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16 幻惑の術が解けた(ハミルトン視点)
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(いきなり、姉上が私を平手打ちにするとはなぜなんだ? 姉上は、気が触れたのだろうか?)
呆れながら私が姉上を諭していると、来客があったことを執事が告げる。やがて、サロンに入ってきた背の高い男が深みのある声で私に声をかけた。
「やぁ、ハミルトン! 久しぶりだね。何年ぶりかな?」
声の主はイザリヤ侯爵の弟アレクサンダーだった。
「おぉ、久しぶりだな! アレクサンダーじゃないか。いつ、この国に来たんだ?」
「あぁ、ちょうど三日前に来たところだ。義姉上もいらっしゃったとは奇遇ですね」
アレクサンダーはオリビアが座っていた場所に腰掛けてグレース姉上に微笑んだ。
「ねぇ、アレク。ハミルトンがおかしいのよ。さっきから、ずっと信じられないことばかり言っているのよ。オリビア様はもう二度と戻って来ないでしょうね。当然と言えば当然だけれど」
「さっきの美しい女性が奥方だったのですか? 本人に聞いたら『奥方だったことは一度もありませんよ』と言っていました」
「ふん! 生意気な女だ。平民の冴えない女のくせにプライドばかり高くて困ったものさ!」
「この悪魔めっつ! ハミルトンの身体から出ていけ! お前はハミルトンじゃないわよ。絶対、違う!」
グレース姉上が私の頬を二度三度と続けざまに叩くから、すっかり涙目になり両頬がじんじん痛む。だが、大好きな姉上に乱暴はしたくないし、されるがままでじっとしていた。
「くだらない術をかけられたな」
アレクサンダーはそう言いながら、両手に魔力を込め魔方陣を構築した。難解な呪文を唱え私の胸に手を当てる。そこからじんわりと暖かさが広がり、黄金に輝く光の粒子が私の身体に送り込まれた。霧が晴れていくように頭のなかがクリアになるとともに、私の身体はぐらりとソファに倒れ込んだのだった。
☆彡 ★彡
「目覚めたようね。大丈夫? ほら、これを飲むといいわ」
姉上が差し出してくれたお茶はハーブティーだった。ゆっくりと口に含むと、優しい声の女性がおぼろげに浮かぶ。いつも、穏やかな思いやりのある女性の声だ。
「バカな子ね。あんなに、素晴らしい奥方はもう見つからないわよ」
姉上はなんとも言えない表情を浮かべている。僕の妻はオリビアで冴えない容姿だったが、心は綺麗で優しかったように思う。ふと、居間にかけられた肖像画を見て、私は愕然とした。
艶やかな腰まである金髪にエメラルドグリーンの瞳をもつ、薔薇のように美しい女性の肖像画の下には『オリビア・パリノ公爵夫人』と記されていたのだ。
「ハミルトン。お前は魔法をかけられていたのだよ。これから俺は王宮での儀式に参加しなくてはならない。また来るから、しばらくは安静にしてろよ」
アレクサンダーが帰り、その後しばらくするとクロエが姿を現した。
「ハミルトン様。遊びに行きましょう!」
「あっ、クロエ様。突然のご訪問で、屋敷に入られては困ります」
制止しようとした執事が、クロエの後を困った表情で追いかけていた。
「あらぁ、ハミルトン様のお姉様ではないですか? まさか、隣国から出戻ってきたわけではありませんわよね?」
今の私はクロエを見ても少しも胸はときめかない。あれほど天使のようにキラキラ輝いて見えたのに、目の前にいるクロエは普通だった。どこにでもいる女性のひとりで、なぜあれほど好きだったのかもわからない。
「私の弟にベタベタするのはお止しなさい。なんて、下品なのかしら」
姉上が、憎悪に満ちた顔でクロエを睨み付けた。
「うるさいわね!黙っていてよ!おかしいわね、解けているのかしら?」
私はクロエの肩越しにオリビアの肖像画を見ていた。あれほどの美貌の妻に酷い仕打ちをし、クロエを”天使”などと思っていたとは!!
(愚かすぎだよ。いくら魔法をかけられていたとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった)
「クロエ。君の魔法はもう私にはきかない。早くここから出て行かないと、私はなにをするかわからない。君のせいでオリビアは実家に帰ってしまったのだぞ。きっと謝っても許してはもらえない」
壁に掛かっている剣を手に取った途端、クロエの顔が青ざめて全力で逃げていった。
それから、オリビアに付いていた侍女達の身のこなしを、私は思い出していた。あの身のこなしはオリビアを愛する父親が、愛娘に仇なす者を跡形も無く始末するためにつけた護衛侍女だ。オリビアにしてきたことを考えれば、私が生きていることは奇跡かもしれない。
私はオリビアがいなくなったパリノ家の屋敷を見渡した。オリビアが揃えた品のいい家具とパステルカラーのクッションは、彼女のセンスの良さを物語っている。
そして、なにより彼女の思いやりのこもった優しい言葉を思い出す。使用人とも気さくに話す、快活な優しい人柄の女性だったことも。「お金の管理は大事だ」と私に優しく諭した彼女は、間違ったことは一つも言っていなかった。
オリビアの性格の良さや上品な仕草は、冴えなく見えたあの頃でさえ好ましく映っていた。容姿などで全てを判断していた自分が恥ずかしい。
しかも、相手はとんでもない美女だったというのに。情けなくて涙がでた。私は性格も素晴らしい至宝を手にしながら、性悪な石ころに夢中になっていたバカだった。
許してくれなどとは言えない。ただ、オリビアに謝りたい。明日、ベンジャミン家に行こう。オリビアは酷いことをした私に会ってくれるだろうか?
