【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

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16  リーナを守ったスフレドリ

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 神殿内の奥の間に設けられた「聖裁の間」には、聖女直属の神官団と、神託を記録する書記官が揃い、信徒代表として数名の貴族も形式的に同席していた。
 すべては「神意を汚さぬよう迅速に」との名のもと、聖女の証言が最も重んじられる場である。

 国王および王妃は、「神聖権の独立」を尊重する立場を取っており、神殿の内部裁定には原則として関与しないのが慣例だ。
 それは神託や聖女の判断に、俗世の権力が干渉することを避けるためであり――建前としては、「神の意志は人の手では裁けない」とされているからである。

 そして今、私は身に覚えのない罪――聖典に記された“邪なる者”として、裁かれていた。

「そんな物、見たこともありません! 私が埋めたんじゃない、まして誰かを呪ったなんて……絶対にありません!」

 声を振り絞った私の訴えに、対面の席で、聖女は涼しい顔でこう言った。
「どんなに言い逃れしようと、あなた以外にそんなことをする人はいないわよ。リーナの婚約者――ギルベルトが、私を選んだ。それが悔しかったんでしょう? 動機も、証拠も、揃ってるじゃない」

 私は本当に、そんなことはしていない。
 いまや聖女様を恨んでいるどころか、ギルの嫌な部分に気づかせてもらえたことで、別れられてよかったとさえ思っている。感謝とまではいかなくても、あれは私の人生に必要な転機だった。
 だから、呪おうなんて気持ちは――最初から、起こるはずがない。

 それをどれほど真剣に訴えても、返ってくるのは鼻で笑うような冷たい声だった。
 「口ではなんとでも言えるわ」と。

 「本当にリーナが使っていない、埋めていないって言うのなら……そのふたりが怪しいわよね?」
 聖女ミレイユ様は、私の隣に控えていたナナとリゼに鋭く目を向けた。
 「どちらかしら? 少々手荒な真似をしてでも、本当のことを話してもらうしかないわね。邪なる者が誰か突き止めないと、私の奇跡は戻ってこないのよっ!」

 ミレイユ様が奇跡を使えなくなっていた?
 そんなこと、私は初めて知った。――けれど、それが私と何の関係があるというのだろう。

 「仕方ないわね。そのふたりに鞭を――真実を言うまで叩き続けなさい!」
 イライラした口調で、彼女は恐ろしい命令を口にした。

 「待ってください! そのふたりは関係ありません。そんなことをするはずがない! 誰を呪うっていうんですか!?」

「そうねぇ……この人たち、リーナをずいぶん大事にしてるみたいだし。とっても仲が良くて、あなたを守ってるように見えるわ」
 ミレイユ様は、ニヤリと笑った。
 「だから、リーナに代わって私を呪ったのよ! 美しい友情のためにね! なんて邪悪なやつらなのかしら。本人でもないくせに……自白させなくてはならないわ。さあ、鞭をっ!」

 「待って! 私が……私が埋めました。このふたりは関係ありません!」
 「リーナ! 嘘を言わないで! 私たちなら大丈夫よ!」
 「そうよ、リーナ! やってないことを認めちゃだめ!」
 「……だって……大好きなふたりが、鞭で打たれるところなんて……見たくありません。私のせいで……そんなの……!」

 「はい、はい。お涙ちょうだいみたいな演技はやめてくれないかしら?」
 聖女様は、嘲るように笑って言い放った。
 「リーナは、このまま国外追放とするわ。オリオル国との境の森に捨てなさい。あそこは、凶暴な狼の巣窟なんですって。邪なる者の末路に、ぴったりじゃない?」
 目を細めて嗤う。
 「これで私の奇跡が蘇る! ふふっ……あははは!」

 私は、絶望の淵に立たされていた。
 ナナさんとリゼさんが、私を抱きしめて泣いてくれる――それが、かえって胸を刺す。

 ――ここに、神はいない。



 ◆◇◆

 
 私はそのまま馬車に乗せられ、オリオル国との境の森に運ばれていった。
 夜も更けた頃、馬車はやがて、きしむ音を残して静かに止まった。――そこは、木々の影が濃く、息苦しいほどに静まり返った、薄暗い森の入り口だった。

 「……着いたぞ」

 御者が重く言い、私は引きずり出されるようにして地に降ろされた。護衛についていた神殿騎士が、少しだけ眉をひそめて私を見た。

 「悪いな。これも、俺たちの仕事なんだよ。……恨まないでくれ」

 彼らの馬車が去るとまもなく、多くのギラつく目に囲まれる。狼の群れ……私に向かって飛びかかってくる……その時だった。

 ピィ、ピィ、ピー!

 スフレドリの群れがやって来て、空から舞い降りるようにして、青白い小さな影が滑るように宙を駆けた。鋭い鳴き声とともに、幾筋もの羽根が放たれる。

 それはまるで冷たい刃。触れた瞬間、狼たちの毛皮が“ジュッ……”と音を立てて焼け、白い煙が上がる。凍てつく冷気が皮膚に触れ、焼けただれたような苦痛が襲うのだ。

 「ガウッ!」

 一頭が叫び、地面にのたうち回る。その隙に別の一羽が後ろから羽ばたき、首筋に弧を描くような冷気の軌跡を走らせた。まるで舞踏のように、美しく、鋭い。

 彼らは一切の容赦も迷いもなかった。小さな体で、何倍も大きな敵に立ち向かう姿は、威風堂々としていた。

 でも――。

 「ピィ……!」

 鋭く飛び込んだ一羽が、狼の爪に弾かれた。次の瞬間、地面に叩きつけられた羽が赤く染まる。翼の一部が千切れ、動けない。

 「やめて、お願い、やめてっ!」

 叫んだ声も届かない。狼たちは数を減らしてなお執念深く、最後の一羽まで仕留めようと牙を剥いた。スフレドリたちも応戦するが、その動きには疲労と傷が色濃く滲んでいる。

 ようやく最後の狼が鳴き声をあげ、森の奥へと逃げていった時――残ったのは、荒く息を吐きながらうずくまる、血まみれのスフレドリたちだった。

 私は、地面に倒れた一羽を抱き上げる。ふわふわだったはずの羽毛は、血で濡れ、力なくしぼんでいた。

 「……どうしよう……!」

 何もできない。だって、ここには私が作ったポーションも薬もない。どうしていいかわからない。せめて、誰か……そうだ。あのとき、神獣様が言ってくれた。
「困難に遭えば、思い出すがよい。名を呼べば、風とともに応じよう」って――
 
 私、今――呼ぶ。呼ぶから……!
「セイルズ……! セイルズ様! お願い……来て……!」

 涙が頬を伝った瞬間、森の風向きが変わる。空気が震え、静寂が訪れる。
 そして、淡い金の光が、空の彼方から舞い降りた――。




 •───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•

 ※本作の世界をより楽しんでいただくための一助として、狼と戦うスフレドリのAIによるイメージイラストを掲載しております。必要に応じてご覧いただければ幸いです。 
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