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第六話 驕り
マリカの代わりに戦場に立つとき、ティアナの上官になった男は言ったのだ。
「お前さんが戦果をちゃんと挙げれば、弱った母親の治療はしてやるから、精々死に物狂いで帝国の奴らを殺しまくるんだな」
その言葉は、ティアナに重くのしかかった。
マリカは大切だ。それでも、マリカのためと言って、他の誰かの命を奪うことにティアナは逃げ出したくて仕方なかった。
初めて戦場に立った時、ティアナは震えてまともに魔法を放つことすらできなかった。
そんなティアナを見た上官は、ティアナの横っ面を引っ叩いて言ったのだ。
「お前さんがそんなんじゃ、お前さんの大切な母親は今日にでも死ぬしかないな。それが嫌ならどうしたらいいか……。はぁ、少し考える時間をやるから」
そう言った上官は、ティアナの頭を軽く撫でた後に戦線に戻って行った。
ティアナは、叫びたい心を必死に抑えて無我夢中で駆け出していた。
戦場の片隅で膝を抱えて泣くティアナは、この時まだ十六歳の少女だった。
「ひっく……。やらなきゃ……。そうじゃなきゃ、今までわたしのせいで苦しんだお母さんが……。でも……。怖い……。人を……人を……。うわぁぁぁぁぁぁぁん……」
戦う決意をしたつもりだったのだと、自分の覚悟が甘かったことを戦場に立って初めて自覚したティアナは、幼い子供の様に泣きじゃくることしかできないでいた。
ざり……。ざり……。
そんな時だった。
重い足を引きづるような音がしたのは。
敵がすぐ近くに来たと感じたティアナは、どこかに身を隠さなければと周囲を見回したが、すでに遅かったようで、足を引きづるようにして歩いていた青年と視線が合った気がしたのだ。
青年の格好はというと、戦場に似つかわしくない全く防御を考えていないかのような普通の服装だった。
その青年は長い黒髪を頭の高い位置で結んでいた。
長い前髪の隙間から疲れたような黒い瞳と視線が合った時、ティアナの胸はドキリと跳ねた。
どこか懐かしさを感じるけれど、全く知らない眼差し。
それでも、どうしても彼という存在が気になって仕方がなかったのだ。
ルーマニア王国の兵士は皆、揃いの青い軍服に身を包んでいるため、格好から敵側の人間であることは察せられた。
それでも、ティアナはその男が気になってしまったのだ。
しかし、ティアナが何かをする前に目の前の男が声を発したのだ。
「君もサボりか?」
「えっ?」
「くくっ……。ああ、疲れた……。君もそうだろう? だから……って、泣いてたのか?」
そう言われたティアナは、慌てて袖口で顔を拭った。
それがおかしかったようで、男はまたしても軽い笑い声をあげていた。
「くくくっ。可愛いな君。顔が真っ黒になっているぞ?」
そう言って男は、さっきまでの重い足取りが嘘のように軽い歩みでティアナの隣に座っていた。
そして、どこから取り出したのか清潔そうな白いハンカチでティアナの顔を優しく拭いたのだ。
「戦争なんて嫌だよな……。俺もこんな戦い早く終わってほしいよ……」
ティアナは、心の中で男の言葉に驚いていた。
思えば、この戦争はルーマニア王国が発端だ。
そう思うと、ティアナの心は更に重く塞ぎこんでしまう。
「俺さ。この戦いが終わったら……」
ティアナは、その言葉にとっさに反応してしまっていた。
気が付いた時には、男の口を両手で塞いでしまっていたのだ。
「ふがふがふがが……」
男の長い前髪の隙間から見えたのは驚いたように見開かれた黒い瞳だった。
ティアナは覚えていた。前世の記憶の中で、そのフレーズが死亡フラグだということを。
男は、優しい手つきでティアナの両手を外させてからおかしそうに言うのだ。
「ははっ。敵の事情なんて知りたくもないよな? おっ……。危なかった。これって死亡フラグってやつだったか? まぁ、そんなのどうでもいいか……。俺は……。まだ大切なことを伝えてない……。だから……。なーんてな。気にするな。でだ。君はどうして泣いてたんだ?」
どこか懐かしさを感じさせる男の存在に、ティアナは思わず心の内を吐き出してしまっていた。
「た……、大切な人がいるんでる。その人を守るには戦果を挙げないといけないんです……。でも、誰も殺したくない……」
そう言ったティアナに対して男は、真剣な口調で言うのだ。
「みんなそうだよ。でも、思い上がるなよ。そんな我儘を言えるのは力のある一部の人間だけだ。生温いことを言っていると、大切な誰かを守る前に君が死ぬだけだ。だが、気持ちはわかる……。だから、俺から言えることは……」
男の口から出た言葉にティアナは、自分が恥ずかしくて仕方なかった。
確かに、ティアナの言ったことは綺麗ごとで、さらに言うと、自分だけは死なないという謎にどこから出て来たのか分からない自信からくる発言だった。
そうだ、ここは戦場だ。自分だって何かあればすぐに命を落とすかもしれないのだ。
そんな事を考えていたティアナに男はとんでもないアドバイスをしたのだ。
「お前さんが戦果をちゃんと挙げれば、弱った母親の治療はしてやるから、精々死に物狂いで帝国の奴らを殺しまくるんだな」
その言葉は、ティアナに重くのしかかった。
マリカは大切だ。それでも、マリカのためと言って、他の誰かの命を奪うことにティアナは逃げ出したくて仕方なかった。
初めて戦場に立った時、ティアナは震えてまともに魔法を放つことすらできなかった。
そんなティアナを見た上官は、ティアナの横っ面を引っ叩いて言ったのだ。
「お前さんがそんなんじゃ、お前さんの大切な母親は今日にでも死ぬしかないな。それが嫌ならどうしたらいいか……。はぁ、少し考える時間をやるから」
そう言った上官は、ティアナの頭を軽く撫でた後に戦線に戻って行った。
ティアナは、叫びたい心を必死に抑えて無我夢中で駆け出していた。
戦場の片隅で膝を抱えて泣くティアナは、この時まだ十六歳の少女だった。
「ひっく……。やらなきゃ……。そうじゃなきゃ、今までわたしのせいで苦しんだお母さんが……。でも……。怖い……。人を……人を……。うわぁぁぁぁぁぁぁん……」
戦う決意をしたつもりだったのだと、自分の覚悟が甘かったことを戦場に立って初めて自覚したティアナは、幼い子供の様に泣きじゃくることしかできないでいた。
ざり……。ざり……。
そんな時だった。
重い足を引きづるような音がしたのは。
敵がすぐ近くに来たと感じたティアナは、どこかに身を隠さなければと周囲を見回したが、すでに遅かったようで、足を引きづるようにして歩いていた青年と視線が合った気がしたのだ。
青年の格好はというと、戦場に似つかわしくない全く防御を考えていないかのような普通の服装だった。
その青年は長い黒髪を頭の高い位置で結んでいた。
長い前髪の隙間から疲れたような黒い瞳と視線が合った時、ティアナの胸はドキリと跳ねた。
どこか懐かしさを感じるけれど、全く知らない眼差し。
それでも、どうしても彼という存在が気になって仕方がなかったのだ。
ルーマニア王国の兵士は皆、揃いの青い軍服に身を包んでいるため、格好から敵側の人間であることは察せられた。
それでも、ティアナはその男が気になってしまったのだ。
しかし、ティアナが何かをする前に目の前の男が声を発したのだ。
「君もサボりか?」
「えっ?」
「くくっ……。ああ、疲れた……。君もそうだろう? だから……って、泣いてたのか?」
そう言われたティアナは、慌てて袖口で顔を拭った。
それがおかしかったようで、男はまたしても軽い笑い声をあげていた。
「くくくっ。可愛いな君。顔が真っ黒になっているぞ?」
そう言って男は、さっきまでの重い足取りが嘘のように軽い歩みでティアナの隣に座っていた。
そして、どこから取り出したのか清潔そうな白いハンカチでティアナの顔を優しく拭いたのだ。
「戦争なんて嫌だよな……。俺もこんな戦い早く終わってほしいよ……」
ティアナは、心の中で男の言葉に驚いていた。
思えば、この戦争はルーマニア王国が発端だ。
そう思うと、ティアナの心は更に重く塞ぎこんでしまう。
「俺さ。この戦いが終わったら……」
ティアナは、その言葉にとっさに反応してしまっていた。
気が付いた時には、男の口を両手で塞いでしまっていたのだ。
「ふがふがふがが……」
男の長い前髪の隙間から見えたのは驚いたように見開かれた黒い瞳だった。
ティアナは覚えていた。前世の記憶の中で、そのフレーズが死亡フラグだということを。
男は、優しい手つきでティアナの両手を外させてからおかしそうに言うのだ。
「ははっ。敵の事情なんて知りたくもないよな? おっ……。危なかった。これって死亡フラグってやつだったか? まぁ、そんなのどうでもいいか……。俺は……。まだ大切なことを伝えてない……。だから……。なーんてな。気にするな。でだ。君はどうして泣いてたんだ?」
どこか懐かしさを感じさせる男の存在に、ティアナは思わず心の内を吐き出してしまっていた。
「た……、大切な人がいるんでる。その人を守るには戦果を挙げないといけないんです……。でも、誰も殺したくない……」
そう言ったティアナに対して男は、真剣な口調で言うのだ。
「みんなそうだよ。でも、思い上がるなよ。そんな我儘を言えるのは力のある一部の人間だけだ。生温いことを言っていると、大切な誰かを守る前に君が死ぬだけだ。だが、気持ちはわかる……。だから、俺から言えることは……」
男の口から出た言葉にティアナは、自分が恥ずかしくて仕方なかった。
確かに、ティアナの言ったことは綺麗ごとで、さらに言うと、自分だけは死なないという謎にどこから出て来たのか分からない自信からくる発言だった。
そうだ、ここは戦場だ。自分だって何かあればすぐに命を落とすかもしれないのだ。
そんな事を考えていたティアナに男はとんでもないアドバイスをしたのだ。
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