3話目更新:狂愛ショートショート集

青空一夏

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3 私のなかで生きることを選んだあなた

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 その日は、晴れているのに雨が降っていた。
 学校の帰り道、西の空は朱く染まり、細い雨が夕焼けの光を透かしながら降り始める。

 天気雨だ。

 祖母がよく言っていた。
「狐の嫁入りだよ」って。

 その言葉を思い出した瞬間、神社の脇の石段に、人影が見えた。

 夕陽の中に立っていたのは、現実とは思えないほど美しい人。
 銀色の髪に金色の瞳を持ち、墨を流したような黒の衣に身を包み、夕暮れの光にゆらめいていた。

「おまえ、俺の姿が見えるのか?」

 その声は、耳の奥で鈴が転がるように響いた。

 私はうなずいた。
 怖くはなかった。むしろ、不思議な安堵に包まれていた。

 ――あぁ、私はずっと、この出会いを求めていたのかもしれない。
 そんなふうに、自然と思えてしまった。


 それから、彼と過ごす日々が、少しずつ増えていった。
 学校帰りの道。夕暮れの神社。

 彼は大昔からずっと生きてきたと言った。
 昔の言い伝えや、草花の香りに宿る“気”の話もしてくれた。

 私が妖や幽霊が見える力を話しても、珍しがらず、否定もしなかった。

 「怖かったな。これからは俺が守ってやる」
 
 彼は自分も妖だと言った。
 妖狐と呼ばれる大妖怪のひとりだと。

 
 ある夜、私はまた眠れなかった。
 布団に入っても、目を閉じれば、得体の知れない気配が部屋の隅から忍び寄ってくる気がして
 心がざわついて、布団の中でもじっとしていられない。

 そんなとき、窓の外に気配を感じて、私は立ち上がった。
 カーテンをそっと開けると、そこに――妖狐がいた。

 黒い影のように静かに立ち、金の瞳が私を見つめていた。

 窓を開けると、彼はためらいなく部屋に入ってきた。
 妖のはずなのに、彼はどこか人間よりもあたたかく感じられた。

「また、怖い夢を見たのか?」

 私がうなずくと、彼はぽつりとつぶやいた。

「おまえが俺と一緒に生きるなら、その苦しみから、全部解放してあげられる。そのかわり、もうここでは暮らせない」


 私は――答えられなかった。
 彼が嫌だったわけじゃない。それどころか、好きだった。

 でも、私はまだ高校生だ。
 両親と離れるのは寂しいし、友達との日々を手放すことが想像できない。
 ただ、それだけの、子供っぽい理由だった。

 私が視線を逸らすと、彼は静かに笑った。
 悲しそうに、それでも微笑んだ。

「おまえのために、俺は魂を差し出すよ。おまえは絶対にもう悪夢は見なくなる」
 そう言って、胸元に手を差し入れる。
 朱に染まった、ぬるりとした“それ”を、私に差し出した。

「これは俺の肝だ。食べれば、おまえは俺の力を得る。幽霊や妖にも怯えず、悪夢にも苦しまない。……強くなれるんだよ。俺は死ぬけど、おまえの中で生きるから。血になって、骨になって、おまえを守るから」

 その言葉に、足がすくんだ。

 死ぬ? ――それは、私が望んだことじゃない。

「やめて。そんなこと、しないで……!」

 涙が頬を伝う。でも彼は、優しく笑った。

「おまえが笑ってくれるなら、それでいい。俺の存在が、おまえの夜を照らせるなら、それだけで充分なんだ」

 そっと彼が顔を近づけ、唇が触れた。
 体温がなかった。でも、温かく感じたのはなぜなんだろう?

 気づけば、彼の姿は光の粒になって、闇に溶けていった。

 残されたのは、私の右手に握られた彼の肝。
 ゆっくりと、それを口にした。

 怖かった。でも、食べなきゃいけないと思った。
 それが、彼の最後の願いだから。

 それ以来、悪夢は消えた。
 視えていた幽霊も妖も、私を恐れて近寄らない。

 闇は、もう少しも怖くない。

 でも、彼は――もう、いない。

 彼は私の中にいるの?
 いいえ、どこにもいる気配はない。
 あのとき、手を取っていれば――そんな後悔が、今も消えない。

 ほんとうに、大切だった。
 でも私は、それに気づくのが遅すぎた。

「……ねぇ、会いたいよ」
 夕焼けの神社で、そう呟く。

 狐火が一瞬、ふわりと灯った気がした。
 けれど、それは風にさらわれ、すぐに消えた。

 命を差し出してまでくれた愛。
 あんな激しさを、私は一度しか知らない。

 きっと、これからどれだけ長く生きたとしても――
 あんなふうに、誰かに命を懸けられることなんて、もうない。

 あぁ、そうか。
 あなたは、あの瞬間、私の心ごと攫っていったんだね。

 ずっと消えない。
 この想いは、私を縛りつけて離さない。

 あなたは、命と引き換えに
 私の心を、永遠に手に入れたんだ。

 そう、ひとりごちたとき。
 ――心のどこかで、妖狐が微かに笑った。

 忘れることも、逃れることも許さない。
 そんな冷たくも美しい囁きが、どこからか聞こえた気がした。


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感想 3

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みんなの感想(3件)

Vitch
2025.03.09 Vitch

【あなたの愛に囚われて……】
タカヒロの歯を……
いっぽ〜ん……
にほ〜ん……
さんぼ〜ん……

「やめへふえ〜!!!」

よんほ〜ん……
ごほ〜ん……

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

2025.03.09 青空一夏

∵ゞ(´ε`●) ブハッ!!

歯を1本1本抜かれるっていうのは
地味に嫌ですよね。

コメントいただきありがとうございます🍫

解除
NOGAMI
2025.02.26 NOGAMI

この女性は怖い…😱
手作り飯とか怖すぎて食べれないわ🥶

2025.02.26 青空一夏

こんばんわ(^^)

こちらもお読みくださりありがとうございます!
いや、なんか、コメディっぽい感じもしますが
毎日往復六時間かけて行くって😆
あり得ない~、と思いながら書いちゃったです。
実際いたら、めちゃくちゃ怖いですね😱

感想ありがとうございます!

解除
turarin
2025.02.24 turarin

ストーカーだけど、スパダリなのでオッケーです。

神の前で誓っても、すぐ破っちゃう人最近多いので、執着溺愛スパダリどんとこい!!

2025.02.24 青空一夏

( *´ᵕ`)ノコンニチワ~♪

うふふ
スパダリだし
ユリカ一筋なのでオッケーですよね
そう、ストーカーなんです😆

>神の前で誓ってもすぐ破っちゃう人、最近多い
うんうん
破る人は簡単に破りますよね💦

感想をいただきありがとうございます♪

解除

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