1 / 3
1 あなたの愛に囚われて、甘い深淵で溺れたい
しおりを挟む
ユリカの家は名家であり、かつては華族だった家柄である。豪華な邸宅と広大な領地を持ち、使用人も多く抱えていた。外界から隔てられたその家で、彼女は大事に育てられた。
ある日、両親の意向でお見合いをすることが決まった。相手は、見た目も性格も完璧な青年、カズマだった。カズマは政治家を多く輩出する家柄で、このお見合いは家同士の利益を考えたものであった。
カズマはユリカの穏やかな微笑みと優雅な仕草に一瞬で心を奪われ、ユリカもまた、紳士的で落ち着いた佇まいのカズマに引かれた。すぐに二人は婚約者としての絆を結び、両家はその知らせを喜び祝った。
しかし――ユリカは何気なく置かれたカズマのスマホを覗いてしまう。そこには、ユリカの写真がたくさん収められていた。どれも可愛く撮れており、戸外で撮影されたものだったが、次第に不安が込み上げ、胸の奥で鼓動が速くなるのを感じた。明らかに望遠レンズで撮られた写真――それは、間違いなく盗撮だったからである。
数日後、ユリカは両親に頼み込み、婚約を破棄してもらうことにした。大好きだと思っていたカズマが不気味にしか思えなくなっていたのだ。短い恋の終わりである。
◆◇◆
それから三ヶ月後、ユリカはアートギャラリーの一角に飾られた絵の前に立っていた。ギャラリーの明るいスポットライトが、ユリカが描いた抽象画を照らしている。絵の中に広がる色と形は、ユリカが内面で感じた様々な感情を表現していた。
ふと後ろから声が掛けられる。
「色使いがとても美しい。特に、この部分の青とオレンジの対比が、感情の高まりを見事に表現しているように感じます」
ユリカが振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。彼の深い理解に、ユリカの心は弾んだ。その日がきっかけとなり、二人の間には自然と繋がりが生まれ、やがて交際が始まった。
タカヒロはその見た目からして、まるで成功者そのものだった。スマートで洗練された容姿に、パリッとしたスーツを完璧に着こなし、自ら経営する高級レストランに出入りする姿は、誰が見ても成功した実業家そのものだった。
タカヒロが経営する豪華なレストランはどの店舗も常に賑わい、彼の言動や立ち振る舞いは、ユリカに盤石な経営基盤を築いた実業家の印象を与えていた。
ところがある日、タカヒロはユリカに思い詰めた表情で嘆いた。
「従業員が売り上げ金を持ち逃げしたんだ。資金が足りなくて、50万貸してほしい」
ユリカは彼の困り顔を見て心が痛み、思わずお金を貸した。
しかし、その後もタカヒロは次々と金銭的なお願いをしてきた。今度は100万、次には300万、と要求はエスカレートし、ユリカは次第に不安を感じ始める。タカヒロは一向にお金を返そうとしないのだ。ついにユリカは決心し、彼のレストランを訪れ返済を迫った。
「これ、前に君が俺のレストランのトイレを使ったときの映像。あそこには隠しカメラが仕掛けられているんだ。今って便利だよな。こうしてスマホにも映像を簡単に飛ばせる」
タカヒロはニタリと下卑た笑いを浮かべた。
「今度は500万欲しいなぁ。返済を迫るなんて野暮なことをすれば、この映像を拡散することになるよ」
その瞬間、ユリカは絶望の底へと引きずり込まれた。タカヒロの顔に浮かぶあざけるような笑いが、彼女の心を凍らせる。無力さが全身を支配し、言葉が出てこない。涙が頬を伝う中、ユリカはタカヒロのレストランから飛び出した。
ところが、外に出た瞬間、背後から聞き覚えのある優しい声が聞こえた。振り向くと、そこにはカズマが立っていた。
「カズマさん……助けて」
ユリカは無意識にカズマに縋りついた。
「なにも心配なんていらないよ。ユリカのことならすべてわかっているから」
瞬時にユリカは深い安らぎを感じ、穏やかな気持ちに包まれた。
その後、タカヒロが経営していたレストランは次々に潰れ、タカヒロの行方もわからなくなった。まるで、タカヒロの存在など初めからなかったかのように、ユリカの生活は穏やかな平穏を取り戻した。
それから半年後、カズマは白いタキシードを身に纏い、その姿はまるでユリカが幼い頃に夢見た王子様のようだった。ユリカもまた、純白のウェディングドレスに包まれ、王女様のように美しい。
「ユリカ、心から君を愛しているよ」
カズマの声は柔らかく、ユリカの心に優しく届く。しかし、その温かい眼差しの奥には、計り知れない闇が潜んでいた。まるで、底知れぬ深海のような暗さである。
しかし、ユリカはもう恐れない。
彼の闇を含む愛は、ユリカの安全な世界を包み守る、強力な盾なのだ。
ユリカは静かに微笑み、その目に深い安堵を湛えて呟いた。
「私、最高に幸せな花嫁だわ」
完
ある日、両親の意向でお見合いをすることが決まった。相手は、見た目も性格も完璧な青年、カズマだった。カズマは政治家を多く輩出する家柄で、このお見合いは家同士の利益を考えたものであった。
カズマはユリカの穏やかな微笑みと優雅な仕草に一瞬で心を奪われ、ユリカもまた、紳士的で落ち着いた佇まいのカズマに引かれた。すぐに二人は婚約者としての絆を結び、両家はその知らせを喜び祝った。
しかし――ユリカは何気なく置かれたカズマのスマホを覗いてしまう。そこには、ユリカの写真がたくさん収められていた。どれも可愛く撮れており、戸外で撮影されたものだったが、次第に不安が込み上げ、胸の奥で鼓動が速くなるのを感じた。明らかに望遠レンズで撮られた写真――それは、間違いなく盗撮だったからである。
