政界の御曹司は人魚姫がお好き

青空一夏

文字の大きさ
3 / 7

いきなり現れた御曹司

しおりを挟む
日本ホテルなんて行ったことがない私はびくびくして中にはいった。

いつもいない編集長がロビーで待っていて、私の担当者の小川さんはいない。

首を傾げていると、背の高い上等なスーツを着た男性が私のほうに向かってやってきた。

「やぁ、君が杏さん?来てくれてありがとう。とにかく一緒に食事をしようか?」

この男性はなんと町長の長男の雅人様だった。

編集長は雅人様に一礼してから私に失礼のないようにと言い含めると帰っていった。

「えっと、なんのご用でしょうか?なぜ私と食事しなければならないのですか?」

「ん?それは君が一番よくわかっている理由だよ。弟を助けてくれてありがとう」

青ざめた私は必死で否定しようとするが、雅人様の前では嘘がつけなかった。

雅人様は洞察力のある有能な男性だから私がへたな嘘をついてもすぐばれてしまうだろうし。




コースのフランス料理なんて食べたことがない私は緊張でナイフとフォークが震えていた。

「貸して?」雅人様は私の皿を受け取ると、お肉を食べやすいように切ってくれた。

片手でウエイターを呼ぶとお箸をもってくるように言う。

「こういうのはお箸で食べるのが一番さ」

雅人様もお肉を全部切ってからお箸で食べだした。

「マナーなんて気にしなくていい。美味しいものを美味しく食べればそれで充分さ」

私は頷くとお肉を噛みしめた。おいしい‥‥ワインもついでくれたから素直に飲んだ。

「なぜ、名乗りでなかった?」
雅人様は優しく聞いてきた。

「私、コミュニケーション障害なんです。人と話すのが苦手で‥‥」

「でも、俺とはちゃんと話せているよね?」

「あ、はい。ほんとですね。なんでだろう?」

「謝礼をもらえるって知らなかったの?100万だよ?君が名乗りでないから偽物が不当な利益を得た。君には受け取る権利があるのに」

「それは知りませんでした。興味もなかったし。私があそこにいたのは偶然ですし、目の前で溺れている人がいれば助けるのは当たり前です。謝礼がほしくて助けたわけじゃないし」

「ふーーん。そうか‥‥弟はその偽物と婚約した。君は俺の弟がそんな嘘つき女にひっかかって気の毒だとは思わないの?」

「そ、それは‥‥その‥‥思いますけれど、あの女性って妹なんです」

「え?どういうことだ?」

雅人様はさくらが私の妹だとまでは知らなかったらしい。私は昨日の会話もすべて雅人様に話した。

「なるほどね!ずいぶん、愉快な妹だな。そのさくらって女は。私は昨日まで海外出張してたからね。君の妹にはまだ会っていないんだ。ヨット事件を海外で耳にして、ちょっと部下に調べさせたら命の恩人が君だってわかった。婚約なんて早すぎるって言ったのに、俺が帰るのも待たないでしやがった!俺たちの母親は新には甘いからなぁ」

「すみません。妹がこんなことをして‥‥だけど、妹は可愛いから新様はそこに惚れたんだと思います。今更、私が助けたと言ったところでなんになりますか?」

「俺は自分勝手な理由で嘘をつくやつは嫌いだ。新がそんな女と結婚して子どもが生まれたらどうなる?俺はうそつきの姪や甥をもつことになるんだぞ!あぁーー虫唾が走る」

雅人様は冗談のようにそう言って笑った。私も笑った。嘘つきの連鎖は確かに嫌だと思う。

私は雅人様と楽しく話せた。しまいには、小学生の頃の嫌な思い出まで話していた。

雅人様は終わったことは忘れなさい、と父親のように慰めてくれた。

私の方が年上のはずなのに‥‥





婚約のお披露目会が大々的に行われるときいたが、私に招待状は届かなかった。

雅人様ともあれから会うことはない。

ラインを教えて欲しいと言われてIDを教えたはずだが、一向に連絡は来なかった。

私はまた平凡な生活の日常に戻っていくんだ。

外出から帰ってきて郵便受けを見ると不在通知書がはいっていた。

それを戸棚の上に無造作に置くと、私はすっかりそのことを忘れてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

処理中です...