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私はそのままそこから動けない。ちょうど彼らから見えない死角の位置にいた私に気づくこともなく、やがてランディ様達は屋上からいなくなった。
誰か、お願い! 今聞いたことは嘘だと言って。これは夢だと、幻だと、誰か私に言ってほしい。
でも、これは悲しい現実でどんなに目をきつく閉じてまた開いても、目の前の風景は変わらない。ペシオ公爵家の自室のベッドに寝ているわけでもなく、教室の椅子に座っているわけでもない。さきほどの屋上のままの位置にいるだけで、これが夢ではなくて現実だと思いしらされた。
のろのろと立ち上がり背筋を伸ばそうとするけれど、心の中は虚しくて涙が溢れて止まらない。
「今日はわたしが屋敷まで送って差し上げますよ。午後からの授業は休んだ方が良い。公爵家の一人娘が号泣していたらまずいでしょう? それに泣くほど価値のある男ですか? しっかりしなさい」
モンタナ様に言われたことはもっともだったけれど、ついさっきまで大好きだった男性をすぐに嫌いにはなれなかった。
(なぜ私を好きになってもらえないの? 料理がまずいからなの?)
「モンタナ様。私がもっと料理が上手になったら、ランディ様は私を本当に愛してくださるのでしょうか?」
「え? さぁ、どうでしょう」
ぷいっとそっぽを向いたモンタナ様は怒っているようだ。
きっと情けない私にいらついているのだわ。あのようなことをされても、まだランディ様を嫌いになれない私に。
ドレロ公爵家の馬車で送っていただき屋敷に着いた私は、馬車のなかでも泣きすぎて頭痛がしていた。すぐにお母様が私に駆け寄りお抱えの医者が呼ばれた。モンタナ様は先ほどのランディ様のことをお母様に説明して帰っていった。
「ソレンヌ様って本当にお料理が下手ねぇ」
寝ている間もエリーズ様が言ったその言葉が頭から離れない。
「これでも食べられるからいいじゃないか」
ランディ様はそうおっしゃって笑っていた。
思い出しても悔しくて・・・・・・
「お母様、お料理が上手になるにはどうしたら良いですか?」
辛い現実を忘れたくて、料理の達人になったらランディ様の心がきっと手に入ると思い込んだ。
「ソレンヌに料理を教えるコックを特別に雇いましょうね」
お母様は悲しそうな顔をなさって、そうおっしゃった。
「ソレンヌ、早退したって聞いてびっくりしたよ。大丈夫かい?」
夕方になりランディ様が何食わぬ顔でペシオ公爵家にやって来た。私は応接室に急ぎランディ様のお相手をする。
「はい、少し頭痛がしましたので。ところでランディ様は、私の料理が今より上手になったら、私を好きになってくださいますか?」
「え? 今でもわたしはソレンヌが好きだよ。でも、そうだね。料理が上達したらもっと好きになるかもね。ところでペシオ公爵にお願いがあるのだが・・・・・・口添えをしてくれないか?」
「はい、お金ですか? なにに使うのですか?」
「そ、それは男には付き合いというものがあるのだ」
そのお付き合いというものにはエリーズ様も入っているのかしら? 訊きたいけれどそのようなことを申し上げる勇気はなかった。
嫌われたくない。
私はいつものようにお父様に、お金を融通してくださるよう頼んだ。お父様は私に毎回尋ねる。
「ランディ様がそんなに好きなのかい?」と。
「はい、お父様。ランディ様以外を夫としては考えられません」
私はランディ様と両親の前でそう答える。
ランディ様が私を愛おしげに見る瞬間はこの時だけよ。この嬉しそうな眼差しをいつも向けてほしい。私だけをみつめてほしいの。
それからの私は、料理を厨房で毎日コックから勉強したわ。それに集中することで余計なことを考えないで済むから。ペシオ侯爵領の領地経営もお父様に教わり、学園の勉強も上位を保てるように努力した。そのように自分のするべきことを頑張っていれば、神様はきっと私にご褒美をくださるはずだから。
料理の腕を上げて自信がつきだしたある日、モンタナ様にもランディ様と同じお弁当を渡した。モンタナ様はあれ以来、私に話しかけてくださり相談にも乗ってくださるの。お料理も自分でもなさるらしく、的確なアドバイスが嬉しかった。
「今日のお弁当は最高だよ。120点、もちろん100点満点で」
モンタナ様がにっこりと笑いながら、お弁当を大事そうに食べてくださった。ここは学園の中庭で、いつも一緒にお弁当を食べる女の子達もいる。
「モンタナ様はランディ様に作るお弁当のアドバイスをしてくださるのよ。お料理が趣味なのですって」
私はそこにいる友人達に説明する。おかしな関係だと思われたらモンタナ様にも申し訳ない。
「すごいわね。男性でお料理ができるなんて素敵」
友人達は変に勘ぐることもなく素直に反応してくれた。皆、私がランディ様に夢中なことを知っているから。
「ランディ様は屋上でまだエリーズ様といらっしゃるのかしら? ちょっとだけ覗いて来ますわ」
ランディ様が屋上でランチを食べることも、もう誰もが知っていることだった。
「だったら、一緒に行こう」
モンタナ様とそっと屋上にあがり、気づかれぬようにランディ様を探す。いない? と思ったけれど、くぐもった声と笑い声が聞こえて二人が抱き合っているのが見えた。エリーズ様の胸が露わになってそこに顔を埋めるランディ様と、広げたままのお弁当が放置されたその光景にまた涙がこぼれた。
誰か、お願い! 今聞いたことは嘘だと言って。これは夢だと、幻だと、誰か私に言ってほしい。
でも、これは悲しい現実でどんなに目をきつく閉じてまた開いても、目の前の風景は変わらない。ペシオ公爵家の自室のベッドに寝ているわけでもなく、教室の椅子に座っているわけでもない。さきほどの屋上のままの位置にいるだけで、これが夢ではなくて現実だと思いしらされた。
のろのろと立ち上がり背筋を伸ばそうとするけれど、心の中は虚しくて涙が溢れて止まらない。
「今日はわたしが屋敷まで送って差し上げますよ。午後からの授業は休んだ方が良い。公爵家の一人娘が号泣していたらまずいでしょう? それに泣くほど価値のある男ですか? しっかりしなさい」
モンタナ様に言われたことはもっともだったけれど、ついさっきまで大好きだった男性をすぐに嫌いにはなれなかった。
(なぜ私を好きになってもらえないの? 料理がまずいからなの?)
