12 / 32
12 トンカツをつくる / 昼食を食べない執事カール
しおりを挟む
「豚肉に小麦をまぶして、溶き卵にくぐらし、パン粉をつけてください!」
「「「はぁーーい」」」
皆で作る料理は楽しい。それぞれがかなり厚めのヒレ肉に丁寧に小麦粉をまぶしていく。溶き卵にくぐらせパン粉をつければほぼ完成なのだけれど、実はこれからが勝負なのよ。たっぷりの揚げ油のなかに、そっと入れてきつね色になるまで待つけれど、この揚げ油の温度調整と揚げ時間が問題だ。170~180度の油で5分か6分ほど揚げれば良いのだけれど、ここには油の温度を測る温度計がない。
「アーバン、少量のパン粉を鍋に入れてみて? 少しずつ浮き上がって、軽くきつね色になっていくようなら適温よ。そうしたら、お肉を3枚ぐらいずつ投入してください」
その間にゴマをすり、ソースと混ぜ合わせ、つけだれを作る。料理長アーバンが、5分ほど経ったところで、トンカツを油から引きあげ、すぐに食べやすい大きさに切ろうとした。私は慌ててそれを止めた。3分ほど放っておいて、余熱で火を通すように言う。その3分のあいだにキャベツの千切りをサッサと刻むのよ。
「さぁ、お時間です。トンカツを切ってください!」
期待で胸を躍らせる私の号令に、緊張しながら包丁をいれる料理長アーバンの手元が震えた。
「ほんのりピンク。完璧なお肉の断面ですわ! まさに芸術です。 アーバンは揚げ物の天才ですわ」
私の言葉に嬉しそうに顔を輝かす料理長アーバンは、もうすっかり私の『食という戦いにおける戦友』なのだった。この異世界において、いかに前世での食べ慣れた私の好物達を再現できるか、という聖なる戦い。この戦友に料理長アーバンはたった今選ばれたのよ。
「アーバンは今日から私の戦友よ!」
「戦友ですか? 嬉しいです。お望みの料理をなんなりとお申し付けください。どんな難しい料理でも挑戦しますよ」
なんて頼もしい料理長なの? 前世のような食事は諦めていたけれど、アーバンがいれば、いろいろと試せそうで嬉しい。
「さぁ、いただきましょう!」
「「「いただきまぁす!」」」
食堂のテーブルには旦那様と私、幹部達5人に料理長アーバンとメイド長兼侍女長マリッサが並んでいる。全部で9人よ。10人目の席の前にもトンカツがあるのに、座る者がいないのはなぜかしら?
キョロキョロと食堂を見回すと、執事のカールが壁際に佇んで、手持ち無沙汰にしていた。このカールは物静かで存在を忘れてしまうほど気配を消すのが得意だ。
黒髪黒目で韓流スターみたいなイケメン。一重の切れ長な瞳は色っぽいし、すらりとしたしなやかな体つきは黒豹を思わせる。さすが攻略対象の一人よね。彼はさっきまでトンカツを作っていた仲間にいたのに違いない。私は執事カールに手招きをすると、席に座るように勧めた。
「さぁ、召し上がれ」
「頂けませんよ。私は仕事中です」
「仕事中であろうと私が許可します。一緒に食事を楽しみましょう」
「昼はいつも食べません。朝食をたっぷり食べて、昼は水分だけ、夜は軽食で済ませます」
自分のルールに忠実なカールは、これほど美味しそうにできたトンカツにも見向きもしない。だからそのスリムな体型を保てているのかもしれないけれど、お昼を食べないなんてどうかしている。
どれだけ人生で損をすると思っているのだろう? この異世界の時間や日にちの捉え方は前世と同じだから、一年で365回も食事を諦めたことになる。いいえ、違うわ。私に置き換えてみると、10時と3時のおやつに夜食も抜けているわ! ということは一年で365×4=1,460(回)も損をしていることになるのよ。なんてこと! 年間、1,460回の食の楽しみを我慢しているのね? 凄すぎる。
「なんて、可哀想なの・・・・・・ほら、私のトンカツを一切れだけあげるから。食べなさい。はい、あーーん、してごらん?」
あら? なんで、皆がこっちを見るのよ? 私の中身は33歳のままで、この韓流スター風美青年は弟のようなものよ。そう、もっと言えば、旦那様も料理長アーバンも弟と言っても良い。この異世界で生きてきた年数も考えたら、子供と言っても良いかもしれない。
「エメラルド! あなたは私の妻だぞ! 『あーーん』は、私にこそしてくれるべきだと思う」
「へ?」
ごもっともな意見だけれど「あなたを愛することはない」と言ってきた男に、このような発言権はない。なので私は今回も決めぜりふを言う。
「仮面夫婦の旦那様はお気になさらず」
私は小皿に取って、トンカツを執事カールに渡した。
「1,460回も食を諦める者よ。ひとくちだけでも召し上がれ」
カールはそれすらも拒んで私から背を向けた。大層な修行を積んだ高名なお坊様も、きっと涙を流して彼を褒め称えるに違いない。
「「「はぁーーい」」」
皆で作る料理は楽しい。それぞれがかなり厚めのヒレ肉に丁寧に小麦粉をまぶしていく。溶き卵にくぐらせパン粉をつければほぼ完成なのだけれど、実はこれからが勝負なのよ。たっぷりの揚げ油のなかに、そっと入れてきつね色になるまで待つけれど、この揚げ油の温度調整と揚げ時間が問題だ。170~180度の油で5分か6分ほど揚げれば良いのだけれど、ここには油の温度を測る温度計がない。
