[完結]麗しい婚約者様、私を捨ててくださってありがとう!

青空一夏

文字の大きさ
4 / 51

4 誕生日の主役を奪われたアリッサ

(セリーナ様が通りから私を見かけたとしても、わざわざレストランまで入ってくるほど親しい間柄だったとは思えない。だとしたら、何のためにわざわざサミー様の隣に座って、私に話しかけてきたの?)

 アリッサは困惑するばかりだった。セリーナは今や、サミーにばかり視線を向け、会話を続けている。アリッサがケーキを食べ終え、最後の紅茶の一滴を飲み干しても、その話は終わる気配がなかった。

 やっと解放され、サミーと馬車に乗り込もうとするその瞬間、再びセリーナが割り込もうとしてきた。

「アリッサ様たちはタウンハウスに戻るのですよね? 私も同じ方向ですわ。あぁ、良かったわ。ここから歩くには、かなりの時間がかかりますものね」

「歩いても半刻とかかりませんわよ。まさか、馬車にまでご一緒するおつもり?」

 アリッサは冷静に返したが、内心では少し苛立ちを覚えていた。セリーナはニッコリと笑みを浮かべたまま、穏やかな口調で続けた。

「アリッサ様はサミー卿の婚約者でしょう? こんなに美しい男性の未来の妻なのですから、優しくて寛大な心を持つべきですわ。私たちは友人同士ですもの、同じ馬車で送ってくれるのが常識だと思います。サミー卿も、思いやりのある女性が好きなはずですしね?」

 その一言に、アリッサはセリーナの微かな悪意を感じ取った。まるで、自分が狭量で意地悪だと責められているかのように感じたのだ。

「アリッサ、まぁ、いいじゃないか」と、サミーは無邪気に口を挟んだ。

「私たちもタウンハウスに戻るのだし、他に立ち寄る予定もないだろう? ここで断るのは少し冷たいかもしれないよ」

 アリッサはサミーの言葉に一瞬言葉を詰まらせたが、心の中で何かが引き裂かれるような気持ちを押し隠し、ただ無言でうなずいた。アリッサがうなずいた途端に、セリーナは嬉しそうにいそいそと馬車に乗り込み、すぐにサミーに話しかける。

「サミー様って本当にお優しいのですね。まさに私の理想の男性ですわ。もっと早くお会いできていれば、きっと素敵なことになっていたでしょうね」
「え? それはどういう意味ですの?」

 アリッサは思わず動揺し、顔がこわばり唇が震えた。セリーナは一瞬、アリッサの顔をちらりと見て、微笑みながら言葉を続ける。

「まぁまぁ、そんなに怖いお顔をしないでくださいませ、アリッサ様。私はただ、サミー卿がアリッサ様の婚約者になる前のことを想像していただけですのよ。きっと幼少期のサミー様は、非常に愛らしかったことでしょうね。そして、少年時代にはその可愛らしさに凛々しさが加わって、ますます麗しくなったのでは? もしその頃に出会っていたら、いろいろな可能性が広がっていたかもしれない、そう思っただけですわ」

 セリーナはわざとらしい笑顔を浮かべ、意味深な視線をアリッサにだけ送った。

「褒めてくれてありがとう、セリーナ嬢。確かに、幼少期の私は愛らしすぎて、よく女の子に間違えられたらしいよ。だからもし君がその頃の私に会っていたら、たぶん一緒に人形やぬいぐるみで遊んでいても、なんの違和感もなかっただろうね」

 サミーはセリーナの「可能性」を、ただの友人としての意味だと捉えたようだが、アリッサはそうはいかなかった。セリーナの言葉と微笑みには、女同士だけが感じ取れる意図がはっきりと含まれていたからだ。

(私より先にサミー様に出会っていたら、今の婚約者は自分だったのに、って言いたいのよね? なんて無神経で失礼な発言なの……)



 夕暮れの空は、柔らかな茜色から次第に濃い橙色、そして薄い紫がかった色へと移り変わっていった。アリッサは、サミーとセリーナの楽しげな会話を隣で聞きながら、外の景色に目をやるしかなかった。街路樹の葉がそよ風に揺れ、淡い夕焼けの残り香を感じさせた。アリッサの心には寂しさと疎外感が広がり、胸の奥に冷たい空洞ができたかのようだった。

 タウンハウスが並ぶ貴族の居住区に差し掛かると、やっとセリーナが名残惜しそうに馬車から降りた。彼女の屋敷は、ギャロウェイ伯爵家やウィルコックス伯爵家のタウンハウスより手前にあったからだ。

「アリッサ様、サミー卿。今日はとても楽しかったです。私のをお祝いしてくださって、ありがとう! 有意義な時間を過ごせて、きっと今日は素敵な夢が見られそうだわ」
「それは良かった。おやすみ、良い夢を!」
「・・・・・・おやすみなさい。楽しんでいただけたなら、私も嬉しいわ」

(なぜ、セリーナ様のお誕生日にすり替わっているの? 今日は私のお誕生日なのに・・・・・・)

 セリーナが去ったあと、ようやくアリッサの存在を思い出したかのように、サミーはアリッサに声をかけた。

「セリーナ嬢は本当に可愛らしいね。笑顔が魅力的で、話していて楽しい女性だよ」

「そうですか。それは良かったですわ。ずいぶん会話が弾んでいたようで、まるで私の誕生日ではないかのようでしたけれど」
 アリッサは悲しみを押し隠して呟いたつもりだったが、サミーはその言葉に眉をひそめ、まるで叱るように応じた。

