6 / 14
5
しおりを挟む
「母上に似て素晴らしい才能に恵まれていると思っていたが……
とんだ偽物だったのだな。
魅了の魔法がなければ実際は地味で、何の才もない娘だったのかもしれん。
よくも今まで、完璧に騙してくれたものだ」
「全くですわ! 何という王族の面汚しでしょう……!
『次代の光』などと讃えられていた王女が“魅了の魔法持ち”だなんて……
忌まわしいこと!」
私の背に、お父様とお母様の冷えきった声が突き刺さった。
そして、私は理解する。
今までは特別に敬われる存在だったけれど、
この瞬間に“蔑むべきべき存在”になったのだと。
部屋に戻ると、ダリアが驚いた顔で駆け寄ってきた。
私の姿を見るや、ただならぬ気配に気づいたのだろう。
震える声で経緯を話すと、ダリアはすぐに私の手を強く握った。
「私は、アウレリア様を信じております。 魅了の力なんて借りなくても、
アウレリア様は何でもできて……
皆から尊敬される、立派な王女様です。
どうして誰も、それをわかろうとしないのでしょう……!
あの“歴史上の稀代の悪女”とは全く違うというのに……!」
「歴史上の稀代の悪女」と呼ばれる存在。
それは数百年前、この国に現れた 魅了魔法を操った平民の少女のことだ。
その少女は、宮廷史に今も残るほどの騒乱を引き起こした。
王太子をたぶらかし、高位貴族が居並ぶ夜会の場で婚約破棄を宣言させ、
その後、自らが王太子の婚約者に収まった。
そして、その騒動はそれだけでは終わらなかった。
少女は有力貴族の子息たちを次々と虜にし、
破談・婚約破棄が連鎖のように続き、問題行動も後を絶たなかった。
結果として王太子と有力貴族の子息たちは廃嫡され、
長年積み上げられてきた貴族派閥の均衡は崩壊した。
“大貴族たちの勢力図が塗り替わるほどの混乱”と記されるほど、
その影響は甚大だった。
この前代未聞の騒動は後に“魅了の災厄”と呼ばれるようになり、
今でも教科書に刻まれる大事件である。
ダリアは私を抱きしめて、私のために泣いてくれた。
私はたった今自分に起きたことがまだ現実のような気がしなくて、
泣くこともできないのだった。
魔力鑑定の翌朝。
部屋の扉を静かに叩く音がした。
「アウレリア殿下……レオニス様がお見えです」
監視の近衛騎士が告げる声はぎこちなかった。
私はダリアに身支度を整えてもらったばかり。
レオニス様がこんな時間に訪れるのは、
先日のことを気遣ってくれているのだと思った。
きっと、いつものように穏やかな言葉で
私を安心させてくれる――そう思っていた。
けれど、扉を開けて入ってきたレオニス様は、
部屋の入口で立ち止まったまま、私を見ようともしなかった。
まるで足がすくんだように、扉の前に縫い付けられている。
「……レオニス様? どうぞ奥へ……」
声をかけると彼は肩をびくりと震わせ、半歩、無意識に後ずさる。
扉に背中をぶつけるほどに。
(……昨日のお父様たちと同じ反応だわ……)
心が冷たく沈んだ。
レオニス様は目を合わせぬまま、硬い声で告げた。
「アウレリア殿下。婚約を破棄させていただきます。
魅了魔法は精神に干渉する恐ろしい魔法です。
僕は……自分の感情を操られるのが怖いです」
「私はそんなこと……誰かを操るつもりなんて……」
「そのつもりがなくても、惹きつけてしまうのが魅了でしょう?」
レオニス様はようやく目を上げ、冷えた眼差しで私を射抜いた。
「国中の者があなたを褒め称え、崇めていた。
あれは魔法の影響だったのですね。
まったく、危うく騙されるところでしたよ。
騙すのは私の得意分野なのにね」
胸が刺されるように痛んだ。
「レオニス様は……民の健康を気にかける優しい方でしょう? どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」
私が言うと、レオニス様は突然、声をあげて笑った。
「あぁ、あれですか? 民の健康なんて心配していませんよ。
アウレリア様のような王女殿下に好かれるために、
好感度があがりそうな話題を研究し、覚えただけです。
薔薇やくだらない薬草の名前を覚えるのに、どれだけ苦労したか……」
顔から一切の仮面が落ちていた。
「……嘘だったのですか?
薔薇が好きだとか、薬師になりたかったというのは……」
レオニス様は小さく笑った。
「まったく興味はありませんね。当然でしょう? ……
とんだ偽物だったのだな。
魅了の魔法がなければ実際は地味で、何の才もない娘だったのかもしれん。
よくも今まで、完璧に騙してくれたものだ」
「全くですわ! 何という王族の面汚しでしょう……!
『次代の光』などと讃えられていた王女が“魅了の魔法持ち”だなんて……
忌まわしいこと!」
私の背に、お父様とお母様の冷えきった声が突き刺さった。
そして、私は理解する。
今までは特別に敬われる存在だったけれど、
この瞬間に“蔑むべきべき存在”になったのだと。
部屋に戻ると、ダリアが驚いた顔で駆け寄ってきた。
私の姿を見るや、ただならぬ気配に気づいたのだろう。
震える声で経緯を話すと、ダリアはすぐに私の手を強く握った。
「私は、アウレリア様を信じております。 魅了の力なんて借りなくても、
アウレリア様は何でもできて……
皆から尊敬される、立派な王女様です。
どうして誰も、それをわかろうとしないのでしょう……!
