第八期の八精霊大陸は丸い』って事になっていて、その辺りは辛うじて戦士ヤトの知識としてあるようだ。第八期の、と付いている訳なので、こう……詳しい事はよくわからんが、昔は丸く無かったっぽい。
飛行機みたいなスーパー移動手段は無いが、転位門っていう某チートドア魔法があるから、転位した距離によっては時差が発生する事は『解明されている』のな。
与太話だが、そうすると転位門っていうのは時空間を縮める事になって、僅かながらウラシマ効果とか俗に言われる感じの恩恵を受ける事が可能か?っていうと、そういうのは無いらしい。なんだろう、何故かリコレクトしたのでレッドのめんどくさい話を聞いてスキップでもしてたんだろうか。
運動量……いや、移動量?それに比例して、移動量が多いものほど時間の経過が遅くなる、って奴だよ。
残念ながら、転位門や扉というのはこう、ガチャリと扉を開けて向こう側とタイムラグ無しで行き来するものではない、とのレッドの話だ。実際、転位門系の魔法を跨いでも、瞬間的に向こう側に到着してるわけでは無く、よくわからん空間を潜り抜けた先に転出先が開けているしな。
与太話は以上。
どうにも、夜だ。しかし……光を感じる。
その、転位門特有の識の混濁が収まって来て状況が分かって来る。
太陽じゃない、人工的な光が頭上から降り注いでいる。揺れる影を見て頭上を見上げると……
まだそれ程大きくはない、ドリュアートの木が……燃えている。
夜に、炎を宿した巨大な木が聳え立っていた。
「これは……!」
「ふあーっ!来てくれたか!」
「うぎゃ!」
何かが俺の顔に張り付いてきたのを慌てて引き剥がす。
なんとなくそうだろうな、とは思ったが小さな蛇のマーダーさんだ。尻尾を摘んで状況を尋ねよう。
「なんだ、どうして燃えてる!」
「尻尾は止めてぇ、そこ持たないで~」
ずんぐりむっくりな小さな蛇が懸命に体を揺らして抵抗する。
「もはや不要だからな」
マーダーさんではない、冷たい声がどこからか、返って来た方を振り返る。
俺はマーダーさんを無言でナッツに預け……ちょ、剣を抜こうとしたら剣がない。ついでに鎧も籠手もない!待て、これじゃぁ俺、戦えないじゃん!急いでやって来たのはいいが、俺ってば武器防具全部置いてきたー!?
1人うろたえている隣でアベルとテリーが構えた。
「成る程、在庫一斉処分セールってわけだな」
俺は仕方がないので格好だけ構えてみたりする。剣がない剣士なんて!一応組み手も嗜んでるから多少は戦えるかもしれん、最悪その辺りから頑丈そうな木の枝でもなんでも拾って応戦するしかねぇか。
新生魔王軍を数個隊引き連れて、赤い旗を頭上に持たないナドゥが少し、離れた所に立っているのが薄暗い中ぼんやりと確認出来る。実際、俺には奴の顔の判別は暗すぎて無理だ。暗視持ちははっきり見えているんだろうが、あのおっさん常に白衣っぽいの羽織ってるからな。それがぼんやり浮かび上がる様に俺には見える、こんな森の中で白衣来て現れるはナドゥくらいなもんだろう。
思い出している。本当についさっき見た夢の中で。
……いや、現実として在った、夢の中で。
俺は間違いなくナドゥを斬った。
目の前で黒く溶けていったのを見送った。
恐らくは同じ顔で今、目の前に立っているナドゥ、しかしこいつには赤い旗がついていない。
俺が倒したナドゥとは別って事か。
奴は無防備にこっちに歩いて来た、段々とその顔が炎の光に照らされてはっきり見えて来る。
右手でモノクルでも弄って、ナドゥは何時にも増して厳しい顔をこちらに向けていた。あんな厳つい顔してるのはあんまり、記憶にないな……頭上から降り注ぐ炎の光の具合もあるのかもしれない。
「君達に助力を仰いだのは、間違っていた」
「何言ってやがる、元よりお前に荷担するつもりなんか無ぇよ」
「……望む所は同じではなかったと言う事に少し、失望もしている。同時にそれを見抜け無かった私自身についても、な」
俺は、武器がないけど強気に一歩前に出た。他力本願だが俺の仲間達が強いから寄りかかってしまうぞ!
「お前の望みは何だっていうんだ!」
「一言で言える事ではない」
「誤魔化すな」
俺の責めにナドゥは一瞬視線を地面に投げる。少し考えてから奴は、言った。
「……言うなれば、世界平和を目指している、だろうな」
「アンタのやってる事のドコが世界平和になんのよ」
「その為になら何をやっても良いってもんじゃないよ?」
「そんな事は分かっている」
アベルとマツナギの言葉にナドゥは、少し語気を強めて答え俺達を黙らせる。
「君達も知っているはずだ、世界平和なんてものはどんなに力を得ていても実現するのは絵空事。それでも、その理想を望んではいけないと云う事はあるまい」
……ナドゥも、何か望んだと言う事か?
魔王ギガースに何かを願い、そして……叶った……?
「だが力が無ければささやかな平和さえ叶わない。私は力が欲しかった。流転する世界に安定を願う為に『私』は力を願い、そうしたばかりに『私』に消されてしまった」
何故か、ナドゥはそこで笑う。
よくわからない、前にここでナドゥに会った時も同じく、不思議な所で笑うこいつらの態度がよく分からないと感じていた事を思い出している。
「貴方は、自分自身を分裂させた……?」
レッドの問いにナドゥは小さく首を横に振る。
「自らに安易に試す程の度胸は私には無い。だから私は代替を育て、西方に現れた『緑国の鬼』の手段を模倣しこれを、分裂させた」
緑国の鬼、ナッツ曰くそれは魔王八逆星のギルだって話だったな。
夢の中にあった俺の、確かな現実の出来事でもナドゥは……同じような事を言っていたのをリコレクト出来る。
自分達も、魔王八逆星も全てギルの『劣化複写』だとナドゥは言っていたはずだ。
「影との分離か、別々の人格を有する」
ナッツの低い呟きにナドゥは笑った。俺にはその分裂だか複写だかの理論がいまいちよくわからんのだが軍師連中には話が通じているなら別に、俺が理解しなくてもいいんだろう。
とにかく確かにそういう事は起るって事だ。
レッドとナッツが何やら厳しい顔になっている。だから、その技法は間違いなく『忌むべき』事なんだろう。禁忌って事だ。
それだけ分かれば十分だぜ。
忌々しさは俺自身でもよく分かっている。俺も、同じような技法で多数分裂されている訳だしな。
「彼らが『私』ではないとすれば、では『私達』は『私』に向けてどんな思いを抱くだろう?……答えは簡単だ」
ナドゥの合図で背後に控えていた新生魔王軍が武器を構えて一歩ずつ前に出てくる。
「『私』の原本、すなわち……リュステル・シーサイドは死んだ。せめてどれが本物であるのか迷う余地があった方が救いがある。私達はそのように判断し、私達は『私』を殺した」
「……救いがある、だと?」
リュステルは死んだ、殺されている……?
奴の言葉を信じるとすれば、ナドゥはリュステルじゃないって事だよな。リュステルの、劣化複製品がナドゥ。じゃぁ、シーミリオン国でリュステルの帰りを待っている、ユーステルやキリュウの思いは……届かないってのか……!
「お前に救いがあってもしょうがないだろう!」
「君がなぜ怒るのか私には理解出来ないな。君は『君』を目の前にして何を選んだのかもはや、忘れている訳ではあるまい」
しっかり痛い所をついてきやがる、憎たらしい。
言い返してやりたいが、上手い事出てこない。その様に歯ぎしりしている横で、魔導師が一歩前に出る。
「彼にとって、何が本物かというのは愚問です」
レッドが静かに言った。
「僕らにとって今隣にいる彼こそが紛れもない『本物』」
全部事情を知っているのにレッド、きっぱりと言い切った。
……いや、でもそれは嘘だ。
こいつが得意な嘘の言葉だ。
でも、それでも、これほどに嘘が嬉しい事はない。
そしてその嘘に遠慮無く騙されて、俺の『仲間』達は同意の言葉で俺の存在を守ってくれる。
俺を『俺』だと言い切る連中の自信がどこから出てくるのか。きっとナドゥは理解出来ないのだろう。
俺が分裂している事態にもっと混乱してしかるべきだと信じている。それなのになぜここまで愚かにも俺を本物だと言い切ってくるのか、ナドゥはそのあたりを読み違えている。
答えはある。
ナドゥに見えてない、青い旗が俺の頭上にあるからだよ。
俺達の頭上に旗があるって事をナドゥは理解できない。だから、奴には俺達の行動を読み切れない。
この世界において理解されない事は、一種のバグだったりもする。
フラグシステム。
色に限らず全て、一種のバグだと随分昔にメージンからそのように聞いている。
本当は言い切っちゃ行けないんだぜ。
俺をヤト・ガザミの本物、だなんて。
青い旗でもって保証されているのは戦士ヤト・ガザミじゃない。そこに付随してこの世界を夢見ているサトウーハヤトの方であったりする。
そして俺の仲間達はヤト・ガザミではなく、サトウーハヤトを見つけて『これが俺達の仲間だ』と保証しているに過ぎないんだ。
決してヤト・ガザミの本物を指さしてるんじゃない。
履き違えられている。
本当は違えちゃいけないのにな。
ゲームプレイヤーとしての『現実』、それによって保証されている『仮想』のヤト・ガザミ。
ヤト、戦士な俺。お前だったらこの状況はどうなんだ?
