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シェリー視点

5.独占宣言の告白

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 家に戻って見ると、その部屋の中は食い荒らされて見るも無残な状態だった。
 変な匂いもして、気持ちが滅入る。
 しかし、もうここで何かする義理はない。
 その為自分の部屋にしている物置部屋に入る。

 そして驚いたことに、そこも物が散乱していた。
 貯めていたお金は無く、ダンかダンが連れてきた女性が持っていったのだと分かる。

 ダンは準騎士だ。
 それなのに、こんな盗人のようなことをするとは呆れた。
 今までだったら、ダンを肯定し続けてきたかもしれないが、昨晩の事があり、刷り込みの様にダンに尽くしてきたことが馬鹿らしくなってしまった。
 
 それはルーダスという騎士に出会ったのも大きい。
 正騎士と準騎士は、役職は違えど同じ騎士として学んだはず。
 それなのに、こうも違うと、諦めの方が先に来る。

 金目のものにならない服や下着だけ古い鞄に詰め込んで、家を出る。
 近所で仕事を融通していた人にだけは軽くあいさつに伺うと、残念がりながら、がんばってと温かい言葉が貰えた。
 今まで色々な人の好意を無視し、ダンだけいればそれでいいと思っていた視野の狭さに、再び涙が出そうになった。


*** ***


 それからの生活は順調だった。
 朝、一緒にご飯を食べ、昼の間は家の片づけをして、そして昼から夕方まで仕事に出た。

 外で働くのは初めての事だったが、恰幅のいい食堂の女将さんが、おそらく相当服装が惨めだったせいか、苦労したんだねと涙ながらに雇ってくれた。
 都会は悪い人しかいないイメージがあったが、近隣のおば様方やこの食堂の女将さんのような優しい人も大勢いるのだ。
 そして、ルーダスのような優しい男性も。

 シェリーは、昼間の忙しい時間から夕方まで働くことになっている。
 そして、夕方には帰宅し夕飯を作る。
 夜もでてほしいと言われたが、夕飯を作らなければならない事を伝えると女将さんは何やら訳知り顔で頷いた。
 なんとなく誤解されているようだが、何も言われてもいないのに否定するのもおかしな話なので、しれっと気にしないことにする。

 夕食はいつもだいたい時間通りに帰宅するルーダスと向かい合って食べ、他愛無い話をする。
 夕食後は、居間でそれぞれ過ごす。
 お互い積極的に話をするタイプではないが、居心地は悪くなかった。

「無理はしていないか?」

 ルーダスはよくシェリーを気遣ってくれる。
 しかし、本当に特に無理はしていない。
 むしろ、時間的にも金銭的にも余裕ができたくらいだ。
 今まで切羽詰まって、色々と余裕が無かったせいで、心も視野も狭くなっていたと最近はよく思っている。
心に余裕が生まれると、今までの景色が一変して、都会にきてようやく楽しむ事が出来るようになった。
新しく服を買って、働いているお店の女性陣に化粧のやり方を教えてもらって、少しだけ自信がついた。
 それもこれも、ルーダスのおかげであることはシェリーは良く分かっている。
 あの日ルーダスに救われていなかったら、きっと今こうして笑えていない。

「本当はそろそろお家賃を払ったほうがいいのでしょうが、わたしに払える値段でしょうか?」

 金銭的負担は圧倒的にルーダスの方が大きい。
 もちろん、ルーダスの方が稼ぎがいいのはそうだが、一応ルームシェアというものは部屋代もそうだが、他の設備費なども折半である事を学んだ。
 そう考えると、シェリーがほとんどお金を支払っていない事はあまりよくないという事も分かる。
 もちろん、シェリーはその分家事を担当しているが、シェリーにとって家事とは日常の事で、本当はお金をもらってやることではない、という気持ちがあった。
 それを伝えると、ルーダスが困ったように眉をひそめた。

「君が来てから、この家は格段に居心地が良くなった。食事もおいしいし、なにより最近は仕事でもうまく行く事が多くなった。以前はどこか焦っていたり、落ち着かなかったりしたのだが、騎士隊の隊長にも褒められるほど、物事が進む。それはきっと、この家を君が守ってくれていることが大きいのだと思う」

 そこまで過大評価されているとは思わず、シェリーは少し居心地が悪かった。
 今まで意識しないようにしていたけど、目の前の御仁は女性ならほぼ全員が振り返るようなイケメンなのだ。
 真面目に返されると、シェリーだって恥ずかしくなる。
 そのイケメンルーダスは、ゆっくりと居住まいを正し、シェリーの方を向く。
 なんだか、その仕草にシェリーは緊張した。

「もう君がここに住んで半年になるが、最近は良く考える。もし、このまま過ごすなら、君はいつか絶対にいなくなると。それは当然だと思う。君は綺麗で、とても魅力的だ。男がきっと放っておかない」
「そんな事はないです。それに、男性から声をかけられたことはないですし……」
「それは、違う。声をかけたくても、かけられないのだ。あまりにも綺麗だから。それは私も同じだが、今のままでいたくもないので言っておく」

 まっすぐにシェリーを見つめる瞳が怖いくらいに綺麗で、シェリーは目を逸らせない。

「口下手なので、うまく言えないが、つまり私は君の食事を独占したいのだ」
「……はい?」

 いつもより早口なルーダスは、言い切った瞬間目を逸らされた。
 どういう意味か正直良く分からない。
 ただ、仄かに明るい居間でもはっきりと分かるくらい、ルーダスの耳が赤くなっている。
 それに気づくと、シェリーの方も俯いた。

 なんとなくお互い気まずくなりながら、ルーダスの方が恐る恐る口を開く。

「私はこの通り家事全般が壊滅的だが、君の負担にならないように努力しようとは思っている。だから、見捨てないでくれるとありがたいのだが……」

 返事のないシェリーに、伺うように問いかける。
見捨てるとか見捨てないとか、そもそも、それ以前の関係だ。
 
 緊張しているのか、思考が少しおかしいが、なんだかそんな姿が可愛く思えた。

「ただの飯炊き女がほしいのですか?」
「違う! 食事を独占したいというのは、そういう意味ではなく、つまり、ずっと一緒に暮らしたいと言う希望というか、将来設計というか……」

 意地悪く返すと、焦ったようにルーダスが言う。
 それに、シェリーはくすくすと笑った。
 決定的な事を言わないところが、口下手であるがゆえなのだが、そんなところが素直でよろしい。

「一つ言っておきたいことがあるのですがよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ! お互い尊重しなければ、夫婦関係は上手くいかないからな!」

 すでに夫婦になる事が決まっているようだが、あえて、そこは聞かなかったことにする。
 シェリーはこほんと一つ咳ばらいをして、こう言った。

「家事はわたしがやりますので、手を出さないでいただけるとありがたいです。なにせ、ルーダス様が手を出すと余計に時間がかかりますので」

 その瞬間、ルーダスはこの世の終わりのような顔をした。
 シェリーは微笑んで、その代わりずっと傍にいて下さいとお願いし、ルーダスは満面の笑みでシェリーを抱きしめた。



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