婚約者の心の声を聴きたくない【改稿版】

ゆい

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医師の診断の後、父、兄から私の状況説明を、医師を交えながら聞いた。
私の身体に異常は見当たらなく、上半身を起こしてもらい、水を少しずつ飲みながら話を聞く。

私が何故入院していたのか、それは、ホテルの一室に雷が落ち、轟音でホテルのスタッフが部屋に駆けつけると、フェリックス様は火傷をして、私は意識を失っていた状態で発見されたらしい。

この時、『フェリックス様』の名前を聞いて、身体が震え、体温が下がっていく。
それは悲しい、辛いという感情に思考が飲み込まれていくようだった。

フェリックス様と私は、すぐに病院に運ばれた。フェリックス様は、治癒魔法で火傷は治されたけど、私はどこにも怪我がないのに、意識が戻らないという状況だったらしい。
医師も色々調べたけど、原因は分からなかったと言う。
フェリックス様は、事故調査の際に『突然、全身が熱く痛くなって、急に動けなくなった。本当に何が起こったのかわからなかった』と話していたらしい。現在は自宅療養をしているらしい。
あの事故より5日経って、私はやっと意識が戻ったということだった。

『フェリックス様』の名前を聞く度に、私は暗い暗い感情に潰されていき、私の意識は深い闇の奥底に沈んで行った。






「話の途中ですみませんけど、その、フェリックス様って、私とどういう関係でしょうか?父も兄もよく知っている方なのですか?」

大体の経緯を聞いた後に、私が父や兄に『フェリックス様』とは誰?と聞いた。
私がホテルに、しかも家族が【様】を付けて呼んでいる方と二人っきりに会っていたって、本当にどういう関係なのか、話の途中だけれども、父や兄に聞きたくなった。

「ノイリス、お前、まさか、婚約者のことを、忘れたんじゃないだろうな?」

「おいおい、息子よ。雷に打たれて記憶喪失になったって、今じゃ三流の小説にも出てこないお題だぞ。冗談でも笑えないぞ」

と、兄と父は笑いながら言う。

「いや、本当にフェリックス様って、誰ですか?」

「「……」」

私が真剣な目をしていて、けして冗談を言っているわけでないと、父と兄が理解すると、

「…い、しゃ、医者を呼べ!!」

「父上、ここにいますよ!先生!弟は、弟の状態は!ああ、ノイリス!父を忘れても、私のことは覚えているよね?!」

「う、うん」

「ちょっと待て!父を忘れるなんて言語道断だ!ノイリスは私のことはきちんと覚えているよな?」

「ふえっ!!」

「いや、父のことは覚えていなくても支障はないでしょう?」

「何を言っておる!父なくば、ノイリスもお前もいないんだぞ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください!」

と、父と兄は医師に叱られて、ようやく訳の分からない暴走が止まった。
私が起きて最初に、『父上、兄上』と呼んだことは、もうすでに忘れたらしい。



「ノイリスさん、いくつか質問していきますね?」

私は頷き、医師は質問をしてくる。看護士が質問に答えられること、答えられないことをメモに留めていく。
父と兄は、心配そうに私を見ていたけど、その顔は段々と蒼白に変わっていく。
私の回答はそんなにまずいのだろうか?

「では最後に、あなたのご職業はなんですか?」

「…職業は、時計修理技能士・眼鏡作成技能士で、街の眼鏡屋で働いております」

「……はい、ありがとうございました。まだ目が覚めたばかりですので、疲れやすいかと思います。また少し横になっていましょうか」

「あ、はい」

と医師に促されるまま横になったら、自然と眠気が出てきて、私は眠ってしまった。

私は、職業を魔法具師とは言わなかった。この世界にない職業を言ったことに気づいていなかった。





ノイリスの中では、今世の私から前世の私に入れ替わっていた。





---兄side---


父と私は、別室にて医師からの話を聞く。

「ノイリスは…」

「お父様、お兄様のことは覚えておられます。…しかし、お母様、弟様、婚約者様のことは、完全に忘れていますね。彼が忘れてしまいたいほど、何か精神的に追い詰められていたのでしょうか?」

「……ノイリスの、母親と末息子、弟のことについての心情は、こちらも理解しているので、ノイリスが忘れても何も問題はないです」

と、父は答える。

「しかし、フェリックス様との仲は、悪くないと聞いていました。」

と、私が答える。

「『悪くない』ですか。でも、その意味は、『良好である』なのか、『良くもないし、悪くもない』なのか、どちらにも捉えられますね?」

医師の言葉に、私と父は思わず、苦虫を潰したような顔をした。

2人ともおしゃべりな方ではなかったから、交流会はあまり会話がないと聞いていた。会話はないけど、雰囲気は悪くはなく、フェリックス様がノイリスを見つめる瞳は、熱くて甘い視線であると報告を受けていたから、てっきりそれなりの仲になっているのだろうと邪推していた。
ノイリスからの報告は来ないけど、フェリックス様との交流会にエミールが出張っていることは、家人からの報告により、父も私も把握していた。
エミールには再三注意をしていたが、母が庇い、甘やかすから、ノイリスの交流会の邪魔ばかりをするようになった。
エミールは、フェリックス様に恋心なんて抱いていない。ただ、ノイリスの邪魔をしたかっただけだった。

ノイリスの結婚を機に、私は父から爵位を譲られ、母とエミールを北の修道院に入れる計画をしていた。
父も私も、散財ばかりをして、家を盛り立てようとしない、むしろ悪い噂の中心とばかりになる2人を追い出したかった。
フェリックス様の少しばかり早い騎士爵叙爵の話で、計画は繰り上げされることになったが、なんら問題はなかった。問題はなかったのに。

「…しかし、ノイリスさん21歳なんですよね?」

「私が今24歳で、私の3歳下なので」

「ノイリスさん、はっきりと『35歳』と、言ってましたよね?それに、聞いたことがない職業を言ってましたよね。何かの【技能士】とは、我が国にない職業です。しかも【街の眼鏡屋】とは、なんでしょうか?……記憶喪失というよりは、何か、別人格に意識を乗っ取られたような、…でもしっかりとお父様、お兄様のことも覚えていますし、性格が変わった様子もないと言われると、ますます分かりません。……私が診断をするなら、おそらく解離性健忘症が近い症状でしょうか。落雷による衝撃で強いストレスの原因だったことを、綺麗さっぱりと忘れてしまった、と言うしかありません」

「き、記憶は、いつ、戻りますか?!」

父は医師に問う。私も辛い記憶なら忘れたままでも良かったけど、職業まで忘れてしまっていたから、そこは思い出して欲しかった。
あれだけ頑張って勉強していたから、祖父の時計を直したがっていたのだから。

「記憶が戻るのは、いつになるかはわかりませんが、身体的に異常もないし、明日には退院できます。今は仕事をお休みされて、ご自宅で療養されたほうがよろしいでしょう。覚えているお父様、お兄様と過ごしてみたら、思い出すのかもしれません」


ノイリスにいったい何があったというんだ!!


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