呆れながら私が姉上を諭していると、来客があったことを執事が告げる。やがて、サロンに入ってきた背の高い男が深みのある声で私に声をかけた。
「やぁ、ハミルトン! 久しぶりだね。何年ぶりかな?」
声の主はイザリヤ侯爵の弟アレクサンダーだった。
「おぉ、久しぶりだな! アレクサンダーじゃないか。いつ、この国に来たんだ?」
「あぁ、ちょうど三日前に来たところだ。義姉上もいらっしゃったとは奇遇ですね」
アレクサンダーはオリビアが座っていた場所に腰掛けてグレース姉上に微笑んだ。
「ねぇ、アレク。ハミルトンがおかしいのよ。さっきから、ずっと信じられないことばかり言っているのよ。オリビア様はもう二度と戻って来ないでしょうね。当然と言えば当然だけれど」
「さっきの美しい女性が奥方だったのですか? 本人に聞いたら『奥方だったことは一度もありませんよ』と言っていました」
「ふん! 生意気な女だ。平民の冴えない女のくせにプライドばかり高くて困ったものさ!」
「この悪魔めっつ! ハミルトンの身体から出ていけ! お前はハミルトンじゃないわよ。絶対、違う!」
グレース姉上が私の頬を二度三度と続けざまに叩くから、すっかり涙目になり両頬がじんじん痛む。だが、大好きな姉上に乱暴はしたくないし、されるがままでじっとしていた。
「くだらない術をかけられたな」
アレクサンダーはそう言いながら、両手に魔力を込め魔方陣を構築した。難解な呪文を唱え私の胸に手を当てる。そこからじんわりと暖かさが広がり、黄金に輝く光の粒子が私の身体に送り込まれた。霧が晴れていくように頭のなかがクリアになるとともに、私の身体はぐらりとソファに倒れ込んだのだった。
☆彡 ★彡
「目覚めたようね。大丈夫? ほら、これを飲むといいわ」
姉上が差し出してくれたお茶はハーブティーだった。ゆっくりと口に含むと、優しい声の女性がおぼろげに浮かぶ。いつも、穏やかな思いやりのある女性の声だ。
「バカな子ね。あんなに、素晴らしい奥方はもう見つからないわよ」
姉上はなんとも言えない表情を浮かべている。僕の妻はオリビアで冴えない容姿だったが、心は綺麗で優しかったように思う。ふと、居間にかけられた肖像画を見て、私は愕然とした。
艶やかな腰まである金髪にエメラルドグリーンの瞳をもつ、薔薇のように美しい女性の肖像画の下には『オリビア・パリノ公爵夫人』と記されていたのだ。
「ハミルトン。お前は魔法をかけられていたのだよ。これから俺は王宮での儀式に参加しなくてはならない。また来るから、しばらくは安静にしてろよ」
アレクサンダーが帰り、その後しばらくするとクロエが姿を現した。
「ハミルトン様。遊びに行きましょう!」
「あっ、クロエ様。突然のご訪問で、屋敷に入られては困ります」
制止しようとした執事が、クロエの後を困った表情で追いかけていた。
「あらぁ、ハミルトン様のお姉様ではないですか? まさか、隣国から出戻ってきたわけではありませんわよね?」
今の私はクロエを見ても少しも胸はときめかない。あれほど天使のようにキラキラ輝いて見えたのに、目の前にいるクロエは普通だった。どこにでもいる女性のひとりで、なぜあれほど好きだったのかもわからない。
「私の弟にベタベタするのはお止しなさい。なんて、下品なのかしら」
姉上が、憎悪に満ちた顔でクロエを睨み付けた。
「うるさいわね!黙っていてよ!おかしいわね、解けているのかしら?」
私はクロエの肩越しにオリビアの肖像画を見ていた。あれほどの美貌の妻に酷い仕打ちをし、クロエを”天使”などと思っていたとは!!
(愚かすぎだよ。いくら魔法をかけられていたとはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった)
「クロエ。君の魔法はもう私にはきかない。早くここから出て行かないと、私はなにをするかわからない。君のせいでオリビアは実家に帰ってしまったのだぞ。きっと謝っても許してはもらえない」
壁に掛かっている剣を手に取った途端、クロエの顔が青ざめて全力で逃げていった。
それから、オリビアに付いていた侍女達の身のこなしを、私は思い出していた。あの身のこなしはオリビアを愛する父親が、愛娘に仇なす者を跡形も無く始末するためにつけた護衛侍女だ。オリビアにしてきたことを考えれば、私が生きていることは奇跡かもしれない。
私はオリビアがいなくなったパリノ家の屋敷を見渡した。オリビアが揃えた品のいい家具とパステルカラーのクッションは、彼女のセンスの良さを物語っている。
そして、なにより彼女の思いやりのこもった優しい言葉を思い出す。使用人とも気さくに話す、快活な優しい人柄の女性だったことも。「お金の管理は大事だ」と私に優しく諭した彼女は、間違ったことは一つも言っていなかった。
オリビアの性格の良さや上品な仕草は、冴えなく見えたあの頃でさえ好ましく映っていた。容姿などで全てを判断していた自分が恥ずかしい。
しかも、相手はとんでもない美女だったというのに。情けなくて涙がでた。私は性格も素晴らしい至宝を手にしながら、性悪な石ころに夢中になっていたバカだった。
許してくれなどとは言えない。ただ、オリビアに謝りたい。明日、ベンジャミン家に行こう。オリビアは酷いことをした私に会ってくれるだろうか?
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