受け入れがたいのか、悔しいのか、悲しいのか?
それとも嬉しいか?
……微妙、と言うかもしれない。
俺は俺の感性でもってそんな風に思う。
難しい事俺、わかんねぇから別にいーよそんな事。
だから俺がここにいて、それで俺の周りが悲嘆に暮れて無いならそれでいいんだ。
な、それだけ分かれば十分だろう?
……そうやって、強がって笑うに決まってる。
「……確かに彼なら、いきなり自分と同じ顔の敵を目の前にしたとしても、遠慮無く感情的になって剣を突きつけているのかも知れません。思いの外小心みたいですし。後悔するのが終わった後、という事も少なくないようです」
ふっとレッドが俺を横目で見ながら言った。
なんだよ、悪いかよ、何が言いたいんだよ。
「それと同じ、だというのなら」
ナドゥに視線を戻してレッドは腹黒く笑った。
「貴方も感情論で自分を排除したわけですか?」
これは、痛いトコ抉ったと見えるぞ。
ナドゥ、視線を細めて口だけで笑った。視線はレッドを睨み付けている。
「……間違い、とは言い難い。もしかすればそうかもしれない。私達はそういうある意味幼稚な意見でもってこの、過酷な運命から逃れたかったのだ」
「何が過酷な運命だ。お前が、お前で望んだ事だろう」
「そうか?本当に私が望む事だろうか?世界平和とかいう絵空事を」
ナドゥは自分の『望み』を鼻で笑う。
「絵空事と分かっているのに。私の望みとは本当にそれなのか?何の為にそんな事を叶えなければいけない。平和など理想だ、理想と知っていて心に飼う似すぎない幻想だ。違う、リュステルが本当にやりたかった事はそんな事ではない」
ナドゥはそのように言い切って右手を握り込む。
「私達はその本心を暴くのだ。そしてそれを叶える。その過程、もしかすれば理想郷が垣間見えるのかもしれない。だがそれは副産物に過ぎないのだ」
便宜上シーミリオン国の女王であるユーステル。でもその中身は実は、リュステル・シーサイドの妹であるキリュウだ。
彼女は俺に忠告したと思う。
兄は、リュステルは……国や世界を救う事、魔王八逆星というものを傘にしてもっと別の事、もっと世間的にはどうでもいい事を画策している可能性があるってな。
南国に攫われた時、便宜上ユーステル女王だった彼女はナドゥに会ったという。そして確かに兄の顔をしているこの人物を見て、違和感を感じたと言っていた。
それは当たりだユーステル。
すでに、あの時リュステル・シーサイドという人物はこの世に存在しない。お前が顔合わせたのはリュステル兄貴じゃない。
それはナドゥ・DS。劣化複写された別の存在。違和感は、あってしかるべきだろう。
「何はともあれ、もはや君も、君達も。不要だ」
だから始末するってか。
甘く見んなよ俺を、いや、俺今回は戦えないかもしれないので俺達を!
「いずれ神も、全てがこの世界を去っていく。管理者を欠いた世界がどうなるのか、君達には想像出来ないものかね?」
方位神も大陸座も『神』じゃないらしい。管理者という言い方の方が当たりに近い。『開発者レイヤー』って所にいるわけだからな。ナドゥは神というものをシステムとして理解している。だから……神の事を管理者と言ったな。
見えない触れ得ない階層が『理解不能』であるこの世界の全ては、その階層にあるものを便宜上『神』と呼ぶ。
神と呼ぶよりない『システム』、ようするに大陸座や方位神をこの世界から退避させる運動を俺達が起こしている事をナドゥは……察している。
そして、それが相容れないと言っているようだ。魔王八逆星は、大陸座を排除する為に動いていたと思ったんだが……本当の所はそうではないのか?
