7 / 10
存在感を増すセリーナ
しおりを挟む
セリーナはデイミアンに丁寧な手紙を書いた。その内容は、エレノアが自分と離れて暮らして寂しがっていないか気遣うものであり、何かあれば力になるためすぐに駆けつけるとしたためられていた。
すぐにデイミアンから返信が届く。そこには、エレノアがアシュトン公爵家の使用人たちや自分を遠ざけるように、部屋に閉じこもりがちであることが綴られていた。
「……何か悩んでいるようです。あなたなら、エレノアの力になれるかもしれません」
新妻を心底案じる言葉がそこには記されていた。
――ふっ。この二人、本当に相思相愛ね。……悩みと言ったら、私が吹き込んだくだらない妄想くらいしかないのに。単純なエレノアったら、すっかり信じ込んでいるのね。馬鹿みたい、自分の愛する人が不幸になるなんて、そんなこと、あるはずないのに。
そう嘲るように微笑むセリーナだったが、その瞳にはわずかな嫉妬の色も見え隠れしていた。これほど大事にされているエレノアが妬ましく思えたのだ。
デイミアンの屋敷に招かれたセリーナは、優雅な微笑を浮かべながら、心配そうにエレノアの現状を語るデイミアンに話しかける。
「エレノアのことを本当に心配しているのですね。私が来たからには、きっと彼女は元気になりますわ。だって、私はエレノアを妹のように愛しているのですから」
暖炉の前で揺れるティーカップを手に、思いやりのこもった声でそう告げるセリーナに、デイミアンは感謝の意を示した。
セリーナがエレノアの自室を訪れると、そこには、やつれた顔で目の下にクマを作ったエレノアがいた。
「エレノア、私が来たからにはもう大丈夫よ。何もかも、私がうまくやってあげるわ。使用人の管理も、デイミアン卿のサポートも、全部引き受けるから、安心してね」
セリーナの声には優しさが滲んでいたが、その瞳の奥には別の思惑が潜んでいた。
エレノアは弱々しい声で答える。
「デイミアン様と夕食をとっていたとき、急に倒れてしまって……それ以来、体調が良くないみたいなの。もしかしたら私のせいかもって思うと怖くて、使用人たちともうまく話せていないのよ……私、どうしたらいいの?」
――ばっかみたい。デイミアン卿はエレノアが心配でよく眠れていないだけよ。たんなる寝不足ね。考えればわかりそうなものなのに……エレノアは歌の才能しかない綺麗なだけのお人形さんだわ。お互いを想い合いすぎて、自滅しているだけの滑稽な夫婦なんて、別れてしまえばいいのに。
セリーナはそう呆れながらも、ふたりが悩んでいる様子が愉快で仕方がない。才能あふれる、自分より身分の高い美貌の従妹。そのエレノアが憔悴している顔を見ると、心底幸せな気分になってくる。
「それなら、アシュトン公爵家で必要なコミュニケーションは、私を通したほうがいいかもしれないわね。大丈夫、私が間に入れば、エレノアの負の影響は減ると思うわ」
「ありがとう、セリーナ。あなたが来てくれて本当に心強いわ」
エレノアの感謝の言葉に、セリーナはほくそ笑みながらも、それを悟らせることなく柔らかい微笑みを浮かべたのだった。
このようにして、セリーナはアシュトン公爵家にしばらく留まることになった。セリーナはまずメイドたちに優しく声をかける。
「エレノアは少し気難しい子だけれど、気にしないで。あと、彼女と仲良くしすぎると……不思議と不幸なことが起きるけれど……あっ、いいえ、なんでもないの。今のは忘れてちょうだいね」
まるでうっかり口を滑らせたかのように言い直すセリーナだが、もちろんこれはわざとである。居並ぶメイドたちは、セリーナの言葉に耳を傾けながら首を傾げた。
――不幸なことってなんだろう? あたしらが奥様と仲良くなんてなれっこないけど、気になるわ……
メイドたちは思い思いに想像してみるけれど、具体的なことをけっして言わないセリーナに、かえって興味をそそられていた。
アシュトン公爵家の使用人は多岐にわたる。中には元々不注意な者もいれば、不運にも怪我を負う者もいる。しかし、そうした問題が生じるたび、セリーナは溜め息をつきながらこう言った。
「やっぱり……最近、エレノアと接触したのでは?」
その声色はあくまで憂慮に満ちたものだったが、意味深に寄せられる眉は、周囲に暗黙の疑念を植え付けるのに十分だった。接触とはどの程度のことを指すのか、セリーナは一切具体的に説明しない。それため、朝の挨拶や廊下ですれ違った程度、さらには遠目にエレノアを見かけたことすら含まれる恐れがあった。この曖昧さが、ずる賢い使用人たちにとっては格好の言い訳となった。