「モンタナ様。私がもっと料理が上手になったら、ランディ様は私を本当に愛してくださるのでしょうか?」
「え? さぁ、どうでしょう」
ぷいっとそっぽを向いたモンタナ様は怒っているようだ。
きっと情けない私にいらついているのだわ。あのようなことをされても、まだランディ様を嫌いになれない私に。
ドレロ公爵家の馬車で送っていただき屋敷に着いた私は、馬車のなかでも泣きすぎて頭痛がしていた。すぐにお母様が私に駆け寄りお抱えの医者が呼ばれた。モンタナ様は先ほどのランディ様のことをお母様に説明して帰っていった。
「ソレンヌ様って本当にお料理が下手ねぇ」
寝ている間もエリーズ様が言ったその言葉が頭から離れない。
「これでも食べられるからいいじゃないか」
ランディ様はそうおっしゃって笑っていた。
思い出しても悔しくて・・・・・・
「お母様、お料理が上手になるにはどうしたら良いですか?」
辛い現実を忘れたくて、料理の達人になったらランディ様の心がきっと手に入ると思い込んだ。
「ソレンヌに料理を教えるコックを特別に雇いましょうね」
お母様は悲しそうな顔をなさって、そうおっしゃった。
「ソレンヌ、早退したって聞いてびっくりしたよ。大丈夫かい?」
夕方になりランディ様が何食わぬ顔でペシオ公爵家にやって来た。私は応接室に急ぎランディ様のお相手をする。
「はい、少し頭痛がしましたので。ところでランディ様は、私の料理が今より上手になったら、私を好きになってくださいますか?」
「え? 今でもわたしはソレンヌが好きだよ。でも、そうだね。料理が上達したらもっと好きになるかもね。ところでペシオ公爵にお願いがあるのだが・・・・・・口添えをしてくれないか?」
「はい、お金ですか? なにに使うのですか?」
「そ、それは男には付き合いというものがあるのだ」
そのお付き合いというものにはエリーズ様も入っているのかしら? 訊きたいけれどそのようなことを申し上げる勇気はなかった。
嫌われたくない。
私はいつものようにお父様に、お金を融通してくださるよう頼んだ。お父様は私に毎回尋ねる。
「ランディ様がそんなに好きなのかい?」と。
「はい、お父様。ランディ様以外を夫としては考えられません」
私はランディ様と両親の前でそう答える。
ランディ様が私を愛おしげに見る瞬間はこの時だけよ。この嬉しそうな眼差しをいつも向けてほしい。私だけをみつめてほしいの。
それからの私は、料理を厨房で毎日コックから勉強したわ。それに集中することで余計なことを考えないで済むから。ペシオ侯爵領の領地経営もお父様に教わり、学園の勉強も上位を保てるように努力した。そのように自分のするべきことを頑張っていれば、神様はきっと私にご褒美をくださるはずだから。
料理の腕を上げて自信がつきだしたある日、モンタナ様にもランディ様と同じお弁当を渡した。モンタナ様はあれ以来、私に話しかけてくださり相談にも乗ってくださるの。お料理も自分でもなさるらしく、的確なアドバイスが嬉しかった。
「今日のお弁当は最高だよ。120点、もちろん100点満点で」
モンタナ様がにっこりと笑いながら、お弁当を大事そうに食べてくださった。ここは学園の中庭で、いつも一緒にお弁当を食べる女の子達もいる。
「モンタナ様はランディ様に作るお弁当のアドバイスをしてくださるのよ。お料理が趣味なのですって」
私はそこにいる友人達に説明する。おかしな関係だと思われたらモンタナ様にも申し訳ない。
「すごいわね。男性でお料理ができるなんて素敵」
友人達は変に勘ぐることもなく素直に反応してくれた。皆、私がランディ様に夢中なことを知っているから。
「ランディ様は屋上でまだエリーズ様といらっしゃるのかしら? ちょっとだけ覗いて来ますわ」
ランディ様が屋上でランチを食べることも、もう誰もが知っていることだった。
「だったら、一緒に行こう」
モンタナ様とそっと屋上にあがり、気づかれぬようにランディ様を探す。いない? と思ったけれど、くぐもった声と笑い声が聞こえて二人が抱き合っているのが見えた。エリーズ様の胸が露わになってそこに顔を埋めるランディ様と、広げたままのお弁当が放置されたその光景にまた涙がこぼれた。
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