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ラスティンの言葉にミーシャは、コテンと首を傾げる。
その姿が可愛いと思ったラスティンは、くすりと微笑む。そして、ミーシャの手を取り昔のことを思い出すように言葉を吐き出していた。
「全ては、俺の姉の仕業です。今から十年前のことです。陛下……、ミーシャさんのお父上が、俺の姉、ラスティナと再婚したのは……。それが始まりでした。いえ、ミーシャさんのお母上がお亡くなりになったことが姉の仕業だったのだと今なら分かります」
表情を歪めたラスティンの言葉に、ミーシャは息をのむ。
思いのほか深刻な話に、ミーシャは、自然と姿勢を正していた。それを見たラスティンは、ふわりと微笑みを浮かべた後に続きを口にしていた。
「俺の姉は、呪いと毒を使う黒魔女でした。今になっては、何故そうしたのか全て想像でしかないのですが、不相応な夢でも見たのでしょう。この国を手中に収めるという、夢を……。その手段として、陛下を傀儡にすることにしたのだと思います。そして、そのために、ミーシャさんのお母上を手に掛けたんのだと思います。突然の出来事だったそうです。軽い風だったはずが、翌日には……。そして、空席となった王妃の座を姉は我が物にしたのです。当時六歳だったミーシャさんは、姉の異常性に気が付いたのだと思います。俺が気づいた時には、ミーシャさんは、心をなくしていました」
辛そうにそう口にするラスティンのことが心配で、ミーシャは、そっと手を伸ばしていた。
伸ばした指先でラスティンの艶やかな黒髪を優しく撫でる。
ラスティンは、自分の髪を滑るミーシャの指先にそっと触れてから、華奢な指先を捕まえて口づけるのだ。
「俺は、幼いミーシャさんに救われた人間です。だから、ミーシャさんの心を砕いた姉を憎みました……。ミーシャさんを取り戻すまでに十年もかかってしまいました。でも、もう大丈夫です。貴女の心を壊した姉は俺の手で壊してやりました。貴女の異変に気が付かないような愚かな陛下も俺の手で葬ってやりました」
そう言って、昏い笑みを浮かべるラスティンの瞳を見たミーシャは、背中にナイフでも突きつけられたような錯覚を覚えていた。
何か言おうにも、声が出ないミーシャを知ってか知らずか、ラスティンは恐ろしい真実を口にするのだ。
「大丈夫です。貴女を俺から奪おうとする全てを排除しました。もう、この国……、いや、この世界で俺たちを引き裂けるものなんてもう存在しない……。ああ、長かった。ミーシャさんの体と馴染める美しい心を探し出すのに十年もかかってしまった。でも、大丈夫。何も覚えていなくてもそれは仕方ないことなんです。以前の邪魔な記憶は全て俺が消し去ったのですから。でも、今のミーシャさんには、不要な記憶ですから、問題ないですよね」
光を感じさせない昏い瞳で、うっとりとそう話すラスティンに背筋が凍る思いだったミーシャだったが、優しい手つきで頬を撫でられると、何故か全身の震えが止まっていた。
目の前には、美しい狂気に満ちた男がいる。それでも、何も知らない、何もわからないミーシャには必要な存在に思えてしかなかったのだ。
ミーシャは、理解するのだ。
(ああ、そういうことか。やっぱりわたしはミーシャじゃないんだ。ミーシャに近い魂? 心? そういう何かがあったから、わたしはここにいるんだ。でも、もうわたしはわたしが分からない。でも、これだけは分かる。わたしには、ラスティンが必要だってこと。多分、これは刷り込みだ。でも、そう分かっていても、わたしはラスティンを求めてしまう……。これが恋なのかな?)
