怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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Injury

第39話 何で責めないんだ

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「……どうゾ」

 エリンギは小切手を村田に渡す。
 治療費と口止め料の500万だ。

 村田は受け取って、ニヤリと笑って言う。

「本当にいいんですかね? 私が通わなくても。素人のリハビリじゃあ、必ず治るとは言い切れませんがねぇ……」

 エリンギはじーさんと顔を見合わせた。

「やっぱリ、ひかるのためにモ――」

「だから断ると言っているだろ」

「!」

 俺がエリンギたちの背後から言うと、皆驚いた表情で俺を見た。

 俺は彼らのその脇を抜け、卓袱台の上のリモコンでテレビをつけた。

「……テレビ?」

「黙って見てろ」

 最初に映ったチャンネルはニュースだった。
 報じているのは、先程のダークのこと。

 ちらりと村田の表情を窺うと、テレビから目を逸らしていた。

『……記者の情報によりますと、ダークは警官が発砲した光線で右足ふくらはぎ辺りを負傷し、海に飛び込んだと言う事です。
 海上保安庁が捜索をしているものの、依然ダークは行方不明のままで、警察は――』

「撃たれて数十分後には、報道されていた。知らない訳がないだろう」

「……それが?」

 俺が言いたい事が分かっているくせに、村田はわざと分かっていないふりをする。

「どんな馬鹿でも勘付く筈だ。こいつがダークだと」

「え……っ」

「ば、ばれてる……!?」

「そりゃまあ知ってましたけど。何か?」

「……!」

 あっさりとした村田の反応に、あっけらかんとする一同。

「バレても何もあなた方に不都合な点はないでしょうよ? 私が秘密を守ればいいだけの話ですからね」

「……」

「私の商売の信頼は、秘密を守る事で成り立ってますからね。信用してもらって構いませんよ?」

 他の奴等は、明らかに動揺した様子だった。

 しかし最初から、まさかりさんに医者を手配するよう言う前から、俺の答えは決まっている。

「いや、出来ない」

「タカ……?」

「警察は今後、『右脚を銃で撃たれた者』の情報提供者に懸賞金をかける可能性がある。するとコイツは、掌を返すように口外するぞ。俺はお前の様なリスクの塊を、野に解き放ったまま放置できない」

「困りましたね。じゃあどうします? 私を殺しますか?」

 村田は一歩、後退りする。

 ひかるが横になったまま、か細い声で訴えた。

「タカ、やめてよ……。村田さんはここまで飛んでやって来てくれたんだよ? おかげで痛みも、ほんのちょっとだけ、よくなったし……」

 俺は上から、今度はひかるを見つめた。

「ひかる、お前は俺とコイツ、どっちを信じる?」

「え……?」

「お前は今まで、何度も俺の事を信じてるって言ったよな?」

『……そんな心配することないよ。前回も成功したし。おれはタカを信じてるから』

 ……数時間前、確かに言った。
 それにさっきだけじゃない。以前から何度も……。

「……うん。だから、どっちも」

「どっちもはない! 絶対に二つに一つだ。それとも撃たれるような作戦を立案した、俺に対する信頼を無くしたかっ!?」

「違う……、違うってば!」

「タカ!」

 皆の叫び声に、俺ははっと振り返る。
 村田が光線銃の銃口をこちらに向けていた。

 こいつは何回かこのような境遇を体験しているのだろう。上手い逃げ方を知っている。
 しかしこっちも絶対……、逃がす訳にはいかない。

「いるんですよ希に。あなた方の様な恩を仇で返す人間は。卑怯ですよ。老人1人に対してそんな大人数で囲むなんて」

 村田はじわじわと、銃口を俺に向けたまま玄関の方へ後退して行く。

「無事にここから逃がしてくれれば、当然撃ちはしませんからね……」

 村田は一番俺に警戒している。
 すると突然、村田が僅かな段差によろけた。

「っ!?」

 俺はそのスキを逃さず、隠し持っていた麻酔銃を村田に瞬時に向け、引き金を引いた。

「な、おい!」

 そのまま倒れる村田を、かろうじてまさかりさんが支える。

「どーすんだよこれ! 眠らせてどうにかなる問題じゃねーだろ!?」

「どけ」

 文句を言うまさかりさんをあしらい、俺は村田の手から先程の小切手を奪い取り、彼の服の袖を捲る。
 二の腕があらわになったところで、俺は遂に注射器を取り出した。

「チョ、ちょっと待っテ! 何を打つ気なノ!?」

「MB……」

 その腕を、強くエリンギに掴まれた。

「説明してヨ。それを撃ってどんな作用があるのカ」

 エリンギが見た事ない程に、怒った顔をしていた。
 俺はエリンギから目を逸らして言った。

「……今日一日の記憶が消える」

「それだケ?」

「それだけだ」

「副作用ハ?」

「ない」

「打って変な病気になったリ、死んだりしないよネ?」

「しない」

 エリンギの白く細長い指が、俺の腕を強く握る。
 碧色の目が、ほんの少しだけ動揺した俺の顔を映していた。

「……腕、震えてル」

「……」

「そんなんじゃ打てないでショ」

「……」

 MBという名前を聞くだけで、俺の頭の中では“あの時”の情景がフラッシュバックする。
 ……あれ程の恐怖と怒りに駆られたことは、かつて一度もなかった。

「ボクが打つ」

「……は?」

「医師免許は持ってないけド……。それでも少し、勉強したことがあるかラ」

 俺は注射器をあっさりとエリンギに渡した。

「……」

 初めて、エリンギの事を頼りになると思った。
 ……正直、かなり、ホッとした。





 エリンギに車を出させて、眠っている村田を公園にでも座らせる様に指示した。

 俺は、はあと大きく息を吐き、三角座りをしてうなだれる。

「タカ……、大丈夫?」

 横で寝ているひかるが声をかける。

「今お前に一番、『大丈夫?』なんて言われたくない」

「はは……、そうだよね。でもさ、何かちょっとタカ、様子がおかしかったから……。あの薬の事で前に何かあったの?」

「……!」

 俺は驚いてひかるの顔を見た。

「……あ、図星だったんだ」

「……」

「あ、うん、無理に昔の話を聞きたいって訳じゃないからね。言いたくなければ言わなくていいし、でも、おれで良ければ、話聞くし……」

「……」

 俺はひかるの言葉に、他意がないか推し量った。
 でもその目は真っ直ぐで、何も疑いようがなかった。

 俺はひかるから目を逸らして、立ち去った。

「言わない」

「……そっか」

 コイツ、何でここまで……。
 今は俺の心配してる場合じゃないだろ。

 それどころか、あの時警察を待つように指示を出した俺を、……何で責めないんだ。





 その後、俺がいない間に村田が言っていたことを、エリンギから聞いた。

 主に説明していたのは、今後の処置の仕方。

 そして何より気になったのは、完治までの時間。
 普通に歩けるまで3ヵ月、元の速さで走れるようになるまでおよそ半年だとか。
 ただし本人の努力次第で、早くなったり遅くなったりするらしい。

 とりあえず、治る怪我で良かった。

 ただし自動的に、次回のダークは半年後へと先延ばしになる。

 俺としてはここまで間隔を開けるのは、かなり不本意ではあるが……。
 ひかるが使えないのなら、やむを得ない。

 とりあえず今は、まさかりさんに盗んだ宝石の換金の準備をさせることが先決だろう。
 そして再び貧困者支援団体へ寄付すれば、ダークが生きていることが証明される。

 もう一つ、余談だけド。とエリンギは加えた。

「ひかるガ……やけに一か月後を強調したんダ」

「……何故?」

「分かんないけド……、『何でもやりますから、一か月後までには走れる様になりたいんです! どうかお願いします、方法を教えてください!』って、村田さんニ必死に頼んでタ……」

「……」

 その日の夜、2段ベッドの下段から、啜り泣く声が聞こえていた。
 次の朝に皆が理由を聞いても、ひかるは決して口を割らなかった。

 ……俺には心当たりがあったが、言わなかった。
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