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天文学部の肝試し

踊り場の大鏡

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祈先輩は、
火をつけ直すと話を続けた。


「ここからだよ。
旧校舎の大鏡に妙な噂が流れ始めたのは。

旧校舎の改装が終わり、
いじめっ子達も免色の事なんて
すっかり忘れた頃だった。

とある早朝、
大鏡の前を通った生徒が

…見たんだ。
鏡に指で書いた様な
赤い文字が書かれているのを。」

「なんて書かれてたんですか?」


「最初は
『寂しい』だの、『友達が欲しい』だの、

他愛の無い事が書いてあった。
だが、それは毎日続く。
そして日が過ぎるにつれて

『僕は殺された』

『7人に殺された』

『屋上から落とされた』

なんて書かれ始めたんだ。
先生達はイタズラだと笑ったが、
いじめっ子達は戦々恐々だ。

『誰かにバレている』ってね。

そんな事が続いて
彼らは焦り、遺体を移そうとした。

けれど鏡を外しても彼の遺体はない。

コンクリの壁を砕いても遺体はない。


更に彼らは怯えたよ。


それからは哀れなもので、
自分の人生が滅茶苦茶にされそうになる恐怖のせいなのか、この奇妙な出来事の所為なのか、

7人はどんどんと狂っていった。

授業中に突然叫びだして窓から飛び降りたり、水の張っていないプールに飛び込んだり、便器に顔を突っ込んで溺れ死んだり…


結果7人は死んだ。


一人残らず全員。


それ以来、9時48分に
大鏡の前に立つと
"免色貞夫"が現れるんだそうだ。」

「ふぅん…」

怪談っていつもこんな感じだよね…
私は祈先輩に当然の疑問をぶつけてみた。


「…7人も死んだら
流石に騒ぎになっている筈ですよ。
やっぱりそれは誰かの創作話です。」

祈先輩は学ランのポケットから
クシャクシャの紙を取り出した。

「嘘じゃないさ。
ほら、コレ。泉にやるよ。」


手渡されたのは古い新聞紙の切り抜き。
新聞紙には事故の記事と行方不明の記事、

『学校の怠慢。7人事故死』

『行方不明。八咫神学園2-A免色貞夫』


「えっ…」


私が顔を真っ青にしていると
祈先輩が立ち上がって腕時計を見た。


「おっ、こんな時間か。
よぉーしみんな!
じゃあ今から大鏡に行くぞっ!!」


先輩が立ち上がると
みんなも楽しそうにゾロゾロと立ち上がる。


「見れるかな?メンシキの幽霊!」

「いるわけねーじゃん!
ま、話は面白かったけどさ」

「絶対にいるわよ!
私友達になってあげよっかなぁ!」


「……」


私はやっぱり気乗りしなかった。
あの話が事実なら尚更。

だって、そんなのやっぱり不謹慎!
それに…なんだか幽霊が
可哀想に思えてきた。

「あの、やっぱり…」

そこまで言ったところで
祈先輩がトンっと肩を叩いてきた。

「泉?今から『やっぱり辞めます』は
なしだからなー!」


「は…はい…」

こうなったら先輩は止まらない…
私は観念して頷いた。

ーーーー

『免色貞夫』は夜の9時48分に
大鏡に出るらしい。
けれど、3つある内のどの大鏡かは
わからないので私達は3手に分かれた。

組み合わせは、副部長と祈先輩。

安田と奥田。

私は、京子ちゃんとだった。


現時刻は9時40分。

私達は他の四人と別れ
担当の西階段から降りた。

私達は屋上から校舎に下っていく。
二人の足音だけが
静まり返った暗闇の中にこだましていた。

ボロボロの旧校舎は真っ暗で
非常灯の緑色の光だけが
煌々と暗闇に浮かんで見える。

その非常灯以外は
闇に飲まれ何も見えない。


…あぁ…早く帰りたい。


そう考えながら、
先輩に渡された懐中電灯のスイッチをつけた。

チカチカと点滅する心許ない光に
不安は増すが、ないよりはマシだ。

私達は例の大鏡に向かって、
階段を一歩ずつ降りて行った。

「あのさーマコちゃん、

あの噂、どこまでほんとなんだろーね?
新聞まであるなんてマジでこってるよね。」

京子ちゃんが話しかけてきた。
確かにこんな小道具まで用意するなんて
祈先輩のオカルト好きにも困ったものだ。

「そうだね。ホントに凝ってる…
でも、怪談なんて9割作り話だよ。
先輩は私達を怖がらせたいだけ。

それに、
あんな酷い話…嘘であって欲しいし…」


自分に言い聞かせる様にそう言うと
暗闇から返答が返ってくる。


「作り話じゃないよ」


それに京子ちゃんが続く。

「そうだよね!
さっさと鏡を見て何もいませんでした!って先輩に報告しよー!」

京子ちゃんはそう言って
可愛らしく拳を突き上げた。
乗り気だったくせに怖がってはいるんだなぁ。

そんな彼女を微笑ましく思いながら
私は頷き、壁にある階の表記を見た。


『3/2F』


大鏡があるのは2階だ。
あと十段ほど降りれば、大鏡の目の前。

時刻は9時47分

噂の時間まであと1分。
慎重に、ゆっくりと踏み締めるように
階段を降りていく。


…大丈夫。噂なんてあてにならない。


…けれど階段を降り
タイルを踏み締める足音は
不思議なほど大きく響いて
ドクドクと私の鼓動を早めた。

一歩、また一歩と操られる様に私は
階段を降り…そして、大鏡の前に立った。

大鏡は相変わらず錆びつき、汚れていて
白く濁っていた。上部にある
"八咫神学園開校五十周年贈答品"と
書いてある金地もかなり掠れている…

…いつにも増してなんだか不気味だ。

「……」


その薄汚れた大鏡の中には
懐中電灯を持った私の姿と
その背後にある長い廊下が映し出されていた。

真っ暗な廊下の奥では緑色の非常灯が
ジー…と言う音を立てながら点滅している。


…普通だ。


なんともない、
ただの古くて汚い鏡。

一応、腕時計を見てみた。
アナログ式の赤くてレトロな
私のお気に入りの時計。

時間はいつもぴったりに合わせてある。


「9時48分…」


噂の時間にはもうなってる。
私は鼻で笑う様に息を吐いた。


「ふふっ、なぁんだ…」


やっぱり怪談は怪談。作り話なのだ。
祈先輩にしてやられた。
私は肩を撫で下ろし、
一緒にきた京子ちゃんの方に向き直る。

「京子ちゃん。
やっぱりなんともなかっ…


え??」



そこでやっと気がついた。

京子ちゃんがいない。

「京子ちゃん?!えっどこ行ったの?!
京子ちゃん!?」

おかしい…!!
さっきまで確かに真横にいたのに…
こんな静かな校舎で
足音もなく、いなくなるはずがない…!!

慌てて辺りを懐中電灯で隈なく照らす。

廊下の端から端、
教室ドアの窓に、古びた消火器、

どこを照らしても蜘蛛の巣や埃が
ぼんやりと浮かび上がるだけだった。


…やっぱり彼女はいない。


「…京子…ちゃん…??」


すると背後から『キュー…キュッ…』と
ガラスを擦る様な音がした。


背後には大鏡がある。


ドクンっと心臓が跳ね、思わず振り返る。
振り返ると大鏡には
さっきまでなかったはずの文字があった。


噂通り、血で書かれた様な赤い文字。


その文字は目の前で書かれていく。
書いている者の姿は見えないのに。

誰かが指で鏡に書いている…


「…っぁっ!!?…あ…なな…なんで???
どうなって…!!」


私は文字を確認しようと
ヨロヨロと鏡に近寄る。

すると、別の事に気がついた。



鏡に映った廊下の向こう…



緑色の非常灯に照らされて見えた…!! 

見間違いじゃない…廊下の奥に何かが…



"誰か"が立っている。



「ひっ…!!!!??」


それに気づいた途端、私は腰を抜かした。

その弾みで懐中電灯が手からこぼれ
階段を転がって、光は一階の闇へと
吸い込まれるように消えていく。

…辺りは完全な暗闇で包まれた。


「あ…ど…どうしよ…」


腰を抜かした私は
立ち上がることもできず
鏡越しにその人影を見つめた。


人影はまんじりとも動かない。


こちらを向いているのか
背を向けているのかすらわからない。


薄暗い緑の非常灯に照らされて
 
…ただ立っている。


ドクドクと
自分の激しい鼓動だけが聞こえる。


「…ぉ…落ち着いて…落ち着いて…!
あれは…他の部員の誰か…
そうに決まってる!!」


私はそう自分に言い聞かせる。

でも、わかっている…。

祈先輩にしては背が低いし、
副部長や京子ちゃんだとしたら
スカートを履いてるはずだし、

安田くんにしては痩せすぎている、
奥田くんだとすれば髪が長すぎる…

部員の誰でもない…

それでも私は確認せずにはいられなくて、
ゆっくりと首を回し、その廊下の先を見た。

冷たい汗が首の後ろを伝う。


「……」



…誰もいない。


「なんで…?…さっき…あそこに…」


自分の震えた声が聞こえて、
前方からは足音がした。


上履きで歩く様なギュッギュッという
足音。でも、そんなはずはない。


私の前には大鏡しかないんだから。


「鏡を見ちゃダメ…振り向いたまま…
振り向いたまま…」


私は振り向いた姿勢のまま、
廊下の方を眺め続けた。
それが精一杯の抵抗だった。


全身の血が引いて
歯がカタカタと音を立てている。


ああ!!こんな肝試しなんか
付き合うんじゃなかった…!!


その時
背後の足音が真後ろで止まった。


「っっ…?!」


一瞬の静寂が訪れると
背後からギュッと何かに抱きつかれた。

肺が潰れてしまいそうな物凄い力で。


「ぎっっ…!!!?」


痛くて苦しかった。
けど恐怖のあまり、声すら出ない。


「…ひっ…!!」


その何かは私を強く抱いたまま
胸元から喉を撫で上げる。
首筋に生暖かい息がかかるのを感じる。


「ひっ…や…やだ!!やめ…」


そして、その何かは 
鏡に書いてあった赤い文字と

同じ言葉を私の耳元で呟いた。



「ねぇ…友達になってよ」
















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