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5 最終話 こんなことになったけれど……私は、頑張るよ
しおりを挟む「ねぇ、この服は私に似合うかい?」
私にしきりに尋ねるライアンは、外見ばかりをとても気にする。
まぁ、自分の恋人達が集まるのだから無理もないわね。しかもなんの疑いもなく、ただの晩餐会だと信じている愚か者だ。
「まぁ、とても素敵よ!」
私は心の中でその服だけはね、とつぶやいた。
あの服は最高級の布であつらえた特注品だ。そんなものを衝動買いするから50万バギーの大金が、あっという間になくなってしまうのよ。
ライアンのお給料は彼だけの為に使っていいものだった。別邸の維持費も使用人の給料も、全てカールストン家が出しているからだ。下着や靴下や礼服のような衣料費は必要経費だ、と言い別途請求してくるライアンは、自分の趣味の服の為だけに50万バギーを使っている気がしてならない。なぜなら彼のクローゼットは、飽きた高級服でいっぱいだったからだ。
ライアンを追い出したら、あの服は全て質屋に売り飛ばしてやるわ!
招待したのは、ヴァネッサ・エイジャ侯爵夫妻とエリザベス・アドルファ伯爵令嬢にそのご両親のアドルファ伯爵夫妻……あと問題のひと組の夫妻……一番むかつく女だ。
「さて、お食事を楽しく召し上がっている最中ですが、友人のお話をしますわ。私の友人の女性が夫に浮気されたようですのよ。その夫は私の友人に自分の一族まで養ってもらっているヒモ男でした。こんな男はどうしたらいいと思います?」
「はっ! 最悪な男だな! もちろん1文なしで追い出して死ぬまで働かせ、今まで払わされたお金は利息をつけて返させればいいよ」
「そうですね、それがいいでしょう」
ライアンの意見に、招かれた男性陣は一斉に同意した。
「では、こんな手紙がライアンのポケットにあった私は、どうすればいいかしら?」
私は文面を読み上げて、実際の手紙を皆にまわして読むように言った。いつまでもライアンの上着にはいっていたから、取り出して保管しておいたのだった。
「こんなことを書く女はろくなものじゃないでしょう? 失礼にもほどがある。人の家庭を壊そうとする人間は重い罰をうける必要がある」
「そうですわ。こんな女がいたら、妻としてはたまったものじゃありませんわ。田舎の領地に引きこもらせて、男性を誘惑できないように年寄りの後妻にでもすればいいでしょうねぇ」
その手紙を読んだアドルファ伯爵夫妻は、そう言いながら眉をひそめた。
「あら、あら。この文面じゃぁエリカ様が書いたかもしれませんわね? オーガスト侯爵家の為にと書いてありますもの。あれだけカールストン男爵家に世話になりながら、よくもそんなことができましたわねぇ?」
ヴァネッサ様が心から愉快そうに笑っていた。
「は? 私ではないわよ! こんなものを書くわけがないでしょう? 墓穴をほるような真似をしてどうするのよ! この手紙の差出人が私だという証拠がどこにあるの? こんなに清廉潔白に生きている私を巻き込まないでちょうだい!」
あら、エリカ様は証拠がないと思ってずいぶん強気だわ。
「筆跡鑑定の先生をおよびしています。晩餐会の招待状への返信に、『お名前と出席します』という文字とともに『簡単なお礼のお返事』を書いて送り返してくださったでしょう?」
筆跡鑑定の先生が来て告げた名前はエリザベス・アドルファ伯爵令嬢だった。
「なんでこんなことをしでかしたんだ?」
「だって、カールストン男爵家が大金持ちだから悔しくて、オダリス様を困らせてみたかったのよ」
アドルファ伯爵の問いに、ふてくされたようにエリザベス様が答えていた。
あなたは、もっと別な目的があったはずよね?
「ちょっと、こんな手紙を書いて一番先に私が疑われるのよ? なんてことをしてくれたのよ! 私はなにもしていないのに! とんでもない女ね! あぁ、オダリス、かわいそうに。このエリザベスのいたずらの手紙のせいで悩んでいたなんて……」
「エリカ様はライアンとは全く関係がないのですか?」
「もちろんよ! あなたを裏切るはずがないわ。実の妹と思っているのよ?」
息をするように嘘をつく女……貴女は最低よ!
「まずはエリザベス様は、私にすみやかに慰謝料を払ってください。そしてご両親がおっしゃったように田舎の領地にこもり、老人の後妻になりなさい!」
「はぁ? 意味がわからないわよ。ちょっとしたいたずらの手紙を書いただけでしょう?」
「ふっ。そんな言い逃れができると思っているなんて……私は夫に『お祖母様のところに3日間行くわね』と、あらかじめ言っておりましたが、何のためにいつからとは知らせていませんでした。けれど愚かな夫は逢い引きの相手から、その理由と日にちを聞き、その女と外泊するというマヌケなことをしました。そして帰って来ると私に女から聞いた怪我や病名を、うっかりしゃべっていたのです。おそらく3人の女と同時進行するうちに、混乱して私から聞いたような気になっていたのでしょうね?」
「え? そんな……」
思い当たることのある3人の女達は、皆慌てて帰ろうとするが、夫達がそれをさせるわけがない。
「その話を詳しく教えていただきましょうか?」
オーガスト侯爵、エイジャ侯爵、アドルファ伯爵夫妻は、私の話の詳細を聞き怒りで赤くなったり青くなったり、まるで信号機みたいだった。
「その日は友人と旅行に行くと言っていたよな?」エイジャ侯爵がヴァネッサ様に問い詰め、今すぐその友人を連れて来いと怒鳴った。
オーガスト侯爵もアドルファ伯爵夫妻も、同じように怒鳴りはじめ、もちろん当人達が友人を連れてこられるはずもない。その友人はこのライアンなのだから。
「ごめんなさい。ライアン様と秘密でつきあっていて、ライアン様がエリカ様とも付き合っていることを知ってしまったの。それで逢い引きの時に、エリカ様が疑われるようなお手紙を書いて、ライアン様のポケットに入れたわ。オダリス様がそれを見つけて、エリカ様が疑われれば、私だけのものになると思ったのよぉーー」
まずは、エリザベス様が白状した。
「何ですって! おかげで私までが、とばっちりをうけたじゃないの! どうしてくれるのよ! このあばずれ!」
「いや、実にいいことをしてくれたよ。ヴァネッサとは離婚だ。追って慰謝料を請求させてもらうよ。そっちのヒモ男にもな!」
ヴァネッサ様とエイジャ侯爵は、あっさり離婚になった。
エリカ様は小刻みに震えて私に許しをこうような眼差しを向けてきたけれど……許すわけがない。
「エリカ様、残念ですわ。あの難しい病名を夫は、すらすらと私が伝えてもいないのに言ってきましたよ。『難病だけど、がっかりしないで。一緒にお見舞いに行こうね』ですって! 私はお祖母様が病気などと、一言もライアンには言っていないのに! 手を怪我して、目を患って、脊髄小脳変性症のお祖母様がいることになっていました。ライアンはおかしいと思わなかったようです。私に何人お祖母様がいるのって聞いてきた時には、笑ってしまいましたわ」
「待て、話せばわかる! 名門オーガスト侯爵家の血がほしくないのか?」
「それはもういただきました。この子はしっかり私が育てますわ」
私は自分のお腹を撫でて、ライアンを睨んだ。
「エリカ様、貴女はライアンと私をきっと笑っていたのでしょう? カールストン男爵家のお金を湯水のように使い、カールストン男爵家を踏みにじった報いは慰謝料として請求させていただきますよ。カールストン男爵家からの援助金の3億も今までに融通してきたもろもろの費用も、全てエリカ様とライアンが結婚して共同で払いなさい!」
エリカ様はオーガスト侯爵から離婚され、ライアンと結婚させられた。莫大な負債を負った二人は、辺境の地で命の危険にさらされ働くことになった。
ライアンは昼間に炭鉱で働き、夜は辺境地の国境の警備らしい。給料はいいが死と隣り合わせ。
エリカ様も昼間は炭鉱で汗まみれ、夜はあの容姿を有効活用したらしい。まともな職では破格のお金は稼げないものね。
ヴァネッサ様も離婚され実家からも勘当された。エイジャ侯爵と私からの慰謝料で苦しみ、結局その容姿を生かして高給がもらえるところに堕ちていった。
エリザベス・アドルファ伯爵令嬢は両親の怒りをかって、田舎に住まわされてもう社交界で会うこともなくなった。その後、30近く歳の離れた男と結婚させられ生涯その領地に閉じこめられた。身持ちが悪い、と風評がたった女性の末路ってこんなものだ。
私はシングルマザーで頑張っていこうと思う。クズな男なんていらない!
もちろん、この先はわからないけれど……当分はこのお腹の子を大事に育てていくわ!
女だって、頑張れるよね!
完
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