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虐待されていたエリーゼ

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綺麗な子だった。
マリーベルも美人だったがそれを遙かに凌ぐ美女になると思う。
10歳というのに、もう色気があり、体つきも、ちょっとけしからんように育っている。
父親の銀の髪に母親のアメジストの瞳。気品のある顔立ちだが、整いすぎて少しきつい印象を与える。

いわゆる冴え渡る美貌というか、綺麗すぎてぞっとする迫力ある美女系なのだ。
悪役令嬢とされているから、設定としては当然なのか。
しかし、俺には、顔を赤くしてもじもじしている。
ギャップが可愛いかった。

「急に訪ねてきてごめんなさい。私はエリーゼ・レトロといいます。」
ついさっきまで泣いていたように目を腫らしている。

俺は、さりげなく手を取って、座ってケーキを食べるように勧めた。
鮮やかに大輪の花をつけたボタンを初めて見るというエリーゼに、それは薬にもなるんだ、と教えた。

「根の皮に薬になる成分があるのだよ。熱冷ましや痛みをやわらげる効果があってね‥」
薬草や花に興味があるらしく、キラキラしたアメジストの瞳が輝きうっすらとピンクに染まった頬で熱心に頷く。





空がオレンジ色の夕焼けに染まりだした頃になると、エリーゼは男爵家に帰ろうとした。
「私、そろそろ帰ります。長い時間、お邪魔してすみませんでした。」

「いや、今日はここにいなさい。明日、馬車で送っていこう。」
俺は彼女の頭を優しくなでながら言った。

部屋を用意させて、侍女をエリーゼにつけると夕食の時間まで、自由にしているように言った。





俺は信用できる執事アンダーソン、侍女長アンヌと執務室に向かう。

さきほど、エリーゼの手をとったときに見た映像を空間をスクリーンにして映画のように映し出した。

男爵家でのエリーゼの記憶が断片的に次々と映し出される。


マリーベルが亡くなると、すぐに愛人に囲っていた男爵の元婚約者(ラナ)とその子供がやってきた。
誕生日の映像では、キャロラインには誕生会が開かれ赤やピンクのリボンのついたプレゼントが山高く積まれていた。
夕食にはキャロラインの好物が並ぶ。
「わぁーーーすごい!!私の好きなものばかりだわーー。んーーー美味しい!!お父様、ありがとうーー」
キャロラインは甘い声で男爵に言いながら、エリーゼを得意げに見ている。


一方、エリーゼの誕生日にはキャロラインの飽きたものが、そのまま無造作に渡されていた。
「このドレスはキャロラインがもう着ないそうよ。あなたにあげるから」
ラナは憎々しげに言いながら、しみのついたドレスをエリーゼに差し出した。


「い、痛いーーー。」
キャロラインが自分で転んでケガをする場面では、エリーゼがつきとばしたのだろうとラナが決めつけきつい体罰をされていた。
長い定規をもって、エリーゼのお尻を叩いている。
エリーゼは涙を流しながら耐えている。

食事の時はいないものと扱われ、話しかけられるのは注意をされる時だけだ。

今日は、またキャロラインがなくしたというブレスレットを隠したと疑われていた。

「あなたがキャロラインに嫉妬して盗んだのでしょう?人のものを取るのが得意なマリーベルと同じよね?」
ラナが蔑んだ眼差しをむける。

「お姉様、怒らないから正直に答えてください。盗むなんて、いけないことです。そんなにあのブレスレットが羨ましかったのですか?それなら、差し上げてもいいですよ。正直に盗ったと言えば誰も怒りませんわ」キャロラインが大きな目に涙をいっぱい溜めて言うが口元だけは楽しそうに笑っている。

「盗んでもいませんし、隠してもいません。」

「まだ、嘘をつくか!外で反省するがいい。夜になるまで帰ってくるな」
父親に外に放り出され、男爵家の小さな門に鍵がかけられた。




「こんなに継子って憎まれるのか?この不当な扱いはなんだ?」
俺は不快感でいっぱいになった。

確かに、マリーベルは俺という婚約者がいながら、ラナを婚約者にしていたハインリッヒ男爵の子を身ごもった。
そのせいで、ラナはマリーベルが生きていた間は正妻にはなれなかった。
マリーベルは勘当されたとはいえ、名門筆頭公爵家の一人娘だからだ。
子供を身ごもった以上は男爵家はマリーベルを正妻で迎えるしかない。
それがよほど悔しかったのだろうか?
エリーゼに八つ当たりするラナが心底気持ち悪かった。

「私は、この男爵が一番悪いと思いますよ!婚約者がいながら、公爵家のお嬢様に手を出すなんて。妊娠なんて女ひとりではできませんのよ?殿方が、いたしたからできたのではありませんか!!ラナが責めなければいけないのは男爵のほうですよ!エリーゼ様にはなんの罪もありませんのに‥‥」アンヌが腹立たしげに声を荒げた。

「見ていてむかつきますな」アンダーソンもエリーゼに同情している。

「このキャロラインって子も嫌ですねぇ。いい子ぶって人をおとしめる。この表情もあざとくて、つねりたくなりますわ」
アンヌはキャロラインにも、怒り心頭だ。

「ふむ。ということで、決めたぞ!エリーゼは公爵家が引き取る。俺の養女にしよう。そうすれば彼女は公爵令嬢の身分になって、男爵家では手が出せまい。法律上の書類を整えてくれ。
明日は、公証人のミカエルも連れていきたい。
男爵家には明日、エリーゼを送っていくと使いの者に伝えさせろ」

「大変、良いお考えですが、ちょっとお待ちを!ロベルト様はまだ独身でいらっしゃいますし、養女がいるとなれば今後の縁談にも差し支えが‥‥先代の公爵様の養女になさいませ」アンヌはニコニコしながら助言してきた。

「うん、まぁそれでいい。俺は彼女に男爵より上の身分を与えたいだけだ」




夕日に照らされた庭園をみると、土が乾ききって白っぽく見えた。
水やりするかな。庭の人工湖から水を移動させて風の魔法で霧状にしてまくか、近くにいる雨雲をこちらに移動させてもいいな。
が、今日はエリーゼがいる。彼女にやらすか。姪もよく俺の手伝いをしたがったなぁ。褒めてやると得意げだった。子供って、そんな小さなことが自信とか自己肯定につながるのだよ。うん、うんと俺は自分の思いつきに気をよくしていた。

「エリーゼ。君は水魔法が使えるだろう?庭の花にまいてくれないか?」
エリーゼの部屋に声をかけると、エリーゼは嬉しそうに部屋から出てきた。

「なぜ、知っているのですか?誰にも話してないのに‥」
「君のお母様が得意だったからね。やってくれるかい?僕は水魔法が苦手なのさ」
ゲームの設定で知っているとは言えない俺は、そう言うと彼女と手をつなぎながら庭に向かった。

エリーゼが手のひらに力をこめると、そこから大量の水がほとばしりでてきた。
それを俺が風魔法で均等に飛ばし、全体にまいていった。
水滴が夕日に照らされ、庭全体があざやかなオレンジ色に輝いて見えた。
「綺麗―」エリーゼが頬をピンクにそめて目を輝かしている。

「エリーゼ、すごいぞ。ありがとう。ご褒美に夕食後のデザートにはアイスをつけよう」
俺が言うと、
「そんな贅沢できません。さっきケーキもいただいたし。あんな綺麗でおいしいケーキやプリンは初めて食べました」
もじもじしながらも嬉しそうに言うエリーゼは可愛すぎる。
なんだろう、このかわいい生き物はぁーそう、前世の俺の姪もちょうどこのぐらいの歳だった。
うん、この子はこの世界の俺の姪だと思おう。
絶対に何者からも守ってやらねば、と思った。
夕食は一緒に食べ、寝る前には抱っこして、アイスを食べさせていた。

「はい、あーんして?」
「え?えっと、あーん?」

エリーゼが口をあけたところに、アイスのすくったスプーンを近づける。
「はい、食べて?」と言うと、恥ずかしそうにしている。
「明日はね、全部、俺にまかせてなさい。なにも心配しなくていい」
姪にしていたように、頭に軽くキスした。

アンヌがそれを見て、嬉しそうににうなずきながら
「ロベルト様、お任せください。お嬢様を絶対、理想的な女性に育て上げますからね!」と妙な張り切りをみせている。

エリーゼは真っ赤になって、アンヌに連れられて部屋に戻っていった。





エリーゼと朝食を食べ、午前中は町にでかけた。
宝石店に馬車で乗り付けると貴族用の別室に案内してもらう。
「ブレスレットを見せてくれ」
俺は店に置いてある全部のブレスレットを持ってこさせた。

エリーゼの瞳の色と同じアメジストのブレスレットを選ぼうとするとエリーゼは首を横に振った。
「私にいただけるのなら、こちらの方がいいです」
黒曜石のブレスレットを指して顔を赤くしている。

この世界では自分の瞳の色と同じ色のブレスレットをお守りとしてつける慣習がある。
もしくは大事な人の瞳の色と同じ色のブレスレットだが。

「なんで、この色なのだ?」

「そ、それは、公爵様と同じ瞳の色だからです‥‥」

「ふむ。まぁ、いい。それなら、黒曜石とアメジストを両方混ぜたものはあるか?」

「少しばかりお時間をいただければ、すぐにでもお作り致します」

「ふたつ、作ってくれ」
エリーゼにはお揃いにしよう、とウインクした。

俺は昔から親戚の子や近所の子からすぐ懐かれたからな。
この世界でも子供にはすぐ好かれるらしい。

エリーゼはこれから、うちの子になる、大事な子だ。
姪っ子もよく俺にお揃いのミサンガをくれたもんさ。

お揃いのブレスレットをエリーゼにはめてやると、嬉しそうににっこりした。
大事そうに手で撫でている様子は姪っ子にそっくりなしぐさで微笑ましい。





公証人のミカエルと合流し、レトロ男爵家に向かう。
お茶の時間ということもあり、焼き菓子と紅茶が用意されていた。

「このたびは、エリーゼが大変ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません。ところでそちらの方は?」
とハインリッヒは頭を下げ、ミカエルを見て尋ねる。

「こちらは、公証人のミカエルです。君がキャロラインか?
君のブレスレットがなくなったそうじゃないか?エリーゼから聞いてね、心配していたのだ。家宅捜索と盗難届をだしたほうがいい。そのためにつれてきたのですよ。」

ハインリッヒは赤くなり、キャロラインは白くなり、キャロラインの母親は青ざめている。
忙しい親子だなと思う。

「そんな大袈裟にしなくても‥‥エリーゼがちょっとしたいたずらで隠しただけだと思うのです」
ハインリッヒが言う。

「いたずらねぇ、ずいぶんとまぁ意地の悪い」俺が相づちを打つと
「そうなのです!いつも私はお姉様にいじめられているのです!」キャロルはうるうると涙を溜めて訴えてきた。

「かわいそうに。ところで、男爵、エリーゼはそんなにキャロラインにひどいことをするのですか?」俺はキャロラインに同情するように尋ねる。

「そうです!それはもうひどいものです。性格が悪い、かわいげもない。妬みや嫉妬でキャロラインを突き飛ばしたり、今回のように大事なものを隠したり壊したり。もう、どうやって扱っていいのやら、いっそ修道院にでも預けて性根をたたき直してもらうしかないかもしれません!」
ラナは会話に突然飛び込んできて、嬉しそうにエリーゼを悪く言う。

ハインリッヒは、ただ頷くだけで、エリーゼを庇おうとはしない。

ふん、クソな親父だ!!俺は、殴りたい気持ちを必死におさえた。

「なるほど。ならば、今日から俺が教育しなおしましょう。このままではキャロライン嬢がかわいそうだ。公爵家が責任をとって、エリーゼを引き取らせていだだきましょう。ミカエル、書類を出せ」

ミカエルは書類を出してハインリッヒの前に置いた。
「サインをどうぞ。今まで、大変でしたねぇ。」ミカエルも俺も、ハインリッヒに同情するように優しげな笑みを浮かべる。
ハインリッヒは上機嫌でサインを終えた。

「では、俺たちは失礼しますよ。ごきげんよう」
俺が立ち上がろうとする。
「あ、お待ちください。今、キャロラインにバイオリンでも弾かせましょう。夕食も、できたら、是非ご一緒にいかがですか?これを機会にぜひキャロラインと‥」
ハインリッヒが引き留める。
「いや、これから、いろいろ寄るところがあるのでね。大事なエリーゼのためにいろいろ揃えたいので、時間が惜しい!」

「まさか、エリーゼのために、なにをしようというのです?こんな性根の腐った子供には侍女として使っていただくぐらいがちょうどいいです。お前は侍女見習いとして公爵家でつかってもらいなさい。光栄なことですわ」
いいながら、ラナは薄く笑う。

うるさい女だ!

「エリーゼは、たった今から先代のフェルナンド公爵の養女となった。男爵夫人ごときが我が血族を愚弄するのか!不敬罪で牢に押し込まれたいか?」
俺は我慢が限界にきて、すっかりぶち切れてしまった。
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