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すっかり変わった大食堂 / 墓穴を掘ったスライ
※アルバータスside
かつての壮麗さは影を潜め、大食堂はすっかり雰囲気を変えていた。黒檀のテーブルには可愛らしい花柄のテーブルクロスがかけられ、豪奢な調度品は跡形もなく片付けられている。壁には、子供たちが描いたと思われる稚拙ながらも愛らしい絵が飾られ、食堂の一角には双子のために用意された遊び場まで設けられていた。
そこには柔らかなクッションが置かれ、分厚い絨毯が敷き詰められている。小さな遊具や絵本が整然と並び、部屋全体に家庭的なぬくもりが漂っていた。双子の笑い声が響き渡り、かつて静謐だった大食堂に新たな命を吹き込んでいるかのようだった。
アルバータスはその光景を目の当たりにし、呆然と立ち尽くした。
「……これは、いったい何事だ?」
声を漏らしたが、誰も気づかない。双子は絨毯の上で絵本を眺め、笑い転げている。プリムローズはそんな二人に寄り添い、穏やかな微笑を浮かべていた。その光景は、この場所がかつてラベンダーとの思い出に満ちた空間だったことを忘れさせるほどだった。
やがてプリムローズが彼の視線に気づき、柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「大食堂には 高価で壊れやすい調度品ばかりありましたので、一旦他の部屋に保管していただきました。これなら双子たちも安心して遊べますし、食堂に集まるのが楽しみになりますでしょう?」
「この部屋は私とラベンダーの思い出の詰まった神聖な場所だ。彼女が生きていたら、こんな有様を見てどう思うか……すぐに元通りにしろ」
アルバータスはその説明に呆然としつつも、内心の怒りを抑えながら命令口調で言う。だがプリムローズはひるむことなく、穏やかだが毅然とした声で答えた。
「大切な思い出の品を守ることは素晴らしいことです。でも、子供たちが健やかに育つ環境を整える方が、今は何よりも重要です。あのような壊れやすい調度品は、子供がもう少し分別がつく年齢になってから飾ってください。ラベンダー様も、きっとそうお考えになったと思います」
アルバータスは反論の言葉を探したが、ふと双子の無邪気な笑顔に目をやった瞬間、何かが胸の奥でかすかに揺らいだ。しかし、それでもなお冷たい声で言い放つ。
「これは妻への冒涜だ。ラベンダーはこの場所を大切にしていたんだぞ」
「母親であれば、何よりも子供を優先するものです。私の母もそのような女性でしたし、ラベンダー様がいらっしゃれば、同じご判断をされたことでしょう」
プリムローズの言葉に続き、控えていた侍女長が一歩前に進み、畏まった態度ながら強い口調で口を開いた。
「旦那様、恐れながら申し上げます。ラベンダー様は、お二人のご子息が幸せそうに過ごす姿を、天国で喜ばれていることでしょう」
侍女長の言葉に、周囲の侍女たちも控えめに頷いてみせた。アルバータスは険しい表情で一喝する。
「ここは私の屋敷だ。好き勝手させるわけにはいかない」
しかし、その声もデニーの小さな言葉に遮られる。
「お父様も、一緒にここでご飯を食べようよ。僕、気づいたんだ。自分の部屋で独りぼっちで食べるより、ここでみんなと一緒に食べる方がずっと美味しいんだ」
アルバータスは愕然とし、深くため息をついた。ラベンダーが生きていたら、間違いなく子供たちの幸せを最優先しただろう。彼女が妊娠中から子供を愛し、一緒に過ごす日々を楽しみにしていた姿を思い出しながら、彼は静かに呟いた。
「……あぁ、そうだな」
それは、彼がほんの少しだけ変わり始めた瞬間だった。
※スライside