「セリーナ嬢は君の大切な友人なのだろう? 彼女は婚約者の浮気で傷ついているんだ。それを気遣ってあげるのが本来の優しさだと思うよ。アリッサがあまり興味を持たなかったから、私が代わりに相談に乗ってあげたんだよ。君はそのことに感謝すべきだと思うけどね」

 サミーの言葉に、アリッサは自分が冷たい人間のように感じ始めた。それどころか、もしかすると本当に自分が悪かったのかもしれない、とすら思えてきたのだ。サミーに嫌われることを恐れるあまり、その疑念が強くアリッサの胸に迫る。

「ごめんなさい・・・・・・そうですわね。もっと真剣にセリーナ様のお話を聞くべきだったかもしれません。彼女が苦しんでいるのに、冷たかったと思います。・・・・・・サミー様が彼女の相談に乗ってくださったこと、感謝しておりますわ」
 アリッサは小さな声で謝罪を口にし、申し訳なさそうに微笑んだ。サミーは満足げにうなずき、その表情はまるで自分が正義の味方であると信じているかのようだった。実際、サミーは自らの行動が正しいと確信し、また自分が親切で善良な人物だと信じて疑わなかった。

「そうだよ、アリッサ。君も友人を大切にすることが大事だよ。これからは、もっと気をつけて行動しなさい。それに、セリーナ嬢の快活さと愛らしさを見習うべきだと思う。良いお手本が身近にいるのだから、学ぶ姿勢を忘れてはいけないよ」

 アリッサは何も言わず、ただ静かにうなずいた。しかし、その瞳にはかすかな涙がにじんでおり、唇は明らかに震えていた。心の中で膨れ上がる悲しみと屈辱を押し殺すために、彼女は必死に微笑もうとしたが、その微笑みは痛々しく、かえって彼女の苦しみを露わにしていた。

 アリッサの表情は、恋人と幸せな時間を過ごした女性のものではなく、むしろ大切にされるべき場所で居場所を失った人のものだった。セリーナの存在によって誕生日がかき乱され、惨めさが胸に広がっていく。

 一方、サミーはすっかり満足した様子で微笑むと、続けて言った。
「さて、それじゃあ、大事なアリッサ。君のお誕生日のお祝いに何か特別なことをしてあげたいな。君が望むなら、まっすぐ屋敷に戻らず、月明かりの下で少し散歩でもしてから帰ろうか?」

 アリッサは一瞬、胸が高鳴った。しかし、セリーナの挑発的な視線と思わせぶりな言葉が脳裏をよぎり、不安が心の中に影を落とす。さきほどのサミーの発言もショックだった。

(サミー様は本当に私を大切に思ってくれているのかしら?)

 アリッサは無理に微笑んだが、その笑顔はどこかぎこちなく、沈んだものだった。 

「それは、素敵ですわね・・・・・・でも、今日は少し疲れてしまいましたので、屋敷に戻りたいと思います。お誘いいただいてありがとうございます」

 アリッサの声は小さくどこか影を帯びていたが、サミーはそれに気づきもしなかった。彼の視線はアリッサではなく、馬車に備え付けられた鏡に釘付けだったからだ。その鏡に映るのは、完璧な美貌を誇る貴公子の姿。彼は自分の端正な顔立ちに酔いしれ、微かに笑みを浮かべながら、髪の乱れをさりげなく整えた。

(完璧だ・・・・・・これだけ麗しい男はそうはいない)

 サミーはアリッサの返事などそっちのけで、鏡の中の自分にだけ心を奪われていた。婚約者の表情を確かめるよりも、どれだけ自分が完璧であるかが、彼にとっては重要だった。そして、そのナルシズムは、彼に周囲の空気を感じ取らせる余裕を与えなかったのだった。


感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】お世話になりました

⚪︎
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

次は絶対に幸せになって見せます!

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢マリアは、熾烈な王妃争いを勝ち抜き、大好きな王太子、ヒューゴと結婚したものの、結婚後6年間、一度も会いに来てはくれなかった。孤独に胸が張り裂けそうになるマリア。 “もしもう一度人生をやり直すことが出来たら、今度は私だけを愛してくれる人と結ばれたい…” そう願いながら眠りについたのだった。 翌日、目が覚めると懐かしい侯爵家の自分の部屋が目に飛び込んできた。どうやら14歳のデビュータントの日に戻った様だ。 もう二度とあんな孤独で寂しい思いをしない様に、絶対にヒューゴ様には近づかない。そして、素敵な殿方を見つけて、今度こそ幸せになる! そう決意したマリアだったが、なぜかヒューゴに気に入られてしまい… 恋愛に不器用な男女のすれ違い?ラブストーリーです。

ぐうたら令嬢は公爵令息に溺愛されています

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のレイリスは、今年で16歳。毎日ぐうたらした生活をしている。貴族としてはあり得ないような服を好んで着、昼間からゴロゴロと過ごす。 ただ、レイリスは非常に優秀で、12歳で王都の悪党どもを束ね揚げ、13歳で領地を立て直した腕前。 そんなレイリスに、両親や兄姉もあまり強く言う事が出来ず、専属メイドのマリアンだけが口うるさく言っていた。 このままやりたい事だけをやり、ゴロゴロしながら一生暮らそう。そう思っていたレイリスだったが、お菓子につられて参加したサフィーロン公爵家の夜会で、彼女の運命を大きく変える出来事が起こってしまって… ※ご都合主義のラブコメディです。 よろしくお願いいたします。 カクヨムでも同時投稿しています。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。