冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ

文字の大きさ
6 / 43

6.マリアサイド1

しおりを挟む
 マリアは、平民で愛人の母と上級貴族の父親の間に生まれた。
 産まれた時から伯爵邸の離れで暮らしていたし、父親にとって娘はマリア一人だったせいか、それなりに可愛がられていた。
 
 幼いながらも、自分の容姿が優れていることを知っていたので、それを最大源に利用し父親に取り入っていた。
 離れにはそれなりの人数が仕えていたが、マリアにとって全員マリア以下の使用人。
 父親に可愛がられているマリアは、離れでは絶大な権力を持っていた。
 小さな世界でも、それがマリアのすべてだった。

 しかし、大きくなるに連れ次第に事情を知るようになる。

――母は愛人、わたしは認知されていない愛人の子供……

 意味はすぐに分かった。
 それが事実であっても、たかがメイドに笑われて、マリアは気分が悪かった。
 だから陰でこそこそあざ笑うメイドたちを悲し気に父に報告すれば、すぐにいなくなった。
 そして気付く。
 愛人の母親はいつでも切り捨てられるが、自分は違うと。

 なにせ、きちんと貴族の血を引いているのだ。
 ただの平民ではない。
 父親はマリアを可愛がっているし、なにより自分は可愛い。

 意地の悪い正妻がマリアに意地悪しているのだと信じていた。
 それなら自分から直談判するしかない。
 だって、父親は正妻の言いなりだから。

 かわいいマリアを見ればきっと、貴族にしてくれる。
 小さな世界で王女様のマリアは、誰からも愛される特別な存在なのだと思っていた。

 いつもマリアの住む離れとその周辺しか自由がないが、子供のマリアは時々こっそり探検をしていた。
 だから、この住まいの先にお城のような建物がある事を知っている。
 そして、そこに父親と正妻が住んでいて、いずれマリアも住むのだと思っていた。
 それなのになかなか、迎えが来ないからマリアの方から来てあげたのだ。

 マリアは伯爵の娘。
 使用人は、みんなマリアの下。

 だから堂々とお城に入って行く。

 それなのに、無礼な使用人に追い出され、マリアがここに相応しい人間ではないとはっきりと言った。

「お父様に言いつけてやるわ! だってここはわたしの家なんだから!」

 憤慨し怒鳴るマリア。
 父親を出せといっても取り合ってくれない。
 すぐに、騒ぎはこの家の正妻にまで届き、マリアに意地悪している女の登場に、マリアは怒りで何をしに来たのか忘れて言った。

「わざわざわたしの方から来てやったのだから、ちゃんと歓迎しなさいよ! 気が利ないんだから」

 正妻である彼女の方は、明らかに蔑んだ見下した目でマリアを見ていたが、マリアはどうせこんな意地悪い女はすぐに父親がどっかにやってくれると信じていた。
 マリアに意地悪する奴はみんなマリアの側からいなくなるのだから。

「お父様に言いつけてやる。いい? あんたみたいな意地悪おばさんなんか、お父様だってきっと好きじゃないのよ。だから、マリアとお母様を大事にしてくれているんだから」

 どちらが上なのか分からせるようにマリアが言うと、マリアの中で意地の悪いおばさんが、周りの使用人に命じた。

「さっさとこの礼儀知らずを叩き出しなさい。目に入れるのも煩わしい。二度とこのようなことが起きないように管理するように。この邸宅の一角にいられるだけましなのをどうやら旦那様はきちんとご説明していないようだわ」

 ふんっと鼻で笑いながら、踵を返しまるでマリアをいないものの用に扱う女に、マリアは知る限りに罵詈雑言を放つ。
 それを見ていた、正妻の息子たちはあまりに酷い言いざまに、母親の盾になるように姿を現した。

 二人いる息子は、母親が父親の浮気性に頭を悩ませながらも、子供まで成したマリアの母親を保護してやった。
 いい暮らしをさせてやってるのに、何も分かろうとしない子供に苛立ちを隠さない。

「お前は母親そっくりだな。こんなバカと半分も血が繋がっているなど虫唾が走る」
「高貴な血ではない女に似たのだから仕方ないよ、兄上。ほかにも色んな男とまぐわって、たまたま父の血を引き当てたのは、強運だけど」
「愛人の娘の分際で、この家の人間になれたと思っていたら大間違いだ、大人しくわきまえていろ。見た目だけはいいのだから、お前もそのうちいいところ・・・・・に売ってやる」

 そんな事を散々言われ、その日の夜はいつも怒らない父さえもマリアを叱った。
 そして、母親のことも。

 お前がきちんと躾けないから、こんな礼儀知らずに育っただの、恩知らずだのと。

 扉の陰から、その様子を眺めていると、母親はそっと父親の腕に寄り添い、宥めながら服を脱いでいく。

「今度きちんと言い聞かせますわ……、ね? ですから今は怒りを抑えて下さい」

 困ったように、どこか儚げに強請るように父をベッドに誘う。
 怒りを解いた父親は、そのままベッドに誘われて、ご機嫌になっていた。

 美しい母をマリアを自慢に思っていた。
 そして、怒りを簡単に沈めた母の手腕こそが正しいのだと思った。

――そうか、怒るのではなくおねだりするのか。

 おねだりするのは嫌いじゃない。
 だから、男の前では弱弱しく可愛く囀ればいい。

――ふふ、簡単じゃない。

 マリアは、軽やかに笑って享楽にふける二人から離れていった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうぞ、お好きに

蜜柑マル
恋愛
私は今日、この家を出る。記憶を失ったフリをして。 ※ 再掲です。ご都合主義です。許せる方だけお読みください。

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru
恋愛
結婚目前で婚約を解消されてしまった侯爵令嬢ヴィオレッタ。 相手は平民で既に子もいると言われ、その上「側妃となって公務をしてくれ」と微笑まれる。 静かに怒り沈黙をするヴィオレッタ。反対に日を追うごとに窮地に追い込まれる王子レオン。 側近も去り、資金も尽き、事も有ろうか恋人の教育をヴィオレッタに命令をするのだった。 前半は一度目の人生です。 ※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【4話完結】 君を愛することはないと、こっちから言ってみた

紬あおい
恋愛
皇女にべったりな護衛騎士の夫。 流行りの「君を愛することはない」と先に言ってやった。 ザマアミロ!はあ、スッキリした。 と思っていたら、夫が溺愛されたがってる…何で!?

傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――? エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

処理中です...