あの“歴史上の稀代の悪女”とは全く違うというのに……!」
「歴史上の稀代の悪女」と呼ばれる存在。
それは数百年前、この国に現れた 魅了魔法を操った平民の少女のことだ。
その少女は、宮廷史に今も残るほどの騒乱を引き起こした。
王太子をたぶらかし、高位貴族が居並ぶ夜会の場で婚約破棄を宣言させ、
その後、自らが王太子の婚約者に収まった。
そして、その騒動はそれだけでは終わらなかった。
少女は有力貴族の子息たちを次々と虜にし、
破談・婚約破棄が連鎖のように続き、問題行動も後を絶たなかった。
結果として王太子と有力貴族の子息たちは廃嫡され、
長年積み上げられてきた貴族派閥の均衡は崩壊した。
“大貴族たちの勢力図が塗り替わるほどの混乱”と記されるほど、
その影響は甚大だった。
この前代未聞の騒動は後に“魅了の災厄”と呼ばれるようになり、
今でも教科書に刻まれる大事件である。
ダリアは私を抱きしめて、私のために泣いてくれた。
私はたった今自分に起きたことがまだ現実のような気がしなくて、
泣くこともできないのだった。
魔力鑑定の翌朝。
部屋の扉を静かに叩く音がした。
「アウレリア殿下……レオニス様がお見えです」
監視の近衛騎士が告げる声はぎこちなかった。
私はダリアに身支度を整えてもらったばかり。
レオニス様がこんな時間に訪れるのは、
先日のことを気遣ってくれているのだと思った。
きっと、いつものように穏やかな言葉で
私を安心させてくれる――そう思っていた。
けれど、扉を開けて入ってきたレオニス様は、
部屋の入口で立ち止まったまま、私を見ようともしなかった。
まるで足がすくんだように、扉の前に縫い付けられている。
「……レオニス様? どうぞ奥へ……」
声をかけると彼は肩をびくりと震わせ、半歩、無意識に後ずさる。
扉に背中をぶつけるほどに。
(……昨日のお父様たちと同じ反応だわ……)
心が冷たく沈んだ。
レオニス様は目を合わせぬまま、硬い声で告げた。
「アウレリア殿下。婚約を破棄させていただきます。
魅了魔法は精神に干渉する恐ろしい魔法です。
僕は……自分の感情を操られるのが怖いです」
「私はそんなこと……誰かを操るつもりなんて……」
「そのつもりがなくても、惹きつけてしまうのが魅了でしょう?」
レオニス様はようやく目を上げ、冷えた眼差しで私を射抜いた。
「国中の者があなたを褒め称え、崇めていた。
あれは魔法の影響だったのですね。
まったく、危うく騙されるところでしたよ。
騙すのは私の得意分野なのにね」
胸が刺されるように痛んだ。
「レオニス様は……民の健康を気にかける優しい方でしょう? どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」
私が言うと、レオニス様は突然、声をあげて笑った。
「あぁ、あれですか? 民の健康なんて心配していませんよ。
アウレリア様のような王女殿下に好かれるために、
好感度があがりそうな話題を研究し、覚えただけです。
薔薇やくだらない薬草の名前を覚えるのに、どれだけ苦労したか……」
顔から一切の仮面が落ちていた。
「……嘘だったのですか?
薔薇が好きだとか、薬師になりたかったというのは……」
レオニス様は小さく笑った。
「まったく興味はありませんね。当然でしょう? ……
136
あなたにおすすめの小説
あなたの愛が正しいわ
来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~
夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。
一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。
「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…
みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。
私を裁いたその口で、今さら赦しを乞うのですか?
榛乃
恋愛
「貴様には、王都からの追放を命ずる」
“偽物の聖女”と断じられ、神の声を騙った“魔女”として断罪されたリディア。
地位も居場所も、婚約者さえも奪われ、更には信じていた神にすら見放された彼女に、人々は罵声と憎悪を浴びせる。
終わりのない逃避の果て、彼女は廃墟同然と化した礼拝堂へ辿り着く。
そこにいたのは、嘗て病から自分を救ってくれた、主神・ルシエルだった。
けれど再会した彼は、リディアを冷たく突き放す。
「“本物の聖女”なら、神に無条件で溺愛されるとでも思っていたのか」
全てを失った聖女と、過去に傷を抱えた神。
すれ違い、衝突しながらも、やがて少しずつ心を通わせていく――
これは、哀しみの果てに辿り着いたふたりが、やさしい愛に救われるまでの物語。
【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。
華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。
王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。
王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅
みこと。
恋愛
アーノルド・ロッキムは裕福な伯爵家の当主だ。我が世の春を楽しみ、憂いなく遊び暮らしていたところ、引退中の親から子爵家の娘を嫁にと勧められる。
美人だと伝え聞く子爵の娘を娶ってみれば、田舎臭い冴えない女。
アーノルドは妻を離れに押し込み、顧みることなく、大切な約束も無視してしまった。
この縁談に秘められた、真の意味にも気づかずに──。
※全7話で完結。「小説家になろう」様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる