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続編
8 往生際が悪いベルトラン課長
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仕立ての良い上着を纏い現れたのは、オックスリー大商会の副会長――ユリウス・バートン男爵だった。
――たかが男爵と侮ってはいけない。彼の背後には、ノルディアン大公妃であり、商会の会長でもあるレティシア様が控えているのだから。
ユリウス副会長は、迷いなくこちらへ歩み寄ってくると、実に朗らかな笑みを浮かべた。
だが、その目は――絶対零度。ぞっとするほど冷たい。
ピタリと俺の前で立ち止まると、さらりとこう言った。
「あなたを、南ノレア森林地帯にある“民声取次所”へ異動することを、局長に提案してあげましょう」
「は? なんですかそれ、そんな辺境、行ったこともないんですが。それに、そこは苦情係でしょう?」
「人の声と向き合い、自分を見つめ直すには、ちょうどいい場所です。周囲に何もない、静かな土地で、空気も澄んでいますから。あなたは少し、休んだほうがいいのかもしれませんね」
「……は?」
「部下に仕事を押しつけておいて、“自分からやりたいと言った”などと平然と口にする。本来あなたがやるべき業務を、なんのためらいもなく部下に丸投げし、そのことに罪悪感すら抱いていない。おそらく疲れているか、あるいは……少しご病気かもしれませんね」
ユリウス副会長は淡々とした口調のまま、わずかに目を細めた。
「辞職を選ぶか。あるいは、大自然の静けさに包まれて、性根をたたき直してくるか。選ぶのはあなたです」
「局長、いくらオックスリー大商会の副会長でも、ここは王都行政局です。まさか……うちが商会の傘下だとでも言いたいんですか? 人事権はこの人にはないはずでしょう!」
声を荒げた俺に、ユリウス副会長は落ち着いた口調で返した。
「ええ、ありませんよ。俺は行政局の人事に口出しする権限など持っていません。――形式上は、ね」
ユリウス副会長の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
「ただ、こちらの希望が聞き届けられないのであれば……商会としても、それなりの対応を取らせていただきます。たとえば、行政局向けに予定していた“業務支援システム”の提供――あれは見送る形になりますね」
「なっ……」
「我々には、取引先を選ぶ権利がありますので」
「マリアンヌさんが、自分から“やりたい”と言ったんです! 俺は押しつけたわけじゃない。そもそも、押しつけたっていう証拠はあるんですか? そんな嘘をついたのは誰だっていうんですか……マリアンヌ? だったら許さない……平民のくせに……部下の分際で……女のくせに……!」
その言葉に、ユリウス副会長は一瞬だけ眉をひそめる。
「――あなたも、平民ですよ?」
「ち、違います! 俺の実家は、キサック準男爵家です!」
――俺とマリアンヌを一緒にするな!
――たかが男爵と侮ってはいけない。彼の背後には、ノルディアン大公妃であり、商会の会長でもあるレティシア様が控えているのだから。
ユリウス副会長は、迷いなくこちらへ歩み寄ってくると、実に朗らかな笑みを浮かべた。
だが、その目は――絶対零度。ぞっとするほど冷たい。
ピタリと俺の前で立ち止まると、さらりとこう言った。
「あなたを、南ノレア森林地帯にある“民声取次所”へ異動することを、局長に提案してあげましょう」
「は? なんですかそれ、そんな辺境、行ったこともないんですが。それに、そこは苦情係でしょう?」
「人の声と向き合い、自分を見つめ直すには、ちょうどいい場所です。周囲に何もない、静かな土地で、空気も澄んでいますから。あなたは少し、休んだほうがいいのかもしれませんね」
「……は?」
「部下に仕事を押しつけておいて、“自分からやりたいと言った”などと平然と口にする。本来あなたがやるべき業務を、なんのためらいもなく部下に丸投げし、そのことに罪悪感すら抱いていない。おそらく疲れているか、あるいは……少しご病気かもしれませんね」
ユリウス副会長は淡々とした口調のまま、わずかに目を細めた。
「辞職を選ぶか。あるいは、大自然の静けさに包まれて、性根をたたき直してくるか。選ぶのはあなたです」
「局長、いくらオックスリー大商会の副会長でも、ここは王都行政局です。まさか……うちが商会の傘下だとでも言いたいんですか? 人事権はこの人にはないはずでしょう!」
声を荒げた俺に、ユリウス副会長は落ち着いた口調で返した。
「ええ、ありませんよ。俺は行政局の人事に口出しする権限など持っていません。――形式上は、ね」
ユリウス副会長の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
「ただ、こちらの希望が聞き届けられないのであれば……商会としても、それなりの対応を取らせていただきます。たとえば、行政局向けに予定していた“業務支援システム”の提供――あれは見送る形になりますね」
「なっ……」
「我々には、取引先を選ぶ権利がありますので」
「マリアンヌさんが、自分から“やりたい”と言ったんです! 俺は押しつけたわけじゃない。そもそも、押しつけたっていう証拠はあるんですか? そんな嘘をついたのは誰だっていうんですか……マリアンヌ? だったら許さない……平民のくせに……部下の分際で……女のくせに……!」
その言葉に、ユリウス副会長は一瞬だけ眉をひそめる。
「――あなたも、平民ですよ?」
「ち、違います! 俺の実家は、キサック準男爵家です!」
――俺とマリアンヌを一緒にするな!
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