「貴方は管理されたいのですか?」
「管理無くして秩序など、有り得ようか。平和とは自由ではない、平和とは、秩序だ」
ナドゥは神がこの世界を去っていくのを嘆くのか。神の退避は秩序の崩壊だと、そういいたのかよ。
「ようやく吐き出しましたね、貴方の本音」
レッドは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「秩序に守られていれば平和と云う事ではないのです。貴方は平和を幻想と言い切る癖になぜそこまで平和に拘るのですか?」
ナドゥが右手を軽く振った。新生魔王軍、一気にこちらに向けて流れ込んで来る。
これ以上の会話を望まないという事かもしれない。
前線担当のアベルとテリーが対応する。
う、剣相手に俺のへっぽこな組み手はちょっと役不足だなぁ。そのように困っていたら、
「ヤト、」
マツナギから曲刀、ようするにカナタを投げ渡された。
「使いな、あたしは弓だけで戦うから」
「お、ありがたい!」
鞘から引き抜く、独特の撓りに刃が鳴った。左手に鞘を握り前に出ようとしたら肩を掴まれていてつんのめる。
「だめ、お前はここから動くな」
「なんだよ、ナッツ!」
振り返ったらちょっと驚く。
さり気なくカオスの奴もついてきてやがって、奴は俺らには構わず燃えている木の上の方を伺っている。
「前はテリーに任せておけ、お前はいつまた動けなくなるか分からないんだぞ?」
確かに、今俺が動けるのはファーステクっていうおっさんがくれた薬のおかげだ。あまり長くは持たない、と言われている。
「レッド、火を消さないと」
「……そうですね」
レッド、まだナドゥに向けて言いたい事があったみたいだが、乱戦が始まってしまい会話を諦めてこちらを振り返った。
新生魔王軍が襲いかかってきたのをテリーとアベルが迎え撃つ。数はそれほど多くはないが、魔王軍よりも俺の代替え品は数倍に厄介な相手だろう。
「僕らは作業に集中する、ヤト、」
「分かった、ここで……」
早速アベルとテリーの包囲網を潜り、アインとマツナギの攻撃をかいくぐってきた1人を俺は切り伏せて背中を踏み付け、遠慮無く鉄仮面の隙間から首にカタナを突き入れた。
「お前らを守ってりゃ良いんだろ!」
数にして……薄暗いのでよく分からないが……3ダースいないだろう。新生魔王軍、鉄仮面の下にある、俺と同じ顔。
一々確かめてみるような事はしねぇぞ?気分良いもんじゃねぇと思うし。
たかが3ダース、されど3ダース。
火消し作業はレッドとカオスでやっているようだ。すでにテリーが相手にしているのと同じ数、俺の周りに群がっていたりする。
流石バージョンアップ、そして流石俺。一筋縄ではいかない。何より、中途半端にダメージを与えても鎧に掛けられている再生光によって起き上がってくる。
これのどっかに統率隊がいるはずなんだよな!?
南国にトんだ時、こいつらに入り込んだ時得た記憶が新生魔王軍の仕様だとするなら、『スイッチ』になっている奴がいるはずだ。具体的に説明すると、新生魔王軍はネズミ算で増えるんだよ。ともすればとんでもない数になりそうなもんなんだが、簡単に言えば一世代前の命令を聞くっていう制約みたいなモンがあってだな、……詳しく色々面倒臭いルールが在る様だが……とにかく、命令系統としては世代が上の方が権限が強く、増やせる世代の限度があるっぽい。
所でネズミって、一年の間に何匹子供を産むか知ってるか?
リアルというよりは田舎育ち戦士ヤトの知識として、環境にもよるのだが奴らの寿命は約3年、平均6匹を年5回程度産む様になるまで3か月。つまり?計算してみろ?一代が年30匹出産すると仮定すると、3世代目が子供を産み終わったとき総数何匹になってると思う?
つがいで繁殖すると考えれば……あと、雌雄比率が等しいと仮定しても7740匹だ。ねずみは3年、生きるからな。現実的にはもっと悲惨な数になるだろう。
新生魔王軍は怪物であり単体から推定30体に留まらない数増殖出来る。まぁ、仮にねずみと同じで30体複製が限度と考えてみよう。番う必要は無いが一回しか増殖出来ないとしても3世代で27000体の大台突破だ。
これ、あくまで低く見積もった数だからな?複製世代限度が在ったのが救いだよな……。
だから、一世代前の強い個体が群れの中に必ずいて、それがこの無秩序な大群を制御しているんだ。
そんな事を考えながら、そういう計算は出来るんですねって余計な心配だっつーの!
よく切れる刀で、魔王軍の鎧ごと胸板を叩き斬り背後に蹴り飛ばす。
そのまま低く振り払って首をはじき飛ばす事でようやく、奴らは活動を止める。心臓狙いでさえ致命傷にならない。唯一の弱点は首、頭を体を引き剥がす事で初めて活動を停止する。
3匹、突撃してきたのをナッツがやや反応遅れで風の魔法で追い返した。
「まだ火は消えないのかよ!」
「ただの火じゃないのかな?」
ナッツ、頭上を少し見上げて答えた。
「統率体がいるはずだぞ、こいつらのボスになってる奴」
「へぇ、そうなのかい?」
ナッツ、突っ込んできた一体を風で追い返して俺に寄越しやがったな。斬り結んで下段に押し返しそのまま返しで切り払う。マツナギのカタナ、良い仕事モノだ。何よりリーチが長いのがいい。マツナギって俺より背が高いのもあって太刀クラスの刀を帯刀してたんだ。
俺がどんな武器でも上手く使えるのは元剣闘士である唯一の強みだな。
「あのさヤト。思うんだけど、本当にそういう統率体がいるなら、こういう乱戦には加わってないと思わない?」
何時の間にやら背後に回り込んでいたものの攻撃を弾く、剣を振り回して牽制、巨大な木ドリュアートの幹を壁にして俺達は取り囲んできた3人に構えた。
「どっかで状況を見ている……!?」
くそ、俺は人間だ。今夜だから見通しは利かない。これは実はナッツもそうである。だから奴は今、あんまり戦力になってない。
なんでかって、奴は鳥目なんだよ!有翼族全員が持っている特性ではないそうだが、昼間目が良い分マイナスアビリティとして夜間著しく視力が下がりやがるんだ。
「誰か木の側にいるよ」
目の見えてないナッツを補佐しているのは実は、大陸座ドリュアートのマーダーさんだったりする。
もっとも、奴も目が見えてる訳じゃねぇんだよなぁ……熱感知が大きいらしい。だから、誰なのかは分からないのな。
俺はナッツと素早く、立ち位置を変える。そして目の前の新生魔王軍と斬り結び、なんとか力業で背後にふっとばし、連撃でもって背後に追いつめた。
新生魔王軍の中身は俺とはいえ、全部が全部俺の技能を取得している訳ではないようだ。あくまでポテンシャルが同じというだけであるように思える。
それでも確かに太刀筋や癖は……俺かもしれないな。果たしてどうやってその個性は、植え付けたんだろう?経験の複写って可能なんだろうか?
その様な疑問を感じはするが、俺一人で答えが出せる話ではない。薄暗いドリュアートの木を回り込む、マーダーさんが警告した人物は……やっぱりナドゥだ!
「何してる!」
つばぜり合いをしながらもナドゥに気が付いて俺はそちらを伺う。
「私は、君の始末をしに来ている」
その作業に俺らもまんまと使われている訳だよな、こん畜生!
「この……っ!」
力で若干俺が勝っている、はじき飛ばした新生魔王軍の腕を俺は、回し蹴りを見舞って吹っ飛ばした。こうやって蹴りを交えるのは俺の癖だが、新生魔王軍クソ重い鎧を着ている分足技までは交えてこない。
回転した体を無理に立て直さず俺は、そのまま剣も振り回し横からの一撃を叩き込む。ヒットする事によってようやく俺の勢いが止まったのを良い事に左手に握る鞘を遠慮無く突き出し鉄仮面のフェイスガートを叩き割った。
それを支点として右手のカタナを突き入れる。首狙い、相手から逃げられないようにしないとなかなか首斬りなんてできねぇもんなんだよ。
ようやく始末をつけてナドゥの所に向かおうと思ったが、その前に……
どこから現れた?
何時の間にやら別の一体が回り込んできている。
そいつは手に、松明を持ってた。しかしそれを今足下に投げ捨てて武器を手に取る。
コイツ、木の上にいて、火をつけていた奴か……!?
落とした松明を遠慮無く踏み付けながらこちらに向かってくる新生魔王軍の向こうで、ナドゥがドリュアートの大樹に向けて……何をしようとしている?奴は魔法は使わないらしい、と聞いたが……。
行動を監視しようとしたが、目の前に怪物が襲いかかってくる。なんというか、なんか威圧感が他とは違う気がする。
斬り結ぶに、む、少し……斬撃が重いか……!?
「気をつけてくださいヤト!」
頭上から降ってくるのはレッドの声。
「ナドゥを止めろ!何かしようとしてる!」
鋭い殺気を感じて身を屈める。頭上ぎりぎりを鋭い音を立てて跳んでいくのは回し蹴りだ。相手は鋼の具足を履いている訳だから破壊力は棍棒による一撃にも匹敵する。
引き続き叩き付けられた剣をカタナで受止め、俺はあえてふっとばされて距離を取る事を選んだ。
正直、カタナは攻撃をを受けるのにはあんまり向いていない武器である事を知っている。鋼の性質上、弱い側面があるんだ、武器を折られるのはマズい。もし目の前の俺が『それ』を知っていれば、遠慮無く武器を折る事を選択して仕掛けてくるだろう。
「もぅ遅い」
視界の先で、ナドゥがそのように言ったのが間違いなく聞えた。だいぶ収まった頭上の炎のおかげであたりを支配している闇に紛れてしまったのが見える。
「レッド!何してる!」
ほんの一瞬よそ見をした間に新生魔王軍、距離を完全に詰めてきている。斬り結ぶ、やっぱり……他のよりちょっと強いぞコイツ!
鉄仮面の下、闇の中。
目が見えてしまった。
真っ直ぐ俺を見下す、俺が『憎んだ』緑色の瞳。
明らかな殺意を孕んだそれが瞬間、驚愕の色を見せた。途端に俺を圧倒しようとする力が緩む。勿論この隙を見逃す俺ではない。
鞘に剣を添えて交差させ、つばぜり合いを耐えていた所鞘を振り払って怪物を押し返し、遠慮無く刀を突き刺した。
だがその切っ先を怪物め、左腕を盾にして防いでいる。
……胸の前で止まっている切っ先、……鎧まで到達していないはずなのにすでに、怪物の胸から血が流れているのに俺は漸く気が付いた。
暗いので何が起きているのかよく分からない。
突き入れていたカタナを引き抜く。
怪物はすでに胸に受けていた傷の為に倒れそうになり、剣を支えに何とかこれを耐えた。
おかげさまで何が起っているのか理解。
奴の背中から胸に向けて、氷の槍が貫通してやがったのだ。
「大丈夫ですか、ヤト」
こちらに魔法を放ったのが誰なのか、説明するまでもないがレッドだ。
「……ああ」
怪物にとどめを刺す事が出来るのに、俺はそれが出来ずに惚けて、ようやく応答を返した。
目の前で蹲る、傷を塞ごうにも氷の槍という異物によってそれが妨げられ苦しんでいるものが……どういう気持ちであろうかとふっと、想像が出来てしまって俺は嫌な気分に陥ってしまったのだ。
いや、仕方がない事だよな。
少なくとも俺はそういう覚悟が出来ている。
でも、それは『俺は』だ。
こいつらが全員そうだとは限らない訳で。
「……レッド、」
ふいと呼びかけたのは俺じゃない、今お前を呼んだの俺じゃないよ?
首を振ってそれを主張してみる。
「俺とこいつと……何が違う……」
目の前で呟かれた呪詛に俺は、一歩背後に逃げた。
俺の声でそれを言うな。
言われたくない、言わないでくれ。
足は背後に逃げているのに、腕はカタナを上段に構える。
距離を測っているんだこれは、逃げているんじゃない。
「………っ」
怪物が再び口を開こうと息を吸い込んだ瞬間、俺はそれの首を叩き落とす。
転がり落ちた首が俺の隣に落ち、そしてゆっくり蹲っていた体が崩れ落ちた。
痛みが戻ってくる。
胸の苦しみが、胸を押さえなんとか前に歩く。
足の力が抜けてきた。なんとか怪物の隣を通り過ぎ、枯れ行く大樹にたどり着いて手を付く。
腕の感覚もなくなってきている。
これ、限界じゃね!?ちょ、早いよファーステクのおっさん!一応そのように悪態をつくけど、これ以上の延命を望まなかったのは俺の意志だ。
苦笑してタイムリミットを理解する。
「……火は、表面上は沈静化していますが……」
レッドの声のトーンから残念な結果を予測する。
「ダメだったか」
「何か強い可燃性の薬物によって火種が浸透、木の内側から燃えています。……火種は完全に消す事は難しそうです」
俺は、苦しくて胸をかきむしる。
静寂が戻って来た。
大凡片づいたんだ。そして……やっぱりナドゥからは逃げられた。でも奴の事だ。
邪魔だ、不要だと判断した俺の前に何度でも立ち塞がるだろう。卑劣な罠を引いて、何度でも俺をうちひしぐつもりだろう。
「しゃーねぇ、……諦めよう」
俺は苦しいのを我慢して顔を上げた。
「………」
そうするしかないのは分かってんだろ。そんな辛気くさい顔すんな。集まってきた全員の顔を見渡して俺は率先して辛気くさい顔をやめ、努めて笑った。
「マーダー、デバイスツールを取れ。どうせこの木、赤旗立ってるんだろ。怪物化する前に……アイン、燃やしちまえ」
「ヤト!あたしにばっかりそんな事言わないでよ!そんな事嫌よあたしは、傷つくんだから!」
そうか、そういえば燃やせって、つまり『俺を殺せ』って言っているようなもんなんだもんな。
俺は今更、願っている事の意味を悟って慌てた。
「ごめん、アインさん」
「……大丈夫、また、どっかで」
「でも……それってあんまり嬉しい事じゃねぇよな」
素直に気持ちを伝え、俺は木の幹に寄りかかって座り込んだ。
「……俺はここに残る。こんな具合でお前らについていってもどうしようもねぇし」
アベルが何かを言おうとして口ごもって顔を伏せてしまった。ようやく奴も素直になったな。
良い事だ。
俺は笑って目を閉じる。
「……何が違うって言われちまったぜ」
「……ヤト」
「全くだ、何も違わねぇ」
同じだ。
俺もまた、あそこらへんゴロゴロしている鎧の中身、最終的には溶けて無くなる怪物と同じだ。
「最期までクエストに付き合えない、なんてな。……悪い、あとはお前らだけでなんとかしてくれ。俺が次、どこに現れるかなんて分からん状況だ、そうだろう?」
「……お前はそれで良いのか」
テリーの静かな問いに勿論だと、笑って答えた。
……沈黙すんなお前ら、重っ苦しいんだよ!
「あれと俺のどこが違う、なんて言われたら、」
痛みを快楽に脳内で切り替えられたらいいのにな。ドMと自称する俺だが流石にその域まではイけて無い。
顰めそうになる顔を引きつらせ、俺はきっと必死に笑おうとしている。
「俺は、お前らと一緒にいる仕合わせ……独占しちゃいけんだろう」
しばらくの沈黙ののち、レッドが俺の隣に跪く。
「……幸せなのですか?」
レッドの問いに伏せていた顔を上げる。
笑うぞ、俺はドコまでも笑ってやる。
「ああ、……幸せだ」
世界の真ん中にあった木、ドリュアートの大樹は死ぬ。枯れる。燃えて炭になる。
その木の根本に掘られている転移紋もじきに消え去る。
ちんたらしてねぇでさっさと行けよと、言葉にするでもなく、状況は把握して。
仲間達は最後の俺の願いを叶えてくれた。
俺をここに残して行ってくれたんだ。
冷えるなぁ。
ぼんやりと発光する大樹の上に、漆黒の空と星々が見える。……それらが瞬いていた。
俺は樹に寄り添い空を見上げている。
もう二度とこんな僻地に足踏み入れるんじゃねぇぞおまえら。
そう心の中で言って仲間たちを見送った、俺はようやく何も我慢しなくてよくなって静かに、身を横たえる。
このまま綺麗に死ねたらいいのに。困ったな。
……永い眠りの後、俺はまた俺としてどこかで目を覚ます、だなんて。
笑って死にたいのに全然笑えない。
一人になって、俺の顔からは途端、笑みは消えてしまっていると思う。
もしこのままゲームオーバーなら、これ以上のグッドエンディグが俺にあるか?
主人公が死ぬのはグッドじゃない?そうかな?
でも、人間いつか死ぬんだぞ。
物語の中の人間だって物語という枠の外で、フツーの歳喰ってボケ入って足腰自由に動かせなくなって死ぬんだからな?
そうやってベッドの上で死ぬとは限らんのだぞ。
もっと間抜けな理由で死ぬ事だってある。
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崖から落ちて死ぬかもしれない。
川に落ちて溺れるかもしれない。
もっと悲惨な場合もあるぞ。
大人気な勇者の存在を疎ましく思った誰かに貶められ、捕えられたり、追われたり、獄中死んだり首刎ねられたり。
そういう波瀾万丈な続きがないとも限らないんだぞ。
とにかく、方法はどうあれ人は必ず死ぬんだ。
語られていない限りそれらは無効だって?
じゃぁ何か。俺の最期は語らなければいいのか?物語の中で。
そう云う話だろ?そういう話だ。
……死にてぇな。
物語に以後続きがないなら俺はこんなに今、幸せなのに。
幸せだと、そう言ってその思いを理解してもらえて。それであいつらを一応笑いながら見送る事が出来た。
もう我慢しねぇ。
死にてぇよ。
心の中で唱えながら目を閉じてみる。
それは一体……誰の望みだ……?
本当にそれでいいのかよ俺。それがお前が望む事か?
お前だけ笑ってたってしょうがねぇだろう。
夜で、俺はすでに肉体的な限界が近くって。仲間達がどんな顔をしていたのか……見えなかったんだよなぁ。
懐かしい方へ、ひたすら懐かしい方へ。
それがどこなのか分からない、どうした事か憶えていない。
気が付いた時俺は、目を閉じてそこにいた。静かに意識を覚ます。
……漆黒のトビラを目の前にしている。
黒い空間にいるのに、今目の前にさらに暗い長方形が存在しているのを俺は、知っている。
自分の手を見た。……見えない。自分の姿が見えない。
振り返ると背後には、まばゆく輝く白い長方形のトビラがある。
いつか、ここに行こうとして追い返された感覚を覚えている。
今はそういう威圧感はない。むしろ光が逆に俺を引き寄せる。
歩いていく。一歩ずつ、足は見えないけど俺は白いトビラの向かって歩いて行った。
近づくにつれて光に晒されてその中に、俺の姿を見つけ出す。
皮の具足をつけた足、手は泥にまみれ、明らかに『俺』の手じゃない。
『俺』というのはアレだ。サトウーハヤトだ。
日々部屋に閉じこもりゲームをして、陳列棚整理のアルバイトくらいしか肉体労働をやらん現代人の俺の腕ではない。バランスの取れた筋肉に、小さな傷跡がほんのりと確認される……ごつごつとしたマメにまみれた掌を眺める。
顔上げる。
白いトビラがまだ、俺を呼んでいる。
なぜだか懐かしい気がしたりする。
漂ってくる森の匂いを嗅いでそんな風に俺は思う。
……ログアウトするにまだ早い。
まだだ、まだ死ねんよ!
懐かしいと感じると同時に色々諦めかけた心に灯がともる。
大丈夫だ……!人間、いつか死ぬんだ。
待っていろ戦士ヤト。いつかお前にも死ぬ時が来るんだから。
だから、もう少しだけこの冒険に付き合ってくれ。
頼む。
……忘れちゃいけねぇ、ここが、ぶっちゃけてる所だって事。
いや、何。
俺は一時でもその事情を忘れていたから、なんだけど。
状況を確認しよう。
俺は、何時にもまして働き者のそれである自分の両手をじっと見ていた。
何か違和感があるぞ?言って置くが戦士の手なんて綺麗なもんじゃねぇ。細かい傷と、何度も潰れたマメにまみれた俺の掌は戦士らしく非常に無骨なものであるハズだ。
それが今、土にまみれた白いモノになってて……?
うん、いや、そうだ。
エズでの暴走の一件で、確か蔦模様がついて取れなくなっていた筈では……?
そもそもエズでの暴走って何だ?
おいおいちょっと待て、接続切り替わるたんびにこうやって俺は状況に混乱せねばならんのか!
メージン!助けて!この状況が俺にはよく分からない!
ところが天の声は聞えない、メージンも手一杯なんだろうか?
俺は夢を見ていた?
その夢を、今になって思い出したのか?
上手く自分の状況が理解できず動作を止めてまじまじと自分の手を見つめている……と、
「おおい、どうした?」
のんきな声が聞えて俺はそちらを振り返る。
見た事があるようで……いや、当たり前だ。毎日のように顔会わせているおっさんなんだから見た事があるのは当然だ。
ええっと、俺ってば何してるんだっけ?
リコレクトするに、野菜を確保しに来たんだろ、と心の中で俺自身が答える。
そうなんだよな、そうそう。夕飯の……夕飯って何だ!?
「君、手伝ってくれんか!」
頭は色々と混乱しているのに口からは自然に言葉が出てきてしまう。
「トリ一匹捕まえられねぇのかよ!……って、逃がすなよ!ああああ!」
折角作った木の囲いから、ここまでなんとか増やした野生のウズラが逃げようとしているのを見つけて俺は、走り出してとっさに捕まえる。胸に抱くように地面に飛びつき、腕の中に捕らえるんだよ!
そんで首を掴むんだよ!でなきゃ足!つつかれる?大丈夫だ、ちょっと痛いだけだから!
「もぅいい!俺がやる!お前に任せた俺がバカだった!」
こうやって共同生活する事になって……はたして何日過ぎた事だろう。
俺は思わずため息を漏らす。
場面、スキップ。
俺、状況はよく分からないが現状ははっきり把握している。リコレクトして状況を把握してきた。
そうだ、飯だ。
経費削減のため2食に絞っている。昔俺が住んでいた森と違って、ここにある資源は非常に限られているもんでな。
本来ならばこうやって……連中と同じ釜のメシを喰うはずがない展開なのだが、かといって同じ境遇にいるのに放置が出来なかった、全て俺の甘さだ。
そのように苦く思いながら煮込んですっかり甘くなった蕪の一種を咀嚼している。
「塩加減が少なくないか?」
「文句言うな、言う奴は喰うな」
俺のキツい言葉に、本日の雑炊についていちゃもんつけた奴はしゅんとなって肩をすくめる。
奴は……檻の中にいる。ただメシ食い野郎の癖に生意気な。
ぶっちゃけてるなぁ、俺はそう思って。
はて?何がぶっちゃけてるんだっけと首をかしげてしまう。
日はとっぷり暮れた。ただでさえここ、日照時間が非常に短い。
すっかり暗い中質素な夕飯が終わり、俺は動けるうちに少し働いてあとは寝るだけ。明日明るくなったら再び作業して、飯つくって作業して……繰り返し。
ただ、生きるためだけの作業。
でも、これが生活するって事なんだ。
昔俺はこれが嫌で、俺剣士になるー、とか訳の分からん望みを抱き、そして……真っ当な人生から転落した。
俺、今こうやって生きているだけでも幸せなのかもしれん。
すっかり暗くなっているが、俺は火が残っている間に自作の罠の微調整をしながらそう思った。
今の生活、充実はしている。……多少な。
完璧とは言い難い。なぜなら……。
俺、いや、俺達。
あまり広いとは言い難い谷底に閉じこめられ、こっから出られないからだ。
状況は無人島に閉じ込められているのと同じな、谷底からの脱出が絶望的な現在、誰かの救出の手があるのを待つばかりなんである。
はぅ、ため息が出ます。
せめて1人なら……いや、1人だと逆に気が滅入ってたんだろうか?よくわからん。
とにかく、俺がここに来た時にはすでに、先客がいた。
それが……薬品を石台の上で挽きつぶす作業に没頭しているあのおっさんと、全く働かないダメな大魔王。
……ようするに、ナドゥとギガースである。
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