そんなことを考えていたミーシャの心にある言葉が思い浮かんでいた。
ストックホルムシンドローム
その言葉の意味は分からなかったが、なんとなく今の状況がその言葉に当てはなるような気がして可笑しくて仕方なかった。
その後、ミーシャは再び鳥籠のような檻の中で過ごす日々が始まっていた。
ラスティンにそう命じられたわけではなく、自ら望んでのことだった。
ミーシャは怖かったのだ。外の世界を知ってしまった時、心を保てなくなると薄々感じていたのだ。
ラスティンに世話をされて、彼のお人形遊びでもしているかのような、そんな日々の裏で、ラスティンが世界に強いた残酷な現実を知りたくなかったのだ。
だから、知らないふりをして、ラスティンの愛を受け入れ、自分は何も知らない、囚われているだけだと思い込むために、檻に入るのだ。
ラスティンから解放されるその日まで。
しかし、その日が訪れることがないことをミーシャは知らない。
『乙女ゲームの主人公に転生したけどゲームオーバーしてた件。』 おわり
その姿が可愛いと思ったラスティンは、くすりと微笑む。そして、ミーシャの手を取り昔のことを思い出すように言葉を吐き出していた。
「全ては、俺の姉の仕業です。今から十年前のことです。陛下……、ミーシャさんのお父上が、俺の姉、ラスティナと再婚したのは……。それが始まりでした。いえ、ミーシャさんのお母上がお亡くなりになったことが姉の仕業だったのだと今なら分かります」
表情を歪めたラスティンの言葉に、ミーシャは息をのむ。
思いのほか深刻な話に、ミーシャは、自然と姿勢を正していた。それを見たラスティンは、ふわりと微笑みを浮かべた後に続きを口にしていた。
「俺の姉は、呪いと毒を使う黒魔女でした。今になっては、何故そうしたのか全て想像でしかないのですが、不相応な夢でも見たのでしょう。この国を手中に収めるという、夢を……。その手段として、陛下を傀儡にすることにしたのだと思います。そして、そのために、ミーシャさんのお母上を手に掛けたんのだと思います。突然の出来事だったそうです。軽い風だったはずが、翌日には……。そして、空席となった王妃の座を姉は我が物にしたのです。当時六歳だったミーシャさんは、姉の異常性に気が付いたのだと思います。俺が気づいた時には、ミーシャさんは、心をなくしていました」
辛そうにそう口にするラスティンのことが心配で、ミーシャは、そっと手を伸ばしていた。
伸ばした指先でラスティンの艶やかな黒髪を優しく撫でる。
ラスティンは、自分の髪を滑るミーシャの指先にそっと触れてから、華奢な指先を捕まえて口づけるのだ。
「俺は、幼いミーシャさんに救われた人間です。だから、ミーシャさんの心を砕いた姉を憎みました……。ミーシャさんを取り戻すまでに十年もかかってしまいました。でも、もう大丈夫です。貴女の心を壊した姉は俺の手で壊してやりました。貴女の異変に気が付かないような愚かな陛下も俺の手で葬ってやりました」
そう言って、昏い笑みを浮かべるラスティンの瞳を見たミーシャは、背中にナイフでも突きつけられたような錯覚を覚えていた。
何か言おうにも、声が出ないミーシャを知ってか知らずか、ラスティンは恐ろしい真実を口にするのだ。
「大丈夫です。貴女を俺から奪おうとする全てを排除しました。もう、この国……、いや、この世界で俺たちを引き裂けるものなんてもう存在しない……。ああ、長かった。ミーシャさんの体と馴染める美しい心を探し出すのに十年もかかってしまった。でも、大丈夫。何も覚えていなくてもそれは仕方ないことなんです。以前の邪魔な記憶は全て俺が消し去ったのですから。でも、今のミーシャさんには、不要な記憶ですから、問題ないですよね」
光を感じさせない昏い瞳で、うっとりとそう話すラスティンに背筋が凍る思いだったミーシャだったが、優しい手つきで頬を撫でられると、何故か全身の震えが止まっていた。
目の前には、美しい狂気に満ちた男がいる。それでも、何も知らない、何もわからないミーシャには必要な存在に思えてしかなかったのだ。
ミーシャは、理解するのだ。
(ああ、そういうことか。やっぱりわたしはミーシャじゃないんだ。ミーシャに近い魂? 心? そういう何かがあったから、わたしはここにいるんだ。でも、もうわたしはわたしが分からない。でも、これだけは分かる。わたしには、ラスティンが必要だってこと。多分、これは刷り込みだ。でも、そう分かっていても、わたしはラスティンを求めてしまう……。これが恋なのかな?)
そんなことを考えていたミーシャの心にある言葉が思い浮かんでいた。
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その言葉の意味は分からなかったが、なんとなく今の状況がその言葉に当てはなるような気がして可笑しくて仕方なかった。
その後、ミーシャは再び鳥籠のような檻の中で過ごす日々が始まっていた。
ラスティンにそう命じられたわけではなく、自ら望んでのことだった。
ミーシャは怖かったのだ。外の世界を知ってしまった時、心を保てなくなると薄々感じていたのだ。
ラスティンに世話をされて、彼のお人形遊びでもしているかのような、そんな日々の裏で、ラスティンが世界に強いた残酷な現実を知りたくなかったのだ。
だから、知らないふりをして、ラスティンの愛を受け入れ、自分は何も知らない、囚われているだけだと思い込むために、檻に入るのだ。
ラスティンから解放されるその日まで。
しかし、その日が訪れることがないことをミーシャは知らない。
『乙女ゲームの主人公に転生したけどゲームオーバーしてた件。』 おわり
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