レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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11章 虚しさ

10 特性

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 私は、どちらかと言うと、辛い物は、苦手だ。鷹の爪が入った、ペペロンチーノがギリギリ食べられるくらいだ。
 マスタードや練がらしもダメで、納豆やサンドイッチには、入れない様にしている。
 人の好き嫌いにとやかく言うつもりは、毛頭ないが、好き好んで辛い物を食べる人を見ると、少しぞっとするときがある。
 「辛い物好きだと、何かあるんですか?」
 「よく、辛い物好きだと、Mな人が多いって聞くね。」
 彩が、思いだした様にそういった。
 Mとは、マゾヒストの事。根っからの、被虐嗜好の人を、そう呼ぶ。
 俗にいう、苦痛や人からの攻撃を、楽しむ人の事だがもしや新庄さんも、そんな、変態気質なのか…。
 「明音ちゃんの場合は、ちょっと違う。」
 そう、声を出したのは、今井さんだった。
 「違うって?」
 聞き返そうとしたとき、周りから、再び歓声が上がった。
 コートを見ると、明音さんがまたも点を取ったらしい。だが、疲れ方は、先程とはあまり変わっていない。
 そんな中で、彼女は笑っていた。この疲労と、絶望に近い状況を、楽しんでいるかの様に…。
 「やっと、始まったか。」
 藤吉先生は、そう呟くと、人込みをかき分け、コートとは逆方向へと、去って行った。

 肉体的な攻撃や、罵られるのは、当然好きではない。だが、こういう逆境は、嫌いではない…。
 どうにもならないと、意識するだけで、ゾクゾクした。幼い頃から、似たような経験をしてきた為、どこからか、性格が歪んでしまったのかもしれない。
 だからと言って、体力が回復するわけでも、これ以上パフォーマンスが向上するわけでもない。
 現に、今の一本で、私の体力はほぼ使い切った…。アドレナリンが出ているとは言え、残り、数回飛べるのが限界だろう…。
 だが、それで十分だ。何せ、泣いても笑っても、これが最後の大勝負なのだから。
 サーブは、彰君に任せ、私は、コート全体に集中することにした。
 視野が広がっている今なら、予測などしなくとも、ボールの軌道と、各選手の動きくらい、目で追える。
 それで察知した情報を一足先に、真由美ちゃんに伝える。極力、私が動かなくても良い様にする為には、この方法しかない。
 付け焼き刃だが、彼女なら、成功させてくれる筈だ。何せ、私が認めた数少ない選手だ。
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