スライは密かにメイドたちを尾行し、豪奢な門の中へと消えていくのを見届けた。門柱には貴族の紋章こそなかったが、その屋敷はレストン伯爵邸を凌駕する壮麗さを誇っていた。
「プリムローズがこんな場所で働いているとは……」
そう呟きながら、スライは屋敷の門の周囲を注意深く歩き回り、敷地内の様子を窺った。だが、目立たないように行動するのは容易ではない。広大な庭の周囲を巡っていると、ふと庭師の男に声をかけられる。
「おい、そこの男。何をしている?」
「ただの通りすがりだ。興味本位で見ていただけだよ」
スライはそっけなく返したが、その態度は庭師の疑念を深めただけだった。次第に周囲から使用人たちが集まり、彼はついに逃げ道を断たれた。
「怪しいな。旦那様に報告するべきだ」
「放せ。僕はただの通りすがりだと言ってるだろ!」
強引に屋敷内へ連行されたスライは、やがて当主アルバータスの前に立たされることとなった。執務室で冷たい視線を向けられ、彼はぎこちなく口を開いた。
「僕はレストン伯爵のひとり息子だ。ここで働いている従妹を確認したかっただけだ」
アルバータスは鋭い眼光を向けながら、冷笑を浮かべた。
「君は到底信用できない。仲の良い従妹なら堂々と訪ねてくれば良いだろう? こそこそと嗅ぎ回るなんて、やましいことがあるようにしか見えない。 次にこの屋敷の周りで君の姿を見かけたら、ただでは済まさんぞ」
スライは激昂し、言い返した。
「豪邸に住んでいるが貴族じゃないよな? 門に貴族の紋章がなかったもの。 そんな奴が偉そうにしやがって後悔するぞ!」
アルバータスはその言葉に軽く鼻で笑い、静かに呟いた。
「後悔するのは君の方だろうよ」
スライが解放されると、アルバータスは頬に手を当て、長いあいだ考え込んでいた。
「あれが、プリムローズ嬢の従兄か……到底、善人には見えないな。それに、プリムローズ嬢の両親の死はあまりに不可解だ。誰が一番得をしたか、そこが鍵だな」
彼は即座に部下に命じ、プリムローズの伯父たちの調査を開始させたのだった。
かつての壮麗さは影を潜め、大食堂はすっかり雰囲気を変えていた。黒檀のテーブルには可愛らしい花柄のテーブルクロスがかけられ、豪奢な調度品は跡形もなく片付けられている。壁には、子供たちが描いたと思われる稚拙ながらも愛らしい絵が飾られ、食堂の一角には双子のために用意された遊び場まで設けられていた。
そこには柔らかなクッションが置かれ、分厚い絨毯が敷き詰められている。小さな遊具や絵本が整然と並び、部屋全体に家庭的なぬくもりが漂っていた。双子の笑い声が響き渡り、かつて静謐だった大食堂に新たな命を吹き込んでいるかのようだった。
アルバータスはその光景を目の当たりにし、呆然と立ち尽くした。
「……これは、いったい何事だ?」
声を漏らしたが、誰も気づかない。双子は絨毯の上で絵本を眺め、笑い転げている。プリムローズはそんな二人に寄り添い、穏やかな微笑を浮かべていた。その光景は、この場所がかつてラベンダーとの思い出に満ちた空間だったことを忘れさせるほどだった。
やがてプリムローズが彼の視線に気づき、柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「大食堂には 高価で壊れやすい調度品ばかりありましたので、一旦他の部屋に保管していただきました。これなら双子たちも安心して遊べますし、食堂に集まるのが楽しみになりますでしょう?」
「この部屋は私とラベンダーの思い出の詰まった神聖な場所だ。彼女が生きていたら、こんな有様を見てどう思うか……すぐに元通りにしろ」
アルバータスはその説明に呆然としつつも、内心の怒りを抑えながら命令口調で言う。だがプリムローズはひるむことなく、穏やかだが毅然とした声で答えた。
「大切な思い出の品を守ることは素晴らしいことです。でも、子供たちが健やかに育つ環境を整える方が、今は何よりも重要です。あのような壊れやすい調度品は、子供がもう少し分別がつく年齢になってから飾ってください。ラベンダー様も、きっとそうお考えになったと思います」
アルバータスは反論の言葉を探したが、ふと双子の無邪気な笑顔に目をやった瞬間、何かが胸の奥でかすかに揺らいだ。しかし、それでもなお冷たい声で言い放つ。
「これは妻への冒涜だ。ラベンダーはこの場所を大切にしていたんだぞ」
「母親であれば、何よりも子供を優先するものです。私の母もそのような女性でしたし、ラベンダー様がいらっしゃれば、同じご判断をされたことでしょう」
プリムローズの言葉に続き、控えていた侍女長が一歩前に進み、畏まった態度ながら強い口調で口を開いた。
「旦那様、恐れながら申し上げます。ラベンダー様は、お二人のご子息が幸せそうに過ごす姿を、天国で喜ばれていることでしょう」
侍女長の言葉に、周囲の侍女たちも控えめに頷いてみせた。アルバータスは険しい表情で一喝する。
「ここは私の屋敷だ。好き勝手させるわけにはいかない」
しかし、その声もデニーの小さな言葉に遮られる。
「お父様も、一緒にここでご飯を食べようよ。僕、気づいたんだ。自分の部屋で独りぼっちで食べるより、ここでみんなと一緒に食べる方がずっと美味しいんだ」
アルバータスは愕然とし、深くため息をついた。ラベンダーが生きていたら、間違いなく子供たちの幸せを最優先しただろう。彼女が妊娠中から子供を愛し、一緒に過ごす日々を楽しみにしていた姿を思い出しながら、彼は静かに呟いた。
「……あぁ、そうだな」
それは、彼がほんの少しだけ変わり始めた瞬間だった。
※スライside
スライは密かにメイドたちを尾行し、豪奢な門の中へと消えていくのを見届けた。門柱には貴族の紋章こそなかったが、その屋敷はレストン伯爵邸を凌駕する壮麗さを誇っていた。
「プリムローズがこんな場所で働いているとは……」
そう呟きながら、スライは屋敷の門の周囲を注意深く歩き回り、敷地内の様子を窺った。だが、目立たないように行動するのは容易ではない。広大な庭の周囲を巡っていると、ふと庭師の男に声をかけられる。
「おい、そこの男。何をしている?」
「ただの通りすがりだ。興味本位で見ていただけだよ」
スライはそっけなく返したが、その態度は庭師の疑念を深めただけだった。次第に周囲から使用人たちが集まり、彼はついに逃げ道を断たれた。
「怪しいな。旦那様に報告するべきだ」
「放せ。僕はただの通りすがりだと言ってるだろ!」
強引に屋敷内へ連行されたスライは、やがて当主アルバータスの前に立たされることとなった。執務室で冷たい視線を向けられ、彼はぎこちなく口を開いた。
「僕はレストン伯爵のひとり息子だ。ここで働いている従妹を確認したかっただけだ」
アルバータスは鋭い眼光を向けながら、冷笑を浮かべた。
「君は到底信用できない。仲の良い従妹なら堂々と訪ねてくれば良いだろう? こそこそと嗅ぎ回るなんて、やましいことがあるようにしか見えない。 次にこの屋敷の周りで君の姿を見かけたら、ただでは済まさんぞ」
スライは激昂し、言い返した。
「豪邸に住んでいるが貴族じゃないよな? 門に貴族の紋章がなかったもの。 そんな奴が偉そうにしやがって後悔するぞ!」
アルバータスはその言葉に軽く鼻で笑い、静かに呟いた。
「後悔するのは君の方だろうよ」
スライが解放されると、アルバータスは頬に手を当て、長いあいだ考え込んでいた。
「あれが、プリムローズ嬢の従兄か……到底、善人には見えないな。それに、プリムローズ嬢の両親の死はあまりに不可解だ。誰が一番得をしたか、そこが鍵だな」
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