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第5章:闇の勢力と初の激戦(2)
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暗黒騎士たちは言葉を発しないまま、こちらを睨んで武器を構えた。
まるで招かれざる客を排除しようとするかのように。
「あいつら、こっちを敵認定してるわね……!」
ライナが低い声で呟き、剣を握る手に力を込める。
戦士の男も「おい、どうする? こっちから仕掛けるか?」と周囲を見渡す。
リリスは物陰に素早く身を潜め、奇襲のチャンスを狙っているようだ。
だが、その場の空気が一触即発になった瞬間、廃墟の入り口側から新たな足音が響いてきた。
見れば、青いローブをはためかせ、高級感のある装飾を施した杖を携えた、あの高慢な青年――リシャール・アストールが姿を現したのだ。
彼の後ろには、王立魔術院の紋章を刻んだ副官らしき人物が数名控えている。
「またお前たちか。こっちが先に調査に乗り出したというのに、のこのこ出てきやがって……」
「リシャール……あんたまで、どうしてここに?」
ライナが苛立ち混じりに問うと、リシャールは鼻で笑う。
「この廃墟には闇魔術の痕跡があると報告があったからな。王立魔術院の研究対象としても見逃せない。邪魔をするなら容赦はしないぞ……」
その言葉に、ライナは怒りをこらえながら呻くように言う。
「邪魔って、私たちはギルドの依頼で来てるのよ。あんたこそ好き勝手に魔術をかけて、廃墟をめちゃくちゃにしないでよ!」
ところが、リシャールはちらりと暗黒騎士たちを見やり、口角をつり上げる。
「この輩がいる時点で、すでにめちゃくちゃだろう。俺は彼らの動向を探り、もし闇の儀式に手を染めているなら排除するまでだ……ま、平民どもには荷が重い仕事だろうが、俺の足を引っ張るな」
言い合いをしている間にも、暗黒騎士たちはゆっくりとこちらを囲むように動き始める。
大柄な騎士が剣を振り上げると、それを合図にしたかのように他の騎士も一斉に攻撃体勢へ。
戦士の男と女性魔術師が前後に分かれて応戦を開始した。
「こいつら手強そうだ……!」
ライナはとっさに剣を抜いて迎撃する。
金属がぶつかる甲高い音が廃墟にこだまし、リリスは壁際から素早く背後を狙おうとするが、騎士の重厚な鎧を前に急所を突くのは容易ではない。
カイルはナイフを握ったまま躊躇していたが、小枝を使わずにこの戦いを乗り切れるだろうかと不安を覚える。
まともにやり合えば、暗黒騎士の剣筋は重く、ライナや戦士の男も押し負けるかもしれない。
「カイル、早く――!」
ライナが叫ぶ声に、カイルは意を決して小枝を取り出す。
先の森の戦いで感じた『増幅』の力を、もう一度ライナの剣に注ぎ込もうと試みる。
(頼む……今度も成功してくれ!)
小枝が微かに光り始め、ライナの剣に薄い光がまとわりつく。
ライナはそれを直感的に感じ取ったのか、大きく深呼吸し、騎士の横から斜めに剣を振り下ろす。
先ほどまで受け止められていた剣撃が、今度は騎士の鎧を弾き飛ばすかのように衝撃を与えた。
「やった……!」
騎士が短く呻き声をあげ、たたらを踏む。
それを見逃さずにライナが連撃を浴びせ、リリスが脚部へ鋭い短剣を突き刺す。
戦士の男が追撃を加え、ようやく一人の騎士を倒すことに成功した。
しかし、残りの暗黒騎士たちはまだ複数いる。
女性魔術師が炎の魔法で牽制するも、黒鎧に覆われた彼らは強固な防御力を持ち、ひるむ様子を見せない。
「こんな厄介な連中がわんさかいるのか? 冗談じゃないよ……!」
カイルは焦りを隠せない。
自分の増幅がどれほど役立つかも未知数だし、むやみに使用すると体力を消耗してしまう恐れがある。
エレーナは必死に回復魔法の詠唱をしているが、闇の力が漂う廃墟では神聖なエネルギーの通りが悪いようで、普段の力を発揮しきれない。
一方、リシャールは冷淡な視線を暗黒騎士に向け、呪文を唱え始めた。
空気がピリピリと振動し、彼の周囲に雷のような魔力が蓄積していく。
「くだらんが、仕方ない。ここで片付けておかねば、あとで面倒になる」
