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暴かれていく真実
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「天下の公爵令嬢が、あんなふうに平民や男爵令嬢に振り回されるなんて、惨めすぎるわね」
「それにしても、高位貴族としてのプライドはどこへ消えたのかしら?」
低位貴族の令嬢たちは、身分の高いエレノアが軽んじられている様子を目にし、驚きを感じつつも、その光景に少しばかりの愉悦を覚えていた。
仕方なくエレノアはひとり中庭に向かい、いつものように持参した料理を広げた。ひとりで食べるには多すぎる料理を無理して口いっぱいに頬張る。
デラノが「味気ない料理」と切り捨てたそれは、エレノアにとって特別なものだった。エジャートン公爵家のコックが心を込めて作り上げた、手間のかかる料理であり、自分の「カロリーを抑えてほしい」という願いを忠実に反映させたものだ。捨てるなんてありえない。
「こんなに美味しいのに……」
エレノアの瞳から涙がこぼれた。
「私にも食べさせてほしいな。どれもとても美味しそうだ。さきほど、カフェテリアに行ったらデラノが上機嫌でキャリー嬢とランチを食べていたよ。エレノアが一緒にいなかったから、気になって来てみたんだ。君はいつもここでランチを食べていたからね」
ベッカムがにっこり笑いながら、パクパクと料理を食べていく。
「うん、旨い! エジャートン公爵家のコックの腕は最高だな。どれも薄味だけど素材の味を活かしている」
「ばかっ! まだ食べていいなんて言ってないわよ」
エレノアは涙を拭きながら文句を言ったが、ベッカムの言葉に救われていた。
「ベッカム。さっきの話は本当なの? 私、自分の目で確かめたいの。手伝ってくれる? ふたりの関係も知りたいし、キャリー様が本当にクロネリー男爵家で虐待されているのかも確認したいのよ」
エレノアは、まず真実を見極めようと決意したのだった。
その後、学園が三連休を迎えたある日のこと。
「八百屋の配達でーす!」
ベッカムがクロネリー男爵家の扉をノックしていた。八百屋のエプロンをつけて、頭には帽子を目深にかぶっている。あらかじめ、エレノアたちはクロネリー男爵家に出入りしている八百屋や肉屋を調べた。そして、八百屋の店員と話をつけて配達係を代わってもらったのだ。
「うまく入れたら、できるだけ耳をすまそう。屋敷内は狭いから、きっとクロネリー男爵家の人々の様子もわかるよ」
ベッカムは抑えた声でエレノアにささやく。
「分かってるわ。でも、まさかこんな姿で偵察することになるなんて……」
エレノアは慣れない布のエプロンを整えながら、緊張で少しだけ手が震えた。彼女の髪は粗末なスカーフでしっかり覆われ、普段の優雅な姿とはかけ離れている。
しばらくして、屋敷の中から年配の侍女が扉を開けた。
「あら、八百屋さんですね。さあ、こっちの厨房に運んでくださいな」
エレノアとベッカムは自然な動作で野菜の入った布袋を持ち、侍女に案内されて厨房へと進む。クロネリー男爵家の屋敷はそれほど広くなく、家の中の声がよく響いていた。
「ちゃんとお茶をいれたの? 熱すぎたら許さないわよ!」
キャリーの高圧的な声が、すぐ近くの部屋から聞こえてきた。エレノアとベッカムは思わず立ち止まる。
「は、はい。すぐにお持ちします、キャリーお姉様……」弱々しい声が必死で謝っていた。エレノアの眉が微かに動いた。
「髪をとかすのも下手だし、何をやらせてもダメね! さっさとやりなさいよ! あんたは最初から男爵令嬢で優雅に暮らせていたのだから、私に尽くしなさいよ」キャリーはさらに追い打ちをかけるように、冷たい言葉を浴びせかけていた。
「まったく、平民の母親から生まれた子のくせに、奥様が病弱で寝込んでいらっしゃるのをいいことに、やりたい放題だわ。旦那様も仕事人間でお留守の事が多いし……気の弱いマリーお嬢様がお可哀想だわ」
侍女が独り言をポツリと漏らす。
エレノアはキャリーに騙されたのだと知って、思わず野菜の袋を床に落としてしまうのだった。
「それにしても、高位貴族としてのプライドはどこへ消えたのかしら?」
低位貴族の令嬢たちは、身分の高いエレノアが軽んじられている様子を目にし、驚きを感じつつも、その光景に少しばかりの愉悦を覚えていた。
仕方なくエレノアはひとり中庭に向かい、いつものように持参した料理を広げた。ひとりで食べるには多すぎる料理を無理して口いっぱいに頬張る。
デラノが「味気ない料理」と切り捨てたそれは、エレノアにとって特別なものだった。エジャートン公爵家のコックが心を込めて作り上げた、手間のかかる料理であり、自分の「カロリーを抑えてほしい」という願いを忠実に反映させたものだ。捨てるなんてありえない。
「こんなに美味しいのに……」
エレノアの瞳から涙がこぼれた。
「私にも食べさせてほしいな。どれもとても美味しそうだ。さきほど、カフェテリアに行ったらデラノが上機嫌でキャリー嬢とランチを食べていたよ。エレノアが一緒にいなかったから、気になって来てみたんだ。君はいつもここでランチを食べていたからね」
ベッカムがにっこり笑いながら、パクパクと料理を食べていく。
「うん、旨い! エジャートン公爵家のコックの腕は最高だな。どれも薄味だけど素材の味を活かしている」
「ばかっ! まだ食べていいなんて言ってないわよ」
エレノアは涙を拭きながら文句を言ったが、ベッカムの言葉に救われていた。
「ベッカム。さっきの話は本当なの? 私、自分の目で確かめたいの。手伝ってくれる? ふたりの関係も知りたいし、キャリー様が本当にクロネリー男爵家で虐待されているのかも確認したいのよ」
エレノアは、まず真実を見極めようと決意したのだった。
その後、学園が三連休を迎えたある日のこと。
「八百屋の配達でーす!」
ベッカムがクロネリー男爵家の扉をノックしていた。八百屋のエプロンをつけて、頭には帽子を目深にかぶっている。あらかじめ、エレノアたちはクロネリー男爵家に出入りしている八百屋や肉屋を調べた。そして、八百屋の店員と話をつけて配達係を代わってもらったのだ。
「うまく入れたら、できるだけ耳をすまそう。屋敷内は狭いから、きっとクロネリー男爵家の人々の様子もわかるよ」
ベッカムは抑えた声でエレノアにささやく。
「分かってるわ。でも、まさかこんな姿で偵察することになるなんて……」
エレノアは慣れない布のエプロンを整えながら、緊張で少しだけ手が震えた。彼女の髪は粗末なスカーフでしっかり覆われ、普段の優雅な姿とはかけ離れている。
しばらくして、屋敷の中から年配の侍女が扉を開けた。
「あら、八百屋さんですね。さあ、こっちの厨房に運んでくださいな」
エレノアとベッカムは自然な動作で野菜の入った布袋を持ち、侍女に案内されて厨房へと進む。クロネリー男爵家の屋敷はそれほど広くなく、家の中の声がよく響いていた。
「ちゃんとお茶をいれたの? 熱すぎたら許さないわよ!」
キャリーの高圧的な声が、すぐ近くの部屋から聞こえてきた。エレノアとベッカムは思わず立ち止まる。
「は、はい。すぐにお持ちします、キャリーお姉様……」弱々しい声が必死で謝っていた。エレノアの眉が微かに動いた。
「髪をとかすのも下手だし、何をやらせてもダメね! さっさとやりなさいよ! あんたは最初から男爵令嬢で優雅に暮らせていたのだから、私に尽くしなさいよ」キャリーはさらに追い打ちをかけるように、冷たい言葉を浴びせかけていた。
「まったく、平民の母親から生まれた子のくせに、奥様が病弱で寝込んでいらっしゃるのをいいことに、やりたい放題だわ。旦那様も仕事人間でお留守の事が多いし……気の弱いマリーお嬢様がお可哀想だわ」
侍女が独り言をポツリと漏らす。
エレノアはキャリーに騙されたのだと知って、思わず野菜の袋を床に落としてしまうのだった。
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