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12章

5.真実を貴女に。

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彼の笑顔を見て血の気が一気に引いてく。
体温が下がって、冷たい汗が背中を伝う。


「…え‥えっ‥血‥?」


私は彼の胸から離れ、後ずさると
ドアと背がぶつかる。
私は状況が掴めず、そのままヘタリと座り込んだ。


彼に触れていた手や胸が目に入る


それは紅く、酷い鉄の匂いがした。


「さぁ‥こっちにおいで、アイリーン‥
もっと良いものを見せてあげる。

きっと君も気にいるよ。」


ジョザイアはそう笑って、私の腕を力強くつかむ。

‥その不気味な程の力強さに
鳥肌が立ち、勝手に声が震える。

そしてとある予感が脳裏によぎった。
不吉で悍ましい予感が‥


「‥ぁ!!?ぁあ‥ち‥違うわよね‥
あなたがそんなことするわけ無い‥
これはきっと‥何かの間違いよ‥だって‥

私のジョザイアは‥優しくて‥」


ジョザイアは私にグイッと顔を近づける。
そしてニッコリと笑った。


「うん。僕は優しいよ。

アイリーン先生‥ね。」


ジョザイアはそう言い放つと私の腕を
思い切り引いた。


奥の部屋へと私を引きずるように連れて行く。



「‥うぁっっ!!?ひっっ!!やめて!!
いやっ‥!!
嫌だ‥嫌だ嫌だ!!離してっっ!!」


手を引き剥がそうともがいても
彼の手はビクともしない。

床に爪を立て抵抗しても、
私はズルズルともの凄い力で
奥の暗闇へと引きずられていく。


奥に進めば進むほど、血の匂いは濃くなり、
嫌な想像は現実味を帯びていく。
あのおぞましい光景がフラッシュバックする。


勝手に涙がボロボロ流れ、悲鳴のような
声で叫ぶ。


「もう嫌だ!もう‥嫌‥!!
見たくない‥誰も失いたくない‥!!
嫌だ‥!いやぁあっ!!」


泣き叫んでも、彼の手は緩まない。
玄関はどんどんと遠くなり暗闇に
包まれていくのが見え、ドアを通る。


その瞬間、むせ返るような血の匂いが
ブワッと強くなる‥。

足元に液体が触れ、私は振り返る。



そして雷の轟音とともに
心臓を掴まれるような悪寒が私を襲った。




私の視界に




"それ"が入ったのだ。




両親のように‥磔にされ、

真っ赤に染まった彼。


その身体は酷い暴行を
受けたことがすぐにわかるほどボロボロで
血の滴る口から
ヒュー‥ヒュー‥と浅い息を漏らしていた。


「……っっ!!!ぁ‥グレン!!!」


私はバクバクとなる鼓動を抑え
血だまりを這いずって
必死に彼に手を伸ばした。


「‥あぁ‥!!あぁ‥グレン‥!!
グレン‥どうして‥」


震える手で私が彼に触れようとすると
身体がグイッと後ろに引き寄せられる。

背後を見ると
ジョザイアが私を後ろ抱きにして
微笑んでいた。


「先生。どうしてかはわかるでしょ?
グレンくんは僕らの仲を引き裂いた。
貴女を傷つけた。

その報いだよ。当然のこと。」


背が凍りつくような感覚が襲ってくる。
汗が滝みたいに流れてくる。
呼吸がうまくできない‥。


「っはぁっ‥っぅぁ‥っあぁ‥」


自分の鼓動が煩いくらいに
私の中に鳴り響く。


私は意を決して、震える唇で彼に尋ねた。


「‥ぁ‥ジョザイア‥貴方が‥

貴方がやったの‥?

全て‥なにも‥かも‥?」


勝手に眼が熱くなる、、


‥嘘だ‥嘘だ‥嘘‥そんなの‥
‥‥お願いだから全部嘘だと言って‥


私の気持ちとは裏腹に
ジョザイアは耳元で囁く。
彼のヒヤリとした唇が耳に触れる。


「うん。そうだよ。蝶々達も、
先生のパパやママも、ジェシカも、
グレンくんも、

全員‥僕が殺した。アイリーンのために。」


彼の腕の力は強まり、私を強く抱きしめると
愛おしそうに私の首元に頬ずりをした。

ゾッとすると共に
頭に血が上っていくのがわかった。


「‥っ‥これが‥!?‥私の‥為‥っ?」


足が震えて、心臓が破裂しそうで、
今にも泣いてしまいそうだった。

自分が憤っているのか、哀しんでいるのか
恐れているのかすら
わからない‥

ただ‥熱い涙が頬を伝っていくのがわかる。


気づけば、私は彼の腕をバッと振り払い、
大きな金切声をあげて彼を糾弾していた。



「‥私のため‥っ!?