「アーバン、少量のパン粉を鍋に入れてみて? 少しずつ浮き上がって、軽くきつね色になっていくようなら適温よ。そうしたら、お肉を3枚ぐらいずつ投入してください」
その間にゴマをすり、ソースと混ぜ合わせ、つけだれを作る。料理長アーバンが、5分ほど経ったところで、トンカツを油から引きあげ、すぐに食べやすい大きさに切ろうとした。私は慌ててそれを止めた。3分ほど放っておいて、余熱で火を通すように言う。その3分のあいだにキャベツの千切りをサッサと刻むのよ。
「さぁ、お時間です。トンカツを切ってください!」
期待で胸を躍らせる私の号令に、緊張しながら包丁をいれる料理長アーバンの手元が震えた。
「ほんのりピンク。完璧なお肉の断面ですわ! まさに芸術です。 アーバンは揚げ物の天才ですわ」
私の言葉に嬉しそうに顔を輝かす料理長アーバンは、もうすっかり私の『食という戦いにおける戦友』なのだった。この異世界において、いかに前世での食べ慣れた私の好物達を再現できるか、という聖なる戦い。この戦友に料理長アーバンはたった今選ばれたのよ。
「アーバンは今日から私の戦友よ!」
「戦友ですか? 嬉しいです。お望みの料理をなんなりとお申し付けください。どんな難しい料理でも挑戦しますよ」
なんて頼もしい料理長なの? 前世のような食事は諦めていたけれど、アーバンがいれば、いろいろと試せそうで嬉しい。
「さぁ、いただきましょう!」
「「「いただきまぁす!」」」
食堂のテーブルには旦那様と私、幹部達5人に料理長アーバンとメイド長兼侍女長マリッサが並んでいる。全部で9人よ。10人目の席の前にもトンカツがあるのに、座る者がいないのはなぜかしら?
キョロキョロと食堂を見回すと、執事のカールが壁際に佇んで、手持ち無沙汰にしていた。このカールは物静かで存在を忘れてしまうほど気配を消すのが得意だ。
黒髪黒目で韓流スターみたいなイケメン。一重の切れ長な瞳は色っぽいし、すらりとしたしなやかな体つきは黒豹を思わせる。さすが攻略対象の一人よね。彼はさっきまでトンカツを作っていた仲間にいたのに違いない。私は執事カールに手招きをすると、席に座るように勧めた。
「さぁ、召し上がれ」
「頂けませんよ。私は仕事中です」
「仕事中であろうと私が許可します。一緒に食事を楽しみましょう」
「昼はいつも食べません。朝食をたっぷり食べて、昼は水分だけ、夜は軽食で済ませます」
自分のルールに忠実なカールは、これほど美味しそうにできたトンカツにも見向きもしない。だからそのスリムな体型を保てているのかもしれないけれど、お昼を食べないなんてどうかしている。
どれだけ人生で損をすると思っているのだろう? この異世界の時間や日にちの捉え方は前世と同じだから、一年で365回も食事を諦めたことになる。いいえ、違うわ。私に置き換えてみると、10時と3時のおやつに夜食も抜けているわ! ということは一年で365×4=1,460(回)も損をしていることになるのよ。なんてこと! 年間、1,460回の食の楽しみを我慢しているのね? 凄すぎる。
「なんて、可哀想なの・・・・・・ほら、私のトンカツを一切れだけあげるから。食べなさい。はい、あーーん、してごらん?」
あら? なんで、皆がこっちを見るのよ? 私の中身は33歳のままで、この韓流スター風美青年は弟のようなものよ。そう、もっと言えば、旦那様も料理長アーバンも弟と言っても良い。この異世界で生きてきた年数も考えたら、子供と言っても良いかもしれない。
「エメラルド! あなたは私の妻だぞ! 『あーーん』は、私にこそしてくれるべきだと思う」
「へ?」
ごもっともな意見だけれど「あなたを愛することはない」と言ってきた男に、このような発言権はない。なので私は今回も決めぜりふを言う。
「仮面夫婦の旦那様はお気になさらず」
私は小皿に取って、トンカツを執事カールに渡した。
「1,460回も食を諦める者よ。ひとくちだけでも召し上がれ」
カールはそれすらも拒んで私から背を向けた。大層な修行を積んだ高名なお坊様も、きっと涙を流して彼を褒め称えるに違いない。
62
あなたにおすすめの小説
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
婚約破棄、国外追放しておいて、今さら戻ってきてほしいとはなんですか? 〜今さら戻るつもりなどない私は、逃げた先の隣国で溺愛される〜
木嶋隆太
恋愛
すべての女性は15歳を迎えたその日、精霊と契約を結ぶことになっていた。公爵家の長女として、第一王子と婚約関係にあった私も、その日同じように契約を結ぶため、契約の儀に参加していた。精霊学校でも優秀な成績を収めていた私は――しかし、その日、契約を結ぶことはできなかった。なぜか精霊が召喚されず、周りからは、清らかな女ではないと否定され、第一王子には婚約を破棄されてしまう。国外追放が決まり、途方に暮れていた私だったが……他国についたところで、一匹の精霊と出会う。それは、世界最高ともいわれるSランクの精霊であり、私の大逆転劇が始まる。
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる