怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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Injury

第37話 決断の代償

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 俺はじーさんやけいと一緒に客室にいて、監視カメラの映像からひかるの異変に気付いた。

 一瞬、光線が画面内を駆け巡った気がする。
 まさか……。

 俺は焦燥して無線に叫んだ。

「エリンギ! ひかるはっ!?」

「潜水艇には乗ったけド! みんなどうしよウ……! 撃たれタひかるガ!」

「撃たれたぁ!?」

 全員が絶叫した。

「どうしよウどうしよウ! すごい痛そうだヨ!」

「どこを撃たれた!?」

「脚! 右のふくらはぎだヨ!」

 ひかるが、撃たれた……!?

 俺は思わず強く奥歯を噛み締めた。

 そんな、まさか。あいつが。
 障害物の多いカフェテラスで、狙いを外さず撃ってくるとは。
 よくもやってくれたな、警察……!

 しかもよりによって脚か……。

 エリンギが泣いた様な声で助けを求める。
 さっきからひかるの方は、ずっとうめき声しか聞こえない。

「おい落ち着けエリンギ! お前しかいねーんだぞそこにはっ! ひかるを不安にさせんな!」

「まさかりさん、でモ……」

「おいエリンギ、応急処置出来ないのか」

「い、一応道具はあるけド……」

「やれ。お前の家柄ならそれくらいのことは出来るだろ」

「ム、ムリだヨォ! こんな大怪我なんて見たことモ……」

「エ……エリンギ」

 喉から絞り出す様に声を出すひかる。

「お願い……、エリンギなら、……っ」

「ひかる……、ウゥッ……」

「……何でエリンギが泣くのさ……」

「だっテ、もう見てらんないヨ! ……分かっタ、やってみル……」

 ぐすぐすと、エリンギが鼻を啜る音が聞こえた。





「い……っ、いぃぃ……ッ」

 光線で焼かれたため出血はないものの、ひかるのふくらはぎの皮膚はただれて変色し、筋肉が一部露出していた──目を背けたくなるような光景だった。

 消毒液が焼ける様に染みるらしく、ひかるは歯を食いしばって耐えていた。

 ひかるのうめき声を聞くだけに耐え兼ねたじーさんが口を開く。

「……エリンギ、東京には帰らずに近くに停泊して、病院を探した方がいいんじゃないかの……」

「ウ、ウン。そうして……」

「馬鹿か! ひかるを更に追い詰める気か」

「な、なんデっ!」

 エリンギが怒った様に俺に歯向かう。

「ひかる、お前が撃たれたことは当然、警察も知ってるんだろうな」

「うん……」

「だったら尚更、警察は血眼になって全国の病院を探すぞ? 右足を銃で撃たれた患者なんてそうそう出るものじゃない。そいつがダークだと断定される」

「……!」

 絶望に浸った様な空気が、俺たちの間に重くのしかかる。

「それと、すぐに海へ飛び込んだダークを探しに海上保安庁が動くだろうな。エリンギは奴等に見つからない様に、予定通りの場所に停泊しろ」

「だったラひかるはどうなるノっ!?」

「……」

「おいバカ! 黙ってねーで何とか言えよ! ひかるの選手生命がかかってんだよ!」

「うるさい。今考えてる」

「うるさいって何だよ!? お前ちょっとぐらい心配する素振り見せろよ。ほんっと冷酷だよな!」

「まさかり、本当に今タカが考えとるんじゃ。少し黙っとれ」

「……っ」

 誰もが口を閉ざすと、やはりひかるのうめき声のせいか、空気が重く暗い。

 俺は座ったまま、両手で顔を覆い考え込んだ。

 想定していなかった。
 あのひかるが撃たれるなんて。

 このメンバーの中に医学知識を持った奴はいない。
 素人の治療だけでは最悪──、化膿が悪化して脚を切断……なんて事もあり得るだろうか。

 ちゃんとした医者に見せなければ。
 しかし、それはダークに無関係な第三者である。

 警察がダークを撃ったことは、恐らく直ぐに報道されるだろう。
 脚を撃たれたひかるがダークだと言うことは、医者に必ず紐づけられてしまう。

 どう考えても、ひかるを救うことはリスクでしかない。

 警察は懸賞金を出してでも、ダークを治療した可能性がある医者を躍起になって探すハズだ。
 ……例え俺たちがどれだけ金を積んで口止めしたとしたも、今後ずっとそのリスクは付きまとう。

 俺に医学知識があれば、こんな事で悩まなかったのに。
 ……嘆いてもしょうがない。

 トカゲの尻尾切り──。それが、今なのだ。
 忘れた訳じゃないだろう。あの時の憎しみと決意を。

 〝優しさ〟なんて捨ててやると。のだ。
 それが弱みになるなら、心を鬼にしろと。
 そう、決めたじゃないか。

 無線から聞こえるひかるの呻き声を、聞こえないふりをしようとした。
 それなのに、少し前の公園での光景が脳裏をよぎった。

『……タカがひとりで抱えてること、少しでも軽くなったらいいなって思うんだけどな』

 ……。

 今、ひかるを見捨てなければ。

 あの時固く決意した過去の俺に、俺は背く事になる──。

「おい高英、どっちにしろ早く決めろ! これ以上潜水艇と離れると、無線電波が届かなくなる!」

 まさかりさんの言葉に急かされた俺は、息を吐いて言葉を胸の奥から捻り出して言った。

「……まさかりさん、医者を探せ」

「……!」

「腕が立つ、とにかく信用出来る医者だ。金ならいくらでも払う、金額にはこだわるな。あと治療場所はさくら号にしろ。出張してもらえ、いいな」

「分かった、すぐ探す!」

「それと、必ず一人で来させろ。複数人はダメだ」

「? ……わかった」

「エリンギも真っ直ぐさくら号に帰れ」

「分かったヨ」

 隣にいるじーさんやけいが、少しだけホッとした様な表情を浮かべる。

 ……違う。これは合理的な判断だ。

 今ひかるを見捨てれば、他のメンバーは激怒し二度とダークに手を貸してくれなくなるかもしれない。
 三度目がない。ここまで積み重ねて来たのに、そっちの方がどう考えてもリスクだ。

 ……だから、これは情じゃない。戦略だ。
 冷酷な俺は、まだ死んでいない。

 こうなったら、いずれひかるには完全復活してもらわねば。

「これから恐らく、俺とじーさんとけいは、青山の取り調べがあるだろうから。何か問題が起きてもそっちで解決しろよ」 

「ウン。大丈夫だヨ……たぶン」

 その時、ぼそぼそと泣き声が無線から聞こえた。

「……なさい。みんな、ごめ……さい……っ」

「……ひかる?」

「ひかる、誰も責めてないじゃン」

 ひかるはかぶりを降った。

「足は絶対に引っ張りたくないのに……! おれの不注意で……っ」

「おいエリンギ、黙らせろ」

「た、タカ」

「……黙らせろ。無駄に体力を使わせるな」

 何だか、物凄くモヤモヤする。
 ひかるが撃たれる直前──

『ひかる、余裕か?』

『うん。前回の時よりも』

『なら、せっかく閃光弾を持って来たんだ。わざと追いつかれて、またお前の足の速さを見せつけてやればいい』

 ……。

 いや、今は考えるのはよそう。
 反省は全て終わってからだ。

 暫くすると潜水艇と無線電波が届かなくなり、ひかるのうめき声は聞こえなくなった。


◆ 


 ダークが消えた後、青山は松浦に経緯を説明し、すぐに海上保安庁を呼んだ。
 警視庁の方にも事件の経緯を説明し、念のため全国の病院にチェックを入れてもらうことにする。

 その後、青山は甲板で少し海を眺めていた。

「青山さん……っ、すみません! オレが撃ったから……オレのせいっす! ホントに、こんなことになるなんて……」

 青山の背後から頭を下げる中林。涙目だ。

「言い直せ。『僕のせいです』」 

「ぼ、ボクのせいで、す」

「バーカ。撃ったお前のせいじゃなくて、取り逃した俺たちが悪い。お前はよく当てたよ、凄腕だ」

「いや、でもっ」

「それにまだ分かんないだろ。死んだなんて」 

「……え?」

「あのダークだぞ? こんな簡単に息絶えるとは思えない」

 そう。奴が何の狙いもなく、わざわざ追い詰められるような甲板に逃げたとは思えない。
 撃たれるのは計算違いだったろうが、たぶん逃走手段がここにあったハズ……。

「……絶えないか心配なのは俺の首だよ」

「ま、まじすか」

「よし。安藤さんちの取り調べ、始めるぞ」

「はいっす」

 これからDKに人質に取られていた安藤健太と、その家族の聴取が始まる。
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