‥なにが‥!!なにがよ‥!?
みんなを苦しめて‥こんな事をして‥!!
なにが‥私のため!?

‥どうして彼らを殺したの!!??
どうして‥こんな酷いことができるの‥!!?

もっと早く気付くべきだった‥!!

貴方はおかしい‥狂ってる‥!!」



そう私が言い放つと、
ジョザイアは呆れた様な悲しむ様な表情を浮かべた。
そして私の目を見据える。

冷たく濁った銀色の瞳が私を責め立てる。


「‥僕を狂わせたのは先生でしょ?

僕に何人も殺させた。

僕にここまでさせて僕から逃げる気?
僕の元に戻ってこないつもり?

僕にはアイリーンが必要なのに‥
受け入れてくれないの?愛してくれないの‥?」



その言葉に心が揺らぐ‥

けれど‥
この人殺しを、この異常者を、
放って置くわけにはいかない。

何より、みんなを苦しめたことが許せない。
なにが"愛して欲しい"よ!!
こんな事をしておいて‥どうかしてる‥!!


「ふざけないで!!!
みんなを殺した人を愛せるわけないでしょ‥!!

それに貴方に必要なのは私じゃない‥!

貴方に必要なのは‥

‥司法の裁きよ‥!!」


私がそう口にした時、
ジョザイアは一瞬だけ泣きそうな顔をした。
まるで、親に手を振り払われた子供みたいに。


‥ズキリと心が痛む‥
まるで心が血を流しているみたいに。


けれど 

彼のした事が許せる訳はなかった。
憎くて憎くて仕方がなかった。


私はゆっくりと後ずさりながら
固定電話の置いてある台に手をつく。
早くこの人を警察に‥


その瞬間、
彼はズカズカと私に近寄り、

私越しに背後の固定電話をガシャンッと
床に叩きつけた。


「アイリーン、そんな事しちゃダメだよ。
警察なんか頼ったところで、
捕まるのは君だけだ。

そんなのは僕も望まない。」


「‥え‥」


「だって‥
僕が殺したのに、犯人が捕まると思う?

せっかくアイリーンが警察に頼れないように
犯人に仕立てたのにそれを無駄にすると思う?

‥僕が貴女に逃げ道を残す訳がないでしょ?」



ジョザイアは血に塗れた手を広げ
優しく、哀しそうな笑みを浮かべながら
壁際まで追い詰めるように、私に にじり寄る。


「あ‥ぁ来ないで‥ひっ‥」


そして、私の手を取り、
包み込むみたいに握りしめた。 


「…っ‥!」


その手は血で滑った感触がして、
大きくて、熱い。

‥彼は私の手を強く握ったまま、
もう片方の手で私の頬に触れる。



「もう‥逃げられるのは嫌だよ‥
ねぇ‥先生、お願い‥僕を拒まないで‥」



暖かい手がギュッと私の手を握りしめる。
小さな子供みたいに、縋り付くみたいに。

私は動けなかった‥。
何をすべきかも‥わからなかった。


「……ジョザイア‥」


彼の銀色の瞳は揺れて、私の心を締め付ける‥


「先生が僕を見てくれないから
こうなったんだ‥
‥先生‥僕は頑張ったんだよ。

ねぇ褒めてよ‥頭を撫でてよ‥
僕‥先生を手に入れる為に‥頑張ったんだ‥

僕はただ‥アイリーンのことを‥愛してるだけ。

どうしてわかってくれないの‥?」



銀色の瞳は揺れながら、私をみつめる。

頬に触れる彼の手に私の涙が伝う。


できる事なら、彼を抱きしめてあげたい。
けれど、同時に‥私は‥


‥彼が憎かった‥‥殺してしまいたいほどに‥。


もう‥どうしていいか‥わからない‥。
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