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Father
第46話 最愛の人
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およそ数十分の後。
ひかるはようやっと落ち着いたが、今度は泣きじゃくった。
「勝手に見てごめんなさい」と何度も謝られたが、俺は怒らなかった。
泣くひかるを置いて、1階のキッチンに降りた。
ホットココアを作る。
――俺が、あんな動画をあんな所にうっかり放置しておく訳ないだろ。
葛藤していた。
ひかるに事件の真相を知って欲しい気持ちと、語るべきではないという気持ちが。
一緒にダークをしている誰かに本当の事を吐き出したい気持ちと、情に絆されてはいけないという気持ちが。
だから、天に任せてみた。
あの動画の存在をひかるが気付かなければ、真相を語る事なく今まで通りのままでも良いと思っていたし、もし動画が見られれば全てを語ろうと思っていた。
そして後者になった。
しかし、まさか過呼吸になる程までショックを受けるとは思わなかった……。
……悪い事をした。
長い夜になりそうだった。
俺はひかるの前に、ココアを置いた。
「……ありがとう……」
俺は、ひかると向かい合って座った。
「今、話しても大丈夫か」
「うん。聞かせて」
「……相当、重い話になるぞ」
「うん、分かってる。だけどタカの苦しみを、おれも一緒に受け止めたいから……。教えて」
泣き止んだひかるは、まだ赤い目で俺を真っ直ぐに見た。
何で、コイツに話したいと思ったのか。
……どこまでも、純粋だからか。
「親父は誰も殺してない。処刑もされてない。あの日鷲尾が、親父と天谷の2人どちらも殺した」
「……本当に、そうだったんだ」
「天谷は野党第一党のナンバー2だ。事件の直前にも鷲尾を厳しく批判していた。相当、煩わしかったんだろうな」
「……」
「だから親父が乗り込んで来たのを利用して、罪を被せた。だが鷲尾にとっては突発的な犯行だったから……。恐らく、中継されていた事が頭になかった」
「でも、あんな動画初めて見たよ?」
「そう。奴はそこから権力を最大限活用して、己の罪の隠蔽を始めた……」
俺は、膝の上の拳を強く握った。
「親父は鷲尾ともう一人に、殺人犯に仕立てられたんだ」
◆◇◆
10年前――
「あー。いーなぁフェアリーランド」
テレビを見ながら、8歳の俺の隣で親父――糸原高成は呟いた。
フェアリーランドは関東にある日本最大のテーマパークだ。
だが行くとすれば地方に住む糸原家には、中々ハードルが高い旅行だった。
「行きてぇ。がちで死ぬまでには行きて~」
「……そんなに行きたい?」
「高俊! お前、知らないからワクワク出来ないんだろーが! 無知は罪だ! 俺が教えてやる」
そう言って親父は、携帯を俺に見せながら永遠と語り出した。
聞いていて段々、楽しそうだなと思った。家族で行きたいとも。
そして親父は俺の頭を、ぽんぽんと撫でた。
「絶対行こうな。4人で」
俺は微笑んで、大きく頷いた。
そして家族でフェアリーランドに行くというのが、幼少の俺の夢になった。
「ただいまー」
買い物袋を下げて、臨月の妊婦の母が帰ってきた。
親父が怒りながらそれを奪い取る。
「あぁぁ明香音《あかね》ぇ! 買い物は俺がすると言ってるだろ! 妊婦なんだから!」
「いいじゃん近かったんだし。ナリにいちいち連絡するのも面倒」
「お前ほんと楽観的だよなー。助産師さんにも言われただろ、重いものはパパに任せなさいって」
「束縛はもうちょっとアツアツの時にして欲しかったわ。そんなに言うならあたしを鎖で繋いだら?」
「今もアツアツだろバーカ。第一今のは束縛に入らん」
30過ぎてもこんな会話をしている親だ、今だったら恥ずかしいが、当時の俺には楽しかった。
父も母も、大好きだった。
幼馴染の優輝には弟がいた。だから俺も欲しいと両親に願った。
俺の夢はこちらも叶いそうだった。
母も親父も俺も、新しい家族の誕生に期待に胸を膨らませていた。
◆
不幸は突然やって来た。
出産予定日まで、あと数日だったと記憶している。
ある日目覚めたら、病院のベッドの上だった。
全く、この上で寝たという記憶はない。
それと左腕に包帯がぐるぐると巻かれていた。
押さえると、かなり痛んだ。
不安そうな表情で、親父が問う。
「高俊、今日が何日か分かるか?」
「え?」
――どうして急にそんなこと聞くんだろう。
少し考えてみたが、どうしても思い出せない。
「……分かんない」
親父はそれを聞いて、ホッとしたような、だけど切なそうにうんうんと頷いた。
そして俺をそっと抱き締める。
「高俊……、今から言うこと、よく聞きなさい」
「……?」
親父が命令口調になったのを初めて聞いて、驚いた。
「高俊お前は……、今まで5日間、ずっと眠ってたんだ」
「え……?」
「覚えてないだろうが、5日前、お前は事故にあったんだ。明香音と一緒に……」
覚えてない。
「明香音は、お前を必死に守ろうとしたんだ。だけど……」
俺はまだ8歳だったが、その時の親父の次の言葉が想像出来た。
「……嘘だ」
親父がこんな冗談を言うとは思えない。
だが突然母がいなくなったという事実を、認められなかった。
後で聞いた話だが、もう俺が目覚めた頃には葬式も火葬も済んでいた。
だから余計に、現実味がなくて。
「嘘だ! 一緒にフェアリーランド行くって、僕に弟をくれるって約束したのにっ!」
「……ごめん。ごめんよ高俊。俺にはこんなことしか出来ない、ダメ親父で……」
「うわあぁぁっ……!」
俺は一瞬にして、母と弟を失った。
そして幼い俺の夢も、一緒に崩れ去った。
俺を抱き締める親父も啜り泣いていた。
その日は二人で、涙が枯れるまで泣いた。
◆
それから俺と親父2人だけの生活が、9年に渡って続く。
母がいなくなった寂しさは、気さくで明るい親父のお陰で俺の心を埋めてくれた。
その分、学校が苦痛だった。
元々、他人と群れるのが嫌いな性分ではあった。
多種多様な人物を一つの学級という密室に押し込める“学校”というシステムは、俺にはあまりにも不向きだった。
本当に親父と優輝以外の人間関係は要らなかった。
学校とは勉強する場なのに、媚び諂って話す時間が無駄過ぎる。
「高俊、お前……。優輝以外に友達いないのか……?」
親父に心配されて聞かれた事がある。
俺は失笑して答えた。
「バカばかりで話が合わないんだよ。どうせ高校を卒業すれば皆バラバラになる。所詮友達なんて赤の他人だからな。だったら会話する時間も無駄だ。その分勉強して、良い大学に行けるだろ」
本心だ。
俺は大学を卒業して就職した後、学費を全部親父に返すつもりでいた。
この経済不景気と重税の中、シングルで俺をここまで養ってくれた。当然何の見返りもなく、だ。
親だからと言って、俺はこの恩を当然のように受けるべきではないと思っていた。
妻と産まれるはずだった子を突然亡くし、一人で息子を育てるという心労を背負ってやり切った親父を……労ってやりたいと。
親父には断られそうな気もしていたが。
それでも心の中では感謝でいっぱいだった。その借りを返さなければ、気が済まないほどに。
友達を作らない理由を合理的に答えた俺に、親父は何を言っても無駄かと諦めたように、苦笑いで言った。
「……ま、お前には俺と優輝がいるからな」
本当にその通り。俺はアンタがいれば充分だ。
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