【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

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17 ナイトガウンの王太子

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 葉を揺らす音も止まり、まるで森そのものが息を潜める。
 光の渦の中心に、ふわりと姿を現したのは、しなやかな体躯を持つ金色の狐。
 柔らかな毛並みは、自ら淡い光を放ち、闇の森に差す一条の希望のようだった。
 目を奪われるほど気高く、美しい――その眼差しは、すべてを見渡すように静かで、それでいて、私の痛みにそっと寄り添ってくれているようだった。

 「……セイルズ様……スフレドリたちが……傷だらけで、お願い、助けて……ください」
 私がそう呟くと、神獣様は静かに、ひとつ瞬きをして頷いた。

 次の瞬間――風が柔らかく渦を巻き、スフレドリたちのまわりに金色の光がふわりと舞い降りる。
 それはまるで、羽ばたく翼からこぼれた癒しの羽光。
 光はそっと傷口をなぞるように触れ、深く刻まれていた傷がみるみるうちに癒えていく。

 ぴくりと、小さな羽が震えた。かすかに、鳴き声も戻ってくる。私はそっと息をのんだ。
 次の瞬間、うずくまっていた一羽が、ゆっくりと立ち上がった。
 血に染まっていた羽は光の粒に包まれて、ふわふわの綺麗なブルーに戻っている。
 その小さな体が、よろけながらも羽ばたいて、まっすぐに私の胸元へ飛び込んできた。

 「……っ!」

 私は両腕でその子を受け止める。温かいぬくもり……ちゃんと、生きてる。
 スフレドリは私の腕の中で身を寄せるように小さく鳴いた。
 他のスフレドリたちも、光に包まれながら、一羽、また一羽と起き上がり、羽を震わせてこちらへやってくる。
 ぼろぼろだった彼らが、今こうして――私のそばに戻ってきてくれた。

 「……ありがとう、セイルズ様。ほんとうに……ありがとう……」
 私は安堵に胸を撫で下ろし、思わず涙をこぼしていた。

 そのとき――森の風が再び揺れた。
 葉擦れの音に混じって、ふっと別の気配が現れる。
 
 私が顔を上げると、そこに立っていたのは、夜の森にまったくそぐわない人物だった。
     長身で、銀青の髪が月明かりを受けてきらめいている。
 羽織っているのは、繊細な金刺繍が施されたロイヤルブルーのナイトガウン。
 その下には、柔らかな上質の布地で仕立てられた薄手のナイトウェア。
 本来なら寝所でしか見られないはずの姿なのに、本人はまるで気にする様子もない。

 そして――私は息を呑んだ。

 整ったという言葉では追いつかないほど、端正な顔立ち――まるで彫刻のよう。
 瞳は深く静かな湖面を思わせるアイスブルー。
 冷たさを宿しているようでいて、どこか優しい不思議な色だった。

 王族というより、むしろ水の精霊――
 そんなふうにすら見えてしまう、現実離れした美しさだった。
 ……見惚れてしまった私の前で、その“水の精霊”は、思いがけない口調で言葉を発した。

 「まったく……真夜中にあんな勢いで飛び出して行かれたら、眠れなくなるだろう? それにしても、珍しい。おまえがここまで本気で動くなんてな。面白そうだと思ってついてきたら……なるほど、正解だった」

 彼の視線が、私と腕の中のスフレドリたちに向く。
 私は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られていることに気づき、慌てて手で顔を隠した。

 「……あー、ちょっと待った。ハンカチ……あ、持ってきてないな。寝てたし。まぁ、これでいいか」
 彼はゆったりと歩み寄り、自分のナイトガウンの裾をふわりとつまんだ。そのまま、ためらいもなく、私の頬にナイトガウンの裾をあてて涙を拭う。それだけで終わらず、鼻のあたりにも軽く押しあててきた。

 「ついでに……鼻もいくか? ほら、遠慮するな。俺はこういうの全然気にしないから」

 ……なにこの人?

 私は助けを求めるように、神獣様のほうへ視線を向けた。

「娘よ。驚くのも無理はあるまい。この方こそ、我が主――オリオル王家に生まれし王太子、マキシミリアン=オリオル殿下だ」
「お、王太子様? この方が?」
「ふむ、就寝衣姿ゆえに気づかぬのも道理か……だが、見かけに惑わされるなよ。我が主は、戯れを好むが、次期王としての器は確かだ」

「まぁ、こんな森の中で立ち話もなんだから、宮殿に戻ろうか?」
 王太子――マキシミリアン様は、まるで近所の散歩帰りのような口調で、そんなことを言った。

 けれどその瞬間、彼の足元からふわりと風が立ち上がった。次いで、地を這うような銀色の光が静かに円を描いて広がっていく。森の闇を優しく切り取るように、複雑な文様が空間に浮かび、まるで夜空に咲く光の花のようだった。

 「準備完了。じゃあ、行こうか。目、閉じなくて大丈夫だよ。酔いやすいなら別だけど」

 王太子様が軽く指を鳴らす。瞬間、風が逆巻き、空気が震えた。
 重力がふっと失われたような感覚――でも怖くはなかった。
 光がすべてを包み込み、まるで誰かの胸にそっと抱かれたような温もりが広がる。

 気づけば、さっきまでいた森の気配はすでに消えていた。
 足元には赤絨毯。壁には金装飾の燭台。  
 天井には、宝石のようにきらめく魔石のシャンデリア。
 そこは、まぎれもなく王宮の一室のようだった。

 「……えっ……うそ、一瞬で?」
 私はあっけにとられたまま声を漏らす。

 セイルズ様は金色の尾をゆるやかに揺らしながら言った。
 「ふむ……さすがは我が主。己の魔力で、神獣も人も、意に介さず宮殿まで転移とはな」

 スフレドリたちもきょとんとした顔で辺りを見回し、ピィ……と小さく鳴いて私の肩や手にとまるけれど、王太子様の頭にも一羽、神獣様の頭の上にも一羽とまっていた……当たり前のように。

 そして――上品なナイトウェア姿のまま、王太子マキシミリアン様は何食わぬ顔で振り返る。
 「うん、着いた。あー……でもナイトウェアのままだと、さすがに変だな。ガウンも洗濯させるか……ちょっと誰か、着替え持ってきてーー」


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