数日後、ユリカは両親に頼み込み、婚約を破棄してもらうことにした。大好きだと思っていたカズマが不気味にしか思えなくなっていたのだ。短い恋の終わりである。
◆◇◆
それから三ヶ月後、ユリカはアートギャラリーの一角に飾られた絵の前に立っていた。ギャラリーの明るいスポットライトが、ユリカが描いた抽象画を照らしている。絵の中に広がる色と形は、ユリカが内面で感じた様々な感情を表現していた。
ふと後ろから声が掛けられる。
「色使いがとても美しい。特に、この部分の青とオレンジの対比が、感情の高まりを見事に表現しているように感じます」
ユリカが振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。彼の深い理解に、ユリカの心は弾んだ。その日がきっかけとなり、二人の間には自然と繋がりが生まれ、やがて交際が始まった。
タカヒロはその見た目からして、まるで成功者そのものだった。スマートで洗練された容姿に、パリッとしたスーツを完璧に着こなし、自ら経営する高級レストランに出入りする姿は、誰が見ても成功した実業家そのものだった。
タカヒロが経営する豪華なレストランはどの店舗も常に賑わい、彼の言動や立ち振る舞いは、ユリカに盤石な経営基盤を築いた実業家の印象を与えていた。
ところがある日、タカヒロはユリカに思い詰めた表情で嘆いた。
「従業員が売り上げ金を持ち逃げしたんだ。資金が足りなくて、50万貸してほしい」
ユリカは彼の困り顔を見て心が痛み、思わずお金を貸した。
しかし、その後もタカヒロは次々と金銭的なお願いをしてきた。今度は100万、次には300万、と要求はエスカレートし、ユリカは次第に不安を感じ始める。タカヒロは一向にお金を返そうとしないのだ。ついにユリカは決心し、彼のレストランを訪れ返済を迫った。
「これ、前に君が俺のレストランのトイレを使ったときの映像。あそこには隠しカメラが仕掛けられているんだ。今って便利だよな。こうしてスマホにも映像を簡単に飛ばせる」
タカヒロはニタリと下卑た笑いを浮かべた。
「今度は500万欲しいなぁ。返済を迫るなんて野暮なことをすれば、この映像を拡散することになるよ」
その瞬間、ユリカは絶望の底へと引きずり込まれた。タカヒロの顔に浮かぶあざけるような笑いが、彼女の心を凍らせる。無力さが全身を支配し、言葉が出てこない。涙が頬を伝う中、ユリカはタカヒロのレストランから飛び出した。
ところが、外に出た瞬間、背後から聞き覚えのある優しい声が聞こえた。振り向くと、そこにはカズマが立っていた。
「カズマさん……助けて」
ユリカは無意識にカズマに縋りついた。
「なにも心配なんていらないよ。ユリカのことならすべてわかっているから」
瞬時にユリカは深い安らぎを感じ、穏やかな気持ちに包まれた。
その後、タカヒロが経営していたレストランは次々に潰れ、タカヒロの行方もわからなくなった。まるで、タカヒロの存在など初めからなかったかのように、ユリカの生活は穏やかな平穏を取り戻した。
それから半年後、カズマは白いタキシードを身に纏い、その姿はまるでユリカが幼い頃に夢見た王子様のようだった。ユリカもまた、純白のウェディングドレスに包まれ、王女様のように美しい。
「ユリカ、心から君を愛しているよ」
カズマの声は柔らかく、ユリカの心に優しく届く。しかし、その温かい眼差しの奥には、計り知れない闇が潜んでいた。まるで、底知れぬ深海のような暗さである。
しかし、ユリカはもう恐れない。
彼の闇を含む愛は、ユリカの安全な世界を包み守る、強力な盾なのだ。
ユリカは静かに微笑み、その目に深い安堵を湛えて呟いた。
「私、最高に幸せな花嫁だわ」
完
216
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
いつまでも甘くないから
朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。
結婚を前提として紹介であることは明白だった。
しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。
この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。
目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・
二人は正反対の反応をした。
【完結】勘違いしないでください!
青空一夏
恋愛
自分の兄の妻に憧れすぎて妻を怒らせる夫のお話です。
私はマドリン・バーンズ。一代限りの男爵家の次女ですが、サマーズ伯爵家の次男ケントンと恋仲になりました。あちらは名門貴族なので身分が釣り合わないと思いましたが、ケントンは気にしないと言ってくれました。私たちは相思相愛で、とても幸せな結婚生活を始めたのです。
ところが、ケントンのお兄様が結婚しサマーズ伯爵家を継いだ頃から、ケントンは兄嫁のローラさんを頻繁に褒めるようになりました。毎日のように夫はローラさんを褒め続けます。
いいかげんうんざりしていた頃、ケントンはあり得ないことを言ってくるのでした。ローラさんは確かに美人なのですが、彼女の化粧品を私に使わせて・・・・・・
これは兄嫁に懸想した夫が妻に捨てられるお話です。あまり深く考えずにお読みください💦
※二話でおしまい。
※作者独自の世界です。
※サクッと読めるように、情景描写や建物描写などは、ほとんどありません。
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる