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sideレオン
僕は牢の中で、毒杯を飲んで死んだはずだった。
それなのに、目を開けると鼻を突く異臭――それは後で分かったことなのだが、岸に打ち上げられた腐った海藻や魚のニオイ――に吐きそうになった。
見渡すと、そこは狭く不潔な小屋の中で、床はなく土間。 そして目の前には……エレナ、姉、妹、両親、祖父母までが、ぼろ布のような衣をまとって座り込んでいた。
「あれ……おかしいな? ここは天国か? それにしても、何で家族が揃っているんだ……?」
そのとき、耳を裂くような怒鳴り声が響いた。
「いちにのさん、立てぇー! 運ぶぞ!」
壁の隙間から外をのぞくと、十人ほどの男たちが縄をかけ、えっちらおっちらと声を合わせながら、大岩を防波堤へと引きずっていた。
誰かが転べば、後ろの者も一緒に倒れる。海の音と人の怒鳴り声が、ひとつに混ざりあっていた。
(あぁ、ここは防波堤の再建をする現場なのか……)
振り返って、僕は家族たちの顔を見る。誰もが、絶望と諦めを貼りつけたような表情をしていた。そこへ、屈強な男がやってきて、僕たちを見下ろした。
「俺はヘイモ、ここの現場監督だ。……お前がリリアお嬢様をひどい目に遭わせたっていう、詐欺師か? 亡くなったアルマード男爵様には、ずいぶん世話になったんだ。妹たちはあの屋敷でメイドをしてたし、弟はアルマード商会で働かせてもらってた。
妹のひとりは持病があってな……男爵様は医者に診せてくださったうえに、高い薬まで分けてくださった。あんな慈悲深い方はいなかったぜ。そのお嬢様を食い物にしたお前ら一家が、ただで済むと思うなよ」
ヘイモは吐き捨てるように言うと、縄の端を僕の胸に投げつけた。
「すぐに作業を始めろ。こっちだ!」
それからの日々、僕らは辛い作業に追われている。
巨大な岩を、来る日も来る日も運ぶんだ。干潮の刻を狙い、石灰と貝殻の灰を混ぜた白い漆喰を岩の隙間に押し込み、固定させる。
運岩の作業で裂けた掌に、石灰と海水がしみて焼けるように痛い。
潮風に吹かれると痛みは引くどころか、むしろ熱を帯びていった。
防波堤の再建――それが、僕らに課せられた仕事。
岩を運ぶたびに足腰に負担がかかり、作業後には筋肉痛でしばらく立てない。
もちろん一人では動かせないから、数人がかりで縄を引き、息を合わせる。
数人で持ち上げて防波堤の岩を積み重ねる時も大変だ。タイミングを誤れば、岩に手や足を挟まれて簡単に骨が砕ける。実際、数日おきにそんな事故は起きていた。
ここでは簡単に人が死ぬ。しかも即死じゃなくて、じわじわと時間をかけて弱りながら死んでいくのだ。
「この防波堤が完成する日は来るのだろうか……」
果てしない過酷な作業に、誰かが泣きながら呟いた。
だが、完成しようがしまいが、僕にはなんの関係もなかった。
僕の世界は、もう終わっている。
「お前たちは死ぬまでこの辛い仕事から抜け出せねえよ。この現場が終わってまだ生き残っても、別の場所で同じようなことをさせられるだけさ」
ヘイモにそう言われたからだ。
エレナは毎日のように僕に文句を言う。
「レオンなんかと恋仲になるんじゃなかった。リリアに手を出さなければ、こんな場所に来ることもなかったのに。贅沢な暮らしはできなかったかもしれないけど、ここまで過酷な生活じゃなかったわ」
「うるさいな! エレナが望んだことだろう! 君だって賛成したじゃないかっ!」
僕たちの仲は最悪だ。家族たちも口々に僕を責めた。
「レオンがリリアを連れてきたからだ」
「そもそもリリアを、もっと大事にするべきだった」
家族みんなが賛成したし、家族みんなが共犯なのに、いつのまにか僕だけの計画だったように言われる。
「もぉ……これなら毒杯で、ひと思いに死んだ方がマシだったよ」
僕は荒れ狂う海を見つめながら、むせび泣くしかなかった。
波の向こうに、リリアが立っていた。
学園時代の純粋無垢な笑顔だった。だが、その瞳には、冷たい嘲りの光が宿っていた。
次の瞬間、波が砕け……彼女の幻は闇に呑まれた。
残ったのは……この地獄だけ……
完
僕は牢の中で、毒杯を飲んで死んだはずだった。
それなのに、目を開けると鼻を突く異臭――それは後で分かったことなのだが、岸に打ち上げられた腐った海藻や魚のニオイ――に吐きそうになった。
見渡すと、そこは狭く不潔な小屋の中で、床はなく土間。 そして目の前には……エレナ、姉、妹、両親、祖父母までが、ぼろ布のような衣をまとって座り込んでいた。
「あれ……おかしいな? ここは天国か? それにしても、何で家族が揃っているんだ……?」
そのとき、耳を裂くような怒鳴り声が響いた。
「いちにのさん、立てぇー! 運ぶぞ!」
壁の隙間から外をのぞくと、十人ほどの男たちが縄をかけ、えっちらおっちらと声を合わせながら、大岩を防波堤へと引きずっていた。
誰かが転べば、後ろの者も一緒に倒れる。海の音と人の怒鳴り声が、ひとつに混ざりあっていた。
(あぁ、ここは防波堤の再建をする現場なのか……)
振り返って、僕は家族たちの顔を見る。誰もが、絶望と諦めを貼りつけたような表情をしていた。そこへ、屈強な男がやってきて、僕たちを見下ろした。
「俺はヘイモ、ここの現場監督だ。……お前がリリアお嬢様をひどい目に遭わせたっていう、詐欺師か? 亡くなったアルマード男爵様には、ずいぶん世話になったんだ。妹たちはあの屋敷でメイドをしてたし、弟はアルマード商会で働かせてもらってた。
妹のひとりは持病があってな……男爵様は医者に診せてくださったうえに、高い薬まで分けてくださった。あんな慈悲深い方はいなかったぜ。そのお嬢様を食い物にしたお前ら一家が、ただで済むと思うなよ」
ヘイモは吐き捨てるように言うと、縄の端を僕の胸に投げつけた。
「すぐに作業を始めろ。こっちだ!」
それからの日々、僕らは辛い作業に追われている。
巨大な岩を、来る日も来る日も運ぶんだ。干潮の刻を狙い、石灰と貝殻の灰を混ぜた白い漆喰を岩の隙間に押し込み、固定させる。
運岩の作業で裂けた掌に、石灰と海水がしみて焼けるように痛い。
潮風に吹かれると痛みは引くどころか、むしろ熱を帯びていった。
防波堤の再建――それが、僕らに課せられた仕事。
岩を運ぶたびに足腰に負担がかかり、作業後には筋肉痛でしばらく立てない。
もちろん一人では動かせないから、数人がかりで縄を引き、息を合わせる。
数人で持ち上げて防波堤の岩を積み重ねる時も大変だ。タイミングを誤れば、岩に手や足を挟まれて簡単に骨が砕ける。実際、数日おきにそんな事故は起きていた。
ここでは簡単に人が死ぬ。しかも即死じゃなくて、じわじわと時間をかけて弱りながら死んでいくのだ。
「この防波堤が完成する日は来るのだろうか……」
果てしない過酷な作業に、誰かが泣きながら呟いた。
だが、完成しようがしまいが、僕にはなんの関係もなかった。
僕の世界は、もう終わっている。
「お前たちは死ぬまでこの辛い仕事から抜け出せねえよ。この現場が終わってまだ生き残っても、別の場所で同じようなことをさせられるだけさ」
ヘイモにそう言われたからだ。
エレナは毎日のように僕に文句を言う。
「レオンなんかと恋仲になるんじゃなかった。リリアに手を出さなければ、こんな場所に来ることもなかったのに。贅沢な暮らしはできなかったかもしれないけど、ここまで過酷な生活じゃなかったわ」
「うるさいな! エレナが望んだことだろう! 君だって賛成したじゃないかっ!」
僕たちの仲は最悪だ。家族たちも口々に僕を責めた。
「レオンがリリアを連れてきたからだ」
「そもそもリリアを、もっと大事にするべきだった」
家族みんなが賛成したし、家族みんなが共犯なのに、いつのまにか僕だけの計画だったように言われる。
「もぉ……これなら毒杯で、ひと思いに死んだ方がマシだったよ」
僕は荒れ狂う海を見つめながら、むせび泣くしかなかった。
波の向こうに、リリアが立っていた。
学園時代の純粋無垢な笑顔だった。だが、その瞳には、冷たい嘲りの光が宿っていた。
次の瞬間、波が砕け……彼女の幻は闇に呑まれた。
残ったのは……この地獄だけ……
完
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>物語のようにすべてこの世が「因果応報」で終わっているならある意味楽かも……?
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