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21 アニヤを許すアナスターシア
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ここはサリナの部屋である。この場にはローズリンとアニヤの姿もあった。サリナはティーカップを壁に投げつけながら、悪態をついた。
「生意気なアナスターシアめ! 頭にくるわ。すっかり口が達者になって、この私に澄ました顔で言い返してきたわ。私はカッシング侯爵夫人なのよ。なんで、あんなことを言われなくてはいけないのよ! アニヤ。あなたは再びアナスターシアの専属侍女になりなさい。生意気なアナスターシアの飲み物に、この粉末を混ぜるのよ。前のように癇癪もちの我が儘令嬢に戻してあげるわ」
「これは、まさか・・・・・・アナスターシア様は死なないですよね? 殺人だけは勘弁してください。いくら、弟のためでも殺しのお手伝いはできません」
「うるさいわね! 弟を医者に診せるお金をあげているのは私でしょう? お前の給金では、高価な薬や治療費は払えないものね」
アニヤは不気味な粉末を押しつけられて、泣きそうになっていた。『イライラ草』の花は見た目は美しく、かぐわしい香りさえ放つが、その花びらには神経系に作用して持続的な苛立ちや不安感、集中力の欠如を引き起こす効果があった。また、幻覚を見ることもあり、現実感が薄れることで、さらに精神的な混乱を増幅させるのだ。
以前は『イライラ草』の葉を用いてアナスターシアのルームフレグランスに混ぜさせられたアニヤだったが、今回はより毒性の強い花びらを乾燥させて粉末にしたものを渡された。効き目はより強力になるはずだ。アニヤは恐ろしさに震えた。
「香りをかがせるだけでは、今のアナスターシアには効きそうもないわ。だから、飲み物や食べ物に混ぜて摂取させるのよ」
「かっ、かしこまりました・・・・・・本当に、アナスターシアお嬢様は死なないですよね?」
「死ぬわけないじゃない。私はそこまで悪人じゃないわよ」
サリナは笑ったが、実際のところイライラ草の花びらの影響を正確に把握していたわけではなかった。混入させる量次第では、廃人となる場合もあり得たし、絶命する可能性もあったのである。
一方、こちらはアナスターシアの部屋である。アナスターシアはアニヤが運んできたお茶とお菓子の異変にすぐに気がついた。
「アニヤ。少し疲れているんじゃない? しばらく自室で休んでいなさい」
アナスターシアはアニヤを急遽、部屋から遠ざけた。
そして、玲奈に話しかける。
「これは『イライラ草』の香りですわ。どうやら、葉の部分ではなく花びらのような気がします。ごく微量なら消化不良や胃の不快感を和らげる良薬になるけれど、これにはかなりの量が入っていそうね」
「そうでしょうか? 私には全くわかりません。バターの香り豊かなありふれたクッキーにしか感じません」
合気道の師範である玲奈はアナスターシアの護衛侍女として、カッシング侯爵家に同行したのだが、薬草などの知識は全くない。
「普通の人なら気づかないです。でも、私はたくさんの薬草を扱っていますからね。自然と毒草などにも詳しくなっています。なにしろ、どんな危険からも自分を守らなければ『長生き』を達成できませんからね」
アナスターシアはすぐにお茶とお菓子を処分した。
(アニヤの動きを探る必要があるわ。どうやって、『イライラ草』を手に入れたのかしら?)
その後、それとなくアニヤを監視していた玲奈から、アナスターシアは予想通りの報告を受けた。
「アニヤはサリナ様と繋がっています。サリナ様が主犯で、アニヤは言われたままに動くだけです」
「やっぱりね。ただの不器用な侍女ではなかったわけね。道理で何度も同じような失敗を重ねるはずだわ。なぜ、サリナの言いなりになるのか、理由を探るわ」
☆彡 ★彡
カッシング侯爵邸の大広間には大勢の使用人たちが集まっていた。その中央に立っているのはアナスターシアであった。お菓子事件から数週間が経っていたところで、アナスターシアは侍女やメイドたちにはなしかける。
「こうして集まってもらったのは、あなたたちに贈り物があるからです。伯父様にマッキンタイヤー公爵領の特産物のリネンや麻を送っていただいたの。みんなの日常着にもできるよう配りたいと思います。それと、私付きの侍女やメイドには新しく制服を作りました」
リネンや麻は全ての使用人たちに均等に配られたが、アナスターシアの専属侍女たちには特別に新しいお洒落な制服とお金が渡された。
アナスターシア付の侍女はすでにアニヤと玲奈がいるが、新たに専属の侍女とメイドがひとりずつ追加された。この4人には毎年2回特別手当が支給されることも発表された。その額は毎月の給金の三カ月分であることがわかると、周囲にどよめきが起こったのだった。
新しい制服と特別手当をもらったアニヤは、封筒をじっと見つめてつぶやいた。
「サリナ様からもらうお金より多いわ。これが毎年2回もあるなんて、すっごくありがたい・・・・・・でも、どうしよう。アナスターシア様に花びらの粉末を入れたお菓子やお茶を何度も出しちゃっているわ。もし、バレたら・・・・・・」
裏庭で項垂れていたアニヤの肩を、そっと叩いた人物はアナスターシアだった。
「弟のためだったのでしょう? 診察代や薬代が高すぎて医者にかかれなかったのよね?」
「なぜ、それを知っているのですか?」
「侍女長からアニヤの雇いれ時の書類を見せてもらったのよ。両親を早くに亡くして持病のある弟がいるのでしょう? 今まで一人でよく頑張ってきたわね」
「・・・・・・申し訳ありません。奥様に『私の手足になればお金をあげるわ』と言われました。今までも、アナスターシアお嬢様を怒らせるために、わざとお茶をこぼしたり、髪の毛を引っ張っていたのです。お菓子にも異物を入れて・・・・・・」
「お菓子の件はすぐに気づいたわ。今の私に、このような手は通用しないのよ。これから誠心誠意、私に仕えてくれる気があるのなら、私の専属侍女を続けなさい。これまでのことは水に流すし、弟の病を治すのを手伝ってあげるわ」
アニヤはアナスターシアの冷静な口調に、威厳と真の思いやりを感じた。そして、二度とサリナの言いなりにはなるまいと固く心に誓ったのだった。
そして、アニヤは・・・・・・
「生意気なアナスターシアめ! 頭にくるわ。すっかり口が達者になって、この私に澄ました顔で言い返してきたわ。私はカッシング侯爵夫人なのよ。なんで、あんなことを言われなくてはいけないのよ! アニヤ。あなたは再びアナスターシアの専属侍女になりなさい。生意気なアナスターシアの飲み物に、この粉末を混ぜるのよ。前のように癇癪もちの我が儘令嬢に戻してあげるわ」
「これは、まさか・・・・・・アナスターシア様は死なないですよね? 殺人だけは勘弁してください。いくら、弟のためでも殺しのお手伝いはできません」
「うるさいわね! 弟を医者に診せるお金をあげているのは私でしょう? お前の給金では、高価な薬や治療費は払えないものね」
アニヤは不気味な粉末を押しつけられて、泣きそうになっていた。『イライラ草』の花は見た目は美しく、かぐわしい香りさえ放つが、その花びらには神経系に作用して持続的な苛立ちや不安感、集中力の欠如を引き起こす効果があった。また、幻覚を見ることもあり、現実感が薄れることで、さらに精神的な混乱を増幅させるのだ。
以前は『イライラ草』の葉を用いてアナスターシアのルームフレグランスに混ぜさせられたアニヤだったが、今回はより毒性の強い花びらを乾燥させて粉末にしたものを渡された。効き目はより強力になるはずだ。アニヤは恐ろしさに震えた。
「香りをかがせるだけでは、今のアナスターシアには効きそうもないわ。だから、飲み物や食べ物に混ぜて摂取させるのよ」
「かっ、かしこまりました・・・・・・本当に、アナスターシアお嬢様は死なないですよね?」
「死ぬわけないじゃない。私はそこまで悪人じゃないわよ」
サリナは笑ったが、実際のところイライラ草の花びらの影響を正確に把握していたわけではなかった。混入させる量次第では、廃人となる場合もあり得たし、絶命する可能性もあったのである。
一方、こちらはアナスターシアの部屋である。アナスターシアはアニヤが運んできたお茶とお菓子の異変にすぐに気がついた。
「アニヤ。少し疲れているんじゃない? しばらく自室で休んでいなさい」
アナスターシアはアニヤを急遽、部屋から遠ざけた。
そして、玲奈に話しかける。
「これは『イライラ草』の香りですわ。どうやら、葉の部分ではなく花びらのような気がします。ごく微量なら消化不良や胃の不快感を和らげる良薬になるけれど、これにはかなりの量が入っていそうね」
「そうでしょうか? 私には全くわかりません。バターの香り豊かなありふれたクッキーにしか感じません」
合気道の師範である玲奈はアナスターシアの護衛侍女として、カッシング侯爵家に同行したのだが、薬草などの知識は全くない。
「普通の人なら気づかないです。でも、私はたくさんの薬草を扱っていますからね。自然と毒草などにも詳しくなっています。なにしろ、どんな危険からも自分を守らなければ『長生き』を達成できませんからね」
アナスターシアはすぐにお茶とお菓子を処分した。
(アニヤの動きを探る必要があるわ。どうやって、『イライラ草』を手に入れたのかしら?)
その後、それとなくアニヤを監視していた玲奈から、アナスターシアは予想通りの報告を受けた。
「アニヤはサリナ様と繋がっています。サリナ様が主犯で、アニヤは言われたままに動くだけです」
「やっぱりね。ただの不器用な侍女ではなかったわけね。道理で何度も同じような失敗を重ねるはずだわ。なぜ、サリナの言いなりになるのか、理由を探るわ」
☆彡 ★彡
カッシング侯爵邸の大広間には大勢の使用人たちが集まっていた。その中央に立っているのはアナスターシアであった。お菓子事件から数週間が経っていたところで、アナスターシアは侍女やメイドたちにはなしかける。
「こうして集まってもらったのは、あなたたちに贈り物があるからです。伯父様にマッキンタイヤー公爵領の特産物のリネンや麻を送っていただいたの。みんなの日常着にもできるよう配りたいと思います。それと、私付きの侍女やメイドには新しく制服を作りました」
リネンや麻は全ての使用人たちに均等に配られたが、アナスターシアの専属侍女たちには特別に新しいお洒落な制服とお金が渡された。
アナスターシア付の侍女はすでにアニヤと玲奈がいるが、新たに専属の侍女とメイドがひとりずつ追加された。この4人には毎年2回特別手当が支給されることも発表された。その額は毎月の給金の三カ月分であることがわかると、周囲にどよめきが起こったのだった。
新しい制服と特別手当をもらったアニヤは、封筒をじっと見つめてつぶやいた。
「サリナ様からもらうお金より多いわ。これが毎年2回もあるなんて、すっごくありがたい・・・・・・でも、どうしよう。アナスターシア様に花びらの粉末を入れたお菓子やお茶を何度も出しちゃっているわ。もし、バレたら・・・・・・」
裏庭で項垂れていたアニヤの肩を、そっと叩いた人物はアナスターシアだった。
「弟のためだったのでしょう? 診察代や薬代が高すぎて医者にかかれなかったのよね?」
「なぜ、それを知っているのですか?」
「侍女長からアニヤの雇いれ時の書類を見せてもらったのよ。両親を早くに亡くして持病のある弟がいるのでしょう? 今まで一人でよく頑張ってきたわね」
「・・・・・・申し訳ありません。奥様に『私の手足になればお金をあげるわ』と言われました。今までも、アナスターシアお嬢様を怒らせるために、わざとお茶をこぼしたり、髪の毛を引っ張っていたのです。お菓子にも異物を入れて・・・・・・」
「お菓子の件はすぐに気づいたわ。今の私に、このような手は通用しないのよ。これから誠心誠意、私に仕えてくれる気があるのなら、私の専属侍女を続けなさい。これまでのことは水に流すし、弟の病を治すのを手伝ってあげるわ」
アニヤはアナスターシアの冷静な口調に、威厳と真の思いやりを感じた。そして、二度とサリナの言いなりにはなるまいと固く心に誓ったのだった。
そして、アニヤは・・・・・・
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