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ラファ侯爵に呼ばれたことなどほとんどないアストレイアは、兄が亡くなった悲しみを背負いつつ扉をノックした。
軽いノック音の後、ラファ侯爵の冷たい声がアストレイアの入室を許可した。
俯きながら恐る恐る部屋に入ったアストレイアは、部屋の床に広がる展開済みの魔方陣に目を丸くさせた。
「お……おとうさま?」
戸惑うアストレイアに見向きもしないラファ侯爵は、冷たい声で一言命令した。
「展開済みの魔方陣の中心に立て」
冷たい声でそう命じられたアストレイアは、質問しても無駄だろうと早々に諦めていた。
言われるがまま、どういった魔法なのかも分からないままでも、魔方陣の中心に立つしかなかった。
アストレイアは大人しく魔方陣の中心に立つのを視界の端で確認したラファ侯爵は、歪んだ笑みを浮かべ、何も言うことなく魔法を発動させた。
その瞬間、体中の魔力を魔方陣に奪われ、そして体がバラバラにされるような痛みを感じたアストレイアは、絶叫を上げていた。
「きゃあああああああああ!! い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
あまりの痛みに意識を失った方がましだったが、意識を失いそうになると、別の痛みで意識が引き戻された。
長い時間にも思えたが、それは数分の出来事だった。
痛みで出た冷や汗が、アストレイアのワンピースをぐっしょりと濡らしていたが、肩を揺らし荒い息を吐いていたアストレイアだったが、やがて痛みが引いていったことに深く息を吐いた。
訳も分からない苦痛を強いられたアストレイアは、それを強いた元凶であるラファ侯爵を床に這いつくばりながら見上げて、心底後悔する。
見上げた先のラファ侯爵は、まるで失敗作でも見るような嫌悪感の滲む瞳でアストレイアを見たのだ。
アストレイアは、思わず疑問の声を上げてしまう。
「ど……どうして……?」
その声が聞こえたのかは分からないが、ラファ侯爵は冷たく残酷なことを言い放つ。
「失敗だ。ああ、何故お前の方が生きているんだ。まだ、あれが生きていた方がまだ使い道があった。ああ、失敗した。魔力をほとんど失ったお前にもう価値などない。失敗した失敗した。今の状況なら、女のままの方がまだ使い道があったというのに……」
そう言ったラファ侯爵は、アストレイアの存在を忘れたかのように、ただ「失敗した」と繰り返した。
アストレイアは、ラファ侯爵から言い放たれた言葉をゆっくりと理解し、それを呑み込むため自身の中の魔力残量の低さに目を見張る。
それは、魔力が枯渇したも同然の微々たるものだった。普通なら減った魔力は体を休めれば元通りになるのだが、アストレイアは嫌な予感がしてならなかった。
そして、もう一つラファ侯爵の言っていた気になる言葉を確かめるため、自身の体を両手で確かめる。
特に変わったようには思えなかった。顔も体も。触れてみて違和感を感じなかったのだ。
とにかく、このままラファ侯爵の部屋にいる訳にはいかないと、アストレイアは泥のように重い体を引きずるようにして自室に戻って行った。
そして、大量にかいた汗が気持ち悪いと、部屋に備え付けられた浴室で、もう今までの自分とは違うことを知ってしまうのだ。
裸になったアストレイアの股の間には、女の身にあってはならないものがあったのだ。
夢かも知れないという現実逃避した考えに縋るように手早く体を洗ったアストレイアは、怯えるようにベッドに潜り込み震えながら朝を待っていた。
いつしか眠っていたのだろう、カーテンから差し込む陽の光で目を覚ましたアストレイアは、体の変化は夢ではなく真実だったことに愕然とした。
そして、休んでも戻らない魔力量にある可能性が思い浮かび再び愕然とする。
何らかの禁忌の魔法で体を作り変えられたとき、魔法が不完全だったのか、魔力を制御するための魔力回路が壊れてしまったのだと、そう考えたのだ。
魔力が回復しない以上、残っている魔力は貴重だった。
だから、今の状況をどうこうするのに残りの魔力を使うのではなく、今後のために魔力を温存することにしたアストレイアの次の行動はたった一つだった。
長かった薄桃色の髪をバッサリと短く切り、アスタヴァイオンの部屋に向かった。
そして、アスタヴァイオンの服を身に着け、ラファ侯爵の計画に乗ろうと、乗ってやろうと行動したのだ。
朝食の前に昨日ぶりにラファ侯爵の部屋を訪れたアストレイアは、軽いノックの後に返事も聞かずに部屋に入って自分の言いたいことだけを言って、部屋を出て行く。
その小さな背中を見送ったラファ侯爵が、複雑な表情だったことを誰も知らない。
「昨日死んだのは、アスタヴァイオンではなく、アストレイアです。アストレイアは死にました」
軽いノック音の後、ラファ侯爵の冷たい声がアストレイアの入室を許可した。
俯きながら恐る恐る部屋に入ったアストレイアは、部屋の床に広がる展開済みの魔方陣に目を丸くさせた。
「お……おとうさま?」
戸惑うアストレイアに見向きもしないラファ侯爵は、冷たい声で一言命令した。
「展開済みの魔方陣の中心に立て」
冷たい声でそう命じられたアストレイアは、質問しても無駄だろうと早々に諦めていた。
言われるがまま、どういった魔法なのかも分からないままでも、魔方陣の中心に立つしかなかった。
アストレイアは大人しく魔方陣の中心に立つのを視界の端で確認したラファ侯爵は、歪んだ笑みを浮かべ、何も言うことなく魔法を発動させた。
その瞬間、体中の魔力を魔方陣に奪われ、そして体がバラバラにされるような痛みを感じたアストレイアは、絶叫を上げていた。
「きゃあああああああああ!! い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
あまりの痛みに意識を失った方がましだったが、意識を失いそうになると、別の痛みで意識が引き戻された。
長い時間にも思えたが、それは数分の出来事だった。
痛みで出た冷や汗が、アストレイアのワンピースをぐっしょりと濡らしていたが、肩を揺らし荒い息を吐いていたアストレイアだったが、やがて痛みが引いていったことに深く息を吐いた。
訳も分からない苦痛を強いられたアストレイアは、それを強いた元凶であるラファ侯爵を床に這いつくばりながら見上げて、心底後悔する。
見上げた先のラファ侯爵は、まるで失敗作でも見るような嫌悪感の滲む瞳でアストレイアを見たのだ。
アストレイアは、思わず疑問の声を上げてしまう。
「ど……どうして……?」
その声が聞こえたのかは分からないが、ラファ侯爵は冷たく残酷なことを言い放つ。
「失敗だ。ああ、何故お前の方が生きているんだ。まだ、あれが生きていた方がまだ使い道があった。ああ、失敗した。魔力をほとんど失ったお前にもう価値などない。失敗した失敗した。今の状況なら、女のままの方がまだ使い道があったというのに……」
そう言ったラファ侯爵は、アストレイアの存在を忘れたかのように、ただ「失敗した」と繰り返した。
アストレイアは、ラファ侯爵から言い放たれた言葉をゆっくりと理解し、それを呑み込むため自身の中の魔力残量の低さに目を見張る。
それは、魔力が枯渇したも同然の微々たるものだった。普通なら減った魔力は体を休めれば元通りになるのだが、アストレイアは嫌な予感がしてならなかった。
そして、もう一つラファ侯爵の言っていた気になる言葉を確かめるため、自身の体を両手で確かめる。
特に変わったようには思えなかった。顔も体も。触れてみて違和感を感じなかったのだ。
とにかく、このままラファ侯爵の部屋にいる訳にはいかないと、アストレイアは泥のように重い体を引きずるようにして自室に戻って行った。
そして、大量にかいた汗が気持ち悪いと、部屋に備え付けられた浴室で、もう今までの自分とは違うことを知ってしまうのだ。
裸になったアストレイアの股の間には、女の身にあってはならないものがあったのだ。
夢かも知れないという現実逃避した考えに縋るように手早く体を洗ったアストレイアは、怯えるようにベッドに潜り込み震えながら朝を待っていた。
いつしか眠っていたのだろう、カーテンから差し込む陽の光で目を覚ましたアストレイアは、体の変化は夢ではなく真実だったことに愕然とした。
そして、休んでも戻らない魔力量にある可能性が思い浮かび再び愕然とする。
何らかの禁忌の魔法で体を作り変えられたとき、魔法が不完全だったのか、魔力を制御するための魔力回路が壊れてしまったのだと、そう考えたのだ。
魔力が回復しない以上、残っている魔力は貴重だった。
だから、今の状況をどうこうするのに残りの魔力を使うのではなく、今後のために魔力を温存することにしたアストレイアの次の行動はたった一つだった。
長かった薄桃色の髪をバッサリと短く切り、アスタヴァイオンの部屋に向かった。
そして、アスタヴァイオンの服を身に着け、ラファ侯爵の計画に乗ろうと、乗ってやろうと行動したのだ。
朝食の前に昨日ぶりにラファ侯爵の部屋を訪れたアストレイアは、軽いノックの後に返事も聞かずに部屋に入って自分の言いたいことだけを言って、部屋を出て行く。
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