怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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Father

第47話 二度と帰って来なかった

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 2072年8月
 (俺がさくら号に入居する約半年前)

 俺は高校3年になっていた。

 部活は陸上の長距離。
 陸上を選んだ理由は、個人競技なのと、親父も学生時代やっていて勧められたからだ。

 ひかるとの出会いは部活でだったが、当時あいつは俺の中で全く印象に残らなかった。
 1年だったひかるが、インターハイに行くまでは……。

「やー、優輝もおつかれっ。部活」

「うぃーす、高成さん。久しぶり~」

 最後の部活があった日の夜、俺と優輝は親父を誘ってラーメン屋に出かけた。

「いやもー、ぜんっぜん疲れてない。オレなんもしてねーもん」

 親父と優輝は、もう親子のような間柄だ。
 俺たちは各々ラーメンを注文し、しばらく雑談を続けた。

「やっぱりインターハイなんて簡単に行けるもんじゃないな、高俊」

「……」

「おい優輝、高俊は今ガチで沈んでるからやめとけ」

 俺は、何でも一番じゃないと気に入らない性分だ。普通に凹んでいた。
 真面目に真剣に取り組んで来たのに……。

 俺には、走りの才能はないのだ。

「まー、オレもぶっちゃけヘコんでるけどー……。今年はうちの学校、1年がインハイ行ったから。女子だけど」

「へぇ。すごいなー。妬むなよ? 後輩を」

「だってよ高俊」

「だから優輝はいちいち高俊に突っ掛かるな」

 注文したラーメンが来て、しばらく3人は食べることに集中する。

 藤原光里……か。
 俺は長距離、奴は短距離とはいえ、同じような練習メニューを積んで来た筈。
 影の努力家か。それとも単に、天才か……。

「なぁ高俊、お前気付いてたか?」

 俺より一足先に食べ終えた優輝が、問う。

「何を」

「その藤原光里ちゃんが、毎日オレたちと同じ電車で帰ってたってこと」

「……さぁ」

「あー。やっぱり、気付いてないと思ったー」

 手を目の上に被せ、しまったのポーズを取る優輝。

「ん? その子がどうかしたのか?」

 親父が割って入る。

「いや、そろそろ可哀想になってきて、その子が。あんだけ視線を送ってるってのに、気付かれない虚しさ……」

「え? え? もしかして、その子高俊にアレなの!?」

「そうアレアレ!」

「何だアレって」

「キャ~青春! 親父きゅんきゅんしちゃう~! 優輝、その子の写真ある?」

「あるぜ。この子」

「え~? 素朴な感じで可愛いじゃねーか、俺はチャラチャラしてるのより、こういう子好きだぜ。高俊やるな~」

「おい、アレって何だよ」

 自分の話をされている筈なのに、理解出来ないのが腹が立つ。
 親父が身を乗り出して俺に聞いた。

「高俊、お前恋してるか?」

「は?」

「してねーよなぁそのツラじゃ。でも逆に俺の息子なのにモテないのもおかしいよなぁ」

「高成さん、高俊はお母さん似だって、自分で言ってただろ」

「んなっ、俺だってモテたんだからな! 昔は!」

 口ごもる親父に、優輝はくくっと笑った。

 ……何か、面倒な話になりそうだな。
 俺はこの場で、部活の愚痴をもっと聞いて欲しかったのに。

 俺はさっさと席を立ち上がった。

「帰ろう。疲れた」

「おい高俊、逃げんなよ~」

「今から話が盛り上がろうとしてるのに!」

 会計は3人分、親父が済ませた。





 ラーメン屋からの帰り道、優輝と別れ、俺と親父は二人で歩いていた。
 親父はラーメン屋で酒も飲んでいたから、ほろ酔いだ。

「高俊~、本当にお前彼女作れよ~」

「うるさいな、しつこいぞ」

「俺は母さんに一目惚れされて、ゴリゴリにゴリ押されて結婚したんだぞ? 良いだろ」

「知るか。親の色恋話なんて聞きたくない」

「俺さ? お前には本当に素敵な人と出会って欲しいんだよ。だって高俊は、俺も母さんの事も大好きで、すんげー家族想いだもん」

 俺は失笑した。

「俺がいつ、あんたの事大好きなんて言った? 自意識過剰過ぎて気色悪いぞ」

「今日だってラーメン誘ってくれたじゃねーか。嫌いな人間を普通飯なんて誘わねーよ」

「……」

「だからいつか高俊も『この人となら家族になりたい』って思える人と、出会えたらいーなって。俺は思うワケですよ。でもお前はそもそも、最初から新しい人間関係を遮断しようとする。俺はその理由、分かるぞ」

 親父は俺の肩を組んで、囁いた。

「お前が、本当に優しいヤツだからだ」

 俺は一瞬、言葉を無くした。

「は?」

「高俊、お前は義理と人情をひたすらに大事にする。お世話になった人、親しくして貰った人、愛をくれた人。その一人一人を宝物のように大事にして、同じだけの恩義を返そうとする。半端は許せない」

 親父の言葉は、まるで俺の奥の奥を覗き込むようだった。

「だから、多くの人間関係を作るとお前のキャパが足りなくなるから避ける。だろ?」

「……違う」

「いや違わない。俺が一番お前のこと知ってる、お前以上にな」

 そして、親父はふわっと笑った。

「俺は高俊のそういうところ、誇りに思うぜ」

「……」

「だからまーつまり……、彼女を作るのは……、うーん、難しいな。参ったなこりゃ……。逆にお前から惚れちまえばもー。ズブズブに溺れていきそうなんだけどなぁ……」

 あっはっはっはと親父は笑い飛ばして、そうして真剣に言った。

「いいか高俊。お前がもし誰かを心から好きになったら、絶対にその気持ち大事にしろよ。親父からのお願いな」

「絶対ない。鬱陶しいんだよ、酒臭いし」

「これマジだからな~! 本当に!」

「しつこいウザいもう黙ってくれ」

 そう親父を邪険にしながらも、親父の言った事に成程と納得してしまっている自分がいた。

 糸原高成は、いつも陽気で誰とでも仲良くなれてよく笑う男で。
 息子の俺とは正反対の性格だ。

 しかし、俺が親父の事を慕っている理由は。
 俺の事を、俺以上に知っているからだ。

 この人と話していると、たまに新しい発見がある。
 それが……楽しいし、嬉しい。





「おい高俊、何だよ1位って。おかしいだろ」

 2072年11月下旬。
 全国模試で1位を取った俺に対して、親父は苦言を呈した。

「何がおかしいんだ、そこは褒めるところだろ」

「俺の息子がこんなに頭良いはずがない」

「……だよな」

「だよな、じゃねーよ!」

 親父は何だか嬉しそうに、笑いながら俺の頭を叩いた。
 俺もやっと1位を取れた事が嬉しくて、笑った。

「でも俺は、母さんの息子でもある」

「そう。木谷の方のじーちゃんは医者だし、明香音の妹も結構ハキハキしてる人で切れ者だ。お前はそっちの血筋から恩恵を貰ったのかもなあ……」

 木谷は、母さんの旧姓だ。
 しかし俺は今親父が名を出した祖父や、母さんの妹――叔母には会った事がない。

「何で木谷の方とは疎遠なんだ?」

「いや、それは……。まあ、過去に色々と……」

 親父は言葉を濁した。

 まあ俺にとっては会った事もない親族なんて正直どうでも良かったから、それ以上聞かなかった。

「それより高俊、1位取った記念にフェアリーランド行かね?」

「は? いつ?」

「……来週どう?」

「はぁ!? 俺は受験生だぞ、今行く訳ないだろ!」

「……だよな」

 また、いつもの冗談かと思った。
 しかしその時の親父の表情は、何だかいつもより、沈んだように見えた。

「……そんなに行きたかったのか?」

「いやいや、ジョーダンに決まってるだろ? 受験生は勉強しろ!」

「受験終わったら、行ってもいいぞ」

 親父は、笑顔を作った。

「おう」

 ――俺がこの頃の親父の異変に、気づいていれば。





 2072年12月3日

 いつもと変わらない、穏やかな朝だった。
 少し違ったといえば、昨日親父がかなり高級な焼き肉を食わせてくれたお陰で、少し胃が痛かったことか。

 親父は東京出張に行く支度をしていた。
 親父の仕事は飲料メーカーの営業だった。だから本社がある東京に出張に行く事自体は珍しくはない。

 ただいつもと違ったのは、毎朝慌ただしく荷物を詰めていた親父が、今日は事前に準備を終わらせていた事だ。

 珍しく、親父が朝食を作ってくれていた。
 ご飯と、わかめが大量に入った味噌汁と、少し焦げたウィンナーと、下手くそな卵焼き。
 ……卵焼きは、かなり塩っぱかったしカチカチだった。それに文句を吐きながらも。
 親父と他愛のない話をしながら、ゆっくり朝食を食べた。

 そして学校に行く支度をしていた俺を、親父は呼び止めた。

「高俊。俺先に出るけど、その前に渡したいものがあるんだ。ちょっと来てくれ」

 親父に連れられたのは、2階の物置。
 ……俺の弟の部屋になる筈だった、空き部屋だ。

 そこの棚の上段を開け、親父は手のひらサイズの小さな木箱を俺に渡した。
 箱には何故か、俺の名前が書いてある。

「開けてみろ」

 何だ? こんな朝っぱらから。
 訝しげに開けると、中に入っていたのはミミズが干からびたような、気色悪い物体だった。

「何だコレ……」

「あっはっはっは!」

「おい、こんな朝から悪戯か!? 悪趣味だな!」

「それ、お前のへその緒」

「は!?」

 初めて見た。こんなにカラカラに小さく縮むのか……。

「お前と母さんを繋いでた、目に見える絆。お前にやる、ありがたく受け取れ」

「……何で今?」

「いや、ふと思い出して。ホラ、明香音に挨拶していくぞ」

 そう言って親父は仏間に行き、仏壇の母さんに手を合わせて立ち上がった。
 親父は少し俯いて、俺と目を合わせなかった。

 そして親父は玄関で靴を履くと、見送っていた俺の頭を突然わしゃわしゃと撫でた。

「おい! 髪セットしてたのに!」

「高俊、元気でな」

 ……元気でな?
 まあ、今回の出張はいつ帰るか分からないくらい長くなるらしいから……。

「いや! 変な言い方だな、ちょっとオーバーか! 忘れろ!」

 そう親父は冗談ぽく手を振ったが、ほんの一瞬だけ、親父の笑顔が少し引き攣っていた気がした。

 だが、その時はまだ――深く考えなかった。

「まぁ、親父も……仕事、頑張れ」

「おう。じゃあ」

 親父は、最大級の笑顔を作って言った。

「行ってくるっ!」

 そうして、普通に玄関を出ていった。



 ――二度と、帰って来なかった。



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