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9 (マカロン侯爵夫人視点 / ローリー視点)

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(マカロン侯爵夫人視点)

 アンバーから洗濯室に閉じ込められ、鍵までかけられた私はトイレに行くこともできない。我慢できなくなって漏らしてしまうと、ドレスが悪臭を放ち濡れた生地が肌に触れて不快だ。

 周りには洗濯する前の衣服が積み上げられ、清潔とはいえないが一番ましなものを探した。ちょうどローリーが先日着ていたドレスシャツとトラウザーズがある。

 仕方がないのでそれを着て、中から鍵が開かないかと必死で扉に体当たりした。しまいには髪を結うのに止めていたピンで鍵穴をガチャガチャ回し、奇跡的に開けることができる。

 やっと脱出することが出来たが、いやに外が騒がしい。そのまま庭園に出てみると、いきなり小さな瓶が飛んできて顔が焼けるように熱い!

「ぎゃぁぁああぁあぁあぁーー」

 私はそのまま倒れて・・・・・・目覚めたら病院のベッドに寝かされていた。

「あなたは硫酸を頭から浴びたんですが、命に別状はないですよ。助かって良かったですね」
 白衣の男性が話しかける。

(硫酸? 誰がなんの為に?)

「顔がヒリヒリして痛すぎるわ。なんでこんなことに・・・・・・」

「あなたの息子が連れて来た女が戦場稼ぎのアンバーという有名な女だった。その女の仕業だよ。ローリーは脱走兵の罪に問われている」

 冷たい口調でそう言った男の襟章(襟につけるバッジ)を見れば副騎士団長のつけるものだ。

「あなたは副騎士団長様なのですね? だったらローリーがどんなに優秀かを知っているでしょう? 脱走なんてするわけがないです」

「は? 私は最前線で指揮をとっていた。ローリーは兵站部隊だから接触などないし、優秀だったかなど知るわけがない。ところで伝えたいことがある。ジョージア・チェリル伯爵令嬢を知っているよな? 今では私の婚約者で、三ヶ月後には結婚式を盛大にあげる予定だ。二度とジョージアを呼びつけるなよ!」

(そうだ! ジョージアにまた来てもらえばいい! アンバーよりジョージアの方が100倍マシだ)

「ジョージア! あぁ、あの娘に戻ってもらえたらどんなにいいか・・・・・・ジョージアと副騎士団長様が結婚する? あの娘はローリーの婚約者で傷物ですよ! あなたには相応しくないです! あの娘はまた私の世話をすればいいのです」

「まだそんなことが言えるとは、身勝手な性格は一生直らないだろうな。その包帯がとれる頃が楽しみだ。ちょうどその醜い心と同じような顔になれたと思うよ。私のジョージアを侮辱するような女性には自業自得としか言えない」
 副騎士団長は怒り心頭な面持ちで去って行く。
 
 病室の鏡を見るとぐるぐると包帯が頭に巻かれた私の姿があった。片目だけを残し顔全体も包帯が巻かれている。





★*☆*★*






 それから数ヶ月も経ったある日、ぐるぐる巻きの包帯がとかれ医師から手鏡を渡された私の顔は・・・・・・片目はえぐれ目はない。引き攣れた肌に唇は歪み、鼻の肉は半分そげていた・・・・・・化け物だ。

「きゃぁああーー!! こんなの私じゃない! あの美しかった私に戻してよ。これじゃぁ、どこにも行けないわ」

 愛する息子は軍法会議にかけられ、社交界では私の醜聞がまき散らされる。



「ジョージア様を用もないのに呼びつけて、メイドのようにこき使っていたのですって!」

「呆けたふりをして介護もさせていたらしいわよ。下の世話まで素手でさせるってどういうこと? しかもジョージア様はまだ嫁にもなっていない。息子は戦死扱いだったのに・・・・・・4年もですって! 人としてどうなの?」

「ローリーは逃亡兵ですってよ。恥知らずね! マカロン侯爵家など取り潰されればいい!」

「息子の婚約者を好き勝手に扱って酷い女! しかも息子が妻子を連れて帰還した際には、ジョージア様を庇うどころか、『役目は終わった』と言ったのですって! 人でなしよね。マカロン侯爵夫人が硫酸を掛けられたことは、因果応報だわ。同情の余地など少しもないですわね!」



 社交界の貴婦人達がこのように噂していることは、病院の看護師達にまで広まる。周りの人間の冷たい視線に晒され、話しかけてくれる者もいない。

(なぜここまで理不尽なはずかしめを受けなければならないのかしら? 私が何をしたというの? この世に神様はいないの?)





(ローリー視点)

 目が覚めると部屋の状況が一変していた。床は湿って窓はひとつ、そこには鉄格子が・・・・・・ここは? 牢屋? なぜだ?

「やぁ、お目覚めかな? お前は脱走兵として軍法会議にかけられる。ロマーノ・デルーカに硫酸をかけたことも含め、替え玉にした詐欺もあるし・・・・・・どんな判決になるか楽しみだよ」

 副騎士団長の襟章(襟バッジ)をつけた男は僕の知っている男だ。王立貴族学園で騎士科にいたベンジャミン・ジュード。出世しやがって忌々しい男だ。

「脱走兵・・・・・・なんのことでしょう? 僕には記憶がないのです。だが自分の名前と家だけは思い出すことができたので帰還しただけです」

「見え透いた嘘をつくな! ちなみにアンバーは戦場稼ぎの女ボスだ。彼女はすでに捕らえられているし、全て白状したぞ。面白いことを教えてあげよう。ジャックはお前の子供ではなく、トーマスという男が父親らしい」

「女ボス? ・・・・・・ジャックは僕の子じゃない? 僕には全く意味がわかりません」

「白々しい記憶喪失のふりがいつまで通用するかな?」

「本当なんです・・・・・・そういえば母上はどこにいます? アンバーがメイド室で謹慎させていたはず」

「マカロン侯爵夫人は、その心の醜さに相応しい姿になって病院にいる。お前のアンバーが硫酸を掛けたのさ。まぁ、あれは不幸な事故だったけれどね」
 ベンジャミンが恐ろしいことを口にしたが、取り乱さないように我慢する。
 
(とにかく記憶喪失のふりをして乗り切るしかない。きっと大丈夫さ。そうだ、ジョージアを呼んでもらえれば証言してくれるかもしれない。僕が婚約者の顔も覚えていなかった、と言ってくれそうだ。だってあいつはお人好しで優しいから)








ここは軍法会議室。縄で拘束されたローリーは、国王陛下をはじめ騎士団の幹部達に囲まれて、青ざめた顔で震えている。


「お前が負うべき義務を放棄し逃亡したことは明らかだ。よって、逃亡兵としての罪、替え玉に硫酸を掛けた傷害罪、それから窃盗・詐欺・・・・・・」
 次々に付け足される罪状の多さに僕は驚愕した。 

「なにも覚えていません! 僕が帰還した時にマカロン侯爵家で会った女がいました。金髪で青い目の冷たい印象の美人だった。彼女が証言してくれるはずだ」

「ほぉーー。なにを?」
と、偉そうなベンジャミン。

「なにをって、それは僕が記憶喪失だということを、です」

「ふざけるな! こんな奴は死刑か懲罰部隊に送るのが適当でしょう。恥知らずすぎる! 言っておくがジョージア・チェリル伯爵令嬢は私の妻になる大事な女性だ。お前ごときの証人になるわけがない。このペテン師め!」

「お前が記憶喪失でローリー・マカロンのふりをした男なら身分詐称で高位貴族を名乗った重罪人。ローリー・マカロン本人なら脱走兵で重罪人。どちらに転んでもお前は重罪人なのだ。逃れる道はないと思え!」

 国王陛下の言葉に僕は絶句した。



*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

※懲罰部隊:脱走兵など軍事違反者などを集めた部隊。不快な任務や危険な任務を与えられる。要するに死んでもいいと思われている使い捨て部隊のこと。
                            
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