彼は杖を振り下ろし、魔力の雷撃を放つ。
眩い閃光とともに、暗黒騎士の一人が全身に電流を浴びて悶絶する。
さすが貴族の魔術師、威力は圧倒的だ。
しかし、リシャールの表情は険しい。
闇魔術が漂うこの空間では、彼の高等魔法も影響を受けており、いつもより制御が難しいらしい。
「くっ……呪紋の構造が乱されている。こんな場所でまともに大規模魔術を使うのは危険だ」
それでもなお、騎士を一撃で仕留めようとする彼に対して、暗黒騎士の中の一人――他とは雰囲気の違う、肩当てに妙な紋章を刻んだ個体が、低い声で呟いた。
「魔術院の小僧か。こちらの計画を邪魔するとは……愚かな」
その黒騎士はリシャールに向かって剣を構える。
リシャールは杖を握りしめ、周囲の仲間(小間使いたち)が次々にやられているのを横目に睨む。
(くそ、こんな下らないところで本気を出す気はなかったが)
彼は心の中で吐き捨てるように思いながら、さらなる魔力を高める。
だが、すべての魔術師がそうであるように、範囲攻撃や上位呪文を撃つには詠唱と時間が必要だ。
この狭い廃墟で、暗黒騎士を相手に落ち着いて詠唱できる状況はそう多くない。
やがて、連携の取れない複数の戦いが廃墟内部で同時に繰り広げられる形となった。
戦士の男と女性魔術師は互いをカバーしながら騎士の攻撃を凌ぎ、ライナとリリスは協力して一人ずつ仕留めていく。
カイルは小枝による増幅を懸命に試みながらも、うまく狙いを定めるのが難しく、たびたび空振り状態になる。
エレーナは回復魔法で倒れかけた仲間を立て直すのに必死だ。
リシャールは個別に強力な雷撃を放って闇騎士を倒していくが、その体力と集中力もかなり消耗しているのが見て取れた。
「こんな雑魚どもに手こずるとは……!」
彼は汗を浮かべながら、最後の暗黒騎士へ向けて魔力を集中する。
その騎士は高い実力を持っているのか、リシャールの攻撃を紙一重で避けながら徐々に間合いを詰めてくる。
絶体絶命の瞬間、斜め後方から飛び込んできたのは――カイルのナイフと、小枝の微かな光。
ちょうどリシャールの射線を作るように、カイルが暗黒騎士を横へ誘導したのだ。
「今だ、リシャール!」
「お前に指図されるいわれはない……が、悪くない連携だ!」
リシャールは瞬時に呪文を詠唱し、暗黒騎士めがけて鋭い雷の槍を放つ。
騎士は回避しようとするが、そこへリリスが背後から飛びかかり、騎士の動きを一瞬だけ妨げた。
その僅かな時間が致命的となり、雷の槍が直撃。暗黒騎士は轟音とともに地に伏した。
「よし、倒した……!」
カイルは安堵の息をつき、リリスも苦笑交じりに「ふぅ、まさか貴族様と共闘するなんて思わなかったわ」と呟く。
リシャールは憮然とした表情のままだが、明らかに助けられた形だ。
周囲を見回すと、戦士と魔術師のペアも暗黒騎士を仕留め終えたようで、どうやら生き残った敵はいないらしい。
エレーナは不安げに近寄り、「みんな大丈夫?」と回復魔法をかけて回る。
ライナは肩で息をしながら剣を下ろし、リリスは自分の腕にできた切り傷を押さえている。
カイルは増幅の乱発で疲れきっており、膝に手をついて息を整える。
「はぁ、はぁ……なんとかなったね。エレーナ、回復頼める?」
「ええ、待ってて。今治癒するから……」
ライナのかすり傷やカイルの疲労にも手を当て、エレーナの癒しの光がほのかに温かく広がる。
落ち着きを取り戻すと、依頼を受けた冒険者たちは安堵の笑みを見せ始めた。
戦士の男が「報酬は十分もらえるんだろうな」と半ば冗談めかして言い、女性魔術師は力なく頷く。
しかし、リシャールは不愉快そうに廃墟の奥へと視線を向けていた。
「これで終わりなわけがない。幹部格が一人もいない……ただの下級兵士か」
確かに、今回戦った暗黒騎士たちは強かったものの、圧倒的な『闇の支配』を感じさせるようなリーダーはいなかった。
思えば、エレーナを狙っている騎士団や、闇の儀式を主導しているような存在はまるで見当たらない。
エレーナも廃墟の奥の壁を見つめ、唇を噛みしめる。
「きっと、もっと大きな組織が別にいて、ここはその一部に過ぎないのかもしれない。私を追ってきた騎士団の一派とも、どこかで繋がっているはず……」
暗黒騎士の死体を調べても、詳しい身分証明書や手がかりになるものは見つからなかった。
いくつかの装備には闇魔術の痕跡があり、それが『闇の騎士団』としての標準装備であることを示唆しているようだが、決定的な証拠には乏しい。
ライナは祭壇付近の血痕や刻まれた文字を眺めて、眉をひそめる。
「ここでどんな儀式をしていたのか分からないけど、教団の残滓があることは確かみたいね。もっと奥を調べたほうがいいのかしら?」
リリスは疲れを隠しきれない顔で肩をすくめる。
「う~ん、正直、もう十分働いた気がするわ。あんまり深入りして、さっきの連中よりヤバい奴が出てきたら洒落にならないし……。でも、追加報酬があるなら話は別だけどね!」
あくまでも金次第、と開き直るリリスに対し、エレーナは複雑そうに瞳を伏せる。
「みんなを危険に巻き込みたくないけど、ここを完全に調べないと、何か見落とすかもしれない……」
「ま、そこらへんはギルドと相談だな。とりあえず調査結果をまとめて帰還したほうがいい」
戦士の男が斧を背負い直し、建物の周囲を確認しに行く。
女性魔術師も「魔力の流れを感じる限り、強い結界はもう消えてると思うわ」と言い、余力があるうちに退却すべきと主張した。
◇◇◇
一通り廃墟の内部を見回った後、今ここでさらに奥へ突っ込むのは得策ではないという結論に落ち着く。
闇の騎士団が再び現れる可能性も高く、負傷者も出ているため、まずは帰還して情報を報告しようというのだ。
ライナは少しだけ未練がましそうに奥の闇を睨む。
「なんか、腑に落ちないわね。結局、何の儀式だったのか分からずじまいで……」
カイルは肩を並べて歩き出しながら、そっとライナの腕に触れる。
「きっと、まだ何かある。今回分かったのは、『闇の騎士団』が本当に動いているってこと。それに……あの文様や血痕、いずれは誰かに解析してもらえれば何か得られるはずだよ。今は無理しないで、帰ろう」
ライナは少し複雑そうな顔をしたが、カイルの言葉に小さく頷く。
エレーナも足取りは重いが、ほっとしたような表情だ。
一行が廃墟の外へ出ると、リシャールは副官たちに何やら指示を与え、建物の一部を調査させている。
カイルたちが通りかかると、彼は相変わらずの高慢な視線を向けてきた。
「ふん……今回は、まあお前たちは多少役に立ったようだ……」
憎まれ口のように聞こえるが、先ほど戦闘中に見せた一瞬の連携を思えば、彼なりに認めているところもあるのかもしれない。
ライナがむっとした顔をしながら言い返そうとすると、リシャールは素早く踵を返して行ってしまった。
「なによ、あの態度……相変わらずイラッとするわね」
「でも、一応助け合った……のかな。あんな奴でも、闇の勢力と戦う意思はあるってことだろうし……」
カイルは苦笑いしつつ、小枝をバッグの中に戻す。
先ほどは何度も使い損ねたり増幅に失敗しそうになったりしたが、ライナを支援できた瞬間も確かにあった。
この力がもっと自由に扱えれば、これから先の闘いでも役に立てるはずだ。
エレーナは心底疲れ果てた様子で、けれど表情には少しだけ安堵が混じっている。
暗黒騎士団の一部を倒せたことで、何かが変わるわけではないが、自分が立ち向かわなければならないものが確かに存在することが再認識できたのだ。
(私は、逃げるわけにはいかない。みんなを守ってもらうばかりじゃ駄目。いつか……いつか、本当の意味でこの闇を断ち切る方法を見つけないと……)
こうして、一行はさしあたっての『探索・討伐』を終え、ギルドへの帰還を開始した。
廃墟の周辺には闇の儀式の痕跡がはっきりと残されており、暗黒騎士団が本格的に活動している証拠も手に入れられた。
ただし、核心にいる幹部や指導者クラスの姿は見当たらず、真の目的は謎のままだ。
馬車で戻る道中、リリスは「いやー、やっぱり危険な仕事は疲れるわ」と大きく伸びをしながらも、カイルたちに向けて軽くウインクする。
「でも、あんたたちのおかげで報酬も手に入るし、いい経験になったかな。次はもっと稼げる仕事を探さなきゃ……ま、機会があればまた組んでもいいけどね」
ちゃっかり屋のリリスらしい言葉に、ライナは苦笑を返す。
「ふん、今回はあんたがいてくれて助かったかも。妙に手際がいいんだもの……ま、また機会があればよろしく」
リリスは「任せときなさい!」と胸を張る。
相変わらずの調子だが、ライナも最初のころほど嫌悪感は示していない。
少しずつ、仲間としての連携が芽生え始めているのかもしれない。
帰路の途中、ふとカイルは遠い空を見上げる。
夕闇の迫る空には赤い雲が漂い、不気味なほど濃い。
さっきまでの戦闘が嘘のように静かな風が吹いているが、その空気はどこかざわついた予感を孕んでいた。
(これで一件落着、とはいかないんだろうな……。もっと大きな『闇』が潜んでいるに違いない)
エレーナを狙う本当の黒幕はどこにいるのか、暗黒騎士団の背後で糸を引く存在――あるいは教団の上層部。
その謎は深まるばかりだ。
カイルは胸の奥に渦巻く不安を抑えこみながら、小枝をぎゅっと握り直す。
ライナとエレーナの方を一瞥し、微かに微笑む。
「とにかく、今は無事でよかった。みんな、ありがとう。休めるときに休もう」
ライナは剣を脇に置き、エレーナはローブの汚れを払いながら、二人同時に「うん」と頷いた。
こうしてカイルたちの初めての『大激戦』は終わりを告げた。
だが、手応えよりも虚しさが残る。幹部格の不在、儀式の詳細不明、そして闇の教団が今後どこで何を仕掛けてくるのか――まだまだ分からない。
一瞬の勝利は掴んだものの、それが大きな波乱の始まりに過ぎないことを、彼らは薄々感じ取っていた。
闇は確実に動いている。
いつ、どこで牙を剥くのか分からない。
だが、カイルたちは退くつもりはなかった。
エレーナを守るため、そして自分たちの居場所を守るため、前に進むしかないのだった。
まるで招かれざる客を排除しようとするかのように。
「あいつら、こっちを敵認定してるわね……!」
ライナが低い声で呟き、剣を握る手に力を込める。
戦士の男も「おい、どうする? こっちから仕掛けるか?」と周囲を見渡す。
リリスは物陰に素早く身を潜め、奇襲のチャンスを狙っているようだ。
だが、その場の空気が一触即発になった瞬間、廃墟の入り口側から新たな足音が響いてきた。
見れば、青いローブをはためかせ、高級感のある装飾を施した杖を携えた、あの高慢な青年――リシャール・アストールが姿を現したのだ。
彼の後ろには、王立魔術院の紋章を刻んだ副官らしき人物が数名控えている。
「またお前たちか。こっちが先に調査に乗り出したというのに、のこのこ出てきやがって……」
「リシャール……あんたまで、どうしてここに?」
ライナが苛立ち混じりに問うと、リシャールは鼻で笑う。
「この廃墟には闇魔術の痕跡があると報告があったからな。王立魔術院の研究対象としても見逃せない。邪魔をするなら容赦はしないぞ……」
その言葉に、ライナは怒りをこらえながら呻くように言う。
「邪魔って、私たちはギルドの依頼で来てるのよ。あんたこそ好き勝手に魔術をかけて、廃墟をめちゃくちゃにしないでよ!」
ところが、リシャールはちらりと暗黒騎士たちを見やり、口角をつり上げる。
「この輩がいる時点で、すでにめちゃくちゃだろう。俺は彼らの動向を探り、もし闇の儀式に手を染めているなら排除するまでだ……ま、平民どもには荷が重い仕事だろうが、俺の足を引っ張るな」
言い合いをしている間にも、暗黒騎士たちはゆっくりとこちらを囲むように動き始める。
大柄な騎士が剣を振り上げると、それを合図にしたかのように他の騎士も一斉に攻撃体勢へ。
戦士の男と女性魔術師が前後に分かれて応戦を開始した。
「こいつら手強そうだ……!」
ライナはとっさに剣を抜いて迎撃する。
金属がぶつかる甲高い音が廃墟にこだまし、リリスは壁際から素早く背後を狙おうとするが、騎士の重厚な鎧を前に急所を突くのは容易ではない。
カイルはナイフを握ったまま躊躇していたが、小枝を使わずにこの戦いを乗り切れるだろうかと不安を覚える。
まともにやり合えば、暗黒騎士の剣筋は重く、ライナや戦士の男も押し負けるかもしれない。
「カイル、早く――!」
ライナが叫ぶ声に、カイルは意を決して小枝を取り出す。
先の森の戦いで感じた『増幅』の力を、もう一度ライナの剣に注ぎ込もうと試みる。
(頼む……今度も成功してくれ!)
小枝が微かに光り始め、ライナの剣に薄い光がまとわりつく。
ライナはそれを直感的に感じ取ったのか、大きく深呼吸し、騎士の横から斜めに剣を振り下ろす。
先ほどまで受け止められていた剣撃が、今度は騎士の鎧を弾き飛ばすかのように衝撃を与えた。
「やった……!」
騎士が短く呻き声をあげ、たたらを踏む。
それを見逃さずにライナが連撃を浴びせ、リリスが脚部へ鋭い短剣を突き刺す。
戦士の男が追撃を加え、ようやく一人の騎士を倒すことに成功した。
しかし、残りの暗黒騎士たちはまだ複数いる。
女性魔術師が炎の魔法で牽制するも、黒鎧に覆われた彼らは強固な防御力を持ち、ひるむ様子を見せない。
「こんな厄介な連中がわんさかいるのか? 冗談じゃないよ……!」
カイルは焦りを隠せない。
自分の増幅がどれほど役立つかも未知数だし、むやみに使用すると体力を消耗してしまう恐れがある。
エレーナは必死に回復魔法の詠唱をしているが、闇の力が漂う廃墟では神聖なエネルギーの通りが悪いようで、普段の力を発揮しきれない。
一方、リシャールは冷淡な視線を暗黒騎士に向け、呪文を唱え始めた。
空気がピリピリと振動し、彼の周囲に雷のような魔力が蓄積していく。
「くだらんが、仕方ない。ここで片付けておかねば、あとで面倒になる」
彼は杖を振り下ろし、魔力の雷撃を放つ。
眩い閃光とともに、暗黒騎士の一人が全身に電流を浴びて悶絶する。
さすが貴族の魔術師、威力は圧倒的だ。
しかし、リシャールの表情は険しい。
闇魔術が漂うこの空間では、彼の高等魔法も影響を受けており、いつもより制御が難しいらしい。
「くっ……呪紋の構造が乱されている。こんな場所でまともに大規模魔術を使うのは危険だ」
それでもなお、騎士を一撃で仕留めようとする彼に対して、暗黒騎士の中の一人――他とは雰囲気の違う、肩当てに妙な紋章を刻んだ個体が、低い声で呟いた。
「魔術院の小僧か。こちらの計画を邪魔するとは……愚かな」
その黒騎士はリシャールに向かって剣を構える。
リシャールは杖を握りしめ、周囲の仲間(小間使いたち)が次々にやられているのを横目に睨む。
(くそ、こんな下らないところで本気を出す気はなかったが)
彼は心の中で吐き捨てるように思いながら、さらなる魔力を高める。
だが、すべての魔術師がそうであるように、範囲攻撃や上位呪文を撃つには詠唱と時間が必要だ。
この狭い廃墟で、暗黒騎士を相手に落ち着いて詠唱できる状況はそう多くない。
やがて、連携の取れない複数の戦いが廃墟内部で同時に繰り広げられる形となった。
戦士の男と女性魔術師は互いをカバーしながら騎士の攻撃を凌ぎ、ライナとリリスは協力して一人ずつ仕留めていく。
カイルは小枝による増幅を懸命に試みながらも、うまく狙いを定めるのが難しく、たびたび空振り状態になる。
エレーナは回復魔法で倒れかけた仲間を立て直すのに必死だ。
リシャールは個別に強力な雷撃を放って闇騎士を倒していくが、その体力と集中力もかなり消耗しているのが見て取れた。
「こんな雑魚どもに手こずるとは……!」
彼は汗を浮かべながら、最後の暗黒騎士へ向けて魔力を集中する。
その騎士は高い実力を持っているのか、リシャールの攻撃を紙一重で避けながら徐々に間合いを詰めてくる。
絶体絶命の瞬間、斜め後方から飛び込んできたのは――カイルのナイフと、小枝の微かな光。
ちょうどリシャールの射線を作るように、カイルが暗黒騎士を横へ誘導したのだ。
「今だ、リシャール!」
「お前に指図されるいわれはない……が、悪くない連携だ!」
リシャールは瞬時に呪文を詠唱し、暗黒騎士めがけて鋭い雷の槍を放つ。
騎士は回避しようとするが、そこへリリスが背後から飛びかかり、騎士の動きを一瞬だけ妨げた。
その僅かな時間が致命的となり、雷の槍が直撃。暗黒騎士は轟音とともに地に伏した。
「よし、倒した……!」
カイルは安堵の息をつき、リリスも苦笑交じりに「ふぅ、まさか貴族様と共闘するなんて思わなかったわ」と呟く。
リシャールは憮然とした表情のままだが、明らかに助けられた形だ。
周囲を見回すと、戦士と魔術師のペアも暗黒騎士を仕留め終えたようで、どうやら生き残った敵はいないらしい。
エレーナは不安げに近寄り、「みんな大丈夫?」と回復魔法をかけて回る。
ライナは肩で息をしながら剣を下ろし、リリスは自分の腕にできた切り傷を押さえている。
カイルは増幅の乱発で疲れきっており、膝に手をついて息を整える。
「はぁ、はぁ……なんとかなったね。エレーナ、回復頼める?」
「ええ、待ってて。今治癒するから……」
ライナのかすり傷やカイルの疲労にも手を当て、エレーナの癒しの光がほのかに温かく広がる。
落ち着きを取り戻すと、依頼を受けた冒険者たちは安堵の笑みを見せ始めた。
戦士の男が「報酬は十分もらえるんだろうな」と半ば冗談めかして言い、女性魔術師は力なく頷く。
しかし、リシャールは不愉快そうに廃墟の奥へと視線を向けていた。
「これで終わりなわけがない。幹部格が一人もいない……ただの下級兵士か」
確かに、今回戦った暗黒騎士たちは強かったものの、圧倒的な『闇の支配』を感じさせるようなリーダーはいなかった。
思えば、エレーナを狙っている騎士団や、闇の儀式を主導しているような存在はまるで見当たらない。
エレーナも廃墟の奥の壁を見つめ、唇を噛みしめる。
「きっと、もっと大きな組織が別にいて、ここはその一部に過ぎないのかもしれない。私を追ってきた騎士団の一派とも、どこかで繋がっているはず……」
暗黒騎士の死体を調べても、詳しい身分証明書や手がかりになるものは見つからなかった。
いくつかの装備には闇魔術の痕跡があり、それが『闇の騎士団』としての標準装備であることを示唆しているようだが、決定的な証拠には乏しい。
ライナは祭壇付近の血痕や刻まれた文字を眺めて、眉をひそめる。
「ここでどんな儀式をしていたのか分からないけど、教団の残滓があることは確かみたいね。もっと奥を調べたほうがいいのかしら?」
リリスは疲れを隠しきれない顔で肩をすくめる。
「う~ん、正直、もう十分働いた気がするわ。あんまり深入りして、さっきの連中よりヤバい奴が出てきたら洒落にならないし……。でも、追加報酬があるなら話は別だけどね!」
あくまでも金次第、と開き直るリリスに対し、エレーナは複雑そうに瞳を伏せる。
「みんなを危険に巻き込みたくないけど、ここを完全に調べないと、何か見落とすかもしれない……」
「ま、そこらへんはギルドと相談だな。とりあえず調査結果をまとめて帰還したほうがいい」
戦士の男が斧を背負い直し、建物の周囲を確認しに行く。
女性魔術師も「魔力の流れを感じる限り、強い結界はもう消えてると思うわ」と言い、余力があるうちに退却すべきと主張した。
◇◇◇
一通り廃墟の内部を見回った後、今ここでさらに奥へ突っ込むのは得策ではないという結論に落ち着く。
闇の騎士団が再び現れる可能性も高く、負傷者も出ているため、まずは帰還して情報を報告しようというのだ。
ライナは少しだけ未練がましそうに奥の闇を睨む。
「なんか、腑に落ちないわね。結局、何の儀式だったのか分からずじまいで……」
カイルは肩を並べて歩き出しながら、そっとライナの腕に触れる。
「きっと、まだ何かある。今回分かったのは、『闇の騎士団』が本当に動いているってこと。それに……あの文様や血痕、いずれは誰かに解析してもらえれば何か得られるはずだよ。今は無理しないで、帰ろう」
ライナは少し複雑そうな顔をしたが、カイルの言葉に小さく頷く。
エレーナも足取りは重いが、ほっとしたような表情だ。
一行が廃墟の外へ出ると、リシャールは副官たちに何やら指示を与え、建物の一部を調査させている。
カイルたちが通りかかると、彼は相変わらずの高慢な視線を向けてきた。
「ふん……今回は、まあお前たちは多少役に立ったようだ……」
憎まれ口のように聞こえるが、先ほど戦闘中に見せた一瞬の連携を思えば、彼なりに認めているところもあるのかもしれない。
ライナがむっとした顔をしながら言い返そうとすると、リシャールは素早く踵を返して行ってしまった。
「なによ、あの態度……相変わらずイラッとするわね」
「でも、一応助け合った……のかな。あんな奴でも、闇の勢力と戦う意思はあるってことだろうし……」
カイルは苦笑いしつつ、小枝をバッグの中に戻す。
先ほどは何度も使い損ねたり増幅に失敗しそうになったりしたが、ライナを支援できた瞬間も確かにあった。
この力がもっと自由に扱えれば、これから先の闘いでも役に立てるはずだ。
エレーナは心底疲れ果てた様子で、けれど表情には少しだけ安堵が混じっている。
暗黒騎士団の一部を倒せたことで、何かが変わるわけではないが、自分が立ち向かわなければならないものが確かに存在することが再認識できたのだ。
(私は、逃げるわけにはいかない。みんなを守ってもらうばかりじゃ駄目。いつか……いつか、本当の意味でこの闇を断ち切る方法を見つけないと……)
こうして、一行はさしあたっての『探索・討伐』を終え、ギルドへの帰還を開始した。
廃墟の周辺には闇の儀式の痕跡がはっきりと残されており、暗黒騎士団が本格的に活動している証拠も手に入れられた。
ただし、核心にいる幹部や指導者クラスの姿は見当たらず、真の目的は謎のままだ。
馬車で戻る道中、リリスは「いやー、やっぱり危険な仕事は疲れるわ」と大きく伸びをしながらも、カイルたちに向けて軽くウインクする。
「でも、あんたたちのおかげで報酬も手に入るし、いい経験になったかな。次はもっと稼げる仕事を探さなきゃ……ま、機会があればまた組んでもいいけどね」
ちゃっかり屋のリリスらしい言葉に、ライナは苦笑を返す。
「ふん、今回はあんたがいてくれて助かったかも。妙に手際がいいんだもの……ま、また機会があればよろしく」
リリスは「任せときなさい!」と胸を張る。
相変わらずの調子だが、ライナも最初のころほど嫌悪感は示していない。
少しずつ、仲間としての連携が芽生え始めているのかもしれない。
帰路の途中、ふとカイルは遠い空を見上げる。
夕闇の迫る空には赤い雲が漂い、不気味なほど濃い。
さっきまでの戦闘が嘘のように静かな風が吹いているが、その空気はどこかざわついた予感を孕んでいた。
(これで一件落着、とはいかないんだろうな……。もっと大きな『闇』が潜んでいるに違いない)
エレーナを狙う本当の黒幕はどこにいるのか、暗黒騎士団の背後で糸を引く存在――あるいは教団の上層部。
その謎は深まるばかりだ。
カイルは胸の奥に渦巻く不安を抑えこみながら、小枝をぎゅっと握り直す。
ライナとエレーナの方を一瞥し、微かに微笑む。
「とにかく、今は無事でよかった。みんな、ありがとう。休めるときに休もう」
ライナは剣を脇に置き、エレーナはローブの汚れを払いながら、二人同時に「うん」と頷いた。
こうしてカイルたちの初めての『大激戦』は終わりを告げた。
だが、手応えよりも虚しさが残る。幹部格の不在、儀式の詳細不明、そして闇の教団が今後どこで何を仕掛けてくるのか――まだまだ分からない。
一瞬の勝利は掴んだものの、それが大きな波乱の始まりに過ぎないことを、彼らは薄々感じ取っていた。
闇は確実に動いている。
いつ、どこで牙を剥くのか分からない。
だが、カイルたちは退くつもりはなかった。
エレーナを守るため、そして自分たちの居場所を守るため、前に進むしかないのだった。
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勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
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よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
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