そそっかしい侍女は、自らの失態をエレノアのせいに仕立て上げ、嘘つきなメイドは実際には話してもいないのに「エレノア様から声をかけられた」と偽りの証言をした。それを知りつつも、セリーナは彼女たちを咎めるどころか、むしろその嘘を大いに肯定した。さらに、同情を装いながら特別なプレゼントまで与える始末である。
この巧妙な振る舞いは、使用人たちの間に「エレノアと接触すること自体が不幸を招く」という無言のルールを植え付け、エレノアの孤立を一層深める結果を招いたのだった。
セリーナの策略は、屋敷の中に確実に根を張りつつあった。自室に閉じこもりがちで影の薄いアシュトン公爵夫人よりも、にこやかな余裕の笑みを浮かべ、堂々と屋敷を闊歩するセリーナの方が、よほど女主人らしい風格を漂わせていた。使用人たちも、何か問題が起きると自然にセリーナを頼るようになっていった。
さらに、肝心のエレノア自身がセリーナを信頼し、信頼している様子が見て取れたため、使用人たちからしても、それは自然な成り行きのように思えた。
こうしてセリーナは、いつしか屋敷の中心に立つ存在となりつつあった。エレノアを孤立させる一方で、セリーナの存在感はますます増していったのである。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
最近、更新が滞っておりまして、大変もうしわけありません。実は最近、眼瞼下垂の手術をしまして、あまり経過がおもわしくなく、なかなか書けないでおりました。今も万全というかんじではないのですが、ぼちぼち書いていこうかと思えるようになりました。🙇🏻♀️🙇🏻♀️
すぐにデイミアンから返信が届く。そこには、エレノアがアシュトン公爵家の使用人たちや自分を遠ざけるように、部屋に閉じこもりがちであることが綴られていた。
「……何か悩んでいるようです。あなたなら、エレノアの力になれるかもしれません」
新妻を心底案じる言葉がそこには記されていた。
――ふっ。この二人、本当に相思相愛ね。……悩みと言ったら、私が吹き込んだくだらない妄想くらいしかないのに。単純なエレノアったら、すっかり信じ込んでいるのね。馬鹿みたい、自分の愛する人が不幸になるなんて、そんなこと、あるはずないのに。
そう嘲るように微笑むセリーナだったが、その瞳にはわずかな嫉妬の色も見え隠れしていた。これほど大事にされているエレノアが妬ましく思えたのだ。
デイミアンの屋敷に招かれたセリーナは、優雅な微笑を浮かべながら、心配そうにエレノアの現状を語るデイミアンに話しかける。
「エレノアのことを本当に心配しているのですね。私が来たからには、きっと彼女は元気になりますわ。だって、私はエレノアを妹のように愛しているのですから」
暖炉の前で揺れるティーカップを手に、思いやりのこもった声でそう告げるセリーナに、デイミアンは感謝の意を示した。
セリーナがエレノアの自室を訪れると、そこには、やつれた顔で目の下にクマを作ったエレノアがいた。
「エレノア、私が来たからにはもう大丈夫よ。何もかも、私がうまくやってあげるわ。使用人の管理も、デイミアン卿のサポートも、全部引き受けるから、安心してね」
セリーナの声には優しさが滲んでいたが、その瞳の奥には別の思惑が潜んでいた。
エレノアは弱々しい声で答える。
「デイミアン様と夕食をとっていたとき、急に倒れてしまって……それ以来、体調が良くないみたいなの。もしかしたら私のせいかもって思うと怖くて、使用人たちともうまく話せていないのよ……私、どうしたらいいの?」
――ばっかみたい。デイミアン卿はエレノアが心配でよく眠れていないだけよ。たんなる寝不足ね。考えればわかりそうなものなのに……エレノアは歌の才能しかない綺麗なだけのお人形さんだわ。お互いを想い合いすぎて、自滅しているだけの滑稽な夫婦なんて、別れてしまえばいいのに。
セリーナはそう呆れながらも、ふたりが悩んでいる様子が愉快で仕方がない。才能あふれる、自分より身分の高い美貌の従妹。そのエレノアが憔悴している顔を見ると、心底幸せな気分になってくる。
「それなら、アシュトン公爵家で必要なコミュニケーションは、私を通したほうがいいかもしれないわね。大丈夫、私が間に入れば、エレノアの負の影響は減ると思うわ」
「ありがとう、セリーナ。あなたが来てくれて本当に心強いわ」
エレノアの感謝の言葉に、セリーナはほくそ笑みながらも、それを悟らせることなく柔らかい微笑みを浮かべたのだった。
