男装令嬢の恋の行方

バナナマヨネーズ

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第十九話 side-マティウス-

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 毎年恒例となっている新人騎士による武芸大会。
 今年も埋もれた才能を発掘するためにと、数多くの騎士たちが会場に見物に訪れていた。
 私も新人騎士たちの戦いぶりを見るために会場を訪れていた。
 第三騎士団の設営本部にいるだろうベルナルドゥズとは、会場に入ったときに挨拶をしただけだったが、あいつのうきうきとした様子から、第三騎士団の者が優勝するのだと考えていることが手に取るように分かった。
 そして今回、第三騎士団に所属しているシュナイゼルの戦いぶりを見るという目的もあった。
 以前、フェルルカから、シュナイゼルは剣の天才だと聞いたからだ。
 そして、もし可能であれば大会後にシュナイゼルからフェルルカのことを聞けないかと思ったのもあった。
 
 先日の舞踏会でベルナルドゥズが連れていた令嬢……。
 市井の子だとベルナルドゥズは言っていたがそんな訳ない。
 どんなに姿を変えようとも間違えるはずがない。
 あの子は……。
 
 私がそんなことを考えている内に戦いは進んでいった。
 わたしに用意されていた席は、会場が見渡せる場所だったが、戦っている騎士たちから少し距離のある場所だった。
 遠目から見て、シュナイゼルが一際細く小さな体だと感じた。
 今はまだ成長途中だとしても体格のいい者の側にいると大人と子供くらいの差があったのだ。
 そして、幼さの残る愛らしい顔は、フェルルカの双子の弟というには可愛すぎた。
 というか、まさにフェルルカその人がそこで戦っているように錯覚してしまう程だった。
 だが、そんな訳なかった。
 あの子は、私の所為で歩くことも出来なくなってしまったという報告を受けているからだ。
 あの場所で戦っているのは、弟のシュナイゼルだと分かっていても、その姿がフェルルカと重なってしまって、目が離せなくなってしまっていた。
 そして、その剣技に息を呑んだ。
 少し粗削りで無理やり剣を繰り出しているようなところはあるものの、見事なものだった。
 軽やかなステップで相手を翻弄し、素早い動きで相手の攻撃を封じて勝負を決める。
 薄桃色の触り心地のよさそうな髪がふわりと揺れるたびに視線が吸い寄せられ、シュナイゼルしか目に入らなくなってしまっていた。
 
 そんな彼の戦いに夢中になっている内に決勝戦が始まっていた。
 相手は、第一騎士団の期待の新人といわれている伯爵家の令息だった。
 身長も体の厚みも倍以上の相手と対等以上の力量で渡り合っているシュナイゼルだったが、流石決勝戦に進んだだけはあると思わせる相手だった。
 シュナイゼルの武器は、スピードと技なのに対し、相手の男は力と持久力を武器にしていた。
 素早い動きで翻弄されて体勢を崩しても、圧倒的な力でシュナイゼルの剣を跳ねのけていたのだ。
 これまでの対戦でシュナイゼルがここまで戦いを長引かせたことはなかったと思う。
 そんなことを考えていると、シュナイゼルの動きが急に鈍ったのだ。
 相手はそれを見逃さずに打ち込んでいって、膝を付きそうになったシュナイゼルの襟首を掴んで軽々と放り投げたのだ。
 羽のように軽々と飛ばされたシュナイゼルは、そのまま相手の剣で打たれて、最後には重い蹴りを受けて膝を付いていた。
 あまりにも一方的な暴力といってもいい内容に私は席を立っていた。

「何故審判はあれを止めない。これはどう見ても、決着がついている」

 私にそう言われた護衛の騎士も困惑した顔をしていた。
 いくらここで何かを言って始まらないと、私はこの一方的な暴力を止めるために歩き出していた。
 しかし、相手の男は何を思ったのか、シュナイゼルに馬乗りになって一方的に顔面を殴りつけていた。
 もう見ていられない状況に私は走り出していた。
 
「審判、もういいだろう! やめさせろ!!」

 私が審判に詰め寄るよりも前に、同じように駆け出していたベルナルドゥズがそう言って、審判の襟首を掴んでいた。
 襟首を掴まれた審判は慌てて試合を止めて勝者の名を口にしていた。
 それを聞いた相手の男は、シュナイゼルを放り捨てるかのようにその身を離したのだ。
 私はシュナイゼルの様子を見てあまりのひどさに眩暈がした。
 可愛らしい顔は青まだらに腫れあがり血が出ていたのだ。
 
 ベルナルドゥズは、シュナイゼルの様子を見て相手の男の襟首を捕まえて怒気もあらわに言ったのだ。
 
「お前! 明らかに勝負がついている状態でどういうつもりだ!」

「くっ、くはははは!! そいつが弱っちいのが悪いんですよ」

「この野郎!!」

「紙みたいに軽くて薄っぺらなこいつがここまで勝ち進めるなんて、他の騎士も大したことないですね」

 そう言って、相手の男はその場を後にしたのだった。
 それを拳を握りしめて射殺さんばかりに睨みつけるベルナルドゥズだったが、私がシュナイゼルの襟を緩めているのを見て大声を上げたのだ。
 それまで、シュナイゼルの顔の血を拭って息が苦しそうだったため、首元を緩めようとしただけだったのだ。
 
「兄上! 駄目です!!」

「何を言ってる。苦しそうなのだから、襟を開いた方が楽だろう?」

 そう言って、ベルナルドゥズが何を駄目と言っているのか首を傾げながらもシュナイゼルの騎士服の襟を緩めて開いていた。
 華奢な体つきに反してさらしの巻かれた胸板が異様に厚いことに驚いたのは一瞬だった。
 私は直ぐにそれが女性の胸なのだと理解した。
 そして、慌てて彼……。いや、彼女の襟を正してから着ていた上着を脱いで体の上にかけていたのだ。
 誰かに見られただろうかと周囲に視線を向けると、近くにいた騎士たちの驚きの表情から見られてしまっていたことを知った。
 そして、近くに起つベルナルドゥズに視線を向けると、片手で顔を覆って天を仰いでいたのだ。
 
 シュナイゼル……、いや、フェルルカとの再会がこんなことになってしまうとは思ってもみなかった私だったが、ぐったりとするフェルルカの羽のように軽い体を抱き上げて救護室に向かったのだった。

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