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18 レオナード視点-3
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※レオナード視点
マリアがいなくなってからもう3年が経っていた。 ずっとサンテリオ侯爵領にいたならば、自分が探しても見つからなかったはずだ。
(マリア。待っていてくれ。すぐに迎えに行くよ!)
胸の奥で、そんな言葉を何度も繰り返した。はやる気持ちを抑えながらも、 意気揚々とサンテリオ侯爵領に向かうことにした。しかし、 かつて持っていた自分の馬車はもうない。
ソフィアの両親が転がり込んでからというもの、馬の餌代すら惜しまなければならないほど生活は逼迫し、とっくに手放していたのだ。
結局、荷物と人をぎゅうぎゅうに詰め込んだ乗り合い馬車を乗り継いでいくしかなかった。
揺れるたびにソフィアの肘が僕の腕にぶつかり、向かいに座るソフィアの父と膝が当たる。
馬車の中は息苦しいほど狭く、こもった体温でじっとりと汗ばんだ。
おまけに、同じ馬車に乗っていた夫婦には、まだ幼い子供が二人。出発してからずっと、ぎゃんぎゃんと泣き続けていた。
「うるさいな! もっとしつけをちゃんとしてから乗せたらどうなんだ? 俺たちの迷惑も考えろ!」
「本当よ! 乗ってからずっと泣きっぱなしじゃない? もう頭が痛くなりそうよ!」
ソフィアの両親が声を荒げる。
隣でソフィアも不機嫌そうに腕を組んだ。
「……ほんと、泣き声って耳につくのよね。ねぇ、レオナード様もそう思うでしょう?」
たしかに、子供の泣き声は苦手だ。だが以前、ソフィアたちは「子供が好き」と笑って僕に話していたことがあった。もちろん、あれは結婚前だが……あの時の言葉は、どこへ行ったんだろう?
泣き声に苛立つ気持ちよりも、今はこいつらの本性に、ただ呆れて――すっと心が冷えていった。
そんな僕の気持ちを知るはずもなく、ソフィアは不満げな顔で僕を見上げる。
「ねぇ、これが“ファッションの都サンテリオ侯爵領”に行く旅なの? 全然優雅じゃないわ! どうして馬車を処分しちゃったのよ?」
拗ねた声に、思わずため息が漏れた。
「……僕だって、好きで処分したわけじゃない。散々無駄遣いをして、そうさせたのは君たちだろう? 贅沢を言うな。今の僕たちには、これが精一杯なんだ」
「ブロック服飾工房は以前と変わらず仕事があるじゃない? なのに、どうしてそんなにお金がないの? おかしいわよ!」
「売れた分がそのまま懐に入るわけじゃないんだ。生地や糸、レースやビーズなどの仕入れ、従業員たちの給金や設備維持費……どれも馬鹿にならないんだぞ」
ソフィアは納得のいかない顔をしたまま、ふてくされたように窓の外を見ていた。
(ああ、もう限界だ。どうして、こんなお花畑の女を選んでしまったんだろう? マリアはあんなにしっかりしていたのに。もし未来が見えていたなら――あのとき、絶対にマリアを手放したりはしなかった)
「あーあ、こんなつまらない男、選ぶんじゃなかった。失敗したわ。私ならもっといい男性と結婚できたはずなのに」
小さなつぶやきが、ソフィアの口からこぼれた。
(それは、こっちの台詞だよ……。そんなことを平然と言えるソフィアだから、これから捨てることになっても、もう良心の呵責もないさ。ずいぶん甘やかして、好き放題にお金を使わせてやったのに。恩知らずめ!)
いくつもの乗り継ぎを経て、ようやく宿場町に着いた頃には、全員ぐったりしていた。ところが、これから泊まる宿の外観を見た瞬間、ソフィアが眉をひそめた。
「ちょっと、こんな安っぽい宿に泊まらせないでよ! レオナード様は経営者なんでしょう? 恥ずかしいと思わないの?」
「……頼むから、いい加減にしてくれ。高級宿に四人で泊まる余裕なんて、どこにある?
君が散々買ったバッグを一つでも我慢していれば、泊まれたかもしれないけどね。マリアを捨てて、君を選んだことの方がよっぽど恥ずかしいよ」
「今更そんなこと言うなんてひどいじゃない! レオナード様が自分でこの私を選んだのよ。私を選んだことが失敗だったと思うのなら、自分が反省するべきよ。私は少しも悪くないわ」
ソフィアの両親は、僕たちが喧嘩している様子を見て見ぬふりをしていた。自分たちは全く関係ないと思っているようだった。
マリアがいなくなってからもう3年が経っていた。 ずっとサンテリオ侯爵領にいたならば、自分が探しても見つからなかったはずだ。
(マリア。待っていてくれ。すぐに迎えに行くよ!)
胸の奥で、そんな言葉を何度も繰り返した。はやる気持ちを抑えながらも、 意気揚々とサンテリオ侯爵領に向かうことにした。しかし、 かつて持っていた自分の馬車はもうない。
ソフィアの両親が転がり込んでからというもの、馬の餌代すら惜しまなければならないほど生活は逼迫し、とっくに手放していたのだ。
結局、荷物と人をぎゅうぎゅうに詰め込んだ乗り合い馬車を乗り継いでいくしかなかった。
揺れるたびにソフィアの肘が僕の腕にぶつかり、向かいに座るソフィアの父と膝が当たる。
馬車の中は息苦しいほど狭く、こもった体温でじっとりと汗ばんだ。
おまけに、同じ馬車に乗っていた夫婦には、まだ幼い子供が二人。出発してからずっと、ぎゃんぎゃんと泣き続けていた。
「うるさいな! もっとしつけをちゃんとしてから乗せたらどうなんだ? 俺たちの迷惑も考えろ!」
「本当よ! 乗ってからずっと泣きっぱなしじゃない? もう頭が痛くなりそうよ!」
ソフィアの両親が声を荒げる。
隣でソフィアも不機嫌そうに腕を組んだ。
「……ほんと、泣き声って耳につくのよね。ねぇ、レオナード様もそう思うでしょう?」
たしかに、子供の泣き声は苦手だ。だが以前、ソフィアたちは「子供が好き」と笑って僕に話していたことがあった。もちろん、あれは結婚前だが……あの時の言葉は、どこへ行ったんだろう?
泣き声に苛立つ気持ちよりも、今はこいつらの本性に、ただ呆れて――すっと心が冷えていった。
そんな僕の気持ちを知るはずもなく、ソフィアは不満げな顔で僕を見上げる。
「ねぇ、これが“ファッションの都サンテリオ侯爵領”に行く旅なの? 全然優雅じゃないわ! どうして馬車を処分しちゃったのよ?」
拗ねた声に、思わずため息が漏れた。
「……僕だって、好きで処分したわけじゃない。散々無駄遣いをして、そうさせたのは君たちだろう? 贅沢を言うな。今の僕たちには、これが精一杯なんだ」
「ブロック服飾工房は以前と変わらず仕事があるじゃない? なのに、どうしてそんなにお金がないの? おかしいわよ!」
「売れた分がそのまま懐に入るわけじゃないんだ。生地や糸、レースやビーズなどの仕入れ、従業員たちの給金や設備維持費……どれも馬鹿にならないんだぞ」
ソフィアは納得のいかない顔をしたまま、ふてくされたように窓の外を見ていた。
(ああ、もう限界だ。どうして、こんなお花畑の女を選んでしまったんだろう? マリアはあんなにしっかりしていたのに。もし未来が見えていたなら――あのとき、絶対にマリアを手放したりはしなかった)
「あーあ、こんなつまらない男、選ぶんじゃなかった。失敗したわ。私ならもっといい男性と結婚できたはずなのに」
小さなつぶやきが、ソフィアの口からこぼれた。
(それは、こっちの台詞だよ……。そんなことを平然と言えるソフィアだから、これから捨てることになっても、もう良心の呵責もないさ。ずいぶん甘やかして、好き放題にお金を使わせてやったのに。恩知らずめ!)
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「ちょっと、こんな安っぽい宿に泊まらせないでよ! レオナード様は経営者なんでしょう? 恥ずかしいと思わないの?」
「……頼むから、いい加減にしてくれ。高級宿に四人で泊まる余裕なんて、どこにある?
君が散々買ったバッグを一つでも我慢していれば、泊まれたかもしれないけどね。マリアを捨てて、君を選んだことの方がよっぽど恥ずかしいよ」
「今更そんなこと言うなんてひどいじゃない! レオナード様が自分でこの私を選んだのよ。私を選んだことが失敗だったと思うのなら、自分が反省するべきよ。私は少しも悪くないわ」
ソフィアの両親は、僕たちが喧嘩している様子を見て見ぬふりをしていた。自分たちは全く関係ないと思っているようだった。
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