このようにして、セリーナはアシュトン公爵家にしばらく留まることになった。セリーナはまずメイドたちに優しく声をかける。
「エレノアは少し気難しい子だけれど、気にしないで。あと、彼女と仲良くしすぎると……不思議と不幸なことが起きるけれど……あっ、いいえ、なんでもないの。今のは忘れてちょうだいね」
まるでうっかり口を滑らせたかのように言い直すセリーナだが、もちろんこれはわざとである。居並ぶメイドたちは、セリーナの言葉に耳を傾けながら首を傾げた。
――不幸なことってなんだろう? あたしらが奥様と仲良くなんてなれっこないけど、気になるわ……
メイドたちは思い思いに想像してみるけれど、具体的なことをけっして言わないセリーナに、かえって興味をそそられていた。
アシュトン公爵家の使用人は多岐にわたる。中には元々不注意な者もいれば、不運にも怪我を負う者もいる。しかし、そうした問題が生じるたび、セリーナは溜め息をつきながらこう言った。
「やっぱり……最近、エレノアと接触したのでは?」
その声色はあくまで憂慮に満ちたものだったが、意味深に寄せられる眉は、周囲に暗黙の疑念を植え付けるのに十分だった。接触とはどの程度のことを指すのか、セリーナは一切具体的に説明しない。それため、朝の挨拶や廊下ですれ違った程度、さらには遠目にエレノアを見かけたことすら含まれる恐れがあった。この曖昧さが、ずる賢い使用人たちにとっては格好の言い訳となった。
そそっかしい侍女は、自らの失態をエレノアのせいに仕立て上げ、嘘つきなメイドは実際には話してもいないのに「エレノア様から声をかけられた」と偽りの証言をした。それを知りつつも、セリーナは彼女たちを咎めるどころか、むしろその嘘を大いに肯定した。さらに、同情を装いながら特別なプレゼントまで与える始末である。
この巧妙な振る舞いは、使用人たちの間に「エレノアと接触すること自体が不幸を招く」という無言のルールを植え付け、エレノアの孤立を一層深める結果を招いたのだった。
セリーナの策略は、屋敷の中に確実に根を張りつつあった。自室に閉じこもりがちで影の薄いアシュトン公爵夫人よりも、にこやかな余裕の笑みを浮かべ、堂々と屋敷を闊歩するセリーナの方が、よほど女主人らしい風格を漂わせていた。使用人たちも、何か問題が起きると自然にセリーナを頼るようになっていった。
さらに、肝心のエレノア自身がセリーナを信頼し、信頼している様子が見て取れたため、使用人たちからしても、それは自然な成り行きのように思えた。
こうしてセリーナは、いつしか屋敷の中心に立つ存在となりつつあった。エレノアを孤立させる一方で、セリーナの存在感はますます増していったのである。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
最近、更新が滞っておりまして、大変もうしわけありません。実は最近、眼瞼下垂の手術をしまして、あまり経過がおもわしくなく、なかなか書けないでおりました。今も万全というかんじではないのですが、ぼちぼち書いていこうかと思えるようになりました。🙇🏻♀️🙇🏻♀️
230
あなたにおすすめの小説
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
妹に婚約者を取られてしまい、家を追い出されました。しかしそれは幸せの始まりだったようです
hikari
恋愛
姉妹3人と弟1人の4人きょうだい。しかし、3番目の妹リサに婚約者である王太子を取られてしまう。二番目の妹アイーダだけは味方であるものの、次期公爵になる弟のヨハンがリサの味方。両親は無関心。ヨハンによってローサは追い出されてしまう。
見知らぬ子息に婚約破棄してくれと言われ、腹の立つ言葉を投げつけられましたが、どうやら必要ない我慢をしてしまうようです
珠宮さくら
恋愛
両親のいいとこ取りをした出来の良い兄を持ったジェンシーナ・ペデルセン。そんな兄に似ずとも、母親の家系に似ていれば、それだけでもだいぶ恵まれたことになったのだが、残念ながらジェンシーナは似ることができなかった。
だからといって家族は、それでジェンシーナを蔑ろにすることはなかったが、比べたがる人はどこにでもいるようだ。
それだけでなく、ジェンシーナは何気に厄介な人間に巻き込まれてしまうが、我慢する必要もないことに気づくのが、いつも遅いようで……。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる